筋骨隆々とした男の背中。 何だろう、確か俺と同じぐらいの少年って話だが、その背には歴戦の戦士の風格があった。 アレが本当にエミリオなのか。「神官補エミリオ」 俺が混乱している所へ、ジャンクロード主事さんが声を掛けた。 筋骨隆々とした背の男が振り返った。 傷を負った、巌のごとき顔をした男だ。 というか、どう見ても10代には見えない件。 要するに拳王様とかドズルな兄貴の如き実年齢と外見の差とか、そゆう問題な訳で。 アレと3年も旅するとか、どんだけの苦行だよってなものである。「ジャンクロードさん!」 救いの主、キタコレ。 拳王ドズルの脇から、あどけない顔を汗だくにした少年が顔を見せた。 うん、コイツだ。 エミリオってのは、コイツであって欲しい。 神様神さまカミサマと素直に祈ろう。 この世界の神でも、或いはアラーにだって。 立川在住のコンビだったら、多分、慈悲とかアガペーで何とかしてくれると信じている。 だって、皿をパンにするよりも簡単な筈だから。 異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント1-09力なき速度、それは無力 願望は果たされた。 迷う事無くジャンクロード主事さんは拳王ドズルの脇ってか、拳王ドズルのデカい背中に隠れていた向こう側に居た少年に呼びかけたのだ。「此方へ、神官補エミリオ。貴方に従騎士ビクターを紹介します」 アーメン ハレルヤ ピーナッツバター。 どの神様か知らないが有難う御座います。 悟れ!!アナンダ!! 最高で達者でなーっです、だ。「はいっ!!」 少年は背筋を伸ばして声を上げると、訓練用の木剣と盾とを持ったままに駆け寄ってくる。「初めまして、エミリオ・オルディアレスです!!」 正真正銘、少年がエミリオ・オルディアレスだった。 有難うカミサマ。 今、本気で貴方が愛しい。「あの<白外套の3騎>、ビクター卿 ヒースクリフさんに会えるなんて、旅が出来るなんて、光栄です!!」 ハキハキとした声を出す、エミリオ少年。 卿でさんと敬称の二重使用ってどうなのって思うが、まぁスルー。 興奮しているっぽいしね。 頬が紅潮している。 小柄と言って良い体躯と幼い顔立ち。 クセの無いサラサラっぽい金色の髪と相まって、何だろう、子犬系ってな感じである。 というか、こゆう風に素直に好意な発言には照れてしまうってなモノである。 まぁ“あの”って部分には聞きたい事が山盛りではあるが。 そんな気分はおくびにも出さず、にこやかな表情をする。 してみましょ。「初めましてエミリオ・オルディアレス神官補。俺の事は卿抜きでビクターで良い」 卿なんて呼ばれたらこそばゆいから。 この国で卿って称号は、各爵家の当主ならびに子爵級以上の貴族階級の第1爵位継承権者にのみ許されているものなのだ。 で俺。 俺は爵位の第1位継承権を持つとは云え男爵家のである為、本来は名乗る権利を持た無い。 だが、今回の任務に際して従騎士爵という、一番の下っ端っていうか、貴族の子弟が軍務に就く際に自動的に与えられる爵位を与えられているから、名乗る事が許される事となったのだ。 尤も、所詮は最下っ端の“従”騎士爵って事で、卿との呼ばれ方よりも従騎士と呼ばれる事が多いのはご愛嬌である。 ああ、面倒くさい。 そんな称号とか敬称とかみたいな名誉━━要するに金の掛からない褒賞制度も充実しているのだトールデェ王国。 人間、チョビットでも他人と差があれば喜ぶし励みになるさもしい生き物だから仕方が無い。 兎も角、そこ等辺をエミリオはジャンクロード主事さんの言葉から察して、卿と付けたのだろう。 中々に聡い子である。 が、そんな敬称だが省きたいのだ。 これから永い旅の仲間の名を呼ぶのに敬称を付けるなんて面倒は避けたかったてのが、本音である。 大体、爵位の名称も家の号であったり領地の号であったりと千差万別、家それぞれなのが、このトールデェ王国クオリティなのだ。 裸一貫で開拓して爵位をとった場合、氏に爵位を付ける。 対して、褒賞で新しく領地を与えられた場合、名前の前に爵位名を付けて、それから氏名となる。 がしかし、例外的に裸一貫だけど、地名は別に付けるとか、元々の地名を付けるとかなれば、名前の前にとかなるのだ。 もうね、統一性もクソも無い。 というか、移民が多過ぎて名前すらも統一性皆無なのだ。 コレで国家が統一された状況にあるってんだから、王家の威武と権威、そして外敵の存在は偉大である。「では僕もエミリオで」 笑みが大きくなったエミリオ。 どうやら、コイツもフランクな性格をしているっぽい。 有難い事だ。「なら、改めてエミリオ、宜しくな」「はい、ビクターさん!」 握手。 武器を持つ手をもって握り合うってのは、友愛の象徴ってなものである。 鳩は嫌いだが。 というか握手して気付いたが、このエミリオ君、実に荒れた手をしている。 コレはアレだ。 日々に剣を振るってきた、鍛錬を重ねて来た人間の手だ。 坊ちゃんだと思っていたが、なかなかどうして、だ。 この旅、悪いものにはならずに済むかもしれない。 そんな風に思った所へ、唐突に話しかけて来た相手が居た。「少し、良いか?」 低い声が響く。 厳つい相手、拳王ドズルだ。「すいませんアティリオ兄さん、練習に付き合って貰ってたのに」「構わん。俺は、俺がお前に出来る事であれば何でもやってやりたい。そう思っているからな」 オーイェー。 この兄弟、仲が良いっぽい。 エミリオは素直に懐いているっぽいし、拳王ドズルも厳つい顔を綻ばしている。 オルディアレス伯爵家と言えば、当主の渾名が<蛇>で、泣く子も黙るの家風だと思っていたのだが、どうやら家内相手であれば違うのだろう。 ほほえましいものである。 そんな、ニマニマ気分で眺めていたら、此方に飛び火した。「従騎士ヒースクリフ、君に確認したい事がある」 口調は丁重ですが、その実命令。 その風格や実に拳王様でした。 両手にそれぞれ持った木剣を振る。 やや小型で、実にショートソードを模している。 バランスや良し。 握り具合も良し。 初めて使う道具だが、コレであれば問題は無い。 何でこうなったのかと考えると、頭痛が痛いと感じるレベルではあるが。 周りを見る。 練兵所に居合わせた連中が、ゴロリと周囲を囲んでいる。 どうしてこうなった。 理由を考えれば簡単な話だ。 実力を見せろ、と拳王ドズルに言われたのだ。 武闘大会での話は聞いているが、自分の目で見ていないものは信用できない。 だから、俺の前で戦えと言うのだ。 エミリオ君が取り成してくれるが、拳王ドズルに譲る気無し。 兄馬鹿っぽい御仁なので拳王ドズルの気持ちは判るってなものである。 何処の馬の骨って訳じゃ無いにしても、大事な弟と共に旅立つ奴を見定めたいって思うのは普通だろう。 だから俺は納得する。 納得して、両の手に木剣を握り、魔法防御力を付与された革の訓練衣を着ているのだ。 革の訓練衣の機能は、致命打から身を護ってくれるという素敵なモノだ。 流石は王宮内の、良い物が備えられてある。 足場を確認する様に、軽くステップを踏む。 問題は感じない。「準備は良いか?」 問い掛けに頷く。 相手を見る。 相手も又、双剣を持っていた。 但し、俺のとは違って普通の直剣諸刃っぽいのを模した木剣だ。「宜しくだ、従騎士ヒースクリフ。俺は王立騎士団百騎長、ジョージ・ベーカーだ」 痩身の壮年男性。 短く刈り込まれた頭髪と、綺麗に切り揃えられた顎髭が特徴的な騎士。 それがジョージ・ベーカーだ。 百騎長って役職は、騎士団では名前の通りに100人の騎士を束ねる役職だ。 騎士団の定数が1000名を基準としているのだから、中隊長から大隊長ってな辺りだ。 中々の人物って言えるだろう。「宜しくお願いします、ベーカー卿」 素直に頭を下げた俺に、騎士ベーカーはニヤっと笑った。「“噂”の3騎が1人、その実力を見せてもらおう、かっ!」 奇襲。 始め! ってな合図抜きに騎士ベーカーが仕掛けてくる。 一足で踏み込み、それからの右手の剣での突きだ。 洒落にならない攻撃だが、それを卑怯だとは思わない。 これは試合では無く、俺を試すのが目的だからだ。 であるからにはこの奇襲は、突発事態への対応力を試しているのだろうか。 そんな、どうでもよい事を頭の片隅で考えつつも体を動かす。「っ!」 引くのが一番簡単だが、それで状況は変わらない。 両手に剣を持つのだ、ならばともう一足、踏み込んでの突きが来るに決まっている。 脇に避けるのも論外。 そのまま薙ぎ払われるに決まっている。 だから俺は、踏み込む。 審判役の騎士の合図を聞き流しながら。「っいっ!」 左手の剣で突っ込んでくる剣の切っ先を逸らしつつ、右手の剣を振るう。 構えた状態からじゃ無いので、勢いは付かないが仕方がない。 乾音。 手に響く衝撃。 騎士ベーカーも、左手の剣でガードしていた。 速い。 百騎長ってのは伊達じゃ無いらしい。 其処からの、足を止めての剣戟。 1合、2合、3合。 相手の剣を避け、払い、そして此方からも攻撃する。 振るう剣を避けられ、払われる。 4合、5合、6合。 と、唐突に蹴りが飛んでくる。 膝蹴りだ。 避けると姿勢が崩れるので、此は踏み込む事をチョイスする。 相手の蹴りを殺す様に、足が伸びきる前に受けるのだ。 衝撃。 だが、予想通りに痛くない。 それよりも、相手の姿勢が崩れたのが大きい。 反撃だ。 但し、踏み込み過ぎで距離が近すぎるので、剣を振るうよりも肘打ちを敢行する。 腕を曲げ、コンパクトなスイングで鳩尾を狙う。 残念。 バックステップで避けられた。「良いな、汚い遣り方も判ってるな?」 騎士ベーカーからの即座の反撃も無ければ、此方も追撃はしない。 お互い、それなりに息が荒れたからだ。「それなりに、ですけどね」 ゆっくりと動きながら隙を伺う。 流石はベテランの騎士、隙が少ない。 無理に突っ込めば、1~2発は確実に食らいそうな按配だ。「それで“それなり”だと?」 速度的には劣ってないってか勝っているのだが、テクニック的な面で追い付けてないっぽい。 片手で持つと小回りが効かず、大降りになり易い標準的木剣を両の手にそれぞれ持っていると云うのに凄いものである。 コッチが速度を稼ぐ為にも、ショートソード使っているのと、偉い違いである。 或いは俺の経験不足か。 ベイビー、少し悔しい。「ええ。まだまだだなって、思いますよ」 会話にもリズムを付けて、荒れた息を回復させつつも、それを悟らせぬ様にする。 短文だけで会話してくる騎士ベーカーもだと、願いたい。「向上心、結構だ」 さてさて。 テクニックで追い付けないならどうするか。 速度は優速ではあるが、それだけでどうにかはならないだろう。 ならばどうする。 力だ。 速度に力を乗せて、凌げない一撃にすれば良いのだ。 構えを通常に戻す。 右の剣を背負うように、左の剣を緩く伸ばすように。 隙を感じさせぬようにゆっくりと。「有難うございまっ、すっ!!」 今度は此方から踏み込む。 息が完全に落ち着いた訳じゃないが、イニシアティブを握られっぱなしってのは趣味じゃない。「Kieee Etu!!」 左の突きは誘い。 それを払って姿勢が崩れた所へ、本命の右を振りぬく。 壊音。 受けた相手の木剣が折れ、切っ先が相手を痛打している。 左の鎖骨辺りを捉えたのだ。 歓声、或いは怒声が上がった。「っ!?」 そんな中、膝をついたままに声を上げられずに悶絶している騎士ベーカー 否。 悲鳴を押し殺しているのだろう。 流石、と言うべきだ。 魔法の訓練衣があるとは云え、木剣が折れる様な一撃を食らったと言うのに、だ。 そして流石は薬丸自顕流。 パチモンな訓練で培った斬撃、打ち込みモドキでこの威力だ。 我ながら、呆れるってなものである。「勝者、従騎士ヒースクリフ!」 勝ちが決定したので、構えを解きながら騎士ベーカーに駆け寄る。「大丈夫ですか、ベーカー卿」「ああ、やられたよ。やられた、見事だ<鬼沈め>。コレがオーガーを喰った一撃か?」 痛みに脂汗を額に浮かべながらも、莞爾と笑ってみせる騎士ベーカー。 更には褒めてくる。 漢だ。 否、正に騎士だ。 その言葉を有難く受け取る。「はい、有難う御座います。ですが、まだまだ精進の途中です」「そうか、それは先の楽しみな事だ」 差し出された手。 その右手を有難く握った。 何か、歓声が上がった。 それがこそばゆかった。「しかしジョージ、相手は<白外套>持ちとは云え一撃で沈むとはな。どうした」「笑うなよ、分遣騎士団長? 食らってから判ったんだ。アレは、アイツの本質は軽装兵じゃないってな」「ほう? 軽武器のショートソードでなののにか?」「ああ。武器が小ぶりだったんで見誤ってたんだ。あの本質は速度と手数で攻めるんじゃなく、力で押し切る重戦士系だ」「俺みたいな、か?」「いや、アンタとは違う。見てたろ? 最初の剣戟、俺の速度について来てた。いや、一部では超えていた。木剣だからの狡い技で切り抜けたが、実剣じゃこうはいかなかったな」「確かに、あの速度は俺では出せん」「きっと、その為のショートソードなのだろうな。俺の蹴りにも即座に対応しやがった。信じて良いぜ、アティリオ。従騎士ヒースクリフはお前の大事な弟を護ってくれるだろう。育ててくれるだろう」「んーーーーん、判った。貴様の判断を信じよう」 俺の人品鑑定が終わったらしい。 騎士ベーカーと会話をした拳王ドズルは、不承不承と云う按配の表情のまま俺を認めてくれた。「父上の目が節穴でないとは思っていたが、な。従騎士ヒースクリフ、弟を、エミリオを頼む」「努力します」「その言葉を信じさせて貰うぞ」 重々しく頷く拳王ドズルに、敬礼をしていた。