季節は春。獣や人や竜やマムクートの活動が活発になる時期である。
モーゼスは魔竜族のマムクートである。
マムクートは総じて人間を憎んでいる。人間のマムクートに対する迫害の歴史を知っていれば、それも当然のこと。
最近は、モンスターを解き放って人を襲わせたなどという言いがかりをつけてくる者もいるし。
だが、怒りや憎しみは遠くの敵よりも、近くの仲間、すなわち同族に向けられやすいものである。
モーゼスの心には裏切り者への深く激しい怒りがある。人間を憎む彼は、同族にもそれを求めた。
だけど、ドルーアに住むマムクートの中から、人間と共に暮らすことを選ぶものが出始めた。彼にはそれが許せない。
猛る彼は、全てを灰にしてやろうと考える。人間の下につくことを甘んじて受け入れた同族も、彼らマムクートを従属させようと考えた人間たちも。
そんな彼に同調するものも少なくはない。そうして、彼らは計画を立てる。
裏切り者を焼き滅ぼしてやろうと決めた彼ではあるが、それが簡単なことだなどは思っていない。
相手は自分と同じく竜身を持つマムクートなのだ。まともにぶつかれば、自分たちの被害も莫迦にはならない。
そこで、彼は野生の火竜の群を利用することを考えた。
数の少ない群れを自分たちで追い立てて、裏切り者たちの村を襲わせる。少数の群でも女子供もいる村に対しては、それなりの被害が見込めるし、何度も繰り返してやれば、その被害は大きくなるだろう。そうして、疲弊したところで、自分たちが乗り込んで全てを灰に変えてやるのだ。
それでも、こちらの被害が0になることはないだろう。多くの火竜も倒れるだろう。
だが、それがなんだというのだ。自分たちに正義をなすための犠牲を恐れる心の弱さなどない。野生の獣に堕ちた竜が何頭死のうが、知ったことではない。
そんな計画を立てた。テロリストの首謀者――モーゼスは、俺の足元で簀巻きになって転がってたりします。
「うおおぉぉーっ! 何故だーっ!」
何故かと言うと、密告があったからです。こちらの動きを探りに潜入してたマムクートが寝返りました。
そんなわけで、計画実行日には、火竜騎士団が待ち伏せしてました。さすがは竜騎士の国マケドニア。きっちり火竜を乗りこなしてますよ。つっても、大した働きはしてなかったりするんだけどね。追い立てられてやってきた火竜の群れは、先頭を走ってた奴が火竜騎士団というか騎士団の中にいるカーマインに踏み潰されるのを見て即転進、即逃走を始めました。
まあね。あんな大怪獣を見たら誰だって逃げたくなるよね。
そうして帰ってきた火竜の群れとぶつかって、混乱したところで、飛竜騎士団が突入。あっさりとお縄になりました。
俺は何をしてたって? ちゃんと、見えざる手を使ってテロリストの捕獲を手伝ってましたよ。竜の手の届かない安全な空中からね。だって、怖いし。
これらの計画を立てたのはミシェイルです。末恐ろしい少年だね。
「おのれショーゼン。卑怯な恥知らずめ」
モーゼスは、足元で悪態を吐いています。ショーゼンは、こちらに寝返ったマムクート。俺の隣に立ってます。
言いたいだけ言わせてやってもいいんだけど、まだ仕事が残ってるしね。こちらの用件も伝えておこう。
「あのさあ。マケドニアはドルーアと仲良くしたいと思っているんで、そういう反社会的活動は自重して欲しいんだけど」
おや? ビックリしたような顔でコッチ見たぞ。
「お前が、あの噂の真なる竜族なのか?」
うん。そうだね。そう呼ばれてるね。
「バカな本当にそんな存在が……。いや、それよりも何故、真なる竜族が人間などに従っている!?」
ああ、なるほどね。この人も俺の実在を疑ってたのね。大方、マケドニアがマムクートを従えるためにいもしない偶像を作ったとでも思われてたんだろうね。
しかし、実在を疑われるってネッシーみたいだね。ネッシーは本当に実在しなかったらしいけど。
あと、なんで人間に従ってるのかと言われても、飼われてるからとしか言いようないよね。言ったら多分怒るから言わないけど。
「貴様も竜なら、メディウス様の意思に従い、人間を滅ぼすのに手を貸せ!」
やだよ、そんなの。
でも、せっかくメディウスの話題を出してくれたことだし、乗っかって話を続けよう。
「そのメディウスを復活させてあげるから、マケドニアとドルーアが不可侵条約を結ぶのに同意してくれないかな」
「メディウス様を復活……だと……。そんなことができるのか?」
うん。できるよ。
嘘だけど。
メディウスは、放っといてもあと何年かしたら復活するからね。それを、俺が真なる竜族の力で復活させたんだって言い張って、マムクートの好感度を上げよう作戦です。詐欺だけどね。はっきり言って。
マケドニアは、ミシェイルの発案によって、ドルーアのメディウスと不可侵条約を結ぶ方針です。そのためには、メディウスが復活するまでにドルーアのマムクートと友好的な関係を築く必要があるわけで、多くのマムクートを国で受け入れているわけですが、この機会にもう一歩進めてみることになりました。
現在ドルーアは無政府状態にあるわけだけど、まとめる者がまったくいないというわけでもない。なにしろ、マムクートは人間の姿と心を手に入れた竜だからね。
人間は集団を作らなければ生きていけない生物なんだから、いくつかの集落はできるし、それぞれを回ってまとめる働き者も出てくる。
今回テロを起こそうとしたモーゼスも、そういうまとめ役の一人である。
そこでミシェイルは、そんなまとめ役を務めるマムクートと友好的な関係を築くための交渉を進めることにしました。交渉役は俺。便利に使われてるなあ。
そんな俺のホラに、モーゼスは深く考え込む。メディウスはマムクートたちにとって救世主といっても間違いのない存在である。それを復活させてくれるのなら一も二もなく頷きたいところだけど、俺を信用していいのかどうか悩んでいるらしい。
そんなモーゼスにショーゼンが話しかける。
「何を悩む必要がある。レッド様がメディウス様を復活させてくださるというのだ。。断る理由などないはずだ」
浅はかな人だね。助かるけど。
モーゼスは、裏切り者が何を抜かすかと言いたそうな顔をしてるけど、反論の言葉が見つからないらしい。
まあ、モーゼスが同意してくれたとしても、実際に同盟を組むかどうかは復活したメディウスの胸先三寸なんだし、冷静に考えればここで俺の申し出を断る理由はないんだよね。俺が嘘をついてなければだけど。
「まあ、簡単に答えが出せる話でもないだろうし、答えはじっくり考えてからでいいよ。答えを出すまでは解放できないけどね」
あと、断った場合も解放できないんだけど、言わないでおきます。言うまでもなく分かってそうだけど。
そうして三日後、俺はドルーアへと旅立とうとしています。
メディウスの復活と引き換えに、ドルーアのマムクートたちとの不可侵条約がなったようです。
もう俺の役目は終わったと思ってたら、メディウス復活のお芝居のために現地に行けとか言われました。めんどくせえ。
「しゅっぱーつ、しんこーっ!」
「しんこーっ!」
背中の幼女二人、ミネルバとチキが、元気良く掛け声をかけてきます。一緒に行く気満々です。いいのか?
「かまわんよ。レッドはミネルバがいないとすぐサボるし、チキは神竜族の王女だ。しかもレッドの庇護下にあるとなれば、マムクートたちも危害を加えてきたりはしないだろう」
そんなことを答えてくるミシェイルは、飛竜を用意している。この歳で飛竜を乗りこなすんだから大したもんだよね。
こうして俺たちはドルーア城に向けて飛び立ったのだった。
そして、到着した。
行った先には、半ば土に埋まった恐竜みたいな巨大生物の屍。
完膚なきまでに死んでるね、コレ。
ここから蘇るっていうんだから、ビックリだわこれ。100年放置されてて腐乱してないってのも別の意味で凄いけど。
「では、レッド様復活の儀式を」
はいはい。フリだけでいいんだから楽なもんだわ。やることもないし、とりあえず遺骸の状態を探って見ますかね。
へえ~、面白いもんだね、これ。
「どうしたの?」
興味津々といった感じで尋ねてきたのはミネルバです。
チキは屍に釘付けだしミシェイルは空気を読んで何も言わないし、マムクートたちは儀式の邪魔にならないようにと口を開きません。
この遺体。大地の気、エーギルって言うんだっけ? なんだっていいけど、それを吸収して復活を図ろうとしているみたいだよ。
しかもこれ、本人だけの能力じゃないみたいだね。
「本人の能力ではないのなら、一体誰の?」
これは、ミシェイルの質問。さすがに好奇心を抑えられないみたいだね。まあ、ほっといても復活するって感じの事を、俺が口を滑らしたのを誤魔化す意味もあるんだろうけど。
う~ん。多分だけど神竜王ナーガの加護じゃないかな? なんかチキに似た気配だし、元々メディウスはナーガについて他の地竜と戦ったっていう話だから、神竜王の加護があってもおかしくないよね。しかも、この加護は本来、死からの復活じゃなくて何者にも殺されないように守るためのものらしいね。同じくナーガの加護のある物。例えば、ファルシオンなんかがないと倒せないって効果の。
「レッドの真なる竜族の能力でもか?」
うん。俺の能力でもメディウスは倒せないね。逆に復活させるのは簡単だけど。
「そうなのか?」
メディウスの遺骸は、土からしか復活のための生気を生成できないみたいだけど、俺は大地からも流れる風からも日の光からも闇からすら生気を生成できるからね。
ホラこんな風に。
試しに、そこらから生気を生み出し人の目にも視認できるように光らせてみる。
すると、それらは光の玉になり、辺りを照らし、その後メディウスの遺骸に吸い込まれていく。
あれ?
光を吸収した遺骸は急速に傷を癒し、再生した四肢がその巨体を揺らす。
大きく開いた口腔から響く咆哮は世界をすら震わせる。
開いた瞳は、見る者の魂を恐怖で縛る魔獣の眼光。
小山のような巨体は、まさに魔物の王の風格を見るものに与える。
今ここに、かつて一つの大陸をただ一体で恐怖の底に沈めた怪物が復活した。
あれ? ひょっとして俺、なんかまずいことやった?
あ、ミシェイルが引きつった顔で、コッチ睨んでる。
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メディウスフライング復活。アカネイア大陸の明日はどっちだ。