むにゃむにゃ……ん~……。あ、おはようございます……。
って、寝巻きなんですから、あまり見ないでくださいよ! 私の赤裸々な姿を見ていいのはベル様だけですから、人間の方はあっち向いててください!
いい、って言うまで振り返ってはダメですからね?
ごそごそ……。ごそごそ……。ふう、もういいですよ。
改めまして、ベル様にお仕えするメイドの一人、シィです。本日はこれをご覧になっている皆様に、メイドな一日を紹介いたしますね!
……なんて、脳内劇場をやってみたり。ああ、虚しい。
やっぱり、隣でベル様が寝てないと寂しいですね……。主にエッチないたず……もとい、ベル様成分も補給できません。
あれは私的に三大栄養素の100倍は重要なので、出来れば一日たりとも欠かしたくないのですが、一緒に寝る権利は交代制ですから仕方がありませんね。前に皆で一緒に寝たときは、私を含めて4人が4人ともベル様に抱き付いていて、蓑虫状態になりましたから……。よくまあ朝まで寝ていたものです。
メイドは空気のように、必要であれども無視できる存在であれ……と研修では習うのですが、ベル様は私達を家族と言ってくれる優しいお方。それでは変に遠慮してしまう方が失礼なので、ガツガツしていてもいいのですよ! 勿論、ベル様が負担に思わない程度の範囲は弁えていますけれども。
それでもベル様ですから、あまり、というか、殆ど自由です。
その証拠に、竜の巣ではそれなりの位になって初めて個室がもらえるのですが、私の部屋ってかつてのメイド長の部屋よりも広いんですよね。
そりゃ主であるベル様の部屋と比べれば、当然の事ながらかなり劣りますけど、それでも使用されている家具はどれも高価な物で、下手な貴族ではとても手が届かないレベルです。明らかにメイド部屋って感じじゃありません。
単純に部屋が余っているっていう理由も大きいのですけど、6人一部屋だった下働き時代とは比べ物になりませんよ。ベッドも省スペースのための二段ベッドじゃないですし、衣服を入れるクローゼットだってこんなに大きなのを独り占め。
自由に使えるスペースがいっぱいあるっていいですよね。こうやって丸秘の写真とか隠せますし。
「目の保養、目の保養っと♪」
中に隠している秘蔵のコレクションを取り出し、今日一日の活力を補給しておきましょう。
う~ん、流石はベル様。パジャマから覗くおへそが可愛いですね……。ぐへへ。
私がベル様と初めて会ったのは、珍しく巣の奥にまで入り込んできた冒険者がベル様と接触してしまった時なのですが、今でもよく覚えていますよ……。指示を受けて現場に急行した私を、涙目+上目遣いで見上げるベル様はヤバかったですからね。危うく忠誠心が鼻から噴出するところでした。
その後は一緒にお風呂に入って……。ここでも湯船を真っ赤に染めそうになりましたよ。あまりにも可愛いんで思わず抱きしめちゃったら、そっと抱き返してくれて……。メイドやっていてよかった! って思いました。役得でしたねー。
これだけでも十分過ぎるほどいい感じなのですが、お風呂から出てメイド服に着替え直したらあらビックリ。お肌ツヤツヤ髪の毛サラサラになっていまして、同僚にどんな化粧品を買ったんだって質問攻めにありました。鏡を見てニヤニヤしすぎ、頬が筋肉痛になったのはこの日だけ。ベル様は竜ですので膨大な魔力をお持ちですが、前日に通販のカタログを眺めすぎて睡眠不足だった私が近くに居たからか、その魔力を肉体再生とか回復、治癒などの魔法として私に注いでくれていたみたいです。
その日の夜に 「一人だと眠れない」 との理由から、始めてベル様と添い寝したのですが、目覚めた時にはお肌とか髪の艶が数百年ぐらい若返っていました。竜族の方々からすればメイド族なんて圧倒的下位の存在なのに、こんなにしてくれるなんて……。やっぱりベル様に仕えられてよかったなーって思います。
メイドの私が口に出していい事ではないのですが、ドラゴンとなれば同属以外のほぼ全てを見下しているのが基本スタンスですからね。特に女性となると……。
大変嬉しかったのですが、翌日は鏡を眺めすぎたせいで仕事に大幅に遅刻し、メイド長に嫉妬の混じったお小言を食らってしまいましたよ……あはは。
おっと、素晴らしき思い出に浸っていたら朝食の時間ですね。
ベル様を待たせる訳には行きませんし、今日のご飯係はディーの担当ですから、期待できます。
彼女って男勝りな性格をしているんですが、その割には意外と料理が上手いんですよ? 私もベル様に美味しい物を食べて欲しいなあと思っているので、味覚の強化と料理の練習は欠かさないようにしているのですけど、ディーには今一歩及びません。キッチンメイドの資格を取っただけでは最低限キッチンに立っていられるだけであり、普遍的な食材を見分けられ、一般的な道具の名称と使い方をなんとか知っているに過ぎません。
美味しい料理をつくろうとしたら、やっぱり修行が必要なのです……。ベル様は私の料理も美味しいって言って下さるのですけどね。
でも、大好きなデザート系なら私に軍配が上がりますよ?
甘い物は美味しいですから、練習もガンガン捗ります!
例えばチョコチップをまぶしたクッキーとか、蜂蜜漬けのリンゴをふんだんに使ったタルトとか、新鮮な卵で作る自家製プディングとか……。んー、考えただけでよだれが。今日も練習する事にしましょう。主に3時ぐらいに。
てくてく歩いてキッチンへ向かいながらも、廊下が汚れていないかチェックします。汚いお家はバッテンですからね。
私ら4人だけでこの家を最高の状態に維持し続けるのは無理なので、しっかりとした掃除は部下の清掃専門のメイドに頼んでいます。
掃除などの仕事に手を取られ、本来の役目であるベル様の呼び出しに答えられないと不味いですし……。通路とか玄関とかは私らでもいいのですが、ベル様だって自室や書斎などのプライベートな場所はあまり顔見知りに掃除されたくないだろう、というのもあります。
これは私達メイドが番号で呼ばれる理由の一つでもありますからね。ご主人様に余計なストレスを与えてはいけません。
ああ、キッチンに近づくにつれ、段々とパンの焼けるいい匂いが近づいてきました。
お肉の焼けるジューシーな香りと油が跳ねる音もしますし、今日の朝ごはんはパンとベーコンとスクランブルエッグやサラダにシチュー辺りでしょうか?
ルンルン気分で部屋の中に入ってみると、本日の抱き枕担当なアル以外は集合済みでした。料理はもういつでも完成可能で、今はお皿やコップを並べているところ。 ぼんやりしている内にだいぶ出遅れたみたいです。幸いベル様はまだ来ていませんね。私も準備を手伝わないと。
ふぅ、ごちそうさまでした。やっぱりディーの料理は美味しいですね。余計な雑念を覚えることなく、夢中で食べてしまいました。
よく煮込んだシチューはお肉も柔らかくて野菜もホクホクで言う事無し。デザートはシャーベット状に凍らせたメロンで、これも甘くて最高でしたから。
そういえばメロンって、ハムと一緒に食べたりもしますよね? あれって確かに美味しいとは思うのですけど、最初に始めたのは誰なのでしょうか?
果物とお肉を一緒に食べるだなんて、私にはちょっと思いつきそうに無いです。凄い事を考える人も居るものですね。魔族かもしれないですけど。
「あ~……。ここで働けてよかったー。役得役得~♪」
ちょっと食べ過ぎたのでゆっくりとお茶を飲んでいたら、うちで雇っているキッチンメイドの1号2号3号が余ったメロンを食べながら感動していました。
高貴な香りを振りまく果肉にスプーンを突き立て、口に運んではニコニコと頬を綻ばせています。
本来なら一介のメイドが食べられる品物ではありませんから、そりゃあ美味しいでしょうね。事実美味しかったですし。
ベル様は贅をよしとする竜族の一員ですから、 『食材をケチり過ぎてご主人様の食事が足りませ~ん、今日は霞を食べていて下さ~い』 なんてお間抜けな事態の発生は許されません。ベル様だったら 『じゃあ、今日は外食にしようか』 という感じで軽く流してくれるでしょうけれど、普通はありえませんからね。
食事の際には余る事を前提に、かなり多めに作るのが当たり前。シチューとかサラダのように一人前の量が指定されていない物はもちろん、メインとかデザートとかも、この家に仕えているメイド全員が食べられるぐらいの量は用意してあります。
なにせ竜ですからね。人の姿を取っているのは利便性が高いからという理由もありますし、食べたければ物凄い大食いだって出来ちゃうのです。
普通だと主人と同じ物をメイドに食べさせるのは良くない、とかで捨ててしまうのですが、ベル様は気にしていないそうなので問題無し。
仕込みだとかで一番仕事が忙しいキッチンメイドらから順に、美味しく頂かれる事になっております。
「そんなに食べると……。太るよ?」
「うっ……! シィ様、それは言わないお約束ですよ……」
やたらと食べても種族的特長として太らないのは一部の特権ですので、次のメロンに手を伸ばしたメイド2号に釘を刺しておきます。
彼女らは賄いに加えてこれですから、最近体重計に乗るのが怖いとか、もし配置換えされたら質素な食事に戻れるのだろうか……っていう声も結構聞きますね。ここの食事は最高ですし、ついつい食べ過ぎてしまう気持ちもよく分かりますが、朝から暴食でダウンされては困りますから、止めておきましょう。
ですが、職場で美味しい料理が食べられるか否かって言うのは運任せな面もあるので、ついついガツガツしちゃうのはよく分かります。
ここの食事に慣れてしまったら大変なのですよ。何せ場所によってメニューは大違い。私も六百年程前、大海に浮かぶ離島に配属され、10年ぐらいお魚天国を味わった事がありますから……。魚介類は取れたてなので新鮮ですし、味は美味しいんですけど、朝も昼も夜も魚さかなサカナ。この家のように小規模な場所ならば、ご主人様の意思に反しない限りメイドの要望も通りやすいのですが、何百人も仕えているとなれば食費も結構な負担になりますし、好き勝手に食材を購入する訳には行きませんからね。
あの時は猛烈にお肉が食べたかったなあ。休日には仲間達と魔界のレストランに通いまくった記憶があります。
それ以前の問題として、何十人何百人と居るメイド向けの食事ですから、料理人の腕自体がイマイチで美味しくない、っていう事も多かったですね。例えばスープがしょっぱ過ぎて塩辛かったり、逆に味が無さ過ぎたり、ソースがきつすぎて全部同じ味だったりと。
これは 『ゆりかごから死後の世界の安定まで』 をキャッチフレーズにするギュンギュスカー商会だからこそと言ってもいい問題です。
なぜなら魔界に本社を置く商会ですので、社員の殆どは魔界に住む魔族という事になるのですが……。味覚というのは腐っている物や毒物とかを判断するために使われる感覚ですから、多少の毒など問題にならないほど頑強な肉体と免疫機能を持つ魔族にとって、あまり重要な感覚ではないのですよ。
人間なら触れただけで皮膚が被れるような毒キノコなどでも、魔族にとっては何処吹く風。中には美味しいという理由で常食されている猛毒さえあります。
それに一言で 『魔族』 とは言っても多種多様。ベトやネトのようなスライムなら味覚そのものがなかったりしますし、古撲刳(ふるぼっこ、と読みます)のように加工された陶器や金属を食べる種族だとかも居ます。暗黒騎士や漆黒騎士なんかはまんま骸骨ですので、私は彼らが何を食べるのかさえ知りません。
そもそもスケルトンって、食べた端から骨の隙間から落ちちゃいますよね……。霞でも食べているのでしょうか? いつか聞いてみましょう。
上記のように種族によって好みも大きく違いますし、万人受けする料理を作る事なんて殆ど不可能です。
私も料理の腕にはそれなりに自身がありますが、突撃アイ(空飛ぶ巨大な目玉)とモエルモン(枯れ木のオバケ)とヘビサンマン(ラミア男バージョン)を同時に喜ばせられる料理を作れ、なんて言われたらお手上げですからね。あまりに嗜好の差が広すぎて、一流の料理人となれば数が限定されるのも当然なのです。
そして料理人は自らの経験と舌で料理の味を判断するものですから、やっぱり自分が美味しいと思える物しか出したくないでしょう。
私だって自分が不味いと思う物を他人に出すのには抵抗がありますし、それが敬愛するご主人様ならば尚更ですから、やっぱり何でも作れる料理人ってのは難しいですね。
「じゃあ、私はそろそろ部屋に戻るから、後はよろしくね」
そろそろお腹もこなれてきましたので、一応仕事中ではありますし自室に戻りましょうか。
軽く息を吐いて椅子から立ち上がり、デザートを口に運んでは顔を蕩けさせているキッチンメイドらに軽く別れを告げます。
「あっ! 3号! そのメロンは、私がお代わりしようと……」
「ええ、2号ちゃんまだ食べるの?!」
食堂から出た頃にそんな声が聞こえてきましたが、今更戻るのも面倒なので放置しておきます。
私以上に食いしん坊な2号だって、そう何度も食べすぎで倒れたりはしないと思うので、大丈夫だと思いますし……多分。
まあ魔族の肉体は頑丈ですし、この家の救急箱には高価な薬とかも揃っているので、たかが食べ過ぎで死ぬ事は無いでしょう。
気を取り直して歩みを進め、自室の机に座ってご主人様からの呼び出しを待つ事にします。
家とは規模の違う巣ではまた違いますが、私達を含め仕事の無いメイドは自室で待機が基本です。
いくら何時呼び出しがあるか分からないとは言え、四六時中ご主人様の隣にひっついていたら迷惑ですからね。各部屋に配置されている小さな呼び鈴が鳴らされると、私達が身につけている小型通信機がそれを察知する仕組みになっていますので、それを合図にご主人様の元へ急行するタイプのシステムを採用しています。
通信用のアイテムはちょっと高価なのですが、人数が少ないので問題ありません。私達が寝ている時でも対応出来るように、深夜でも早朝でも必ずフリーになっているメイドが居る仕組みですので、24時間どんな時でもご主人様の要望に応えられるのです。
……まあ、ベル様って自分の事はある程度自分でやってしまいますし、あんまり呼び出しをかけませんから……。仕事が多いはずの日中に勤務時間がある私だって、一日中特に仕事がありませんでした……なんて日も結構あったりします。
特に深夜組みのメイド11号と12号なんて、ここ5年ほど呼び出しが無いと言っていたような。
夜は夜で仕事が無い訳ではないのですが、ベル様って夜はいつも寝ていますので、忙しいかと言われれば……。あ、いや、別にサボっている訳ではありませんよ? 私を含めて。
ただ、ここは巣ではないので財宝目当ての侵入者も来ませんし、貢物の仕分けとか宝物庫の整理も必要なく、トラップやセンサーなどのメンテナンスもいりません。魔法を使えば日常的な掃除当はさほど手間になりませんし、メイドの数に対して仕事の絶対数そのものが少ないのですよ。
ちょっと暇が多すぎて無駄な人件費にも思えますが、仕事が無いからと言ってあまりメイドの数を減らしすぎてもいけません。
ギュンギュスカー商会のメイドはしっかり研修を受けているプロですが、仕事場によって多少の変化はありますので、それぞれの仕事に慣れるまでには時間が必要です。何かあるたびに雇って、必要がなくなったら即解雇、などとやっていたら非効率なのです。
それに、仕事がありすぎて多忙なのが良い事だとは言い切れません。余裕が無ければ人為的なミスにも繋がりますし、竜の家となればたった一つで人間が死ぬまで贅沢できるような物も数多くあります。掃除中に高価な美術品を壊したりしたら大変ですからね。
まあ、私の主な仕事といえば、こういう日常的な見回りとかを除くと、お客様がいらした場合の御持て成しとか、家の財政管理がメインでしょうか。
仕入れた食材とか消耗品をチェックして、キッチンメイドが変な食材ばかり仕入れていないか、ハウスメイドが無駄な消耗品を勝手に購入予定に入れていないか、収入に対して収支のバランスが取れているのか、みたいな事をチェックします。
それだって4人一緒にやる事が多いので私の分担は軽めですし、ベル様が購入する物と言えば小説や参考書といった文献がメインですから大した出費にはなりません。定期的に竜の村から入ってくる生活費で十分過ぎるほど賄えており、我が家の家計簿は常に黒字です。
……そういえば最近のベル様はマジックアイテムの製作が趣味になったみたいで、よく材料を購入していますけど、どなたかに贈り物でもするのでしょうか?
作業室の奥に猛烈な魔力の篭った金塊が置いてありまして、初めて見た時はかなり驚きましたよ……。あれに篭っている魔力が全て破壊力に変換されたとしたら、山の二つや三つは簡単に平らになりそう。攻撃魔法が不得意な私だと、全身全霊を搾り出しても届かないでしょう。あれでマジックアイテムを作ったら、家宝なんて物じゃとても収まりきらない一品が作れる気がします……。国宝とか伝説級だって手が届く範囲ですよ。
ぱっと思いつくお相手はといえばブラッド様やマイト様、リュミス様ですが……。装飾品兼魔力回路に使用するための宝石とかも購入していましたし、物凄い物が完成しそうですね。そんな凄い物を送られる方には、ちょっと嫉妬しちゃいます。
私もベル様のプレゼント欲しいし……っと、これ以上は領分を越えますので思考の中断をば。
さて、ちょっと暇になってしまいましたし、お呼びがかかるまでお掃除でもする事にします。
医者の不養生じゃないですけど、メイドの部屋が汚いってのも問題ですから、パパッと終わらせてしまいましょう。
ベル様の家族になってからはお給料もかなり増えましたし、私物が結構多くなってきましたから、定期的に整理しないとごちゃごちゃになるのですよ。
まずは窓を開けて、空気を入れ替えながら部屋全体の埃を払って行きます。
いくら調度品の大半が魔法で保護されているとはいえ、表面に積もる埃まではどうしようもないですからね。風の魔法を使って空中を舞っている埃を部屋の外へと吹き飛ばし、飛行魔法を使ってシャンデリアのお手入れを行います。光源のマジックアイテムは大量生産品ですが、この部屋を隅々まで照らす位なら十分。
しかし魔力の一部が熱に変わってしまうので、魔法もなしに素手で触れるとかなり熱いのが珠に瑕。飛んで火に入るというか、光目当てに入り込んだ虫が熱にやられたりするので、見栄えを保つためには定期的な掃除は欠かせません。
もっと高いのになると違うのですけどね。私らの部屋の掃除頻度が少し上がる程度でコストダウンできるのですから、ご愛嬌ってやつです。
そのほかに窓や壁も掃除をし、この際ですからクローゼットの整理もついでにやっておく事にします。
そろそろ湿気を取るための墨も交換時期ですから、後で新しいのを貰ってこないといけません。6号あたりのハウスメイドに頼んでおきましょう。
この中には通信販売で買ったよそ行きの服とかも結構持っているのですが、メイド服に慣れ過ぎたせいか、他の服を着るとなんか違和感があるので困り物です。
たしかにメイド服は魔法がかかっているので丈夫で汚れにくいし通気性もいいし、見た目も悪くないんですけど……。うーん、職業病ってやつでしょうか。
私だってメイドである前に女の子、仕事着が普段着として定着してしまい、お洒落できなくなっちゃうのは問題ですねえ……。
とまあ、そんな事を考えながらの掃除でしたが、時計を見ると2時間かからずに終わりました。
綺麗になった部屋を見て回り、追加で清掃が必要な場所が無いか確かめ、最後に換気魔法で部屋の中の空気を入れ替えればお掃除完了。サッパリしていい気分ですし、ちょっと疲れましたから、お茶にでもしましょうか……。
窓辺にある机に常備してあるお茶の葉と急須を取り出し、魔法のポットを傾けて湯を注ぎます。
私は紅茶も緑茶も好きなので両方置いてあるのですが、一仕事した後は断然緑茶ですね。なんとなくですが、ティーカップで飲む紅茶よりも、湯飲みで飲む緑茶の方が落ち着ける気がするので。
こう、湯気の立つ湯飲みを両手で持って窓辺にある椅子に座り、のんびり空を眺めるのは悪くないです。横にお饅頭などのお茶菓子などがあればもっといいですが、生憎と切らしていたのでクッキーになってしまいました。
うむむむ、これなら紅茶にすればよかったかも……などと考えつつも、甘さに負けて食べ進めます。クッキーは2日前に作った奴ですけど、保存の魔法がかかっている容器に入れていたので味は落ちていません。美味しいですね。
お茶を入れるときにちょっと失敗してしまいましたが、お茶の渋さがチョコチップの甘味を引き立てていい感じです。
サクサク、うまうま。うーん、幸せ。もう一枚、もう一枚っと……。
って、ぬお! ベル様から久しぶりの呼び出しが! これは行かねばなりませんよ!
……でも、もう一枚口に入れてから行きましょう。うまー。
「失礼します。ベル様、皆を呼んできました」
軽いノックの後で扉を開けると、ベル様が愛用しているハーブ系の香水の香りが軽く鼻をくすぐります。
ぞろぞろ連なって部屋に入る私達を出迎えてくれたベル様の笑顔を見て、これ幸いにと癒し成分を補給。アルやベッタも同様に頬が緩んでいますね。
廊下に敷かれている物よりも柔らかい絨毯を靴の下で感じつつ、何故呼ばれたのかを把握するためにも軽く部屋の中を見回します。
ベル様は絵画や彫刻などにはさほど興味が持っておられないようなので、人間世界の支配者といっても過言では無い竜の部屋なのに少々殺風景ですが、それでも使われている調度品はどれも高価な物ばかり。保護の魔法がかかっているので傷や汚れにはとても強く、ハウスメイドらには掃除が楽だと評判です。
その中でも最も目立つ黒塗りの大きなテーブルの上に、灰色の箱が4つ、ちょこんと並べられており、私の注意はそれに注がれる事になりました。
むむ、あれはなんでしょうか……? ピンク色のリボンで丁寧にラッピングされており、見た感じプレゼントのような気がしますが、まさか……?
「ほらほら、並んで並んで」
私と同じくプレゼントらしい物体に気付いたのか、普段は男勝りで気が強いディーまでおろおろしています。
ベル様は悪戯が成功した、とでも言いたげに笑っていますけど、性格上ニセモノのプレゼントを用意して引っ掛けるようなお方では無いですし、とすれば本物なのでしょう。ドラゴン族とメイド族には天と地ほどの種族的格差があるので、人間風に言うと平民が王様直々に褒章を賜るような事態ですから、前に並んだベッタが今にも気絶しそうなぐらいに狼狽しているのも当然です。
私もまさかこんな日が来るとは、夢にしか思っていませんでした。心臓がドキドキいうのを感じます。念のために頬をつねっておきましょう。
あ、痛い……。これは現実ですね。あははは。……って! こ、心の準備が! 竜に贈り物をもらうメイドなんて前代未聞ですよ?!
お、落ち着け、ギュンギュスカー商会のメイドはうろたえないっ! 深呼吸ですよ深呼吸! ひっひっふー、ひっひっふー。って、もう順番がきちゃいましたよ!
「はい、シィ。いつもありがとう、これからもよろしくね?」
「はひ、はいっ! 勿論ですよ!」
うああ、噛みました! 噛みましたよ! ここ一番で! まったく、私という奴は……。ああ、頬が赤くなるのを感じます。
私達の一族は大きな耳が特徴ですが、今はその先っぽまで真っ赤になっている事でしょう。嬉し恥ずかしですよ、嬉しい方が圧倒的に多いですけど。
「ほらほら、開けてみて」
私は感無量のままにプレゼントの箱をぎゅっと握り締め、それでも最後は飛び切りの笑顔をベル様に送りました。
最後尾に並んでいたディーも受け取ったので、笑顔を返してくれるベル様をみて幸せを感じつつ、言われるままにピンク色のリボンの一端に手をかけます。
箱から少なからず魔力を感じるので、きっと中に入っているのはマジックアイテムですね。何が入っているのやら、ドキドキがムネムネですよ。
「ふわぁ……!」
はらりとリボンが落ちると、先ほどまで特徴の無かった灰色の箱が白い光を発しました。
一瞬の輝きが収まった後に現れたのは、なんと金で縁取られ宝石の散りばめられたジュエリーボックス! 思わず声が漏れてしまいます。
磨き上げられた艶やかな表面は魔力光によって緩やかに色を変え、纏うのは一国の王の頭上で輝く王冠さえ圧倒してしまうような輝き……。
ベル様用の最高級の通信販売カタログで見た私の記憶が定かなら、これってお値段的な理由から竜族とか魔王とか専用のアイテムで、お値段は聞いてビックリの数千万Bぐらいするはずなんですけど……。
やばい、ちょっと気絶しそう。助けてれーにん!
私の給料じゃあ給料三か月分どころじゃない、凄いプレゼントです。
「実は、もう一段階あったりして」
そう言うとベル様は軽く指を弾き、それに合わせて宝石箱がゆっくりと蓋を開け……。私の意識を地平線の彼方までぶっ飛ばすような出来事が起こりました。
内側から噴出すように漏れる強大な魔力。思わず身を竦ませそうになるそれは、黄金の輝きを放つ1対の腕輪から放たれている物で、その腕輪は私の手の上にある宝石箱の中にあって、『いつもありがとう。これからもよろしくね』というメッセージが添えられていて……。
完全に声を失った私達はお互いに顔を見合わせます。いつも冷静なアルまで、皆一緒に目を点にしていました。
ここでちょっと話は変わりますが、私達メイドって、さほどエリートな種族じゃないのですよ。
魔力は生まれつきほぼ全員が扱えますけど、戦いで強いか弱いかで言えば、やや弱い部類に入ります。
最上位と最下位には天と地よりも大きな開きがあるので、決して弱すぎて話にならない程ではないのですが、紛れも無いエリートに分類される種族からすればドングリの背比べ。魔界でも人間界でも武力というのは重要なウェイトを占めているので、実力の差はそのまま待遇の違いにも繋がっております。竜族は大帝国の王様みたいなイメージで、私らメイドは平民ですね。
竜ならば働かなくとも左団扇の生活が出来ますが、私らメイドはギュンギュスカー商会なりで働かなければなりませんし、実生活における立場というのも物凄く違うのですよ。
仮に竜族がメイド族の誰かを殺したとしても、そのメイドを雇っている商会から損害を請求されるぐらいで、懲役などの罪には問われないでしょう。
無論その竜は商会の間でマークされ、危険人物として取引を避けられる、程度のペナルティはありますが……。なにせ竜は単独で世界を破壊しかねないほど強いですからね。真っ向から立ち向かえるのは同じ竜族か、魔界や天界でも最上位の存在のみ。生まれ付いて将来を約束されている存在です。
人間の社会でも、他者が所有している犬やネコを殺したら器物損害などの罪になるのでしょう? 私らメイド族とドラゴンの間は、その位の差があります。
……それなのに、ベル様は立場の違う私達をこんなに思ってくれている訳で、物凄い嬉しいのに頭がパニック過ぎて固まったままな訳で、言いたい事は山ほどあるのに何を言えばいいのか分からない訳で、そもそも喋ろうにも口が開いたまま塞がらない訳で。
しかし、ここで頭脳明晰なシィちゃんは考えるのですよ。
こういう時、言うべき言葉は一つですよね?
諮らずもアルやベッタ、ディーもほぼ同時に同じ結論に至ったようです。互いに嬉し涙の浮かんだ目でアイコンタクトを交わし、一斉にベル様へと視線を向けて。
「「「「ベル様、ありがとうございます!!」」」」
綺麗に揃った言葉の後で、またも皆一緒にベル様に抱きつきました……が、半ばパニック状態だったので、互いに頭をぶつけてしまいました。
どうやらプレゼントの腕輪に障壁展開の効果があったため、目の前に星が舞い飛ぶ事態は避けられましたよ。また耳の先まで真っ赤にしてしまいましたが。
仕切りなおしとばかりにもう一度、今度はちゃんとタイミングをずらしてベル様に抱きつきます。苦笑する顔を見上げて一緒に笑ったり。
まあ、なんと言いますか。感無量すぎて、どうにも言葉にしづらいのですが……。
私、幸せです!