戦獣騎兵の攻撃力で恐ろしいのは、その背に乗ったコボルトの武器では無い。 一応、武器自体は持っているのだがコボルトの非力さ故に軽い武装しか出来ず、ある程度以上の防具を着込んだ人間にとっては深刻な脅威足りえないのだ。 では戦獣騎兵最大の武器は何かと言えば、それは、その戦獣そのものだ。 それなり以上に強靭な脚の爪は恐ろしいし、そして何より、凶悪な歯と咬噛力は脅威以外の何ものでもないのだ。 人間程度の皮膚や肉なんて簡単に食いちぎって行く力を持っているのだ。 更に厄介な事に、防御力の高さもある。 毛皮と皮下脂肪によって、力の入らない斬撃など受け付けない強靭さを持つ、実に厄介な相手なのだ。 ここら辺はゲルハルド記念大学にて実際に戦獣騎兵と戦闘をした経験のある教官から聞いた、伝聞だった。 そして実際、ベルヒト村で戦った連中は、噂に違わぬ部分を持っていた。 前に戦った野良戦獣に至っては、噂以上の相手だった。 だが、今俺達が前にしている連中から、あの時程の脅威は感じられない。 感じられないのだ。 最初こそ威勢が良かったが、今では近づけば下がる。 ハルバードを振るえば跳ね下がる。 仕掛けてくるよりも吼える方が多い有様である。 連中の1割方を喰ったからかとも思うが、どうにもそういう風でも無い。「なぁ、こいつらぁ!?」 その事に気付いたのか、ヘイル坊やも妙な声を上げてきた。 中々に観察力のある事である。 戦闘処女(チェリー)を卒業したてだってのに、肝が据わってるものだ。 後で褒めてやろう。 だが、今は釘を刺す事を優先する。「ああ。だが油断はするなよ?」「わかっちょる!」 不満げな感じではあるが、素直には返事を返してくる。 若いってなものだ。 しかし、どうしたものか。 半分はこう着状態に陥ってしまった現状を考える。 進めば退くし、コッチが止まればジリジリと輪を縮めてくるし、と。 いっそ一挙に突撃するってのもアリかもしれないが、万が一にもコレが擬態とかだった場合を考えると、容易に行動をし辛いってなもので。 それに、この状況も悪いだけじゃないのだ。 さっきから走らせ続けていたロットやヘイル坊やの馬を休ませる良い機会って面もあるから、収支面ではトントンかもしれない。 ストーク達が戻ってくるまで時間を稼げば良いってのが、本来の俺達の役割なのだから。 いや、駄目だ。 それでは駄目だ。 俺達の解囲戦までやってから、あのクートヌ村まで進撃するとなると時間が掛かりすぎる。 というか、アッチからゴブ兵が分派されてくる可能性だってあるのだ。「ヘイル!」 声に力を入れて名を呼ぶ。 それだけで意図が判ったのだろう、ヘイル坊やはバトルアックスを掲げて応えてくる。 戦意旺盛、実に良いってなもんだ。「やっか!」「おおよ! ――」 思いっきり息を吸う。 睥睨。 周囲を睨み付ければ、狗どもは身を低くして警戒している。 はっ! 警戒しているだけで止められると思うなよ。「―― Uraaaaaaaaaaaaaaa!!」 ロットの腹を蹴る。 突撃だ。 先ずは戦獣騎兵の包囲網を食い破る! そう決意しての突撃は、包囲の一番手薄な場所を狙った。 だが、食い破るよりも先に来るものがあった。 矢、即ち、援軍だ。「ビクター!!」 目の前の戦獣騎兵達に矢が突き刺さり倒れていく。 ストーク達だ。「ヘイル! 流れ矢に当たるなよ!?」「おおじゃぁ!!」 しかし、意外と手早く立て直したモンである。 ストーク、中々にやる。「無事か!?」「早かったな」 遊撃班の殴り込みに、戦獣騎兵の狗どもは抗戦するのではなく逃走しだした。 そんな負け犬どもの背を追いつつ合流した遊撃班の面々の顔には、少なからぬ自信が浮かんでるように見えた。 良い傾向だ。「俺達をなめるなよ?」「ああ、悪い。で、悪いついでだがこのまま村まで突っ込むぞ」 元から腰のひけていた狗どもは、勢いよく浴びせられた矢に後ろも見ないで逃げ出している。 向かう先は当然、クートヌ村に仕掛けている最中の本隊だ。 中々に数が居るが、この戦獣騎兵の壊乱に乗じて接触できれば、簡単に突破して村まで辿り着けるってなものである。 深追いは本来禁物であるが、平地で兵を隠す場所の無い今のであれば問題は無いだろう。「いいなっ! 乗った!! 指揮は頼むぞ!!!」「おぉ!」 あれ、俺、指揮官やん、いつの間にか。 もう良いけどね。 諦めたから。 腹に力を入れて吼える。「クートヌの村を! ブラウヒアの人々を救いに行くぞ!! ベルヒトの男を見せてみろ!!! 総員、突撃ぃぃっ!!!!」 疾駆する馬午ウマ。 馬上戦闘は上手くこなせるようになったけど、本気のこいつ等マジ怖い。 というか、だ。 ロットは本気で1馬力なんだろうか、なんかこー違う迫力を感じるんですけど。 他の馬を数馬身以上も引き離して、でも何か余裕があるっぽい。 化け物め。 つか、そんな馬の背で鐙に体重を掛けて立ち乗りせにゃならんとかマジ洒落にならん。 チビリそう。 でも、こうじゃないとハルバードを左右へと振り回せない訳で。 畜生め、跨ったままに振り回せる馬上双剣(メーネ)が欲しい。かなり切実に。「Uraaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」 鬱屈というか恐怖を全て声に乗せて吼える。 よく考えたらこいつ等がこんな村を襲うから、俺はまだ馬で戦わなければならない訳で。 その意味では万死に値する。 死ね、シネシネシネ。 血と肉と糞便を撒き散らして大地の滋養になりやがれ。 勢い良くハルバードをブン回せば、密集していたゴブ助を切り裂く。 ロットの蹄が踏み潰していく。 ゴブ助どもは皆して武器を捨てて逃げ出している。 逃げる奴は敵だ。 逃げない奴は訓練された敵だ。 そもそも、戦獣騎兵が逃げ込んで隊列っぽいものもグチャグチャにした所へと突っ込んだのだ。 訓練もクソも無い。 まとめて皆殺しにしてやる。 悲鳴が絶叫が心地よい。 混乱が広がっていく。 俺達と離れた所の連中まで武器を捨てて逃げ出している。 俺達の10倍からは居るってのに情けないモンだ。 こんな情けない姿を見ると、背を討つ気にもなれない。 そもそも、村へと入るのが最優先なのだから背を追うよりもするべき事があるってなものだ。 指揮官であろうオークの首だけは、この混乱で刈りたかったが、混乱が酷すぎて何処に居るのか判らないのだから仕方が無い。 残念である。「ビクター!」 あ、ストークが追いついてきた。 玄人なこいつ等が操る馬を置いてけぼりにする、若葉マークな騎手を乗せたロットって、ホント、どうなってるだろうか。 まっ、どうでも良いが。「ああ。村へ向かおう」 そう言えば村にはブラウヒアって家の若夫人が居るって話だったよな。 しかも未亡人、夫を亡くしての逃避行であるにも関わらず、人々を纏め上げているのだ。 ディルクが心っから心配し、敬愛している風な所からも、見事な御人なのだろう。 うむ、不謹慎ではあるが、チト、萌えた。 はてさて、どんなご婦人さんなんだか。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント2-09コレナンテエロゲ? クートヌの村は、城の様なというには足りないが、それなりに立派な城壁が築かれている。 これがあればこそ、<黒>の連中を凌げたのだろう。 所々で破口が作られかけているが、致命傷にはなっていない。「ぎりぎりで間に合ったか」「ああ。みたいだな」 見れば正門と思しき場所、扉も破れかかっている。 周囲にゴブ助の死体がかなり転がっている辺り、激しい攻防戦をしていたのだろう。 本当に、ギリギリだ。 城門の櫓に居る人々の顔は、信じられないものを見たと言わんばかりの表情になっている。 と、馬から飛び降りたディルクが門の前へと駆け寄った。 俺達は伏兵を警戒しつつ進んでいたので、それが待ちきれなかったのだろう。 後ろから見ていても、その動きに喜色が溢れている。「開門を! ディルク・ギーゼンです!! 彼らはベルヒトの勇士たちです!!!」 その声に、城壁の中の人々が感情を爆発させたのが聞こえた。 櫓の連中も抱き合って喜んでいる。 少しだけ、誇らしい気分になれた。「やったな」「ああ」 隣に居たストークと拳と拳を討ち合せた。 達成感がある。 ミッションインコンプリートってなものだ。 あ、いやインは要らないか。 そんな馬鹿な事を考えていると、ゆっくりと門が開いた。 度重なる攻撃で痛んだか、軋みを上げている。「どうぞ中へ!」 櫓の上からの声に誘われて、城門を通る。 と、中はお祭り騒ぎ染みた状態になっていた。 さもありなん。 いまや門扉を破られ、命を奪われ ―― となりそうな所で大逆転ホームランだ。 濡れる! とか、きゃーっ! 抱いて!! とか思っても不思議じゃない。 というか、それが妄想じゃないって思えるレベルで、女性から男性まで歓迎してくれている。 一寸と言わない位に満足感がある。 思わず手を振り返してしまうくらいの。 というか、ふと見ればヘイル坊やや若い連中は当然だが、ストークまで鼻の穴が開いている辺り、実に可愛い(スケベな)ものである。 間抜けではあるが。 なので、自分の鼻の下が伸びない注意しながら馬を下りるとしよう。 他人様に感謝されながら揉みくちゃにされると云うのは得がたい経験である。 その意味で若い衆が盛んに手を振ってたりする気持ちは良く判る。 ヘイル坊やがバトルアックスを掲げて大声を上げている。「ウラー!!!」 共産趣味者なロシア式だ。 意味判ってるのか、判ってないのか。 いや、大意においては間違ってはいないから良いか。 多分。「ウラー!!」「ウラー!!」「ウラー!!」 あ、若い衆に感染しだした。 遊撃班も村の若い衆も、皆して武器を掲げてウラー ウラー と叫びだした。 語呂が良いというか叫びやすいからかもしれないけど予想外。 うむ、どうしよう。「ビクター!」 よし、ストークに名前を呼ばれたので気付かなかった。 そういう事にしておこう。 さてさて、ストークに呼ばれた理由は単純でした。 この村の村長とブラウヒアのご婦人サンへの紹介でした。 いけねっ、この後の事をアレコレする為にさっさと話を通しておかなきゃならないってのに、俺も少し浮かれていたか。 武闘大会の時と違って素直に受けれる賞賛ってのは、なんだ、気持ちがよいやね。「此方がクートヌ村々長のフォルクマー」「助かったよ、フォルクマーだ」 ストークの紹介が終わるより先に、痩せた爺様があからさまに安堵した表情で、手を握ってくる。 割りに細めな手は文官系っぽ。 というか、武器を佩かないどころか鎧すらも着込んでいない辺り、荒事は期待出来そうにない。「ビクターです。初めまして」「ああ、初めまして。君達の働きには非常に感謝している。君やベルヒトの勇士は、正にこの村の恩人だ!!」「出来る事をしただけですよ」「それが出来ない人間が多いのが昨今なのだ。それに出来る事が、我が村の救援だったのだ。私からすれば感謝してもし足りない位だ」「喜んで貰えて幸いです」「喜ぶ? これは喜ぶではなく、大感謝だよ!!」 感激屋さんか、或いは演説好きか。 大声で、しかも口調が早い辺り、神経質っぽいのかもしれない。 村の状態がそれだけ、存亡の危機だったって事の裏返しかもしれないが。 そして更に口を開こうとした時、コホンっと咳が一つ、フォルクマーさんの後ろから聞こえた。「あ、ああ。申し訳ない」 そう言いながら、慌しく手を離して身を引いた。 このパターンだと後ろに控えているのは、ブラウヒアのご婦人さんか。 爺様よりは女性が良いよねとか見れば、妙齢や若いというよりも幼いって感じの小柄な少女が、やや顔を顰めながら立っていた。 実用本位な服装をしている辺り家付きの侍女さんだろうか。 流石に地方名士の御夫人さんが、こんな戦場までは出てきていなかったか。 個人的噂のご婦人がこの場に居ないのは、夫を亡くしたばかりのたおやかな女性がこんな喧騒の中に出てこれる筈も無いとか、そんな感じか。 最近の女性の知り合いって女傑系が多いので実に、良い。 実に良いのだが、とはいえ、逆に言うとこんな場所に幼げな侍女を出してきたってのには、ブラウヒアの人への評価は下方修正しておこう。 女性と子供は国の宝ってな。 兎も角、侍女さん(多分)は顔をしかめているというか、相対して見れば苦笑に近い表情なのは、多分に、フォルクマーの爺様の勢いに呆れるとかしているのだろう。 きっと。 しかしこの侍女さんだが、しかめてはいても見える顔の可愛らしさが将来の有望さを示していて実に良い。 ゴブ助や狗を狩った後なのだ、人間、美しいものを見ないと心が荒れるので、この侍女さんを見れたのは実に、実に良い。 それは爺様からの感謝では補充されない何かってなものである。 そんな気分を乗せて笑顔で挨拶をする。「初めまして、ビクターです」 背筋を伸ばして踵を打ち合わせ、淑女(リトル・レディ)殿とばかりに、ゲルハルド記念大学で学んだ礼儀も乗せてみる。 こんな年頃ってさ、こういう扱いに憧れているよねってな按配である。 だが帰ってきたのは予想外に貴婦人的な態度と返事、そして名前だった。「見事な礼と、何よりも救援に感謝しますビクター殿。私がヘレーネ・ブラウヒアです」「はい?」 思わず酢頓狂な声を上げて、聞き返してしまった。 だが、現実は非情だった。 ブラウヒアのご婦人たるヘレーネ・ブラウヒアは御年13歳の、新婚4ヶ月目での未亡人さんであった。 コレナンテエロゲ? だ。 ロリ婆ならぬロリ未亡人という新ジャンルの開拓に、一瞬、脳ミソがフリーズしたが、それは人間として仕方が無いと思う。 尤も、そんな馬鹿な事を考えたり出来たのは、ほんの一瞬の事だった。 冷静に考えると割と良くある話 ―― まだ幼い内に政略結婚をするってな事は、戦国の世みたいな殺伐だとした時代じゃ日常茶飯事ってなものだ。 重要なのは本人達ではなく、家と家との繋がりなのだから。 それに、驚いてばかりもいられない現状ってのもあるのだ。 <黒>は今は退いているのでその間にするべき事は山盛りなのだから。 今後の方針の策定、策定と平行して村の城郭の破損状態の把握と応急修理などなどだ。 生き残る為には手と頭を動かし続け成ればならないってなものである。 割りに深刻っぽい話もするからって事で、俺とストークはフォルクマーさん達と共に村の指令所となっている集会所の、食堂っぽい部屋へと入った。 部屋に装飾は余り無く、出されたのも白湯な辺り、戦時下っての差っぴいても、この村はベルヒト村に比べると、チト、貧しいっぽい。 そんな事はさておき、戦闘の連続で荒れた喉には、白湯が優しい感じである。 と、ストークもホッとしたような声を漏らした。 お互い、疲労していたなと、ストークと笑いあう。 それから、遊撃班の連中にも振る舞って欲しいとお願いしておく。 気遣いって大事だよねってなものだ。 この先を考えると、今しか休む時間は無いだろうしってな面もあるけれども。 一服して俺とストークが人心地ついたのを見計らって、フォルクマーさんが口を開いた。 今後はどうすべきか? と。 本来であればよそ者に聞くべき話じゃ無いのだが、この村もまたベルヒト村と一緒で人員を軍に動員されてしまっていて軍事に詳しい人間が残って居ないのだという。 防衛戦の指揮も、村長であるフォルクマーさんが陣頭指揮だったというのだから、ある意味で末期だ。 対してブラウヒア家の方はといえば、そもそもが難民というか敗残兵の集団であり、戦える人間は撤退戦の最中で払底してしまっているのだ。 有り体に言って、この村には少数の成年男子の他は女子供と老人、そして怪我人しか残っていなかった。 おーいぇー ってな感じである。 ストークを見ると、頷き返してきた。 その意味はきっと全権委任だろう、きっと。「私は学の無い人間ですが、このビクターはトールデェ王国で軍の勉強をした人間です。彼の判断に私は従います」 言葉でも丸投げしやがったよこの野郎。 というか、やり遂げたって顔をしているんじゃねーっての。「おぉ! トールデェで軍の!! それは心強い事、限りない話だ!!!」 即座にフォルクマーさんが、これで村も安泰だと感激しだした。 これって演技だよね、他人様に責任をおっ被せる為の。 老獪な村長って、タチが悪いよね。 だよね? 天然さんじゃない事を祈りたい。「だが、無思慮に従う訳にも行かないと思うのです」 唯一、ヘレーネ夫人さんが冷静に突っ込んでくれた。 実にありがたい。 突っ込み役不在って、実に辛いからね。 いや、本当に。 そして話は、本道に戻る。 即ち、今後の行動指針である。 それに関しては包み隠さず、このままでは村を防衛し得ないと告げる。 城郭は破られつつあって基本的に劣勢で、増援は少数。にも関わらず<黒>は、パッと見た村の住人よりも多いのだ。 しかも、その増援の俺や遊撃班だってそれぞれに責任を負うべき人たちが居るのだから、何時までもこの村に居る訳にはいかない。「やはり、そうなるかね」 悄然とした声でフォルクマーさんが漏らした。 痩せたその身が一層小さく見えた。 激昂したり感情的にならない辺り、村の状況を理解していたっぽい。 だがそれでも、言葉として村からの避難、実質的放棄を聞かされると、その先にある未来 ―― <黒>によって村が荒され、或いは廃墟となってしまうであろう事が辛いのだろう。 こればっかりは、部外者である俺では何も言えない、受け止められない事である。「村は棄てるしかないのだね」「残念ながら」 言葉少なくしか返事が出来ない。「いや、いい。君が、君たちに求める筋の話ではないからな」 力なく笑うフォルクマーさん。 感情的になったり、村の固守を主張しない辺り、それなりに肝は据わった御仁っぽい。 そんなフォルクマーさんに代わってヘレーネ夫人さんが口を開く。 外見の幼さとは異なる力が目にあった。「村から出るという方針は理解しますけど、それで我々は逃げ切れるのですか?」 希望に縋るのではなく、このクートヌの村が<黒>の半包囲下にあるという現実を見て、状況を冷静に考へ、物事を判断しようとしているのが判る口調だ。 まだ幼いのに大したものだ。 壊乱したブラウヒア家の若夫人なのに、その残党を集団として纏め続けているだけはあるってなものだ。「微力は尽くします」「“必ずや” とは言わないのですね」「何事にも、絶対はあり得ませんから」 空手形は好きじゃない。 それに、絶対ってのは絶対に存在しないってのが俺の信念だし、ね。「ビクター殿は強いのですね」 ヘレーネ夫人さん、何か、ほろ苦いものを舐めた様な口調で呟く。 というか目つきが実に儚げで、年齢不相応ってな感じである。 あーうん、なんだ、死亡した旦那さんとか、ブラウヒア家の兵士達がそんな台詞を言ってたんだろう。 きっと。 必ずや戻るとか言って、結局 ―― っと。 やりきれんね、戦争ってのは。「弱いですよ。だから足掻いてます」 個人としては物理的にそれなり(● ● ● ●)だけど、指揮官として見れば、ひよっこ以下ってなのが実際だろうしね。 第一、本当に強ければこんな時には、周りを安心させるような言動態度が出来るだろう。 情けない話だ。「そうですか。目標が高いのですね」「どうですかね。買いかぶりの様な気がしますよ」 比較対象というか目標が母親様とかマーリンさん達なので、指揮官像の目標が高いってのは否定しないけど、目標の高さと自分の低さってのは、また別の話な訳で。 後、学生時代は頭脳労働を外付け思考回路(レニー)に依存してた弊害かもしれない。 俺は剣で良いとか、敵をぶった切る剣で良いとかとか。 マーリンさんの傍で剣を振るってられれば幸せとか、足を引っ張らないレベルの腕になれればそれで十分とか思ってたからな。 要するに、今までは誰かの脳ミソの庇護下で調子に乗っていたのだ。 その事が他人様を指揮する羽目になって自覚するし、悔やまれる。 割と真剣に。「買いかぶりかもしれませんが、貴方より私は貴方に期待させて頂きます」 深い、或いは強い笑み顔に浮かべてきたヘレーネ夫人さん。 なんぞレニーを思い出す、そんな笑顔でサラリと爆弾を落しやがった。「我がブラウヒアの兵、そして私たち。合わせて69の命をビクター殿、貴方に預けます」 要するに、指揮権を放り投げてきやがった。 慌てて静止しようとするが、そこに追撃が来た。 フォルクマーさんが、であれば村の防衛隊も預ける、と。「我が村の295名、臨時防衛隊で武器を扱えるのは23人居る。頼むぞビクター君、いや、ビクター殿」 二人揃って深々と頭を下げてきた。 まてや、責任者や権力者ってのは責任とか権限を手放すのが嫌いってのが通り相場じゃないんかい。「いや、一寸待って下さいよお二方。私は貴方たちと会ってから数時間も経ってないですよ!? そんな若輩の人間に軽々しく命を預けちゃ駄目ですよ!!」「慌てるなビクター ―― 」 慌てるというかなストーク、慌てない方がどうかしているだろ、常識的に考えて。 と、慌てて見たストークは黒い笑顔をしてやがる。「 ―― 俺は既に指揮権を預けてるんだぞ」「その理屈は可笑しいだろうが!? 意味が判らん!!」「それだけ期待したい何かがお前にはあるって事さ」 期待で責任を押し付けるなやと叫ぼうとした時、ノックも無しに扉が開かれた。「大変です、<黒>の連中が又、仕掛けてきました!!」 おーいぇー 空気の読まない奴である。 空気を読んで来る<黒>ってのも、怖いものではあるが。 部屋の人間の視線が集まった。 俺に。 レーザービームを感じる。「ビクター殿」 代表してってな感じでヘレーネ夫人さんが口を開いた。 何と云うか、隠してはいるが縋る様な色が目に浮かんでいる。 はいはい判りました判りました、ってね。 女性の願いを断れるかっての。 踵を打ち合わせて背筋を伸ばし、敬礼を行う。「拝命しました。全力を尽くします」「頼みます」 何だろうね、この最後の一言だけ、何だかヘレーネという年相応の女の子の声に聞こえた。 この娘も、その幼さに似合わぬ責任を背負って頑張っているのだ。 そんな期待を、或いは努力を無にさせるかってなものだ。「お任せ下さい ―― んじゃストーク、一つ派手に暴れようぜ」「任せろ。しかしお前、丸で騎士みたいだな」 騎士叙勲なら国を出る時に受けてんだが、ここは黙ってよう。 こういうのは隠しておくと格好良いってなもんだしな。 水戸のちりめん問屋のご隠居さん風って奴だ。「はっはっはっはっ」 だから笑って誤魔化す。 さてさて、先ずは<黒>の連中を凹るとしますかね。