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No.8528の一覧
[0] 【王宮陰謀編完結】なんちゃってシンデレラ(現代→異世界)[ひな](2016/12/14 21:28)
[1] プロローグ[ひな](2012/01/11 14:45)
[2] [ひな](2012/01/11 14:46)
[3] [ひな](2012/01/11 14:46)
[4] [ひな](2013/09/26 20:38)
[5] [ひな](2013/09/16 09:13)
[6] [ひな](2013/09/26 20:40)
[7] [ひな](2012/01/11 14:47)
[8] [ひな](2013/09/26 20:40)
[9] [ひな](2012/01/11 14:53)
[10] [ひな](2012/01/11 23:28)
[11] 10[ひな](2009/06/09 02:49)
[12] 11[ひな](2009/05/23 16:26)
[13] 12[ひな](2009/06/09 07:52)
[14] 13[ひな](2009/05/17 08:11)
[15] 14[ひな](2009/05/19 07:57)
[16] 閑話 女官と大司教[ひな](2013/09/26 20:47)
[17] 15[ひな](2009/05/24 12:00)
[18] 16[ひな](2009/06/10 22:23)
[19] 17[ひな](2009/05/29 21:01)
[20] 18[ひな](2009/05/28 17:07)
[21] 19[ひな](2009/05/29 20:56)
[22] 20[ひな](2009/05/30 15:51)
[23] 閑話 王子と副官[ひな](2009/06/02 23:14)
[24] 21[ひな](2013/09/16 09:01)
[25] 22[ひな](2009/06/10 23:58)
[26] 23[ひな](2013/09/16 09:26)
[27] 24[ひな](2009/06/11 00:01)
[28] 25[ひな](2013/09/26 20:48)
[29] 26[ひな](2009/06/20 01:42)
[31] 閑話 王太子と乳兄弟【前編】[ひな](2010/03/13 20:08)
[33] 閑話 王太子と乳兄弟【中編】[ひな](2013/09/16 08:57)
[34] 閑話 王太子と乳兄弟【後編】[ひな](2010/03/14 18:38)
[35] 27[ひな](2010/05/13 21:47)
[36] 28[ひな](2010/05/13 22:18)
[37] 29[ひな](2010/05/31 08:27)
[38] 30[ひな](2010/05/31 09:46)
[39] 31[ひな](2010/06/12 01:51)
[40] 32[ひな](2010/06/24 01:35)
[41] 33[ひな](2010/06/24 01:47)
[42] 34[ひな](2013/09/16 09:32)
[43] 閑話 王太子と女官見習いと婚約者[ひな](2013/09/26 20:50)
[45] 35[ひな](2013/09/26 20:53)
[51] 36[ひな](2013/09/16 08:47)
[52] 37[ひな](2013/09/16 09:28)
[53] 38[ひな](2013/09/26 20:37)
[54] 39[ひな](2013/09/26 21:50)
[55] 40[ひな](2013/10/14 20:31)
[56] 41[ひな](2013/10/26 09:18)
[57] エピローグ[ひな](2013/10/26 10:14)
[58] あとがき[ひな](2013/10/27 22:34)
[59] 【番外】スクラップブックカードをめぐる三つの情景 その1[ひな](2013/12/03 01:56)
[60] 【番外】スクラップブックカードをめぐる三つの情景 その2[ひな](2013/12/03 02:02)
[61] 【番外】スクラップブックカードをめぐる三つの情景 その3[ひな](2013/12/03 02:09)
[62] 【番外】騎士の誇り[ひな](2013/12/12 15:28)
[63] 【番外編】妃殿下の菓子職人(1)[ひな](2014/01/18 01:20)
[64] 【番外編】妃殿下の菓子職人(2)[ひな](2014/01/17 23:05)
[65] 【番外編】妃殿下の菓子職人(3)[ひな](2014/01/22 01:38)
[66] なんちゃってシンデレラ IF お遊びの現代編[ひな](2015/11/14 19:35)
[67] 【番外編】君という謎のかたち[ひな](2016/10/01 02:46)
[68] 王都迷宮編 プロローグ[ひな](2016/11/10 00:48)
[69] 1 新しい御世のはじまり[ひな](2016/11/10 00:56)
[70] 2 後宮の朝[ひな](2016/11/15 08:01)
[71] 3 いつもの朝食[ひな](2016/11/25 00:43)
[72] 4 戦場へ[ひな](2016/12/01 17:01)
[73] 5 覚悟[ひな](2016/12/14 21:27)
[74] 6 昼餐会【前編】[ひな](2019/06/28 01:16)
[75] 7 昼餐会【後編】[ひな](2019/06/28 01:19)
[76] 幕間 王女殿下と公爵令嬢[ひな](2019/06/28 01:20)
[77] 8 お昼寝[ひな](2019/06/28 01:21)
[78] 9 夜会のはじまり[ひな](2019/06/28 01:22)
[79] 10 ファースト・ダンス[ひな](2019/06/28 01:24)
[80] 11 ナディア姫と秘密の話[ひな](2019/11/09 11:46)
[81] 12 退出[ひな](2019/11/09 11:53)
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[8528] 閑話 王子と副官
Name: ひな◆ed97aead ID:1d9741d0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/06/02 23:14
閑話 王子と副官



「団長、あんた、また料理人いびり出しましたねっ」

 昼下がりの執務室におなじみの怒声が響く。
 俺の書記を務めていた部下は、それをすべて聞き終わらぬうちに即座に逃げ出した。
 相変らず逃げ足だけはピカイチだ。

「いやぁ、いびってないって。ただ、ちーっと手を出しちまっただけで」
「どこの師団の師団長様が、宿舎の食堂の専属料理人より腕がいいんですか。恐れ入って逃げ出すに決まってるでしょう、まったく」

 そりゃあ、俺たちはウマイもん食えりゃあ嬉しいですけど、あんたが毎日メシ作ってるわけにはいかんでしょうが。
 アリスティア=ヴィ=エッセルヴィード……俺の副官であるステイが、溜息混じりにぼやく。

「いやぁ、俺はいいんだけどよ」
「よくねーよ。あんた、団長の仕事あんだろ」

 確かにな。

「あんた、なんで料理なんか趣味にしてんですか」
「そりゃあ、部下を操縦すんには胃袋つかむのが一番だからだろ」

 まあ、俺が食い意地が張ってるって言えばそれまでだが。
 でもバカにしたもんでもないぞ。うまいもの食わせてやれば、訓練でも何でも励むからな、みんな。

「れっきとした王子様でしょうが……」
「おう。王子だぞ」

 そう。これでも、俺はこのダーディニアの王子である。王子には見えないとよく言われる。
 フルネームは、アルフレート=ヴィルヘルム=ディア=ディール=ダーディエ。
 母は、第一王妃ユーリア。同母の兄は王太子ナディル。妹がアリエノールで弟はシオン。兄弟仲は極めて良好だ。
 宮廷序列から言うならば、両親と王太子である兄とその妃に次ぐ五番目。
つまり、上から数えた方が早い高位王族だ。
 だが、初対面の人間は俺が王子だと言うとまず信じない。
 いかにも王族的な兄や弟妹を先に見ていると余計に信じない。俺は兄弟達とはまったく似ていないからだ。
 隔世遺伝とやらで父方の祖父に似ているらしく、確かに肖像画の間にある先代国王の肖像は俺にそっくりで気持ちが悪い。
 俺にそっくりだと言ったら、「あなたが祖父王にそっくりなんですよ、アル」と弟に憐れみの表情で言われた。まったく小生意気な弟なんである。

「ちゃんと適当にやってるって」
「……ちゃんと適当って矛盾してるだろうが」
「それにしても、逃げることねーよな。三日くらいは別に普通にメシ作ってたんだぜ、一緒に」

 なのに、四日目には夜逃げしやがった、あの料理人。

「そりゃあ、あんたが王子で師団長だって知ったからでしょうが……」
「別に王子だからってとって食いやしねえっての」
「あんた、王子としては規格外もいいとこっすからね。まあ、だから、俺にこんな口きかせたままでいるんでしょうけど」

 普通、王子様をあんた呼ばわりしたら不敬罪ですよ、とステイがいう。おまえに、貴方とか殿下とか呼ばれても気持ち悪いと言ったら、当然だと笑った。
実際、呼び方なんてどうでもいい。俺を呼んでいることが判れば別に。
 それに、こいつは別に俺を舐めてあんた呼ばわりしてるわけじゃなく、こいつにとってはそれが普通なだけだ。そこに敬意がないわけではない。
 それがわかってるから気にならない。

「別に口の聞き方なんて、公の場でだけ改めてくれればどうでもいいさ」

 俺もそんなに褒められたもんじゃないからな。昔、家庭教師のじじいには一言しゃべるごとに突っ込みいれられてて、一時は一言も口をきかなかった。

「あんたのそういうとこは、俺らにはいいんですけどね……。でも、よく王宮でやってこれましたね」
「……兄上がいたからな。事あるごろにかばってもらってた」

 授業ブッちぎって抜け出した事を礼儀作法の教師が父上にチクりやがった時も、母上の女官にバッタ袋……文字通りバッタが山ほど入った紙袋……をプレゼントして宮中大騒ぎになった時も、庭の池でおたまじゃくし育てておそろしい音量のかえるの合唱団をグロス単位でつくっちまった時も、全部、兄上が上手く始末してくれた。
 授業ブッちぎったのはジジイの授業があんまりにも退屈で仕方なかったからだし、バッタ袋は……庭でたくさん集めたバッタは俺の宝物で、俺としては宝物をプレゼントしたつもりだったのだ。
 おたまじゃくしもそう。あれがカエルになるとは知らなかったので、あちらこちらの池や噴水などから集めてきて大事に隠していたのだ。成長した後は恐ろしい目に遭ったが。

(いや、一番恐ろしかったのは、兄上があのカエルを処理した方法か……)

 兄上は、カエルの合唱団をユトリア地区の食肉業者にひきとらせたのだ。……食材として。
 あの見た目さえ思い出さなければ、淡白でクセのないカエルは食材としてなかなか人気がある。そして、引き取られた食材は兄上の命でジャーキーにされて軍の携帯糧食の中に入れられた。
 俺は知らなかったから食えた。
 兄上は知っていても食えた。
 弟は知っていたから食えなかった。
 ……俺と弟は、一生兄上に敵わないと思った。
 いや、敵わなくていい。幼心に絶対にこの人だけは敵に回してはならないと思った。

 そんなこともあり、俺は兄上に頭があがらない。今は国教会で大司教の位に在る弟のシオンも、西公グラーシェスの嫡男の妃となった妹のアリエノールもそれは一緒だ。
 たった二歳年上なだけのあの兄は、癇癪もちでどこか危ういところのある父王やどこまでいっても王妃としての顔しか持たない母妃に代わり、俺達弟妹の保護者であり続けた。
 今でも事あるごとに思う。あの人がいなければ、俺達はきっとまともに育たなかっただろう。

「王太子殿下にですか?」
「そう。……あの人、小せえ頃からあの通りの人だからな。頭はいい、口は回る、外面完璧!」
「外面完璧って……本当は性格悪いんっすか?王太子殿下」
「悪いに決まってんだろ。一流の政治家が性格良くてやってられっかよ」
「まあ、そりゃあ、そうですね。何せ海千山千の化け物達相手にしながら国政を動かすんですから……」

『一流の政治家は、性格が悪い』逆を返して言うならば、『性格が良い人は、一流の政治家たりえない』
 これ、俺の持論。いわゆる良い人って奴は、良い政治家にはなれないと俺は思ってる。
 極端な例をあげると、良い人には、「一人を見捨てれば百人を助けられる」場面でその一人を見捨てることができない。その一人を救おうとして、結局はそれ以上の犠牲を払うハメになる。
 そういう意味で言えば、兄上はこの国で一、二を争そうほど性格が悪いといえる。
 いざという時の判断が非常にシビアで決して情でブレることがないからだ。
 結局のところ、政治家ってのは、清濁を併せ呑む事が出来、小を殺して大を生かすことができる人間でなければできないのだと俺は思う。
 小も大もどちらも生かすなんて言うのは、ただの夢想家か博打打ちだ。成功すれば英雄で、失敗すれば極悪人。それでは、一国の政を担う人間にはなれない。

「覚えてるか?去年の熱病」
「……はい」

 実例を挙げるならば、去年の冬におきた伝染病の処置がわかりやすい。

「兄上がただの性格が良い人だったら、あんな徹底した隔離政策はとれなかったさ」
「……確かに」

 『五日熱』と呼ばれるこの熱病が最初に発生したのは、隣のレサンジュ王国だった。
 最初は咳や頭痛の症状が出、次に高熱が出る。高熱が続き、物を食べることが出来ず、水すら飲むことができなくなる。そして、熱が出て五日間のうちに約半数の患者が死に至るというこの恐ろしい熱病は、熱の五日を乗り切ることができれば、死に至ることが無い。もし罹患してしまった場合は、何とかこの五日を乗り切ることが対処法といえる。
 五日熱に効くような薬草や処方などはわかっておらず、罹患しないように注意することが一番の特効薬だと言われるほど。
 どうやって病が起こるのかは不明だが、この病にかかっている人間の間近で長時間生活を共にしていると感染すると言われている。
 今では、研究の結果こうしてわかっている病の詳細も、まだこの時はどういった症状なのか、どうやって感染するのか等、まったくわかっていなかった。
 だが、この熱病がレサンジュで発生したことを知った兄上は、即座にレサンジュとの国境封鎖と西部国境に隣接する地域のすべての移動禁止を布告した。

 レサンジュに隣接していたのはグラーシェス公爵領ネーヴェと王室直轄領ネイシュの二つの都市だった。
 ネイシュは王太子直轄領の一つである。ゆえに、兄上の布告は当然のことながら徹底された。
 関所の外にテント村が作られ、レサンジュからの旅人はそこに収容された。門は固く閉ざされ、急ぎの公用飛脚であっても書類以外は通る事は許されなかった。
 そして兄上は、王都にある大学に医学者や薬学者の派遣を要請し、医療部隊を作ってネイシュに送り込んだ。
 案の定、テント村ではすぐに五日熱が発生した。
 医療部隊は、レサンジュを出発した日付順にテントを決めて隔離し、発病した者は更に隔離された。

 徹底できなかったのはネーヴェだ。
 ネーヴェもまたネイシュと同じようにテント村を作り、熱病にかかった人々に対応していた。
 この町の人々の運が悪かったのは、この熱病に対してさほど危機感をもっていなかったグラーシェス公爵が兄上から派遣された医療部隊の輸送に便宜をはからずに到着が遅れていたことと、ネーヴェにグラーシェス公爵家の避寒の別荘があり、そこに公爵家の家族が来ていたことだ。
 ここに妹のアリエノールがいたら、この話はまったく別なものになったに違いない。だが、残念ながらこの時、彼女は初子の出産の為にグラーシェスの本拠であるサディアールの城にいた。
 よって、そこには公爵妃とその娘一家しかいなかった。
 彼らは、寒空の下、テント村の病人達を哀れんだ。特に病人に子供がいると聞いた公爵妃は心を痛め、自らの別荘を一時的に病院として提供すると申し出たのだ。
 伝染病であることはすでに布告され、空気によって感染する恐れがあるからこその隔離措置である。だが、治療にあたっていた町の医師のその反対は聞き入れられなかった。
 120人にのぼる罹患者とその予備軍である70名ほどの旅行者とを別荘に移動させ、直後に現地に到着した医療部隊の人間は、その措置に唖然としたという。
 不幸中の幸いというべきは、移動禁止措置があった為に、ネーヴェに入った旅行者がネーヴェから出る術がなかったことだ。
 ネーヴェにはすぐに西方師団から二個大隊が派遣され、都市自体を封鎖することになった。兄上は、公爵家の一族の移動も許さなかった。

 一週間もたたぬうちにネーヴェの町には五日熱が蔓延した。
 ネーヴェで足止めされた旅行者達や、一時的に病院となった別荘にいた公爵家の使用人達やその家族から町中に広まったのだ。
 ネーヴェにおける最終的な死者の数は、526人。
 まだ5歳だった公爵の孫娘の一人もその中に数えられることとなった。
 だが、2500人以上の罹患者を出した事を考えれば死者の数は割合としてだいぶ少ない。
 医療部隊の活躍のおかげだった。
 このことは大学における医療研究に新たな道を開いたが、それはまた別の話になる。

 そして、医療部隊による隔離政策が徹底されたネイシュにおいては、国境のテント村に留められた約700名のうち、罹患者の総数は300名程度。死者は、43名だった。
 これはテントが六人用で、その細かく区切られた空間を利用して隔離を実施した為、二次感染しにくかったことが最大の原因であると後に医療部隊のレポートは結論づけている。
 ネイシュのテント村は、一ヶ月もしないうちに本来の役目を終えていたが、以後、半年の間はレサンジュからの五日熱の病人が駆け込んでくる医療キャンプとして使われていた。
 レサンジュの国民の一割が犠牲になったと言われる五日熱は、ダーディニアにおいては、西部の一部でほんの少し流行しただけで終わった。

 国境封鎖や移動禁止措置を出した時、兄上は非難された。
 レサンジュ王国からは正式な抗議の使者が来たし、経済活動に影響が出るということで、欲の皮の突っ張った貴族達が御用商人につつかれて兄上に配慮を求めたが、きっぱり撥ね付けられていた。
 一部の貴族は父上を動かそうとしていたが、そうこうしている間に、大学経由でレサンジュでの惨状が伝えられ、国境のテント村で最初の死者が出たことが伝えられた。
 すると、今度は情勢が一変した。
 非難の論旨もまた変わった。
 国境に留めおいていることすら手温いとする者や隔離した者を犠牲にして自分達だけが助かるのかと国の姿勢を非難する者が出て、社交界を二分する大騒ぎ。
 夜会で場違いな議論が繰り広げられたりもした。ネーヴェでグラーシェス公爵妃が別荘を提供したことが伝わって来た時のエリンデュラ伯爵の婚約祝いの夜会の時が最も騒がしく聞き苦しかったかもしれない。
 
 この間、兄上は何も発言しなかった。噂も耳に入っていただろうし、幾つかの夜会には仕方なく……兄上は夜会が嫌いだ……出席されていたが、議論も平然と黙殺した。
 兄上は頑固でもないし、自分の考えに凝り固まっているというわけではないが、他者の意見に左右されたりしない。
 基本的に自分が他人にどう思われようと気にする方ではないのだ。
 だが、ネーヴェで五日熱が広がるにつれ、批判の声は小さくなり、やがて、まったく聞かれなくなった。
 
 グラーシェス公爵妃の優しさは本物だった。
 寒空の下、何日もテントで野宿させられている病人を見捨ててはおけぬ……ましてや、その中には自分の孫と同年代の幼い子供もいたのだ。そう思ったのも無理もない。
 彼女は常日頃、孤児院に特別の寄付をしているほど子供に対して慈愛深い。それは決して領民に対する人気取りや、世間に対するポーズからではなかった。
 俺も知っているが、あの温厚で穏やかな気質の老婦人のまったくの善意の人なのだ。腹に一物どころか三物も四物も抱えている夫や、底意地が悪く冷酷な息子とはまったく違う。
 だが、その善意が余計な患者を増やした事は否定できない事実だった。

 結果として、誰の判断が正しかったのかは歴然としていた。
 この五日熱に対する対処は兄上の名声を更に高めたが、本人はどんな称賛の言葉にも心を動かされた風はなかった。
 そして、この一件に関しては、以降、何も口を開くことはなかった。
 俺は、その方策が正しいとわかっていても、兄上ほど徹底してそれを実施することができずに、結果、どこかの時点で隔離を緩め、熱病を蔓延させていただろう。
 強い信念と強靭な心……俺は決して兄上に敵わない。だが、不思議とそれを口惜しく思わないのは、あまりにもレベルが違いすぎるせいかもしれない。

「でも、王太子殿下っていつも穏やかで優しい方じゃないっすか」
「優しいのと性格が悪いのとは別の話だよ、ステイ。……別に俺は兄上が優しいということを否定しているわけじゃない」

 兄上は、常に穏やかでにこやかだ。ほとんどの人間が、『王太子殿下』をそういう人間だと思っている。
 下々には格別お優しくいらっしゃる……よくそう言われている。
 確かに『王太子殿下』は、お優しい。
 民を守り、民を慈しみ、民を導く……それが己の責務と心得ているからだ。
 職務上で接する部下達、あるいは、西宮の使用人達は、優しいがやや気難しいところもお有りになる、と言うかもしれない。
 大概のことに執着を持つことがない兄上だが、こだわりのあることに関しては妥協を許さない面を見せるからだ。
 例えば、それは宮内を静寂に保つことであったり、嗜好品……紅茶や珈琲……を楽しむことだったりする。
 兄上の家令であるファーザルト男爵は、宮内を静寂に保つ事を己の責務と心得ており、神経質なまでに音をたてないことを使用人達に強制する。あそこの使用人達は、皆、諜報部員になれるんではないかと思うほどに気配を殺すことに長けている。
 常日頃側近くで仕える彼らであっても、『王太子殿下』が、優しく思いやり深く、穏やかな人柄であることを疑う者はいないだろう。

 だが……。
 素の兄上は、ただ優しいだけの人ではない。
 優しいだけの兄上しか知らぬのなら、それは、兄上に『個』として認識されていないからだ。それは無関心であるがゆえの優しさである。
 本当の兄上は、他人に厳しく自分には更に厳しい。そして、だからこその優しさをお持ちだ。

 そう。兄上は優しい。
 ……繰り返すたびに、頭の中に蘇ってくる過去に、思わず涙しそうになるが。

「……表情が、言葉を裏切ってますぜ」

 どうやら目が泳いでいたらしい。

「いや、優しいことに疑いはないんだ。ただ、いろいろと苛烈でな……」
「……苛烈?」

 兄上を表すにあまり縁のない単語であると大概の人間は思うだろう。
 だが、同じ戦場に立ったことのある者ならそれほど疑問には思わないに違いない。

(ああ、そうか……)

 兄上は戦場にいる時のほうが素に近いな、と気づいた。
 『個』と認識した人間に対してはわりとぞんざいな態度をお取りになるが、それこそが特別扱いだ。
 
「一つだけ教えておいてやる、ステイ。あの方が笑っている時は注意しろ。……素の兄上は滅多に笑わない」

 完璧な外面……鉄壁の猫かぶり……シオンがいろいろと言っていたが、素の兄上は人形姫ほどではないがどちらかといえば無表情だ。
 笑っている時というのは不機嫌の絶頂、ブチ切れる一歩手前なことが多い。
 それを俺たち弟妹はイヤというほどよく知っている。  
 正直に言おう。
 俺は何が怖いって笑っている兄上が一番怖い。
 不機嫌な時ほどにこやかな笑顔……それは、見た目だけはとても爽やかで清々しい。
 だが、その裏で煮えたぎる怒りを考えたら……素手で冬眠明けのクマの前に放り出されたほうがマシだ。

「俺が王太子殿下に間近で接する事なんてないでしょうよ」
「いや……今、何か事が起これば動かされるのはウチだろうな」
「事?何かキナくさいことでも?」
「……さて……まだ、不確定だな」

 副官であろうとも話すことができないことはある。
 俺がただの中央師団の師団長であるというのならば問題はないのだろうが、俺はまがりなりにも王子であり、それがゆえに手に入る情報も多い。
 国内外に火種は幾つかあるが、最大の火種……いや、あれはもはや火種というよりは爆薬に近い……は、兄上の手の中にあるから安心であるとも言える。
 最大の火種……王太子妃アルティリエ……エルゼヴェルトの推定相続人である12歳の少女。
 この国で最も厳重に守られている姫君。ある意味、国王である父上以上にその警護は厳重だ。

「近衛を動かさないってことはお貴族様絡みってことですな」
「ああ」
「王太子殿下が直接動くとなると、原因は、籠の中のお姫様ですかい?」
「そっちは直接には……いや、結局のところ、最終的にはすべてそれに行き着くのか……俺にはわからんが」
「この間、エルゼヴェルトの城でしくじったんでしょう?近衛の連中」
「……らしいな」

 確かに場所がエルゼヴェルトの城で、供を王宮のようにべったりと貼り付けるわけにはいかなかったという事情はある。
 だが、警護対象を見失い、見つけたときは冬の湖に落ちた後だったわけで、あれで姫の命が失われでもしていたら……。
 姫が助かったのはひとえに運が良かったからに他ならない。
 それも、ほとんど奇跡的ともいえるほどの運の良さだ。

(姫が死んでたら泥沼の内乱へ一直線だもんな……) 

 そんな事は、たいして賢いわけでもない俺ですらわかる。
 あれが事故だなんて可能性は万に一つもない。あの人形姫は、幼い頃より自分が狙われ続けていることを誰よりもよく知っている。そんな子供が、一人で抜け出す事などありえない以上、攫われて突き落とされたであろうとことは明白だ。
 あの時の兄上は本当に恐ろしかった。
 まあ、それも当然だ。
 あの時、近衛は姫を囮にしたのだ。王宮よりも警護が緩むと見せかけた罠。
 なのに、その罠をやすやすと噛み切られ、逆に護衛対象を絶体絶命の危険に晒したのだ。
 ……姫の護衛たちは姫に剣を捧げていなかったら、どこに左遷されていたかわからない。

「記憶がないんでしたっけ?お姫さん」
「……どうやら、そうらしい。そのせいで、まったくの別人のようだと兄上がおっしゃっていた」

 そういえば、そう言った時の兄上は何やら奇妙な表情をしていたと思う。
 どこかくすぐったいような……何とも不思議な表情だった。

(あんな兄上の顔は初めて見た……)

「ステイ、おまえ、詳しいなぁ」

 もしかして、兄上から直接話を聞いている俺より詳しいんじゃないか?

「情報ってのは、時に剣よりも命を守る刃になりましてね……まあ、あんたにはそんなことまったく関係ないでしょうが」
「悪いが、俺はそっちはまったく門外漢だ。そういうのは、兄上に任せている」

 俺がどれだけ足りない頭で考えをめぐらせたところで、兄上を越えることはない。ならば、疑問は兄上に問えばいいんである。
 これは、俺が考えることを放棄しているってわけじゃない。単なる分業であり、兄上に対する信頼である。

「あんたって人は………それで、裏切られたらどうすんですか。人間は嘘をつくし、誤魔化すし、都合のいい事実しか口にしない生き物なんっすよ」
「兄上がそうするのなら、それには理由があるからだ。だからまったく問題ない」
「なんですか、その盲目的な信頼は」

 ステイはあきれ返った表情を向ける。

「なんだろうな……俺たち弟妹は、兄上に育てられたようなもんだからかな」

 それぞれに乳母はいたが、そうでない部分……肉親にしか埋められない部分を埋めてくれたのは兄上だった。

「あんたと王太子殿下は三歳くらいしか違わないでしょうが」
「あー、俺と兄上の三歳は、俺とシオンの三歳とはまったく違うから!」
「何、そこで胸はってんですか」
「事実だ」

 あの人が、俺やシオンやアリエノールに気を配り、愛情を注いで導いてくれなければ今の俺たちはいない。

 だから、俺は決めている。

 シオンが神の国の闇を統べあの人を助けるのだったら、俺は戦場においてあの人の剣になると。
 あの人の敵を屠り、あの人の為に闘い、そしていつかあの人の為に死ぬ――――――ただ一振りの剣で在ろうと。

「兄上は俺の最大の自慢だ」

 俺があんまりにもきっぱりと言い切ったので、ステイは深い溜息をついた。





「……で、最初に話戻しますけど、メシ係はどうしましょうか?」
「あー、野営中みたいに持ち回りでメシ当番決めて作ればいいんじゃねえの?」
「んな暇あったら、書類の山片付けて、自分の部下の一人もしごくに決まってるじゃないっすか」

 その為に兵舎には専属料理人がいるんです!!ステイが呆れた顔をする。

「じゃあ、次を募集すればいいだろ。中央師団の宿舎の料理人だぞ、悪い給料じゃないんだから応募なら山ほどくるだろ」
「……うちの宿舎は、料理人に『竜の穴』って言われて恐れられてんですよ」

 唸るように言う。

「なんだ?それ?団旗にひっかけてんのか?」

 ダーディニア王家の紋章は双頭の竜。ゆえに、国軍の六つの師団は竜の紋を掲げる。

「あんたは知らんでしょうが、竜の穴ってのは、『竜の誇り』っていう流行小説の中に出てくる、地獄の猛特訓で剣闘士を養成する武芸集団の養成所のことです」
「それが何でうちの宿舎なんだ?」

 国軍中央師団第一宿舎……中央師団の幹部を含めた猛者達がささやかな我が家として生活を営む場だ。ただし、入居できるのは騎士階級以上のみ。一般兵士は第二宿舎に割り振られる。

「あんたのせいです。あんたが味にうるさいから!!何度も作り直させたりするから、それが地獄の訓練だって!料理界の『竜の穴』だって言われてんですよ!!」

 口は出すくらいならまだしも、作り直しはさせるわ、しまいには手もだすわ、料理人達にとっちゃ毎日が地獄なんですよ!!
 自覚しやがれ!と鼻息荒く言い切られる。
 いや、そんなこと言われてもな……。

「俺は別にそんなすごい味を要求してるんじゃねえって。腐りかけた肉をごまかす為に濃いソースぶっかけたり、ハーブぶちこんだりするんじゃなくて、素材本来の味を生かした、まっとうなもんが食いたいだけだって」

 別に斬新な味は求めていない。ただ、普通にうまいものが食べたいだけだ。
 別に王宮の晩餐会の一流の料理人の味を求めているわけじゃない。あんなの三日で飽きる。

「あー、王太子殿下は味に文句をつけるのは騎士らしくないとあなたに教えなかったんですかね」
「あの人に食い物の話しても無駄。味オンチじゃねえけど、食えればいいと思ってんだよな。……忙しすぎてまともにメシ食えない人だから」

 兄上は俺を動かす最大のキーワードだが、何でも兄上の名前出せばいいと思ってるなよ。

「なんっすか、それ」
「公務での晩餐会なんかじゃないとまともにメシを食わない。携帯糧食のビスケットを水か何かで流し込んでメシおしまい、とか平気でやるから」

 軍の携帯糧食は基本が何かの肉類のジャーキーと干した芋を中心とした乾燥野菜、それから栄養価の高いシリアル入りのビスケットバーが五枚で一食のパックになっている。
 ジャーキーは酒のつまみに最適。乾燥野菜とかは子供にやると喜ばれる。
ビスケットは腹持ちをよくする為に雑穀が入っていて、そのせいでややパサパサしている。
 まずくはないが、おいしいものでもない。少なくとも、普通に食事がとれる状況で食べようとは思わない代物だ。

「……王子様ってもっと良い物食ってんじゃねえんですか?」
「やろうと思えばいくらでも贅沢はできるけど、あの人、そういうとこ頓着ないからな……食べるのは純粋に栄養摂取。だから三食全部携帯糧食って生活を一週間続けても平気で居られる。……俺は絶対に嫌だけど」
「三食全部……俺も嫌っすよ」

 そんな無味乾燥の食事は、戦場でもない限り御免被る。
 けど、兄上はそれをどうとも思わない。
 思わないところに、兄上のどっかおかしい根っこがちらっと掠ってる。それが何なのか俺にはよくわからないのがもどかしい。
 兄上は、立派な人だ。時として、敵からも称賛されるほどに。
 けれど、何かがものすごく欠けているように思う。
 三つ下の弟のシオンは俺より頭が良いから相談したことがあるが、三日くらい後に泣きそうな顔で俺たちにはどうにもできないと思う、と言ってきた。
 そういや、あのすぐ後だったな、あいつが王子としての身分を捨てて神学校に入ったのは。

「兄上の執務室の机の一番下の引出しにはあっちこっちの携帯糧食がぎっしりつまってるから、マジで」

 これの補充、兄上の一番下っ端の秘書官が最初に覚える仕事だから。
 ちなみに、その半分くらいは俺が提供してる。

「見たくないっすよ、んなもん」
「俺も見たくねーよ。人生、食事の回数は決まってんだぜ。できればまずいもんは食いたくないだろうが」

 俺は当然の権利を主張してるだけだ。

「男なら、食うもんにうだうだ文句はつけないでおきましょうや」
「バカ、兵士には食いもんくらしか楽しみねーだろうが。それがまずかったらモチベーションさがるっての」

 訓練漬けの兵士にとって、楽しみはそう多くはない。
 仲間内でのカードや酒保で支給の酒……それから、何といっても三度のメシ、これに尽きるだろ。
 今はもう立場が立場で、身分もバレてるからたいしたことはできないが、俺は入団当初身分を隠していたので、普通に皆に混じってカード遊びもサイコロ賭博もやったし、下町の娼館も行ったし、一般の兵士とおんなじ鍋のものを一緒に食い、同じ樽の麦酒をかっくらって騒いだもんだ。
 騎士だ何だと言ってても、結局のところ、メシがうまければ大概の不満はおさまる。
 大隊長とか中隊長とかやってたころ、俺はよく将校用の携帯糧食の一つであるレバーのペーストの瓶詰めとか、ビーフの瓶詰めだとかをくれてやって不満を並べ立てる口を封じた。酒保の麦酒や葡萄酒の切符なんかの威力は絶大だ。
 胃袋を握るってのは、生活に直結してるだけあって、本当にデカいのだ。

「とりあえず、次が決まるまでは俺の邸の方の召使にでもやらせるか」
「邸に料理人はいないんですかい?」
「いるけど、いい年齢のおばちゃんでな」
「なるほど」

 うちの兵舎は女人禁制だ。基本、兵舎は女の出入りを禁じている。じゃないと、自室に女をツレこむバカがいるからだ。
 女が騎士や兵士になれないことはないが、国軍においては近衛にしか存在しない。

「まあ、とりあえず今日のところは外に出ようぜ」
「そうですね」

 宿舎の食堂がなくても、近くに食べに行く店がないわけじゃない。
 兵舎の敷地を一歩出れば、ユトリア地区……いわゆる下町だ。国軍の兵士相手の商売をしている店が並び、安いメシ屋にも事欠かない。
 第二宿舎の食堂の方がもっと近いんだが、第二ってのは騎士にはなれない一般の兵士達の宿舎なんで、俺たちが行くと騒ぎになる。奴らもメシくらい上官のいないところで落ち着いて食いたいだろう。
 だいたい、メシ時の話題なんて気に入らない上官やら貴族やらの悪口が八割だ。
 それでストレス解消しているんだから、邪魔しちゃ悪いだろ。





「あー、殿下」
「でんかってなんだよ。変な呼び方すんじゃねーよ」

 ステイにそんな風に呼ばれると気色が悪くて背筋がむずむずする。

「すいません、団長……あれ」

 ひどく呆けた顔をしていた。

「……あれ?」

 俺はステイの視線の方向を見やる。

「……兄上か」

 簡素な外套姿の兄上だった。
 別に兄上の姿が外にあるのは珍しいことではない。時々、街におりていろいろと見て回っているし、花街に足を踏み入れることがあるのも知っている。
 珍しいのは、その腕の中に誰か小柄な……たぶん、子供がおさまっていることだ。

「……隠し子ですかい?」
「滅多なこと言うなよ。……兄上はそんなヘマはしない」

 子供が何やら兄上の耳元で囁くと、兄上は小さく笑った。
 ただ不意にこぼれてしまった……意図せずに浮かべられた小さな笑み。
ほんの一瞬だけのそれ。
 きっと腕の中の子供は気づかなかっただろうし、兄上自身も気づいていなかったかもしれない。
 それを目にした時、俺は、一瞬、頭の中が真っ白になった。

「じゃあ、あれ、誰です?」
「知らん」

 ふつふつと湧きくるもの……この身の裡に浮かんでくる感情を何と言い表せば良かっただろう。
 シオンならうまいこと言うのかもしれないが、俺はそれを表すのに相応しい言葉を知らなかった。
 一番よく似た言葉を選ぶとするならば、それは『歓喜』。
 歓喜……あふれんばかりの歓び。
 どうあらわせばいいのかわからないほどの強い喜び。

(ああ、そうか……)

 俺は兄上が特別な存在を見つけたのが嬉しかった。
 あんな風に笑いかける相手ができたことが嬉しかった。

(シオンやアリエノールにも教えてやろう)

 きっと、あいつらも喜ぶだろう。いや、やきもちをやくかもしれない。
 でも、俺たちはきっと、あの子供に感謝する。
 兄上に笑顔を与えてくれたことに心からの感謝を捧げるだろう。

 ふと、子供が俺たちの視線に気づいた。兄上に何かを告げる。

「え、え、え、こっち来ますよ、団長」
「ああ。……何か問題が?」

 兄上達に複数の影供がついていることを確認して、俺もそちらに足をむける。兄上には護衛がついていないように見えて、必ずついている。どんなお忍びであろうとも、それは徹底されている。

「兄上」
「……どうしてここに?」
「うちの食堂の料理人が逃げ出したもんでメシを食いに。兄上は?」
「……ピクニック、というそうだ。……そうだったな?」

 兄上は腕の中の子供に確認する。
 こくり、とフードの頭が揺れた。

「ぴくにっく?」
「外で簡易な食事をすることだ」
「簡易な食事?メシ屋ならそこらにいくらでもありますが……」
「違う。食事も持ってくるのだ」
「持ってくる……?」

 子供の手が、外套の隠しからごそごそと取り出したのは……携帯糧食の缶だった。

「……………………………」
「……………………………」

 俺とステイは無言でそれを見た。
 それは、どう見ても俺の提供した携帯糧食にしか見えなかった。

「あー、兄上、それはちょっとどうかと思うんですが……」

 確かに兄上の夕食はそれなんだけどな……。

「ルティアは気に入ったようだが」
「気に入ってません。思っていたよりはおいしかったですけど!」

 鈴を振ったような声とはこういう声を言うのかもしれない。
 細く……でも決して耳障りには聞こえない高音。

「……アルティリエ姫?」

 こくり、とフードの頭がうなづく。
 なぜ?と思う一方で、妃なのだからおかしくないとも思い、だが、姫はほとんど口を開かないはずだとか、記憶をなくして変わったとか言っていたなとか何とかいろいろなことが頭の中でぐるぐると回る。

「もう、夕食は召し上がったんですか?」
「はい。そこの公園で」
「……もう少し早くお会いできれば、いい食堂を紹介したんですが……」
「バカ、ルティアと私が一緒で店に入れるはずがないだろうが」

 王家の人間の肖像は市中にいやというほど出回っている。王都の観光土産用に肖像画カードや複製画などをはじめとし、絵皿やら絵付のカップやらが売り出されているからだ。
 王家の人間の外見はそれらによって一般人の知るところとなっている。まったく似ていない物も数多く存在するから、出回っているといってもそれほど気にすることもない。
 俺は半月前から髭を伸ばしているが、街にでていても髭のおかげでほとんどの人間に気付かれないくらいだ。
 だが、兄上と姫の肖像は、ダントツNO1の売上を誇っている。
 見た目だけなら、どちらもつりあいの取れた美貌の持ち主で、姫がやや幼いことをのぞけば申し分ない組み合わせなのだ。
 俺以上に広く知られているだろうことは間違いない。

「ああ、そうかもしれません」
「……だったら、次は屋台がいいです。さっきの公園に屋台がありました」
「屋台……」
「屋台で買って、あの公園で食べるの」

 声が弾んでいた。
 フードをかぶっているのと、暗いので表情はよくわからないが、それでも姫が嬉しそうだということは俺たちにもわかった。
 
「また、連れてきて下さいますか?」

 ふわりと笑った気配。

「ああ」

 兄上はうなづく。

「ありがとうございます」

 姫はぎゅっと兄上の首にしがみついた。
 色気とか媚びとかそういったものとは一切無縁の、とても可愛らしいしぐさだった。
 兄上は満足そうに、その背に手をすべらす。

(うわ……)

 なんか、下手なラブシーンよりよほど恥ずかしいと思うのは俺だけか。
 いや、別にムラムラくるとかそういうんじゃねえぞ。
 けど、こうくすぐったいというか……。

「そろそろ戻ろうか」
「はい」

 ……いい夫婦なんじゃねえの。
 時折、1歳にならない花嫁を腕に抱いて仮の結婚式に臨んだ15歳の兄上の姿を思い出すことがある。
 とてもじゃないけれど、まともな関係が築けるとは思えなかった。
 そもそも、兄上と姫の結婚は、父上の八つ当たりによる完璧な政略以外の何物でもなかったのだ。
 だが……目の前の二人の姿は、充分仲睦まじくみえる。

「……ああ、明日、私の宮の料理人を差し向けてやる」

 ちょっと足を止めて、兄上は振り向いた。

「へ……?うちの宿舎にですか?」
「ああ。少しおまえのところで鍛えてくれ」
「……それはかまいませんが……」

 竜の穴だしな!
 そんな風に言われているなら、ちょっと本格的にしごいてもいいかもな。

「……キリルとネイはやらないで下さいね」
「それは誰だ?」
「下働きの子です。私のオーブン職人なんです。……あの子達がいなければ、朝のお菓子が焼けません」

 朝の菓子?なんだ、それは。

「ふむ。……では、その二人は君の料理人にするがいい」
「ありがとうございます」

 兄上はもう振り向かなかった。
 姫は俺たちに軽く会釈し、それから小さく手を振った。
 その姿が雑踏に消えたところで、ステイが息を吐く。

「なんだ、緊張してたのか?」
「ええ、まあ。……王太子殿下っすからね。……いろいろ言われてますけど、あれ、仲良いんじゃないんですか?」
「……悪くないと思うぞ、俺も」
「なんつーか……自然でしたよね、いろいろ」
「……そうだな」

 二人でいることが自然だった。
 特に肩肘張るのでもなく、見栄をはることもなく、殊更緊張しているわけでもない。
 まったくの自然体で……どことなく甘やかな空気があったように思える。

「……兄上の護衛にしては人数が多いと思ったが、半分は姫の護衛なら納得だな」
「影供、あんなにつけてるんですか?」
「兄上には二人だけだ。残りは全部、姫だろう」
「……多過ぎやしませんか?」
「多すぎるくらいで調度いい。……極端を言えば、父上の代わりはいるが姫の代わりはいないのだから」
「……キツいっすね、それ」
「事実さ」

 玉座には、父上でなくとも兄上がいる。俺やシオンもいる。
 だが、エルゼヴェルトの世継ぎは他にはいないのだ。




「……………さて、でははじめようか」

 俺はステイを振り向いた。

「何をっすか?」

 不思議そうな顔をしている。

「決まってる。屋台の味を調べるのだ」

 三日も有ればすべての屋台を食べ尽くすことができるだろう。
 兄上と姫が城を出る機会などそうそうにあるものではないから、次の機会までにはお薦めの店を絞り込む事が可能だ。

「……………あんた、どんだけブラコンなんです」

 額を押さえ、唸るような声音でステイが言う。

「何を言う。日頃、携帯糧食ばかりで済ませている兄上なのだ。たまにそれ以外を食べる時にはうまい物を食べてもらいたいと思うのは当然じゃないか」
「………はい、はい、わかりましたよ。おつきあいしますよ」

 まったく、何が言いたいのかわからん奴だ。




 一週間後、兄上にお届けしたユトリア地区の屋台マップは、姫に大層喜ばれたらしい。
 お礼にと届けられた姫のお手製だという胡桃やアーモンドを甘いキャラメルのようなもので固めた菓子はとても美味だった。
『1ヶ月以内にお召し上がりください』と書かれたカードが添えられていたことに気づいたのは、全部食い尽くした三日目の午後のことだった。







 2009.06.02 初出


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難産。いつまでたっても終わらなかったです。







おまけの短い後日談

「う~~~ん。う~~~ん……」
「……………何、唸ってるんすか」
「いや、他の地区の屋台マップを作ったら、またあの菓子をくれるかと思ってな」

 あの菓子は、本当にうまかった。

「…………………………あんた、いつかその食い意地で問題起こしそうっすね」
「いや、あの菓子は特別だ。……材料は特に珍しいものではないが味は非凡。素朴でありながら、繊細かつ上品だ」

 思い出しただけで唾がたまる。

「とはいえ、さすがに兄上の妃であられる姫に作ってくれとは頼めないからなぁ……」

 俺はシオンと違ってそれほど甘いものを好まないが、甘さと苦さとナッツ類の香ばしさが複雑に絡み合ったあの菓子だけは別格だ。

「あー、姫の護衛はよく、お茶に呼ばれるみたいっすよ。日頃のねぎらいも込めて交代で」

 何て羨ましい奴らだ。

「……っつっても、今更、俺が近衛に転籍は無理だろ?」

 半分本気、半分冗談で言う。

「言っとくが、師団長の転籍なんてぜったいに認められるわけねーから!!」
「そんくらい、俺だってわかってんよ。冗談だろ、冗談」
「あんたの冗談は時々冗談に聞こえねーんだよ!!」


 ステイの叫びに、俺はそっと耳を押さえた。


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