また季節は夏。
巨大な翼を羽ばたかせ空を舞う二体の竜。
一方は、俺。マケドニア王家の守護神竜とも疫病神とも言われる真なる竜の能力を使う火竜。
もう一方は、春にマムクートの村に行った時に捕獲してきた、今はカーマインと呼ばれる隻眼の巨竜。
背に人を乗せた二体は宙で交錯し口から吐く炎を浴びせ合う。
俺の吐く炎は炎弾となり敵を追尾し、硬い鱗に守られていない腹に直撃する。だけど、その巨体は何のダメージも受けていない様子で悠然と首をもたげ、こちらに紅蓮の炎を浴びせかけてくる。
人どころか、竜ですら焼き尽くせそうな業火だが、俺には効果がない。
さて、俺たちが何をやっているのかというと……。
……何やってんだろうね?
全ては、やたらと好戦的なカーマインと、その主の好奇心から始まった。
ちなみにカーマインの主の名はレナ。とある有力貴族の娘である。
おっと、言いたいことはわかる。
でも違う! そんな筈はない! シスターレナは、おしとやかで優しい淑女なんだいっ! こんなん違う!
初対面で、いきなり俺の首に縄を引っ掛けて連れて帰ろうとするようなお転婆な幼女じゃないやいっ!
「レッドっ、避けて!」
はいはい。
ミネルバの命令に従って、カーマインが振ってくる当たれば骨が砕けそうな一撃を、慣性とか無視した動きで回避しますよ。
俺の場合、真なる竜族の能力で飛んでるから、航空力学とか関係なく自由自在に飛べるのよね。てか、そうじゃなきゃ、この巨体の生物が空を飛ぶなんてありえないよね……。
うん、ありえない。なのに、なんで真なる竜族でもないカーマインが普通に飛んでるんだよ!
言っても、しょうがないんだけどね。現実は受け入れないと。
で、何でこんな空中戦をやっているのかと言うと、レナの一言、「どう見ても、レッド様の方がカーマインより強いなんて信じられないんですけど」が原因である。
まあね。カーマインの方が大きいし、いかにも強そうだもんね。
ただし、これはミネルバには聞き逃せない言葉であった。何しろ、同じような一言を口にした妹に対して本気で怒って、俺に寒中水泳をさせた負けず嫌いの幼女である。ちなみに勝ちました。
激しく怒り、言葉を取り消させようとしたミネルバだが、レナも負けてはいない。彼女は、カーマインが主に選んだ幼女である。その自分が退いてはいけないと妙な使命感を持っていた。
元々、カーマインと、それに率いられていた火竜の群はミシェイルへのお土産に連れて帰ったもので、当然こいつにはミシェイルが乗ることになるものだと思っていたんだが、そうはいかなかった。
第一に、最初カーマインは自分の背に人を乗せようとはしなかった。火竜は別に人を乗せなくても戦力にはなるが、戦争に使おうと思えば人が乗り命令する必要がある。いや、それはどうでもいいか。重要なのは、ミシェイルを乗せようとしなかったことだけである。
第二に、カーマインは連れてきた他の火竜たちと違い、俺への服従心が低く人に対しても攻撃的である。今のミシェイルはこの国の王であるのだから、こんな危険な怪獣に乗せるわけには行かないというのも当然であろう。
それで、どうしようかと思っていたときに現れたのがレナである。
なんでか知らんが、長らくグルニアで暮らしていたらしいけど、最近マケドニアに帰って来て、ちょくちょく王宮に遊びに来るようになったんだが、まさかカーマインを気に入った挙句、その背中に登るとは思わなかったわ。
もちろん、カーマインも最初から背中を許したわけではない。
最近、他の人間が俺に乗るとミネルバが不機嫌になるんで、レナも乗せないようにしてたらロープとか持ってきて強引に登ろうとしてたんだよね。
で、それを使ってカーマインに登ったわけだ。下手したら踏み潰されて死んでたのにチャレンジャーなお子様だわ。
カーマインも、それに感心したらしく、レナだけは背中に乗ることを許しました。でも、許したのはレナだけで、その兄のマチスが乗ろうとすると蹴っ飛ばされるけどね。
カーマインって名前をつけたのもレナです。
まあ、そんなこんなでレナは火竜騎士という前代未聞の職業になる将来を約束されたのである。そういえば、ミネルバもか?
マリアは水竜騎士か? シスター足りなくなるぞオイ。この世界に、きずぐ――僧侶リフは存在するんだろうか?
ともあれ、そんな諸々の理由から俺とカーマインの決闘が実現したわけだが、何を思ったのかミネルバとレナも参加すると言い出した。無茶なことを言い出すもんだと思ったし王宮の人たちの反対もあったが、将来これで戦場に立つというのなら、この経験は無駄にはならないだろうというミシェイルの鶴の一声で、二人の望みは叶えられた。
つっても言わせて貰えば、この決闘に訓練の意味はなかったりする。
火竜は、戦闘において騎士の指示を必要としない。生まれ持った巨体をぶつけるだけで敵を倒せる生き物に、そんなものは必要ないのだ。
いや、ま、戦術やら戦略やらのある戦争でなら騎士が必要になるけどね。
もちろん、戦時に自分の騎竜から振り落とされたりしないように訓練は必要だろうが、どう考えても空中戦の訓練は必要ない。
空を飛ぶような非常識な火竜は俺とカーマイン位のものだし、そもそも基本的に竜騎士はマケドニアにしかいない。
天馬騎士が相手なら空中戦にもなるだろうが、天馬騎士は伝令や偵察を任務としているので、普通は竜騎士に正面からぶつかってきたりしないし、もちろん火竜に戦いを挑んだりはしない。
ついでに言えば、俺とカーマインはお互いに火竜として規格外すぎる。
俺に炎は効かないし、背中に乗せているミネルバは、見えざる手で守っているので、カーマインのブレスは効果がない。
逆に、俺の炎弾だが、これはレナを巻き込まないように腹を狙い、威力も調整しているのだが、効いてないわけではないだろうに、やたらと頑丈なカーマインは意に介さず反撃してくる。
こんな訓練が生かせる日が来るとは、俺には到底思えない。というか、そんな日が来たら迷わず逃げるね。俺は。
つーか、面倒臭くなってきたな。
もう終わりにしない?
背中のミネルバに聞いてみたら、幼女も飽きてきてたらしく同意の答えが返ってきた。
良かった良かった。というわけで、毎度おなじみ見えざる手。
「あーっ、ずるいっ!」
レナが文句をつけてきましたが、聞こえません。
そうなんだよね。いくらカーマインが規格外の火竜だって言っても、見えざる手で捕まえてしまえば、すぐに決着がつくんだよね。
なんで今までやらなかったって? ミネルバに文句を言われるからだよ。どうも、見えざる手は凄さが伝わりにくいらしくて、不評なんだよね。
でもまあ、ミネルバの同意が得られれば、レナの文句も丸投げできるし、問題なく使えるってわけだ。
戦闘の後は水浴びです。幼女の一年の成長速度は侮れないね。心なしかミネルバの胸が去年より膨らんでる気がするわ。身内の欲目かもしれんが。
ちなみに俺は、モップを持ったミネルバにガシガシ洗われています。カーマインは、レナが少し濡らした布切れで丁寧に拭いています。俺くらいの大きさでも大変なのに、あの巨体を、まあ頑張るもんだね。
なんか、俺と扱いに違いがありすぎね?
ちなみに、ここは去年も水浴びに言った泉ではなく城の中庭に作った池です。ブルーを飼うのに必要だからと突貫で作られたものです。ジェバンニが一晩でやってくれました。
いや、俺が作ったんだけどね。俺が拾ってきたんだから、責任取れってさ。水質管理も俺の仕事ですよ? 泣いてもいいよね?
まあ、そんな理由でこの池にはブルーが泳いでいたりします。当然マリアもいます。しかし、王女や貴族の令嬢が全裸になって城の中庭の池で泳いでいるとか、想像を絶する光景だね。
「誰のせいだと思っている?」
おや? いたのかミシェイル。
「ここを、どこだと思っているんだ?」
王城の中庭だね。そりゃ、国王がいてもおかしくない。
けど、執務中じゃなかったっけ?
「城のすぐ上で、あんなに派手な空中戦をしておいて言うことか?」
そうだね。どうでもいいけど、セリフに疑問符が多いね。
「知るか!」
なんか、また機嫌が悪いね。何か嫌なことでもあった?
「ああ、あったとも。レッドのせいでな! 春に、お前が連れてきた火竜の飼育に幾らかかってると思ってる」
えー!? おかげで軍備は増強できたし、居住できる土地と国民も増えてるんだから、国庫にも、そんなに負担はかかってないと思うけど。
「そんなわけがあるか! 土地の開拓には金がかかるんだ! これから出資した分を年単位で取り返す予定だったのに、あの火竜の群の飼育小屋や食費で国庫は空だ! マケドニアは暗黒戦争の前に経済破綻で滅ぶ一歩手前だ!」
なんか、自棄になった笑い声を上げてきました。
でもねぇ。そんなこと言われても困るというか、いっそ放し飼いにすれば? 俺みたいに。
「馬鹿なことを言うな! レッドの威光で従っているとはいえ、あれらは野生の竜なんだ。そんなのを野放しにできるか!」
なら、俺にどうしろって言うのよ?
「どうもしなくていい。頼むから、これ以上面倒を持ってこないでくれ」
むう。なんだか、疫病神みたいな言われようだ。しかし、あれだね。ミシェイルも大変みたいだし、前に山とか散策してた時に見つけた刀剣類を売っぱらって貰って、お小遣いを貰おう計画はまたの機会に頼んだ方がよさそうだね。
「拾った刀剣類だと?」
うん。さすがに百年前にドルーア帝国と戦争があっただけあるね。銀の剣とか槍とか弓とか、他にもウォームの魔道書とかリブローの杖とか、ざかざか落ちてたよ。当時の持ち主と一緒にだけどね。
まあ、錆びてたりして売れそうにないのがほとんどだったけど。
「それでっ! 使えそうなのは、どのくらいあった!?」
んー? 百本くらいから、めんどくさくなって数えてないよ。
「それだ!! そいつを売って国庫の補填に当てるぞ!! 文句はないな!!」
えー、俺のお小遣いはー?
「欲しいものがあったら買ってやる!」
あらま。ミシェイルったら太っ腹。
「えー、レッドだけズルイ」
モップの後、バケツに汲んだ水を俺にかけてたミネルバが口を出してきました。トイレ掃除みたいなやりかただよね。いや、もう慣れたけどさ。
「私も、買って欲しいーっ」
何が欲しいのさ?
「お菓子が食べたい」
そうね。俺も甘いものが食べたくなることがあるわ。今度、ミシェイルに買ってもらおう。
「分かったから、早くその刀剣類を持ってこい!」
はいはい。
適当に返事して拾いに行こうとする俺です。でも、すぐに呼び止められました。
俺が出かけるなら自分もと、ミネルバが背中に張り付いたからです。全裸のままで。
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唐突に主な、登場人物紹介
レッド
主人公にして、この作品中最強のチート竜。『見えざる手』は強力すぎる。
ファルシオンでも持ってこなければ倒せないが、持っていれば倒せるというわけではない。
何故なら、そういう時は迷わず逃げるから。
内面はヘタレなので、人の言うことには逆らわずに生きていく、ノーと言えない日本人。
ミネルバ
レッドの飼い主にして将来、赤の竜騎士と呼ばれるのか疑問を感じざるを得ない幼女。基本我が侭を言うのはレッドにだけ。
マリア
ミネルバの妹。
竜という生き物に対する危険性をまったく理解していない無邪気な幼女。このまま育つと、野生の竜に平気で近づいて、そのまま食われそうで心配です。
ブルー
マリアの飼い水竜。
陸では火竜や飛竜に劣るが、水中戦なら両者には負けません。
そもそも海戦とかないけど。
外見は氷竜に似ているらしい。
思いつきで出したので、口から吐くのが、炎のブレスなのか氷のブレスなのか水なのかも決まっていない。
ミシェイル
ミネルバたちの兄にして、マケドニアの若き国王。
この物語において、アカネイアの大地を救う使命を背負わされている不幸な少年。
レッド? 奴はニートです。自分から手伝ってきたりしません。
カーマイン
レッドが拾ってきた隻眼の巨竜。普通の火竜の倍以上の巨体を誇る色々と規格外な竜。春から夏にかけて、また成長したらしい。
レッドが、ゲームシステム上ありえない現象を起こすチートなら、カーマインはありえないステータスを持ったチート。
ゲーム的に言うと、ステータスオール40、HPは200というファルシオン持ってても勝てねえよ! な感じ。
でも、メディウスや、マフーを持ったガーネフや、闇のオーブを持ったハーディンには勝てない。
レナ
何故かカーマインの飼い主になった幼女。どうやら、かなりのお転婆らしい。
Wikiで、幼少時グルニアに住んでたと書いてあるのを見て、そんな設定あったっけ!? と慌てました。