目を開けたら、そこは地獄だった。 主に俺の状況が。 目が醒めて薄目を開けた瞬間の奇襲、その名は頭痛。 頭が痛い。 アタマが痛い。 アタマガイタイ。「あがっ … ぁ…… っ……ぁぁ」 死ねる。 コレは死ねる。 万力で頭が挟まれたような、鉛が押し込まれたような。 痛い。 目も開けられん。 呻くしか出来ない。 動きたくない。 我慢して薄目を開けてはみたが、状況が判らない。 というか、何処だ此処は。 見覚えが無い。 痛い。 何処でもいい。 もう考えたくない。「つぁ………あぁあぁぁぁ、痛てぇっ………」 呻く。 というか、素直に言う。 悲鳴を漏らしてしまう。 痛いものは痛いのだ。「飲みすぎるからです」 デスヨネー って、え、この声は………ノウラ? ゆっくりとゆっくりと目を開けてみる。 うん、ノウラだ。 すぐ目の前に、よそ行きのメイド服をキッチリと着込んでいる。「ノウラ?」 アレ、俺って無意識に家に帰っていたのか。 にしちゃ、ベットが何時ものと違う感じだが。「っぅ…」 咽頭を動かしたら、その振動が脳味噌に来た。 最悪だ、この痛み。 呻くしか、目を瞑って耐えるしか出来ない。「ぁ…っ」 頬っぺを触られた。 ひんやりとした手が心地よい。 少しだけ、痛みが消えた気がする。「心配、したんですよ」 ポツリと言われて、それから淡々と怒られた。 帰ってこなかった事を心配して、宰相府まで行って、んで事の経緯を聞いて、このブレンニルダ第3神殿へと来たんだと。 そしたら、肝心の俺は顔を真っ青にして唸っていた、と。 宰相府からの手紙ってので驚いていたノウラだ。 行ったのには相当に勇気が必要だったろうに。「スマン」 死ぬほどに痛いが頭を下げなきゃらない。 漢には痛いと判っていてもしなければならない行為があるのだ。 起き上がろうという1動作ですらも重い。 ふぁっく。「無理はしないで下さい」 が、柔らかく押し留められてしまった。 腹筋にも力が入らない。 これがアルコールの力か。 仕方が無いので頭を下ろす。 うん、柔らかい枕だね。 少し芯があるけど、良い匂いもするし、心地よい。「っ………」 心なしか、痛みが引いた様に感じられた。 それが理由か、睡魔が上がってきた。 うむ、勝てない。「ノウラ」「はい」「すまない、もう少しだけ眠らせてくれ」「はい」 今度は頭を撫でられた。 年下に甘えるってのも大概、情けない話ではあるが、今は只管に有りがたい。 今度から、葡萄酒は飲む量を控える様にしよう。 俺、アルコールに弱そうだし、な。 何かが足元から這い上がってくる感じ。 これが、これこそが睡魔だ。「ビクターさん、眠ってしまいました?」「はい。まだ顔色も悪いですから、このままで ―― ご迷惑でしょうか?」「大丈夫です。神殿の人には伝えておきますから」「有難う御座います、エミリオ様」「そっ、そんな、僕は何もしてませんし、それに脚は痛くないですか」「大丈夫です」「エミリオ様」「はい」「ビクター様をよろしくお願いします」「ゑ!? ぼっ、僕なんてビクターさんに比べたら全然、駄目ですし……そんな」「仰るとおりビクター様は強いです。何だって出来るかもしれません。ですけど、それでも1人の人間です。1人の人間に出来る事に限界はあります。だから、お願いします」「あっ、頭を上げてください!」「駄目でしょうか?」「………正直、僕が出来る事がどれだけあるか判りません。昨日の戦いでだって、僕はビクターさんの背中を追っかけていただけみたいなものですから。だけど、だけど、はい。頑張ります」「有難う御座います」 異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント1-15気分はぜろじーらぶ 戦闘が終わって飲んで寝て、二度寝したら翌日夕方だったで御座るの巻き。 何を言ってるか判り辛いかもしれないが、飲んだやつなら判る筈。 そんなに、疲れていた筈は無いんだけどな。 後、夕暮れにノウラと一緒に帰ったら、妹に凄い目で睨まれました。 お兄ちゃんの駄目ポイントは上がり調子です、有難う御座いました。 クソッタレ。 それからの時間はエライ勢いで流れていった。 装備の準備。 剣の修理発注とペネトレーターの拵え直しは面倒だった。 奉納仕様をそのまま使う訳にはいかないのだ。 綺麗だったけどね、装飾の無い鞘と滑り止めの革を巻いただけの柄という無骨な実戦仕様にする。 学校への挨拶。 割と優等生だったのでスンナリと行った。激励を受けたし、後、事情を話した一番の学友 ―― レンジャー徽章モドキを取った時のバディからは、餞別として魔道具を貰った。 眼鏡の形をした、特に装飾の無い真円型の色付きレンズをした魔法知覚向けのアイテムだ。 存在している魔法の痕跡や、種類を見分ける事が出来る逸品だ。 しかもダチオリジナルで、一般には売っていない代物だ。 人跡未踏っぽい原生林での生存生還訓練で褒めたし、欲しがったのを覚えていたらしい。「君は魔力はあるけど、使い方はサッパリだからな」 掛けていた眼鏡型魔道具をそのままくれたダチは、朗らかに笑って言いやがった。 サッパリとか、胸が痛いっての。 下手な、それこそ専門魔法使いよりも魔力 “だけ” はあるってのは、本当に宝の持ち腐れな訳で。 このダチ公も、どっちかと言うと魔法戦闘系なので、「もうこんな魔力なんて要らねーよクソッタレ!」と愚痴ったら「なら遣せ」と怒られた事があった。 戦闘もだが、魔道具を作るのにも、魔力は必要な様で、少ない魔力でオリジナルな魔道具を作るのは大変なのだとも。 それは俺の責任じゃないだろ、JK って感じではあるんだが、実際に頭を抱えていると、そんな理屈は通じないらしい。「うるさいぞ。人間誰しも得手不得手があるんだよ」「そうだね、君は努力は怠らなかったにも関わらずだから、仕方が無いね」 爽やかに笑いやがった。 仕方が無いというよりも、救いが無いと言ってないか、コイツ目。「言ってろ」「すねるな。僕の最高傑作を贈ったんだぞヴィック、最後に憎まれ口を叩く位は良いだろ?」 軽やかに笑ってやがる。 ヴィック、俺の愛称であるが、コイツ以外は呼ばない。 普通にビクターでも短いからだ。 何の拘りかサッパリだ。 一人称に “僕” を使ったり、言葉遣いが少し大仰だったりする辺り、実に厨二病感染者っぽいが、これでも割と良い所のお嬢様らしいから吃驚である。 レニー・マイヤール。 マイヤール子爵家の長女であり、このマイヤール家、何での2代前の初代がアーレルスマイヤー伯爵家の長男だったらしい。 アーレルスマイヤー伯家といえば五大伯が1家、トールデェ王国に於ける魔法関連を統括し魔道伯の異名を持った家だ。 傍流といえど、家柄の良さは半端ではない。 但し本人は、余り気にしてはいない。 というか、アーレルスマイヤー伯家自体を嫌っている。 マイヤール子爵家の成り立ちを聞けば、納得するレベルの話ではある。 あった。 バディの時、夜を徹する時の無駄話で聞いたが、このマイヤール子爵家の初代様、要するにレニーのお爺さんだが、かなり優秀で将来を嘱望されていたらしい。 だが、優秀さゆえに兄弟から妬まれ、憎まれ、更には政治的な諸々で、アーレルスマイヤー伯家を継げずに、僅かばかりの領地を分け与えられて起こした家が、マイヤール子爵家なのだ。 開墾で苦労したとか、祭事などで一族の集会に出かければ雑に扱われたとか、そんな話をレニーは子供の頃に、初代様から聞かされていたらしい。 しかも、マイヤール子爵家の経営が軌道に乗り出したら、今度はアーレルスマイヤー伯家閥の重鎮の1人が、レニーを娶って資産を巻き上げようとしたりとか、ロクでもない話が最近まで続いているのだ。 それはもう嫌うのも当然って話だ。 だから魔道の総本山であり、妹たちも通っている王立魔道院では無く、レニーはゲルハルド記念大学に入学したのだ。 尤も、お陰で色々と楽しくなったとはレニー本人の弁ではあるが。 学院研究室に篭るよりも、実践する事の楽しさは良い、と。 そんな奴が俺の1番の友人である。 他にも親しい奴は何人か居るが、胸襟を開いて話せるのはコイツ位なものである。 主にメンタル的な意味で同世代の奴と距離感があって孤立した俺と、アーレルスマイヤー伯家の一族でありながらも伯家と対立しているが故に孤立したレニー。 何だろね、余り者同士の同盟ってな感じである。 というか実際問題としてレンジャー徽章習得時に、お互いに相手が居なくて、男女であったにも関わらずバディを組む羽目になったのだ。 男女で組ませると問題が発生しやすかったりするし、俺としても女性と組むなんてと思っていたが、組んでみるとこのレニー、割と細身の割りにタフで苦境でも泣き言を言わず、しかも必要があれば羞恥心も捨てられるって位に根性が座っていたのだ。 下手な男と組むよりも、大当たりだった。 それはレニーからも同じだった様で、生存生還訓練が終わってからも、何かとつるんで動く様になった。 俺が直接戦闘系で、奴が魔法支援も含めた全方位戦闘系だったので、組んでも戦いやすかったし。 勉強でも、得意分野が完全に被らなかったので教えあう事も出来たし。 その意味では、理想的な同盟関係であると言えた。 後、アイツからは虫除けに有り難いなんて言われたな。 アーレルスマイヤー伯家からの、レニーとの婚約予定者と決闘した事も再三再四って按配で、色々な連中と戦えたのは面白い経験だった。 剣を主体とした戦闘だと、この大学でも経験出来るが、魔法を使った戦闘となると、そうそう経験出来ないのだ。 それが、アーレルスマイヤー伯家からのとなれば、そりゃぁもう戦闘魔法も使える奴が多いので、大いに俺の経験値になったのってものだ。 うん。 実に楽しかった。「どうした、何か顔がにやついているぞ?」「何、俺はバディに恵まれたと思ってな」「今更だヴィッグ。私はレニー、お前の同盟者だぞ」「ああ、全くだ」 拳と拳をぶつけ合う。 ああ、本当にコイツのお陰で大学生活が楽しかった。 有難う。 そんなこんなで慌しく流れていく日々。 武器を揃え、道具をそろえ、後、コースが変わったので、アブラメンコフ工房の伝を頼って北周りの交易路に行った事のある商人から情報を集め、と。 酒の席とはいえ、男が一度了承した事なのだ。 これを反故にしては男が廃るってもので。 でもベイビー、正直北周りは無いと思う。 何であんなのを約束したんだろうね、俺。 当分は酒、控えよう。 飲んで起きたら、横に裸の女性とかなった日には、悲惨すぎるから。 後、宰相府というかジョンクロードの主事さんから王家からの下賜品に関しての質問を受けた。 何でも、この神託の遂行を王家がバックアップする事になったので、ついては、何か欲しいアイテムとかがあればくれる or 貸して貰えるとの事だった。 貸与か提供の差は値段の差らしい。 流石に、王家秘蔵のアイテムとかは貰えないって話だ。 当然だな。 後、本気でヤヴァイブツに関しては、貸し出し不可だそうな。 これも当然だ。 と云う訳で、盗難予防的な意味で門外不出な王家秘蔵品のリストを読ませてもらう。 流石は帝國時代からの伝統あるオーベル家、神造剣も含めて、凄いモノがゴロゴロしてやがる。 というか神造剣も、殆どが貸与可能って、どんだけ太っ腹だよ我らが王家。 裏には、蛇の親馬鹿伯ことオルディアレス伯がいるんだろうけど、にしたって、だ。 尤も、個人的にはそんな高級品を選ぶ気にはなれない。 万が一にも失ったら事だし、そもそも武器は消耗品だし、である。 それよりは、旅を便利にするグッズが欲しい。 例えば飛行機とか。 無理だけど。 有り得ないけど。 とと、面白いものを発見。 モノを収納できる腕輪、ストリングリングだ。 言ってしまえば腕輪状のゲート・オブ・バビロンかドラえもんポケットかって代物だ。 その2つみたいに無制限っぽく入れられる訳じゃなく、12個という制限はあるっぽいが、その代わり、ある程度の大きさまでなら何でも収納可能っぽい。 実に便利そうだ。 貴重品を入れておけば、盗難も怖くないって感じで。 という訳で、欲しいアイテムをジョンクロードさんに告げたら驚いた顔をされた。「駄目ですかね?」「いや、そんな訳は無いが、てっきり武器を選ぶと思っていたからね」 ジャンクロードさんが示したのは、国宝級からの武器の数々。 抜剣すると刀身が焔をまとって、攻撃に焔による追加ダメージ修正が付くってゆう悪魔みたいなロングソードとか、或いは相手に魔力耐性が無ければ相手を斬った相手を凍らせるショートソードとか。 極悪なのだと、発動の呪文(コマンドワード)一発で遠距離へとビームみたいなのをぶっ放すブロードソードってのまである。 何だろう、酷い世界だ。 だけど、欲しくない。 使えば壊れるリスクがあるし、壊れてしまえば、返せない=国への勤労奉仕とか悪いイメージしか浮かんでこないからだ。 竹中の半兵衛さんじゃないけど、消耗品は、常に壊れる事を前提に、同等の予備を用意出来るものに限るってなものだ。「実用本位なんですよ、実用」「君がそれで良いなら、私からは特に無いよ。用意しておこう」「何時、頂けるんですか?」「近く、君達を壮行する為、女王陛下主催の会が開かれる。その時にだね」 国の為の見世物になる訳か。 仕方が無い。 国費で旅して、しかも高い下賜品まで貰うんだ。 コレもまた、給料分給料分ってなものだ。「了解しました」 立ち上がっての敬礼。 多分、感情は外に漏らさずにすんだと思う。 思いたい。 壮行会向けの礼服を用意したりする。 幸いに、大学の第1種制服が礼服の役割を兼ねる事がドレスコードで許されているので、洗ってアイロンを掛けて、ほつれ何かを確認するだけで良かった。 白を基調とした制服は、詰襟っぽいデザインである。 帝國時代からの伝統を受け継ぎつつ、新しいデザイン ―― らしい。 良く判らんが。 この辺りの気候風土的が、温暖湿潤から亜寒帯にかかる位の過ごし易い気候ってのが大きいかもしれない。 帝國崩壊時の混乱から逃れての逃避行時に、住み心地の良い環境を探して今の場所へと辿り着いたってのも伊達じゃ無い。 そんな感じである。 兎も角。 トーガみたいな、動き辛そうなのよりはズボンにジャケットという組み合わせは、過去形現代人なメンタルがまだ残っている俺としては、有り難いものだ。 そんなこんなで迎えた壮行会、女王主催のパーティだ。 王宮の一角、大ホールでの催しだ。 その控え室で進める準備。 大学の第1種制服の上に、徽章とかを飾っていく。 前衛資格者徽章とか生還生存徽章とか。 後、大学で上級指揮官任用資格を取ったので、緋色の紐を肩から襟元に通して飾る。 一種の参謀飾緒みたいなものだ。 金色の、モールじゃないのが残念だが、白い制服なので赤が映える映える。 実に格好良いアクセント、装飾になっている。 コレが貰えるとしって、指揮官向けの勉強をする意欲が沸いたってなもので。 尤も、軍の方でこの飾緒は余り重視されちゃいないけども。 指揮官の教育自体は大学卒業生は全員が必須だし、そもそもとして上級指揮官任用資格のコースと飾緒の制度が制定されてまだ10年にも満たないのだ。 実績が無ければ相手にされないのも当然ってなもので。 でも、格好良いから取ったのだ。 形から入る、駄目な軍事趣味者だった残滓がまだ残っているっぽい。 悪い事じゃないけども。 そして最後に、マントをまとう。 当然ながらも、白の外套(ケープ・オブ・ホワイト)だ。 鏡を見た。 悪く無い感じだ。 が、今更ながらに緊張してきた。 意味も無く手袋とか、ベルトの具合を確認する。 髪型に関しては、ワックスで綺麗に固めて貰っているので触れない。 別室にて待機しているエミリオやミリエレナも、こんな緊張状態にあるんだろうか。 くそ、判らないからこそ、恥ずかしいな、なにか。 初陣の時よりも緊張するぞ。「ビクター様、余り引っ張っては伸びてしまいす」 手袋の具合をと引っ張っていたら、ノウラに止められた。 此方も、キッチリとした武装メイド用の礼装を身に纏っている。 凛々しいね、本当に。「どうだろうノウラ、悪い所は見つからないか?」「大丈夫ですよ、ビクター様」 何度目かの確認なので、小さく笑われてしまった。 悔しい。 悔しいが落ち着かないから仕方が無い。 今、大ホールでは国家元首以下、お偉いさん方がそろい踏みしているのだ。 母親様も、それにマーリンさんだって参加している。 そんな中で名を呼ばれ、壮行されるのだ。 あーくそ、仕方が無いだろ、コレは。 俺はもう少し天邪鬼というか、反権力的だと思っていたけど、その自己評価は過大評価の類だった模様。 残念だ。「なら1つ、オマジナイをしましょうか」「ん? この気分を変えれるんなら、何だって良いぞ」「なら目を閉じてください」 アレだね、駅前で良くやってる奴。 藁をも縋るって心境の奴がやるんだよ、具体的には俺とかが。 って、えっ、柔らかっ!?「っ!」 目を開けたらノウラの顔がアップだった。 ほんのりと目元を赤らめて、でも笑っている。「気分が変わりましたか?」 おーいぇー。 ってか、え、何でさ?