季節は春。
マケドニア王国内、ドルーアに近い地域には新しくできた村がある。
そこに住む村人たちの多くは、不可思議な身体的特徴を持っている。
一対の翼だ。そう、彼らはマムクート。竜の姿に変ずる能力を持つ竜人の一族である。
って、なんでだ? チェイニーとかガトーは翼なんか生えてなかったよね? 神竜族だからか? いや、チキにも生えてたよな?
考え込んでたら取り囲まれてました。
「レッド様だーっ!」
なんか嬉しそうな子供の声が、すぐそばから聞こえてきます。
村の子供たちです。俺はどうやら、マムクートにとって生き神様みたいなもんらしく、尊敬と崇拝を集めてるっぽいです。
やめてよね。プレッシャーで胃に穴があきそうだから。
ちなみに大人たちは寄ってきません。畏れ多くてそばに寄れないそうです。でも、無視はできないらしくチラチラとこっちを見てます。
なんで、俺がマムクートの村に来ているのかと言うと、王宮での所業に耐えかねた人々によって追放されたから。ではなくて、これが俺の仕事だからです。めんどくせえ。
ミシェイルの計画により、マケドニア内に作られたマムクートの村だが、作ればそれで終わりというわけにもいかない。
マムクートたちが、ちゃんと暮らせているのかの経過報告は必要だし、そこに住んでいた飛竜がいなくなったからといって、他の群れがやってこないとも限らない。ついでに言えば、人を襲う獣は飛竜だけしかいないわけでもない。
マムクートには、竜石というアイテムを使って竜に変じ戦う力があるが、同じく竜族である飛竜を相手には圧倒的と呼ぶには足りないし、使用の回数にも制限がある。更に言えば、竜になれるからと体を鍛える習慣のないマムクートは、人の姿の時はかなり脆弱な身体能力しか持たない。
マムクートがいかに脆弱な存在かというと、人間だった頃のニートでヒキオタの俺と同等と言えば想像しやすいだろう。
そんなひ弱な生き物だから、変身の暇もなく襲われれば野良犬にだって簡単に殺されてしまう。
ところが俺が巡回するだけで、その危険性は大幅に減る。
飛竜は、出てきたら俺の見えざる手で捕まえてしまえば簡単に屈服するし、野の獣は俺が巡回する辺りには近づかない。
例えば、俺がよく散策に行っていた山には、前は熊や狼が住んでいたらしいのだが、今はいなくなっている。
最初、山近くの住人たちは、俺が山に行くようになってから段々と数を減らしていったので、、俺が熊や狼を退治していると思ったらしいが、それは誤解です。熊も狼も見たことありません。
なんと、野生の本能で俺の存在を感知した肉食獣のみなさんは、山から早々に逃げ出していたのです。これは誇るべきところだろうか、泣くべきところだろうか?
そんな事情をマムクート村の人たちは知っているので、俺は行くたびに歓迎されます。子供が、べたべたした手で触ってきて気持ち悪いですが、登っては来ないので我慢します。
いや、最初は登ろうとした子供もいたんだけど、今も俺の背中に乗ってるミネルバが怒りました。理由は俺には分かりません。なんか、気安く俺に登ろうとするのがムカついたらしいけど、本人にも良く分かってないみたいです。
どっちにしろ、畏れ多くも真なる竜族に登るなど大人たちが許さなくて、次に来たときには誰も登ろうとしなかったんだけどね。
も一つ、いや、二つかな、巡回には理由がある。
ミシェイルの提案を受け入れたとはいっても、彼らマムクートの人間に対するわだかまりが消えたわけではない。
彼らが、マケドニアという国に対して何かを企む可能性はあるし、逆に元々の国民である人間が村に何かをしでかす可能性もある。
だが、俺が行けばその可能性も減る。ミシェイルの命令で真なる竜族である俺が巡回してるとなれば、マムクートたちが何かを企むのにブレーキをかけられる。というか、その場合は俺を引き込もうとするだろうし、王家で飼われている竜が巡回している村にちょっかいを出そうという愚か者も普通はいない。
そういう愚か者がいて、そいつらが俺とマムクートが共謀して何かを企んでいるって言ったらどうするんだと働きたくない俺が質問してみたら、ミネルバを連れて行けと言われてしまった。
それなら心配ないね。俺が仕事をサボる心配も。
「そこまでして、俺を働かせたいか!!」
「そんなに、働きたくないのか!!」
なんて怒鳴りあったのも、いい思い出です。
懐かしく回想してたら、村長さんがやってきました。はげ頭の眩しい年寄りです。
おや? 呼んだ覚えはないけど?
「よく来てくださいましたレッド様、ミネルバ様」
なんだか、RPGで勇者か冒険者に仕事を持ってくる依頼人みたいな感じで、俺と、俺の背中に乗ってるミネルバに話しかけてきましたよ。
用件は、最近村の近くに火竜が住み着いたので、なんとかしてもらえないかというお願いでした。本気でRPGかよ!
「RPGって?」
むう。インベーダゲームすら知らん幼女にどう説明したものか。ここは、アレか? TRPGの歴史から語るべきか?
「あの……、話を逸らして聞かなかったことにしようとしてませんか?」
ちいっ、鋭い突込みだぜ村長。それが生き神に対する態度か。
「それで、受けていただけないので?」
「受けるよ。レッド強いもん」
幼女が安請け合いしてくれました。そりゃ、ブルーを捕まえた時の要領でやれば野生の火竜だって服従させられるだろうけどね。
でも、火竜なんて怪獣だよ。飛竜とは大きさが全然違うよ。そんなのと戦うとか怖いよ。
基本的に、マケドニアに火竜はいない。あとマムクートも。
元々、マケドニアは竜をドルーアから出さない目的で建国された国なので、これは当然のこと。
だけど、飛竜に限っては、マケドニアのいたるところに生息している。自由気ままに空を飛んで移動する生物の行動を抑制することは、さすがに不可能だったのだ。
結果この国には、いたるところに人が住めない地域が生まれたのだが、これが必ずしも悪いことばかりではなかった。
野生の竜は攻撃的であり、群が違えば同じ飛竜同士ですら合い争う。だから、ここのようにドルーアに近い土地に住み着いた飛竜は、火竜の進入を阻んでくれるのだ。
だけど、もし飛竜がいなくなれば、火竜の進入を防ぐものはなくなる。
つまりは、そういうこと。
村長さんに言われた場所に来たら、火竜がいました。十匹くらい。
あれ?
そういや、一匹しかいないなんて村長さんは言わなかったね。って、ギャーッ! 襲ってきたー!
とりあえず飛んでみた俺に、炎のブレスがいくつも撃ち込まれて来たので、ミネルバの周囲に見えざる手で壁を作っておきます。
俺の防御? いりませんよ。火竜の俺に炎が効くはずないでしょ。
炎を吐き続ける火竜たちは、何故か飛んで追いかけてきません。まるで飛べないみたいですよ。
まあ、そっちのほうが都合がいいんですけどね。、肉弾戦とかになったら勝てないだろうし。
どうしようかなと思ってたら、背中の幼女がなんか言ってきました。
「レッド。こっちも火!」
炎のブレスを吐けって? 向こうも火竜だよ? 効くわけ……、
キシャアアァァッ!
あ、効いてる。なんでだ? そういえば、ゲームだと火竜には普通に炎の魔法とかも効いてたよね。なら、なんで俺には効かない?
いや、楽でいいんだけどさ。
無敵裏技をつかったSTGのごとく火竜の群を一方的に蹂躙してたら、もう一匹火竜が出てきました。
デカッ! なにこれ、他の火竜の倍くらいの大きさがあるよ。しかも歴戦の戦士って感じで片目潰れてるし、残ってる方の目つき悪いし。
おっ、他の火竜が大火竜の周りに集まった。どうやら、あいつが群のボスのようです。当たり前だけど。
大火竜がこっち見た! 翼を広げた! 飛んだーっ!!
って、あの巨体で飛ぶって反則だーっ!! ギャーッ! 肉弾戦になったら勝ち目ねえ!
見えざる手で捕まえて屈服させたら、群ごと大人しくなりました。
ミシェイルのお土産に連れて帰ろうと思います。返品は受け付けません。