==この部分は内容とあまり関係がありませんので、興味が無い方はスルーしてもらっても構いません==
その日、西崎一(にしざき おさむ)は何の代わり映えも無い普通の一日を過ごしていた。
新社会人になって早くも1ヶ月、平均よりはやや偏差値の高い大学を卒業したといってもこの不況で発生した就職難はバブルの崩壊を思わせるほどで、希望していた会社には入れず滑り止めのような形での就職になっていた。回された部署には不満を抱かなかったが、だからこそ「第一希望の会社に入れていれば……」という後悔のような諦めの悪い感情が付いて回っている。
社会人としての生活にも慣れを感じてくる頃合であり、それまでは気が回らなかった様々な事が不満として噴出してくる時期でもあった。
それは5月とは思えないほど高すぎる湿度による蒸し暑さだったり、過剰に詰め込まれた人間が身動きも出来ずに運ばれていく交通機関であったりした。小心者のきらいがあって人付き合いが苦手な彼からすれば、我の強い同僚からの酒の席への誘いというのもストレスを感じる要因の一つであった。
かなりの下戸なのでビール2杯も飲めばほろ酔いになるし、3杯4杯と重ねれば二日酔いになってしまう。だから彼からすれば、仕事上のちょっとしたミスで同僚達と帰宅時間がずれたのは幸運の部類に入っていた。
まだ研修期間なので過度の説教を受ける事もないし、遅れたといっても10分や20分の話だ。長くなってきた陽はまだしっかりと大地を照らしており、会社を出た彼は夕暮れの涼しげな風を楽しみながら帰路に着く。
「新装開店です! よろしくお願いしまーす」
出てすぐの道で配られていたポケットティッシュを受け取り、それを懐へ仕舞うと同時、忍ばせておいたipodでお気に入りの音楽をランダムにして流す。話題作りにと流行曲も齧ってみたが何となく好きになれず、もっぱら聴いているのはアニソンの類だった。
それにしたって、わざわざ金を出してCDを買う気にはなれない。動画サイトなどで上げられている動画から勝手に音楽を抜き出しているだけである。
ちょうど視聴を決めていたアニメのOPがイヤホンから流れ出し、家に帰ったら食事でもしながら録画してあるのを消費しておこうと決めた。
頭の中を流れるアップテンポの曲に合わせて口の中だけで鼻歌を歌い、朝ほどでないにしろ混雑を感じさせる駅へと入る。歩いてける距離に会社があればなあと思ったのは一度や二度ではない。この時もそんな叶わぬ願いを居ないと思っている神に祈りながら、催す物を感じてトイレへと寄った。
「すみません! どなたか、紙をお願いできませんか!」
出す物を出して手を洗っていると、そんな声がトイレの個室から響く。生憎とティッシュを携帯する習慣の無かった彼は聞かなかった事にしようと立ち去りかけ、そういえば道で貰ったのがあったなと思い出したので人助けをすることにした。木のドアをノックして扉を開けてもらい、その隙間からポケットティッシュを差し入れる。 「ありがとうございます、助かりました」 自分と同じ新社会人風の男に礼を言われ、気持ちよくトイレを後にした。人助けはいい物だ。
その代わりに間に合っていたはずの電車を乗り過ごしてしまったが、急いでいた訳でもなし些細な事。どうせ10分もすれば次が来るのだし、鞄の中には読みかけのライトノベルが入っているので暇つぶしには困らない。両手を使っておけば痴漢冤罪対策にもなるので、挟んでおいた栞を取り出して読み始めた。
物語の中では伝説の使い魔になった少年が暴れ周り、右へ左へと大活躍をする。初期は人間以下としか思われて居なかった少年のサクセスストーリーで、日々の生活に疲れを感じていた彼からすれば、頭を空っぽにして楽しめるこの作品は大好きだった。
目的地に着いた所でちょうど読み終わった彼は堪能し終わった物語を閉じて電車を下り、定期券を改札に押し当てて外に出る。 空に小さく輝いている一番星を見ながら小さく息を吐いた。
ラノベはまあ面白かったし気分も中々に良い。駅前の商店街を抜けて自宅へと足を進める。
「明日はいい事があるかもしれん」
……そう呟いた所まで記憶があったのだが、何故かそれ以降が思い出せず、彼は大空港のターミナルを思わせる場所で呆然とした。
プロローグ それは終わりから始まった
「さてね、ここは何処なのでしょうか……。あのミスのせいで地方に飛ばされたとか無いよな? 書類の整理場所間違えただけだし……」
後ろを振り向いてみても灰色の壁しかなく、前方には誰も居ない無人のターミナルが広がっているだけ。いつの間にか周囲に居た人々も困惑の表情を浮かべ、互いに顔を見合わせては不安を滲ませていた。
彼も大多数の人間と同じように視線をさ迷わせ、何故だか寝巻きの老人が数多く見られる事に気付く。それ以外は年齢も性別もバラバラのようで、何の目的でここに集められたのかさっぱりだった。 「拉致?」 だとか 「誘拐か?」 という声も多く聞こえてきて、彼も少なからず不安を煽られる。
「はい! 皆さん、注目してください!」
唐突に現れたスチュワーデス風の制服を着た女性が集団に対して大きな声で呼びかけ、バラバラだった意識を一箇所に集める。
その清潔で整った服装を見て、彼は誘拐や拉致にあったのではないだろうと思えたので安心した。それに凶悪な犯人なら、何の拘束も無くこれだけの人数を集めはしないだろう。あの女性が漫画の登場人物のように強いのなら話は別だが。
「ここは三途の川の手前です。これから皆さんは船に乗り、前世での行いによって裁かれる事になりますが、安心してください。日本においては刑務所に入るような行為をしていなければ、間違っても地獄に行くことなどありえませんから……。加えて言うと、六文銭は必要ありません。お手元のチケットに付属しておりますので。
では、皆さん私についてきてください」
「……え? 俺が死んだ? マジかよ……」
彼は呆然と口に出したが、周囲の人々は何かを思い出したように頷き、スチュワーデスについて行ってしまう。 「ふざけんな! 俺は死んじゃあいない!」 などのお決まりの台詞が飛び出すのを待ち、それにあやかって抗議しようと思っていた彼からすれば完全に当てが外れた。
どうしたら良いのか分からずに立ち尽くし、集団から一人遅れたのを見て慌てて後を追う。自分だけ賽の河原で石を積み続ける羽目になってはたまらない。
それに集団心理というか、まだ納得はできない物の自分が死んだという事実をどうにかして受け入れようとしていた。本当に死んだのなら今更足掻いても仕方がないし、皆が静かにしているのに自分だけ喚くのはみっともないと思ったからだ。典型的日本人的な流され方である。
「では皆さん、ご順にお乗りください。乗船時間は約10分。その後は、現地スタッフの指示に従って下さるようお願いいたします」
彼を含めた集団はターミナルを進み、スチュワーデスさんの後に続いて細い通路を抜けた。まるで飛行機に乗るようだなと彼は思う。あまりに近代化していてあの世という気がせず、まるで修学旅行で先生に先導されているような気分になっていた。イマイチ飾り気が無くて殺風景なのが珠に瑕だけれども。
いつの間にか手に持っていたチケットを自動改札機らしい物に入れ、数百人は乗れそうな巨大ボートへと乗る。川の上に浮いているはずなのに全く揺れないのが凄く、乗り物酔いする性質な彼には嬉しい。
「昔話で見たのとは大違いだなあ……」
「全くだよ。てっきり、恐ろしい奪衣婆に服を剥ぎ取られるかと思った。そっちも急にだった?」
自分と同じくスーツを着ている青年に話しかけられ、彼は慌てて返事を返す。青年は自分と違って一部の隙もなくスーツを着こなしており、顔も合コンでは引っ張りだこじゃないかと思うほどイケメンだった。女だったらマジで恋する5秒前じゃないかと思う爽やかな笑顔である。ちょっと妬ましい。
「そうです。道を歩いていた所までは覚えているんですけど、その先がどうも……」
先ほどからどうやって死んだのかを思い出そうとしていた。所謂『突然死』と分かっていても、いきなり 「貴方は死んだのでこれから閻魔大王に会いに行きます」なんて状況になったら、どうしてこうなったのか知りたいと思うのは当然である。まだ完全に納得はしていなかったし、いざ会ったら文句の一つは言いたかった。
「おかしいな……。全員、あの案内役の天使に声をかけられた瞬間、自分が死んだ時の事を思い出して納得するようになっているらしいんだけど……」
「え、そうなんですか!?」
完全に初耳だった。思わず大声が出る。
いったい、どこでそんな暗示だか催眠だか分からない物を掛けられたのだろうか? そしてあのスチュワーデスが天使だったというのも驚きだ。チラリと天使(仮)さんの方を覗いてみると、相変わらず華のような営業スマイルを浮かべている。少なくとも、いきなり鬼になって衣服を剥ぐようには見えない。
後姿でも美人と分かるぐらい美人だし、天使というのも間違っていないのかもしれなかった。それなら背中に小さく羽でも生やしてくれれば、もっと分かりやすくて良いと思うのだけれども。
「はじめに居た場所に来る前、魂がこの世界への門を潜る時にそうなる仕組みらしいよ? 万全だって言っていたけど、やっぱりミスはあるのだね」
「はあ……。全知全能の神が居る割に、神話とか聞くとトンデモ行為ばっかりだったりしますしねえ」
誰だったかは忘れたが、娘だったか従妹だかを犯して子を産ませただのがゴロゴロしていた気がする。人間だってかなり身勝手な理由で作ったと聞いたことがあるし、全知全能がTOPにいるにしては異常にも程があるだろう。
それとも、ストレスで胃腸薬を手放せないような人種なのだろうか。なんか嫌なゼウスだ。
「皆様! 到着いたしましたので、こちらへどうぞ!」
そうこうやっている内に天使さんから号令がかかった。甲板上に散っていた人々は行儀よく船を降り、港の目の前にある巨大な建物へと案内される。
見上げてみると先端が霞んで見えないほど高く、建物としても視界を覆うほど大きい。その事に気付いたのは、体感で10分以上歩いていても見えているはずの入り口にたどり着かなかったからだ。
あまりに巨大すぎて遠近感が狂うというか、自分が指人形になったような錯覚を覚えた。
メインゲートは東京タワーを折りたたまずに搬入できるほどのサイズがあり、一向はその脇に存在するネズミ用とも思える大きさの入り口から入る。見上げていて首が痛くなり、あの世ではなく親指姫か一寸法師の世界に入り込んだかと思うほどだった。それかこれ自体が夢だったのだと思いたい。
「あ、中は普通なのか……。安心したような、ガッカリなような」
中は再びあのターミナルを思わせる作りになっており、道路と間違いそうな廊下には3台の大型バスが並んでいた。日本だったら絶対に土地が確保できないと思う程度には広く、壁には「魂善悪判断央センター日本支部入り口 ようこそいらっしゃいました」なんてポスターが張ってある。
その隣には「清く生きて楽しく天国に入ろう。犯罪はだめ、絶対。 極楽警察」とか「迷子になった場合は目を閉じて強く祈ってください。 迷子管理部」等と並んでいた。やはり神様と言えど完璧ではない事の証明として、1箇所だけ右下の描画が無い。非常に下らないかもしれないが凄い発見だ。
彼はしたり顔で、『神様とて万能ではない』と呟いてみる。
「ここからはチケットの番号によって行き先が違いますので、よくご確認ください。11N-1から3が向かって右側、4から6が中央、7から9が左側です」
胸ポケットに入れ居ていた例のチケットを取り出して眺めると、「11N-K22Y113-234ATB-567K98-N1123-O432」という非常に長ったらしい英数字が並んでいた。意味があるからこそ並んでいるのだろうけれども、もう少し短くできない物かと考える。文字も小さいし、老人が見たら読めないのではないだろうか。
だが人間の死者全てを管理している事を考えれば、これでもかなり少ない方なのかもしれない。少しだけ管理者である神様や天使の苦労を想像し、礼儀のなっていない人間に営業スマイルを浮かべたまま対応する天使達を思って涙した。もし大規模な戦争でも発生したら、終結するまでデスマーチの可能性もある。
「チケットを確認させていただきます……。はい、結構です。座席は奥側から詰めてご利用ください」
「あ、どうもです」
彼は中央のバスへと並ぶと、ガイドさんにチケットを確認してもらい乗り込む。
先ほどのイケメンさんと別れたのは少し不安だ。あっちは天国行きでこっちは地獄行きのバスだなんて言われたら絶叫物である。そりゃ顔だって劣っているしあの爽やかさには手も足も出ないキモヲタだけども、そんな基準で天国地獄を決められたら冗談ではない。見た目より中身だって言うではないか、結局は見た目に走るのが人間だけれども。
「到着いたしました。チケットは失くさず持っていくようにお願いいたします。お疲れ様でした」
そんな事を考えている間に着いたらしい。嫌に近かったなと思いながらバスを降りてみると、目の前には空港のチェックインカウンターを思わせる物がズラリと並んでいた。今回は10人ほどなので、一列になってゲートを通過するらしい。前の人に習って電車の改札のようにゲートの脇にある機械にチケットを通し、体が光に包まれるのを感じながら門を潜る。相変わらずハイテクな天国だ。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。お疲れかもしれませんが、ここが最後ですのでご了承ください」
一瞬だけ視界が真っ白になったと思うと、次の瞬間には飾り気の無いシンプルな小部屋に立っており、部屋の中央にあるテーブルセットでは眼鏡を掛けた事務員さんらしい人物が椅子に腰掛けている。彼は 「どうぞお掛けになって下さい」 と促されるままに椅子に座った。
「ここでは魂の善悪を判断します。一切の嘘は通用しませんので、あらかじめ心に留めておいてください」
一瞬だけ眼鏡美人な事務員天使に目を奪われた彼だったが、自分の人生が最終的に判断される場に着いたことを知ると背筋を伸ばした。
最初の説明を信じる限り、一般的な日本人として過ごしてきたので地獄行きは無いと思うけれども、それだって怖い物は怖い。今更ながら両親より早くこちらに来てしまった事に気付いて、どうしようもなく居た堪れなくなった。恩返しはまだまだこれからだったのに。
「では、西崎一さんですが……。善人とは言いがたいですね。初犯である15歳の時に万引きを4回、15歳の時には常習犯になって15回……。合計すると223回ですか。その他にも理不尽な暴力を振るった回数も日本人平均からすると極めて多く、善行も何度かは行っておりますが、相殺するには足りていません。人間の想像するような地獄ではないですが、D級更正プログラムに組み込まれる事になりますね。期間は貴方が生きていたのと同じ期間、26年です」
「え……? ちょ、なんですかそれ! 違いますよ!」
彼の弁明など今までに何千何万と見てきたのか、眼鏡の奥でスッと目を細めた。微笑が消えて面のように無慈悲な一面が覗く。
「いいえ、間違いはありえません。ここでの言動は記録されておりますので、認めなければ更に罪を重ねる事になりますよ? 自らの罪を受け入れなさい」
「いや、だから……」
彼は視線をさ迷わせ、困惑を露にしたまま言った。
「私は西崎一(にしざき はじめ)ではなく、西崎一(にしざき おさむ)ですよ? 年齢だって間違っていますし……」
西崎一の弁明も想定の範囲内であったようで、彼女は軽く眼鏡を押し上げると何処からか小さな鏡を取り出した。あくまで冷たく罪を受け入れない不利益を説き、それでも認めないと見ると、突き出すようにして彼を鏡に映す。
「この鏡の前で、ありとあらゆる嘘は許されません。それでも尚別人だと言い張るならば、罪が更に重くなりますよ?」
「そう言われましても、違う物は違うとしか言いようがありません……」
彼女は小さくため息を吐き、救えない餓鬼でも見るように彼を見つめた後、短く呪文のような物を呟く。何の変哲も無いような鏡が小さく光を纏い、鏡面が渦を巻き始めた。
「この鏡が赤く光った時、貴方の嘘は露見して罪が更に重なります。……これが最後ですが、認めますか? 貴方が西崎一であると」
「違いますってば……。はじめじゃなくて、おさむです」
呆れさえ交えて彼が言う。当然の事ながら鏡はうんともすんとも言わず、20秒ほど鏡と見詰め合った所で事務員天使さんが焦り始めた。
「へ? あ、あれ? も、もう一回お願いします! 貴方は”にしざきはじめ”ですよね?!」
「……違います」
相変わらず洗濯物を入れていない洗濯機のように回っているだけの鏡面を見つめ、彼はだいぶ投げやりに言った。
鏡の代わりに、天使さんが目まぐるしく表情と顔色を変えている。今の顔色は気絶寸前という感じに真っ青だ。
「ち、チーフ! 問題が発生しました! カテゴリーAです!」
机の上の書類をひっくり返し、あわあわと言いながらパニックになっている。その様子には先ほどまでの余裕など欠片も無い。涙目になった彼女の顔は先ほどよりだいぶ幼く見え、彼の好みストライクであった。せっかくなので今にも泣きそうな顔を観察しておく事にする。眼福だ。間違いならそのうち帰れるだろうし、せいぜい見納めておく。
「ちーふぅ! 緊急事態ですよおぉぉ! 助けてくださいぃぃ!」
事務員さんの涙声が響くと同時に、彼が巻き込まれた厄介ごとはピークに達したのであった。
「はあ……。生き返れないから、変わりに転生させると」
初めに感じた威圧感は完全に吹き飛び、シリアスからギャグの世界にぶっ飛んだ空間の中、彼は多分の疲れを感じながら呟いた。
今回のミスの原因は因果律の操作バグのようで、物凄く低い確率でポケットティッシュを受け取ってしまったためにトイレでティッシュを渡すイベントが発生し、それが電車に乗り遅れる事に繋がり、飲酒運転で自滅するはずだったハジメさんのクッションとして代わりに死んでしまったようだ。
人を殺して自分だけ生き残りやがって、恨めしい。
「は、はい。しかし、同じく日本人に転生させるとすると、最短でも1万2千年後まで予定が詰まっておりまして……」
すっかりギャグキャラが定着してしまった事務員さんは頭を下げ通しである。
チーフらしい羽の生えた巨乳さんは本格的に人違いだった事を知ると、焦りのあまり壁をぶち抜いてどこかに行ってしまった。チーフさんの突進を食らってコンクリートっぽい壁が砂のお城のように破られるのを見て、やはりここは既にギャグ領域の中だと痛感する。ついでに言えば壁の穴は完全に人型だった。羽の分まできっちりくりぬかれている事を除けば。
「転生って言うと、こう……前というか、今の知識とか持てるんでしょうか? というかそれが無いと、完全に死に損というか……」
「そ、それは……。えっと、あの、その……。こ、この世界では無理なんです。ごめんなさいぃ!」
水飲み鳥のように頭を下げまくる事務員さん。そしてそんなに動いているのに、彼女の胸は全く揺れない。ビバ貧乳。揺れない地震源。
「いや、まあ、今すぐ転生できるリストが……。カマキリとかイワシとかマンボウで埋まっているのを見た時から、何となく予想はしていましたけれど」
マンボウって成体になる確率3億分の1とかじゃなかったっけ? 記憶があったら逆に嫌がらせレベルだろそれ。
「で、でもですね! この世界が無理なだけで、異世界ならなんとでもなりますよ! 西崎さんってアニメ好きじゃないですか?!」
アニメと聞いてピクリと体が動いた。そんな趣味を持っていると知られると恥ずかしいが、向こうは全てを知っているらしいし今更だろう。
「アニメとな……詳しく」
「えっと、ですね。この世界はパラレルワールドが無数にある中で、最も重要性が高い世界なんですよ。母なる大地と言う位ですから、地球は環境が整いすぎていて、それ以外の種類が覇権を握る事が殆どだったんです。それだけでなく戦争によって自らの種を壊滅させる事も多くて、ここまで無事に発展してきたのは天文学的な確立でして。いわば全てのオリジナル、その他はオマケのような扱いですね。……だからこそ手を加える事が難しく、転生先が困るような事態になっているのですが」
今まで普通に過ごしていた世界がそこまで重要な物だと知って、彼は少なからず驚いた。思わず感嘆の呟きがもれる。
神様軍団も可能な限り地球を応援しているらしく、石油が枯れそうになる度に油差しを持ってきてこっそり補充したり、隕石が飛来するたびにバットで打ち返したりと頑張っているようだ。最近でも月ほどもある隕石が地球との直撃コースに乗ったらしく、急遽天界一のハスラーがキュー持参で出動し、強烈なショットで隕石を見事ブラックホールへと打ち込んだらしい。ご苦労様です。
何故そこまで地球が重要かといえば、かつて天国や地獄を作り出すほど繁栄した元地球とそっくりなのだという。それだけに今度の地球が滅びると神様軍団に供給されている信仰の力が激減し、ガス欠を起こして活動が猛烈に制限されるそうだ。言わば他の世界は殆どが引き立て役、地球を飾るデコレーション。
「つまり、今の地球に与える影響が少ない『誰かの作った二次創作としての世界』ほど無茶な転生をしやすいし、オリ主として無双できると」
「そうです。例えば西崎さんが作った黒歴史ノートの世界なら、そりゃもう真王神ルシフェルみたいに活躍できますよ?」
思い出してはいけない記憶をナチュラルに責められ、彼は思わず声を裏返した。
「おいぃ?! さくっと人のトラウマを抉らないで下さいよマジで……。高校に入ったあの日、文房具屋で手動のシュレッダー買ってきてまで封印したのに」
内容は典型的な厨二病が凝縮された物であり、自分を含め一部の人間には致命的な精神ダメージを与えられる。発見される前に紙吹雪状態にした後で古紙回収に出しておいてよかったと痛感していた。あれは人に見せてはいけない物だ。
「……転生先として個人的な希望はゼロの使い魔なんですが、もし地球への影響が大きい原作の世界に干渉するとなると、どの程度許されるんでしょうか」
「えっと、その場合は……。召喚のシーンに1匹の蚊として紛れ込み、ルイズとサイトが話し合っている最中、ルイズによって潰される、だそうです」
「それは酷い……」
もう少しマシだろうと思っていただけに、台詞の有無以前に開始数十行の命だとは予想外だった。あくまで参考程度とはいえ、前の自分の価値が蚊と同じ程度だと知って凹む。
しかしルイズになら潰されたいと思う変態という名の紳士も居るはずで、彼らからすれば理想の死に様ではないだろうか。
無論、それを選ぶつもりは毛頭ないけれども。
「では、自分の理想は……」