「では本日の会議はこれまで。解散!」
怠惰な空気など一切なく会議が進行されていたが、それも一人の号令によって終わる。
会議に参加していた中で最も存在感を感じさせ、威厳ある発言などで場を仕切っている。
「華琳様、本日は街の視察になっております」
「わかっているわ、桂花。
でも少し時間があるでしょう? あなたもしばらく少し休みなさい。ここ最近はまともに寝ていないでしょう?」
「あぁ、勿体なきお言葉…」
華琳と呼ばれた少女、姓は曹、名は操。字は猛徳。華琳というのは真名である。知っているからと言って無闇に呼んではいけない名前。
もしも、勝手に呼んでしまおうものなら頸を刎ねられても文句は言えない。
呼んでいいのは家族、信頼した友人など自らが読んでも良いと認めた者のみ。
華琳は庭園の一角に設けられた東屋で侍女にお茶を持ってくるように指示し、街の視察までの時間をゆっくり過ごすことにした。
たった一人で。
侍女に持ってこさせたお茶を一口だけ飲み、一時の休息を実感する。
本来ならば、ゆっくりすることすらできないほどに書類などの仕事があるのだが、珍しく今日は無い。
「三年か…」
ただ誰にという訳でもなく呟いた一言。
だが、たったそれだけの一言には言い表せないほどの感情や過ぎ去った日々のことが思い出される。
しかし、それにずっと浸る人物ではない。
やることはある。
魏・蜀・呉の三国が同盟を交わして三年。平和になってきているがそれぞれの街で争いがなくなったという訳ではないし、その中での問題というのはひっきりなしに出てくるものだ。
今日の視察も様々な問題に関わるものだ。
「あら、凪じゃない」
「これは華琳様、お休みのところお邪魔してしまい申し訳ありません」
凪と呼ばれた少女は顔や体に傷があるが、それを一切気にすることなく、むしろ堂々としている。
だが、今は華琳の休んでいるところを邪魔したのかもしれないということで少し焦っているようにも見える。
「いつものことながら固いわね。
別に気にすることではないでしょう。私が休みたかったら声なんてかけないし、それに少し聞きたいこともあるのよ」
華琳に呼び止められた少女は楽進という。真名が凪である。
魏を治める華琳の部下であり、街を守る警邏隊の隊長だ。
「聞きたいこと、ですか?」
「えぇ。
最近、街である占い師の占いが話題になっているようね」
華琳のその言葉に凪は少し表情を強張らせる。
華琳は占いというものを信じない。これまでに何度か例外はあったが、それ以外では占いに惑わされたことなどない。
むしろ占いの内容を華琳に伝えようものなら機嫌の一つや二つ簡単に損ねることは間違いないだろう。
それともう一つ凪が表情を強張らせたのには理由がある。
その占いの内容は少なから自分達、魏の人間の関係のあることだったからだ。
「構わないわ、言いなさい」
優しく語りかける華琳に少しだけ表情が和らいだが、それでも少々の不安というものがある。
「では…『天から再び降り立つ者あり。その者、この世の命運を左右させ、破壊の音を響かせてこの地に降り立たん』
これがその占いの内容です。あの官輅の占いということですので…知らないものであれば気にしないのでしょうが…」
「そうね」
華琳は凪の言葉に耳を傾けるだけで、凪のように話し終えてから悲しい表情はしなかった。
それに管輅はあまり良い占い師とは言えない。
だが、それが時と場合によるというのも魏の中の一部の人間は知っている。
「あの…華琳様?」
「下がっていいわよ、凪」
「はっ…」
また一人になった華琳は少しだけ冷めてしまったお茶を一口飲む。
「…苦いわね」
なんとなく、そんな味がした。
それから数日。
魏の中は少し慌ただしくなってきている。
年に数回しかない祭りが行われる準備のため、街は賑わい、人の活気ある声があちこちから響いている。
「はぁ~、相変わらずにぎわっとるな~」
「うん、新作の服も出てくるしお祭りが楽しみなの~」
「…仕事を疎かにしない」
凪の隣には二人の少女が立っている。
一人は李典。真名は真桜。もう一人は干禁。真名は沙和。
彼女達を知るものなら見慣れた光景だ。三人はいつも一緒にいて、一緒に行動することが多かった。
そう、多かった。
「なんや、久しぶりに会うたんやから一息ついてもえぇやん」
「そうなの~、相変わらず凪ちゃんは真面目さんなの~」
真桜と沙和はこの街から少し離れた街で凪と同じように警備の隊長をしている。
人が足りないという訳ではないが、少しでも警備を手薄にしてしまうとそれに目を付けた輩が何をしでかすかわからない。
人が多くなるということはそういう事態を招くといっても過言ではないのだ。
ただ、今日のような祭の日は他の街からも人が来る。凪や、その部下だけでは対処しきれないということもあり、真桜や沙和が呼ばれた。
最低限の兵を率いて、洛陽を護るために。
「まったく…人が多いんだから注意して見てない―――って!」
凪が少し目を離した隙に二人はそれぞれの興味を引かれる店に向かっている。
「こ、これは…! 新作のからくり夏侯淵将軍!?
くっ…なんたる失態…こんな時に限って手持ちの金が足りんっ!!」
「わぁ~、これかわいいの~。こっちもいいの~」
あくまで自由気ままな二人を凪は無言で見つめ、溜息をつく。
そして、無言で腕が光っていく。
「あれ…なんや背筋が寒い…」
「もしかして…」
二人が恐る恐る後ろを振り返ると…
そこには腕を光らせ、二人を睨みつける凪がいる。
「二人とも…」
凪がすべてを言い終える前に二人は駆けだした。
「待てっ!!
二人は全速力で逃げ、それを全速力で追う凪。
三人は真剣だっただろうが、周りの人から見れば微笑ましい光景に見えた。
凪は二人をひっ捕らえ警邏に戻る。
「うぅ…街中で氣弾を撃つとは思わなかったの」
「せやな、おかげで倒れた時に打ったお尻がいたいわ」
「黙って仕事する」
「「サー・イエス・サー」」
沙和の隊の掛け声をやりながら警邏をする。
しかし、今のところは何事もなく、騒ぎもない。それは良いことなのだが、基本的に騒がしい二人はすぐにぶーたれる。
「暇なの」
「いいことなんやろうけど、ここまでなにもないと眠くなってくるわ。
そや、管輅の占いのことは知っとるやろ? あれってやっぱり隊長のことやないかと思うんやけど」
真桜のいう隊長とは二年前まで自分達が部下であったときの隊長だ。
その人はあの戦の後、唐突に自分達に別れの言葉もなく逝ってしまった。
そう聞かされた。
あの戦の後の宴の時、華琳とあの青年は二人だけの別れを告げた。
宴のあとにそのことを聞いた凪達は言葉を失い、他の人間は泣き、そして怒った。
華琳も、凪も間違いなく被害者だ。こんな気持ちにしておいて、勝手に逝ってしまったことに不満がないはずがない。
だが、彼のことをよく知っているのも自分たちだ。
華琳にだけ別れを告げた。しかし、華琳にしか別れを告げたくはなかったという訳ではない。
あの優しい彼らならばきっと一人一人に別れを告げたかっただろう。文句や何故だと怒られながら、苦笑しながら謝ることだろう
泣き付かれ、それを申し訳なさそうな表情で慰めるのだろう。
それに…あれだけ目を腫らしてことの説明をしてくれた華琳を目の当たりにし、辛かっただろうに、それでも前に進もうとしている。
だからこそ自分達は悲しみにくれて立ち止っているわけにはいかない。
前に進んで、天の国から見ていることだろう彼に恥ずかしくないようにしなければならない。
「確かに天から再び降り立つ者、ということは隊長のことだろうが…破壊の音を響かせてというのは隊長に合わないと思うんだが」
「でもちょっとあり得るかなとも思うの。
ほら、天命というものを壊してもう一度何か大きなことをしてくれたるするかもなの」
「沙和が甘いこと言うとるなぁ」
そんな会話をしながら警邏をする三人。
祭りの雰囲気は少なからず三人の気分を良くさせた。
占いが本当に現実にならないかと期待を込める。
祭は大変盛り上がった。
民は酒に酔いしれ、友人と語り合い、喧嘩は酒の肴だと言わんばかりに至るところで騒ぎが起こる。
その旅に増員された警備隊が向かい騒ぎを収める。ただし、連行したりはせずに説教や原因である酒などを排除するに留める。甘いかもしれないが、娯楽の一つである祭りを牢で過ごさせるというのは忍びない。
民もそれをわかってるからこそ大きな騒ぎを起こすことはない。
これも警備隊の努力の賜物といえる。
ただし、善良な民に限る。
「待てっ!」
警備隊の兵が複数の男を追いかけている。
複数の男は店を開いていたが悪質な行為で押し売り、売り物にしても同じものを売っている店があればその数倍の値段で売っていた。
民の苦情の連絡を受けてその店に向かうと、さすがに警備隊の視線がこちらに向いていることに気がついたのだろう。金を持って一目散に逃げ出した。
だが、視線の先では男達が路地に分かれて逃げようとしている。散らばって逃げられては面倒だ。地の利は警備隊の面々にあるといっても少しでも見失ってしまえば後は向こうが有利になってしまう。
そして、一瞬男達の姿が路地に消えた瞬間、こちらに全ての男が戻ってきた。
警備隊の面々が驚きながらもすぐに男達を捕獲すると、路地からは尊敬する面々が出てくるところだった。
「あんたらもう少し鍛えなおした方がよさそうやな」
「この程度の輩に遅れをとるなど情けない」
「このふぁっきんウジ虫ども~、もう一度卵からやり直してやってこいなの~」
それぞれの隊の隊長が少し眉根を上げて出てきた。
その光景に兵は委縮してしまう。言われたことは紛れもない事実なのだから。
逃げられたことは自分達の失態。逃げ足が速いからといって、それが逃がしてしまった時の言い訳になるはずもない。
それに隊長である三人はそれぞれの区を担当して警邏をしていたはずだ。
男達を追いかける際にあらかじめ連絡を入れるために兵を三人にそれぞれ送っていたのだが、それも少々情けない話だ。
自分達の仕事に自信が持てないから連絡したと取られてもおかしくはない。
結果的にそれが捕らえることができたとしてもだ。
そして、連絡内容を把握して逃げているだろう場所を予測してここまで来た速さはやはり武官というべきなのだろう。
三人は兵を引き連れて元の区画に戻っていく。
「まったく、祭りが終わったら覚悟しておけ」
「はっ」
凪が兵に叱咤する。
目の前にいる兵はまだ隊に入隊してからまだ日が浅い。
鍛え方が足りないと言えばそこまでなのだが、これも鍛えた自分の責任でもある。そう凪が考えていると、笑い声が聞こえた。
「相変わらず凪は固いなぁ~」
声と笑い声が聞こえた方向に顔を向けると、そこには凪が尊敬し、最近までは洛陽にいなかった人物がそこにいた。
「霞さま」
「よ、久しぶりやな」
「いつこちらに戻ってこられたのですか?」
「ついさっきや。
帰ってきていたら祭りやっとるから華琳に大将に呉での報告終えてから飲みに来たんよ。
したら凪が難しそうな顔してここに来たっちゃうわけや」
「別に難しそうな顔をしていたわけでは…」
凪の前にいる胸にさらし、切り込みの深い袴をはいている女性は名を張遼、真名を霞という。
彼女は約一年、呉に滞在していた。
三国の交流を深めるために同盟を交わしてから決められたことで、一年という期間で他国を知り、その中で得たことを報告する。
互いの国を信頼しているからこそできることだ。
「まぁ、ウチとしては帰って来て早々に凪の顔を見れて大満足やけどな。
どや? ウチにちょーーっと付きおうてくれへんか?」
そう言いながら酒が入った盃を凪に向かって差し出す。
「はぁ…自分は今、警邏の途中です。
夕暮れには終わりますからそれまでは無理です」
「そんなきっぱり言わんでもえぇやん。ウチと凪の仲なんやから~」
「では失礼します」
「あっ!? ちょい待ち…」
霞の手をすり抜けるように凪は兵を連れて警邏に戻って行ってしまった。
「ぶー、凪のいけずー」
口を尖らせながら文句を言っているが霞の表情は笑っている。
霞も凪が真面目な性格だということは知っているし、酒の付き合いで隊長である自分の仕事をいくら上官の誘いといえども疎かにすることはない。
真桜と沙和だったらわからないが…
一人酒を飲む霞は祭りの光景を懐かしく思っていた。
呉に行く前にもこの祭りの光景を眺めてから向かったのだ。
楽しい祭り、騒がしい祭り、無礼講の祭り。
この光景を肴にして酒を飲む。これが格別だった。呉の祭りも面白く、酒が進んだ。
だが、今飲んでいる酒があまり美味しくない。
良い酒を頼んだはずなのに、どうしてかあまり美味しくない。
何かが以前と違う。
何だろうと考えようとして、やめた。
きっと…些細なことに違いないはずだから。考えたところでそれが解決するとは思えない。
少し考えに浸っていると、視界の隅から何かが伸びてきて、それが卓に置かれた。
それはあんまんだった。
視線を上げると、店のおばちゃんが笑顔でそこに立っていた。
「おまけ、よかったら食べな」
「えぇの?」
「いいのよ、あたしが出したくなっちゃんだから。そんな寂しい顔されてたらそのままにしておけないよ。
ウチの店自慢のあんまんご賞味あれ♪」
そういうとおばちゃんは笑顔で引っこんでしまった。
一口、あんまんを食べるととても優しい甘さだった。
日が落ち、夜が訪れても街は明るい騒ぎ声が響いている。
この調子であれば朝まで騒いでいる民も大勢いることだろう。
「あぁ、疲れたわぁ」
「お祭りだからって騒ぐ人が多すぎるの」
「いや、お祭りだからとちゃうんかい」
真桜のつっこまれながら三人は街を歩いている。
「んで? 姉さんがいた店って近くなん?」
「でも凪ちゃんが会ったって言うのは結構前なの。
もしかしたら霞さま、もういないかもなの」
「確かにそうかもしれない。
でもさっき城に戻った時にはいなかった。だから少なくとも街のどこかにいると思うんだけど…あった、あの店だ」
凪の指を差した先に見えたのは霞と凪があった店なのだが…その店に目を向けた三人は固まった。
凪は指を差した状態で。真桜は呆然と立ち尽くした状態で。沙和は口元に手をあてた状態で。
三人の視線の先には霞はいた。いるにはいるのだが、その状態が問題だった。
卓に突っ伏して、ぴくりとも動かず。そしてその周りにはいくつもの酒瓶が転がっている。
「…飲み過ぎか?」
「飲み過ぎやな」
「飲み過ぎなの」
三人が店の中に入って霞に近づくと、店のおばちゃんが声をかけてきた。
おばちゃんは凪が店の前で霞と話していたことを覚えていたらしく、無闇に動かすよりもだれか霞を知っている人物が迎えに来るのを待っていたらしい。
眠っている霞にはおばちゃんの上着が掛けられている。
「結構飲んでたからねぇ。止めたんだけど大丈夫大丈夫って言ってどんどん飲むんだよ。
気がついた時にはこの状態さ。
でも、怒らないであげてね。なんか少し寂しそうにしてたからあたしもほっとけなくてね」
おばちゃんにそう言われては霞が起きた時には少し注意するに留めるしかないだろう。
三人はお代を払い、霞を背負って城に戻ることにした。
真桜の背中で酒臭い霞が静に寝息を立てて眠っている。ただ眠っているのではなく、少しだけ寂しそうな表情にも見える。
「もしかして姉さん、隊長のこと思い出してたんやろか」
「そうだと思う。
前に祭りの時に似たようなことがあった」
「…霞さまもやっぱり寂しいみたいなの」
祭りだというのに会話は弾まない。
それもこれも、やっぱりあの人の所為なのだろう。
人の騒ぎ声は城の中まで聞こえてくる。
それだけ大勢の人が騒ぎ、この祭りを楽しんでいるのだ。それは喜ばしいことであり、その一端は自分達が頑張ってきた功績だ。
そしてあの犠牲があってこその…
三人は言葉も少なく城の中に入ってきた。
霞は相変わらず眠っている。
「うぅ…お酒臭いの…」
「我慢しぃ。もう少しやから」
沙和が霞の酒臭さに少々顔を顰めながらも、歩みは止めずに霞の部屋を目指す。
城の外では相変わらず人の騒ぎの声が聞こえるが、それ以外の音が聞こえてきた。
まるで火薬を爆発させたような身体に響く音。
「花火だ」
凪が言ったとおり、外の家屋は光に一瞬照らされたようになり、そして夕闇の色を取り戻す。
しかし、それを良しとしないように何度も光が照らされる。
その度に歓声のような声を聞くことができる。
凪達のいるところからでは光の花は見ることができないが、それでも心が躍るような感覚を覚える。
「この声を聞いていたらきっと綺麗なんだろうな。
今回の祭りはこちらからもお金を出して盛大にやってもらったからな。」
「せやな。
これを見れんかったら姉さんが知ったら何でおこさんかったんやーっ!って言いそうやな」
「でも、あったことを教えなければ明日はきっといつも通りの霞さまなの」
違いない、と凪と真桜は頷く。
そして、一際明るい、いや、何も見えなくなる程眩しい光が城の中にいる凪達を包み込む。
「うわっ!?」
「まぶしっ!?」
「目がーっ!? 目がーっ!?」
それに驚き、そして夜目になっていた三人は光によって目が眩んでしまう。
動揺。
しかし、その動揺を掻き消す音が響く。
木々が一気にへし折られた様な、地滑りの様な震動が城を揺らした。
「何や!?」
「わからない。
でも、ここから近い!」
「すぐに向かうの!」
沙和は霞をその場に降ろして震動、そして音が聞こえたであろう場所へ向かう。
三人は一様に何者かの襲撃の可能性を示唆した。
しかし、人の騒ぎ声は聞こえるが、悲鳴は聞こえない。
襲撃であるならば悲鳴や怒声は聞こえるはずだと思ったが、それもない。どういうことかわからない。
「この先は…玉座?」
三人の行き先は玉座。
何度も行っているのだから道を間違えるはずがない。
だが、玉座の間に近づくにつれて不安が過ぎる。
もしも敵ならば、祭りとはいっても城の中の警備を惰った訳ではないはずだ。
なのに見つかることもなく玉座の間に辿り着き、何かの破壊をしたのだろうか。それも城を揺らし、目を眩ますほどの光を放つのだ。
五胡の妖術使いかもしれない。そして恐ろしい程の力を有しているのかもしれない。
そんな相手に自分達が相手になるのだろうか? あの飛将軍、呂布でさえ城を揺らす一撃というのは不可能ではないのか?
不安と焦燥に駆られながら玉座の間に着く。
あの揺れだ。自分達だけが気がついたということはないはずだ。必ず他の武官。そしてこの国の王である華琳がこの場に来るはずだ。
もしも、敵であるのなら味方が来るまでの時間稼ぎをしなければならない。ここで逃がしてしまっては魏という国が疑われてしまう。
例え命を捨てることになろうとも、それを躊躇うことはない。
凪達は走ってきた速度のまま玉座の間に雪崩れ込んだ。
玉座の間は、凪達の知っている景色ではなくなっていた。
玉座は辛うじて見ることができるがその周りは天井から落ちてきたであろう梁などが埋め尽くし、埃が舞って視界がほとんど効かない。
使うときであれば灯りがあるが、今日は使わない為に中は暗い。
凪達は武器を構えながら、あたりに気配がないか探る。
しかし…
「…誰もいない?」
「まさか、あの揺れからそこまで時間は経っとらん」
「しっ!」
沙和が二人を制する。
すると、かすかに呻き声が聞こえる。
苦しそうな声だ。
しかし、それで油断する程甘くはない。
「そこにいる者!
逃げても無駄だ! すぐに他の人間も来る、逃げ場はないぞ!」
凪の声に、呻き声をあげた者は少しだけ反応を示した。
「う…ここは…」
微かに動く気配。
「動くんやない!!
無闇に動けばその命、ないと思えや!」
「!?」
明らかな動揺の気配。
埃の舞う中、動こうとした者は大人しくなった。
「そこを動くなよ…」
「なんの騒ぎやねん…寝とったのに…」
つかつかと歩いてきたのは沙和が置いてきた霞だった。
霞の他にもようやく人が集まってきている。
武官や文官。見知った者もいるはずだ。
そんな中、霞は三人の横を通り過ぎ、動くことをしなくなった者のいる場所へ向かう。
「き、危険です!」
凪の声に反応を示すことなく、霞は歩みを進る。
そして、床に伏せている者の前にたどり着いた。
「貴様やな? ウチの眠り妨げたんは…」
明らかに怒っている。
まだ暗闇に目が慣れていないだろうが、今この状況で目の前に者が自分の眠りを妨げたということは理解しているらしい。
首根っこを掴むとおもむろに振りかぶった。
「この張文遠の眠りを妨げた罰! 受けや!」
「…え?」
振りかぶられた者の声は気がつく者がいれば間抜けなものだっただろう。
しかし、その声は投げられた時の音によって掻き消されてしまった。
壁を突き破る音。
投げられ、確実に意識を失ったのだろう。破壊された木材の崩れる音以外にするもはなくなった。
「ふん、他愛もない」
投げた者に近づいて行き、もう一度首根っこを掴んで引きずりながら霞は凪達の場所へ戻ってくる。
その光景を、呆然と見るしかなかった。
唐突な行動に驚かされた凪達ではあったが、霞の引きずってきた者が男であると確認したところで、おかしなことに気がついた。
あの衣服はなんだ?
この洛陽に住む民が着ているものとは違う。自分達が着ているものとも違う。
まだ怒りが覚めないのか、霞はそのことに気がついてはいないが、凪達の表情には気がついた。
そして凪達はある占いを思い出した。
『天から再び降り立つ者あり。その者、この世の命運を左右させ、破壊の音を響かせてこの地に降り立たん』
まさかと思った。
埃が晴れ、暗闇に慣れ、徐々に男の姿が鮮明に見えてきている。
「失礼します!」
霞の手から男を離させ、凪がその姿を確認する。
真桜も沙和も焦るように確認しようとする。
月明かりの代わりに、花火の光が男を照らした。
知っているものならまさかと思ったことだろう。
知らぬものであればその光景に疑問を持っただろう。
しかし、知っているものからすれば今にも声をかけたい。
だが、それが叶わないほどに自信が驚愕している。声も出せないほどに自分の身体が言うことを聞いてくれない。
見たこともない衣服。
突如として光と共に現れたであろうその身。
そしてなにより―――
その男を愛したものであれば、その面影を確実に捉えただろう。
「隊長…」
三人の誰かが言ったのだろう。
しかし、その言葉にだれも反応することはできない。
疑問と驚愕が入り混じっている。
疑問を抱く者は、呟いた三人が隊長のはずだ。しかし、その呟きは意識を失っている男に対して向けられたことは誰が見ても明らかだ。
それが理解できない。
驚愕する者は何故、あの人がここにいるのか理解できない。
知っている誰もが思ったはずだ。
逝ったはずだ、と。
霞が力の抜けたように膝を突く。
酔いなど、その顔を見た瞬間に無くなった。
今はその男を見る視線が定まらない。きちんと見ようとしてるのに、どういう訳か視界が霞んでしまう。
空気を求める魚のように、パクパクと口を開き、閉じる。
「――― 一刀…」
その呟きが、小さく玉座の間に響いた。
どうも、テトラと申します。
私の投稿したものを読んでいただければご理解いただけるかと思いますが、かなり駆け足で書いてしまいました。
ふと、思い立ち、書き上げたのがこれでございます。
至らぬ点が多々あるかと思います。
内容に深みがないときがたくさんあると思います。
それでも、読んでいただけのであれば感想をお持ちしております。
加えて、この作品は時々、投稿すると思います。
長い目で見てやってください。
何卒、よろしくお願いします。