『ごめんね、連絡するの遅くなって』
「いいって。
別に俺自身にしたらどうでもよかったしな」
『でも、結構大きな式だったよね?
やっぱりお祝いの言葉位は……』
『どこのテレビでもやっとったからなぁ。
ほんまに遅ぅなってごめんやで』
ナカジマ家、ゲルトの自室。
ゲルトはベッドに腰かけつつ、空間に投影されたウインドウを前に誰かと通話していた。
制服のネクタイを緩めた彼が言葉を投げるウインドウには普段着のなのは、フェイト、はやての3人が映っている。
会話の相手は彼女らのようだ。
部屋の隅にザフィーラがいる事からして向こうははやての家らしい。
リィンフォースは伏せている彼の上で気持ちよさそうに眠っている。
話を聞くに、ゲルトの表彰式の報道を見て遅ればせながら――――という所だろう。
しかし彼本人としてはティーダの件さえ何とかできればそれで良かったので、自分が表彰された事に関しては特に関心も無い。
故にたかがお祝いが遅れた程度で気にする事はないのだが、彼女らはやや恐縮した様子だ。
「というかだな。
こっちもあんまり連絡取って無いしおあいこだろ」
『それはしゃあないんとちゃうか?
私らの方が忙しいしとるから気使ってくれたんやろ?』
『こうやって話すのも結構久し振りだもんね』
「あー、半年ぶり位か?」
もしかしたらそれより少し多いかもしれない。
3人とも局員をやりながら地球で学生としても生活するという二足のわらじな生活を送っているせいで、やはり多忙らしい。
シグナムらヴォルケンリッターは彼女らに比べミッドに居る時間も多いようだが、その分仕事に追われているとか。
ゲルトもわざわざ時をずらして1人1人同じ話をするよりはある程度纏めての方が楽だと、連絡の間隔も開きがちになっていた。
メール位ならともかく、声を交わすのは本当に久し振りと言える。
その為こうして表彰に関する話をするのも時間がかかってしまった、という訳だ。
『別に好きな時に連絡してくれたらいいのに』
『そうだよ。
私達だってそれ位の余裕はあるよ?』
「いやいや、若き執務官や指揮官志望のキャリア組、それに武装隊のエースオブエースの手間は取れんだろ?
こんな平の陸士部隊員がさ」
皮肉気な笑みを浮かべて軽口を叩いた。
芝居臭く手をヒラヒラとさせるその仕草はどことなくゲンヤを彷彿とさせる。
今現在最も多くの時間を共有している相手だけに、その影響も少なからず受けているのだろう。
『噂のアーツオブウォーがよう言うなぁ』
『本局の方でも名前はちょくちょく聞くよ?
陸士部隊の鋼の騎士ゲルト・G・ナカジマ、英雄を救うって』
それを聞いたはやては呆れ顔で、フェイトには冗談が通じなかったのか大真面目に答えられた。
とはいえ、彼女の言もまた真実ではある。
彼の表彰は大々的に報じられていたので地上のみならず海でもそれを目にする者は多く、折に触れ話題に上る事がままある状態だ。
『武装隊の方でも私とどっちが強いか、みたいな話してるのが聞こえたりするかな』
「そういやどこだかの雑誌でそんな企画載ってたな。
空のエース対陸の騎士、激突空中大決戦!だっけか?」
『なんやそれ。
怪獣かなんかかいな』
『でも、ちょっとその記事見てみたいかも』
表彰の直後は様々なメディアで取り上げられていたせいでそういう話題に乗っかっただけの意味不明な代物も、まぁそう多くは無いものの存在していた。
ゲルトがその記事を発見したのもまったく偶然。
同僚らがやたらと爆笑してるのを不思議に思って覗き込んでみれば、レトロ臭漂う絵柄のゲルトとなのはが睨み合う様が描かれていたのだ。
勿論、指差して笑ってくれたラッドには後でみっっちりと模擬戦の相手をしてもらったが。
しかし企画の馬鹿さは置いておいても、そういう話題が出るのも仕方のない所はある。
ゲルトの少し前に話題をさらった航空戦技教導隊のエースオブエース、高町なのは。
そして今回世間を賑わせた陸士108部隊のアーツオブウォー、ゲルト・G・ナカジマ。
共に管理局屈指の才能を発揮する若き2人は偶然にも同じ年齢で、その上局入りの時期やその他の点も似通っている。
それでいて正逆な部分も多く有しているのだ。
例えばなのはは管理外世界の出身で、ゲルトはミッドチルダ育ち。
片や典型的なミッドチルダ式魔導師、片や正統派の古代ベルカ式騎士。
航空魔導師部隊と陸戦魔導師部隊。
エトセトラエトセトラ。
その為か彼らはそれぞれ海と地上、あるいは空と陸、といった物の代表として扱われ、比較の対象にされがちだ。
まぁ、これはマスコミ云々よりむしろ局員による内輪での事が多いのだが。
「そういえばお前らの方は最近どうなんだ?」
『私達?』
先程からゲルトの話ばかりだ。
久し振りにこうして場を設けたのだから彼女らの近況も聞いておきたい。
『う~ん、そうやなぁ』
「一応言っとくが仕事の話はやめろよ?」
釘を刺す。
どうせ苦労話しか出てこないのだ。
わざわざそんな愚痴を言い合って興を削ぐ事もあるまい。
彼女達もその辺は同じ気持ちなのか苦笑いを浮かべながら同意してきた。
それじゃあ、と告げて。
『えーっと、そう!
この間フェイトちゃんが保護した子がいるんだけど、その子の事は話したっけ?』
『エリオの事?』
エリオ?
それがその子の名前か。
執務官のフェイトが保護したというなら、なにがしかの事件に巻き込まれていたのだろう。
「いや、初耳だな。
その子がどうした?」
『ちょっとその事でゲルト君に聞きたい事があるんだって。
ね?フェイトちゃん』
『え?
あ、うん』
いきなり話題を振られたフェイトは一瞬戸惑うような素振りを見せる。
しかしそれなりに話は通してあったのか、ややあって口を開いた。
『……さっき言った通り、エリオは私がある研究所から保護した子で、今は局の保護施設にいるんだけど……』
そうしてフェイトは訥々と事情を説明し始める。
要訳すると、その保護した子供が心を閉ざしてしまっているのでなんとかしたいのだそうだ。
何でも元いた施設で酷い扱いを受けていたせいで重度の人間不信に陥っているらしい。
今は近付く人間を片端から攻撃する危険な状態なんだとか。
一切のコミュニケーションが取れず、止むを得ないとはいえこのままではいつまでも外に出られない。
故に何か心を開かせるような良い手はないものか、という訳だ。
「話は分かった。
そういう事なら是非も無いな、協力するさ」
ふむ、と一言を置いて承諾する。
その少年の気持ちも分からなくはない。
心理的には手負いの獣のようなものなのだろう。
『ありがとう。
でも……その、ごめんね?』
「は?何がだ?」
言うフェイトはこちらを窺うようにしている。
ゲルトとしては別にこんな程度の頼まれ事はどうという事もない。
そんな、声にも表情にも罪悪感を滲ませるようなものとは思えないが。
『だって、ゲルトも昔は研究所にいたって聞いたから。
それに、お父さんも……亡くなったって。
だからもし嫌な事思い出させたみたいなら……』
そういう事、か。
ようやく得心がいった。
確かにスピーチでもその事には触れていたし、メディアでも取り上げられていた。
フェイトらの目に留まる事があったとしても不思議はない。
「気にするな」
殊更にどうという事もないと示して見せる。
ゲルトは真実研究所で実験体であったし、そこから引き上げてくれたゼストも失った。
彼女の性格からしてこういう事に言及するのは気が引けるというのも分からないでもない。
しかし逆に言うと、それでも尋ねてきた所に彼女の本気が見えるとも言える。
そのエリオとやらは幸せ者だ。
ここまで気にかけてくれている人間が、ここにこうして存在しているのだから。
彼はまだその事に気付いていないだけ。
「確かに辛い事は山程あったけどな。
俺は、楽しかった時間もちゃんと覚えてる。
父さんの事も、仲間の事も、ちゃんとな。
だから、いいんだ」
語るゲルトの目はどこか遠くを見つめるような澄んだもの。
彼の胸に去来する思いは一つだ。
それはかつての己と境遇を同じくする少年が、かつての己と同じように救われようとしている、という事。
やはりこの世は捨てた物ではなかった。
深い絶望の底だろうが、救いはあるのだ。
暗い恐怖の淵だろうが、差し伸ばされる手があるのだ。
自分と同じように、その子にも心から笑える日が必ず来る筈だ。
『ゲルト……』
はっと我に帰ればフェイトだけでなく、なのはやはやても神妙な表情をしていた。
それを見ていると何だか自分が凄まじく臭いセリフを吐いたように思えてくる。
「それで、どうすればエリオと上手く話しが出来るか、だったな?」
『う、うん』
咳払い一つで空気を切り替え、やや強引に話を元に戻す。
勿論話した事は全て本音ではあるが、気恥かしさが込み上げるのはどうしようもない。
そんな思考をなんとか追い出して本筋に集中する。
自分の経験を参考に、何か良い手はないものか、と思索。
腕を組んでしばしの黙考。
一つ、浮かんだ。
「とりあえず、抱き締めてやれ」
『それだけ?』
「それが重要なんだよ」
思いついた事をそのまま口にする。
恐ろしくストレートな方法だが、自分では悪くないと思う。
あの時凍った自分の心を溶かしてくれたのもそれだったのだから。
下手に凝った手法など今のエリオには通じないだろうし、こういう直球の方が良い。
ただ人の温もりに包まれるだけで安心できるものだ。
誰も彼もが敵という訳ではないと気付ければ、自然と落ち着きも取り戻すだろう。
『でもそれ、エリオ君が余計に怖がったりしないかな?』
とはいえ、なのはの疑問も尤も。
気乗りしない様子のフェイトもそこが心配なのだろう。
ただでさえ人との接触を恐れている状態だ。
そこを無理に近付けば更に恐怖症を加速させてしまう可能性も、なくはない。
「まぁ、間違いなくビビるだろうな」
『そ、それじゃダメだよ』
にべもなく言い切るゲルト。
フェイトはそれに慌てて反するが、彼はとにかく聞けと彼女をなだめて続きを述べる。
「俺も自分で殻が破れるようならそれを待つのが一番いいとは思う。
ただそいつの場合はどんだけ時間が掛かるかもしれんし、あんまり長い間閉じこめとくと後で苦労するぞ?」
『確かに、それはあるかもしれんなぁ』
「だろ?」
聞いた所だとまだ4歳だとか。
しかしまともにコミュニケーションが取れない内は保護施設としても彼を外に出す事はできないだろう。
とはいえ人格形成に重要なこの時期をそんな状態で過ごしていると、いざ外に出ても上手く馴染めるようになるまで更に多くの時間が必要となる。
それはあまり望ましくない。
「それに、そいつも心のどっかではそうして欲しいと思ってるんじゃないか?
多分だけどな」
自分の力だけでは破れない殻もある。
その事はよく知っていた。
『ゲルトも……そうだった?』
「まぁ、な」
当時を思い出しながら肯定する。
あまり認めたくはないが、事実だ。
「ただ、俺の時の厄介さは多分そのエリオの比じゃなかっただろうよ」
苦虫を噛み潰したような表情のゲルト。
自分であればこそ、当時に戻れるのなら殴ってやりたいものだ。
『そんなにやったん?』
「ああ。
あれはひどかった」
今思い出しても恥ずかしい。
当時の自分は当たり散らすどころか、恩人に対し初めから殺しにいったのだ。
あの時真正面から呵責なく叩きのめされて、それでようやく止まる事が出来た。
自身を守るには相手を殺すしかない、という所まで追い詰められていた自分を救ってくれたのは、差し伸べられたゼストのあの大きな手に違いない。
そして、二度目。
何もかも無くして無力感に打ちのめされた時。
その時はクイントが助けてくれた。
ただ優しく抱き締めて、頭を撫でてくれた。
それだけで凍った心を溶かしてくれたのだ。
あのまま自己嫌悪と無気力の狭間をうろついていた自分が一人で立ち上がれたとは思えない。
まぁ、他の誰かさんの助けも借りたけどな。
こちらは口に出さず、心中で呟く。
あの時にはもう一人いたのだ。
かつての自分の不甲斐なさに苦笑を漏らしながら、視線を動かしていく。
その誰かの元へ。
『え?何?』
「いや、なんでもない」
不意に見つめられ、戸惑いの声を上げたなのはを適当に誤魔化す。
悲愴や無力感や自己嫌悪やらでがんじ絡めになっていじけていた自分に喝を入れたのはなのはだ。
恐らく彼女はそんな事を意識してはいなかっただろうが、彼女の前を見続ける姿勢は徐々に自分を変えていったと思う。
どこかではこの借りも返さなくてはならない。
「とにかく俺が思いつくのはこれ位だな。
どうなるかは分からんが、やってみる価値はあると思うぞ」
『うん……』
フェイトはまだ少し悩んでいるような素振り。
するかどうかは彼女次第なのだし、考えるのは大いに結構だと思う。
ゲルトとしてもこうするべきだ、などと押しつけるつもりはない。
必ず成功するという保証もないのだから熟慮した上で納得のいく事をしてもらうのが一番いい。
そう考えていたのだが、間もなくフェイトは決めたようだ。
『分かった。
やってみるよ』
返事は承諾。
どうやら彼女はゲルトの案に乗ってみる事にしたらしい。
『ありがとう、ゲルト。
早速次会う時に試してみるね』
「ああ。
そいつの事を……頼む」
『うん!』
決心を着ければ後は進むのみ。
悩ましげな表情は消え去り、最早さっぱりしたような笑みが浮かんでる。
これなら上手くいく……か?
彼女とエリオの問題だ。
上手くいくかは全て2人に掛かっている訳だし、自分がこれ以上関わるでもない。
はてさてどうなるのやら。
恐らく、悪い事にはならないと思うが。
というかそう思いたい。
『やつぱり相談してみてよかったよ』
『丁度良く連絡取れて良かったね』
『そやかて前は「どうしよう。そんな事聞いて失礼じゃないかな」とかめちゃくちゃ気にしとった癖に』
『あ……えと、それは……』
なんとかなるだろう、多分。
『あ、そういえばゲルト君ってユーノ君とも友達なんだよね?』
「ん?
ああ、ちょっと前の事件の時に知り合ってな。
お前等よりは連絡つくし、ちょくちょく話してるぞ」
『私もこの間少し話せたんだけど…………』
**********
そうして他愛もない話を続け、そろそろ潮時かと思いだした頃。
遠くの方で鍵を捻る音、次いで扉が開く音が続く。
それから近付いてくる複数の足音。
『ただいまー』
『ただいま』
『ただいま帰りました』
聞こえてくるのはヴィータ、シャマル、シグナムの3人の声。
僅かな間を置いてリビングの扉も開く音が聞こえる。
『おー、皆おかえり』
『はい。
おや、電話中でしたか。
これは失礼を…………む』
はやての声に応じるシグナムはこちらに気付いたらしい。
視線をゲルトへと向けてくる。
『ゲルトか、久しいな』
「ああ。
どうだ?そっちは」
『目を掛けていた部下が1人、やむを得ん事情で抜けたばかりだ。
おかげでてんてこ舞いだよ』
やれやれ、とそういう仕草を示す。
どうやら中々面倒な目にあっているらしい。
「そいつはご愁傷様」
『まったくだ。
それで――――』
ふと、嫌な予感がした。
こちらを見るシグナムの目には悪戯な光が浮かんでいる。
母が自分をからかおうとする時に見せる物と同じ光だ。
心なしか口元も弓なりではないか?
『お前の方はどうなんだ?
今様の英雄は』
「お前までそんな事を……」
溜息を零す。
疲労感から右手で両のこめかみを掴むように押さえた。
別に自分がそんな物を求めていない事位はシグナムとて承知の上だろう。
その上でこんな事を言ってくるのだ。
ただからかわれている、という心地しかない。
『くく……すまんな。
どうも久し振りに会ったせいか私の方も調子に乗り過ぎたようだ』
「勘弁してくれ」
意地の悪い笑みだ。
彼女の一本気の入った実直な性根は好ましいが、時たまこうして人をからかう癖があった。
それも彼女の魅力といえばそうではある。
しかし今のゲルトはそんな気分にはなれない。
再び深い吐息をついた。
「最近は……そうだな」
シグナムのからかいは流して近頃の自分を振り返る。
ここ最近は一体何をしていたか……?
「まぁ、仕事を除けば妹の相手が殆ど……だな」
考えるでもなく答えは出た。
実際それが大部分だ。
『ほぅ、お前の妹……。
以前に病室で会った、あの娘か?
確かギンガ、だったな』
「ああ。
あいつ専用のデバイスを手に入れたばかりなんでな。
まだまだ危なっかしくて目が離せないんだよ」
早く家に帰れれば型稽古を指導し、組手を行う。
休みには外へ出てデバイスを用いた実戦形式の打ち合い。
ギンガの腕前も、ペイルホースの性能もあって格段の成長を見せている。
そろそろ無手では厳しくなってきたところだ。
近い内にナイトホークを使わなければならなくだろう。
『ふむ、そうか……』
そこでシグナムが少し考え込むような様子を見せた。
左の親指で顎を支えるようにして数秒。
『それは、少しの時間も作れないか?』
「いや、そんな事もないが……」
基本的に指導をしているのはクイントで、自分は相手役であるのが殆ど。
1日や2日程度の時間を空けられない事はない。
「何だ?
久し振りに相手でもしてくれるのか?」
『まぁ、そうではあるのだが』
シグナムと仕合うのも随分久し振りだ。
ギンガにかまけて自身の鍛練が少しなおざりになっていたような感もある。
故にこちらとしても願ったり叶ったりの提案だ。
その為なら時間位どうとも作ろう。
『あー、そのだな』
「うん?」
しかし彼女はどうにも歯切れが悪い。
珍しく言葉を選んでいるような……?
『私達が本気で仕合うなら、それなりの設備のある所でなくては駄目だろう?』
「そうだな」
それが長い間2人が剣を交わさなかった理由でもある。
魔法抜きの純粋な剣術槍術の勝負は別にして、ニアSの彼らが“本気”でやり合うならそこそこの設備が必要だ。
入院していた頃は先端技術医療センターの訓練設備が使えたが、今はそういう訳にもいかない。
かといって陸士部隊のそれでは正直不足だし、武装隊の方は1度勧誘を蹴っただけに足を運び辛い。
シグナムもそこは分かっているはずだが。
『付き合って欲しい所がある』
「どこだ?」
一拍。
シグナムも決めたようだ。
『聖王教会だ』
**********
――――3日後、ベルカ自治領
約束の通りにシグナムと待ち合わせたゲルト。
入院していた時に聖王教会の誘いも断っているので心苦しいのは武装隊などと同じだが、シグナム曰く先方の希望でもあるらしい。
何でも古代ベルカ式同士の戦闘など滅多に見られるものではなく、その為なら場所程度幾らでも提供しようという事だ。
悪くはない話だし、一度不義理をしているだけにその位はしておくべきだろう。
「しかし、お前聖王教会にツテなんか持ってたのか」
「リィンが生まれる時に、色々とな。
それ以来良くしてもらっている」
そうか、と適当な相槌を打ちつつ歩く。
今彼らはベルカ自治領の街道を教会本部に向けて歩を進めていた。
話しでは門の所で出迎えがあるとの事だ。
まだ少し遠いが、それでも教会の門は見えている。
と、
「ん?」
携帯端末が着信を告げる。
マナーモードにしていたせいで小刻みな震動が体を揺すった。
取り出して内容を確認。
ゲルトの視線が数度画面上を往復し、ふっと淡く笑みを形作った。
「どうした?」
「いや、どうもフェイトが上手くやったらしい」
送信者はフェイト。
主旨としては感謝を示す数行の文章があり、その下には添付された写真がある。
ゲルトはシグナムにも見えるよう端末の画面を傾けた。
写真をその目に捉えたシグナムも、ゲルトと同様口元を綻ばせる。
「そうか、上手くいったか」
「ああ」
写真に写っている人間は2人。
1人は彼らが良く知る金髪の少女。
そしてもう1人は赤い髪をした少年。
少女が眼尻に涙を滲ませつつも満面の笑みで写っているのに比べ、彼はややぎこちない雰囲気がある。
いくらなんでもいきなり自然に、とはいくまい。
だが、背後から少女に抱きすくめられるようにしてカメラの方を向く彼の顔には、そう紛れもない笑みがあった。
はにかむように。
あるいは自閉の期間が長く続いた為に思うように感情を表せていないのか。
だがそれも心配はいるまい。
「良い笑顔だな」
「そうだな。
良い、笑顔だ」
彼は笑えているのだから。
既に糸口は掴めている。
後は人と触れ合う内にそういう振る舞いも身に付いていくだろう。
フェイトの努力も報われる筈だ。
**********
そのままゲルト達は歩く。
もう門は目の前にまで近付いていた。
何人もの拝礼者が出入りを行っているが、こちらに気付いた者がいたらしい。
人波から抜け出したシスターが迷わずゲルトらの方へと近付いてくる。
「お待ちしていましたよ、騎士シグナム」
「すみません、シスターシャッハ。
今回は無理を言ってしまい……」
「いいのですよ。
こちらからもお願いした事ですし」
短髪のシスターはシグナムと親しげに会話している。
やはり彼女が話しに聞いた出迎えらしい。
ん……?
気のせいか。
彼女に見覚えがある?
何処かで会った事があるのか。
しかし自分に教会関係者の知り合いなど……。
いや、いたな。
2年前。
まだ自分がゲルト・G・ナカジマでは無かった頃に。
しかしあの時に会った人物は、顔まで覚えていないものの確か金髪だった筈。
ああ、そういえば。
彼女の護衛だかでもう1人いたのだった。
ならそちらなのかもしれない。
とりあえずこちらへ向き直った彼女にゲルトも軽く礼をしておく。
「よくぞお出で下さいました。
お待ちしておりましたよ」
「わざわざ出迎えて頂いてありがとうございます」
形式通りの挨拶を交わす。
ただ、彼女の目は何かを言いたそうな様にしていた。
やはり面識があるのか?
「失礼ですが、シスター。
その、以前お会いした事がありませんか?」
耐え切れずにそう切り出した。
これで勘違いなら恥を掻く事になるが、それも杞憂だったらしい。
「ええ、はい。
2年前に病室まで窺った事があります」
ビンゴ、だ。
彼女はこちらが忘れていると思っていたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「あの時は申し訳ありませんでした。
折角の申し出を断ってしまって」
「いえ、それはこちらも不躾でしたからお気になさらず。
カリムもあなたが健勝であられればそれで良いと……。
いえそれよりもよく覚えていましたね。
てっきり忘れているものと」
「ええ、まぁ恥ずかしながら今の今まで思い出せなかったんですが」
カリム。
それがあの時の人の名前か。
身寄りも失くした自分を引き取ろうとしてくれた人。
当時は全くもって無気力だった為、随分な失礼をしていたかもしれない。
結局自分はナカジマの家を選んだ訳だが、もし会えたなら礼を言っておかなければ。
シスターシャッハは構わないと言っているが、せめて一言は伝えておきたい。
そんな事を考えていると、目の前の彼女が佇まいを正した。
背筋を伸ばし、表情も引き締めてこちらを見ている。
「では改めまして。
聖王教会のシャッハ・ヌエラです」
「時空管理局陸上警備隊、第108部隊所属ゲルト・G・ナカジマです」
そんなシャッハにゲルトも続く。
慣れた動作で敬礼。
彼女はそれを見て満足気な笑みを浮かべたかと思うと深々と礼の形を取った。
「ようこそ、騎士ゲルト。
聖王教会はあなたを歓迎いたします」
(あとがき)
危うく一月経ってしまう所だった……。
随分時間かかりましたが何とか完成。
今回は会話オンリーの文って難しー!、三人娘のキャラってこれでおかしくないか?、地の文足りてるか?
とかで筆が全然進まず、その上村正の発売日が重なったもんだからこんな事に。
この一週間は完全に村正に捧げたからなぁ……。
しかしまぁ、次は戦闘入れられるっぽいので多少筆も速くなるのではないかと。
それではまた次回!