ベルは自分の中に流れる烈風竜の血に語りかけ、無暗に開放すれば周囲一帯を消し去って余りある力の中から必要な分だけを取り出し、望む形に加工する。
今回使用するのは日常的に使うような、例えばベッドから動きたくないけど本棚にある本を取りたいとか、本が面白いから目を逸らしたくないのでワインを水球にして口に運びたいだとか、そんな生易しい規模の物ではない。開放すれば岩山を穿ち、大地を切り裂き、圧倒的な破壊として顕現する暴虐。人間がこれを実現しようとした場合、魔法使いを百人規模で集めてようやく達成できる戦略用の大規模魔法クラスのものだ。
ベルの小さな掌の中に圧縮されたそれは小さくても烈風竜が吐き出すブレスそのものであり、一度暴走すれば英雄が十人がかりでも手に負えない。
最高級の魔法防御を展開していても、数百万Bにもなる防具をつけていても結果は同じ。肉片さえ残らずこの世から消えるか、奇跡が起きて指の一本ぐらいは残るか、そのどちらかだろう。爆心地に居る人間が生き残る術はない。
「ふぅぅ……」
まさに桁違いの魔力を手中に収めたベルは目標となる物を鋭く睨みつけ、圧倒的な暴力がもたらすであろう快楽に顔を歪めた。
いかな他の竜と比べて温和な性格をしているベルであっても、人間が積み木を崩す時に背徳感を得るように、何かを破壊する事にはほの暗い快楽が伴う。
自らの力を解放する瞬間は快いし、生まれもった力を封印するほど聖人君主な性格はしていない。だから手の中で荒れ狂う力の脈動を感じながら、特に気にするでもなくそれを解放した。
「かめ〇め波~!」
全てを台無しにする言葉と共に手から巨大な竜巻をぶっぱなすと、組み合わされた掌から飛び出した暴風は数キロ先にある山の一部を削り取った。
ここからなら、人間の目にも不自然に円く抉れているのが見えるだろう。見た目が非常にバカっぽい事を除けばかなりの一撃だが、ギャラリーであるブラッドは何とも言えない表情をしているし、リュミスはいっそ清々しい位に呆れ返っている。
視線が実に痛い。動作が物凄く子供っぽいと自覚していただけに、ベルが負ったダメージが大きかった。
「うぅぅ……。だから嫌だって言ったじゃないですか……。だ、だって、仕方がないんですよ? 最近では結構慣れてきたんですけど、強いのを打とうとすると、どうしてもイメージ不足で制御が……。口からは問題なく出せるんですが、なんか化け物っぽくて嫌じゃないですか! だからイメージしやすいように、昔好きだったキャラのですね……」
言えば言うほどドツボに嵌っている気がしないでもない。ともかくベルは頬が赤くなるのを必死に無視しながら喚き、最後には自分自身に負けてがっくりと膝をついた。わかりやすい落ち込み方だ。
「……いや、その。見た目は悪かったが、威力は凄かったぞ? な、なあ、マイト?」
「あ……ああ、確かにな。見た目は変だったが」
ベルの本気を見ていたいと言い出したのはブラッドであり、鈍い彼なりにフォローしたかったのだろうが、二人して全くフォローになっていない。日本人の男子に生まれれば誰でも一度はやるだろう伝統行事に対し、変だの子供っぽいだのと散々な言い方だった。
ベルが更に落ち込んだのは当然の結末だろう。わざわざ自分でどんよりとした雨雲まで作って身に纏った。
「ふんっ! な、なによ、凄い凄いって……。私だって……!」
一応は喜劇だが、リュミスとしては面白くないようだった。ブラッドが自分以外を褒める所を見たくないらしい。
唇を尖らせながら右手に猛烈な魔力を集めると、先ほどベルが放ったブレスの3倍ほど強烈な業火を同じ山に向けて放つ。すると虫食いのように抉れていた山の上部が吹っ飛んで、恐らく30メートルほど標高が低くなってしまった。本気でやったら人間状態でも山が蒸発しそうだ。
「うひゃー……」
ベルは軽く顔を上げると、気の抜けた呟きを漏らした。
巨大戦艦の主砲を思わせる一撃だったというのに、リュミスの足元では未だに花が揺れている。掌から放射された炎は完全に完璧に統制されており彼女が望んだ場所以外には全く影響を与えていないのだ。その証拠に周囲の気温は1℃たりとも上昇していない。恐ろしいまでのセンスと才能だった。
これを完全に生まれついての才能だけでやっているというのだから恐ろしい。純血種と混血の差を垣間見たようである。
「さすが、リュミスさんは凄いですね! ね、ねえ、ブラッドさん?」
ベルはまだ成長期らしく内包する魔力の限界量は伸び続けているし、わざと周囲の温度と湿度を上げてから溶けない氷でシャナの彫刻を作って涼を取る、なんて馬鹿な思い付きを年がら年中行っているので操作できる量は伸び精度も上がっている。彼女が立ち止まったままならば数百年後には追い付ける可能性も一応あるが、今は彼女が怒ったらベルにできる事は何も無い。
惨事を防ぐために思考を巡らし、わざとらしい位にブラッドへと話を振った。
「……え? あ、そ、そうだな。リュミスは凄い。とっても凄いぞ!」
無茶振りだったせいかブラッドは困惑したが、リュミスの目線がブラッドへと移ったのを見計らって 「かのじょほめて。しにたくなければ」 と空中に文字を書いたのでギリギリセーフ。天高く起立するブラッドの死亡フラグを折る事に成功した。
小細工が露見する前に指を弾き、伸ばしていた水の鞭を空中に霧散させる。連載が長い間停止しているハンター漫画を読んで思いついた訓練法を試していてよかった、とベルは初めて思った。 「ルイズ! ルイズ! うわぁぁぁぁん!」 などと某コピペ書いて遊んでいたのを見られたのは一生ものの恥だったが。
「ふ、ふん! 当然よ!」
ツンデレとしてはテンプレ的な台詞を言いながら、照れたのかプイっと目線を逸らすリュミスさんはとても可愛い。頬はほんのりと赤くなっているし、怒りで隠してはいても微笑んでいるのは丸分かりである。ブラッドには彼女を見る余裕はなく大仰に胸をなで下ろしていたが、彼女の顔をしっかり見れたら話は違うのだろう。
毎度の事ながら素直になればいいのになあとベルは考え、これでも照れ隠しで半殺しにしていた頃と比べれば少しはマシになったか、と肩を竦めた。
ベルが赤っ恥を掻くというハプニングはあったが 『ブラッドさん強化訓練』 は日没を持ってつつがなく終了し、これ以降はリュミスが手料理をふるう機会に合わせて訓練を続けていく事になった。具体的には月に一度リュミスが朝食を作る機会に合わせて集まり、腹ごなしの意味も含めて訓練場までピクニックに行き、適当に訓練しつつリュミスの作ったお弁当を皆で食べて解散、という流れである。
ブラッドが血の力を暴走させる寸前まで行く事態は数あったが、その度にどさくさに紛れて抱きつこうとするリュミスが目を光らせたため、その真意を読み取れない彼は躾けられた犬のように服従のポーズをとった。ブラッドと彼に流れる血の目的が ”生きて帰る” という所で一致した瞬間である。
いくら凶暴な魔王竜とて、リュミスの前では生まれたての子猫のようなもの。体重5トンを超えるサーベルタイガーが牙を剥くならば、逆らうはずもない。
「ブラッド、着実に成長しているな。この分なら姉さんだって怒らないさ」
マイトがそう褒めるほど、ブラッドの成長は顕著である。
訓練数が片手の指を超えた頃には小さな魔法なら人間状態でも安定して発動できるようになり、両手の指で余るようになっていた今は、人間で言えば見習魔法使いという所だろうか。ベルからみても太鼓判を押せる成長っぷり。天性のニート気質を持つ竜とは言え、自分の命がかかっていたら頑張るらしい。
人の状態でもある程度は空を自由に飛べるようになっているし、幾度もの暴走を経験したお陰か血の制御についても格段に上手くなっている。今までリュミスがブラッドを殴っていたのは血の制御が下手だったから、と説明させてもらったので、これならリュミスさんもブラッドに嫌いじゃないといえるチャンスになるだろう。
人の状態でもこれなのだから、より血の制御が容易い竜の状態であればさらに顕著だろう。火炎竜のパワーと水氷竜のパワーを同時に使うなどして、相殺され無駄になっていた魔力も大幅に減少するはずだった。
これで巣作りの時には少なからず有利になったので、存分に自分の墓を掘って欲しいものである。
「ベル……。なんだか、不吉な考えを感じたのだが」
「はは、気のせいですって……。それより、もう少しで温まりますから、座る場所の確保を」
ベルはブラッドを適当に誤魔化すと、草原の上空1メートルに浮かんでいる4つのバスケットへと意識を集中させた。
中にはリュミスお手製のカツサンドや卵サンドなどが詰まっており、温めた方が美味しい物だけを狙って過熱しているので加減が難しいのだ。他の竜がやろうとしたら一瞬で消し炭である。いかな才能のあるリュミスといえど経験不足はどうしようもなく、無駄に慣れているベルにお鉢が回って来るのだった。
ある意味ではベルの場合も命をかけた練習だと言えるだろう。失敗して焦がしたら、明日も生きている自信がない。
「よし、完成……。後はグラスが4個に、氷ですね。……はい、どうぞ」
加熱を終えたベルは軽く指を弾き、虚空から作り出した氷の彫刻を並べた。それらは人が持っても割れそうなほど薄いワイングラスで、ガラスとはまた違った輝きを持つために芸術品のようも見える。魔法の訓練を無駄な方向に使用した結果だ。
魔力が供給されている限り溶けない上にガラス並みには頑丈だし、ベルが制御を手放すか溶けるように操作すればただの水になるため、無駄な荷物を持ちたくないピクニックの時などはとても便利だった。竜や魔族など温度に鈍い種族でなければ冷たすぎて長時間持てないのが残念な所だが、普段使うにしてもメイドらには最高の食器と評判である。主に洗い物が必要ないという理由で。
「ベルは相変わらず、こういう小細工が得意ねえ……」
光り物が好きなのは竜族の性分であり、グラスについては悪く思っていないようだが、リュミスは僅かな賞賛と多分の呆れを交えて言った。
彼女からしてみればグラスが欲しければ誰かに言いつければいいのであるし、クーのような血統のいい魔族でもなければ空気に近い扱いであるため、ピクニックに一団引き連れても気にしない。彼女にとってメイドとは使われるために存在する物であり、絶対的強者である自分が気に留めるほどの存在ではないのだ。
もしリュミスがブラッドへの愛でも綴った手紙を見られれば、即座にそのメイドを殺すか、たかがメイドごとき、と捨て置くかの二択だろう。ベルのように圧倒的弱者であるメイドを他人と認めて接する竜はごく一部。どちらかと言えば少なすぎて異常者の部類に入る。
「まあ、趣味ですし……。物造りも悪くないですよ?」
金儲けのために町を爆撃しまくった竜の台詞ではない。ベルは自分の言葉に苦笑を漏らし、これはブラッドのために手作りの料理を作っている彼女にも言えるのか、と気付いて考えを改めた。どうやらリュミスも思い当たったようで、どこか納得いかないという顔をしている。
「とりあえず、食べながら話しません? ブラッドさんも、お腹減りましたよね? リュミスさんの手料理って美味しいから」
「へ? あ、ああ。そうだな。リュミスの手料理は、美味しいぞ」
咄嗟とはいえ紛れも無いブラッドの本音にリュミスは気を許し、一瞬前までは憮然としていた思えないほどの照れ笑いを浮かべる。 「な、何言っているのよ!」 などとツンデレ的な台詞を言いながらもニヤニヤは止まらず、やはりよく分かっていないブラッドは困惑気味になっていた。さりげなく押し付けられた最もできの良いバスケットを手に固まっている。
ここまで来ればリュミスさんがブラッドさんにベタ惚れだと分かりそうなものであるが、ベルの人生の数倍も殴られながら生きていただけに、まだそういった発想が浮かんでこないらしい。まあツンの部分で相手を殺せるツンデレも珍しいだろうから、ブラッドにとっては仕方が無いのかもしれなかった。
最近ではリュミスさんを見ても、子犬がするような服従のポーズとか、途端に泡を噴いての死んだフリだとか、怯えながら物影に隠れたりとかはしなくなったので、それだけでも満足すべきか。
4人揃って食事前の提携分を交わし、恐らくステーキ用の特上肉を使ったであろう最高級のカツサンドを頬張りながら、ベルはぼんやりとそう思う。
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タイトルを変更しました。ゼロ魔はサブ的な立ち位置に。