薄暗い部屋。 目の前には金貨。 金貨。 金貨。 金貨。 金貨の山々。 その山の奥には、恰幅の良い男が座っている。 但し、好々爺然としたなんて、欠片も思えない相手だ。 ブッチャけて、ドンとかファーザーとか呼びたい風情がある。 間違っても、ファー様等では無い。 煌く金貨が、装飾の乏しい部屋に彩りを与えている。 が、その前に言いたい。 どうしてこうなった、と。 いっそ、踊りだしたい気分だ。 大股開きで、ドタドタと。 ああ、気分はAA略か。 異世界ですが血塗れて冒険デス (σ゚∀゚)σエークセレント1-01行き成りですが、買収されますた かつての、子供の頃と言うには、少しばかり近い前。 5年程の昔。 あのマバワン村で初めて実戦へと赴いた頃、剣の標的は立ち木だった。 それが何時か、丸太に変わった。 そして今は、人を模した組み木に纏わせた鎧だ。 それも、レザーアーマーなどの軽便な物じゃない、金属プレートで腹や首元などの急所などにカバーが為された、かなり高級なチェインメイルだ。 尤も、新品などではなく老朽化し、各部が凹んでいたり錆び付いていたり欠損している廃棄品の再利用であった。 実用困難であっても、訓練の標的とするのであれば、必要十分だからだ。 そんな標的の前に立ち、腰の左右に下げていた剣――ショートソードを模した刃を潰し、切っ先を丸めた訓練剣を抜いて構える。 左手は中段にて緩く伸ばし、その先に握られた剣はさながら触覚の如く。 右手は拳を右頬に触れる様な位置へ、そして剣は背に当てて背負うように。 左は牽制であり、右が本命。 それが基本の構え(パターン)。 だが、化け物揃いと言うか、化け物か雑魚しかいない<黒>を相手に戦うのだ、そんな単純な攻撃だけで凌げるものではない。 化け物の方は簡単に殺せないし、繰り返せば隙となる。 雑魚相手では手数が無駄になり、無意味に体力を消耗する事になる。 だがそれでも尚、この型は俺が自分で見つけマーリンに導かれ、育てた基本だった。 愛着がある。 気持ちの問題だとも言えるかもしれない。 そんな構えから、振るう。「Kietu!」 鈍い音色の金属音が響く。 その数は3度。 ほんの少し前までは交互に出すだけで精一杯だったのが、今はコンビネーションとしての攻撃が出来るようになった。 左の2連に、右の一撃。 或いは右の2連に左の一撃。 はたまた、交互に3連斬撃、又は3連刺突撃。 1つのパターンに偏らないよう、幾つもの種類のパターンを織り込んで振るい続ける。 無心に振るい続ける。 世界が自分と標的との絞られていく。 打ち込み続ける。 突き続ける。 打ち込む事によって温まった体が、更なる加速をする。 滅多矢鱈と打ち鳴り響く金属音。 あと一歩なのだ。 あと一歩の何かで、一呼吸での4連撃が可能になりそうなのだ。 だが、今はその一歩が踏み越えられない。 どれ程に訓練剣を振るおうとも、金属音の連なりは3を超えない。 超えられない。 そのもどかしさが、俺を更なる剣撃へとのめり込ませる。 どれ程続けたか判らぬ果てに、止める。 止まった。 深呼吸。 呼吸にはまだ余裕があったが、訓練で無茶をする意味は無い。 音が戻ってきた。 周囲の喧騒が――無い。 剣撃の音、或いは体を動かす音、または掛け声。 それらが一切、止まっていた。 何事かと思ったその時、拍手がした。 振り返って見れば、そこにはこの修練場を管理する教官長と共に、身奇麗な格好をした壮年の男性が居て、此方を見ながら笑顔で拍手をしていた。「その年で見事なものだな」 重い、張りのある声。 人に命令する事に成れた者の声だ。 貴族にせよ豪商にせよ、並みの人間ではあるまいよ。 素直にそう思える声だった。 だから、背筋を伸ばして答える。「有難う御座います」 礼を失する事に意味は無い。 というか、教官じゃなく教官長が案内しているのだから、相当な人物なのだろう。 教官長とは、階位に於いては、騎士爵では無く男爵位以上の人間しか成れないの立場なのだから。 と云うか、別の呼び方をすれば大学学長なのだ。 ここは首都郊外の大学――と言っても、嘗ての地球のぶっちゃけて、軍や傭兵、果ては冒険者なんて連中を目指す人間の為に軍民で予算を出し合って設立された士官学校みたいな場所だった。 個人戦闘から部隊戦闘と部隊指揮などの訓練から、野外に於ける生活の仕方まで各種様々。 コレに、選択科目的に礼節等も含まれているのだ。 名はゲルハルド記念大学。 名に冠されたゲルハルドとは<黒嘯>戦争の折にリード高原制圧の戦にて大功を立てた将軍であり、その将軍の進言――兵もであるが、貴族諸侯軍の指揮官を鍛えるべしとの進言によって設立された大学であった。 王族や上級貴族の子弟、富豪等を相手にした王府直轄の王立大学院と並ぶ、トールデェ王国の大教育機関であった。 そして俺が居る理由は、無論ながらも入学したから。 精通前からマーリンさんに諸々の手解きを受けた後、2年ほど前にこの大学へと入学したのだ。 学校で教わる事も大事だし、人と知己を作るのも重要。 集団生活を勉強するのだって大事との事でだ。 尚、この2校の他にも神学府と云う、九大神を祭った宗教の方の学府ってのもあるが、それはチョイと筋が違う。 一応は官僚コースとして認められては居るが、根っこは神学であり哲学だからだ。 まぁ、神誓騎士(ゴッズ)と呼ばれる、神官戦士を目指す人間を受け入れているらしいので、まぁ似たようなものかもしれない。「良いモノを見せて貰った。流石は最年少前衛資格者(フロント・ロー)受章だな、<鬼沈め>のビクター君」 <鬼沈め>、何ともおもばゆい言葉ではあるが、それが俺の字名だ。 オーガーを倒した事のある奴は多いが、それでも前衛資格の収得者は近年では減っていたのと、その収得が史上最年少と云う事が相まっての命名であった。 と云うか、いつの間にか呼ばれていたのだ。 拒否権も何も、欠片も無い。 しかし、<鬼沈め>だ。 大層な字名を貰ったものである。 隻眼じゃなくて良いのかなーとか、日本刀が持ちたいなぁとかは思ったりもするが。 それはさておき、褒められたので素直に頭を下げ、それから教官長にそっと尋ねる。 何方の方ですか? と。 如才なくって訳ではないが、それなりに良好な関係を築けていたと思う教官長は、小声で、しかし楽しげに答えた。 アルバール・オルディアレス伯爵だ、と。「かっ、海大伯!?」 思わず声を上げてしまったが、仕方が無い。 アルバール・オルディアレス伯爵、即ちオルディアレス家とは、このトールデェ王国でも王家に継ぐ三頂五大と総称される8つの家の一角の家なのだ。 王国領西方南部域にて<黒>の領域と対峙する、南護19諸家の筆頭。 そして海運にて莫大な富を築いている、お金持ちなのだ。 そう海運だ。 陸上戦力もだが、洋上戦力――帆船を大小併せて17隻ものフネで構成された海軍を所有する辺り、マジパネェなお金持ちだ。 この世界、河川の水上戦力は揃っていても、海は海魔が跳梁している為にそれ程に発展していなかった。 沿岸を往くガレー船が精々であった。 奴隷主体でこそ無かったが、それでも船としての規模と性能に於いて沿岸航海用程度のものであった為、交易と言っても、それこそトールデェ王国の沿岸を回る程度であったのだ。 それを西方の技術を導入して船を作り、人を育て、トールデェ王国沿岸を含んだトロックス海、そこの西限と呼べる<死の聖域>まで往ける船団を築いたのだ。 この船団による海運、その利益のお陰で、オルディアレス家を筆頭とする西方南部域は防備を堅め、<黒>より国土を護る事に成功したのだ。 その功績故に、オルディアレス家は南壁伯、海伯なる尊称を受けているのだった。 そして最近では西方南部域の更なる繁栄によって海伯の称号に、“大”の号を付けるのが定例となっていた。 三頂の一角、ダニーノフ伯爵家に準じられる所までのし上った家。 それがオルディアレス伯爵家、その第7代当主である。 そんな、大身も大身の御仁が、一人でこんな場所に居るのか、さっぱり判らない。 そもそも、オルディアレス伯家の領内に、南護19諸家の軍向けの兵士学校すらも作っている御仁なのだ。 ブッチャけて、居る理由が判らんし、想定も出来ん。 驚いても仕方が無いってものである。 そんな、驚いた俺にオルディアレス伯はニィっと笑っていた。 素直に言って、その笑顔はスッゴク黒かった。 そんな笑顔でガン見されるのは、その、何だ、非常にキモチワルイ。 そう言えば笑顔とは本来、攻撃的なものだったっけか? でも、何で俺に。 微妙に座りの悪い思いをしながらも、訓練を続行。 更にガン見される。 集団戦闘訓練から騎乗訓練etc etc……と。 その全てを見学し、そして教官長と喋っていた。 全く持って謎。 その意味が判るのは、訓練が終わって暫し後の事だった。 訓練終了後に、汗を流した所で話が来た。 教官長応接室へと出頭せよ、と。 恐らくはレベルを超えて、確実にオルディアレス伯絡みだろうからと、戦闘準備を整える。 先ずは服装を確認する。 白を基調とした身動きし易い、だが品のあるデザインのズボンと、シャツだ。 仕立物であり、同時に線は細めに作られている。 実用性と云う意味では、ダブついたモノの方が安全性が高いが、ここは下級とはいえ貴族の子弟も通う大学なので、制服にはそれなりの品格が求められているのだ。 故に当然、訓練服は、ゆったりとしたデザインが採用されているが、コレは余談だ。 袖元、裾の確認をし、続いて髪型もチェック。 乱れを正し、鏡を見る。 紅顔の美少年、そんな感じだ。 引き締まってはいるが、甘さがある顔立ちが、コッチを見ている。 コッチ見んなと云うか、見てないと逆に怖い。 真坂、ファックな穴話じゃねぇだろうなぁと、フト、怖い事を考えた。 このトールデェ王国、同性愛も近親相姦と合わせて割りと否定されていない国なのだ。 まーキリスト教が存在していないし、それにかつて巨人族と戦っていた頃の人類を指導し、今でも守護神としても奉られている神族の中に、同性愛を公言していた柱が居たりする世界だから、仕方が無い。 なんて素敵にインモラル。 天地無用! 魎皇鬼な世界じゃ無いんだけどね、全く。 尚、全寮制の大学だと同性愛の問題も出てくるが、ここでは無問題。 何故なら、生徒の中には女性が居るからだ。 女性が居ないから血迷うだけで、居るのであれば血迷う筈も無くってなものである。 兎も角。 ある意味でフリーダム過ぎるこの国の性愛に関して、自己防衛用として用意していた、良く砥いだペーパーナイフを胸のポケットに装飾具と一緒に挿す。 デザイン的にも良い物だし、磨いた純銀製なので違和感は無い。 かくして戦闘準備は完了、心の中で覚悟――お偉いさんをぶっ飛ばして、学校を首になる覚悟を決めての、いざ出陣。 さてさて。 行った先の応接室に居たのは、オルディアレス伯のみ。 1人でソファに座っている。 テーブルには謎の、布の掛けられた小山と、お茶のカップがある。 トールデェ王国辺りの定番、黒茶だった。 個人的には、濃い烏龍茶ってな感じの代物だ。 やーやーコレはコレはと内心で覚悟を更に固めた時、オルディアレス伯がニィっと笑った。「そう緊張せんで良い。ビクター君」 怖い笑みだ。 どうみても、マフィアが獲物を前にした笑顔だ。 頬辺りの違和感に、思わずに引きつった笑みを浮かべてしまったのを自覚する。 そんな、引いていたのもオルディアレス伯が、自身の前にあるテーブル、その上に掛けてあった布を取り去るまでだった。 柔らかな動きで抜かれた布、その下には金貨が積んであった。 それも我がトールデェ王国が鋳造し、一般的に流通しているグラム金貨では無く、<白>陣営の共通貨幣として、交易用にも使われるルグランキグ金貨がだ。 このルグランキグ金貨、先史文明の残り香にして<白>世界に於ける魔道の中枢たる西方エルフのピブム王国が鋳造しているだけあって、ほの暗い室内であっても形質保護用の魔法によって煌いていた。 正に金銀財宝なる言葉が相応しい金貨の山。 ひぃふぅみぃと数えて、100枚。 金貨100枚。 10枚づつ詰まれた山が10ばかり。 馬鹿にする事なかれ。 なんたって、このルグランキグ金貨は一枚の価値が日本円に換算すれば10万に届こうかと云うシロモノなのだ。 って事は、この目の前にあるだけで約1000万円なのである。 ヒースクリフ家みたいな下級貴族であれば数年分の、一寸した贅沢の出来る程度の庶民的な生活であれば、家族4人が10年以上は生活出来るってな大金だ。 おでれーた。 最近になってやらかした内政チートでウママママァー(でも、チョビットだけ)のお陰で、個人的に羽振りが良くなったが、にしたって、一度にこんな額を見た事なんて、無い。 故に、思わず金貨とオルディアレス伯を交互に見てしまったのも仕方が無い事だろう。 後から考えれば、それが致命的な隙になったのだと理解する。 交渉に於いて相手を呑む――呑まれたのだ、俺は。 緊張感と、さっと現れた莫大な金に驚いた時に、既に交渉は決着してしまっていたのだ。 始まる前に決着への筋道を付ける。 それは正に、大身者の交渉術であると感嘆するほか無かった。「実はだね、ビクター君。折り入って君に頼みたい事があるのだが、聞いてくれるかね?」 それは問いかけであり、だが問いかけで無かった。