見渡せば集った精兵が見える。 精兵だ。 きっと、たぶん。 いや本当は、現実は非常であるってな訳で。 目の前に居るのはベルリン1945(ラグナロク・フィーバー)も真っ青な、雑多な人間の寄せ集めだ。 錬度装備はおろか年齢性別までバラバラで、とどめには女で子供(ヘレーネ夫人さん)まで居るってんだから恐れ入る。 つか、泣けてくる。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント2-11一心不乱にエクソダス 所謂顔合わせ。 とはいえ、顔を見せ合うだけで終わらせる訳ではない。 ここは1つやる気の出る様な演説をしなければならない。 マジ、面倒くさいというが、ガチで柄じゃないが仕方が無い。「諸君を指揮する事となったビクター・ヒースクリフだ」 出来るだけゆっくりと、堂々とした態度で言葉を放つ。 偉そうな態度なんて趣味じゃないが、これからの事を考えると舐められる訳にも行かない訳で。 指揮官が舐められ指揮を受け入れないってのは組織が集団として動けないって事に繋がって、集団として纏まっていないってのは要するに烏合の衆となる訳で。 末路は蹂躙されて屍を晒すのがオチだ。 俺は生き残るが。 100や200のゴブ助は敵じゃないし、逃げるのも、本気を出せば余裕だろう。 とはいえそれは俺だけの話。 なのでヘレーネ夫人さんやらストーク、ヘイル坊みたいなベルヒト村の連中を見捨てて逃げるってのは目覚めが悪い。 かなり悪い。 だから生き残らせたいのだ。「若輩の、それも部外者が指揮を執る事に思う事はあるかもしれない」 声に力を込め、1人1人と目を合わせる様に見て喋る。 反応は、大まかに言えば3種類だ。 戦意をみなぎらせているベルヒト組みに、悲壮感に包まれているクトーヌの連中。 そしてブラウヒア家の残党は、諸々の超えてしまった虚無感を漂わせていた。 あ、いや、ヘレーネ夫人さんだけは、なんつーか、やる気に溢れた表情になっている。 死んだ旦那の復讐戦か、あるいはブラウヒア家の家人を護るが為の責任感か。「だが今は従ってくれ。護る為に、何よりも生き残る為に」 じっと俺を見てくる目、目、目。 圧力がハンパ無いが、負けてられない。 背筋を伸ばして正面から受け止める。 逃げるものか。 逃げてやるものか。 と、3グループで真ん中。一番人数の多いクトーヌ村の面々から声を上げる奴が1名。 壮年でヒゲ面の、鍛冶屋か何かっぽいゴツイ奴だ。「ここん誰よいオメっが強いで問題ねっ!」「じゃーじゃー 強かでよか!!」 訛りが強いが賛意賛成来ました。 と、見れば多くの人間が頷いている。 アレ、反発余り無い? 力こそ正義って事か、シンプルで良い事だ。「ウラー!」「ウラー!!」「ウラァァァァァァァ!!!」 尚、ロシア式は聞こえなかった方向で。 お披露目というか閲兵というかを終えると、其処から先は各隊の隊長さん達との作戦方針の打ち合わせだ。 ベルヒト遊撃班からは俺とストーク。 ブラウヒア家私兵隊からはヘレーネ夫人さんと包帯だらけの小父さんが。 クートヌ村防衛隊からはオイゲンさんと、さっきの鍛冶屋風筋骨隆々さんが出てきた。 改めて自己紹介。 小父さんの名前の名はグロッセ、ブライヒア家私兵隊の実質的指揮官さんだ。 筋骨隆々さんの方はバイル、コッチもクートヌ村防衛隊の現場指揮官だそうだ。 2人ともポッと出の俺を見る目が険しく ―― 無い。 値踏みするという感じですらない。 楽ではあるが、拍子抜けっぽい気もするが、ソレは贅沢な発想なのかもしれない。「改めて宜しく」 とはいえ挨拶はその程度、後は実務的な話になる。 現在ベルヒト隊29、ブラウヒア隊19名、クトーヌ隊22名の計70名で321名を護って脱出行、しかもこれから数時間後に。 準備の余裕は殆どなく、敵は腹を空かせた4桁オーバー。 積んだ、等とは口が裂けても言わないが、余計な事なんてしている暇が無いってなものだ。 近くに集ってもらい、小枝でツィツィっと地面に陣形を適当に刻んでいく。「作戦は単純に行きたい」 雑多な寄せ集めで複雑なことはやりたくない。 基本は馬鹿でも間違えない作戦(シンプルイズベスト)だ。「その前に確認だがオイゲンさん、防衛隊に猟師上がりは居る?」 実はコレが肝な訳で。 居ない筈は無いけど、居ないとマジで困る。「当然居る」「この近くの森には詳しい?」「アーディは先代から森を狩場にしている。森で知らぬ事は無い筈だ」「なら結構。作戦は ―― 」 後は地面で図解しながら説明する。 前衛にアーディなる猟師を中心とした誘導員を置く。 列の中には前後左右に動きやすい遊撃班を、遊撃というか邀撃役で。 疲弊している私兵隊は列の側面防衛に回し、最後尾に防衛隊を置く。「誘導員で馬車のルートを確認し、脚の早い馬車から先に行かせる」「遅かと置いて行くんか」 眦を上げてくるバイルさん、中々の迫力だ。 それを手で止める。「遅いのが先に居ては列が詰まる。車列を出来るだけ素早く森に送り込みたい」 全員を救おうとは思う。 救いたいと願っている。 だが、全てを零さずに行く事は難しいっていうか、アレだ、夢想と一緒だ。 出来ない事を口にしたくない。 5人その1人1人の目を見る。 目に力を込めて言う。「護ろう(● ● ●)、皆を(● ●)。誰1人として残さぬよう、力を尽くそう」 夜が更けると共に脱出の準備は静かに、だが出来るだけ急いで進められた。 誰しもが騒ぐ事が己が命に関わると知って口を噤んでいる。 脱出の予定時刻まで後、少し。 偵察に出ているアーディさんが戻ってきて、それから始めるのだ。 並べられた馬車に乗っている大人は世間話すらしていなかった。 そして、大人の雰囲気に飲まれた子供まで大人しくしている。 皆、怯えている。 だから匂う。 匂いがする。 重く、悲壮な思いを抱いた人間達の匂いが。 ロットの手綱を握った拳が、ギリギリと言う。 緊張で喉が渇いてくる。 護れるのかっていう自問自答には答えはない。 護りたいとは思う。 だが、護れるとは思えない。 ファック なのに俺は護ろうと言った。 言っちまった。 自分に嫌気が差すってってモンだ。 っと、感情を出さない様に気を配っていればヘイル坊やだ。 歩き方、てか気配で判る。 コレが“氣”とかって奴なのか判らないけど、判る。 それは兎も角。 ヘイル坊やだが、気が付けば俺の副官みたいなポジに入っていた。 気が利く訳じゃないが素直なんで可愛いものだ。「ビクター」 押し殺した声で言うのはアーディさんの無事帰還だ。 見ればその大きな背に隠れる小柄な、如何にも猟師といった風体のアーディさんだ。「ご苦労様、どうだった?」「居ない。伏せている、気配も無い」 攻略戦を仕掛けている際の<黒>が野営する時は、攻略対象から離れた場所で野営する。 当然、コッチの逆襲夜襲を恐れてだ。 その場合でも攻略対象の近くに警戒部隊を置いている事もあるのだが、今回は居ないっぽい。 空腹で動けないのかもしれない。 あり難い事だ。「道は?」「問題ない。綺麗だ」 実直なのか朴訥なのか、アーディさんの言葉は少ないが、それでも必要とされる情報は十分に集った。 頷く。「なら、始めよう」 一心不乱のエクソダス、だ。 一心不乱のエクソダス。 そんな威勢の良い表現をしても、実態は落城寸前での夜逃げ。 であればエクソダスも粛々と行うに限るってなもので。 正門から出る馬車の列、灯り ―― 篝火など使わず、月明かりを頼りに暗闇を行く。 無音。 人は息を殺して、馬には猿轡をして嘶きが出来ないようにしてある。 道行く人の緊張感が感染したか、虫だって囀らない。 そして<黒>も。 どうやら連中、警戒部隊はおろか、外周への哨戒部隊を配置してなかったっぽい。 弛みすぎだがあり難い。 後ろを振り返る。 徒の男達、そして星空の輝きをくり抜く黒い影、クトーヌ村が小さく見える。 前を見れば馬車の列、そして暗い森。 森だ。 森に逃げ込めさえすれば何とか成る。 夜の森は、道以外で走る事は出来ない。 人やゴブ助なんかは無論、例え戦獣騎兵であっても。 馬なんかは論外だ。 であれば、後は俺が最後尾で道を塞いでゴブ助を殺して殺して殺してりゃぁ無事に脱出成功ってなものだ。 多分。 きっと。「順調やな」 緊張感に耐えかねてか横に居たヘイル坊やが口を開く。 音を立てぬように静かに、それ故に遅い馬車列の動きは強い消耗を強いているのだろう。 暗闇の中でも、顔色が悪いのが見て取れる。「ああ。アーディは良い道を選んでいる」 合いの手を入れたのは最後尾を護る防衛隊取りまとめ役のオイゲンさんだが、コッチも顔色が悪い。 暗い。 馬が苦手って訳じゃないだろうから、村を捨てる事に色々と思う所があるのだろう。 とはいえ、だ。「オイッ」 馬を寄せて小さく叱責する。 おしゃべり位はとも思うが、上の人間が気を緩めればそれは即座に下に繋がる。 緩みは緊張感からの逃げ口として会話になる。 そして、1人1人は小声で喋ったとしても集団になれば大きな声、音となるのだ。 見逃す訳にはいかない。 そもそも2人は混成で即製な避難護衛隊を示す白襷 ―― 適当な白っぽいシーツで作った識別用のソレを付けていて目立つのだ。「口を閉めろ、気を緩めるな」 目立つ奴がンナ事をしていると下の、というか普通の避難民が簡単に緩んでくる。 だから、小さく声を掛ける。 慌てて背筋を伸ばすヘイル坊やは素直だが、オイゲンさんは不承不承という雰囲気を放っている。 年下からの命令って嫌だよね。 俺も年上に命令するのは嫌だよ。 だが軍事行動で規律を緩めるのは、組織の戦闘力を下げる事にも繋がるってな訳で。 不満に気付かないフリして言葉を続ける。「馬車が全部森に入って、そこで始めて護衛仕事の半分が終わると考えろ」 1000里を行く者はって奴だ。「おう」「ああ」 しかしイカンね。 緊張感は大事だが、人間緊張しすぎるとヘマをする。 事故をする。 小さくも鈍い音。 そして悲鳴。 そう、こんな風に。「ヘイル、続け!!」 返事を聞く前に、ロットの腹に蹴りを入れて走らせる。 マジかよ畜生め。 車列の中でもやや後方の、事故現場に駆けつけてみれば、馬車と馬車がぶつかっていた。 1台の馬車がもう1台に突っ込まれて、土手に登っている。 道が狭まっていて操作を誤ったのだろう。 悲鳴と怒号、怒鳴り声。 御者役が押し殺した声で罵り合っている。 それどころじゃねっての。 自分の感情を優先させているんじゃねぇよ、馬鹿野郎め。 そこから馬車の列も動けなくなっている。 というか人だかりだ。「静まれっ。馬は、馬車は無事かっ」 喧嘩なんぞやってる暇はねぇっての。 突っ込んだ馬車には異常は無かったが、乗り上げた方は ―― 「無事じゃっが。乗ってる連中、荷物がワチャクチャだ」という事だった。 御者の男は怒り心頭という感じだ。 とはいえ、だ。「荷物と人を一度降ろしたい、と」「だ。このままじゃ危ない。馬車が傷む」 重いものを乗せたまま土手から降ろすと馬車が傷むとな。 オイオイオイオイオイオイ、だ。 状況、判ってるのか? 頭を振ってムカつきを追い出す。「親父さん、そんな暇は無い。<黒>が来るぞ。それから―― 」 人は兎も角、荷物を降ろすってのは禁止だ。 乗りづらくても無理にでも乗ってもらう。「―― 動けるな? なら先に動いてくれ」 突っ込んだ馬車には、幸い異常は無かった。 であれば森への脱出が最優先だ。 が、それを止めようとする馬鹿。 乗り上げた馬車の御者だ。「ざけんな!! 家財に傷を入れられたんだぞ、謝罪と賠償の話が先じゃ」 オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ。 馬鹿なの死ぬの? 死にたいの? 家財を捨てての逃避行なので、残った財産を護りたいって気持ちは痛いほどに判るが、TPOを弁えろってのが正直な感想だ。「そんな話より、直ぐに馬車を動かしてくれ」「そんな事とは何だ、そんな事とは!!!」 激昂しやがった。 大声出しやがった。 うん、ギルティ。「命と荷物、どっちが大事だ?」 言葉ほど選択肢は与えない。 襟元を握り、締め上げて肉体言語(オハナシ)だ。 鎮圧してから耳元で囁く。「判るか、親父さん? 命はアンタとアンタの家族だけじゃない。周りの人間のもだ」 顎でしゃくって周りを見せる。 人だかりの目は決して友好的なものじゃなかった。「どっちが大事だ?」「いっ、命だ」 オーケイ、良い子だ。 素直で大変結構。「じゃぁ馬車を手早く下ろしてくれ」「わ、判った」 大きな事故でもなく、解決も素早くホッと一息。 とはいえ、事故が起きるってのは緊張感の緩みか、或いは過度に高まったかだ。 疲労もあるかもしれない。 草木も眠る丑三つ時って奴だ。 既に馬車の半分は森に入れた。 残る半分、何とか無事に行って欲しい。 手から取りこぼすのは仕方が無いとしても、少ないに越したことは無いからだ。 あと少し。 あと少しで零さずに済む。 そう気を緩めたのがいけなかったのだろうか。 先ほどの衝突音よりも大きな声が響いた。 泣き声だ。 よく通る、子供の。 オーゥ ファック 子供の泣いている所へと駆けつけてみれば、此方も事故だ。 但し、先の事故より大分酷い事になっている。 馬車が3台玉突き事故で、荷物が散乱して道を塞いでいるんだから溜まらない。 パッと見でデカイ怪我した人が居ないっぽいのが、唯一の救いか。 但し、泣いている子供の勢いは、それこそ火の付いた様な(● ● ● ● ● ● ●)という奴だったが。 周囲は、そんな母子を白い目で見たり、慌てたり、散乱する荷物を拾ってたりと大混乱だ。 というか、車列のやや後ろ目な辺りでの事故なので渋滞の発生が地味に痛い。 急いで車列の流れを整える様に、ヘイル坊やや他の俺直率の遊撃班からの分隊 ―― 邀撃班に指示を出す。 短く、判りやすく。「道を開く。荷物は土手に除けろ、時間優先だ、掛かれっ!!」 馬車1台分の荷物を除けるのだ、中々の重労働だが皆、キビキビと動いてくれる。 善哉善哉。 命令を出して自分は高みの見物だ。 いや別に怠惰の為って訳じゃない、指揮官役には指揮官役の面倒事ってのがある訳で。 御者に馬車の状態を確認させ、又、近くに居た白襷に、誘導員役を適当に任命して馬車が行ける様にさせる。 夜間無灯火で路肩を行くのだから亀の歩みみたいに速度は落ちたが、止まっているよりは良い。 事故した馬車の後には後、5台居るのだ。 行程も半分を越え、あと少しで森までは到達出来るとはいえ、暢気にやってる暇は無い。 子供の泣き声は響く。 特に、こんな夜中であれば<黒>の軍営にまで届いているだろうから。「お願い、黙って!! 泣き止んで!!!」 お母さんが抱きしめて泣き止まそうとしているが、止まる気配は無い。 母子共にパニック状態って奴だ。 母子共に若いから仕方が無い。 というか、この子供って乳幼児に毛の生えた位の年頃だ、理屈が通じるはずが無い。 普通、それを支えるのが旦那とか親とか親戚なんだが、この2人に他の家族はおらんのかい。 もしかしてこの人も未亡人かよ、やり切れん。「悪いが」 ノンビリしている暇はないってな感じで声を掛けると、お母さん、泣いている。 泣きながら振り返ってくる。「すいませんすいません、今、止めますから」 と、手が子供の口元を塞ぐ。 鼻まで塞いでる。 いやマテマテ、それはヤヴァいから。 死ぬから。 マジ、死ぬから。 慌てて止める。 ここは沖縄戦、ガマじゃないんだから!!!「お母さん、子供は泣くのが商売だ」「で、でも」「大丈夫大丈夫、何とかするから」 パニックが収まる様にと、できるだけ優しく言う。 それに、今更止めても間に合わないっていうのもあったが。 遠吠えがした。 角笛が響いている。 ほらな。 <黒>だ、<黒>が来る。 その事を理解して皆が騒がしくなる前に声を張り上げる。 こういう時こそ機制(イニシアティブ)が大事ってなものだ。「ヘイル! 前に走ってフォルクマーさんへ灯火管制解除を伝えろ!! 森まで全速だっ!!!」 副官というよりも伝令役として俺の側に置いているヘイル坊やに命令する。 馬の扱いは俺より上手いので伝令役はうってつけだ。「おうじゃ!!!!!」「馬車はどうだ!」「1台は軸受けが歪んどるで動けぇんが、他は動けっ」 1台は捨てて、2台で3台分の人を運ぶか。 荷物は無理だな。「なら、馬だけ連れて行く。2台に追加で乗せられるか?」「狭いで、荷物に乗っか荷物を抱えっかやがな」「乗れるなら結構。命には代えられん。適当に便乗させてくれ」「おお」 徒歩で逃げるという事にならなかっただけ幸いというべきだろう。 先は長いのだから。 今夜を乗り切ってもその先、合流してから、そして公都まで。 事故の連発による時間の浪費は辛い。 幸い<黒>の営地からは距離がある。 徒歩であっても、連中が来る前に森に逃げ込める ―― 筈(●)だった。 そう、予定では。 捨てられた幾つもの篝火に照らされた周囲に馬車が5台転がって荷物が散乱し、馬と人と人以外とが臥せっている、死んでいる。 予定は未定。 現実は非情。 コッチも篝火を点して突っ走ったが、アレだ、腹ペコの野獣s'はその上を行ったって事だ。 クソッタレ 腹の内側に燃え盛る怒りを力に変えて、ハルバードを振るう。 下段から上段へと降り抜き、その勢いを生かす形で振り下ろすという円運動。 長モノは重量もあるんで、乱戦では便利だ。 味方が多いと危ないし周囲に建物とかが在っても邪魔臭いが、今はその心配は無い。 街道のど真ん中、右も左も敵ばかりとくれば無問題(モーマンタイ)という奴だ。 要するにゴブリン、死すべし、と。「Siiiiiiiiii!!」 真っ二つになったのと叩き潰したのとで都合3つ、ゴブ助が血と肉と糞の集合体になる。 だが足りない。 逃げ腰になったゴブ助に追撃、ハルバードをぶん回して迫れば一目散に逃げ出す。 逃がすか馬鹿め。 足元に転がってるゴブ助の剣を蹴っ飛ばして握って、そして投げる。 汚い切っ先が背中にブッ刺さって即死(ストライク)。 この位じゃまだ足りない。 殺し尽くせない。 周りに転がっているゴミ(ゴブ助)と老若男女の死体。 俺の手で全てを護れる筈だったのに ―― なんて、驕って悔いる積もりはない。 だが、目の前で殺されるのは腹が立つ。 本当にムカつく。 更に獲物は居ないかと探せば、呼ばれた。「ビクター!」 ヘイル坊やだ。 後ろの、壊れた馬車の構造材やら荷物やらで作ったバリケード陣地に篭らせている。 チョッとだけ足止めが出来る、かもしれない程度のバリケードだが、集団戦が初めての初心い連中には、それが在る無しで違ってくるってものだ。 後、弓をもっての防衛戦だと効果的だし。「どうした?」「周囲の敵が退きつつあるで、休憩したらっち!」「ああ、すまん」 気を利かしてくれた模様だ、在りがたい。 そういえば敵が居ない。 俺もチト、頭に血が上っていたか。「今、戻る」 ここは森に入る直前の広場だ。 というか、森で効率的に仕事をする為の小屋なんかがあり、薪とかもあった。 だからこそ、簡易とは言えバリケードを築けたって訳で。 何でこんな所に築城しているかといえば、避難民本体が<黒>から逃れる為の時間を稼がねばならないからである。 幾度かの襲撃で、喰われた馬車以外にもダメージ受けたのが5~6両あって速度が出ないのだ。 しかも、馬車に乗り切れない人まで居て、要するに徒歩なのだ。 これではどうしても時間を稼ぐ必要が生まれるってなものである。 面倒だが、仕方が無い。 <黒>を潰せるだけ潰すので、気が晴れはするが、それでも面倒ではある。 獲物を振り回してハイになってたテンションが落ち着いてくると、アレだ、疲労感が出てくるって訳だ。 ここに機関銃か爆弾があればいいのに。 簡単に皆殺しにしてやれるのに。 或いは魔法か。 弱いというのは罪だなとか呟きながら魔砲で焼き払うとか、それって胸キュンって奴だ。 どれも無いけどね!!「ビクター!」「おお、すまん」 誰かが差し出してくれた水筒をラッパ飲み。 ただの水だが実に美味い。「怪我人の後送とかはどうなってる?」 浴びる様に水を飲んでから確認する。 死んだ連中は別にして、10人近い怪我人が襲撃で出た。 手を食われた奴、脚を齧られた奴と色々と。 その全員が他の馬車に乗せられる訳じゃない。 というか、その倍以上も怪我は無いけど脚を無くした女子供に高齢者が居るのだから仕方が無い。 仕方が無いって言葉に腹が立つ。「上手いこといっとる。後ろんヘレーネ様ん所から馬車が借りれたっでな」「そいつはあり難いな」 最前線の俺らの後方、第2列、ガチの森入り口を護っていたブラウヒア家私兵隊が自前の馬車を提供したとの事だ。 ヘレーネ夫人さん、まだ若いってか幼いのに基本女傑系っぽい。 ブラウヒアの人たちだって疲弊しているだろうに、というか有能なのか、その人たちに反発を受けずに歩かせるなんて。 ナンにせよ、凄いモンだ。「なら、ここの維持はあと少しって辺りかな」「そうしてくれりゃぁあり難いで、矢がもう無かでな」 ありったけ置いてってもらった分まで射耗(カンバン)か。 頑張ったな。「オメらが良いが、オレらは出番が無かった」 ブスっとした顔をしているのはクトーヌの防衛隊前線指揮官バイルだ。 外見から内面まで実に筋肉質っか脳筋野郎なんで、判りやすくて実に良い。「このばけモンめ」「そう褒めんで下さいよ」 前線で俺が暴れ、ゲーベルから選抜した弓兵が支援して、クトーヌからの面々がそれを護衛するってのが段取りだったんだ。 そう過去形。 アレだ、最初にカチ込んで来た連中以外は戦獣騎兵もゴブ助も散発的にしか来なかったんで俺様無双状態でケリが付いた訳だ。 コッチの撤退速度が良かったって事だろう。「呆れ取るんだ化け物、いや <万騎不倒(● ● ● ●)> め」「はっはっはっ」 所で万騎不倒ってナニ? とはいえ、笑ってられたのはここら辺までだった。 撤退準備をしていたら凶報が飛び込んできた。「後方に敵がきちょる!!」 マジですか。