+ ルッェル公国を出て北へ向かう。 最初の目的と言うか理由はミリエレナの希望からの物見遊山な古戦場巡りだったが、今は違う。 偵察、あるいは調査だ。 ルッェル公国を襲った<黒>の連中が来た道を辿って、<黒>の領域と接する ―― 接していた北の天槍山脈の状況を確認するのだ。 天槍山脈が今どうなっているか判らないが、多分に<黒>がそこを通って来た。 どうやって? それは今後も続くのか? 或は今回っきりの事なのか? 調べなければならない。 ある意味で〈白〉の、ルッェル公国の、トールデェ王国の存亡に直結する話になるのだから。 目的を言えば、緊張感は高まりこそすれ下がる事は無い。 だがそれ以上に、何というか北へと進むごとに陰鬱な気分が募った。 村や町を見ればどこも焼き尽くされ、人や家畜の姿は無い。 それなりの大きさの町や村があったが、その尽くが<黒>によって貪られていた。 残骸。 そこに人の営みは残っていなかった。 盛り上がった土、土饅頭。 目印代わりに石を置く。 それは、名も知らぬ人達の墓。 遺体を見ればできるだけ埋めるようにしている。 だが、その数は少ない。 余りにも少ない。 嘆息。 只、身体の疲労ではなく、心が疲れて来る。 彼らは後も残さぬ程に、文字通り貪られていた(● ● ● ● ● ●)。「やりきれない……」 祈りを捧げているエミリオとミリエレナ。 <白>が正義だとは言わない。 俺だって欲塗れだし、俺以外の連中だって所詮は人間の集団なんだから、アレやコレやだろう。 だから<白>が正義とは言わない。 だから<黒>が邪悪とは言わない。 断言はしない。 だが、<黒>は敵だ。 不倶戴天の敵だ。 俺らを喰いに掛かって来る相手の事情何ぞ知った事じゃない。 獣同士が生存戦争(サヴァイバル)で闘うのに理屈や理由が必要になる筈が無い。 戦わねば、死ぬだけだから。 だから、<黒>は殺そう。 見つけたら殺そう。 見敵必鏖(ルック・アンド・デストロイ)。「ビクターさん」 エミリオが悄然した顔で名前を読んでくる。 祈りが終わったみたいだ。「彼彼女らが、無事に天界で安らぎと共にあれば、良いな」「はい」 神は死に、その後を継いだ神族は天に昇り星になった。 星の海は神族の世界。 で、死んだ人の魂も又、空へと昇るのだと言う。 神話? 違う。 この世界では事実だ。 エントロピーとか考えると、どうなってるんだろかと理解出来ないし、生きている時間と死んだ後の時間ってどうなんだろうかと想像も出来ないけど、それがこの世界。 「 」の記憶、地球の常識じゃ計り知れない世界だ。「先へ進みましょう」 ミリエレナの顔に浮かんでいるのは、アレは怒りか。 <黒>への。 そして護りきれない事への。 守る。 そんなモン、子供(ミリエレナ)が思う事かよ。 この世界は、本当に、救いが無い。 煙草を吸いたい。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント3-01蒼い砂漠 日記に<黒ノ跡道>と書き込んだ<黒>の侵攻路を遡上する行為だが、天槍山脈に至るまで<黒>に出会う事は無かった。 予想通り。 そして、天槍山脈の周辺には<黒>の拠点の様なモノは無かった。 野営をしたと思しき煮炊きの痕はあったが、それだけ。 峻厳な天槍山脈にも、異常は見られなかった。 雑に見た範囲では。 険しい天槍山脈に入れば何らかの痕跡が見つかるかもしれないが、天を支える槍なんて言われる山脈に入って調査するのは無理。 たった3人では不可能な訳で。「取りあえず異常は確認できないって事だな」「はい」 嘆息する俺に、不承不承と納得するミリエレナ。 <黒>の一員(?)であったしろがねなら、どのルートでとかを知ってるかもしれない。 喋れないけど。 世の中、そんなモノだ。「どうします?」 うん、エミリオ。 君はもう少し、自分で考える癖をつけようね。 主張し過ぎられても面倒なんで、バランスは難しいけど。「ここで出来る事はありませんから、取りあえず帝都へ行きましょう。あそこにはブレルニルダの神官詰所がある筈ですので」 帝都、大帝國<イェルドゥ>の首都であった<エンフェルド>。 とは言え継承戦争によって荒れ果てて人も住まない、言わば大帝國の遺跡だ。 そこにブレルニルダの神官が詰めているとな。「はい。余り知られてはいませんが天槍山脈の異常を見張る為に配置されていると聞いています」 荒野の廃都市に詰めるとか、それ何て左遷? 否、左遷と言う言葉すら生ぬるいかもである。 天槍山脈を離れて荒野を行く。 砂漠というか、荒野だ。 水は無く、植物も殆ど無い死の荒野。 砂ノ中原と呼ばれるこの辺りは、昔は肥沃な大地だったという。 だが、天槍山脈を作る際に大地の魔力を使い ―― 使いすぎてしまい植物の育たぬ大地になったのだという。 魔力の枯渇で大地が荒れた。 良く分らない文章だけど、そういうものらしい。 個人的には、この砂ノ中原に入ってから雨らしい雨がトンと来ないので、クソ高い天槍山脈が作り出された事で水分を含んだ空気が入ってこなくなって大地が枯れたんじゃないのかと思う。 風の流れとか、その他、色々と。 <黒>側の地形が判らないけど、内陸部っぽいこの辺りが乾燥するのは妥当だしね。 そんな事をツラツラと日記帳に書きながら、フト、空を見上げた。 満天の星空。 魔道ランプの灯を消してみた。 空が広がった。 宝石箱をひっくり返した様な星空。 空気が綺麗で、光源がトンと無いからだろう。 振ってきそうって表現が似つかわしい程の星が見える。 不寝番にはこんなご褒美がある。 夜勤手当が豪奢な星空って、何たる浪漫。 ここに女の子が居ないのが残念である。 いや本当に。「アッレ? ビクターさん?」 エミリオが起きたっぽい。 光源が無い事を訝しんでいるんだろう。 そっと、魔道ランプを灯す。 俺の星空は隠された。 ああ、何たる誌的な表現! なんてね。 日記に書き足す。「起きたか」「はい。ゆっくりできました。そろそろ交代します?」 厳密な時計何て無いんで、不寝番の交代は割と適当だ。 それに外敵の接近には、警戒用の魔道具だってあるんで、ゆるゆるになる訳で。 こんな荒野じゃ<黒>はおろか野生生物だって狂暴な奴らは生きてられないってなもので。 俺らみたいな人間様は、魔法の道具(4次元ポケット)のお蔭で水も食料も持ち込み放題なので大丈夫だがな。 ああ。 文明は素晴らしい。「そうだな。黒茶、飲むか?」「頂きます」 保温魔法の掛けられた、文字道理の魔法瓶(タイガー)から黒茶を用意する。 淹れたてが一番だが、野外で都度都度淹れようとすると道具の手入れが面倒くさいのだ。 ポットを火にかけっぱなしにすると煮詰まるしね。「明日は旧帝都ですね」「ああ。多分な」 伝聞の地形から見て、明日には見えて来るかもである。 多分。 この時代、地図なんて本当に適当なモンしかないので、仕方が無いが。 一応、<イェルドゥ>帝國時代の地図の写しを用意はしたけど、縮尺もクソも無い地図なので、気休めにしかなりそうにない。「楽しみですね」「だな」 頷いてはおく。 とは言え、継承戦争(シビル・ウォー)で血で血を洗っているんで、白骨化したアレコレが無い事だけは祈りたい。 割と切実に。 そんな会話から2日たって、俺たちは帝都エンフェルドの外壁に至れた。 うん。 ホントに地図は目安でしかないわ。「凄い城壁ですね」「王都よりも大きいですね」 我がトールデェ王国の王都も立派な城壁を誇るけど、水堀と併用しているので、高さはそれ程でもない。 対して、この廃都の外壁は凄く高い。 ルッェル公国の公都ルッェルと比較すれば倍ぐらいはありそうだ。 30m級はありそうだ。 とは言え、その威容は残り火のようなものだ。 大帝國崩壊から既に200年以上が経過した今、城壁は劣化と風化によって自然に帰ろうとしている。「栄華の後、か」 兵どもが夢の後、である。 既に道は砂埃に覆われ、家々は倒壊したり天井が抜けたりしている。 人が生きている気配は無い。 と言うか、ブレルニルダの神官さん達が居る気配が無い。 ブレルニルダの神殿もあったが、人の生活している気配が無い。 生活道具などがあり、使われていた形跡のある井戸もあったが、それも過去形。 溜まった埃が、昨日今日週単位はおろか月単位ですら人が居ない事を教えている。 何ぞ、これ。「おかしいです」 真剣な顔でミリエレナがブレルニルダ神殿の詰め所を確認する。 何でも、天槍山脈を見張るエンフェルドの務めは、ブレルニルダ神官にとって、<白>の前衛であるトールデェ王国に行くのと並ぶ名誉な仕事なんだそうな。 人気なので競争倍率は結構高い、と。 そんな志願してきた神官(変人)が、職場を放棄する筈が無いのだという。「もしや<黒>が?」「野営の後は見えないが………」「もしかしたら、住居を移したのかもしれません。探してみましょう、ミリエレナ様!」「……」 10km四方はありそうな大都市を縦横に探すとな。 ま、気の済むまでやらすしかないよね。 俺に指揮権と言うか命令権無いし。 後、気にもなるし。 一日中探しました。 だが、人の生きている気配は見つからなかった。 一番気配が残っていたのが、最初のブレルニルダの神殿詰め所(跡地)と言う辺り、このエンフェルドは本当に放棄されて久しい感じだ。 ま、水以外の食料を全部、外から持ち込まなければ生活出来ない様な場所に、普通の人は生活したがる筈も無いってなもので。 日が暮れる。 道が茜色に染まる。「取りあえず、今日はここまでとしましょうか」「そうですね」 険しい顔でミリエレナが頷いた。 夜を徹してとか言われなくて良かったよ。 と言う訳で、井戸のあるブレルニルダの神殿に行く。 少し前まで人が生活していたんだろうと思わせる程度には、建物の状態も良い。 具体的には屋根がある。 後、薪などの焚き物も残っているので、大変に有難い。 魔法の収納庫に大量に保管しているとはいえ、使わないに越した事は無いのだから。「~♪」 3人分の食事と、後はしろがねの食事を用意する。 炙った肉に野菜のスープ。 そしてパン。 簡素と言うなかれ。 調理器具と調味料の都合からどうしても野外の料理は簡単なものになるのだ。 と言うか、調理器具と皿を洗う面倒とかもあるしな。 ロバなドンは飼葉で良いけど、こいつは肉食寄りの雑食なので味付けに軽い塩を振った肉と野菜が必要なのだ。 うん。 しろがねの分の食料、今後、買える場所に行ったら大量に補充しておかないと、俺たちが食う肉が無くなってしまう。 可愛いけど健啖家なんだよなぁ。 身体のサイズからすると、当然なんだけど。「ビクターさん!!!」 ドンのお手入れ(ブラッシング)をしてた筈のエミリオが、駆け込んできた。「ん、どうした。腹が減ったか? すこし待ってくれよ。パンが焼き上がるから」「違います! 外、外を見てください!!」「は?」 すっかり夜のとばりが降りたエンフェルド。 もう真っ暗に ―― って、灯りが見えた。 小さいが、確か灯りだ。 暗い中にポツリと浮かんでいる。 鬼火の様に。 その色は暖色系、多分、火が焚かれている。 揺らめいている。「火だな」 当たり前の事をつい漏らしてしまった。「はい。あそこは宮殿です!!」 大帝國に相応しい都、そして宮殿。 入り口の門は崩れ、隙間から見える中も砂にまみれてはて、人のいる気配が無かったので、中には入らなかったのだ。 その宮殿に、人が居る。 多分。「行きましょう!」 次に駆け込んできたミリエレナは、剣を手に持っていた。 防具も付けている。 ま、なるよね。 非常の時に戦闘準備だけはするってのは、妥当だよね。 こんな血塗れた世界だと。 宮殿(跡地)へと着の身着のままで駆け付けた ―― は、流石にしなかった。 させなかった。 ぶーぶー不満を言うエミリオにもミリエレナにも武装をキチンとさせて、その間に焼いている途中だったパンを焼き上げて、齧らせる。 それから水分補給をしっかりと取らせる。 見敵必殺(キャッチ・アンド・キル)の為には出来るだけ体調を万全にしておかないといけないのだ。 そこには腹の具合だって含まれるってなもので。「さて、行こうか」 魔道ランプを手に、宮殿へと踏み込む。 デカく高い柱が星空に向かって伸びる様は、ギリシャ風っぽい。 ここら辺、石材とかも良いものが使ってたらしく、余り風化していない。 荒れ果てて瓦礫が転がっているが、エッジの効いた破断面が見えるので大きな力でぶっ壊されたっぽい。 内戦か。 血の跡すら風化している。 死体が無いのは有難い。 警戒しつつ進む。 しろがねが周辺を窺う仕草をしているが、その警戒動作(デフコン)は余り上がっていない。 敵、<黒>では無い可能性が高いかも? そも、しろがねが<黒>を敵と見て無い可能性もあるが、そこはブレルニルダ神の祝福を受けているからって事で信用しておきたいと思う。 願う。「グルゥ」 と、光源に近づいた時にしろがねの表情が変わった。 警戒だ。 だが、戦闘準備っぽくはない。 何?「……」 エミリオと顔を見合わせる。 判らない。 が、そんな俺らの間を無視してミリエレナがずんずんと前に出た。 大広間っぽい場所にでた。 床は殆どが砂に覆われている。 どっから入り込んだんだ、こんな量ってな塩梅で。 と、たき火が見えた。 魔道ランプの類ではなく、人が居る。 その前に小柄なフードの人影が、居る。 居た。 どうやらブレルニルダの神官では無さげな雰囲気だ。「来たか。そなたらは何であるか?」 尋ねる前に誰何された。 口調はアレだが、声は可愛い感じだ。 女の子?「私はブレルニルダの使徒、ミリエレナ。貴方はエンフェルド監視ですか?」「ブレルニルダの……納得を。われは異なり。われは神族と盟を結べど下に立ちしものにあらじ」「盟を結ぶって同盟!? 貴方はもしかして初族ですかっ!?」 いきらりエミリオが荒ぶった。 すっごい勢いで前に出て、そのまま人影へと近づく。 人影さん、少し引いてるっぽい。 ちょっとだけ。 その気持ち、判る。「古き呼び名であるな。だが然りぞ。われは初族が1つ、エルフである」 人影がフードを取った。 小柄な女性、可愛い顔の横にピンと耳が伸びていた。 エルフだ。 生エルフ。 初めて見た。「なっ、名前を伺っても?」 身を乗り出すと言うか、グイグイと前に出て来るエミリオ。 エルフさん、引いてる。 判る。 後、ミリエレナが微妙な目でエミリオを見ている。 判る。「われの名はエメアなる」 おっ、綺麗なお名前で。