+ どストレートに苦難って何さと尋ねた。 人間、正直が一番だよね。 そしたら帰って来た答えがふるってた。「知らないわ。それを探る事もまた苦難なのよ」 スンっとお澄まししているけど、その口ぶりから見るに、多分、知らないんだろうなと分る。 判る。 しかし苦難、苦難か。 苦難と言うよりも試練なのだろう。 問題は、わざわざに苦難(● ●)と表現している事だろう。 神は人を試す。 試さなくても良いのに試したがるし、試練を与えたがりもする。 おぉ、神様(ファッキン・ジーザス)仏様(シット・ブッダ)! 覚えてろ。 救いは、神族ってのは基本、人間に成長して貰いたいからこそ艱難辛苦(トゥールエンド・ルート)を与えるって事だ。 大多数は。 稀に、ガチな、それこそ<黒>の侵攻に備えろとか、警鐘的な意味で与える神託もあるらしいが、流石に<白>の3領域の接合点でもあるここら辺は安全地帯なので、その稀な例にははいらないだろう。 多分。 きっと。 であれば、試練だ。 面倒くさい。 <北ノ聖地>まで行くだけでもお腹いっぱいだってのに、更に別腹とか勘弁してほしいよ、本当に。 と、盛大に腹の虫っぽいのが響いた。 音源はフェルさんだ。 ポリポリと腹を書いている。「難しい話は判らねえが、腹が減らねぇか?」「フェ~ル~~」 イゾッタ嬢が真っ赤にしてプンプンと怒ってる。 チョイと前までの神秘的な雰囲気が台無しだ。 台無しだ。 年相応な感じで、チャーミングな感じになったがな。 彼方さんの従者さんと目があった。 ほほえまし気に笑ってた。「そんな怒るなよ」「怒るわよ! 人前で!!」「だって今日は干し芋しか喰って無いんだぞ? あれだけ動けば腹が減るって」 デカい躰だ。 燃費が悪いのかしらん。 というか、今、お天道様は中天を過ぎた辺りなんで昼飯を喰い損ねてたのかな。 そら、うち等の被害者だな。 飯でも喰ってればエメアさんも帰って来るだろうしね。「ビクターさん」 エミリオが笑ってる。 多分、俺も笑ってる。「おお、飯にするか」 詳しい話は喰いながらでも、しようか。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント3-04平穏が続くと言ったな、ありゃぁ嘘だ。 大食漢っぽいので、手早さと量重視で昼ご飯を作る。 炉を組み立てて火を起し、調理。 侍女さん達にも協力してもらってるけど、クローエさんはかなり手際が良い。 レナータさんはかなり協力的だ。 味見と言いながらつまみ食いをしては、フェルとアレコレとやってる。「俺にも喰わせてくれよ」「仕上がりまで待つべき。食いしん坊さん」「じゃぁ何で喰ってんだよ!?」「味見」「俺にも味見させろよ」「ダメ。調理人の特権、侵すべからず」 表情が少ないっぽいレナータさんだが、かなりお茶目っぽい。 ネコ科系の人なのかしらん。「おぃぃぃぃ」 悲鳴よりも盛大に腹の虫を鳴かせたフェル。 聞けば、昼は抜くか携帯食で済ますのが常だったという。「腹減った腹減った」 念仏の様に唱えながら炉の前から動かないフェル。 手伝ったりする訳じゃ無い。 何というか、犬がマテをしている風にしか見えない。 しろがねすら、少し離れた所で我慢しているというのに。「出来上がりだ。後は準備するだけだから待ってろ」「おぉ、堪らないな、この匂い!!」「判った判った、もう少しだけ待ってくれよ」 筋骨隆々の偉丈夫なフェルだが、こういう仕草や言動は実に子供っぽい。 とも角、文字道理の餓鬼さんが暴れない内に、飯を配るとしよう。 今日の昼飯はパンとシチューだ。 後、炙り肉。 急な人数増で早い支度という事で、水増しして量を作り易い料理になるのは残念ながらも当然な訳で。「簡素なのは勘弁してくれよ?」「こら御馳走だ。俺には御馳走に見えるよ!」「今まで何を喰ってきたんだ」「ヒデェんだぜ? 移動重視だってんで、昼飯は干し芋とか乾燥豆とか堅焼きパンとかそんなんばっかだったんだ」 目は手元に来た皿を見ながら、口からは呪詛を言い募る。 表情は、喜びなら恨んでる。 何というか、器用だ。 その様を、クローエさんが鼻で笑う。「イゾッタ様に詞が降りて来たのです、急ぎは仕方が無いですわ」「せめて旅の準備位はしようぜ」 詞が降りて来たその日にホータムを旅立ったのだと言う。 凄いアグレッシブお嬢さんである。 それに女性だてら即、付き従えるクローエさんとレナータさん、凄いと思う。 女性の旅準備って、結構、大変の筈よ。「五月蠅ですわ。多少の苦難が何だと言うのですか、男のくせに嘆かわしい。おかげでミリエレナ様のご一行に合流出来たんのですから喜ぶべきというものですわ」「何て傲慢だよ!?」「傲慢ではありません。イゾッタ様に仕える者の覚悟です。貴方には紫護師の覚悟が足りませんわ」「いや、ちょっと待てよ」「何ですか、甲斐性無し様」「おい、待てよ、待てって………」 有無。 フェル、勝てないな。 そういう時は黙って飯を喰ってた方が良いぞ。 戦略的な撤退って奴だ。 と言うか、仲良いな君たち。「………」 黙ってと言えば、ミリエレナが黙ってシチュー皿を見ている。 俯いて、匙をくるくると回している。 レナータさんが無表情ながらも丁寧な匙捌きで美味しそうに食べているのとは対照的だ。 試練ってのの事を思っているのか。 ま、ブレルニルダ神の命令で<北ノ聖地>まで行くってのも大概だけど、前のルッェル公国を護ったのだって大概、英雄譚(サーガ)級の試練だ。 小っちゃくても国を救ったんだから。 なのに、態々に介添え人を用意しようってんだ。 次は何が来るのやら。「ん?」 と、見ればミリエレナ、時々、かすかに横を見る。 エミリオだ。 エミリオがイゾッタ嬢と盛り上がっている。 当然、神話とか神殿の事とか、色々と盛り上がっている。 盛り上がっている。「青春だな」 もう、そういう事にしておこう。「青春であるか?」 エメアさんだ。「お帰、り?」 飯を用意しようかと振り返ればエメアさん。 その手の中に、白いもこもこっとした奴が1匹。 何だろう、やわらかい毛で膨れた鶏っぽいと言うか。 夕食向けに狩って来たのかしらん?「ピィ!!」 おう、吠えた。 〆て無かったのかと言うか、嘴じゃなくて口と言うか歯があった。 ………ん?「そう言えば、アンクーはどうしたんですか?」「で、ある」 抱えてた白いもこもこを見せられる。「アンクー?」「ピァッ」「ウソォ!?」 マジデした。 何でも、内側に溜め込んでいた魔力を放出する事で体を小さくしたんだそうな。 凄い不思議生物だな、竜族って奴は。 後、驚いたのがエメアさんとイゾッタ嬢が知り合いだった事。 何ても10年来の友人だそうな。「良くしてもらっておる」「ええ。親しくさせて貰っているわ」 ん、10年来。 1(●)0年来?「何かしら?」「イーエ、ナンデモゴザイマセン」 女性を魅力的に魅せるミステリアスな過去と年齢の話は向こうに蹴っ飛ばしておいて、イゾッタ嬢へアンクーの事で気に成る事が話に上がった。 元々、この<第4聖地>に近い辺りでは竜族を見る事が多かったと言うのだ。 伝承と言うかおまじない的な意味で、竜族を見たら幸運が訪れる的な話があるのだとも。 であれば、先のアンクーを見た時の騒動が解せぬという話になる。 が、意外な奴が理由を知っていた。 フェルだ。 食い物以外には興味を示さなそうな偉丈夫が、この交易路で最近の噂話を拾っていた。「何でも、化け物が出ているって話だ」 化け物?「良く調べてたわね、感心感心」「俺は紫護師、お前の護衛だぞ? それ位は仕事をするさ」 直衛の騎士ってな所だろうか。 貴人だろう<七媛>って立場なので、必須だ。 と言うか居ないと困るし、このフェルなら並みの奴の倍ぐらいは強そうだから大丈夫なのだろう。 にしても、神殿でトップかそこに近い場所にある人間のお供が3人と言うのは至極少ないって思えるけども。 10人力なのかしらん。「しかし化け物って言われても、ここら辺まで<黒>が来る事ってあるのか? いや、あったのか?」 トールデェ王国ですら、西方領で<黒>が出没したって例は聞かないんだが。 エミリオを見る。 首を横に振った。「<黒>は出ないが魔獣(モンスター)の類は出るぞ」「魔獣?」「おぉ。ソッチ(トールデェ王国)では出ないか? 溜まった魔力の汚染で狂暴化した獣だ」 何でも、魔力によって身体も変異してしまい、角が生えたり翼が生えたりするらしい。 アンクーの縮小と言い、魔力ってファンタジーだな、おい。「だから魔獣(● ●)か」「そう言うこった。だが馬より大きな奴は先ず生まれ無い。確か。なぁ?」 フェルの視線の先にはイゾッタ嬢。 軽く頷く。「大きな体を変異させるには、相応の魔力が必要よ。だけど野生生物がそんなに一所にとどまっているかしら」「って事だ」 納得出来る話だ。「付け加えますと、鳥の類も一緒になります」 クローエさんが付け加えた。 そうよね。 連中は広い範囲を常に動くから、そら魔力を食う? 汚染される? な事は少ないだろうね。 だから、か。「化け物、か」「おぉ。デカくて空を飛ぶって話だ」「竜族の姿が余り知られてないから、その化け物とアンクーが誤認されたって訳か」「であるな。東へ向かうが時、アンクー見られど騒動は起こらなんだ故」「では、エメアさんが廃都(エンフェルド)に行くまでは、その化け物は出て居なかった、という事ですね」「然り」 エメアさんがエンフェルドに入った頃合が判らない(長命種は呑気で、日計算なんてしやしない)から何とも言えないが、割と<黒>が天槍山脈を越えた頃とそう時間はずれて無い。 きな臭くなってきたなぁ、おい。 謎の化け物は兎も角。 一緒に<第4聖地>までのイゾッタ嬢の一行と一緒に行く事になった。 当然だな。 尚、彼女たちって馬車は用意出来て無かったので徒歩だった。 都合、8人となったので、馬車に乗り切れない。 紳士(じぇんとるめん)な俺たち男は歩く事になりました。 仕方が無い。 馬車の手綱は、多彩で気の効く万能従者なクローエさんに預けている。 しろがねの背中でエメアさんが寝っ転がってる。 小柄な体をしているとはいえ、凄いバランス感覚だ。 普通は出来ない。 出来てもしない。 ネコ科か? このハイ・エルフって。「すいません、この様な形になってしまい」 恐縮して頭を下げて来るクローエさん。 気遣いの出来る、出来た女性だ。 美人な上に気遣いが出来るとか、実に素晴らしい。 フェル相手に毒を吐いているのはアレだよね。 気安さと、後、多分、フェルの雰囲気からして以前から地雷を踏みまくってたんだろうね。 きっと。「その殊勝さ、俺にも欲しいもんだ」「貴方に差し上げるものは一切、ありません!」 ほらね。 エミリオと笑い合う。「凄い事になってきましたね、ビクターさん!」「と言うと?」「神託を受けたミリエレナさんに、第1神話期から生きるハイ・エルフのエメア様、そして<七媛>のイゾッタ様。まるで神話の中に居るみたいです」 あーそうね。 俺の魂的には、現在進行形で神話(ファンタジー)だよ。 死後世界かしらん。「そう言えばエミリオ」「はい?」「その、<七媛>って何なんだ?」 旅路の暇つぶしを兼ねて聞いてみた。「あ、はい―― 」 嬉々として、エミリオが教えてくれた。 (レインボー・セブン)とは神族の1柱、従神であるフェルマーンに仕える上級神官の名誉称号なのだと言う。 その名前の通り7人が居て、それぞれ7つの色の名前を帯びるのだそうだ。 尚、7色7位それぞれに優劣は無いとの事。 で、そのお仕事が、フェルマーンに仕えるのと同時に、<第4聖地>に封じられた竜機神(ドラグexマキナ)の調律であるとの事。「調律って、何をするんだ?」「ビクターさんって、各<聖地>と竜機神の関係って知ってました?」「済まんが、知らん」 日常で出る話題じゃないしな、<聖地>とか竜機神とか。 竜機神って確か、対上級巨神用の人型決戦兵器チックなロボットだったって事しか知らんぞ。 ソレだけを何で知ってるかと言えば、有り体に言えばロマンだ。 巨大ロボットって、それだけで人を惹きつけるよね!!「じゃあ掻い摘んで」 ホントに嬉々としているエミリオ。 俺のロボット愛と同じようなレベルで、神話ラブなんだろうな。 人の趣味はそれぞれだ。 とも角。 エミリオによれば<黒>というか、大地の開発する力を持った巨神族と対峙した事が原因なのだと言う。 具体的には、神話級と言うかまんま神話な第3神話期の大戦争、神族、竜族、諸人族の大合同な<白>の陣営と、巨神族を筆頭にした<黒>の陣営の大戦争が原因なのだと。 地を裂き海を干す様な大戦争の結果、<白>は神 ―― 始まりの存在に叛旗を翻した怨敵巨神族を滅ぼし、今の<白>領域から<黒>を追い払う事には成功した。 したのだが、その大戦争によって、世界は人族を含めた<白>にとって優しくない存在へと変貌したのだという。 神の僕として世界を創ってた連中に喧嘩を売ったんだから、まぁそうなる。 残念ながらも当然か。 で、そんな荒れ果てた大地を安定化させるのに使われたのが竜機神であり、11の<聖地>であると言う。 大地を管理した竜族の力を宿して生み出した竜機神は、それぞれの<聖地>地下深くにあって大地を調律しているのだという。 壮大な話になってきた。 で、話が戻って<七媛>になるのだが、本来は自律した竜機神が大地を調律しているのだが、この<第4聖地>の場合、少しだけ他と状況が違う。 砂ノ中原だ。 天槍山脈を生み出すために大地の魔力をごっそり使った為に大地の魔力バランスが崩壊してしまい、その余波で<第4聖地>の竜機神は自律モードで大地を調律する事が出来なくなったのだと言う。 人間って、どこの世界でも大地の蹂躙者だよなぁ。 我が儘だから仕方ないね! 自律出来ないのであれば、誰かが調律を行わなければならない ―― それがフェルマーンに選ばれた7人の乙女、<七媛>なのだと言う。「凄いな」「はい、凄いんです」 キラキラとした眼で言うエミリオ。「そーでもないぞー」 死んだ魚の目で言うフェル。「あいつ、凄い我侭だからな。夢見ているとヒデェ目にあうぞ」「フェル!」「おまけに耳が凄い」 舌を出し、そして笑うフェル。 ああ、笑うしかない。 但し、陽性の。 良いもんだ、こういう旅路ってのも。 日が傾く。 暮れる前に街道沿いの宿場町に入る。 簡素ではあるが堀と塀とがある小さめな宿場町だ。 とは言え平和という風ではない。 塀の上に人が立って警戒し、門にも武装した人たちが居る。 共に、鎧の上に白い上着、袖の無い陣羽織っぽいモノを羽織っている辺り、<第4聖地>ノルヴィリスから派遣されてきた兵隊っぽい。「化け物対策かな」「ああ。3日くらい前の宿場町からやってたぜ。ご苦労なこった」「ん、って事はその前は無かったのか?」「ああ。ホータムを出て1週間は平和なモンだった」「おいおい………」 って事は、化け物の話はノルヴィリスに近づいたら増えたか、それとも発生したかって事だよな。 最初に聞いた苦難ってのと合わせると、ワクワクしてくるってなものだ。 ホントに。 心から。 宿場町とは、文字通り宿屋の集まりみたいな町だ。 後、食料や水の補給場所でもある。 こういう場所が20㎞くらいおきに整備されているのは実に有難い。 後、馬や旅路の道具なんかも扱っている。 旅する上で実にありがたい。 当然、有料だけどね。 或は基本的に。 例外は高位の神官やらによる巡礼だ。 此方は、信心深い人達が浄財と言うか喜捨ちっくに支援してくれるのだという。 要するに何が言いたいかといえば、イゾッタ嬢の御一行はほぼほぼ無一文でここまで旅をしてきたという驚愕の事実に、いや本当に驚いた訳だ。 どんだけアクティブなのよ、イゾッタ嬢って。 嫌な顔一つせずに付いて来ていた侍従な2人とか、凄いモンだ。「とは言え、温かい飯も食えないわな」 ああ。 欲望に素直な護衛だけは反応が違うが。「だろぉ。酒も肉も丸っきり無かったんだぜ、ヒデェ話もあったもんだ」 耐えられないよと吠えるフェル。 右手には羊の骨付き肉。 左手には麦酒の入った陶器のジョッキ。 幸せそうな顔をしている。 フェルにとって待望の食事だった。「大変だったな」「全くだ。理想と熱意と希望? で腹が膨れるかってんだ」 この金の出どころは、俺の懐。 正確に言えば、俺が管理している旅の仲間(パーティ)の共有予算だ。 予算的に余裕だし、ルッェル公国で結構な報奨金も貰ったし、後、<第4聖地>のフェルマーンの正神殿で借りた金は返すとも言われている。 金の貸し借り、管理って大事だよね。 とも角、人並みに金の自由を得られてフェルは飯を喰い、そしてイゾッタ嬢らは風呂 ―― 沐浴に行った。 女性だよね。 実に女性らしい。 身だしなみって大事だよね。 ミリエレナもエメアさんも一緒に行った。 都合5人の美女と美少女の集団だ。 華やかで良いね。「でも凄いと思います」 エミリオが葡萄酒のカップを手にほうっとため息を漏らすエミリオ。 コイツにとって、仕える神の意思に従って一心不乱に行動するイゾッタ嬢の姿って、眩しいんだろうな。 只、あても無しにアルコールを入れると大変なので、そっとチーズとナッツの皿を押し付ける。 炙ったサラミは俺のだ。 酔わない為に水で薄めたワインをチビチビと飲む。「酒は嫌いなのか?」「大好きさ」 好きだけど、俺が思う程には愛されてないので適度な距離感が必要なんだと思う。 多分。 そんな事をツラツラと説明してみる。 ああ。 俺も少し酔ってるのかもしれんね。「何か、難しい事を考えているんだな」「普通普通」「普通か?」「取りあえず。感謝しておけば良いと思う」「ん?」 レナータさんだ。 もう上がって来たらしい。 適当に拭いたっぽい髪から水が滴っている。 この街で買い求めた簡素な貫頭衣を纏っている。 色っぽいけど、どっかガサツな雰囲気がある。 それがレナータさんって事だろう。「空腹を感じるのは私も一緒。酒精の不足も感じる」「おいおい、イゾッタを放って来たのか」「大丈夫。エメア様とミリエレナ様が居る。いざっという時はフェルが召喚(コール)される」「呼ばれねぇ事を祈るぜ、板(ストーン)を見るのは趣味じゃねぇからな」 右手を上下に振って見せるフェル。 思わず吹き出しそうになる。 そうね、ミリエレナもエメアさんもイゾッタ嬢も、ま、凹凸は控えめだわな。 とは言え我慢我慢。 意味を理解しなかったっぽいエミリオ、君はそのままで綺麗に生きてくれ。 音 音(●)がした。 何かの音が。 直感、心の何かに触る音が。「!?」 視線を走らせる。 酒場の喧噪に変化は無い。 だが、空気が違う。 違和感。 エミリオ、フェル、レターナさんも顔色を変えている。 俺の気のせいじゃなさそうだ。「レターナ!」「ん」 阿吽の呼吸でフェルとレターナさんが動き出す。 俺はエミリオに頷く。 剣を掴んで店から飛び出す。「えっ、お、お客さん!?」 出がけに女給(ウェイター)さんへ、飯代としてgr銀貨が必要十分っぽく入っている小銭袋を投げる。「多いよ!?」「釣りは後で寄越せ」 宿から出れば、外にはまだ行き交う人が多かった。 そこに異変は無い。 異常は無い。 だが、空気は違う。 周囲を見る。 空を見る。 居た。「おい、空に!?」 誰かが声を上げた。 空。 茜色に染まりつつある空に、黒い点が見えた。 そのまま一気に降りて来る。 矢の如き勢いだ。 墜落するか!?「エミリオっ!」「えっ!?」 肩を掴んで、建物の影に潜り込む。 木造建築なんで防御力なんって期待できないが、しないよりマシだ。 駆け込んだのと同じタイミングで轟音 ―― ではなかった。 木の砕かれる懐音、そしてトンでも無い砂埃が舞った。「ピッシャーッ!!!」 甲高い叫び、悲鳴、怒号。 敵か。 噂の化け物か。 大通りが混乱のるつぼになっていた。 逃げる人人人。 転倒したり突き飛ばされたり、突き飛ばしたり。 男女を問わず、酷いモンだ。「エミリオ、お前はミリエレナと合流しろ、俺は見て来る、馬車の所で合流しよう」「ビクターさん!?」「危険の種類を理解しておかないと、対処しきれないからな」 逃げるにせよ戦うにせよ、全ては情報を得てからってね。 エミリオのケツを叩いて走り出す。 大通りは人が多い。 流れに逆流するのは無理だ。 だから跳ぶ。 壁を蹴って、蹴って、屋根へと駈け登る。 忍法(ニンジャ=アート)壁走りなんてね。 壁が板張りなんで、靴底のスパイクが噛みこんでくれるお蔭だ。 と、見えた。「おっ、おいおい」 化け物化け物と言われていたが、ガチのバケモノだ。 鳥、と言うか鷲っぽいが、脚とか鳥と違う。 馬鹿みたいに筋肉質っぽい、ガッチリな感じで重量感がある。 胸も羽も首もデカい。 よくもまぁ、あんな体格で空を飛べると嘆息したくなる。 後、羽根から爪が生えている。 魔獣、魔力で変異した化け物ってのが良く分る。「ピシャァァァァァァ!!!!」 吠えてる。 アレ、マジでどうしよう。