+ 一般的に、前進(ブルズラン)王と前線(フロントライン)女王と名を遺した2人の王の間で行われた王位継承の劇的(ドライステック)さから、些か兄妹間での政治的対立の側面から研究される事の多い東方(トールデェ)歴232年の<黒>との戦争であるが、当時の記録を精査していくと、一般的な骨肉の権力闘争とは一線を画する状況が見えて来る。 これはトールデェ王国へと留学し国外の実情を知った若者たちを中心とする革新派と、イェルドゥ大帝國時代からの伝統を墨守する事を大事とする権威派の対立である。 ある意味で一般的な政治的な対立軸であると言えるだろう。 ここで国王であるウルリヒが両派を治めていれば、後の政治的混乱も発生し得なかったであろう(これは夢幻の様な話では無く、実際、ウルリヒ王は英邁とまでは言えずとも暗愚の王ではなかったが為、この対立軸を発生させた当時のルッェル公国の置かれた状況を理解しており、その問題に関する言葉を側仕えの人間に洩らしている)。 だが、残念ながらもそれは仮定(IF)でしかない。 問題点を理解はしていたウルリヒ王であったが、王位を継承して間が無く政治的な基盤が弱かったが為、先王時代からの重鎮 ―― 権威派の老人たちを御しきれなかったのだ。 この当時のルッェル公国の政治行政が陥っていた伝統主義と言う名の機能不全 ―― 権威派と革新派の対立の酷さは、当時の記録に明確に残されている。 特に戦争準備、特に公都防衛の準備不足に関しては、物資の利用制限が掛かる事を嫌がった権威派による積極的怠業(サボタージュ)によって、遅々として進んでいなかった。 この問題に危機感を覚えた革新派は、公都城代であったヴァーリア第1王女(当時)を動かす事で状況の打破を図ったが、権威派が政治的には同格以上であった公妃を担ぎ出した事によって頓挫していた。『我らが公王が戦場にて<黒>を討とうとしているのに信じていないのか。悪戯に生活の糧を消費し、公都臣民の生活を混乱させるのは公王に対する反逆の罪ですわ』 (※偵察から帰還したヴァーリア第1王女と公都防衛に関する議論を行った際、この様に述べたとされている) 公妃は、残された記録からすれば愚かな人間では無かったようであるのだが、その立ち位置が公妃であると共に、実家であるルッェル公国上士デッセル家の意向に強く影響を受けており、公正な判断、行動が出来ぬ身であった。 そのデッセル家であるが権威派の重鎮として、大きな声で戦争準備への反対を主張していたのだ。 これは公都を戦時体制へと移行させる事で、公妃の言葉通りウルリヒ王の権威が失墜する危険性を見ていた部分もあるが、同時に、戦時体制への移行となれば、公都の主導権が権威派から離れる事を嫌がった面があった。 一度、主導権を手放せば、二度と主流にはなれぬという危機感である。 政治であった。 革新派は、この時点で官吏の実務的な部分を掌握している為、この権威派の危機感が根拠のないものではなかった。 そしてもう1つ、デッセル家が公都の戦時体制への移行を反対する理由があった。 それは商売である。 当時のデッセル家は、公都にて上士家としての特権を利用した独占的な商売を行い栄えていたが、それ故に戦時体制への移行によって商家への物資の供出義務が課された場合、大損 ―― 一応は利益として原価の1.1掛での対価が払われる事と定められていたが、一般で売却する場合に比べて遥かに利益が出ない事を嫌がっていたのだ。 その事は、当時のデッセル家当主から公妃に宛られた手紙の中にも書かれていた。 この様に、末期的とも言えるルッェル公国の内情であったが、これが、この後の公都防衛戦で勝利し得たのは、一種の奇跡であると言えるだろう。 奇跡を成し得たのは、一般にはヴァーリア第1王女の指導力によって逆境を打破したとされている。 だが、ヴァーリア第1王女の能力は評価されるべきであるが、筆者としては、能力以上に運が味方したと考えている。 トールデェ王国騎士であり、後には<十三人騎士団>に名を連ねる<東方武侠>ビクター・ヒースクリフや<鉄壁>エミリオ・オルディアレス、そして<聖女>ミリエレナ・ハルメルブがルッェル公国に滞在していたのだから。 ヴァーリア第1王女を支え、軍を指揮した<東方武侠>ビクター。 <鉄壁>の名の通り、<黒>の軍勢と対峙し、その正面に立ち続けたエミリオ。 治癒と治療、人の心を支え続けた<聖女>ミリエレナ。 この3人が居なければ、如何に<鉄撃>ヘイルなどの勇士が居たとはいえ公都を守り抜くのは難しかっただろう。 しかし、これは果たしてただの偶然だろうか。 私にはそうは見えない。 何故なら、この3人がルッェル公国に滞在していた理由は、<聖女>ミリエレナが神託を得て旅をしていたのだから。 私は天佑神助は信じない。 信じていないし、信じたくも無い。 だが、事、このルッェル公国の事例に関しては、信じても良いと思えるのだ。 全てがめでたしめでたしで終わる様に采配した神の助けを。 ――― 「ルッェル公国 東方歴300年紀録」 ゲラルト・クレヴィング異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント2-18虐めってムネキュン? 公都に入れれば安全。 公都であれば仕事は減る。 公都に着けば楽になる。 私でもそう思っていた時期がありました__ チクショウメ 公都は、割とこざっぱりとした街だった。 小高い丘に作られた山城っぽい城を中心に、南側に市街地が広がっている。 だが、公都に入った俺たちはそのまま、東側のだだっ広い運動場みたいな場所、練兵所へと誘導された。 馬房や倉庫があり、後は木が生えて居たり公都の水瓶っぽい池はあるけど、それ以外は何もない場所だ。 先に避難して来てた人達が、粗末なテントっぽいあばら家を作ってるのが見える。 汚れた格好でコッチを見ている。 正に難民キャンプ状態だ。 ここに、ヴァーリア姫さんと別れてから来た、公都の避難民担当だという官吏は、住めと言う。 偉そうな態度で、華の公都に入れるだけ有難いと思え、と。「華(●)、ね」 華を鼻で笑う訳じゃないが、正直言葉に負けていると思う。 それなりの石壁で囲ってはいるが、高さと厚みが割と少なく見える。 それに市内も、建物がそこまで密集はしていなかった。 微妙に過疎な地方都市な感じだ。 だから、そこら辺の隙間に避難民も入れられるのかなぁと思っていたら、さにあらず。 公都西側の練兵所に入れと言うのが、官吏さんの言葉だった。 何でも、俺たちよりも先に公都に避難してきた人たちと、公都住民の間でトラブルがあり、それを避ける意味でだと言う。「馬鹿ん事、抜かすなぁ! 王命で公都に来た、なら王命通りするんが定めじゃなかかっ!!」 キレてます、アデンさん。 地を揺らす様な迫力があるから、本気なのだろう。 官吏、一発で挙動不審に周りを見た。 可愛そうなので、激励してあげる。 腰に佩いてる剣の柄を、カンカンと音を立てて叩いてやった。 元気よく首を左右に振りだした。 元気なのは良い事だ。「あ、いやしかし、ですな__ 」「市街地で生活をしないでくれというのは、理解しよう。だが、なぜに練兵所と言う。あそこには馬房と倉庫程度しか無いぞ。せめて出兵した兵の兵舎を使わさせてくれ」 フォルクマーさんが声を上げる。「それを行うには公都戦時令が必要でして、まだ出されていない現状では、どうする事も……」「我々に出された王命は、戦時令ではないのか!?」「陛下の戦時令ではありますが、公都を悪戯に混乱させるわけにも行かないので、今は公都に戦時令は出されてない状態でして、はい」「何方の決でしょうか? 我が姉、城代であるヴァーリア殿下は私たちに十分な配慮を行うと言い残されていますが?」 アデンさんフォルクマーさんやだけじゃなくて、ヘレーネ夫人さんも怒ってます。 とはいえ、俺も含めて、ここに居る人間で怒ってない奴は居ないのだが。 怒りを表明する方法が違うってだけで。「あ、いや、その……」 挙動不審。 可哀想だから助け舟を出してやろう。 手を叩いて、耳目を集める。 官吏を見る。 その目を見る。 上に媚びて下に横柄に出る、典型的な小役人な目つきだ。「要するに、城代であるヴァーリア殿下の指示では無い、と」「はい」「だが、誰が指示した訳では無い、と」「ええ、その、まぁ、そんな感じでして」 俺の言葉に嬉しそうに頷く。 うむ。 上下に挟まれて可哀想な官吏、救ってあげよう。 この救いのない現実から。「要するに、お前は、お前の勝手な判断で城代の命令を歪めたという訳だな?」「え!?」「王の代理、城代の言葉を騙ったのであれば、さて、どんな罰となるのだろうか?」 アデンさんに振ったら、凄く悪い(イイ)笑顔で頷いた。「ベルヒトの村でじゃったら、縛り首じゃな」「クートヌでもそうですよ。城代、公王陛下の言葉を捏造するなど許されませんよ」 フォルクマーさんも乗って来た。 虐めって楽しいよね。 っと、ヘレーネ夫人さんだけは、流れに乗り切れずに不安げな顔で左右を見ている。 うん。 こういう大人の(性格の悪い)やり口は、知らないで良いと思う。 不安げってのは、この馬鹿官吏を心配しているのだろう。 実に気優しいお姫様である。 俺は性格が悪いので許さないがな。 とはいえこの官吏、木端役人を吊るす(リンチ)というのもスマートじゃないので、逃げ道は残してやる。「なぁ官吏さん。少し思い出して(● ● ● ● ●)みてくれないか? 君に出された命令、もしかしたら間違えて覚えていた(● ● ● ● ● ● ● ● ●)可能性は無いだろう?」 重要な事は笑顔で言う事。 俺の笑顔に迫力があれば良いんだけどね。 お互いの為に。「そっ、そうかもしれません!? すっ、少し、少しお待ちください!!」 逃げ出したい、この笑顔な感じで逃げようとする官吏。 だが、逃がしはしない。 襟首をむんずと掴む。 身長差が少しあったので、そのまま引き下ろす形になったのは許して欲しい。 後1年2年たてば引き上げてやれるんだけども。「あっ!?」 知らなかったのかい? <鬼沈め>からは逃げられない。「慌てて1人で行く必要は無いだろ。官吏、殿(●)? 安心しろ、俺はヴァーリア殿下より直々にヴァーリア<鉄槌>戦士団の相談役を仰せつかっているんだ。だから上申(● ●)に行こうじゃないか」「でしたら私も、妹としてではなくブラウヒア家の当主代行として、城代に相談を致しましょう」 笑顔。 イイ笑顔。 護りたい、この笑顔。「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」 ヴァーリアの姫様城代に上申して状況を報告して、相談して、だけど、爺s’が鬱陶しかった。 多分、認知症だと思う。 王命で公都に来たのに、住居は公都市街地に入るのは駄目だと言う。 それは戦時体制下でのみ許される事であり、公都を戦時体制にするのはまだ駄目だ、と。 でも、公都に来るように命令したのは、戦時と判断してだよねと言えば、公王の判断であると言う。 公王の判断に文句があるのかとツッコムと、公都の混乱は公王も望まれる筈が無いと言い張る。 ウザい。 理論が破たんしている。 公王の命令を盾に色々と言うけど、自分の都合でアレコレとさじ加減をしている模様。 こういうのを佞臣っていうんだろうね。 或は奸臣。 どっちにしても、ロクなもんじゃない。 この手の連中って、ウチ(トールデェ王国)じゃトンと見なかったから、ムカつくけど新鮮な気がする トールデェ王国、<蛇>のオルディアレス伯爵を筆頭に、悪党に事欠く事は無いっぽいけど、無能は居ないんだよね。 少なくとも、人を説得する時に理屈が理屈になってない暴論を、権威とか立場で押し通してしまおうとする阿呆は居ないから。 物事をドライすぎる程に理論的に考えないと、生き残れないのだ。 <黒>との戦争。 政治的に生き残れないではなく、物理的に生き残れないのだ。 神も仏居やしない(おおブッダ!)。 とも角、ヴァーリアの姫様城代と無能佞臣s’を挟んで俺とヘレーネ夫人さん、そして官吏さん。 此方側に(物理的に)掴んでおいて、交渉する。 『何で私が……』 とか言ってるけど、無視((∩゚Д゚) アーアー キコエナーイ)だ。 交渉する。 とは言え、ごり押しをする積りはない。 彼らの主張 ―― 市街地で生活できない事を受け入れる代わりに、此方の主張の小さい所 ―― 兵舎での生活許可を得る方向で交渉する。 その事をヘレーネ夫人さんに耳打ちしておく。 佞臣さんがルッェル公国の伝統とか格式とかを、一歩間違うとヴァーリア姫さんを蔑ろするレベルでの発言、ってか演説をしているので、丁度いい目くらましになってる。 あの手の人って、自己陶酔が激しいからコッチを見ようともしてない。「良いのですか?」 小声で聞き返してくる。 勝てるのに、と。 確かに勝てる。 城代がこちら側なので余裕で完勝出来るだろう。 だけど、そこまで相手の面子を潰すと絶対に恨まれる。 恨みを持った佞臣ってのはネチッこく後々まで因縁深く意趣返しをして来るだろうから、それは面倒くさいというものだ。 6割の勝利が上策ってね。「それよりも欲しいものがありますしね」「え?」「建材、とかを少々」 兵舎とかのある軍事なエリアは練兵所から少し段があるだで、後は木の柵しか無いのだ。 あれでは防衛戦闘ではひとたまりも無い。「外壁で戦わないのですか?」「広すぎますよ、アレは」 練兵所は広くて、一辺がキロ単位だ。 その外側に悪くは無いレベルの土塀と堀が用意されているが、正直、あれを維持するなら万単位の兵が居る。 女子供に老人まで動員しても1桁足りない、そりゃ無理だ! なのだ。 だから、兵舎の周辺を要塞化する。 その為の建材と人材、魔法使いが欲しいのだ。 居れば。 余り、期待は出来ないけども。「そうですか。なら、ビクターさんにお任せします」 にっこり笑うヘレーネ夫人さん。 年相応の可愛らしさがある。 なので、胸を叩いて背筋を伸ばす。「お任せあれ」 殆どヴァーリア姫さんvs佞臣になってた所に口を挿み。 ヴァーリア姫さんに頭を下げ、同時に佞臣に恩を売る形にする。 口先三寸って素敵だよね? 恩は売りつけるものだよね?「では、城代ヴァーリア殿下もご納得頂けたという事で」 口先だけで城代の権威に抵抗してた佞臣さん、明らかに此方に感謝の目を向けている。 ヴァーリア姫さんも、意見を通しきれずに妥協させて、と謝罪する様な目で此方を見ている。 好(ベーリィグッド)。 両者綺麗に恩を感じてくれた模様。 とはいえ、等倍で返してくれると期待するのは難しいけど。 取りあえず兵舎での生活権と馬房の利用権、それに兵舎周辺に堀と土塀を作る許可と必要な建材を得た。 土木魔法の使い手まで得られた。 ヴァーリア姫さんの居ない所で詰めた実務的な話の時に『出来れば』と要求したんで、どうやら佞臣さん、割と律儀っぽい。 感謝しておこう。 何かあれば、少しは手伝っても良いかも。 佞臣も奸臣も、使える人は大好きよ? 交渉の結果をアデンさん達に報告したら、感謝感激された。 どこも官吏官僚と言う奴は上から目線の鼻持ちならない奴が多いので、凹ませたってのはとっても高評価の模様。 今回は、俺の交渉術じゃなくて、ヴァーリア姫さんとヘレーネ夫人さんへのコネパワーのお蔭なんだけどね。 とも角。 何時、<黒>が襲って来るか分らないので、最優先で生活基盤の構築と防御準備を行う。 後、先に来ていた避難民さん達も含めて生活の為の秩序作りと、戦闘班の再構築も行う。 これから先は邀撃戦とか偵察とかは無いだろうからね。「ウチらも一緒で良いんですかい?」 先に来ていた避難民の代表役っぽい人、ハディさんが驚いた顔を見せた。 普通の人と言うか、気の弱そうな壮年の人だ。 グラヒトルという村の村長さんだというが、親であり先代さんの急死で、去年に村長の座を得たばかりとの事だった。 なので、避難民の取りまとめ役という面倒くさいわりに役得の無い仕事を押し付けられていた模様。 可哀想に。 口調だけはヤクザ風味だけど。 この国の方言ってどうなってるんだ? 本当に。 そんなハディさんと逆な、口調よりも外見が厳ついアデンさんが漢臭く笑う。「同じルッェルの民じゃ。 一緒になって〈黒〉の連中戦うぞ!」「流石、ゲーベルで音に聞こえたベルヒト村のアデンや。感服する。アンタん指揮ならウチらも安心出来る。なんたってヴァーリア姫を助けたち聞いとるでな」「それはわしじゃなか」「ほいならゲルロトさんで? 良い跡継ぎに恵まれとりますな」「じゃなか。そこんビクターのお蔭じゃ」 呼ばれたので手を挙げる。 ぐーぱーぐーぱー と自己主張も。「こんな……」 若いと言うよりもガキって言いたい。 そんな顔で絶句しているハディさん。 その反応が普通だよね。 それをアデンさんが笑い飛ばす。「トールデェん王国で軍を学んで、腕も立つ。兵は全部任せた。わしらの守り神じゃ」 あっるぇ、俺、遊撃部隊の隊長役でしかなかった筈なんですけど。 何で役職と責任、増えていくんでしょうか。 正規軍から人を呼ぼうとか思わないんかい。 マヂで。「なんやぁ!?」「ビクター・ヒースクリフです、宜しくお願いします」 取りあえず、頭は下げておこう。