季節は冬。
マケドニアの王子ミシェイルには悩みがある。
それは王宮に住みついた竜から伝えられた未来の歴史。
その歴史では、百年前に倒されたはずの暗黒竜メディウスが復活し、それによって再興したドルーア帝国がアカネイア大陸の支配に乗り出し、マケドニアもそこに参加したというのである。
その決定を下したのは、ミシェイル本人。反対する父王を自ら手にかけ、それを押し通したのだという。
最初、未来の自分が何故そんな事をやったのか分からなかったミシェイルだったが、長じるにつれ、それが理解できるようになってくる。
アカネイア聖王国は、マケドニアや他の国の民を蛮族と見下している。見下しているから、そこに住む民が死のうが生きようが無関心だし、そのくせ内政には干渉してくる。
今のままでも、アカネイア聖王国に不満を持つ者はマケドニアには多いのだ。
いざドルーア帝国が興ったなら自分たちに戦うように命令して、そのまま見捨てると分かっている宗主国のために戦い滅ぶくらいなら、滅ぼす側に立って国を救おうと考えるのは当然ではないか。
とはいえ、その選択を取ることはできない。
その選択は、間違いだと教えられたし、未来の青年に成長した自分ならともかく、まだ少年の身に過ぎない自分に父王の命を奪う覚悟などないのだから。
では、どうすればいいのか?
ここで、彼が考えたのは中立国の立場を取ることであった。実に子供らしい、思いつきである。
大陸の支配権を賭けた大戦の最中に中立などと言って見逃されるはずがないではないか。そんな選択をしても、両方に睨まれ滅ぼされるだけである。
だが、ミシェイルは少年の真っ直ぐさで、その方法を模索する。
そうして考えたのが、国にマムクートを受け入れるという選択肢。
ドルーア帝国は、元々人間たちによるマムクートの迫害が原因で興った国である。ならば、迫害されドルーア地方に追いやられたマムクートを、この国で受け入れ保護すれば、ドルーア帝国との間に中立関係を築くことができるのではないだろうか。
もちろん、その選択はアカネイアの不興を買うだろうが、それでも両方を敵に回すよりはマシである。
それに、いざドルーアが帝国が興ってしまえばアカネイアはマケドニアに構っている余裕はなくなる。ならば、それまで秘密にしておけばいいのだ。
それは、いい考えに思えたが、一つ大きな問題があった。父王の存在である。
聞かされた未来の歴史で、ドルーアにつく結論を出したミシェイルに反対したように、この歴史においては父王は中立という選択に異を唱えた。
王には、この国は元々ドルーアのマムクート共を監視する目的を持って建国されたという意識が強い。なのに、その監視対象を受け入れるなど許容できるものではない。
愚かしい。そうミシェイルは思う。だけど、だからといって排除するわけにはいかない。自分は、竜の語った未来とは違う選択をすると決めたのだから。
父がいる限り、自分の考えを実行に移すことはできない。だけど、殺すわけにはいかない。そんな葛藤の中、父が死んだと言う知らせが入る。
少年は、自己嫌悪に陥る。父王が事故死したことを幸運だったと感じたことを。そして誓う。必ずや、この国を救って見せよう。そして、レッドにハーレムを作ってやろう!
「独り言は終わったのか?」
うん。
ミシェイルに問われたので頷きます。
「そうか。ところで誰に説明してたんだ?」
別に。
竜になる前は、ラノベ作家になりたいと思ってたんで、小説風に思考するクセがついてるだけだよ。
思ってただけで、目指してたってわけじゃないけどね。
ところで、なんで俺は呼び出されたのかな?
「さっきレッドが言ってた通りだ」
え? 俺のハーレムを作ってくれるのか?
「違う。その前のマムクートの受け入れの話だ」
なんだ、そっちか。で、その話が俺に何の関係があるのさ?
「マムクートをマケドニアに受け入れるには、二つほどクリアしなければならない問題がある」
と言うと?
一つは、マムクートと、この国の民のお互いに対する悪感情。
人間に迫害されてきたマムクートが簡単にこちらを信用するはずがなく、またこちらの国民の方も百年前の戦争が原因で、今もマムクートを嫌っている人間は少なくない。
そして、もう一つは、マケドニアが移民を受け入れられるほど、豊かな国ではないということ。
マケドニアは貧しい国だ。広い国土を持つが、人の住める土地は少ない。そんな国に、大量の移民を受け入れられる余裕があるわけがない。
そんな説明をしてくるミシェイルに、俺は首を傾げる。それが、俺となんの関係がある?
「だけど、その問題を両方クリアする方法がある」
そりゃ凄い。そこに気が付くとは……大した奴だ、やはり天才……!
「ただし、そのためにはレッドに働いてもらわなくてはならない」
なんでさ?
「まず、マムクートの信頼を得る方法だが、レッドが一緒にいてくれるだけで話がスムーズに進む。なにしろ、今は生き残っていないはずの知性を残したドラゴンだ。マケドニア王家が、真なる竜族と共存しているとなれば、それだけでマムクートの心証が良くなる」
そう、うまくいくかね?
「いかせるさ。そして、もう一つの問題だが……、ブルーはどうしてる?」
さあ? マリアと遊んでるんじゃない?
マケドニアの末姫は、秋に海で拾ってきた水竜に御執心です。俺は、ミネルバの竜だから、あっちは自分のものにするんだってさ。
俺は、幼女の持ち物だったのか……。
「ブルーは、よくマリアに懐いているようだな」
そうみたいだね。むしろ、海で拾った時にいた全員に服従しているみたいだけど。
「たが、本来それはありえないんだ」
竜という生き物は、他の獣に比べると高い知能を持っているが、それでも知性と呼べるほどのものはない。
飼いならされた飛竜ですら、よく躾けなければ人の言うことなど聞かない。なのに、野生の竜であったブルーは躾けも訓練もなく人に従っている。
それは、ブルーが特別なのではなく、水竜を屈服させた俺が特別なのだというのがミシェイルの見解なんだそうな。
つまり、真なる竜族の威容に触れて屈服し、その仲間であるらしい周囲の人間にも服従したのだとか。
そこで話を戻して、移民の話。
マケドニアに人が住める土地が少ないのは、各地に多く生息している飛竜のせいもあるらしい。
この国では、それを飼いならして乗騎にする技術があるが、それでも野生の飛竜を捕らえたり退治したりが難しいことに違いはない。
ただでさえ人間などより強いのに、数が多く生物なんだから減らしてもまた増える。
だから、今までは飛竜の生息地の近くには人が住むことができなかったのだが、これからは違う。
飛竜は、他の竜に比べて気性の大人しい種族だ。水竜を屈服させる真なる竜族の威容を持ってすれば、簡単に服従させられるだろう。それにより、この国は人の住める土地を増やし、ついでに野生の飛竜を手にいれることで軍備も増強できる。
多くのマムクートと、野生の飛竜を乗騎とした竜騎士たち。これらを手に入れられれば、この国の防衛力は大きくなるのだ。
一石二鳥とは、このことだ。
そんな説明に俺は納得する。
だが、断る!
「何故だ?」
それは、俺がニートだからだ。。
働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!
本音を言うと、そんな責任の重そうな仕事やりたくないしね。
「働かざるもの、食うべからずって言葉を知っているか?」
働くぐらいなら、食わぬ。
食わなくても、平気だし。
あっ、なんか睨まれてる。しかし俺はノーとしか言わない男。睨まれようが、なんと言われようが働く気はない。
「……そういえば、ブルーは泳ぎが得意らしいな」
まあ、水竜だしね。
というか、何その意地の悪そうな笑顔。
「ミネルバは、ああみえて負けず嫌いでね。俺が一言、『泳ぎが得意なんて、レッドより凄いんじゃないか』とでも言えば、競争させようとするだろうな」
やーめーてー。ただでさえ水嫌いなのに。この季節に泳げとか死んじゃうよ。
あ、なんか、すっごい笑顔だ。鬼の首をとったようなっていうのは、こういうときに使うのね。
三日後。
「ぶるーっ、がんばれーっ!」
「レッドーっ、負けるなー!」
何故か、俺は海に来ています。
うん。読めてたよ、この展開。原因はマリア。あの幼女が、泳ぎのことでブルーの方が俺より優れているとか何とか言って、この競泳が実現したようです。
「俺、この勝負が終わったら働くんだ……」
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ネタを思いついたと思ったら幼女がほとんど出てこない話だった。