牧歌的な感じで進む馬車。 ドンはやる気無さげに引いている。 流れに乗っているから、問題は無いけども。 今、俺たちはクルトさんの商隊と一緒に動いている。 用心棒というか、護衛役としてである。 ここら辺、戦獣に率いられた狼の襲撃みたいな事もあるが、本来はそんなモノを必要とする程に治安は悪くない。 素人でも護身用の武器を携帯していれば身を守れる程度には安全なのだ。 ごく稀に、はぐれ戦獣みたいな洒落にならない連中も居るが。 というかあのレベルの戦獣って稀を通り越すって感じだ。 何であんなのがいたのかしらん。 兎も角。 襲撃の翌朝、まだ怪我が治り切っていない人が居たので、随行を申し出たのだ。 旅を続けながら治癒をしましょう、と。 提案者は無論、ミリエレナ。 流石は<聖女>様、只の脳筋なんかじゃなかった。 但し、これに対してクルトさんが反対の声を上げた。 正確に言えば、反対とは違う。 昨夜助けてもらった上に、アフターケアまで無償でされては、行商人として面目が無いと言ったのだ。 流石は独立独歩を胸とする行商人らしいというべきか。 そこら辺の妥協点として、俺たちは護衛役となったのだ。 飯代+αなお値段で雇われて、護衛と治癒をする事となったのだ。 正直、エミリオとミリエレナの2人は無償でやりたかったみたいだが、クルトさんの一言で収まった。 曰く 「堕落したくない」 と。 確かにロハで治癒魔法も使える護衛が雇えるなんて有り得ないから、正しい選択だろう。 多分。 で、一緒に旅する様になってはや1週間。 やってみての感想。 コレ、実に良かった、と。 交易路を行きなれた人たちと一緒に動けるので、水場の確保や休憩のパターン、宿場町での交渉のやり方など等が至極勉強になっているのだ。 旅する上でのノウハウを効率的に吸収できるのだから、コッチが銭を払っても良い位だと思える位だ。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント2-03牧歌的なのはここまでだ のんびりとした旅。 街道はトールデェ王国内のモノほどに整備されてはいないが、それでもアブラメンコフ式非魔道型衝撃緩衝機構と、バケット式の椅子のお陰で快適そのものである。 又、水場の情報があるので途中で水浴びなんかも出来るのが有難い。 体質的に汗が出にくくはあるが、それでもやっぱり浴びると快適なのである。 流石に、お湯は無理だが。 ここら辺は既に北方邦国群でもかなり北側、旧帝国領 ―― 所謂<翠の砂漠>に近い領域であり、薪に使えそうな木々はそう多くないのだ。 荒野という訳では無いのだが、間違っても自然豊かと云う訳じゃない。 なもので、調理用などで回収できる薪は精一杯なのだ。 真に残念な話である。「風呂に浸かりたいね」 1週間から入浴しなければ、体が痒くなるってものだ。 尤も、そんな感想はこの時代で考えると、かなり贅沢な話ではあるけれども。「ビクターさんは贅沢ですね」 ほら、怒られた。 馬車の中、備え付けの簡易寝台 ―― 担架としても使える展開式の寝台に寝ていたミリエレナが、ポツリと言った。 声に元気が無い。 別に怪我をした訳ではない。 月一で来る、女性特有のアレなのだ。 どうやら重たい体質らしく、旅の疲れもあってか熱を出していた。 有無、その点ではこの隊商に加わったのは正解正解大正解だ。 ヒルッカさんを筆頭に、主婦が何人も居るのだ。 対処法はバッチリだった。 俺は俺で知識皆無だし、エミリオはあわわわわっ!? とフリーズしていたし。 はわわわわっ じゃ無かっただけ、許すってな勢いで。「清潔第一だよ」 大事とも言う。 主に感染症対策の意味で。 破傷風とか、怖いから。 幾ら治癒の魔法があるからって、過信は出来ない訳で。「それは分かりますけど……」 毎日入浴なんて、コッチの基準じゃ確かに、贅沢だしね。 薪、燃料だって無限じゃない訳だし。「それが<鬼沈め>の趣味という訳ですか」 からかう様に言われた。 言ったのは馬車に乗っている怪我人さんで、名前はバルトゥールさん。 中肉中背、常に笑っている様な感じの人だ。 先の戦いで棒で狼を牽制していたら足を齧られてしまい、肉をごっそりと持っていかれたという可愛そうな人でもある。 傷が深かったので治癒魔法での完治が出来ず、振動の少ないウチの馬車に便乗する事になっていた。 この隊商の馬車には、ウチの以外にアブラメンコフ式の衝撃緩衝機構付きが無かったのだ。 割と安い値段で提供している衝撃緩衝機構だが、まだまだ居住快適性(アメニティ)って概念は、広く受け入れられていないっぽい。 残念である。 主に金儲け的な意味で。「趣味って訳じゃないですよ。ただ、習慣になってますからね」「幼い頃からの訓練とか、その延長ですか」「そこまで過酷な理由は無いですけどね」 悪い人ではないのだが、問題が1つ。 この人の職業が吟遊詩人って事だ。 職業の貴賎とかじゃなくて、ネタの為に根堀葉堀してくるのだ。 コレは困った。「でもビクターさん、怪我の悪化予防で清潔をって言ってましたよね」「まぁね。減らせる危険性ってのがあるなら、減らすにこした事は無いしね」「流石は、トールデェ王国次世代の要って事ですね」「勘弁して下さい。だいたい、そんなのは、パークス殿とかの役目ですよ」 パークス・アレイノート、ガチで英雄候補ったら奴だろ、普通は。 俺は、何だろう。 間違っても英雄の類じゃないと思う。 勇者ってのは正義とか愛とかそんな理由さえ在れば、後は “後先考えない(バカ)” って連中だから、絶対に違う筈。 割と打算で生きてるからな、俺って。 惰性もだけど。 っと、道が開けて先が見えた。 小振りな感じではあるが、堀があり木塀がも見える。 今日泊まる予定の村だ。 名前はベルヒト、この隊商の目的地の一つらしい。 主要な交易路から入り込んだ場所にあるこの村は、トールデェ王国の属国、北方邦国群の一つであるルッェル公国の村だ。 ルッェル国は、その国土の南部の1/3を占める大平野を用いて畜産放牧が主要産業との事だ。 無論、隊商も商売なので人の多い場所 ―― この辺りで一番大きな町、行政区分で郡とかの中枢の町でもあるゲーベルトや、公国の首都であるブラウ・ルッェル等にも行くし、そちらが商売としては本命となっている。 が、このベルヒトの村は、隊商というかクルトさんにとっては馴染みの場所であり、であるが故にある程度の融通を利かすのだそうだ。 尚、隊商としては、馬を買いに来た訳ではなく革を仕入れて、その対価にトールデェ王国などから物資を売りさばくらしい。 この辺り、というかルッェル公国自体はそれなりの自給自足が出来るらしいのだが、砂糖とか、嗜好品の類の生産は出来ずにいるので、良い商売となっているらしい。 空気の乾いた感じや、木々はあっても森は無いって辺り、なんだろう、中央アジアな国々を思い出すってなものである。 あそこら辺は、行った事無いけど。 気のよい人たちが多く、行くと酒盛りになるとかクルトさんは行っていた。 馬の乳から作る馬乳酒とか、クセはあるけど美味しいとか………禁酒、どうしよう。 馬乳酒って、乳製品の一種だからセーフだよね、セーフ。 久方ぶりのアルコール、もとい、振る舞い酒を拒否するってのは失礼だよね。 うん。 世の中、礼儀を忘れちゃいけないよね。「ビクターさん?」 ミリエレナが訝しげな声を上げてくる。 いかんいかん。 酒の事は脳みそから追い出そう。 一時的に。「いや、村が見えてきたんだ」 後ろの荷台から顔を出してきたミリエレナに村を指し示す。 ん。 ノウラの故郷の村よりは規模が大きいが、良く良く見ると堀や塀の程度は良くない。 手入れが悪そうだ。 ここら辺まで<黒>の連中が来るなんて、滅多に無いから弛んでいるのかもしれない。 平和なことはいい事だって、あれ? 村の様子が何かおかしい。「…」「どうしました?」「いや、なにかね……」 バタついているというか、ゴタついているというか。 お祭り気分でとかいう風には見えない。 というか、良く見ると塀の上に槍か何かで武装した連中が居る。 物騒だね、おい。「ああ、お祭り騒ぎの類じゃなさそうだ」「戦士の勘って奴ですか」 ワクワクと言わんばかりの表情でバルトゥールさん。 そう表現すれば神秘的だが、現実はもう少し散文的なのだ。 具体的には観察力って事で。「何事も無い事を祈りたいですよ」 多分、無理だろうけど。 俺の諦観を受けてって訳じゃ無いだろうが、入り口の門を抜けて入った村の様子は、何だろう。 戦の準備or戦の後って風には見えない。 言うならば、夜逃げの準備に見える。 金目のものをかき集めて、馬だの馬車だのに括り付けている様に見える。 なんぞ、これ。 通りが占拠され、隊商の馬車が前に進めない。 交易者向けの宿場は、村に入って直ぐにあるのが定石なのだが、そこまでも行けない。 動けない。 凄いものである。「何事、ですかね」 傍を歩いているエミリオが尋ねて来るが、そんなの俺でも判らんよ。 が、それを正直には口に出せない。 不安ってのは伝染する。 悲観は感情で、楽観は意思でとかまでは言わないけど、悲観した気分のままで動いたら、体の動きが悪くなるってものだ。 絶望が人間を殺すってなもので。 特に、エミリオやミリエレナみたいな若くて経験が少ないと、イザって時が危ない。 なので、ポジティブな事を言う。「さぁな。だが、大丈夫さ」「だっ、大丈夫ですかね」「ああ。何とかすればいいさ」「そうですね、ビクターさんが居るんだもの」 そう言って貰えるのは嬉しいが、丸っと俺任せというか、俺頼りだとエミリオが成長出来ない。 目指せ英雄! って奴だろ、お前は。 だから、背中を叩いてやる。「俺とお前で、だ」「僕が、ですか!?」「ああ。誰にだって最初はある。後は如何に成長するか、だ」「はい!」 いい返事だ。 表情に張りがある。 大変に素直で結構。「ビクター! 来てくれ!!」 っと、クルトさんのお呼びである。 どうに、この村の騒ぎがらみだろう。「はい! エミリオ、悪いが、馬車を頼む」「判りました」 御者台から飛び降りて、馬車列の先頭へ向かう。 クルトさんが頭を掻きながら立っている。 傍に、村の若い衆が立って、深刻な顔をしている。「悪い、厄介事っぽいので、付いてきて貰って良いか?」「構いませんよ、でも何処まで?」「アデン…ああ、この村の村長の所でね、あっちだ」 クルトさんが指したのは人混みがというか、喧騒が凄い所であった。 少しだけ腰が引けそうな気分になるが、クルトさんが歩き出されてはついていくしかない。 建前として俺は、クルトさんの隊商の護衛役なのだから。「どうにも<黒>がらみらしいだが、理解し辛くてね」 さっきの若い奴によれば、この国の北部から<黒>の軍勢の侵略を受けている。 久方ぶりの大規模侵略であったので、これ対して国王は常備軍の投入と、郷土軍の総動員を決定したという。 郷土軍ってのは王家の陪臣が管理している、徴兵上がりの若手世代(といっても40代まで含まれるが)を中心にした部隊との事だ。 で、働き手&守り手を総動員する事で地方が無防備になるので、非戦闘員は公国首都へと集合せよとの命令が出た ―― という事らしい。 なんぞそれ、だ。「<黒>の連中、どれ位の規模なんですか?」「上を見ても5桁には届かない規模という話だ」 10000に満たないって表現から5000は確実に超えているだろうし、“群”規模複数って辺りか。 それも北から。 進行方向じゃないか、厄介だな。 しかし、態々と各村々を放棄せねばならぬ程の敵なのかは不思議だ。 トールデェ王国の徴兵軍と<黒>のゴブリン主体の部隊との損害比率(キルレシオ)は、一般的な部隊で3:1となる。 ゴブリンと人間の体格差だけで、この数値が出る。 更に、徴兵軍ではなく常備軍であれば5~10:1を超え、精鋭を超える様な連中、要するにウチの母親様の如き基地外レベルだと優に100倍を超えて1000倍に近づいていくのだ。 尤も、質が如何に凌駕しようとも、それこそ隔絶しようとも、戦略レベルから上で勝つことは難しいのだ。 その場では勝利出来ても、部隊の居ない場所を狙われては堪らないからだ。 相手がゴブリン風情であっても一般の人間にとっては大敵であり、軽い訓練を受けた程度では圧倒する事は困難だからだ。 人が<黒>に勝利しきれない理由の1つは、この数の問題なのだ。 後、オークだのオーガーだのの大型な連中が部隊に含まれていると、損害比率は一気に悪化する。 トントンか、下手するとひっくり返るのだ。 全くもって、やってられん。 兎も角。 この平地に於ける損害比率とは別に、砦等に篭って防御戦闘を行うのであれば更に2~3倍の数値になる。 この国の軍備や兵員の質を知らないから何とも言えないが、予備役までの根こそぎ動員を掛けるのは少し大げさに思える。 トールデェ王国だと、リード高原とかの<黒>の領域に接した地方では、このクラスの侵攻を受けるのは年中行事で、その都度、2000人からのリード騎士団<鉄槌>を中心にした部隊で迎撃戦を行っているのだ。 根こそぎ動員して2000人前後なのかもしれないが、確か、このルッェル公国も万を超える人口があった筈なので、それは無い。 理由が判らない。 尤も、俺の知りえない理由があるんだろうけども。「北には天槍山脈がある。あそこを抜けてくる大規模な<黒>が居るなんて、信じられないな」「だけど、来ている現実を否定する訳にはいかないでしょう」「確かに」 想定外で驚くよりも、新しい状況に対応した方が建設的ってものだ。 と、クルトさんの足が止まった。 防御拠点としても考えられてか、漆喰と煉瓦で造られた、この村で一番に大きく見える建物だ。 ここが村長宅なのだろう。「しかし、何で俺を?」「話を聞いて判断する上で、正規の訓練を受けている人が居てくれると心強いからね」 それは納得。 さてさて。 そんな訳で面会となった村長さん、名はアデン。 この村を預かる事から、ベルヒトのアデンと名乗ったこの御仁、年の頃は50を過ぎた、この世界では老境に達したと見える人だった。 背筋も曲がり気味であり、顔には疲労の色が濃いかった。「久しぶりだなクルト」「ええ。お忙しい中、すいません」「構わんよ。わしもアンタに頼みたい事があったからな」 挨拶もそこそこに、実務的な話を始める2人。 俺は、われ関せずとは言わないが、口を挟まずにバター茶っぽいものが出されたので有難く頂く。 基本的に俺って、余所者だしね。「出来る事であれば、何だって」「助かる」 あ、このバター茶ウメェ。 コクがあって、腹がポカポカとしてくる感じだ。 実にグッドだ。 そう言えば、最近は冷え込むしな。 寒暖の差が激しいというか。 ここら辺は内陸もいい所なんで、寒くなり易いんだよね。 もう少し北に行くと砂漠っぽい荒野なので、念の為にここら辺で防寒用具の類も揃えておいた方が良いのかしらん。「しかし大変ですね。王都までの移動なんて。それ程の敵なのですか」「王は………王はまだお若い。それ故にだろうな」 深いため息をつくアデンさん。 ルッェル公国の王っていうと、えっと確か事前で集めた情報だと、ウリッヒかウルリヒとかだったっけ? 確か20代の半ばとか。 うん、邦国群の中でも群を抜いて若いね。 先代が邦国列王では武威を誇る人だったけど急死して、長男が家督を継いだとかだったっけか。 そら、アレだ自分の力を誇示したいというか先王と比較されたくないというか、だ。 王権の継承を確たるものにする為に権威付けしたいのかもしれない。 なんにせよ、命令される側としては迷惑千万だけれども。「では、危機故にとは違うのですね」「ああ。北の砦に王自らが4000からの兵を率いて入っているのだ。問題は無かろうよ」 砦に詰めた4000、確かに大抵の相手は一蹴出来るだろう。 このルッェル国の特産品は馬だし、であれば優秀な騎兵も居るだろう。 先王が育てた精兵も残っているだろうし。 この状況で負けるとか、普通はあり得ないだろう。 多分。「とはいえ、王命であるからには我々は王都に動かねばならない」「いやはや、ですね」「建国以来初の王都集合令、手間も仕方あるまい」 雑談している2人。 このルッェル国にも色々とあるっぽい。 現王は微妙っぽい御仁で、弟妹に嫉妬していたりとか、その弟妹は嫉妬されるに相応しい能力持ちとか。 うむ、ここの王様ってば、即位した事が己も周囲も不幸だったのかしらん。 他所の国の事だから、どうでも良いが。「そう言えば彼は何なのだ?」 俺、俺は食客みたいな用心棒? 本命は治癒魔法のあるエミリオとミリエレナだし。 そこら辺は暈す予定ではある。 その事は予めクルトさんにも言ってある。 国の外に居るのだから、地位も肩書きもねーもんだってなもので。「ビクター・ヒースクリフさん、私の隊商を護衛してもらってます」「ん? どうした、護衛を付けるとは。易路で何かあったのか」「ええ。はぐれの戦獣に襲われましてね」 事の顛末を説明するクルトさん。 それに、深く頷くアデンさん。 顔に同情の色が浮かんでいる。「それはそれは、厄介事だったな ―― ビクターと言ったな。わしからも君に礼を言いたい。有難う」「あっ、いえ。はい」 頭を下げられるというのは、予想外だったので、少しだけあわててしまう。 うん。 仕方が無いじゃない。「このクルトは昔からの馴染みでな、こんな街道から離れた村にも様々な産物を持ち込んで売ってくれる有難い商人なのだ」 照れて笑っているクルトさん。 対してアデンさんは真顔だ。 確かに、主要な商業ルートから外れていると、特に嗜好品などの入手が困難になるから、村長としては死活問題か。 ある意味で。「友の恩人であれば、村を挙げての酒宴でも開かねばならぬが、今はこの有様だ。すまぬな」「いえ。お気持ちだけで」 殊勝と見える様な表情を作るように努力する。 振舞いの馬乳酒が無いのは残念です。 実に残念ですが。「ん、そうだビクターは護衛であったな。ならばこの村の郷土隊にも紹介しておこう ―― 誰か、ゲルロトを呼んで来い」「お、今は息子さんがベルヒトの隊長を継がれたのですか」「ああ。流石にわしも歳なのでな、お役御免となったわ」 アデンさんも昔は槍働きをしていたのか。 言われて見れば、確かに腕や顔に傷跡が見える。「ご苦労様でした」「ようやくよ。引き止められたんじゃが、如何せん体が動かんようになってな」 馬上で弓を使えなくなっては、ゲーベルの馬弓隊は勤まらぬと笑うアデンさん。 と、そこに壮年の男がやってきた。 何処と無くアデンさんに似ているので、この人が息子のゲルロトさんなのだろう。 顔には疲労の色が出ている。 この御仁も忙しくしているのだろう。「親父殿、用か?」「おう、クルトが来た。馬車に乗せて貰う話は受けてもらった」「有難てぇな。どうにも爺婆様方で、馬に乗れそうにないのが出てたからな。すまねぇな、クルトさん村の馬車、荷は下ろさせたが、乗り切れんのが少し出てな」 その声には真摯さがあった。 言葉遣いは荒っぽいが、根は良い御仁っぽい。「なに、困った時はお互い様ですよ」「そう言って貰えると、助からぁな。で、この若ぇのは?」「ビクターです。クルトさんの隊商の護衛をしています」「ビクターさん、まだ若いですけど腕利きですよ。あのトールデェ王国のゲルハルド記念大学で学んだそうですから」「ほうか。良く判らんが腕が立つなら有難い。村ん隊は弓馬組みは出払って、今は50もおらん。イザって時は頼りにするぞ?」「ええ。宜しくお願いします」 握手。 差し出された手を握ると、力を込めてきた。 俺を、俺の力を計ろうって事だろう。 判りやすいので、こういうのは大好きだ。 なので、少しだけ力を入れて返した。「…」「…」 少しづつ力を増やしていく。 段々とゲルロトさんの表情が変わっていく。 平常から驚きに、そして今は焦りの色が加わっている。 うん。 楽しい。 と、そこへ闖入者があらわる。「ゲルロト隊長、大変です! <黒>が出ました!!」 敵の侵入は北側からで、ここの村って、この国の中では一番に南側だったよな。 どゆう事?