竜はその凶暴な口を大きく開き、咆哮を掲げた。
振動は大気を震わせ、木々を揺らし、俺の鼓膜に到達。たまらず俺は屈み、耳を塞ぎこんだ。
目の前の竜は足を踏み鳴らし、凶悪な相貌で俺を睨みつける。口の端から火炎が漏れる。
俺は竜が、体内にある火炎袋から火を生成してるのだと瞬時に理解した。
竜が天を仰ぎ、開かれた口から死の火炎が吐き出された。地面に生える草は燃え、大砲の如き一撃が俺に迫る。
俺は咄嗟に横へ飛んだ。俺が居た位置に火球が到達。地面に大穴を穿ち、土煙を巻き上げた。
しまった。前が見えない!
目に入った土の痛みを押しのけ、なんとか瞼を持ち上げる。うっすらとした視界の中で、竜の口から再び漏れる火炎を見た。
火炎袋から成る灼熱の吐息が吐き出される瞬間、腰につけた道具袋から球状の榴弾を掴み、竜の相貌目掛けて投げつけた。
俺は両腕で目を覆い、投げ込んだ榴弾の炸裂に備える。
石ころにネンチャク草を巻きつけてできた素材玉に光蟲を調合してできる、調合レシピNo,34〈閃光玉〉が竜の目の前で炸裂。瞼が閉じられ、縦長の瞳孔は縮瞳するが、その程度では遮ることはできない。殺戮の光は瞼を貫通。角膜を乾燥させ、結合組織を崩し白く濁らせる。続いて、水晶体と硝子体を通り網膜に到達。視細胞の杆体細胞と錐体細胞を焼いた。
赤色の鱗に覆われた顔に、白濁した瞳が苦しみに暴れる。遅れて身体のほうも首を揺らして悶えだす。
俺の背後から大剣を背負ったギギナが風を切って走り出す。走りながら大剣に手をかけ、走る勢いのまま大剣を振り上げた。
アイアンソード派生系レア度2、爪鋼大剣〈ブレイズブレイド〉の刀身が、苦しみに悶え低く下がった竜の額に打ち付けられた。
竜の額から間欠泉のような鮮血が吹き上がる。同時に痛みを訴える断末魔が上がる。
頭蓋骨を叩き割った事を確認し、ギギナは刀身に埋まる形で収納されていた持ち手部分を引き出す。それに連動し、額に埋まっている刀身部分から隠されていた爪状の刃が脳を引き裂こうと無数に飛び出した。竜が苦悶の呻きを上げる。頭をギギナの前衛系狩人の特徴とも言えるその剛力によって地面に縫い付けられたまま、身体だけが打ち上げられた魚のように跳ねる。ギギナが脳を掻き混ぜるように大剣を捻ると、その動きも止まった。ギギナが勝ちどきをあげるように大剣を掲げる。刃の隙間に桃色の脳しょうがこびり付いている。俺は一度、深呼吸をし、狩りの終わりに安堵した。
「ギルドの依頼になるほどではなかったな」
相棒のギギナはそう言って、竜の首に大剣を振り下ろした。超硬度の鱗と筋肉、骨を同時に切断し、首が落ちた。心臓が止まっていないのか、断面から血しぶきが上がる。
「図体も幾分か小さい。まだ子供なのだろう」
「子供であっても、ガユスが殺されるには上等すぎる逸材だ」
「子供の頃に頭を打って、脳を掻き混ぜたギギナにはお似合いな死体だろう」
「貴様は無駄口を叩く前にアプトノスの尾に打たれて早々に死ね」
「グズグズに崩れた脳みそで生きるのもつらそうだね」
俺の言葉に、ギギナは大剣を横に振った。俺は姿勢を低くし首を竦めると、脳しょう塗れの刃が頭上をかすめ、数本の髪の毛が切り落とされた。
俺は無様に地面を這い、そばに立った焼け焦げた木まで引いておく。竜の火炎に焼かれた幹が、狩りの名残を惜しむように赤く明滅している。ギギナは飽きたように、大剣の刃に詰まった脳しょうを除去し始める。
いつもどおりだった。俺たちはいつもどおりの狩人だった。
ギギナを見ると、その背景には首のない、巨大な竜が横たわっていた。
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修正:名前変更
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