挨拶と自己紹介。 ハキハキとした喋り方をする、中々に可愛い子である<聖女>ミリエレナ。 だがそれ以上に可愛いのがエミリオだ。 もうね、アイドルに出会ったファンかよってな具合に、頬を真っ赤にして、興奮した風に会話している。 邪さが無いだけ非常に無邪気。 正に子犬系。 そんなエミリオに懐かれて、困惑しつつも満更ではない感じのミリエレナ。 コッチもコッチでスレて無い感じでグーである。 そんな2人をニマニマ見ていたら、ゴーレルさんと目が合った。 アチラも微笑んでいた。 そんな朗らかな昼下がりは、激しいノック音によって打ち破られた。「ゴーレル神官長、非常事態です!!」 誰だ、何だ、こんな楽しい時間を邪魔するなんて。 異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント1-11使徒は脳筋 無粋への腹立ちを覚えた俺だったが、ゴーレルさんへの報告は、確かに非常事態であった。 このブレルニルダ第3神殿の近くにある村が、<黒>の部隊によって襲われていると云う事なのだから。 規模は隊クラス。 但し、複数の可能性ありと云う話であった。 リード高原での防衛線が有効に機能しだした昨今では珍しい程に、大規模な侵入だ。「この第3神殿近くで暴れるとは舐めた真似をしてくれるものね」 報告を聞き終えると、誰に言う事もなく呟いたっぽいゴーレルさんだが、それまでと全く別の表情を浮かべていた。 ナニが違うと言う程に変わった訳じゃ無い。 だが、目が据わって、笑みは張り付いた様な薄っぺらいものへとなっていた。 言うならば夜叉の表情だ。「では神官長、何時も通りに」「無論です。第1戦闘班に非常呼集、前庭に第1種装備で集まる様に伝達。第2、第3班は神殿防備任務を、残る3個班は予備任務を命じます。そうね早馬で王都へも報告を上げておきなさい。神殿の指揮は第2位神官長へ委任します――ミリエレナ、貴方は……」「第1戦闘班へ志願します!」「――そう、そうね、貴方は第1班だったわね。良いでしょう神命を果たす前の一仕事をして行きなさい」「はいっ!!」 キビキビと命令を出し、それに応じていく。 何ですかね、下手な傭兵部隊よりも規律がしっかりと出来てます。 さすがブレルニルダの使徒、<黒>と対峙し、退かぬ事を誓った脳筋宗教家集団だ。 それでも、狂信者じゃないってのは有難いけれども。 神族が自ら告げているのだ。 我等も疑え、と。 誰かに判断を預けるのでは無く、自ら決めろと。「すいません! 僕も連れて行って下さい」 声を上げたのはエミリオだ。 顔は高潮したままだが、その目には力があった。「そう言えばエミリオさんはバルブロクト第1神の神官補でしたね、ならば貴方も第1班――貴方も?」 俺が手を上げたのを確認したゴーレルさんが、笑う。 割と真面目な理由があるんだけどね。「ええ。この際ですから、旅の予行演習も兼ねてと思いまして」 旅に出てから集団戦闘をしてみるより、こゆうサポートしてくれる事を期待出来る環境で試してみる方が、問題への対処は容易だろうからだ。 それに、他人が義で戦っているのを高みの見物とは性に合わない。 女子供が殺される様な状況で、戦う選択肢があるのに選ばないんて、趣味じゃ無い。“何処かの誰かの為に” そんな言葉を信じている訳じゃ無いし、そもそもレベルでゲームだったしだが、それでもその精神は良い。 良い物は良いのだ。 武装の問題も無し。 ショートソードは持ってきているし、それ以外にも幾つかは携帯してはいる。 流石に鎧までは着ていないが、戦えない状況じゃない。 であれば、退くと云う選択肢を俺は持たない。「迷惑ですか?」 一応、確認。 連携とか、そゆう部分を考えると、邪魔じゃなかろうかって思う面もある訳で。「それは無いわ。<鬼沈め>の力、見せて貰うわよ?」「喜んで」 第3神殿前庭に集まった第1戦闘班に属する100名近い男女に行われたブリーフィングは、極めて簡単なものだった。 襲われた場所と確認された<黒>の規模装備等の説明。 そして救援の第1戦闘班班内での役割分担と装備の確認だけだった。 それも大雑把な。 思わず「ねーよ」と呟きそうになった。 敵情やその目的の把握も無しに部隊を動かすのって、博打に近いものがある。 罠を掛けられては洒落にならないからだ。 隊規模の敵、但し複数の可能性となれば一個上の群規模になる。 それは、最悪で1000を超える<黒>の軍勢と戦闘する可能性を意味するのだ。 彼我兵力差10倍の戦い。 にも関わらず、ブレルニルダ第3神殿第1戦闘班に属する面々は、意気軒昂といった有様であった。「大丈夫かよ……」 思わず漏らした言葉に、ミリエレナが反応した。 何がですか、と。 エミリオは初陣らしく緊張した面持ちで、装具や武器の具合を確認している。 武器は携帯していたが、流石に防具までは装備していなかったので借りているのだ。 フリーサイズなライト・チェインメイルを。 後は篭手と、前頭部を護る鉢金を。 大規模戦闘を考えると簡素極まりない防具だが、無いよりマシってものだ。 まっ、それはさておき。「いや、大雑把だなって思えてね」「大雑把?」「ああ。敵情の詳細も把握しないってのは、危険じゃないかと思ってね」 罠とかの可能性はあるのだ。 昔は力押ししかしなかった<黒>だが、最近では戦術を使うようになってきているという話なのだ。 ゲルハルド記念大学に講師として招かれて来た、リード公爵騎士団の予備役団員にして南方領総軍の幕僚職経験者の人が言っていた。 連中はこの10年で、驚くほどの進歩をしている、と。「罠の可能性はあるかもしれません。ですが我等はブレルニルダの使徒。そこに<黒>に襲われる人が居るのであれば急行するのが我等の誇りです」 いい笑顔でキッパリと言われた。 ある意味、見事だ。「了解。なら、その流儀に合わせるさ」 ため息を飲み込んで言う。 嫌いじゃない。 己の安全を度外視して、人を助けたいって連中を嫌いになれる筈が無い。 だが同時に頭に痛いものを感じた。 もう少し、自分の身を護ろうよって思うわけだ。 兎も角、そんな連中が馬に乗っている。 一部は馬車に乗っている。 けが人を運んだり、衣料品を運んだりする為って話だ。 その馬車、アブラメンコフ式では無く魔法式の緩衝機構を採用した高級品だ。 ブレルニルダ第3神殿、金満っぽい。 後、俺とエミリオにも馬が貸し出された。 乗馬はチョッとだけ苦手だが、贅沢は言うまい。 エイっと登って座った、鐙の具合を見ているとゴーレルさんが出てきた。 さっきまで着ていた法衣の上に、着脱の簡単なチェインメイルを着込んでいる。 その手にはゴッつい突起満載の極悪メイス。 しかも色は赤味がかった黒。 どーみても呪われそうなブツだが、事の外よく似合っている。 というか完全武装です、有難う御座います。 目的は見送りに、では無いのだろう。 ゴーレルさん、見ている俺の困惑を無視して、歳を恰幅とを感じさせない颯爽とした仕草で馬に跨った。「さぁ同胞よ! 生まれた時は違えども同じ神に誓い、誓いに死する覚悟を決めた戦友達よ、今こそブレルニルダへの誓いを果たす時! 出撃だ! 私に続けっ!!」 駆け出すゴーレルさんの馬。 そして俺達はその尻を追う。 跨る姿もなら、馬を操る姿も颯爽としているゴーレルさん。「格好良い、流石です、ゴーレルさん」 馬を操りつつも、目を輝かせているエミリオ。 どうやらゴーレルさん、伝説級のお人らしい。 どゆう伝説持ちか聞きたい気もするのだが、今の俺は馬を操るだけで精一杯な訳で。 クソッタレ。 俺は、馬は馬でも鉄馬専門だ。 心臓は88ci、吐く吐息は火の付く様な奴だ。 俺が操るからこそ走れる奴だ。 馬に乗ったことが無いなんて訳じゃ無いが、こゆう速駆けの経験は無いのだ。 速く着け、速く着け、速く着け。「当たり前です。我らのゴーレル神官長なんですから」「そうですね、ゴーレル神官長なんですから!!」 エミリオの賞賛に、ミリエレナが我が事の様に胸を張った。 うん、何か微笑ましい。 そしてお前ら余裕だね。 俺は口を挟む余裕はないよ。 クソッタレ。 黙々と馬を走らせる俺。 少しだけコツが掴めて来た頃に、エミリオが目的地が近づいたことを叫んだ。「見えました! アダンド村です!!」 オーイェー。 神様、アンタはサイコーだ。 広がった視野。 気付いたら、平地だった。 その先に木製と思しき巨大な塀が見えた。 周りに群がっているゴブリンの群れは、宛ら甘いモノに取り付いた蟻の集団に見えた。 数は100や200って数じゃないが、流石に1000は超えて無さげでだ。 適当に500と考えれば、一人頭で5体。 まぁ無茶な数値なんかじゃない。 背中さえ取られなければ。 それも、飛び道具でなければ。 何にせよ、急がねばならないだろう。 塀の辺りでの攻防戦が見えないので、村の門は破られているのかもしれないからだ。 と、右手を振り上げるゴーレルさん。 それを合図に、ゴーレルさんの傍らを走っていた副官役の神官さんが声を上げる。「総員、装具確認! 抜剣!!」 その言葉に、慌てて手綱や鞍、鐙の具合を確認する。 良し悪しが良く判らないが、力を入れてみたが問題は無さげだ。 乗馬時に預かったハルバードを、鞍のラックから引き抜く。 俺だけじゃない。 エミリオもミリエレナも、他の第1戦闘班の面々が、各々の武器を掲げ戦闘準備を終える。「総員、準備良し!!」 副官役の神官さんの言葉に頷くゴーレルさん、そして手を前へと振り下ろす。 <黒>の軍勢を断ち切る様に。「突撃!!」 迷いの無い、裂帛の気合。 それを合図に第1戦闘班と俺達は、ゴーレルさんを先頭に駆け出すしたのだ。 100名余りの人間によるが騎乗突撃。 その迫力は絶大であった。 先鋒が接触するよりも先に一部のゴブ助は壊乱し、迎撃に魔法どころか矢すらも降ってこない。 無人の野を駆けるが如き突撃となったのだ。 騎兵突撃テラ怖ス、だ。 そら人間だって、100馬からの突撃を受けたら冷静じゃいられない。 ましてや小胆なゴブ助が、だ。 そんな、三々五々と逃げ惑うゴブ助の隊列を攪拌し、ケツからブッ飛ばすのだ。 突撃が、隊伍を組んでの突進が生み出す衝動が駆け上がってくる。 俺はソレを素直に解き放つ。「Uuuuu Ran!!」 どっかの副帝家戦姫に捧げる騎兵隊チックな気分で、ハルバードを振るう。 その切っ先が複数のゴブリンを削り、叩き、吹き飛ばす。 周囲は敵と敵と敵。 攻撃は、振り回すだけで十分だ。 であれば、騎乗戦闘に不慣れな俺でも十分に戦える。 否。 この環境で、騎乗戦闘のスキルを上げる、上げてみせるってなものだ。 ついでに槍のスキルも。 母親様から槍というか長モノの扱いもタップリと仕込まれたが、技量的に見て俺よりも妹弟子なノウラの方が上手かったのだ。 アレは悔しかった。 だから、ここで練習をする所存。 死ね、ゴブ助。 ハルバードの露と消えろ。 ハルバードを振り上げて叩き下ろす。 或いは振り回す。 それだけで死を量産する事が出来ていく。 スコアの稼ぎ時って事だ。 意味は無いけど。 数えても居ないけど。 どれ程ぶっ殺したか判らない程に暴れている最中、副官さんのドスの効いた声が響いた。「総員、集合!!」 何らかの魔法的手段でも使ったのか、喧騒の中でもその声は良く拾えた。 振り返って見れば、ピンと立った旗を持った副官さんが、ゴーレルさんの周囲への集合を命令している。 というかゴーレルさん。 真っ赤になっているが、怪我をしている風に見えないので、恐らくは返り血だろう。 パネェ婆さんだ。「ビクターさん!?] 隣に居たエミリオが伺う様に尋ねてくる。 些か興奮気味でしかも疑問符付きの口調なのは、まだ目の前にゴブリンの背中が二桁近くあるからだ。 後少し、3人で迫れば獲れる――そう思っているのだろう。 だが駄目だ。 蹂躙戦は楽しいが、深追いする奴は獲物を前に舌なめずりする奴と並ぶ阿呆って2ものだ。「いや、戻ろう――ミリエレナ?」「はい、戻りましょう」 ミリエレナの方は、落ち着いている。 エミリオが血に酔っているっぽいのとは対照的だ。 或いは、経験の差かもしれない。 まぁそれでも、フォローは少しで済む程度には鍛えられているし、被ダメに怯えない辺りは高評価ってなものである。 攻撃が、常にフルスイング系の全力攻撃だってのは、頭が痛いが。「でも、もう少し………」「駄目だ。命令は命令だ。それに、まだ村の中が残っている」 そう、俺達はゴブリンを退治する為に来たのではなく、村を、村人を護る為に来たのだ。 それを忘れてはいけないって事だ。 そして恐らく、この集合命令も村の内部へと入ったゴブ助の掃討戦に関してだろう。 その予想は当った。 ゴーレルさんは第1戦闘班を二つに分け、その1つを外周警戒に。もう1つを内部掃討に向けるとの決断をしていた。 そして俺らは当初、ゴーレルさん直轄の予備戦力扱いだった。 が、編制を始めてみたら予想以上に負傷者が出ていたらしく内部掃討組みが人員不足となって、目出度く掃討組みへと編入される事となった。 ゴブ助程度にと思わないでも無いが、ミリエレナが戦意過多な姿を見ていると、納得できる面もある。 戦意の高さを否定はしないけど、組織戦闘では割とマイナスな訳で。 冷静に状況を読まないと、要らない所でダメージを受けるのだ。 というかミリエレナもフォローを入れなければ、何度も受けそうになってたし。 それが下もだけならまだしも指揮官までそうだと、もう手に負えない。 というか、そう考えれば攻撃力の高さに反比例チックな打たれ弱さにも納得である。 ブレルニルダの使徒、実に実に脳筋集団である。 まぁ脳筋以外の理由として、将兵の殆どが治癒魔法の使い手か、或いは応急医療技術保持者ってのが有るのかもしれないが。 それでも、頭の痛い連中である事に変わりは無いが。 今後はミリエレナの動向に要注意である。 イザって時に暴走されたら、困る。 そんな事を脳味噌の端っこで考えながら地面に降り立つ。 踏みしめる大地の感覚が素晴らしい。 人間、やっぱり徒歩だよね。 ハルバードを置いて、馬の鞍にくくり付けていたショートソードを2本、両手に持つ。 うん。 コッチの方が安心だ。 体の調子が戻る様な気がする。「調子はどうかしら、<鬼沈め>?」 ゴーレルさんが歩いてきた。 そう徒歩だ。 ゴーレルさんは指揮官戦闘の規範を護り、突入救援部隊の先頭を行く積りの様だ。 その顔には疲労の色が浮かんでいるが、その瞳にはまだ力があった。「最高ですよ。今からが本番です」 返り血で体が不愉快だが、それよりも大事な事がある。 地に足が着いていて、ショートソードを持っているって事だ。 俺が俺らしく戦える状況なのだ。 であれば、今までの時間なんて暖機運転か前戯かってなものである。「……そう…」 唐突に言葉を切ったゴーレルさん。 不思議に思って見れば、苦笑を口に貼り付けている。「何か?」「何でも無いのよ、只、流石は<鉄風姫>の息子だと、感心しただけの話よ」 笑みが、爽やかなものへと変わった。 オーイェー。 ゴーレルさん、ウチの母親様の知り合いかしらん。 これは無様な所は見せられんぞってなもので。 俺は、何時もよりも、もう少しだけ気合を入れた。