「やっほ~、なのはちゃん元気しとったか~?」
ゲルトがナイトホークとの再会を終えた頃、なのはの病室にも来訪者があった。
はやてにフェイト、シグナム、ヴィータ、リィンフォースⅡ、シャマル、ザフィーラの7人。
彼女の見舞いにやってきた大切な友人達だ。
「ごめんねなのは、随分空いちゃって……」
「ううんいいよ。
フェイトちゃんだって執務官試験もうすぐなんでしょ?」
「それは、そうなんだけど……」
フェイトはどうもなのはに気を掛け過ぎているようだ。
1回目の執務官試験に落ちたのにもそれが少なからず影響しているに違いない。
それが彼女の良さとはいえ、そんなに心配しなくてもいいと何度か言ってはいるのだが……。
「もうフェイトちゃん。
折角お見舞いに来たのに辛気臭い話は無しやで?」
「ご、ごめん。はやて」
「もう、また謝るぅ。
それはフェイトちゃんの悪いトコやで?
……っと、アカンアカン。私も説教しとる場合やないなぁ」
アハハ、とはやてが暗くなりかけた空気を吹き飛ばす。
彼女らがなのはの病室に訪れたのは実に2週間振り。
なのはの入院はそれぞれが一番忙しい時期と丁度かぶってしまっているのだ。
はやてはまだ生まれたばかりのリィンフォースⅡの面倒を見なければならないし、フェイトは2度目の執務官試験が近い。
ここにはいないがユーノも無限書庫の司書として毎日カンヅメ。
クロノやリンディは言うに及ばずである。
こうして皆が集まってここに来るのにも以前から計画してようやくに違いない。
「お前また無理したりしてないだろうなぁ?」
「ヴィータちゃんまで……。
最近はリハビリも順調なんだよ?」
ヴィータもフェイト程では無いが、やはりなのはを心配しているようだ。
彼女の場合は目の前でなのはが落ちた事で色々と責任等を感じているらしい。
「聞いたで。
ここ最近急に調子が良ぉなってきたんやろ?
何かあったん?」
「うーん、えっと……ちょっと前に知り合った人がいて……」
そうなのだ。
なのはの体は近頃急速に回復の兆しを見せているのである。
松葉杖無しの歩行距離も以前に比べて随分伸びてきており、この短期間に、と医者も感心する程の進歩だった。
その理由について、なのはは僅かに口ごもりながら説明を始める。
「ふんふん、それで?
その人がどうかしたん?」
「その人初めて会った時からずっと落ち込んでたんだけど……先週ぐらいかな?
急に元気になってたの。
それでそれからは一緒にリハビリ、っていってもやってる事は全然違うんだけど、してて……」
「それで、体良ぉなったん?」
それだけで体の直りが早くなったりするのだろうか?
話を聞いているはやてやその他の面々は揃って首を傾げた。
だがなのはの話にはまだ続きがあるようだ。
彼女は皆から少し視線を逸らして続きを話し出した。
「え~っと……。
その人はリンカーコアの方が悪いらしいんだけど、デバイスも修理中だからせめて体術だけでもって拳法?みたいな稽古をしてるの。
それが凄いんだよ!
魔法も使って無いのにパンチでボッ、って音がするの!
それで……横でそんな事されて、私は歩行訓練でしょ?
だから……」
「何か悔しくて必死でリハビリした、と」
「うん、まぁ……「ってこの馬鹿野郎っ!やっぱり無理してんじゃねぇか!!」……いふぁい!いふぁいふぉフィーハふぁん!!」
予測できた答えを白い目で告げるはやてに、てへっと笑って誤魔化そうとするなのは。
そんな彼女には瞬間でヴィータによる制裁が下った。
かなりの力で口を引っ張られた彼女は手足をバタつかせて抗議の意を示す。
が、鉄槌の騎士の異名は伊達ではなかった。
ヴィータの手は小揺るぎもしない。
ようやく彼女が手を離した頃にはなのはの頬にはっきりと赤い跡が残っていた。
「まったく……あれほど無茶はすんなって言ったのに、何やってんだよお前は」
「ひ、ひどいよ、ヴィータちゃん。
私、別に訓練の量を無理して増やしたとかじゃないんだよ?」
「え、そうなの?」
まだ痛む頬を押さえながらなのはがヴィータを非難する。
彼女の意外な言葉にフェイトがどういう事かと尋ねる。
「うん、あまりそういう事しようとするとゲルト君……あ、さっき話した人だよ?が怒るから色々体の動かし方とか教えてもらったの」
ゲルトが復帰してすぐの頃は本当に練習量を増やそうとしていたのだが、それは流石にゲルトが止めた。
まだ治り切ってもいない体にあまり負担をかけると将来どこかで致命的な歪みが出ないとも限らない。
その代わりと、ゲルトはなのはに簡単な運体のコツを教えたのだ。
なのはは生来運動神経が切れているなどと言われていたが、意外にも飲み込みは悪くなかった。
歩行距離が伸びたのもそれのおかげである。
「その人には感謝せんとあかんなぁ」
「そうだな、こいつを1人で放っとくと絶対に無理してただろうし」
「2人の中の私って一体……?」
「「「「「「「事実やろ(だろ)(だろう)(です)(ですよ)(だな)」」」」」」
「ごめん、否定できないよ」
「うう、ごめんなさい……」
間髪入れず八神家一同がツッコんだ。
今回はフェイトですらも助けてはくれないようだ。
項垂れたなのはも実際やろうとしていただけに反論できず、力無くベッドへと体を倒した。
「しかしそのゲルトと言ったか、そいつはどんな奴なんだ?
このミッドで拳法とは中々珍しいが」
次に口を開いたのは珍しくシグナムだ。
彼女は度々会話に上っているゲルトに関心を示したらしい。
「えっと名前はゲルト・グランガイツ・ナカジマっていうんだけど。
私達と同じ年でAAランク、所属は地上部隊なんだって。
それから……古代ベルカ式の騎士で本当は槍が武器なんだって言ってたかな」
「ほう……騎士なのか。そいつは」
ゲルトの人となりを知ったシグナムの目付きが変わる。
戦闘を前にでもしたかのように目がすっと細まり、瞳にも微かに獰猛な光が灯っている。
今時のミッドで古代ベルカ式の騎士。
しかもAAランク。
ふむ……興味深い。
「まぁた始まったよ。
シグナムの“決闘趣味”」
「シグナム、また喧嘩するですか?」
「あれはどうにもならんだろう」
「でも、その度に治療させられるのって私なんですよ?」
「最近フェイトちゃんともあんまり戦ってないし溜まってるんやろうなぁ」
「えと、時々は相手した方がいいのかな?」
まだ見ぬ騎士に思いを馳せて1人闘志を燃やすシグナムに他の面々は呆れ顔。
顔を寄せ合ってヒソヒソとぼやき合う。
なのははそんな皆の様子に笑みを漏らしてふと窓の外を見た。
いつものベンチ付近。
「あ、ゲルト君」
「どいつだ?」
そこには素振りをしているゲルトがいた。
いつもはもう少し後なのだが、今日はどうしたのだろうか?
あれ?
よく見れば振っているのは只の棒ではない。
ベルカの騎士が好んで用いるアームドデバイスだ。
という事はデバイスの修理が終わったのだろうか?
「ほら、あのベンチの傍で素振りしてる人ですよ」
「あれか……」
なのはの言葉に、窓の傍にまできていたシグナムが視線を固定する。
確かになのは達と同じ年頃の子供だ。
しかし彼の動きには見るべきものがあった。
身の丈を超えるデバイスを振りながら、遠目にも分かる程にその挙動は洗練されている。
ますます面白い。
「あの人かぁ。
……ん~、でもあんまり強そうには見えへんけど?」
シグナムに続いて窓に近寄ってきたはやて。
だが彼女の感想はシグナムとは180度違っていた。
ゲルトの動きは素人目に見てもあまり速くはなく、また鋭さを持っているようにも見えなかった。
はやてがそう思うのも無理はない。
「主、それは違います」
「?」
しかしシグナムははやての言葉を否定した。
確かにゲルトの動きは遅い。
だが、それは……
「あれは状況を仮想し、動きを吟味しながら鍛練を行っているのですよ。
それには得物の軌道と体の運び、それだけあれば十全。
ゆえにさほど速度は必要ないのです」
「へぇ、そういうもんなんやぁ」
はやてはここ数年の勉強の結果で魔法についての知識は飛躍的に向上しているが、流石に武術に関しては門外漢だ。
ある意味で専門家であるシグナムの言葉には素直に頷くばかり。
「見ていて下さい。
恐らくそろそろ本気で動き出します」
言うが早いか。
ゲルトの動きは突然豹変を見せた。
先程と同じ軌道をなぞりながら、しかしその鋭さは段違いだ。
ここにまで前動作の震脚やデバイスの穂先が風を切る音が届きそうなほど。
「へぇ、やるじゃねぇか」
「うむ、悪くない」
ヴィータやザフィーラも一連の動作を見ればその練度の高さはおおよそ分かる。
なるほど優秀だ。
はっきりとどの程度なのかまでは流石に読み切れないが、少なくともシグナムに興味を抱かせるには十分過ぎるだろう。
事実彼女は今にも飛び出したそうにしている。
と、ゲルトがこちらに顔を向けた。
鍛練の様子を覗き見する彼女らに気付いたらしい。
代表として知り合いのなのはが手を振っておく。
それに返した彼は特に気にするでもなく再び鍛練へと戻って行った。
「高町」
「な、何ですか?
シグナムさん……」
シグナムに両肩を掴まれたなのはは、迫る彼女に気圧されて困惑しながら聞く。
どうにも嫌な予感がした。
「ぜひ紹介してくれないか?」
「だ、誰を……ですか?」
半ば予想できていた質問だが、とりあえずとぼけて見せる。
一応ゲルトは入院患者なのだ。
流石にシグナムの相手をさせるのは酷というものだろう。
そう思ったのだが。
「あの、ゲルトという少年を、ぜひ、紹介、して、くれない、か?」
「は、はい!喜んで!!」
彼女は誤魔化されてはくれないようだ。
聞き間違いは許さないという風に、一言毎に区切って言う。
肩を握る手にはさらに力が籠り、迫力も増した。
有無を言わさぬその様子に、なのははついに屈してしまう。
ごめんね、ゲルト君…………。
**********
一方のゲルト。
彼が向こうの状況を知り得る訳もなく、ただ鍛練に励んでいた。
状況を、イメージ。
今、彼の視界は2人の敵を捉えている。
そのどちらもが杖を構え、今にもゲルトに魔法を放とうとしている、と仮定しよう。
先に左の魔導師が魔力弾を撃ち込んできた。
それは直線的にこちらへと向かってくる。
相手の視線と射線から見て、狙いは顔面か。
「フッ!」
右足を大きく踏み出しつつ、体を落として回避。
魔法の発生から発射までを完璧に見切っていればどうという事もない。
左肩と顔の中間、すぐそばを光が通過していく。
魔力弾の通過で発生した風が耳をなぶった。
しかしそれが何だと言うのか。
外れた攻撃には頓着せず、そのまま敵へと突進。
が、ここで2人目の敵が魔力砲を発射。
この距離だ。
回避は不可能。
となれば……
「ツッ!!」
右から逆袈裟に持ち上げたナイトホークで迎え撃つ。
刃が砲撃を捉えた。
流石に重い。
だが、どうにもならぬでもない。
魔力砲を叩き斬り、その向こうへ。
追撃をチャージしていた最初の敵へ到達。
「シィッ!」
体重と突進の勢いを乗せて足を払う。
術に集中していた相手は為す術もなく転倒した。
だが、無視。
そちらが地に着くより早くナイトホークを反転。
石突きでもう片方の男のみぞおちへ刺突を繰り出す。
腹を押さえて崩れ込む男は無力化したと判断。
再度ナイトホークを回して背から倒れた最初の敵の首に刃を突きつける。
喉に被さる刃に、男は身動ぎする事も許されない。
「ふー……」
状況終了。
目を閉じて一息吐けば周囲が中庭に回帰する。
いつもの風景だ。
自分の他には目につく範囲に人はいない。
息を整えて体も戻した。
「悪くない」
『ですね。
以前と比べても遜色ありません』
「それだけじゃ、駄目なんだけどな」
今の仮想戦闘を判断。
無駄な力が入り過ぎる事も無く、イメージ通りには動けていた。
しかし前と同じではいけない。
大げさではあるが、時を経た分相応の進歩はしていなければ。
『しかし一月振りです。
鈍っていない事が分かっただけ良かったのでは?』
「俺には無いさ。
そんなもの」
『……失言でした』
動作データの蓄積。
それは戦闘機人に付与された機能の一つ。
経験した動作の精査、再編を行い自分の動作へとフィードバック。
これにより常人を遥かに上回る速度で習得する事が可能だ。
勿論その機能には動作の記憶も含まれる。
従って基本的に彼らには鈍るという事は、ない。
あるとすれば後に記憶した動作の妨げになる等して優先順位が下がった場合のみだ。
「いいさ。
これのお陰で俺は、もっと強く……なれる!」
ナイトホークを振るって言う。
最早ゲルトにはこの人ならぬ身に対するわだかまりはない。
むしろ僥倖だ。
耐久力に優れた骨格、強靭な筋肉に、強化された器官類。
闇を見通し幻影すらも破る鋭敏な目、技を効率的に磨く学習能力、設備さえあれば重傷でも数週間で復帰できる生存能力。
そして、
絶対防御を実現せんとするIS、“ファームランパート”。
贅沢過ぎる。
これほどまでの力を与えられて、それでいつまでも弱いままでいられるものか。
より技を磨き、より動きを洗練し、より高みを目指して、そして。
そして勝利する。
それだけだ。
「よし、そろそろ魔力刃でも作るか。
あの位ならリハビリに丁度いいだろ」
『はい。
……ですが、その前にあなたへ客人のようですよ?』
振り返ればなのはがこちらに歩いて来ているのが見える。
彼女の後ろにいるのは知り合いだろうか。
見た事もない人達が10人近く彼女の後ろに付いている。
「ごめんね邪魔しちゃったかな?」
「いやいいけど、後ろの人らは?
もしかして前に話してたお前の友達か?」
「うん、そう」
なのははゲルトの言葉に肯定を示し、一人一人を紹介していく。
「この娘がフェイトちゃん」
「ど、どうも。
フェイト・T・ハラオウンです」
「で、この娘がはやてちゃん」
「初めましてや。
八神はやてです」
それ以降も滞りなく全員の紹介は進んだ。
全員なのはの話に出て来ていた人物で間違いは無いらしい。
そして最後にはなのはがゲルトを紹介する。
「それでこの人がゲルト君だよ」
「初めまして、ゲルト・G・ナカジマです。
それでこっちが相棒の……」
『ナイトホークです。
以降お見知りおきを』
ナイトホークも紹介しておく。
彼女も今や、ゲルトにとってはかけがえのない存在だ。
「ふむ、良いデバイスのようだな」
シグナムは彼女にも目を留めた。
黒い柄。
刃も光を反射しないような鉄紺色だ。
ところがそんなシンプルなデザインでも無骨という印象は受けない。
むしろ研ぎ上げ、磨き上げられた末にのみ持ち得るような美しさがそこにはあった。
「ええ心強い、俺の刃です」
「そうか。
では、私の剣も紹介しよう。
レヴァンティン!」
『ヤヴォール!』
シグナムの意に応じてレヴァンティンがセットアップ。
彼女の胸元の剣十字が燃え上がった。
そして現れるのは……剣。
烈火の将シグナムが魂、炎の魔剣レヴァンティン。
「アームドデバイス……」
「そうだ。
私もベルカの騎士なのでな」
右手のレヴァンティンを軽く振るう。
それは何気ない動作ではあるが、シグナムがゲルトの技量を推し量れるのと同様にゲルトもまたそこからシグナムの腕前を見て取った。
ゼスト以来の、不足無い相手。
そう感じ取った瞬間、不意にゲルトの中である欲求が生まれた。
試してみたい。
それは、より力を欲する者であればごく自然な発想。
自分が何処までやれるのか。
生まれ変わったナイトホークを得た自分は、
この鋼の体を肯定した自分は、
グランガイツの名を継いだ自分は、この目の前の騎士に勝てるのか。
それとも彼女が積み上げてきた物の前では為す術もなく打ち破られるのか。
それを試してみたい。
「シグナムさん、会って早々に不躾とは思いますが……」
「何だ?」
シグナムも恐らくは同じ事を考えているに違い無い。
こちらを見る彼女の瞳に光るのは確かな闘志。
先程レヴァンティンを抜いたのもこちらへの挑発だろう。
「俺と……俺と戦ってもらえませんか?」
「いいだろう、望む所だ」
勿論シグナムに断る道理はない。
即座にはっきりと了解を示した。
後ろで「同類だー!?」と騒いでいるギャラリーもいたが、既に2人の騎士は互いの事しか見えていなかった。
**********
先端技術医療センターに入院する患者は、やはり魔導師である事が多い。
そして彼らの“魔導師としての”リハビリには専門の施設が必要だ。
ゲルトやシグナムが今居るのもそういった施設の一つ。
かなりの広さと高さを兼ね備えたドーム状の空間。
ここでなら存分に戦えようというものだ。
なのは達は別の部屋でここの様子を見ているだろう。
「さて、初起動にしてはちょっと荒っぽいが……」
言葉と共にナイトホークの刃に赤橙のカウリングが為され、ゲルトの体をバリアジャケットが覆った。
近接戦闘主体の古代ベルカ式には基本的に非殺傷設定などというものは存在しない。
せいぜいがこうして刃引きを行う程度。
一応バリアジャケットを身に纏っていればなんとか致命傷は避けられるが、直撃の場合は骨の一本位覚悟しておかなければならない。
まぁそれはともかく、こうして魔力刃を展開するのにはゲルトにとって別の意味もあった。
それはナイトホークに搭載された新機能によるもの。
「どうだ?
ナイトホーク」
『問題ありません。
プログラム“パラディン”正常に動作中』
“パラディン”
それが彼らの新たな力である。
これは変形機構のような多様性を持つ訳でも、フルドライブのように圧倒的出力を解き放つ物でもない。
このプログラムが為し得るのはごく単純かつ当り前の事。
『魔力伝導効率、現在にて98%を観測。
誤差範囲ゼロコンマ3%で安定』
そう、魔力伝導の補助。
ただそれだけ。
ストレージデバイスですらも行っているような、基本中の基本と言えるその機能。
しかし彼らはこれを極端に突き詰め、その果てに有り得ない結果を導き出す事に成功した。
魔力伝導効率。
これは魔導師のリンカーコアから汲み出される魔力をどれほど術式へと流す事ができるか、という割合を表している。
つまり98%が観測された今、無駄に垂れ流される魔力はたった2%。
これは通常なら魔力消費を抑えられるという、ただそれだけで終わってしまうだろう。
だが、もし。
これに近い数字をフルドライブの発動中でも維持できるとしたら?
理論の上では僅かに4%程の低下で済む計算になっている。
万が一それが実現したとして、その場合は一体何が起こり得るのか。
例え話をしよう。
ここに水門があるとする。
この門がリミッター、流れる水が魔力。
水路がデバイスで、その先に在る水車が魔法の術式だ。
フルドライブに入れば門が完全に開き、溜まっていた水が水車へ目掛けて一斉に押し寄せる。
だが水の勢いが強過ぎるのだ。
少なくない量の水が水車に届く前に水路から溢れてしまう。
また、水路では納まり切らずに逆流した水が門の付近まで達する事もあるだろう。
これが魔導師のリンカーコアや身体、デバイスを蝕むのだ。
そして保有魔力の高い者であればある程に、零れる水の量は多い。
ゆえに、一般的にはデバイスの強度を上げる事でこれに対応する。
水路に沿って土のうを積み上げるのだ。
とはいえそれも所詮は応急処置に過ぎない。
やはり隙間からは水が滲むだろうし、一度でも限界を超える水に晒されればそんな物は無力だ。
だが、ゲルトの方策はこの問題を一挙に解決した。
彼が行ったのは……そう、言うなれば水路の底掘りである。
水路そのものを深くしたのだ。
これにより水はスムーズに流れ、相対的に見れば水かさも減る。
元より水路の高いゲルトとナイトホークだ。
ここまでやればフルドライブの負担をギリギリ耐えられるレベルにまで下げられる。
その結果、彼らはフルドライブを“負担”なしで発動し続ける事が可能となった。
当然、魔力を解き放っているのだから“疲労”はする。
だがそれだけだ。
過剰な魔力がゲルトの身を犯す事も、ナイトホークが負荷で破損する事もない。
ナイトホークに至っては精密な人格AIを積んだ事でむしろ強度は落ちているのだが、負荷そのものが減った事で相対的な耐久力は劇的に向上した。
全力を全力のままに使い切る事。
これこそが彼らの切り札である。
最早ゲルトらにとってフルドライブとは暴走を意味しない。
それは綿密な計算と完璧な制御の上で行われる統制された現象の一つだ
デタラメもデタラメ。
全く机上の空論に過ぎないこの夢物語を実現した要因は、ゲルトの身体の特殊性とナイトホークの意思にある。
まずこれを叶えるに当たって圧し掛かった問題は、デバイスが扱わなければならない情報量の多さだった。
魔導師の体調、リンカーコアの活性状況、周囲の環境、云々云々……。
これら膨大な情報を瞬時に把握して魔力伝導の経路を調整しなければならない。
生半可な演算能力では不可能だ。
また非常に重要ではあるが、数値化が困難な魔導師のメンタル。
これは非人格型ではどうしようもない。
そこでこの2点を解決するのがナイトホークへの人格AIの搭載だった。
しかし、これでもまだ十分ではない。
やはり処理しなくてはならない情報がまだナイトホークの手に余るほど存在している。
が、これもゲルトの身体のおかげで解決した。
再三述べている通りゲルトは常人とは違う。
だがそれゆえに。
ゲルトの体は数値という、客観的な判断が可能な形式で自分の身体情報を記録しているのだ。
なぜか。
それは先に述べた通り、動作データの蓄積だ。
これは本来、動作の調整に用いるものなのだが、彼らはそれに目を付けた。
記録されているのは動作だけではない。
当然それに伴う身体内部の変化も含まれる。
そしてゲルトのデータ蓄積システムとナイトホークのリンク。
これにより彼女はリアルタイムでゲルトのフィジカルデータを得るに至り、処理能力の負担を大きく軽減させる事に成功した。
そうして完成したのがパラディン。
それは今述べた一連の環境を前提とする、ただの魔力経路調整プログラムに過ぎない。
しかしそれがゲルトの戦闘思想の究極を体現してみせたのだ。
己の力を完璧に制御し、支配下に置く事。
必要なのは、威力の極大ではない。
細緻の極限だ。
誰がこの奇跡を予想できただろうか。
恐らくはかの天才、ドクタースカリエッティでも慮外の事に違いない。
当初の戦闘機人構想とは全く異なる、騎士たるゲルトだからこそ至った発想の結果だ。
「それじゃ本番といくか。
なぁに、今回は基本的に魔法抜きだ。
お前はパラディンの調整に専念してくれればいい」
『イエス』
パラディンの正常稼働を確認したゲルトは視線を前へ向けた。
そこには既に騎士甲冑を纏い、レヴァンティンを提げたシグナムが立っている。
「もういいのか?」
「ええ、お待たせしました」
そうか、と呟き相対する彼女はレヴァンティンを腰だめに構えた。
こちらを射抜くのは戦士の目、騎士の瞳。
「ヴォルケンリッター烈火の将にして、主はやてに仕える“剣の騎士”、シグナム」
「ゼスト隊末席にして、グランガイツの姓と技を受け継ぐ“鋼の騎士”、ゲルト」
ゲルトもまたナイトホークを構える。
右寄りの前傾姿勢をとり、左手を突き出して右手を引く独特の構えで彼女を保持。
「「いざ、尋常に――――」」
ざり、と2人が大きく足を開く。
一瞬後の突撃の為の予備動作だ。
「「勝負!!」」
両者は同時に地を蹴った。
(あとがき)
う~ん、今回の反省としては、ちょっとパラディンの説明に行を使い過ぎたなぁ。
それに説明的すぎる気も……。
あ、魔力伝導云々は完全に作者の脳内設定です。
なのはとレイジングハートで通常82%、フルドライブで75%くらい、フェイトとバルディッシュで86%、80%くらい?
以前のゲルトとナイトホークでは88、82くらいと妄想。
バルディッシュはフェイトの専用機なので多少はなのは達より高いはず。
多分デバイス無しだと普通は40%くらいな感じ。
パラディンが完成した事で地味だけどすっごいチート性能になったゲルト、ナイトホークのコンビ。
ただ、今回のシグナム戦ではフルドライブは使いません。
流石にゲルトは入院中だし、魔法無しの戦闘じゃないとまずかろうと。
まぁ使っても以前と見た目は何も変わらないんですけどね。
ただ体が痛まないだけで。
あんまりこういう最強展開は好きじゃない人もいるでしょうが、逆にこれ以外の強化法は思いつかなかったんですよ。
ナイトホークに人格を持たせる意味と、この作品の方向性的に。
では次回シグナム戦決着です。
これで感想荒れたらイヤだなぁと思いつつ、Neonでした。