風に揺られて舞い踊る花びらの如く。
優美に、華麗に。
体幹は常に一定とせず、自然界、森羅万象の流れに自らを委ねる。
「・・・お前さん、そっちの道でも食ってけそうだな」
広々と、そして閑散とした、第17小隊専用訓練場に雑音が響き、それが男の声だと認識してしまったところで、僕は舞を収める。
両手に握っていた鉄扇を待機状態に戻し、声のした方へ振り返る。
「これでも、こっちが本業ですから。武芸の方はアレですけど、舞は一応皆伝まで貰ってるんですよ」
だから、只見をしたならお捻りをよこせと手を開いて見せたら、ありがたい事に缶ジュースを投げ渡してくれた。
「俺からすれば、武芸の方もたいした物だと思うがね」
エリプトン先輩は、自分の持っていた缶ジュースに口を付けながらぼやいた。
「武芸の方は、探せば何処にでもバケモノが見つかりますからね」
鍛え上げた分だけ強く慣れたとは思うが、所詮僕の力は鍛えれば身に付くレベルの力だ。天性の物には及ぶべくも無い。
ホンモノの天才と言うのは、僕らの横でちびちびとコーヒーを飲んでいるお嬢様のような事を言うのだ。
「何ですか?女性と見たら片端から声を掛ける変態のような嫌らしい目で見て」
・・・・・・まだ怒ってるんでしょうか。
そもそも怒られる理由が、・・・ああ、いや、うん。止めよう。ヤブ蛇だ。
エリプトン先輩はご愁傷様という風に笑いながらこっちを見ていた。
こんな構図にも、そろそろ慣れてきた。
第17小隊が正式に結成されてから今日でもう二週間と少しとなる。
そして、明日はいよいよ学園都市ツェルニの入学式が待ち受けている。
小隊最少人数しか存在していない我が小隊としては、是非とも新入生の見所のある人間を確保したいところである。
が、しかし。
「コイツも駄目。じゃぁコレも・・・、ええい、コイツもこの男も、コレもすでにスカウト済みか!!」
不機嫌極まりない声が、訓練場に響く。
我らが隊長こと、ニーナ=アントーク先輩が入室してきた。お供の専属錬金鋼技師、サットン先輩も一緒だった。
「どうしたニーナ、遅れるなんて珍しいじゃないか」
「ん?シャーニッドか。今日は遅刻せずに着たんだな。ああ、スマン。私が遅れたのか。・・・いやなに、新入生の有望株をピックアップしていたのだがな」
アントーク隊長は気難しい顔をして頭を掻いている。その言葉をサットン先輩が補足した。
「見所がありそうな武芸科の新入生は、全部他の小隊に目を付けられちゃってるんです」
「そりゃそーだ。まさか入学式前日に人探しを始めたって、ろくな連中捕まらねーよな」
「そういえば、僕らの時も、入学初日から銀バッジ付けてる人たちがいましたっけ」
ああ、ニーナも実はそのクチだよ。へーそうなんだ。ははは、実は俺も俺もー。
一人悩むニーナ先輩を尻目に、男三人でおき楽に話し合う。
因みに、小隊最大戦闘参加人数は七名。予備として確保できる人数は最大七名。計14名の武芸者で一つの小隊という構成になる。
入学初日からスカウトされたからといって、その年の小隊戦にいきなり出場できるわけでは無い。
まずは小隊の訓練を共にしながら、自らを高めていく事となる・・・無論、エリートコースに乗っているのは間違い無いが。
「やはりこんな書類にばかり頼っていては駄目だ!金剛石の原石は自らの目で見つけ出さねば!」
・・・・・・金剛石て。
顔を上げて力説を始めたアントーク隊長に対して、小隊員一同でうわぁめんどくせ~と言う顔をする。
そのとき、フェリさんが突然挙手をした。
「体調不良です。スイマセンが今日の訓練は早退します。ええ、明日まで直る予定はありません」
フェリさんは既に荷物を纏め始めていた。こう言う時ばっかり素早い人である。
僕は錬金鋼を剣帯に収めて言った。
「ああ、因みに僕は都市警の警備に借り出されてるんで、非常に残念ですがお付き合いできません。おっと、無駄話している間にバイトの時間が」
こういうのは勢いが大切である。
僕もフェリさんに追従するように荷物を纏めに入る。因みに今日は夜勤であり、現在まだ昼である。
「あ、ちょ、後輩!お前ら待てっ。あ、ニーナ、良いか俺は・・・っ!!」
「シャーニッド。小隊の年長者である我々の役目は、明日の入学式に参加する新入生を直接その場で見極めて勧誘する事にある。人手は幾らあっても足りないことは無い。解っているな?」
慌てて僕らに続こうとするエリプトン先輩の両肩を掴んで、アントーク隊長は力説する。
「あ、二人とも本当に帰るんだ・・・」
言わずもかな。
呆然としているサットン先輩を尻目に、僕とフェリさんは、楽しそうな先輩達をおいて、訓練場を後にした。
最近恒例となっているのは、公園をぶらつきながら屋台をハシゴする事にある。
今日の一発目は行列の出来るクレープ屋だった。並んでいる人の女性比率が多すぎて、正直居辛い。
フェリさんはがっつりと腹に溜まりそうなアーモンドチョコ生クリームクレープを手にご機嫌である。
僕はトマトサラダクレープを受け取りながら、訓練場の会話で気になっていた事を尋ねた。
「期待の新入生には入学前から目星が付けられている・・・ですよね?」
「・・・そういう話を兄からも聞いた事があります」
期限良さそうにクレープを齧っていたのが、とたん無表情に変わった。
こちらが何を言いたいのか、大体予想できたらしい。
・・・と、言う事は答えもこちらの予想通りなのだろう。僕はいっそ気楽に言葉を続けた。
「何で僕にはスカウトが来なかったんでしょうね?」
自分の記憶が間違っていなければ、僕は奨学金審査に提出する書類に、『都市外戦闘経験有』と書いた。
所持資格、技能検定等、何も記せるものが無かった僕が、審査を有利にするために書いた苦肉の策であったのだが。
このツェルニに来て初めて解った事だが、都市外どころか、外延部ですら汚染獣との戦闘経験がある人間など殆ど居ない。
ならば、実戦経験のある武芸者が入学してくると言うのであれば、断然武芸科小隊員の目を引いてしかるべきである。
「ありましたよ、スカウト」
僕がそんな事をつらつらと説明していたら、フェリさんがポツリと呟いた。
「ちゃんと貴方の実力を理解して、予め、先手を打って手駒を差配していた人間は居ました」
「・・・例えば、入学書類をこっそりと好き勝手に書き換える権力がありそうな人とか?」
そういえばガレンさんも、僕が都市外戦闘が出来るって言った時は、いたく驚いていたっけ。
フェリさんは、クレープの最後の一欠けらを口に入れた後、大きくため息を吐いた。
「ええ、私です。兄に言われて、貴方の傍に張り付いていました」
そう、彼女はあっさりと認めた。
今更どうこう言うつもりも無かったのだが、いざ実際に言われてみると、案外ショックを受けている自分が居た。
思えばあの夕焼けの中に念威端子を確認したあの時も、ただ、『言われたから』僕を見ていたのだろう。
と、その時。
柄にも無く、俯いて大きく息を吐いていた僕の視界に、アイス・カチャンが差し出された。
顔を上げる。銀色の少女の顔が見える。ばつの悪そうな、罰を受けている子供のような顔。
差し出した手は、カップが冷たいからだろうか、かすかに震えていた。
受け取る。拍子に手が触れ合う。お互いの視線が、絡み合う。
「一つだけ言っておきますけど、私は―――・・・っ」
必死な、可憐なその唇から零れる言葉を押し留めるように、触れ合った指を、手を重ね合わせた。
端から見ればなんとも間抜けな光景だろうなと、笑いがこみ上げてきそうだった。
と、言うよりもどうしてこ、僕らは唐突にこんな感じになるかね?
まぁ、良い。これも平穏な時間の一幕と言うヤツだろう。
「良いですよ、特に何も聞くつもりも無いです。ただ一人で都合よく解釈して、勝手に舞い上がる予定ですから」
フェリさんが目を瞬かせた。
その後、ぐい、と。僕の胸元までアイス・カチャンの入ったカップを押し付けてきた。
「・・・馬鹿ですねぇ、おハルさんは」
笑った。
フェリさんも、憮然としたような表情で、笑った。
何ですか。拗ねるような声に答えて、僕は気軽な言葉を返す。
「いや、気付けばその呼び方も懐かしくなっているんだなって」
「一年ですよ。カー君と私が会ってから、既にそれだけの時間が流れました。少しくらいの変化は、どちらにもあるでしょう」
良くも悪くも、人間と言うのは環境で変化していく。
一年前の彼女と、今の彼女は、やはり、大きく違ってしまっているだろう。
変わらないまま今まで居たら。その先はどうなっていたのだろう。
変化は果たして好ましいものなのだろうか。この先を見てみない限り、解らない。
それはさておき――――、
「今後ともどうぞ宜しく、って事で、良いですかね?」
「何ですか、それ?」
くすりと、一つ。花が咲いて。
その日は、遂にやってきた。
※ 奏楽のレギオス・完
・・・・なんかもうコレで次回作にご期待くださいで良いんじゃねーとか言う感じですけど、一応まだ続きます。
むしろコレからが本番のような。一先ず一回目の最終回って事で、コレで今後何時打ち切りになっても平気だぜ!
しかしアレですね。『最近読みたいSSが更新されないな~、じゃぁ自分で書くか』ってノリで始めた小ネタだったのに、
我ながら良く続いたものです。気付くとどんどん手癖が出てきて、見る間に主人公がドライな人になってきてるのは困りモノですが。
彼のあの悲惨な過去、書いた自分が一番驚いたからね!一話書いた頃はノリの良い貧乏劇団のつもりだったのにねぇ。
まぁ、そんな感じで、次回、散々引っ張ってきた例の彼が来ます。お楽しみに。
・・・あと、主人公の容姿の件で、アルト姫って意見が出てて、なるほどなぁとか思いました。
個人的には塔矢アキラのイメージだったのですが。あと、某Gardenなるエロゲに出てくる主人公の友人。