王都を旅立っての馬車旅は快適そのものであった。 何故なら、トールデェ王国の街道は主要な道のみならず、ある程度の大きさの支道にまで舗装が行われているからだ。 石を敷き詰め踏み固めている道は、一番狭いところでも左右幅で5メッツ(※約5m)はあり、離合も楽になっている。 理由は、言うまでも無く軍事用だ。 先軍政治という訳では無いが、わが国は常に<黒>の脅威に晒されているのだ。 であれば、国を民を守る上で軍隊の都合を優先するのも、当たり前の状態であろう。 さて街道の整備が軍事目的となってはいるが、これは基本的に<黒>に対して数的劣勢な我が王国の戦力事情が原因であった。 呆れる様な勢いで子供を増やせ、そして成人に達するまでが短いゴブリンに比べ、人間は増えるのにも、兵士として1人前になるのにも時間が掛かるのだ。 それ故にわが国は、その国是の1つとして、多産を推奨しており、5人以上の子を産んだ母親には褒章をだしている有様なのだ。 富国強兵。 だがそれでも、歴史を紐解けば、わが国の軍が<黒>に対して数的優位を確保して戦いを挑んだことなど、片手の指を超えた事などないのが現実だ。 この数的劣勢にどう立ち向かうか。 その回答が機動力、或いは運動力であった。 各拠点に部隊を貼り付けて運用するのではなく、的確に部隊を集散させる事で必要な部隊規模を小さくする事を狙っているのだ。 その的確な集散を実現する為の街道なのだ。 部隊の展開速度の向上と、伝令部隊の早期展開が狙いなのだ。 当然、街道を整備した事で<黒>の側も侵攻してくる速度が上がったりもしたが、その場合への備えも考えられている。 街道10km程度おきに宿場町を兼ねた砦が設けられているのだ。 大規模なものであれば石造りの堀や塀、そして城郭が設けられており、小規模なものであっても堀と土塀は用意されている。 この宿場町に拠って<黒>が暢気に街道を使えば即座に捕捉し、近隣の部隊をかき集めて撃破する ―― そういう仕組みとなっているのだ。 良くもまぁ考えたものだと思う。 又、建設されるのに投じられた資材を考えると、眩暈がしてくる代物だ。 だが王国と王都にとって街道と宿場町とは、前進陣地や警戒陣地の役割も兼ねているのだから手は抜けないのだろう。 実際、幾度もの<黒>の侵攻を、この街道と宿場町のシステムによって無力化しているのだ。 その価値は、投じられた資材の分以上にあるとは思える。 それに、物騒な由来を持っているとはいえ、この街道のお陰で旅が快適なのも事実なのだ。 文句を言うだけ野暮と言うものである。 のんびりと馬車で進み、宿場町ではそれなりに快適な宿に止まれる。 山海の珍味に舌鼓という訳にはいかないが、それでも実に文化的で素晴らしい。 野宿の準備もしているが、好き好んで野宿をする必要も無いのだ。 時が来れば、嫌でも野宿をせねばならぬのだから、それまでの間、英気を養うのも大事な事である。 それに、宿に泊まれる事で野営準備を行わずに済んだ事も大きい。 その分も先に進む事が出来たのだ。 我々の旅は先を急ぐ種類のモノではない。 私が街道と宿場町の効率的利用を告げた時、エミリオとミリエレナは揃って、そう主張した。 2人の主張も間違ってはいない。 だが、旅する距離は<白>の領域のほぼ縦断なのだ。 であれば、のんびりとしていては何時になっても<北ノ聖地>に着かない可能性だってあるからだ。 稼げる時に時間は稼ぐべきなのだ。 その点を説明した所、2人は素直に納得してくれた。 有難い事だ。 尤も、そんな快適で文化的な旅は今日までだ。 北鎮武伯なる尊称を持った三頂五大の一家、テルフォード伯爵領をもってトールデェ王国の領域は終わるのだ。 テルフォード伯爵家の中心であり、北壁の異名を持つ大都市ミラが、我が王国の北限であり、王国の整備した街道の終点であるのだ。 ミラは、かつての帝国継承戦争(The Hundred years War)時代に作られた要塞は、王国が歴史を重ねるのに併せて発展してきた都市だ。 <黒嘯>の時代に灰燼に帰したが、その基礎を利用して再建された大要塞なのだ。 王都以上に実用本位、戦闘本位と思しき部分がある。 観光には不向きな街である。 積み重ねられた歴史の持つ重さは、王都とは比較にならない重苦しさを見るものに感じさせる。 或いは無骨と言っても良い。 これは治めているテルフォード伯爵家の当主が代々 “武辺者” で鳴らしている事も無関係では無いだろう。 領地を繁栄させるよりも、武事を優先させるという。 同じ尚武の家であるリード公爵家が、個人の武勇よりも指揮官としての知略を尊んでいるとのは対照的である。 だが、無骨ではあるが活気はある。 王国北部に存在する北方報国群との交易が盛んであるからだ。 工業や農業的な面では、荒廃した旧帝國領に近いだけ盛んとは言い難いが、牧畜などの面では優れた邦国もあり、その取引で儲かっている模様だ。 そんなミラから、王国から我々は明日、旅立つ。 この旅がよき物であらん事を切に祈る。 ――― 「日記 王国最後の夜にて」 ビクター・ヒースクリフ ペンを置く。 インクが生乾きなページを見る。 目が痛い。 長文乙ってな感じである。 旅に出るから暇つぶしにと日記を用意していたのだが、日中の馬車が暇で暇で、文章を練っていたこのザマだ。 インクも紙も無限じゃなんだけど、ついつい書いてしまう。 別段に司馬遼太郎のファンって訳じゃねぇっていうか、どっちかというと福田定一一佐な方がとかいってしまう軍事趣味者だったんだけどね。 「 」って。 まぁ今更、どうでも良い話だ。 買い込んだ紙とインクが勿体無いので、書くさ、書き続けるさ。 それはさておき。 紙が、実に書きづらい。 神族の1柱が生み出した紙は、和紙の親戚みたいな代物で、筆ではなくペンで書くには少しばかりコツが居るのだ。 それが面倒臭い。 調子に乗って書いてしまったが、何で俺、こんなに長々と書いたのかしらん。 目元をマッサージして、肩を回す。 肩が凝った。 動かすと違和感がある。 軽く動かしていると、エミリオが来た。「ビクターさん、ご飯の支度が出来たそうです」「判った。行こうか」 外をみればまだ明るい時間だ。 そんな時間に日記なんて付けるなって話もあるが、疲れていると夜書く気になれん訳で。 それに、暇つぶし目的なので、時間なんてどうでも良いのである。 それよりも飯である、飯。 アルコールだけは当分、ノーサンキューであるが。 王国最後の夜って事で、こんな時にワインでも飲めれば最高なのだが、アルコールに逃げる失敗は2度で十分。 というか2度目の失敗、内容を聞く前に逃げ出したので、アレだ、ノーカンだよね。 ノーカン。「ここからが本番です! 頑張りましょう!!」「はいっミリエレナ様!! かんぱーい!!!」「乾杯です!」 禁酒な俺をほっといて、アルコールを入れているエミリオとミリエレナ。 非常に楽しそうだ。 妬ましい。 料理だけでも美味しいけど、でも、やっぱりアルコールも欲しいのだ。 クソッタレめ。「結構調子よくこれましたね」「はい。ですけど、これからが本番です。頑張りましょう」「はい」 すっかり出来上がって気炎を上げる理想趣味な聖女様(ミリエレナ)に、合いの手を入れる浪漫趣味な新米神官(エミリオ)。 野外生活を甘く見ているような気がしてならないぞ。 人間の手が余り入っていない自然なんて、人間にとっては脅威そのものな筈なんだけどね。 まがりなりにも街道があるんで、極端な心配はしていないが、楽観は出来ないわけで。 さてさて、どうなりますやら。異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント2-01平穏な旅がしたいのですが、避けようとすれば相手から来る。それがトラブル Orz 結論。 どうにもなりませんでした。 彼らの意思は肯定しよう。 努力は賞賛しよう。 だが能力、テメェは駄目だ ―― そんな気分だ。 王国を出てはや1週間。 その間、シチューの火番をさせれば焦がすし、ご不浄の場所ではオロオロするし。 尚、料理でミスるのは両者平等にだが、ご不浄に関してオロオロしていたのはエミリオだけである。 エミリオが殆ど涙目になっているのに対し、ミリエレナはドライに 「見ないで下さいね」 の1言と共に草むらに入っていけたのだ。 何だろうなーって気分である。 男だろ!? って言いたい。 対してミリエレナだが、コッチはコッチで料理駄目具合が酷かった。 エミリオが火加減をミスする程度なのに対し、端的にいって料理の根本からおかしい。 端的に言って、壊滅している。 出来ないわけじゃないし、出来上がったものが食えない訳じゃないんだが、正直美味しくない上に、調味料他を使いすぎなのだ。 食材でも、無駄な部分が多すぎる。 大雑把な料理過ぎるのだ。 例えば、今日の晩飯として作ったこのシチューの様に。 日が暮れて、光源は馬車に吊ったカンテラと焚き火だけ。 実に野外生活だ。 本当は宿にでも泊まりたかったが、ここら辺を治める北方邦国群の1つマルリ公国は、ぶっちゃけて過疎っており人もまばらな国なので無理だった。 というか、7日間も連続して野営する羽目になるとは思わなかった。 マルリ公国は、街道を中心とした国づくりをしていないのかもしれないが、物流から離れて国を作るってどうよ? ってなものだ。 街道から<黒>が来るから、国の中心は別の場所に置きたいとか、色々な考え方があるのかもしれないけども。 ともかく、街道沿いに宿場町が無いのは残念である。 余談はさておき。 シチューを食べる。 うむ、濃厚だが微妙な味。 野菜が不揃いで、火の通り方が微妙。 しかも味が不均衡というか、食う度に味が違うというか。「………少し、失敗しました」 スプーンを口に銜えながら、ポツリと言ったミリエレナ。 うん、この味で “少し” ってのは謙譲表現にしても過ぎるんじゃないの? と正直思う訳で。 口にはしないけども。 人間は、ほめて育てるのが基本ですから。「でも、美味しくなってますよ」 前が悪すぎたって視点は無いのか、エミリオ。 但し、その気分を口には出来ない訳で。 そこはほら、人間関係の問題って奴でね。「努力の跡は見えるよ、本当に」「ですよね、ビクターさん」「ああ。少なくとも喉に絡まないし」 最初はトロミアップでも銜えたのか!? という代物が出来上がっていたミリエレナ謹製スープも、今では普通のスープに近いものとなっている。 その意味では確かに努力している。 但し、食材の無駄はまだまだであるが。 後、塩っ気の多さも。「有難うございます」 でも、笑顔は暗い。 自分で食っていて違和感も判るのだから、その内に何とかなるとは思うけどね。「努力あるのみ、さ。というか、エミリオ、お前ももう少し考えてた方が良いぞ」 そう、成長の後が見えるミリエレナに対してエミリオが作ったというか焼いたパンは相変わらず真っ黒焦げなものとなっていた。 焼くだけなのに、なんでこうなるのか、不思議に思える。「僕も頑張ります」「気合を入れすぎるなよ? 先ずは基本に忠実に、だ。武器の訓練と一緒さ」「はい、ビクターさん!」 素直なんだよエミリオは。 そして善意もあるけど、如何せん経験不足はどうにもならない。 今、エミリオが作ったのはパンはパンでもイースト菌なんかを加えない、無醗酵パンだ。 一般的な主食としては、醗酵パンが食べられているが、無醗酵パンは旅の、それも水が得られる場所の旅で、主食として用いられるのだ。 鉄板で一度焼いてから直火でって手順から考えると、インドとかのチャパティがイメージに近い。 あ、インドカレー食いてぇな。 いや、そもそも日本風のカレーが食いたい。 神保町とか贅沢は言わない。 Cocoイチだって大感謝する自信がある。 残念だ。 神様のクソッタレ。 我にカレー粉を! 然らずんばレトルトカレーを!! だ。 今ならガリーライスですらも喜んで食うかもしれない ―― いや、無理か。 取り合えず出されたボコボコにしてやるだろう。 ガリーを。「ビクターさん?」「あっ、いや、何でもない」 野外でカレーなんぞ作ってたら、獣だ敵だが匂いに釣られてやってくるので、無くて正解だったのだろう。 多分。 きっと。 そう思ってなければ、やってられん。 というか、水を加えた小麦粉を捏ね、鉄板に乗せて焼いて、次に直火で炙るだけの簡単料理でどうしてこうも失敗が出来るのか、不思議不思議である。 本気で。 コレは最早、パンではなく焦げた煎餅である。 あ、そう思うと美味しいかも知れない………ん、無いな。 ないない、それは無い。「火加減が安定しないってのもあるから、エミリオだけの責任じゃないしな」 プロパンガスだの何だのの無い野外での料理なのだ。 火加減を調整できなければ、それはもう、経験の乏しい素人じゃどうにもならない。 そう考えるべきかもしれない。「頑張ります!」「ああ、頼むよ」 エミリオの最大の美点は、この素直さだろう。 何にだって素直に愚直に努力する。 きっと、そう遠くない時間に、美味いパンを焼ける事だろう。 そう祈りたい。 焦げたパンは美味しくないでありますよ、と。 焦げたパンと微妙な味のシチュー、そして俺謹製の炙り肉。 口直し用にと濃い目の下味を付けて焚き火で炙った一品だが、大正解だった。 狙い通りに口直しになってくれた。 問題は、調味料の消費がチトばかり激しい事だが、この2人の成長の為なので我慢すべき事柄だ。 最初のうちに苦労していないと、後でトンだ苦労をする羽目になるのは見えているから。「………ん?」 何かが聞こえた様な気がした。 周りを見る。 エミリオも頷いている。 ミリエレナは目を閉じて精神を集中させている。 馬車を中心に置いた、犬サイズ以上の生物が接近したときに警報を発する警戒結界の魔道具に反応は無い。 だが俺の耳は、俺のみならず他の2人の耳も、何かを捉えた。 手元に置いていたロングソードを掴む。 まだ抜剣はしない。 音の方位と種類を探る為に集中する。 俺たちが野営しているのは主要街道から少しだけ入った平地だ。 この辺りは山がちで、まだ木々もあるので周りの見通しが悪い。 状況が掴みづらい。 と、エミリオが魔法を使った。「偉大なるレオスラオの名に於いて ――発動せよ遍くを捉える力! 鋭き耳 」 魔法は、攻撃だけじゃなくて防御、そして日常でもあらゆる目的に使える万能な存在だ。 その中には聴覚強化も含まれている訳で。 実に魔法的な魔法だ。 羨ましい。 何で俺、使えないんだろうね、全く。 俺も俺Tueeeeeeeeeeeeeeeeeしたいってもので。 そんな、少しとは言わない嫉妬の加わった視線でエミリオを見ているが、当のエミリオは真剣な顔をしたまま俯いている。「……………」 エミリオの邪魔をしちゃいけないからと押し黙っているミリエレナ。 ミリエレナも当然ながらも魔法は使えるが、彼女が覚えている魔法に、この手の便利系は含まれて居ないんだそうな。 治癒魔法各種に、身体能力向上系の魔法が得意な魔法だそうな。 実にガチンコ系である。 ただの聖女じゃものたりない、戦乙女な聖女って感じである。 おお怖っ、だ。「!」 エミリオが顔を上げた。 顔には緊張感が浮かんでいる。 頷いて、言葉を促す。「誰かが戦っています。結構数は多いです」「相手は?」「判りません。でも、ゴブリンやオークのほえ声は聞こえません」 なら恐らくは獣にでも襲われているのだろう。 ミリエレナが確認する。「距離はどれだけですか?」「そう遠くないです」 遠ければ、音は届かないだろう。 きっと数百m以内の筈だ。「行きましょう、ビクターさん!」 即決のエミリオ。 既にミリエレナは抜剣している。 いや、得物はグレート・ソードなので鞘に入れていても邪魔なのかもしれないけど、にしても、イエローカードを出したいレベルで危険行動だ。 それはさておき、2人の行動に迷いは無い。 であれば、俺の行動も決まる。 基本的に2人の護衛であるのだからアレだ、雇い主の意向は最大限に尊重ってなもので。「おうさ! ミリエレナ、貴方はここに留まっていてくれ」「駄目です。私はブレンニルダの信徒です」 駄目元で聞いたら即答だった。 勇気をもって護民に立ち、決して退かぬがブレンニルダって訳か。 まぁいい。 けが人が居れば治癒魔法は必要だ。 ドンと馬車とを放置していくのはチトばかりリスキーだが、人命には替えられないってものだ。 馬車に下げていたカンテラを取って、足で砂を蹴って焚き火を消す。「なら行くぞ」 走り出す。 魔法の効果で目的地が判っているエミリオが先頭を行き、それを俺とミリエレナが追う。 街道沿いに、もう少し先っぽい。 全力疾走しようとする2人を抑えて走らせる。 音の場所へと着く事が目的なのではない、目的地で戦闘乃至は救助活動をする事が目的なのだから。 と、木々の向こうに光が見えた。 音も、俺の耳にもしっかりと聞こえた。 戦闘音だ。 剣を振るう音、そしてほえ声。 剣戟の音がしていないので、どうやら<黒>の連中では無さそうである。「ビクターさん!」 木々を抜けた先にあったのは円陣を組んだ複数台の馬車、そして周囲に群れている狼だった。 であればする事は1つ。「行くぞ!」 駆け足から全力疾走へとシフトする。 既に勢いがあるので、3歩目にはトップスピードに乗せられる。 ショートソードに装備は変えない。 相手は狼、人から見れば小型な相手だ。 であれば刀身の長いロングソードの方が当てやすいからだ。 狼側も、此方に気付いたか、複数のが向かってくる。 その意気や良し。 但し、足りない(・・・・)がな。「Kiiiiiii Etu!!」 トンボの構えからの斬撃は、狙い過たず狼の頭を唐竹割していた。 うん。 このロングソード、実に良い。