「私はなのは。
“高町なのは”っていうの。あなたは?」
「俺は……ゲルト」
無視すれば余計にしつこいタイプだと判断。
それでもぶっきらぼうな態度で名乗る。
「ゲルト君も管理局で働いてるんだよね?
歳はいくつ?私は今年で11歳なんだけど……」
「同じだ」
「そうなんだ!
私の友達にも同じ年で魔導師をやってる子達がいるんだよ」
「そうか……」
気の無い返事。
だというのに、なのはは屈託のない笑顔を見せる。
多分、どうしようもなく空気が読めないか底抜けのお人好しのどちらかなのだろう。
それからも彼女はまともに返事を寄越さないゲルトに言葉をかけ続けた。
「それじゃあそろそろ私は行くね。
ありがとう、話しを聞いてくれて」
「俺は別に……」
どれくらい経っただろうか。
ようやくなのはは話を切り上げて席を立った。
終始まともに取り合わなかったゲルトにも礼を言う。
そう言われるとゲルトも何か落ち着かない気分になった。
どうにもバツの悪さが募る。
「ん――――っ!?」
……と、松葉杖をついて数歩を歩いたなのはが突然地面に倒れ込んだ。
よほど苦しいのか、すぐに立ち上がる様子も無い。
「お、おい!
大丈夫か!?」
「……大、丈夫……自分、で…立てるよ……」
尋常ではない彼女の様子にゲルトが傍へと駆け寄る。
手を貸そうとしたが彼女自身がそれを拒み、自力で体を起こし始めた。
松葉杖を掴んでなんとか片膝をつく。
が、足が滑った。
為す術も無く再び転倒してしまう。
ゲルトはそんな彼女の様子を焦れながらも見ているしかなかった。
その瞳は先程まで虚空を眺めていた暗いものではない。
隠しようもなく、なのはを案じる色があった。
ゲルトは元来自分の苦難よりも他者の痛みにこそ想いを致す性分である。
彼はこの深く暗い悲嘆の中でも目の前で這う少女を放ってはおけるような人間ではない。
しかしなのはが己の力のみで立とうとしている以上、彼に出来る事は何もなかった。
彼女は何度も何度も地へと伏しながら、それでも諦めない。
何が彼女をそこまでさせるのか。
そして何度目かの挑戦の末、ついには自分1人の力で立ち上がってみせたのだ。
「にゃはは、ごめんね。心配かけて。
もう私は大丈夫だから」
やっと起き上がった彼女は、照れ隠しのようにゲルトへとはにかむ。
なのはは何度も地面に倒れ込んだ事で至る所が砂や土に塗れていた。
しかしゲルトは純粋にその様を、美しいと感じた。
眩しいと思った。
挫けぬその在り方が。
折れないその強さが。
「え?え!?
ゲ、ゲルト君!?」
ゲルトはせめてこれ位と、服や髪の汚れをはたいてやる。
なのははゲルトの突然の行動に顔を真っ赤に染めて慌てた声を上げた。
「じっとしてろ。
お前自分で払えないだろ」
なのはは松葉杖でようやく歩ける状態だ。
片手で全身に付いた埃やらをきちんと落とすことは難しい。
ベンチにでも座ればまた別だが、そうするとまた立ち上がらなくてはならず、恐らくは同じ事の繰り返しになる。
しかしそのまま病院に入るにはいささかなのはの格好はひどかった。
彼女もそれを自覚はしているのか、しばらくすると大人しくゲルトのされるがままになっていた。
「あ、ありがとう……。
ゲルト君」
「あんまり無理はするなよ」
「うん、ごめんね。
そ、それじゃあ私は行くから」
ようやく目についた汚れは落とせた。
なのはは結局ゲルトの助けを借りた事を恥じているのか、少々うつむき気味に視線を逸らしている。
彼女は礼を告げると足早に、といっても松葉杖をついているので大した速度ではないが、病院の中へと戻って行った。
どうも彼女の病室にはゲルトが使うものとは反対の入口の方が近いらしい。
なのはの姿が見えなくなるとゲルトはガシガシと頭を掻く。
それを人に言える身分か、と。
そのまま彼は一息を吐くと自分の病室へと戻っていった。
**********
その日からゲルトが広場へと足を運ぶ度、なのはもそこへやって来るようになった。
彼女の病室からはこのベンチの場所がよく見えるらしい。
ふらっ、とゲルトが現れればすぐに分かるそうだ。
完全な善意から来る彼女をどうにも追い払う事は出来ず、気が付けばゲルトも自分の病室を出て、いつの間にかこのベンチに座っているという事が多くなった。
そうして2人、毎日同じような時間に会っては様々な話しをするようになっていた。
とはいえ基本的にはなのはがゲルトに話しを聞かせるというスタンスだ。
ゲルトの曇りが晴れた訳でも心が癒えた訳でもない。
ただ前を向き続ける彼女の陽性の気がそうさせるのか。
彼女といる時だけはこの胸の空虚も少し、ほんの少しだが、和らぐような気がした。
なのはは“海”に属しているらしく、出身も別の世界なのだそうだ。
彼女の生まれがゲンヤの家のルーツと同じ、第97管理外世界と聞いた時は驚いたものだ。
向こうでは“地球”と呼ぶらしい。
両親と兄、姉の5人家族で、母と彼女以外は皆剣術を嗜むのだそうだ。
地球の事も色々聞いたが、どうやら魔法文化の無い世界らしい。
しかし驚くべき事にそのような世界の出身でありながら彼女はAAAランクの魔導師で、彼女の友人達も同程度の魔導師だという。
まぁ、それは高ランク魔導師用のリミッターを着けている事もあって疑ってはいなかったのだが、他にもこの年で高レベルの魔導師がいるというのは俄かに信じ難い。
彼女は元々自分の才能も知らず、普通の学生として暮らしていたが“ユーノ君”とやらが彼女に魔法の力を教え、相棒である“レイジングハート”も与えたそうだ。
彼らと一緒に“ジュエルシード”という危険なロストロギアを回収する事になり、その途中で親友の “フェイトちゃん”と知り合ったらしい。
その上“アースラ”の艦長“リンディさん”や、その息子で執務官の“クロノ君”といった管理局員とも遭遇したとか。
フェイトとは当初敵味方の間柄で何度もジュエルシードを奪い合い、紆余曲折の果てに和解して友達になったのだそうだ。
それから数ヶ月後、彼女は更に“闇の書事件”にも巻き込まれた。
流石に詳しい内容までは聞いていないが、またも危険なロストロギア関連の事件だったらしい。
多数の次元世界を跨いで発生した事件で、何でも“ヴォルケンリッター”を名乗る古代ベルカの騎士4人組とやり合ったそうだ。
初戦では接近戦を旨とする彼らの戦法と、カートリッジシステムを用いた瞬間的な魔力ブーストととに翻弄されて手も足も出なかったらしい。
そこで目には目をと、自分達もインテリジェントデバイスにカートリッジシステムを搭載して対抗する事にしたとか。
強度に余裕のあるアームドデバイスならまだしも、どちらかと言えば精密な造りのインテリジェントデバイスにそんな負担の大きい物を積むとは……。
正気の沙汰とは思えないが、デバイスのAI自身もそれを望んだという。
マスター共々肝の据わった連中だ。
そうしてその強化のおかげか2度目にはなんとか優位に立てたのだそうだ。
ただ、ヴォルケンリッターも根本から悪い奴等では無かったらしい。
彼らには彼らの譲れない想いがあり、その為には己の手を汚す事も厭わなかったがゆえに戦い続けたのだそうだ。
故に利害が一致した最終決戦では彼らも力を貸し、彼らの主であった“はやてちゃん”らと共に闇の書(本来は夜天の魔導書という代物だったらしい)を破壊。
事件は幕を下ろし、今では彼らもかけがえの無い友なのだそうだ。
で、現在は友達と共に正式に管理局に所属し、地球の学校に通いながらも時折舞い込む任務に当たっている、と。
今回入院したのも数ヶ月前の任務中に油断と無茶から大怪我を負ったがゆえらしい。
彼女は恥じるようにその話をしていたが、ゲルトはそれを笑う事はしなかった。
出来ようはずもない。
自分など、無茶をした上でさえ恩人の1人もまともに救えなかったのだ。
どの口でそんな事が言えようか。
ゲルトはなのはに自分が入院した経緯を詳しくは語っていない。
任務の最中に無理をしてリンカーコアを酷使し過ぎた、という程度だ。
特秘任務中の行動というのも勿論ある。
それもあるが、なにより彼女にその事を話すのは気が引けた。
懸命にリハビリに臨む彼女を前に、こうして無為に時を過ごす自分がどうしようもなく惨めな存在に感じられたからだ。
彼女といる間はそういう事もあまり考えないのだが、別れるとそれがどうにも頭にこびり付いて離れなくなる。
強い光は、それを浴びる側の影をも浮き彫りにするのだ。
**********
「――でねスバルが――――」
「…………」
「――――だったんだけどその時――――」
「…………」
「――――てる?
――――お兄さん聞いてるの?」
「……ああ、悪い。
何の話だっけ?」
いつものように病室へやってきたギンガがゲルトへ何事かを話している。
だがリクライニングを起こしたベッドにもたれたゲルトは上の空で、全くギンガの話を聞いている様子もない。
何度も呼びかけられてようやく気が付くといった有様だ。
「……。
ううん、何でも無い。
私、ちょっと母さんの様子を見てくるね」
そんなゲルトにギンガは表情を陰らせたが、ゲルトに気付かれるより前に俯いてそれを隠す。
そして顔を上げた時にはいつもの笑顔が浮かんでおり、何事も無かったようにクイントの様子を見に行くと言って部屋を出て行った。
ゆっくりと扉が閉まって、部屋に残されるのはゲルトだけになる。
1人になったゲルトは、なのはの話してくれた事件の数々を思い出す。
はっきり言って、何だそれは、と思った。
10歳にも満たない魔法を知ったばかりの現地協力者に実戦を行わせたユーノやアースラクルーもそうだが、何より次元震級の事件に当たっているのが次元航行艦一隻だけという現状にだ。
しかも彼らはロクに補充要員も得ぬまま闇の書事件にも挑んだという。
どう考えても異常だ。
地上の人員不足は幾度となく肌で感じ、また優秀な人材を引っ攫う“海”に対する反発も少なからずあったゲルトだが、これには口を閉ざさざるを得なかった。
どこの現場も所詮は同じ事だったのだ。
胸の痛みと共に、ゼストも生前よくその事を話していたのを思い出す。
“海”が扱う事件の規模は地上とは桁違いで、戦力を欲する事情は分からなくもない。
そしてだからこそ自分達が奮起せねばならないのだ、と。
俺は、何やってるんだ……?
日を追う毎にゲルトの中で今の自分の姿への疑問が大きくなっていた。
ゼストは死んだ。
メガーヌも、皆も死んだ。
クイントはまだ目を覚まさない。
ゼスト隊も解体された。
……だが、自分は生きている。
否、“生かされた”。
誰に?
決まっている。
皆に、だ。
ゼスト隊の皆にこの身も心も助けられ、今ものうのうと呼吸をしている。
彼らは心から地上の平和を願っていた。
誰かを救う為には己の苦難も良しとし、血を流すを厭わず、常に最前線に在り続けた。
そんな彼らに一度ならず二度までも命を救われた自分はどうだ?
目が覚めてよりの、どうしようもなく腐っていたこの自分は?
不様。
その一語に尽きる。
自分の力で立とうと足掻いたなのはに比べ、今の自分のなんと醜い事。
これが栄えあるゼスト隊の一員の姿か?
皆はこんな腑抜けを助ける為に命を賭したのか?
その問いにはゲルトのこれまでの存在の全てで以て答えられる。
否。
断じて否。
断じて、そんな事があって良いはずがない。
しかしこれ以上、どうすればいいんだ。
勇ましく吼える理性とは裏腹に、唾棄すべき内の惰弱が呟く。
ナイトホークは壊れた。
リンカーコアも衰弱している。
そして心も折れようとしている今の自分に、これ以上どうしろと言うのだ、と。
あるべき自分の在り方と、現在の自分の有様。
ゲルトの苦悩は限界に達しようとしていた。
**********
お兄さん……。
ゲルトの病室を出たギンガはドアに背を預け、内心で呟く。
ゲルトが入院してから毎日見舞いに来ているが、彼の様子は日に日にひどくなる一方。
彼は何とか隠そうとしているようだが、彼の心の傷の深さは相当に深刻だ。
もう何年もの付き合いになるギンガには取り繕った笑顔かそうでないか位は分かる。
しかも最近ではその笑顔すらもあまり見なくなってきた。
やっぱり……私じゃダメ、なんだ……。
彼にとって、自分はあくまでも“可愛い妹”である。
与える側ではなく、与えられる側なのだ。
だから自分が下手に慰めの言葉などかけようものなら、彼は益々思い悩む事だろう。
あいつらにまで心配をかけてしまった、と。
そうなれば彼は無理にでも立ち上がるに違いない。
自分は大丈夫だと、こちらを安心させる為に。
だが、それは傷を強引に抑え込んで無かった事にしているだけである。
根本的な解決には程遠く、むしろより決定的な破滅への一歩となるだろう。
これは自分の思い上がりではあるまい。
事実、彼は魔導師になった理由の“全て”を語らなかった。
いつかの遊園地で何故か、と問うた自分に、彼は本当の事を話さなかった。
スバルはまだ幼かったから覚えていないだろうが、自分は覚えている。
あの日。
一度は離れ離れになった彼と数ヶ月ぶりの再会を果たした、あの時。
彼は、拘束されていた。
あからさまに手錠や猿轡が付けられていた訳ではないが、あの部屋は確かに中の人間を外に出さない為の部屋だった。
自分達のように保護されたのならあんな所に入れられる訳がない。
施設を移された後、彼が何かの罪を犯したに違いないのだ。
そしてその推測も容易い。
自分達は、何の為に生み出されたのか。
それが答えである。
恐かった筈だ。
辛かった筈だ。
家に泊まりに来た日も時折うなされていた。
それでも彼は絶対に自分達の前で弱音を吐くような事はなかった。
あの時の彼は今の自分よりも幼かったというのに。
彼はいつだって自分達を守る為、悲しませない為に何でもないように振舞ってきた。
それがなおの事自分を不安にさせる事に、きっと彼は気付いていない。
それは恐らく今後も変わらないのだろう。
自分は気を遣われ続け、いつまでも彼の力にはなれない。
イヤ、だ……。
目尻に涙が浮かんでいく。
彼と共にありたいと願うのは、間違いだろうか?
彼と並び立って、あの背中を支えたいと思うのは、おかしな事なのだろうか?
強く、なりたい。
彼にただ心配されるだけの自分では無くなる位に。
彼に胸を張って無理をするな、と言える位に。
だけど今は………。
先程のゲルトの様子が脳裏をよぎった。
もう表情らしい表情も無くなってしまった彼の姿が。
ついに決壊した涙が頬に跡を残していく。
ギンガはそれを押し止めるように両手で目を覆った。
だが次々に流れ出るそれを抑えきる事ができない。
ポタポタと、指の隙間から溢れた涙が床に滴っていく。
自分でなくてもいい。
あの人の心を救えるのなら、誰だっていい。
誰だって、何だっていいから……だから……
誰か……あの人を、助けて……!
そして彼女の願いが届いたのか。
ついにゲルトへと転換点が訪れる。
クイントが、目を覚ましたのだ。
(あとがき)
どうでしたでしょうか?
大方の予想を裏切って、ギンガはゲルトを慰められません。
やると更に追い打ちを掛けてしまう事が分かっているからです。
一方なのはの方はゲルトの前に現れては自覚無しに心を抉っていきます。
ゲルトは割と内罰的な所があるので、一旦落ち込んだり自己嫌悪に陥るとマイナスループに入ってしまう事も。
しかしあくまで自分個人の感情と分かっているのでなのはに当たる事もなく、むしろそんな事を考えると余計にズルズル嵌っていく、と。
彼女との関係はむしろこれからです。
ただ、なのはが出たら急に感想数が増えてビックリ。
しかも好意的なメッセージばかりですよ。
もう、嬉しいのなんの。
いくら自分の好きな物を書けばいいんだ!、と思ってみてもやはりPV数とか感想は気になるわけで。
「おお、なかなか……」と思った方は遠慮せずに応援のメッセージを送って下さい。
もしかしたら多少執筆速度が上がるかもしれません。
あとタイトルですが、某魔を断つ剣や某超音速な兄貴とか分かってもらえましたか。
まぁ、実は他にも某吸血殲鬼とか某魔弾の義父さんとか某三年寝太郎とか某食いしん坊万歳とか色々www。
これからも全部が全部そうするかは分かりませんが、気になった方は是非聞いてみるとよろしいかと。
どれもかなりの名曲ですよー?
やっぱZIZZはいいなぁ。
ではでは、やたらと長いあとがきになりましたが、また次回ご期待下さい。