ベルは塗りつぶしたように黒い机の上、夜空に浮かぶ星のように散りばめられた宝石を眺めていた。
それらを装飾兼増幅装置として機能させるため、設計図と睨めっこしながら最適な場所に配置しようと試行錯誤しているのだ。
宝石のサイズは同じでも結晶の構成やらが一つ一つ違う上に、カットの具合や角度によっても魔力の流れは変わるため、見栄えと効率を両立させるのはかなり難しい。それでもサイズはどれも小さいながら質の良い物ばかりだし、先ほどまでベルの血に浸されていたので魔力の通りも抜群。材料としては最高に近い物が揃っているのだから、致命的な失敗さえしなければ及第点には届くはずだった。
この材料郡が腕のいい魔族の手に委ねられたのなら、軽く国宝級のアイテムが出来上がってしまうだろう。なにせ竜族は同属以外を、下手をしたら自分以外の存在など、取るに足らない働きアリ程度にしか思っていないのが基本的なスタンスなのだ。それが自らを傷つけてまでマジックアイテムを作ったりする訳が無い。原作のリュミスがブラッドの浮気を堂々と認めるだとか、自分よりもブラッドを愛しているから、なんて理由で許婚の立場を誰かに譲るぐらいにありえない。
まあベルだってマジックアイテムを作るのは初めてだし、書物から得た上っ面の知識だけしかない事は否定できないが、失敗作しか作れないと決まっている訳ではなかった。巣の宝物庫には似たようなマジックアイテムが無数転がっていたし、センスがないベルでもデザインをパク……オマージュすれば問題ない。
マジックアイテムとはいえアクセサリーである。成金趣味のゴテゴテとした装飾は好ましくないというのも分かっている。トンデモデザインを避ける最低限度のセンスはあるので、後は設計図を形にするために必要な指先や器用さや魔法の熟練度の問題になるだろう。そしてベルは無駄に細かい作業が得意だ。
「そういえば、クーさん滅茶苦茶落ち込んでたけど、この時期に何かイベントってあったのかな……? 覚えがないんだけど」
設計図から顔をあげ、ベルは気晴らしに昨日の事を思い出す。
いつも営業スマイルを絶やさないクーさんが珍しく落ち込んでおり、事情を聞いてみたら全力で話を逸らされたので細かい事は教えてもらえなかった。
原作にはこんなイベントなんてあったかな、と首を捻ってみても分からない。基本は有能だけどもポカをやらかす事もあるクーさんだから、何か重要な取引でうっかりでもやってしまったのだろうか、とベルは推測している。
まさか 『魔界にあるオフィスの廊下で大フィーバーしている所を発見されたクーが、悲鳴を上げながら半狂乱になった挙句、暴発させた必殺技で自爆した』 などとは想像だにしないだろう。知らぬが仏だった。
「金を見せた時も、なんか変な顔をしていたしなあ。クーさんも欲しかったのだろうか」
メイン素材である金は現在熟成中。素材と魔力をより馴染ませるため、今も部屋の片隅にある魔方陣の上で寝かせている最中だ。
この過程についてベルは 『一晩寝かせたほうが美味しくなるカレーみたいだ』 と非常に軽薄な感想を抱いている。
「それとも、人間にプレゼントするって思ったのかな? 人間がこれ着けたら発狂しそうだし……」
ベルは丸めていた設計図を手に取り、刻もうとしているルーンに間違いや矛盾が無いかチェックしていく。
誰かが聞けば物騒に思うだろうが、別に特殊なルーンなどを刻む心算は欠片もない。悪辣なトラップを仕込んだ呪いのアイテムではないのだから当然だ。作るのは開けると絶望が飛び出してくるパンドラボックスではなく、メイドらに日頃の感謝を込めて贈るプレゼントなのである。不意の事故から身を守るのと同時に、普段の仕事で疲れないようにサブタンクとして機能させ、中に魔力が溜まっている限り本人の負担がなくなるような、その程度のアイテム。
それが何故人間に対して危険かといえば、人間にとっては嗜好品であるタバコが、小さな虫にとっては即死クラスの猛毒だったりするのと同じ理由だった。
魔力を過剰に溜め込んでしまう性質をもち、定期的に他者へ魔力を与えないと生きていけない 『魔法使いの花嫁』 という存在がいい例だろう。人間が扱うには魔力抵抗が足りない。種として普遍的に耐性を持っていないヒトにとって、自分の限界を超える高密度の魔力を取り込む事は極めて危険な行為なのだ。
「魔力って言うから、やっぱ”魔”の力なのかなあ。別に神族だから潔癖で魔族だから狡猾、って事はないんだけどねぇ……。クーさんだって魔族だし」
呼吸している大気の中にも魔力は存在しているにも関らず、並の人間が一生かけて取り込む量ではマッチに火を灯すのが精々といったところ。
巣ドラ世界の人間が猿から進化したかはベルの知る所ではないにしろ、進化の過程で魔力は不必要な物だと判断したのだろう。呪文や詠唱などを無視して力を振るうには人間の体だと厳しいし、寄り集まって群れを作る生き物だから、個々の戦闘能力を重視する必要はなかったのかもしれない。
まあ、世界には単独で大陸を沈められる生物が(主にベルのごく身近に)存在している以上、進化論がどうこう突っ込むのは野暮というものだろう。ベルのブレスは風なので強固な物を貫く事には向いていないが、射程に優れているだけあって広範囲を薙ぎ払うのはお手の物。天候操作して有害物質を含んだ雨を降らせて作物を壊滅させれば国の一つや二つを崩壊させる事など朝飯前であるし、竜巻を50個ほど作って国土を縦横無尽に踊らせれば一番手っ取り早い。
「でんでんで……あれ、ゴ○ラのテーマってどういう曲だっけ? でんでーん? でででーんでん……? 忘れちゃった」
まあ、世界をどうこうする力があろうともベルはニートであるし、無意味に暴れたがるのはテレビの中の大怪獣だけである。
知能の無いただの獣でもあるまいに、強大な力を持つ竜だからこそ最低限の自制は皆持っていて当然だ。上位の雌なら人間世界を何も無い荒野に変えるぐらいのパワーはあるが、金が欲しい時に貢いでくれる便利な存在が居なくなっては巣作りという文化が崩壊してしまうではないか。そうなれば竜だって困る。
ベルの精神は多少、肉体に引きずられている部分はあっても 『ぐッ……わ、私の血が……。は、離れろっ! 暴走するぞ!』 なんていう厨二病的な破壊衝動が沸きあがるとか、怒ると両目がオッドアイになってしまうとかは無い。人間を皆殺しにしたくて堪らない、なんていう意味不明な衝動を覚える事も無かった。
イライラしている時なら大暴れするのは効果的な発散方法かもしれないが、それなら人間の町よりもその辺の山の方がよっぽど壊し甲斐がある。
「そういえば、最近雪合戦してないな……」
ベルの場合、大きく力を振るうのは暇つぶしと趣味が大半だった。
暑さに参っているメイドらを見て急に雪遊びがしたくなり、適当な山まで出かけて雪を降らせるだとか、その他にも雷が近くで見たいからと雷雲を作ったり、入道雲を作る科学の実験を思い出して実際にやってみたり、雲の形を変えてカニだとか猫だとかジャン・ク○ード・○ァンダムとかを作って遊ぶ程度に限られている。
最後のは巨人だとか悪魔だとか筋肉だとかヴァンダボー! などと人間を無駄に混乱させてしまったので、ならば、とダイナマイトボディのお姉さんを作ったら余計に混乱させてしまった。なんでも真下にあった街では、男性の9割が首を痛めてしまったそうである。自分の作品が認められるのは嬉しいものだ。
「フルプレートアーマーを買ってきて、ゴーレムなりガーゴイルなりに加工して、アル○ォンスとでも名付けてみようか……」
息抜きの合間に人生を。今日も今日とてベルは自堕落に生きている。
手のひらの上に小さな氷の塊を生成し、部分的に消したり継ぎ足したりしながら形を整え、5分もした頃にはミニミニ鎧なくぎゅ声弟さんが完成した。
具足や篭手といった細部は覚えていないので、残念ながら全体的に省略されたアバウトな作りになっているが、あのマンガを読んでいた人なら分かってもらえるだろう。鋭角なフォルムをしている鎧の胴体部分には特に力が入っており、空洞化した内部にはジョークとして操縦者の猫が入っている。兜には猫耳もオマケした。
その出来栄えに軽く満足し、声色を変えて 『兄さん! ネコミミモードだよ!』 と呟いて大きく頷く。くぎゅ声だけに相性はいいらしい。
「猫耳鎧……。これは流行る」
ベルは些か奇抜なスタイルになった彼の姿を想像する。当初の目的とずれている事は自覚していたが、まあいいやと切り捨てた。
別にデザインの決定は急務ではない。メイン素材である金は後1年ほど熟成させる予定であり、時間的な余裕は十分にあるのだ。
4人のメイドに1対の腕輪を送ったとしたら合計で8個になるが、材料を節約すれば12個ぐらいは作れるだろう。致命的な失敗を頻発しなければ物資の余裕も万全だし、1年先に使う物を焦って仕上げたところで、もっと相性のいい素材が手に入ったら大幅に変更されてしまう可能性もあった。暇つぶしにある程度のパターンを考えておくのもいいだろう。
材料が余ったら自分用の細工を作ってもいいし、クーさんに何か送るのも一興。なにせ親友であるブラッドの大切な人候補である、友好関係を築きたい。
あの大きい耳に合うようなイヤリングがいいか、薄い胸板をさり気無く彩ってくれるネックレスにするべきか。それとも真っ赤なツインテールと色を合わせた髪留めとか、執事服の雰囲気を壊さない程度に艶やかなブローチなども良いかもしれない。バリエーションを考えれば1年は暇が潰せそうである。
「いっそ猫耳がついたカチューシャとかも……って、はーい?」
ベルは部屋の中に響いたノックの音で我に返った。
机の上に散乱していた宝石を素早く手近な箱へと収納し、作りかけの設計図は折りたたんで引き出しへと隠す。
「失礼します……。ベル様、マイト様がいらっしゃいました」
「マイトさんが……? わかった。ありがとねー」
予定にない来客は珍しい。ベルは些細な驚きを感じながらも労わりと感謝の言葉を返し、礼儀正しく一礼して去っていくシィを見送った。
やや乱雑な折り方をしてしまった設計図を取り出し、改めて丁寧に折り直す。一部プライベートな場所を除けばこの家を管理しているのはメイドらなので、このプレゼント計画を秘密のままにできるとは思っていない。実際にすぐにでも露見してしまうだろうとは思っていたが、サプライズの気持ちが重要なのだ。
「にしても、マイトさんどうしたのかな。まあ、リュミスさん絡みってのは間違いないだろうけど」
ベルが覚えている限り、マイトがこの家を訪ねてくるといえば、どれもこれも彼の姉に関連した事ばかりだった。
リュミスさんが手料理を作った時にブラッドさんと一緒に食べに来たのが最初だったはずだし、それ以外はリュミスさんをもっと幸せにしてやりたいだとか、リュミスさんが喜ぶプレゼントはなんだろうとか、最近リュミスさんがブラッドの事ばかりで寂しいだとか。何処までも真っ直ぐなシスコンっぷりである。
恐らく大仰な内容ではないだろうが、せっかく訪ねて来てくれたのだから長く待たせては申し訳ない。
ベルは忘れ物が無いか机の上を確認してから席を立ち、指を鳴らして椅子の位置を戻すと作業室を後にした。
絨毯の敷かれた廊下を歩き、応接間に向かうため階段を下りる。万が一爆発させてもいいように作業室は上の方に作ってあった。そのため窓から飛び出せばもっと早いのだが、今日は空なんて飛ばないだろうと思っていたので、パンチラ対策に仕入れてもらったスパッツを履いていないのだ。運悪くスカートも膝までと短めだし、露出狂ではないベルは極普通のルートを通った。
「いらっしゃい、マイトさん」
それでも5分とかから図応接間へとたどり着いたベルだが、笑顔で返答したマイトを見て少々困惑する。
紳士的な態度で紅茶のカップを置く姿は絵になっており、彼の容姿とも相まって非常にカッコイイのだが、この家に来る度に慌てていた彼には合わない。
リュミスさん絡みならもっと焦っているのが常で、ここまで落ち着いていると言う事は何か別の問題なのだろうか、とベルは推察した。軽く挨拶を交わす最中もクールで知的なマイトのままで、どうやら本格的に目的が違うらしい。
テーブルを挟んで向かい合い、ベルは軽く首をかしげて続きを促す。
「実はライアネさんの事なんだ。今朝、町を歩いていたら、彼女とばったり会ってな。姉さんに婚約者の立場を譲ってもらえないか、と頼んでみたら、呆気ないぐらい簡単に受け入れてくれたんだよ」
「おお、成功したんですか!」
完全に予想外だったが、朗報だった。思わず声が大きくなる。
肩まである緑髪と豊満なボディが特徴のライアネは、竜族の女性にしては非常に温厚な性格をしているため竜族の男性からの人気は物凄く高い。そして収集癖のある竜らしく鉱物や植物、マジックアイテム、等と形や種類を問わず珍しい物を殊更好むので、凶悪極まりない花嫁から逃げたいと思っている男性から色々と送られる事も多いらしい。
だが黙って捧げられるより、自ら求めてあちらこちらを冒険する事も好む、というこれまた珍しい気質から、玉砕者を量産しているようだった。
例えば標高数千メートルの山の頂上にしか咲かない花を摘んでくるよりは、どこぞの山にはとても希少な花が咲いているんですよ、と情報を持っていく方が余程気を引けるだろう。上手くすれば二人っきりで冒険できるかもしれない。雪山で二人きりとなればラブロマンスに発展する可能性も無きにしも非ず。
ただし過剰に竜の力を使って楽をする事は許して貰えないので、紹介した遺跡にあるトラップやら何やらで命の保障は全くないが。
「ああ、後は姉さんと長老たち報告するだけだ……。ベルに相談せずに決めてしまったのは、申し訳ないが」
「いやいや、私は構いませんよ? 結果よければ全てよし、ですよ」
マイトが自分で成功をもぎ取ってきたのだから文句を言う理由などない。ベルは机に置かれたクッキーに手を伸ばしながら笑う。
多少の修正を加える事には吝かではないが、あれこれと自分の理想を強要するのは避けたかった。どちらかと言えばベルは部外者であり、まだ巣ドラのメインメンバーとは十年ぽっちしか付き合いがないのだから、数百年もブラッドの親友をやっているマイトが決めた行動にケチをつけるのは出過ぎた行為だろう。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。これで、姉さんも喜んでくれるだろうし」
爽やかな笑みを浮かべているマイトはカッコイイけれども、ちょっと脳内のイメージと違うなあ、と失礼な事を考えた。
シスコン紳士ではない優雅な態度で紅茶のお代わりを頼むマイトを見て、すぐに長老やリュミスさんに説明に行かなくていいのかと聞くと、ライアネさんの気紛れでキャンセルされる可能性があるために余裕を見ているらしい。なるほど納得だった。
たしかにリュミスベルンをぬか喜びさせる代償は重いだろうし、命が大事だと思うなら懸命な行為だろうとベルは思う。
ベルとしても友達の一人を悪く言うのは気が引けるのだが、怒ったリュミスは非常に怖いのである。漏れ出した魔力がゆらゆらと蜃気楼を作るし、あの鋭い眼光に睨みつけられたらもうダメだ。弾丸より早く機関車より強いチート生物に生まれ変わった現在でさえ、絶対に勝てない相手だと本能的に悟ってしまう。
もし巣ドラがバトルだったら、ブラッドは某世紀末スポーツアクションゲームに出てくる石油王ジャギ様のように不遇だろう。中には魔法戦士に進化する猛者もいるようだが、ブラッドの場合は竜状態でも人間状態のリュミスに殺されるという格差社会。常に一撃必殺テレッテーが待っているようなものだ。
「ん~……。リュミスさんは、ブラッドさんのどこが良かったんでしょうね? いい友達だとは思いますけど、恋愛対象となると……」
竜は親同士が子供の結婚相手を決める事が多いため、リュミスのように恋愛をして男を選ぶ女性の竜は極僅かである。
原作ではリュミスに流れる古代竜の血がブラッドを選んだそうだが、姉弟であるマイトがブラッドの親友になったのも似たような理由なのかもしれない。
「分からないな……。姉さんは、私の血がブラッドを選んだのよ、なんて言ってたんだけど……。俺だって、姉さんと同じ古代竜の純血なのに……はぁ、姉さん」
テーブルの上に項垂れてしまったマイトを見て、やっぱりこういうマイトの方がイメージに近いなあ、なんて思ったベルだった。
その後は軽くチェスを嗜みながら議論を交わし、昼食を一緒に食べた後で分かれる。
メイドと一緒に食べるというと驚かれたが、食後には賑やかな食事も悪くないと言って貰えたので、彼には概ね好意的に受け入れられたらしい。
翌日、ライアネさん宅に今まで集めた遺跡やダンジョンの情報をまとめた物を渡しに行ったが、生憎と留守。
仕方なくライアネさんの家に雇われているメイドに手渡したものの、1週間後に再び訪れた時には冒険に出発した後だった。ちょっとライアネさんに会ってみたいなと考えていたベルは肩透かしを食らった気分になったが、計画としては大成功なのだし、と仕方なく諦める。
半年ほど経った頃にマイトが長老達に伝えに行ったが、そちらもそちらで大した問題がなかったようだ。ブラッドの許婚がリュミスへと変更され、ライアネはマイトの許婚になる事になった。マイトは伝えるのが楽しみだと言って心を躍らせていたが、その喜ばせようとしている本人に 『ニヤニヤしていて気持ちが悪い』 と殴られていた。ちょっと不憫だなあと思うベルである。
メイドらにプレゼントを贈る計画が絶賛進行中であるからして、独りよがりの空回りにならないように気をつける必要がある。
とりあえず材料は揃っているし、設計図も15枚以上描いて理想に近い物が出来ていた。それから1ヶ月、2ヶ月と過ぎて、成熟中の金を腕輪の形にだけは加工しておく事に決定する。芯としてベルは自分の髪の毛を何本か使用するつもりであり、本格的にルーンなどを刻む前にそちらとも馴染ませる必要があったのだ。
作業室で机に向かい、ベルは魔力の篭った自分の髪を1本ずつ引き抜いてみた。チクっとしたものの大して痛みは無く、結果として得られた銀髪は大量の魔力の篭った、それこそチェーンソーでも切れないような素材だ。自分の血が混じっている金とも相性は抜群である。
まずは腕よりもかなり大きい直径の円を作り、その周囲に溶かした金を薄く這わせる。マジックアイテムらしくサイズの調節はルーンでどうにでもなるので、ぶかぶかで大きすぎるぐらいが丁度いい。直径3ミリほどになるまで金を追加していき、冷やすために一度停止。後15個同じものを作り、終わった頃にはある程度冷えた事を確かめて最初の一個の続きに手をかける。
この状態では単なる金で出来たリングに過ぎないが、これが全ての基礎になるので後から直すのは難しい。土台をより頑丈にするにはもう一手間かかる。
ツメで柔らかい金を掘り、丁寧にらせん状の溝を刻む。そこに再び毛髪を埋め込んで、魔力を循環させる場を作るのだ。リングコイルと似たようなイメージであり、この基礎が弱くてはいいアイテムは作れない、と 『初めてのマジックアイテム製作 ~今日から貴方もクリエイター~』 なる本に書いてあった。
埋め込んだ後は溶かした金でリングを覆い、もう一つ同じ物を隙間を空けて平行に並べる。このときの隙間が広ければ様々なルーンを書くスペースも広くなるようだが、あまり書き込みすぎるとよくないらしい。今回は単純なルーンしか刻まない予定なので、幅は狭めの2センチ程度に収めておいた。
後は金で二つのリングの隙間を埋め、全体をすっぽり包めば外観はほぼ完成。望む効果が出るようにルーンを刻んで、外側に宝石を埋めればお終いである。
「とはいっても、ここからが神経使うんだよねー……。頑張れ、私」
4人分、8個の腕輪の土台を完成させたベルは気合を入れなおした。
まずは内側から慎重にルーンを掘っていき、ミスリルの粉末と自分の血液、その他にも色々な素材を混ぜた特性のインクで満たす。途中で何回も設計図を見直し、間違いが無いか確認したうえで一文字ずつ定着のための呪文を唱えていく。
先ほどまで銀色に輝く液体だったインクがほぼ一瞬で固形になるのは結構面白かったが、簡単なルーンとはいえ象形文字のようにうねっていて手間がかかるし、全て刻めばそれなりの数になるので大変だ。大気中の魔力を取り込むルーン、使用者に魔力を補給するルーン、腕輪に堅牢さを与えるルーン、使用者の腕にあわせて大きさを変えるためのルーン。最も複雑なのは使用者の意思に反応し、危険が迫った場合に自動で障壁を張るルーンである。こんがらがったコンセントのコードのように複雑なので何度か間違えそうになり、その度に削りすぎた部分を金で補修した。
内側を終えたら、次は外側である。のっぺりとした現状ではあまり美しいとはいえないので、こちらにも内側と同じようにルーンを刻んでいく。
難しいのはルーンの隙間に小さな宝石を配置していく作業だ。設計図と現物ではどうしても誤差が出るため、少しずつ魔力を通しながら位置を微調整しなければならない。メインとなるのは1センチもあるエメラルドで、これに使用するためにわざわざ薄くカットしてもらった。これの設置には特に神経を使った。
「よっし、1個完成! サクサク行くぞー」
一つでも完成させてしまえば肩の力が抜け、後はもう安定した流れ作業になる。
ベルは巣作りドラゴンのオープニングテーマを鼻歌で歌いながら、黙々とプレゼントの製作に励んだ。