夢を見ている。
あの人が助けてくれ、助けてくれと俺に縋りついて懇願している。
俺は何度も何度もその手を振り払おうとするけれど、彼の手は万力のように俺の手を掴んで離さない。
俺はどうしても手を離さない彼の胸にナイトホークを突き立てた。
彼の胸からいっぱい血が流れ出して手が汚れていく。
ようやく動きを止めた彼からナイトホークを引き抜こうとしたが、深く刺さっていて中々抜けない。
何度も何度もナイトホークを引いていると、ふいに死んだ筈の彼が顔を上げた。
悪鬼の様な形相をした彼が血涙を流しながら俺を糾弾する。
俺を恨むと、俺を呪うと呪詛を吐き続け、血に塗れた両手で俺の首を絞め上げる。
そこで目を覚ました。
「久し振りに見たな……」
全身冷や汗でぐっしょりだ。
ベットから下りてシャワーを浴びる。
あれから更に三人殺した。
あの日から1週間は毎日この夢を見続けて食事も喉を通らない有様だった。
しかし一人、二人と殺していく度にどんどん夢を見る回数は減っていって、今日のも10日ぶりだ。
ただどういう訳か、いつも夢に出てくるのは決まって最初に殺した男だった。
「慣れてきてるのか……」
手を開いて、閉じる。その動作を数度繰り返す。
前の施設にいた時から自分の事は分かってたけど、ここに来て初めて実感した。
自分は戦闘機人で、戦う為の存在なのだと。
その為に生れ、その為に生かされているのだと。
そしてその真の意味を。
「いつかは夢にも見なくなるのかな?」
それは良い事なのか悪い事なのか……。
「はぁ……あの娘達がこんな思いをしてないといいけど……」
前の施設で出会った少女達を想う。
俺より年下の女の子達。二人とも同じ青い髪で顔も似ていたから、きっと姉妹だったんだろう。
あの施設の子供は俺達だけだったから、あの娘達とはよく一緒にいたのだ。
姉の、髪の長い娘は「お兄さん」と慕ってくれて、髪の短い妹の方はいつもお姉さんの後ろに隠れちゃったっけ。
それでも何度か会いに行く内に「お兄ちゃん」と呼んで少しずつ笑ってくれるようになった。
それからというもの、あれこれ二人の面倒を見ては兄貴ぶろうとしたものだ。
二人の事を思い出せば自然と笑みが込み上げてきた。
向こうに居た時はもっと自由だったから二人にも会いによく行けたんだけどな……。
でも、もし、あの娘達も両手を血で汚しているようなら、世界はどれだけ残酷なのか。
そんな事ないと、思ってはいる。いや、そう思いたいのか。
開いた両の手の平を見つめた。
わざわざ自分はこっちの施設に移されたのだから、あの娘達もこっちに来ない限りは大丈夫な筈だ。
会えないのは寂しいけど、あの娘達がこんな思いをするぐらいならここには来て欲しくない。
だから、彼女達がここに連れて来られるような事があれば……
ここを潰してでも……!
拳を握り締め、そんな事を考えていると部屋のドアが開いた。
「起きているな。ファースト、訓練の時間だ」
職員のおじさんが俺を呼びに来たようだ。
今日も一日ISや魔法の訓練をするんだろう。
確か次の実戦試験は5日後だったっけ。
俺はすぐに仕度をして部屋を出た。
**********
――――3日後
施設に警報が鳴り響き、あちこちで研究員達が走り回っている。
余程の緊急事態のようだ。
「大変です!首都防衛隊が……!」
「強制捜査か!?」
「既に警備の者が出ていますが止められません!」
「すぐにデータの消去だ!急げ!!」
監視カメラの映像に何人もの管理局員が映っている。
警備兵らしき男達が応戦しているが抑えきれていない。むしろどんどん押しこまれている。
局員を率い、最も先頭を行くのは槍型のアームドデバイスを携えた大柄の男だ。
彼は並居る警備兵達を軽々と薙ぎ倒し、隔壁を破壊して進んでくる。
「このままでは間に合いません!」
叫ぶ研究員の顔面は蒼白だ。
無理もない。
管理局法において生命操作技術の研究は厳しく禁止されている。逮捕されればタダでは済まない。
「……止むを得ん。ファーストを投入しろ」
苦渋に満ちた表情でリーダー格の男が命令を下した。
「しかし、もうアレしか残ってないんですよ!?」
「我々が捕まっては元も子もない!さっさと出せ!!」
「わ、わかりました。
おい!ファーストをD-02へ向かわせろ!照明を消して待ち伏せさせる!!」
「これで少しは時間が稼げる。今の内だ!何も残すなよ!!」
**********
――――D-02フロア
フロアの照明は全て落とされ、所々ランプが点滅している以外に光は全く無い。
その闇の中で一人、身を屈めて機を窺っている者がいる。
ファーストと呼ばれていた少年だ。
彼は既にデバイスを展開し、バリアジャケットも身に纏っている。
落ち着け、落ち着け、落ち着け……。
逸る心を抑えるように、胸に手を当てる。
さっき急に指示が出され、ここに行くように命令された。
呼びに来た職員は走って現れ、息も絶え絶えに俺がやるべき事を伝えてきた。明らかに今までの性能実験とは様子が違う。
それに……、
少年は職員に渡された写真に目を落とした。
そこには最優先排除対象と言われた男が写っている。
この暗がりにあってなお彼の目にははっきりと写真の人物が見えていた。戦闘機人であるがゆえの機能だ。
大柄で多少彫りの深い顔。手にはナイトホークと似たような槍型アームドデバイスが握られている。
強そうだな……。
それに何故だか懐かしいような、不思議な感じがする。
誰なんだろうこの人?
名前も何も教えられてはいない。
とはいえこの人は最優先での排除が命じられている。考えるだけ無駄だろう。
……!
足音が聞こえる。3人か……いや4人だ。
警戒しているのかゆっくりこちらへ近付いてくる。
もうすぐだ。
いつもの、戦う前の儀式を行う。
目を閉じて、音を立てないように深く呼吸をした。
自分に言い聞かせる。
今だけは……今だけは、俺は機械だ。
ゆっくりと瞼が開かれていく。目は金色に染まっていた。
表情からも険が取れ、それどころか何の感情も読み取れなくなっていった。
ようやく男達が姿を現した。
先頭を歩くのは最優先排除対象。その後ろを同じ制服を着た男3人が続く。
飛び出す。
一直線に先頭の男へと突撃。
跳躍し、その頭目掛けてナイトホークを振り下ろす!
しかし。
気付かれた!?
男は右手から接近する少年に寸前で気付きデバイスで頭を庇った。
頭を粉砕する筈の一撃はデバイスの柄によって阻まれる。
まだまだぁ!!
地に足がつくと同時にナイトホークを引き、腹狙いの突きを繰り出す。
だがこれも見えているかのようにかわされた。
ついに男が反撃に移る。上段からの袈裟斬りだ。
「くっ!」
ISで防御。
手の平より二回り大きい位のテンプレートが発生し、男のデバイスを受け止めた。
すぐにナイトホークを横薙ぎに振る。
男は攻撃を防がれた直後、その身に似合わぬ素早い動きでデバイスを軸に跳躍した。
少年の頭上を縦に一回転しながら飛び越える。
着地すると同時、振り返りながらの薙ぎを放ってきた。
少年はナイトホークを振り抜いた姿勢のまま前に身を投げ出す。
大の男なら胴を斬り払われていたであろう攻撃が空を切った。
前転しながら身を起こし、二歩の後方跳躍。距離を取る。
……と、闇に満たされた部屋に明かりが灯った。
「子供……!?」
後ろの魔導師が光球を発生させている。
見つかった!?
完全に奇襲は失敗だ。闇に乗じたが一人も倒す事が出来ず、今少年の姿は白日の元に曝されている。
急な光に一瞬少年の目が眩んだが、すぐに調整された。
「お前達は下がっていろ」
部下を下げ、排除対象が前に出てきた。一対一が御所望のようだ。
「投降しろ」
男が降伏勧告をする。
だが少年は無視。デバイスを構え直した。
「聞く耳持たんか……」
男もデバイスを構える。
じり、と音を立てて二人が対峙。飛び込む機を窺って半身の姿勢を取る。
下がっていた局員達が唾を飲んだ。
二人が同時に踏み込む!
「ああああぁぁぁぁっ!!」
「おおおおぉぉぉぉっ!!」
裂帛の気合と共に振り抜かれたデバイス同士が激突する。
全力で叩きつけられる鋼の音がフロア中に響きわたった。
**********
「完了です!全データ消し終わりました!!」
「よし、すぐに逃げるぞ!」
必要最低限のデータだけを持ち、研究員達が脱出を開始する。
棚を動かし、その後ろに隠されていた脱出路へと消えていった。
脱出路は地下を通って施設から少し離れた山小屋へと続いていた。
床板が外れ、研究員達が出てくる。
なんとか逃げられたと安心したのも束の間。
小屋を飛び出し、用意されていた車へと向かおうとした所で、いきなり強い光に照らし出された。
「あら、こんな時間にどこへ行くんですか?」
「ピクニックかしらねぇ?
それにしてはお弁当も持ってないようだけど……」
周りは既に管理局員によって囲まれていた。
特に前に立つのは、グローブ型のデバイスを着けた紫の髪の女と、ナックル型のデバイスを両手に着けた青い髪の女だ。
一体どうやってここに気付いたのか……。
……と、驚愕に震えるリーダー格の男の背中から小さな虫が飛び立ち、紫の髪をした女の肩へと止まった。
もはや逃げ道も無く、抵抗する気にもならない。
研究員達は揃って降伏した。
**********
少年と男の戦いは未だ決着が着いていなかった。
双方風を纏って連撃を繰り出し、受け止め、かわし、一進一退の攻防を繰り広げる。
余人には二人の間に近付く事も許されない。
幾合もの打ち合いの末、少年と男は弾かれたように距離を取った。
同時にカートリッジをロード。
『フルドライブ・スタート』
地に落ちた薬莢が高い音を立てると同時、二人が消えた。
そうとしか思えない速度で地を蹴る。
轟!
膨大な魔力を孕んだ一撃が衝突。
暴虐的なまでの風圧が発生し、フロアを蹂躙した。
少し離れていた局員達ですら腕で顔を覆い、両足で踏ん張ってようやく耐えられた程だ。
暴風の源泉となっている二人は一歩も譲らず鍔競り合っている。
が、やはり大人と子供では厳然な差があった。
宙を足場にする少年と、確と地を踏み締める男ではそこに込められる力が違うのだ。
徐々に少年の方が押されていく。
「むんっ!!」
ついに少年が押し切られた。
飛び込んだ時にも劣らない速度で弾き飛ばされる。
「がっ……!?」
かなりの勢いで吹き飛んだ少年はそのまま壁に叩きつけられた。
衝撃でフロアの壁面が円状に陥没する。
くそ……!
なんとか上半身だけは起こすものの体に力が入らない。ナイトホークも叩きつけられた拍子に手から離れてしまった。
こちらが動けないのを悟ったからか、ゆっくりと男が近付いてくる。
「ひ……」
後ずさろうにも背後は壁だ。足も立たず、逃げられない。
俺も、死ぬのか?
今まで自分が殺してきた人達のように、ここで自分も死ぬのか?
あのデバイスがこの身を貫いて、それで物言わぬ骸に成り果てるのか?
いやだ!いやだ、いやだ、いやだ、いやだ…………。
「死にたく、ない……」
黒に戻っていた両目から涙が溢れてくる。
「殺しはしない」
「え……?」
目の前に迫っていた男がデバイスを下し、話しかけてきた。
「抵抗しなければ戦うつもりもなかった。
……お前は戦闘機人、だな?」
まだよく状況を理解できていないながらも、男の質問に頷いてみせる。
「俺は時空管理局・首都防衛隊のゼスト・グランガイツだ。お前を保護しに来た」
男、いやゼストはそう言って膝を折り、こちらへと手を伸ばしてきた。
本当に……ここから、出られる?
少年は一度躊躇し、だがもう一度その手を伸ばしてしっかりとゼストの手をとった。
**********
「隊長、あの子がそうなんですか?」
施設の制圧も完了し一段落着いた頃、青い髪の女がゼストに話しかけた。
少年は指揮車の後ろで肩からタオルをかけ、ぼんやりと座っている。
「ああ、ここで保護した戦闘機人だ。ここにはあの子供しかいなかったらしい」
「戦闘になったって聞きましたけど?」
「闇に紛れて襲いかかってきた上に、言っても聞かなかったからな」
「強かったんですか?」
「部下では荷が重かっただろう」
そう言って自分のデバイスを見せる。
デバイスの刃はそこら中にヒビが走り、今にも砕けそうな有様だった。
「うわ、これはすごいですね……」
「しかも躊躇無く俺の命を狙ってきた」
「…………」
気まずい沈黙が下りる。
躊躇いも無く来たというなら、恐らく初めてでは無いのだろう。
彼にとって、人の命を奪うという事は。
「どうして俺は、いつも遅い……!」
ぎり、とデバイスを握る手に力を込め、ゼストは己を責めるように吐き捨てた。