行動指針を決めてからはや数日。 基本、平穏だった。 小規模、10匹程度の集団という班規模の偵察隊は見る事があったが、隊や群といった大規模な集団が、パル山脈北側に設けた怪我人の治療宿営地に近づいてくる事は無かった。 どうやら、落としたゲーベルの郡都を貪る事に夢中っぽい。 貪られている人たちには悪いが、正直、助かったというのが本音だ。 口には出せないけども。 そんな貴重な時間で、怪我人たちの治療を進める。 魔法だけでは無く薬などの医療も併用で。 魔法だけで、とならないのは癒し手(ヒーラー)が1人しか居ないからだ。 魔法は便利だけれども、使えば使うほどに癒し手を疲弊させる。 ブレンニルダ公認聖女のミリエレナだが、今の段階では一度に使える魔法は、止血などの軽度の治癒魔法であれば20回程度、身体に欠損を受けた様な人を癒せる重治癒魔法は4~5回が限度なのだ。 使い切れば疲弊して、回復には1日から掛かるのだ。 なので現在、朝一で魔法を使って夕方にも使うというスケジュール、実にハードだ。 他にエミリオが治癒魔法を使えるけど、奴は戦闘要員なのだ。 何かあれば前線に立つ ―― ミリエレナを護らねばならぬので、疲弊しない様に、現在、俺の命令として治癒魔法を使わない様にさせているのだ。 魔力だけは馬鹿みたいに保有している俺が治癒魔法を使えればよかったんだけど、それ、無理なのよね。 魔法に関しては本当に落第級なので。 レニーに習ったけど全然駄目で、出来ない事を怒られるよりも不思議がられた始末だし。 嗚呼、懐かしの学生時代。 兎も角、魔法以外の治癒手段としてはポーションもあるけど、此方は在庫の希少さから使えない。 後は、俺の持つ治癒のタリスマンもあるけど、コレはガチの高級品なので、悪いけど他人に貸したくない。 マーリンさんの思い出の品ってのもあるけど、行方不明がマジで怖い訳で 欲に目が眩むと人間、何をするか判らないからね。 そんな訳で、治療魔法はミリエレナ頼り。 ミリエレナの獅子奮迅、身を粉にした働きのお蔭で、怪我人はみるみる減ってい。 比例してミリエレナは疲労を蓄積させ、護衛のエミリオは顔色を青く青くしていっているが。 正直、止めたい気持ちもある。 <黒>の連中が迫りつつあるって訳でも無いので、もう少し程度スローペースでも構わないのだ。 だが、ハードスケジュールを主張したのがミリエレナ自身であり、これも修行なのです、試練なのですと言われれば、お供の身としては止めれないってなものである。 そこら辺、本当に、胃が痛い。 とも角。 ミリエレナの過労と、俺とエミリオの胃とメンタルにダメージを与えつつも、怪我人の治療は順調に進んでいる。 動けるようになったか、動かしても死なない程度にまで状態が回復したら、即、本隊の側に送り込む。 体調が芳しくないとか、歩き辛いからもう少し治癒魔法を受けたいとか言う奴も居たが、そいつらも抗弁禁止の問答無用だ。 歩け(タイム・イズ・ライフ)。 移動、避難に勝る安全確保手段は無いってなもので、村長さんやヘレーネ夫人さん達を経由して徹底させている。 今、少しばかり平穏だからといって、状況を舐めるのは許さない。 後、連戦続きで疲労の溜まっていた戦闘部隊の面々にも十分な休養と、連携の訓練をさせる。 訓練は簡単なものであり、どっちかというと、緊張の糸が切れない様に程度なストレスを掛けるのが目的だったりする。 士気(モラール)の維持って奴の為だ。 常日頃から命のやり取りをしている様な奴ならまだしも、そうでない普通の人間は落ち着く ―― 冷静になる事で緊張の糸が切れると、再び戦えるようになるまで時間が掛かるものだから。 戦争と言う奴は、実に面倒くさい。 溜息が出る。「お疲れですか?」 われ知れずっと言った感じで漏れた溜息に、ヘレーネ夫人さんが小さく笑った。「いやいや、元気ですよ」 誤魔化す。 今はテントに集まっての昼飯時。 テーブルどころか皿も無いので、布に包まれて出されたメニューは、古くなって硬くなったパンと馬乳のチーズ、それに干し肉が1欠片づつという、実に簡素な食事だ。 飲み物は馬乳。 馬は沢山居るからね。 とは言え、野菜は無しの冷食オンリーである。 スープか、せめて贅沢は言わないから白湯でも欲しい所だが、炊煙を上げる訳にもいかないので、コレで我慢である。 実に硬い。 歯が欠けそうである。 そんな硬いパンをヘレーネ夫人さんは上品に食べてる、 流石、元とはいえ公王家のお姫様、である。 隣のミリエレナが、青い顔のままにガリガリと噛み砕いて食べているのと実に対照的だ。 美少女で、今はもう儚げな雰囲気が凄いのに、全てを打ち消す食べっぷりだ。 食わねば魔法が使えぬ! との気合だと本人は言うけど、そもそも、ミリエレナってブレルニルダの実戦部隊に居たから、ある意味で戦野の作法に染まっていると言うのが実情だろう。 或は、疲れて性格の地金が出ているのか。 同じ神官部隊でも、割と後方に居たっぽいエミリオが、割と上品な貴族の食べ方をしているのと対照的である。「只、硬いな、と」 ガリガリと齧って、奥歯ですり潰す。 俺も野戦式の食い方だ。 フト、見ればエミリオの食事が止まってる。 食べてない。「どうした?」「いえ、その……」 俺を見る。 ミリエレナを見る。 そしてパンを見た。 なんぞ?「お口に合いませんか?」 食事の手配をしてくれたヘレーネ夫人さんが心配そうに言う。 後、ヘレーネ夫人さんの後ろに居るフリーデが射殺す目でエミリオを見ている。 ちんまい娘の三白眼風味な目つきって、実に怖いね。 ご機嫌を取る為に何でもやってしまいそうな位に。「あっ、え、違います!」 慌てて齧り付いた。 と、止まった。 別にエミリオとて武の神バルブロクトを奉る第1神殿で神官補をしていたって事なので、粗食に対する耐性が無い訳は無いのだ。 対<黒>闘争に於いて最前線に立つ戦神4柱 ―― 主神9柱で4つが戦争関連って辺り、神族って奴が<黒>、というか巨神族との戦争から生まれたという経緯を考えても、大概に武闘派である神々は、美食によって戦士としての心構えが廃頽する事を恐れているのだから。 一時の際には、薄い麦粥を啜ってでも戦い抜けと教えているのだ。 そしてエミリオは自らの神、バルブロクトを心から信じている、割と純粋な奴だ。 というか、粗食に慣れ過ぎてて料理を失敗する口である。 であるからして、何なのだろうか。「……」 ん、気付いたらこのテントで飯を食ってた全員がエミリオを見てた。「ホントに何でもないですよ!?」「そうですか、なら良かったです」「好き嫌いは駄目ですよ、エミリオさん」「ホントですって!!」 慌てる所が中々に信用し辛い。 というか、ガリっと噛みついた。 一生懸命に噛み砕いて、飲み込んだ。 何と言うか、ミリエレナの仕草っぽくも見える。 あー 判って来た。「美味しいですって!」 信愛するミリエレナの真似をしようとして、でも、奴の貴族教育を受けた部分が止めようとして、で、機能停止(フリーズ)してたという訳か。 実に可愛いものだ。 しかし、何時までも回りから見られているのも可愛そうなので、少し話を振る。「そう言えばミリエレナさん、治療の方、怪我人の状態はどう?」「そうですね……今日一杯、治癒魔法を使えば、ほぼ全員の移動が可能になります」 青い顔でしっかりと答えてくれる。 明日には最低限度ではあっても、動かせる訳か。 人間の食料は兎も角、馬の餌 ―― 周辺の草を食い尽くしつつあるので、それは有難い。 連中、鯨飲馬食の言葉通り、良く食べるのだ。 後、飲むのも凄い。 少しは勘弁してよとも思うが、ストークとかに言わせると、好き放題に飲み食いさせなきゃ戦馬としては使えないらしい。 馬も、腹が減ってはという事だろう。「なら、ヘレーネ夫人さん。明日の朝一で移動、行けますか?」 口元に手を当てて、少し考えるヘレーネ夫人さん。 後ろのフリーデと2、3と言葉を交わして頷いた。「大丈夫です。今から撤収準備をしておけば、明日朝も大丈夫です」「よし、じゃぁそう言う方向で」 テント内の全員を見る。 皆が頷いた。 所で、何で俺が仕切ってるんだ? 俺、戦闘部隊遊撃隊の隊長でしかないんですけども。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント2-15チョッとしたイベント発生 翌日、寝起きと共に移動を開始する。 食事だって馬上や馬車で摂る様にした。 少しでも時間が惜しいからだ。 朝もやの中の移動。 パル山脈の麓も、北へと回り込んでいく。 山脈を抜ける道としては郡都から南西方向に延びる北方交易が整備されているが、動きやすい分、<黒>の偵察隊が居る可能性もあるので、それとは別の道を行く。 山道。 馬車が一台、ギリギリに通れる程度の狭い道だ。 一度じゃ本隊の移動先、パル山脈の向こう(西)側の暫定拠点まで行っているので道は判る。 優しくは無い。 否、山道もだが、そこに行くまででも穏やかに、とはいかない。 怪我人やミリエレナ ―― 移動をする前に、怪我人の人たちに治癒魔法を掛けたので、精魂尽き果てて馬車で寝ている人たちの為にも、ゆっくりと振動や衝撃が無い方が良いのだが、如何せん、ここら辺には木々が生い茂らず、遮蔽物が少ないのだ。 それなりの起伏があるとはいえ、見つかりやすい。 パル山脈を抜ける山道への登り口まで約5㎞、出来ればさっさと通過したいというのもだ。 周りを見る。 馬車の御者も、遊撃隊や直衛隊の面々も、皆、緊張している。 だが、緊張はしているけど俯いてはいない。 絶望の色も見えない。 これなら何とかなりそうだ。 そう思えた。 希望的観測かもしれないけども。「ビクター隊長!!」 緊張感マックスな声で呼ばれた。 あ、はい。 希望って奴は、大多数に於いて壊される為にあるよね。「俺は此処だ! どうした!?」 声を上げる。 さてさて、何事か知らん。 非常事態。 それは俺たちに発生した事じゃなかった。 哨戒隊、それも俺たちから直ぐ近い所で郡都や周辺を見張っていた奴らからの報告だ。 戦闘。 <黒>と何者かの集団が直ぐ近くで戦っている、と。「そいつは豪いこった」 慌ててロットを操って、見える所まで移動する。 見た。 割と距離が近い。 2、3㎞って辺りか。 <黒>は1000から居て、戦ってる連中は騎馬隊っぽいけど見事に囲まれている。 騎馬なのに足と止めての殴り合い ―― 殴られっぱなしな塩梅だ。 コリャ、ヒデェ。 何かの旗、旗印が見えるが、この国の軍制を知らん俺には誰だか判らない。 判る事は赤っぽい旗って事と、旗印を用いているからツッェル公国の正規軍だろうって事だけだ。 正規軍がkonozamaなのは、笑うしかないが。「姉様!」 来てたヘレーネ夫人さんが声を上げた。「知ってる相手?」「姉、ヴァーリア姉様です!」 現王の妹で、ルッェル王国9人の正規武将の1人という。 重要人物だね。 見捨てるのは政治的に不味いよね。 後、ヘレーネ夫人さんの姉を見捨てるってのも、気分良くないよね。「び、ビクターさん……」 すがる様な目で見られた。 周りからもじっと見られている。 余りの気持ち良さに失禁しそうだ。 あ、俺以上にヘレーネ夫人さんが泣きそうだ。 女性を泣かすのは趣味じゃ無いな。 我が神、亜神コブラも、そう言っている。「そうだな」 葉巻を銜えて火を点ける。 口の中に煙を入れ、味わって吐き出す。 助けに行くとして、離脱まで考えれば騎馬主体になるだろう。 となれば動かせるのは遊撃部隊の44名と、直衛から2名の計46名。 哨戒部隊からは引っこ抜きたくない。 46名。 46名で1000からの<黒>に殴り込み。 ヴァーリアさんってのの部隊が、上を見ても100も居なさそうな辺り、彼我兵力差がアバウトに1000対144。 6倍以上だ。 ウチの母親様だって……いや、あの人はやりそうだ。 それも、真っ向から殴り掛かるだろう。 汎用人間決戦存在(バケモノ)だ。 本当に。 周囲の耳目が緊張感と共に集まっている。「ビクターさん」 あ、エミリオも来てた。 ミリエレナも。 皆の顔に緊張はあっても怯えは無い。 煙草を捨てる。 ロットが蹄で踏みつぶした。 気心の知れる奴だ。 さて。「やるか」「おおぉぉぉっ!!」 怪我人組みの馬車には、全力で移動する様に伝達する。 後は、騎乗した戦闘要員全員に集合を命じる。 俺、遊撃部隊主力隊、エミリオとミリエレナ、そしてヘレーネ夫人さん。 馬は直衛と哨戒から巻き上げていた。 何時の間に、だ。 ヘレーネ夫人さんに関しては、怪我人組みの差配に残ってて欲しいのだけど、ヴァーリアさんの隊と合流して、素早く説得する為には行った方が良いという主張に、一定以上の理があったので受け入れた。 エミリオとミリエレナはやる気満々である。 というかミリエレナさん。 手早く、俺たちの馬車をヒルッカさんに預けている辺り、実に戦意旺盛である。 どんな条件状況であれ、<黒>と戦う事に迷いは無いのだろう。 しろがねの毛を優しくすいている姿は、実に<聖女>っぽい。 今まで、怪我人に治癒と慈悲、優しを配っていたので、周りからの信望は凄い事になっている。 エミリオは、その背から離れませんと全身で宣言している。 せめてエミリオは予備として残したかったけど、残れと言おうとした時に、捨てられた子犬の様な顔をされては抵抗出来ないってなものだ。 という訳で、都合、47名となった俺たち。 指示を出す。「俺たちのする事は簡単だ。ヴァーリア殿下の部隊を囲む<黒>を掻きまわして脱出させる。ベルヒト村からの奴は判ってるな? クートヌ村を助けた時のと一緒だ。ストーク、皆を頼むぞ。兎に角、足を止めるな距離を取れ」「おう!」 自信のある声。 死線を超えて来たストークには、歴戦の風格が漂いつつある。 戦処女(チェリー)を捨ててからまだ一週間も無いが、これだけ劣勢な戦を何度も潜れば、そら強くなるってものだ。「後は解囲しての突入は俺とヘイル、ヘレーネ夫人さんだ」 突入して、手早くヴァーリアさんを説得して動かすのだ。 その為の突入だが、少数で突貫する必要がある。 大勢で中に入った場合、中が狭いと動けなくなると言うのが1つ。 もう1つは、外側から削ってくれる ―― 救援部隊が居れば脱出路の構成と維持が楽だからだ。 彼我の兵力差がもう少し小さければ、ここまで面倒に考えなくても良いのだけど、5倍以上というのは色々と問答無用になってくる。 考えられないとも言うが。 見える<黒>がゴブリンが主体の軽歩兵、徒歩快速部隊っぽいってのが救いだ。 これでオーガーやらの混成戦力(コンバインド・アームズ)とかだったらとか、考えたくも無い。 目も当てらない状態になってただろう。 或は、発見時には壊滅してたかもしれない。 その方が楽だったかもしれない。 とも角、3騎3人で突入だ。 ヘレーネ夫人さんを危険にさらすのは好みじゃないが、その為にヘイル坊やを直援に充てるのだ。 やるしかない。 と、ミリエレナが手を挙げた。「ビクターさん」 動けない怪我人には治癒魔法(コンバット・レスキュー)が必要だと言うミリエレナ。 その通りである。 あ、エミリオがすがる目をしている。 大丈夫大丈夫。「じゃ、ミリエレナさんにエミリオもな」 皆の顔を見る。「行くぞ」「ウラーーーーーーーーーーー!」「あ、うっうらー!?」 あー、エミリオ君エミリオ君。 裏返った声で真似する必要、無いからね? 尚、ヘレーネ夫人さんも叫んだ事(可愛くウラー!)は忘れます。 戦争は真面目にやるもんだ。 47騎と+1(しろがね)。 黙々と走る。 やる気はあっても、緊張するのは止められない。 ヴァーリアさんの部隊を抜きにすれば、彼我兵力差は20倍以上。 これで笑ってられる豪胆な奴はそうそう居ないってなものである。 俺は、本気で走り出したがるロットを宥めるだけで精一杯なんで、無言なだけですけどね。 ロット。雰囲気で、久々に本気モード出して良いと理解して荒ぶって荒ぶって、もう大変である。 後、しろがねも実に楽しそうである。 つか、しろがねにとって<黒>って元は仲間と違うのか? 世の中には疑問が尽きない。 とも角、豪胆なロットやしろがねの勢いに推されて、集団の足は加速する。 到着時に疲れ果ててない様にセーブさせているけど、それでも勢いが上がっていく。 余り抑え過ぎてやる気を削いでも問題なので、難しい所がある。「見えた!」 誰かが叫んだ。 <黒>の大集団。 かなり近づいたので、もうヴァーリアさんの部隊はゴブリンだのに沈んで見えない。 怒鳴り声やら何やら、戦争音楽が途切れてないので間に合ったのは確実だ。 ならば、後はする事は1つ。「ストーク!」「応!」 以心伝心。 傍を走っていたストークは、頷いて離れた。 騎射戦。 ゲーベルの馬弓隊からの伝統的戦闘スタイルだ。 そして俺たちは突撃。 一瞬だけ4人の顔を見る。 緊張感はあっても怯えは無い。 良い感じだ。「ビクターさん? 訝しむヘレーネ夫人さんの声。 どうやら、笑ったのが見られたらしい。 これは恥ずかしい。 なので誤魔化す為にも声を上げよう。「離れないで下さいよ?」 頷くヘレーネ夫人さん。「私だってルッェルの娘です。馬の扱いは任せて下さい」「なら、しっかりと付いて来て下さいよ。往くぞ! Uraaaaaaaaaaaaaaa!!」 ロットの手綱を緩める。 まるで、地を飛ぶが如く奔るロット。 正に馬の王様だ。 一気に<黒>、その外周のゴブリンが近づく。 慌てている慌てている。 実に素敵。 戦争戦闘は数多あるけど、中でも蹂躙が一番素敵だ。 何より、味方に被害が出にくいのが。 ロットが跳ねる。 着地した瞬間にハルバードを振りぬく。 削る。 逃げ出すゴブリン、そして起きる混乱。 混乱が波及している中で、それを広げる様に前へと進む。 最前線に俺としろがね。 左右にエミリオとヘイル坊やが付き、中心にミリエレナとヘレーネ夫人さん。 更には、後方からストーク達からの騎射支援も加わり、進軍は無人の野を行くが如し。 熱したナイフでパターを切り裂く様に、<黒>を壊乱させていく。 実に騎兵強襲突破(パンツァー・カイル)戦だ。 逃げる奴は踏みつぶす。 立ち向かう奴は討ちつぶす。 正に地獄絵図だ。 その絵の中で、血煙を上げて進む俺たちは悪鬼羅刹か地獄の使者か。 だが止まらない。 止めない。 その先に助けるべき味方が居るのだから。 前に進む。 前に進む。 圧倒的な数で敵を虐殺している積りだったら、逆に蹂躙されたって、ねぇどんな気持ち? ってね。 チラと後ろを確認。 全員、キチンと付いて来ている。 では更に前に。 ハルバードを振り回す。 と、前にオークが居た。 指揮官だ。 派手な色の陣羽織っぽいのを着て、略奪した宝石なんかを身に着けている。 豚の癖に孔雀の真似事とは恐れ入る。 殺す。 と、相手もコッチに向かってきた。 手には鉄鎖を巻いたこん棒の様な武器。 少し原始的なクラブと言うべきか。 当たったら実に痛そうだ。「Tixei!」 ハルバードで打ち抜く。 狙うのは顔だ。 だが、当たる寸前に弾かれた。「ちぃ!?」 引いて突く。 弾かれる。 割と手練れか、このオーク。 だが、衝突力を維持する為にもここで時間を取られる訳にはいかない。 上に弾かれた勢いを利用し、上段へと振り上げて叩き下ろす。「Kieeetu!!」 潰す。 クラブで防ごうとするが、その程度で薬丸な自顕流っぽい俺の斬撃を止められる筈が無い。 ハルバードの斧刃が、クラブと一緒にオークの頭を潰す。 叩く斬る突くと、三拍子そろったハルバード、実に便利な武器だ。「ビクターさん!」 俺が足を止めた間に前に出たエミリオが叫んだ。 振るわれた剣槍ロンゴミアントの輝るランス ―― 騎馬突撃(チャージ)時以外でも、振るっても下手な武器よりも強力凶悪な威力を持つ神造(チート)武器が、俺たちとヴァーリアさん達の間に居た最後のゴブリンたちを薙ぎ払った。「でかした!」 褒める。 人間、成功体験の積み重ねこそが自信に繋がるからね。 死骸となったゴブリンを踏み越えて進む。 居る居る。 ボロボロになっているけど、揃いの鎧を着こんだ奴らが。 ルッェル公国の正規軍だ。 円周防御をして踏ん張ってたっぽい。 俺たちをビックリしたようにして見ている。 呆けてられる時間は無いんだがな。「ヴァーリア姉様! ヴァーリア姉様はご無事か!?」 守って来たヘレーネ夫人さんが前に出た。 兜を脱いで顔を晒した。 それで、正規軍の雰囲気は変わった。「姫様だ!」「ヘレーネの末姫様だ!!」 人気っぽい。 可愛い上に健気って、人気があるのも当然だ。 と、奥から出て来る騎馬2頭。「ヘレーネ!」 顔立ちはヘレーネ夫人さんに似ているけど、少しだけ年上って感じのお嬢さん、俺よりは年下っぽい人、それがヴァーリアの姫さんだった。 護られていたらしく、怪我も汚れも無い。「ヴァーリア姉様!!」「よくぞこんな所に!?」 感極まっているが、後にして貰おう。 突破しきった ―― 足を止めた事で、後ろの方で解囲して作った脱出路がふさがりつつあるのが見える。 急がねばならない。「感動の再会中に悪いが後にしてくれ、脱出するぞ。続いて来てくれ」「無礼者! 公女殿下の御前で何を貴様はっ!!」 御付き人が居丈高に来る。 カチンと来る。 ヴァーリアの姫さんよりも年上っぽいが、豪華な格好をしている。 つか神経質そうに睨んでくる。 アレな人だと、俺の直感が告げてくる。「黙れっ! 死にたくなければ言う通りにしろ!!」「な、下郎、俺を誰だと思っている、俺はルッェル公国の誉れ高き ―― 」 身分を言い出した。 直感通りの馬鹿野郎だった。「状況を理解していない馬鹿だ。口からクソをたらすな、黙れ! ヴァーリア姫、動けない怪我人は居るか?」「 ―― 貴様!?」 状況判断の出来ない馬鹿は無視。 というか、ヴァーリアの姫さんも、この馬鹿と同じでない事を祈りたい。「あ、いや、居ないが……ヘレーネ?」「大丈夫です。信じて下さい」「判った」「殿下!?」 馬鹿が吠えたが、ヴァーリアさんは馬鹿じゃ無かった。 というか、ヘレーネ夫人さんに確認した辺り、しっかりとしているとも言える。 これは実に有難い。「なら良し。付いて来て下さい。ヘイル、エミリオ、一気に抜くぞ!」「はい!」「応じゃぁ!!」 さぁ、脱出だ。