満月の夜から一夜明け、ツヴァイトスの町に人が溢れだす。 そんな中、少し奥まった裏路地で陰鬱な空気を醸し出す者が1名いた。 その人影は揃って青みがかった銀色の頭髪で、金色の眼を持っていた事から、人狼である事が窺える。 「はぁ……」 盛大に溜息を吐いている人狼の女性はシアン・ウィドルフと言う。 普段の彼女は強者と見るなり喧嘩を吹っ掛ける暴れん坊だが、今はそれどころでは無い。 それと言うのも、昨夜別世界へ旅行した時に、事故とは言え人を人狼に変えてしまった事に起因している。 シアンはそのせいでかなり落ち込んでいるのだった。 なお、シアンによって人狼になった少女、風間飛鳥は、現在元居た世界の先輩によって町の案内を受けている。 「全く、アタシとした事が飛んだ大間抜けだ……」 シアンはそう言いながら自嘲した。 それを聞く者は無く、自分の発する一言によってシアンはどんどん自分を傷付けていく。 そんな時の事であった。 突如、ジェットエンジンの音が辺りに響き渡った。 そして、シアンの後ろに誰かが着地するような音が聞こえた後、 「シアンちゃん、こんなところで何してるんだい?」 「うきゃあああああ!?」 シアンが振り向くよりも速くその人影こと遠賀彰義はシアンの尻を撫でまわしに掛るのだった。 その速度は神速と言えるほど無駄に速かった。 「な、何しやがるんだ、てめえええええ!!!」 「はべし!!!」 遠賀はシアンの鉄拳を顔面に喰らい、壁に叩きつけられめり込む。 しかし、強烈な一撃を喰らったにも関わらず、遠賀は不敵な笑みを浮かべて歩み寄った。 「おいおいおい、どうしたって言うんだ?」 「うるせえ、死ねぇ!!」 「オウフ!!!」 仕留め切れなかったとみるや、シアンはボディーブローを遠賀に叩き込む。 遠賀は再び壁に激突するが、まだ笑みを消さない。 「……へへっ、どうだ? 少しは気が晴れたか?」 突如遠賀が発した一言に、シアンの動きが止まった。 「……何を言ってやがる。」 「いや、だってこんな辺鄙なところで思いっきり辛気くせぇオーラを纏ってりゃ誰だって落ち込んでるてのは分かるって。だから、俺なりにこうしてあつぅいスキンシップでリフレッシュさせてやろうと……」 「気色悪いんだよ!!」 「へぼるぶっ!?」 シアンは遠賀の顔面にハイキックを喰らわせる。 しかし、遠賀は崩れ落ちることも無く持ち直した。 「ま、まあ、とにかく。俺は俺なりにアンタの事が心配だった訳ですよ。第一、雑念だらけの一撃で今のだって全然痛くねえしな。」 「ぐっ……」 遠賀に自らの拳に宿った心境を悟られ、シアンは動揺する。 それを見た遠賀は、いつも浮かべているヘラヘラした表情を軽く引き締めた。 「で、何があったか話してみろよ。俺は話を聞くだけだが、抱え込むよりは楽だろ?」 遠賀の声にふざけたところなど一切無かった。 しかし、それでも今までの事もあって、シアンは首を横に振った。 「だ、誰がお前なんかに……」 「……ま、無理に話せとは言わんよ。ただ、その様子じゃ一生粟生ちゃんに一撃を加えるのは無理だな。」 遠賀は元のふざけた口調でそう言い放った。 その言葉に、シアンがにわかに殺気だった。 遠賀は睨みつけるようなシアンの視線を真っ正面から受ける。 「……アンタ、さっきから何なんだ!? アタシが弱いとでも言いたいのか!?」 「まあ、そうだな。ぶっちゃけ今のシアンちゃんの攻撃なら全部避けられる自身はあるね。」 叩きつけるようなシアンの言葉に、遠賀は飄々とした態度で返す。 その顔には、してやったりと言うような表情が浮かんでいた。 その一言が起爆剤となった。 「この……ぶっ殺す!!」 シアンは弾丸のような速度で遠賀に襲いかかる。 遠賀はそれを黙って見ている。 そしてシアンの一撃が当たると思われたその瞬間、シアンの視界から遠賀は消え失せた。 「何……?」 「何処見てんだよ。俺はこっちだぜ?」 シアンはその声で初めて自分が背後を取られたことに気がついたのだった。 咄嗟に前に跳び、遠賀と距離を取る。 知らず、頬を汗の一滴が滴り落ちる。 シアンは遠賀を過小評価しているつもりは全く無かった。 だが、遠賀はそれ以上の実力を隠していたのだ。 頬を伝う冷や汗は、それを見事に隠し通していた遠賀に対する動揺の表れだった。 「そうだ、一つ賭けをしようぜ? 10分間俺がシアンちゃんの攻撃を避け続けられたら俺の勝ち。そんときは落ち込んでる訳を聞かせてもらうぜ。で、俺が負けたら……そうだな、そっちは後でシアンちゃんが決めて良いや。」 遠賀は飄々とした表情のままシアンを見つめながらそんな事を言う。 特に構える訳でもなく、腕はズボンのポケットに突っ込まれている。 「ちゃ、ちゃん付けしやがって……じょ、上等じゃねえか……その言葉、後悔させてやろうじゃねえか!!」 それに対しシアンは己を奮起させ、嵐のような攻撃で答える。 息もつかせぬ連続攻撃を顔面、鳩尾、両腿に繰り出す。 「よっ、ほっ、はっと。」 「このおおおおおお!!!!」 その悉くを遠賀は脚捌きで避け、時には手で捌き、最小限の動きで躱す。 シアンの攻撃がどんなに苛烈になろうとも、遠賀の体勢は崩れていない。 シアンが顔面に一撃を加えようとした時、 「そおりゃっ!!」 「おわっ!?」 遠賀はその攻撃を体を捌いて躱し、相手の攻撃の勢いをそのままに一本背負いを掛け、遠くに投げた。 シアンは空中で体勢を整え、着地する。 そして腕時計を眺めている遠賀を睨みつけた。 しかし全力で攻撃をし続けていたせいか、息はすでに上がっていた。 「残り5分だぜ。まだ時間は半分残ってんぞ?」 「はぁ……はぁ……」 遠賀は肩で息をするシアンにそう言って挑発する。 ところが、シアンはその場に座り込んだ。 「……もう良い、アタシの負けだ。自分の実力は良く分かってるつもりだ……アンタがそれ以上だってのは良く分かった……」 シアンはよほど悔しいのか、俯いたまま顔を上げずにそう言った。 遠賀は軽く溜息を吐いてシアンに歩み寄った。 「やれやれ……んじゃ、約束は約束だ。落ち込んでる訳、聞かせてもらうぜ?」 「……ああ……約束は守る。実はな……」 シアンは別世界への旅行の際に人間を1人人狼にしてしまった件を話し始めた。 遠賀はそれを真剣な表情で聞いている。 「それで、家の屋根から飛び降りたらアスカ……人間がいてそいつが車に轢かれてだな……」 「……ナヌ?」 シアンの説明をそこまで聞いたところで遠賀の表情が凍りついた。 遠賀は恐る恐ると言った表情でシアンに問いかける。 「あ……あの……飛鳥ちゃんって言うのかにゃ~? シアンちゃんが人狼にしちゃったの?」 「ちゃん付けすんじゃねえよ。……まあ、そうだけど?」 その回答に、遠賀が眼に見えて困り始めた。 シアンはその様子を妙なものを見る眼で見ている。 「ひ、ひょっとして、風間飛鳥ってお名前だったりするのかにゃ~?」 「は? ……ああ、そうだ。それがどうしたって言うんだよ?」 シアンは質問の意味を理解できず、怪訝な顔で遠賀を見返した。 一方、シアンの返答を聞いた遠賀はと言えば、滝のような涙を流して天を仰いでいた。 「おお、神よ……粟生ちゃんをこれ以上いじめないであげて下さい……」 「……な、何してんだよ。」 突如神に祈り始めた遠賀に本気で混乱し始めるシアン。 遠賀はハッと我に返ると、シアンに向き直った。 「ん? ……ああ、結論から言うとだな、飛鳥ちゃんに関してはな~んも謝る心配は無いって。はは、ははははは……」 「はあ? 何言ってんだよ、言いたい事があるならはっきり言いやがれ。言わなきゃ殴る。」 要領を得ない遠賀の言葉に胡散臭そうな視線を向けるシアン。 遠賀は深々と溜息を吐きながら語り始めた。 「ふぅ……あのね、シアンちゃん。飛鳥ちゃんって粟生ちゃんに対する執着が凄くてよ。……まあ、一言で言えばヤンデレなんだよ。この人殺して私も死ぬ、いや、違うな。どっちかって言ったら監禁派か。まあ、そんな感じで。だから、粟生ちゃんが居なくなったあの世界からこっちに来たのは飛鳥ちゃんにとっちゃむしろ正解なんかね~?」 「ちゃん付けすんじゃねえって言ってんだろ!! ……で、アタシはどうすりゃ良いんだ?」 「……はっきり言って何もできねえ。てか、女の子だったら自身と粟生ちゃんの平和のために何もしちゃいけない。手を出したら最後……」 そう話す遠賀の眼は遠かった。 どうやらとっても思い出したくない事があるらしい。 「そ、そうか……た、大変なんだな……」 「ま、まあ、もうこれについてはどうしようもないさ。粟生ちゃんの言うところの過ぎた事はどうしようもないって奴。」 「そ、そうだな……」 遠賀の話し方から事態が予想と違う深刻さを持ち始めた事を悟るシアンだった。 遠賀はそんなシアンに向き直った。 「さて、気分はどうだ?」 「はあ?」 「いや、だからさ。俺に喋って楽になったかい?」 「あ……」 そう言われて、シアンは自分の中からさっきまであった暗い気持が軽くなっていた事に気がついた。 シアンは薄く笑うと、大きく溜息を吐いた。 「やれやれ、まさかアンタに助けられるたぁね……ま、一応礼は言っとくよ。もう二度と言う事はねえだろうがな。」 シアンはぶっきらぼうにそう言うと、遠賀に背を向けて立ち去ろうとする。 ところが、遠賀は正面に回り込んでシアンの行く手を阻んだ。 「何だよ。」 「まだ、俺の話は終わってねえぞ~? えりゃ。」 「きゃあうん!?」 突如、遠賀はシアンの胸を鷲掴みにした。 その行動はやはり眼に見えないほど無駄に速かった。 「ん~、程よい弾力……」 「て、てめえ!! いきなり何しやがるっ!?」 「ほいっと、シアンちゃんさ、ふっ、さっきの勝負でさ、おっと、あっさり降参しちゃったでしょ? うわった、ちょ~っと往生際が良過ぎるかな~って、よっ。ほら、例えば今降参するとさ、うぃっす、お触りし放題に。」 「にゃあああ!?」 シアンのラッシュを避けながら、遠賀は尻を撫でつつそう言う。 シアンは風を纏う事でぶっ飛ばし、遠賀を睨みつけた。 「ああチクショウ!! てめえ、名を名乗れ!! ヒサトより先にぶっ潰してやる!!」 「あ、そりゃ名案だな。粟生ちゃん、本気で戦ったら俺よか強いし。大体俺に一撃も入れられないんじゃ粟生ちゃんには一生勝てないしね。俺は遠賀彰義。宜しくね、シアンちゃん♪」 「うがあああああ!!! ちゃん付けすんな、アキヨシィィィィィィ!!!!!」 「うわったあ!?」 荒れ狂う竜巻のような攻撃を遠賀はギリギリで躱す。 そして、遠賀は背後を取ると、 「ぺロリ。」 「きゅうううん!?」 首筋を舌で舐めた。 シアン、涙目で遠賀を睨む。 「へっへ~ん、ここまでおいで~♪」 「こ、殺す!!! 逃がすかああああ!!!」 「甘い甘い。」 「ぴあああ!? こ、このおおおおお!!!!」 遠賀はシアンをおちょくりながら逃げ、時折シアンの胸や尻を触る。 シアンは完璧に我を忘れ、周囲のありとあらゆるものを破壊しながら遠賀を追いかける。 「HEYHEY,FREEZE!! 止まりなベイヴィ「邪魔だあああああ!!!!」Nooooooooooo!!!!」 「あ、あの2人を止めろ!!」 「衛生兵、至急3番街の花屋に向かえ!! 負傷者がいる!!」 「チクショウ、俺の店が……」 「きゃあああああ!?」 「狙撃班に連絡しろ!! 奴らを何としても止めるのだ!!」 「RPG!!!」 街中に響く阿鼻叫喚の声が静まったのは、遠賀が戦闘機状態で逃走し始めた5時間後の事だったという。 余談ではあるが、被害総額は領主が頭を痛めるには十分な額であった事をここに記す。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 後書 時間がある程度空いたのでちょっとした短文を書いてみました。 前回の話で遠賀がシアンに追いかけられていたのはこういう理由があったからなのでした。 うん、この男、書いてて楽しい。 今回は短いですが、上手く書けてるでしょうか? ご感想、ご意見お待ちしております。 3/22 初稿