季節は秋。実りの季節である。
「くそっ、無事でいてくれよ!」
苛立ちと共に、私は馬を走らせる。そうしなければならない理由がある。
私には、守らねばならない子供が二人いる。
血縁関係はない。ただ、守らねばならぬ使命を持つ対象。
その二人が、森に向かったと聞いたのは、つい先ほど。
馬鹿なことをと私は思う。
このバレンシア大陸には、大陸の各所に人を襲う魔物が生息する。
この近辺には、私に勝てるほど危険な魔物は存在していない。
しかし、幼い子供たちにとっては、充分な脅威になる。あの子たちでは、ゾンビ程度のモンスターにでも、出会えば命がないだろう。
だから駆ける。風のように疾風のように。
だが、この時、私は焦りすぎていたのだろう。何故、二人が森に行ったのかを深く考えることを放棄していたのだから。
そして、この短慮の報いを私はすぐに支払わされることになった。
二人の子供たち、アルムとセリカが森に向かったのは、見たこともない大きな鳥を見たからだという。
一時、村の上空を旋回した大きな鳥を、人々は村を襲いに来たモンスターではないかと恐れたが、その鳥はしばらくして近くの森へと飛び去った。
それを見て、アルムたちが何を思ったのかは想像がつく。
好奇心旺盛な年頃の二人だ。正体のつかめない巨鳥を見てその正体を確かめたいと考えるのは必然と言ってもいいし、もし村を襲おうとしている魔物だったらと考えてしまえば、正義感の強いアルムは何とか退治しなくてはと向こう見ずにも魔物を捜しに行ってしまうだろう。
だが、それは間違った選択肢。
魔物は、人を容易く害するからこそ、そう呼ばれるのだ。子供の手で退治できるほど簡単な相手ではない。
「私が行くまで無事でいてくれよ」
祈る神などいないと知っていて、それでも祈ってしまうのだから、人とは業の深い生き物である。
そうして、森に辿り着いた私は、それと遭遇する。
巨大な体躯を誇る怪物。この大陸では、すでに死に絶えた旧き種族。神々とすら同格とされる最強の魔物であるドラゴンと。
それが、人の身で打倒しうる存在なのかは私にはわからない。
本来なら、そんなものと戦うような冒険は私には許されていない。
だが、そこには、ドラゴンの傍には、あの子たちがいた。
アルムとセリカ。私の命と引き換えにしてでも守らねばならぬ、重い宿命を背負った子供たち。
強大な怪物を前に、恐怖で足でも竦んでいるのか、棒立ちになっている二人に、私は逃げるように叫び、ドラゴンに突撃する。
この大陸には、ドラゴンゾンビというドラゴンの死骸から作り出された魔物が存在する。
私も戦ったことのあるそれと、眼前のドラゴンが同じ戦い方をするものなのかどうか私は知らぬ。
だから、私は最初の一撃に全てを賭ける。
馬を加速させ、槍を構え、ドラゴンがこちらに攻撃の意志を持つ暇すら与えずに突撃する。
その一撃で倒せると思うほど、私は楽観主義ではない。
だれど、ある程度のダメージは与えられるだろうし、これで傷を与えることも出来ないようなら、そもそも勝ち目などない。ならば二人の逃げる時間を作れればこの命も無駄にはならない。
これが、出会いがしらに槍持って俺に突撃してきたのを、気絶させて捕獲したオッサンの思考を読んだ結果である。
人の心を読むとか、そんな能力いつ使えるようになったのかって?
さあ? なんとなく出来そうな気がしたんで、実験してみたら出来ました。男は度胸! 何でも試してみるもんさ。
つか、メディウスを復活させた時から、色々とできることが増えたんだけどね。
「じいちゃん、大丈夫かな」
土の上に寝かされてるオッサンを覗き込みながら、男の子が言ってます。
むう、この子が外伝の主人公のアルムだったとは驚きだな。同名の別人とかじゃないよね?
ちなみに、なんで俺がバレンシア大陸にいるのかというと、そこには深くて広い理由があります。
あれは、そう今日の早朝、日が昇ると共にチキが遊びに来た時の話である。
「暇だな」
そう呟いてみる俺に、突っ込んでくれる者は誰もいない。何故って、俺以外にはチキしかいなくて、そのチキは俺の尻尾に微妙なバランスで立とうという不可解な遊びに夢中だから。
秋といえば収穫の季節であり、国民の多くにとって、冬に備えなければならない忙しい時期なのだが、ニートである俺には関わりのない話である。
ただし、困ることもある。みんな忙しくて俺に構ってくれないから暇なのだ。
働くのは嫌だが、暇なのも困る。悩ましい問題だね。
なんで、この世界にはネットがないんだろう。テレビゲームでもいいんだが。
そうだな、今からゲームを開発するとして……。うん、無理。専門家じゃないんだから、現代日本の電気機器とか再現できねえ。
チクショウ。なんで、この世界には適当に概要を言ったりサンプルみせるだけで農業だろうが工業だろうが再現してくれるチートな職人がいねえんだよ。
サンプルないけど。
むう、しかし暇すぎる。
チキ以外の幼女たちも遊びに来れば、暇も潰せるというか、忙しいくらいになるんだけど、最近はあんまり来なくなっちゃってるんだよね。
人は誰もが、いつまでも子供のままではいられない。
いいかげん幼女と呼ぶには無理のある年齢のミネルバは、現状の王位継承権第一位の身分なわけで、ミシェイルの政務の手伝いをさせられています。
今のところは、邪魔にしかならないみたいだけど、こういうのは経験が物を言うからね。先王が死んでいきなり、きちんと政務を取り仕切れたミシェイルが異常なだけなので、ミネルバには少しずつ仕事を覚えてもらっている状況らしい。
そんなわけで、ミシェイルとミネルバは政務。パオラとカチュアは、そのお手伝い。
そういえば、ずいぶん前からミシェイルの秘書みたいなことをやってたカチュアは、ミネルバよりも手馴れているらしく、「もう次の王様はカチュアでいいじゃない」なんてミネルバが愚痴ってたな。
それはつまり、カチュアはミシェイルと結婚して王族になれってことだよな。フラグか! フラグなのか!
と思ったのは、俺だけだった。
色気のない少年少女たちめ。思春期になったら、過去の言動を恥じ入るがいいわ。
それは置いといて、マリアも王位継承権第二位なので実務には携わらないまでも勉強中。ついでにエストもね。
レナは、カーマインを連れて火竜騎士団で訓練中。将来は騎士団長を目指しております。いや、レナ本人は階級とかどうでもよさげなんだけど、カーマインが誰かの下につくのを嫌がってるんだよね。
だもんで、指揮官訓練とかやってます。それでいいのか、いい歳した騎士団のオッサンたち。
俺なら絶対に……。うん、カーマインが怖くて、逆らう気になんかならないわ。
ついでに、バヌトゥもいない。あの爺さん、無駄に長生きしてて物知りだし、ガトーの下でチキの見張りとか任されるだけあって昔は、それなりに身分の高い竜だったらしい。今の時代のマムクートに関係があるのか疑問だったんだけど、この国に移住したマムクートのまとめ役として働いてもらってますよ。
ハイドラはどうしたって? あの幼女、メディウスの娘だよ。他国の皇女とか、いつもいつも遊びに来るわけないじゃん。
というわけで、ただでさえインドア派で屋外での暇の潰し方を知らない俺は、誰も遊びに来てくれない現状暇を持て余しています。
チキは、いつの間にか尻尾で遊ぶの止めて、石とか枯れ木とかひっくり返して、ダンゴムシなんか捕まえて一人で遊んでるしね。
石の裏に、びっしり張り付いた虫とか普通に気持ち悪いと思うんだけど、子供には楽しいらしいね。
何はともあれ暇である。バレンシア大陸にでも、また悪戯の種でも捕まえに行こうかしら。
「ばれんしあ?」
一心に虫を捕まえていたチキが顔を上げて尋ねてくる。
まあ、子供には聞きなれないよね。というか、他所の大陸の名前なんて、子供じゃなくても普通は知らないか。この世界の文化水準的に考えて。
バレンシア大陸というのは、ここアカネイア大陸には存在しないモンスターが何種類も存在するビックリ大陸で、神様までいるんだよ。
説明してあげると、チキも興味津々な顔になる。
そういえば、ミラとドーマって何者なんだろ?
いや、神だってのは分かってるんだけど、そんなもん他の大陸にはいないよね?
竜よりも高位存在って感じもしないし、本気で何者?
ま、どうでもいいか。
「あそびにいくなら、はいどらとあそびたい」
何を言いやがりますか、この幼女。
ハイドラは他国の皇女だよ。勝手に連れ出したりしたら、国際問題だよ。
なんて言っても通じないんだよね。これだから子供は……。
まあ、神竜、地竜の違いはあっても、唯一の同族の子供なんだから一緒に遊びたいって気持ちも分からなくはないんだけどさ。
ここは、そうだな。
「バレンシア大陸で、面白いものを拾ってハイドラにお土産を送ってあげないかい」
「おみやげ?」
「そう。よく俺とミネルバも、出かけた時はチキにお土産を持って帰ってるだろ」
行った先の特産品の食べ物とか、海で拾った貝殻とか、この辺では見かけない動物とか。
一人で遊びに出かけて、他所の大陸から野生の虎を拾って帰ったときは、ミシェイルに説教されたけどね。
いや俺、怪獣だし虎くらい子猫みたいにしか感じなかったのよ。噛まれても引っかかれてもダメージが鱗を通らないしね。
いいじゃんよー。この王宮怪獣ぱっかりで小動物が欲しかったんだよー。まあ、言い訳ですけどね。
その虎はどうなったって? 察しろよ。この王宮にいる竜は、知ってる人は襲わないけど、家畜とかを平気で捕食するんだよ。弱肉強食、野生の掟は残酷です。
少し考えたご様子のマムクートプリンセス。
「うん。そうするー」
と、ご満悦。
うん。子供は人の真似するの好きだからね。チキも、お土産を渡す側になりたかったんだろうね。
かくして、我々は遠くバレンシア大陸まで遊びに出かけたのでした。
バレンシア大陸の人々にとっては迷惑かもしれないけど、俺がこの大陸にくるのは初めてではない。
引き篭もりのオタがどうして? と思われるかもしれないが、いくら俺でも何年もの間ネットも漫画もない世界で過ごしていれば、どこかに出かけようという出来心に惑わされることもある。
とはいえ、土地勘もなければ知人もいない。遊びに行くあてもなく出かけて、周囲の人をパニックに陥れるのも本位ではない。そんなことして帰ってきたらミシェイルに説教されるし。
そこで考えたのが、他の大陸に遊びに行くことである。
遠いから、空を飛んでるだけでも時間を潰せるし、そこの住民をどれだけ脅かしたとしても、マケドニアには何の影響もないし。
アカネイア大陸とバレンシア大陸の関係はまずくなるかもしれないけど知ったことじゃないというか、俺のせいだとばれなきゃいいのよ。
竜なんていくらでもいる生き物なんだし。
そんで、さすがに人里に下りる度胸のない俺は山に降りて、「違う大陸でも山の中は似たようなもんだなぁ」と感慨にふけっていたところで、二人の子供、アルムとセリカに出会ったわけなのです。
「鳥じゃない?」
そんな呟きに目を向けてみると、そこには二人の少年少女。
少年は、木の棒を剣のように構えこちらを見据え、少女はその後ろに隠れるように身をすくめている。
ああ、知ってるぞこの状況。マケドニアでもたまにあったよ、悪い竜を退治しようとする勇気ある少年と、それを心配してついてくる少女の図。
微笑ましいよね。
なんて、思わねえよ! なんの疑問もなく人を悪の怪物に断定してんじゃねえよ! しかも女の子連れとか、見せ付けてんじゃねえよ! 嫌がらせか!
とか言ってやりたいけど、言ったら殴りかかって来るんだよな。別に木の棒で殴られても痛くも痒くもないんだけど、問答無用で殴りかかられるってのも一般人としては、ちょっとした恐怖だからね。
とか思ってたら、ほんとに棒を振りかぶって殴りかかってきやがった。
あー、もうメンドクセエ。喰ってやろうかしら。
冗談ですよ?
カニバリズムに走れるような根性は俺にはありません。日本人は殺人や傷害を禁忌と感じるように教育された人種です。殺人上等の世界に飛ばされたからと言って、簡単にそっちに適応するようなのは、元々社会不適合者に違いないのだと俺は信じています。そう、俺が特別ヘタレなわけではないのです。
ゆらりと棒を持ち上げる少年の姿は、なんというかさまになっていた。
……ような気がする。
いや、俺、剣術とか知らないしね。このガキが、ちゃんと剣を習ってるのかどうかとか分かるはずもないのです。
「たあっー!!」
掛け声を一つ上げ、剣を振りかぶり走ってくる少年。
ここで、一発火を噴いて焼き殺したらヒンシュク買うだろうな。誰にとか聞かないように。
そもそも、こんなことで人殺しの前科者にはなりたくない俺です。
そんなことを考えてる間に、ポコンという音を上げて俺の前足に当たる棒。本当は頭を殴りたかったみたいだけど、届くわけもないのでした。
なんか、ファンタシースターオンラインのドラゴン戦をエネミー視点でみてるような気分だわ。
まあいいんだけど、無駄だと思って諦めてくれればいいのに、何でしつこく殴ってくるかな?
「逃げろー!」
そんなことを叫んだくせに、ポコポコ殴りつけてくる少年の視線は、俺の首を微妙に逸れて、その後ろに向かっていた。
なんぞ?
少年と一緒に来た女の子は、こっちじゃないよなと振り向いてみたら、そこには元気に走り回る緑の髪の少女の姿が。
なにかね? この少年は、チキを助けようと思って俺に殴りかかって来ていると?
この少年はモテる。今はどうか知らないが、将来は確実にモテると見たね。よし殴ろう。
と思ったら、呼びかけられたことに気づいたチキが、「なに?」と、こっちに走ってきた。
少年が「バカ! こっちに来るな」とか言ってるけど、従うわけないよね。というか、チキには遊んでいるようにしか見えないだろうし。
木の棒持った子供がいくら殴りつけてきても、竜相手に傷一つつけられるはずがないし、俺が子供に乱暴するはずがないってチキは知ってるしね。
てってってーっ、と走るチキは、そのまま俺の尻尾に足を乗せ、ってオイ。
尻尾の先から登っていき、背中を越え首を二本の足だけで駆け上がり、頭にまで到達する。
「なに?」
怪獣の頭の上から、そんなことを言ってくる女の子を見たら、そりゃ驚くよな。少年は、ポカーンとした顔をしてるよ。
ああ、でも俺も子供の頃はガメラの頭に乗ってみたいと思ってたな。ゴジラの方が好きなんだけど、人間を頭の上に乗せるような怪獣王は見たくないというか、そんな感じのこだわりがあるから。
いや、どうでもいいか、そんなこと。
「危ないぞ! 早く降りるんだ!」
チキを指差して叫ぶ少年。
いかんなあ、人を指差しちゃあ。とはいえ、言ってることは正しいね。
「そうだぞ。そんな高いところに立ちるとか落ちたら危ないぞ」
「だいじょうぶーっ、おちそうになったら、れっどが、みえないてで、たすけてくれるからーっ」
そりゃそうだけどさ。最初から人に助けてもらうことを考えて行動するとか、いかんだろ。
言ってみたら、「なんでー?」などと首を傾げる幼女。
可愛いなチクショー。
いや、俺ロリコンじゃありませんよ? 小動物的な可愛さって奴ね。
しかし、自分の頭の上が見えるとか、どんどん人間離れしていってるな俺。かなり、今更な感慨だけど。
そんなことを考えてたら、少年が棒を振るのを止めて、ぼけっとした顔でこっちを見つめていた。なんぞ?
「お前、喋れるのか?」
そりゃ、喋れますよ。一応、知恵持つ真なる竜族とか呼ばれている立場なわけだし。
「真なる竜族?」
あー、竜は元々人よりも高い知能を持ってたけど、今では退化して竜人のマムクートになるか知恵のない獣になってる。
って、この説明をするのも久しぶりだな。
「それで、知恵を持っているから真なる竜なんですか?」
そうそう。って、いつの間にか少年の後ろの方の木の影に隠れてた女の子が、少年の隣に立ってますよ。
時に女の子は、男の子よりも大胆です。
「そうだよー。れっどは、しんなる、りゅうなんだからーっ」
胸を張って、自慢するように教えてあげるマムクートプリンセス。
いや、ここは君が威張るところじゃないだろう。とか思ったけど言うのは大人気ないからやめておこう。
「えーと、つまりお前は人を襲ったりしないってことなのか?」
まあね。でも、言葉が通じるから人を襲わないって認識もどうかとおもうけどね。山賊とか盗賊とか軍人とかは、言葉が通じる同じ人間なのに襲ってくるわけだし。
「二人とも逃げろ!」
突然に、どこかから聞こえてくる誰かの叫び。
今度は何よ?
声の方を見たら、土煙を上げ走り来る馬に乗り槍を構えたオッサンが、ものすごい形相で俺を睨みつけていました。
凄い勢いだね。このまま激突されたら竜だって、死ぬかもしれないんじゃない?
って、まずいだろ。死にたくねええええええ。
言ってる間に、オッサンが接近してきたので、とりあえずオッサンとの間に見えざる手の壁を作り突撃を阻止。
オッサンが壁に激突して動きが止まった間にこの周辺、『場』を支配して風の流れを操り小さな竜巻を作り出しオッサンを囲む。
竜巻は、その中心にいるオッサンの肉体に傷を負わせたりはしないが、自然ではなく俺が作り出した竜巻は空気の流れを停滞させ、中に閉じ込められた者を酸欠状態に落とし込む。
そして、高速度で壁に激突し、意識が酩酊していたであろうオッサンは、それで意識を手放すこととなり倒れた。
「凄い……」
俺を見て呟く女の子の言葉に、まったくだなと思う俺。
前は、見えざる手とその応用の能力しか使えなかった俺だけど、メディウスを復活させた時に世界の理というか、そんな感じの何かを理解したっぽく新しい能力が使えるようになった。
いや違うか。俺が知らなかっただけで、真なる竜には元々そういう能力があったんだろう。ただ単に、その事に後になって気づいたってだけで。
どのみち、俺が怪獣だって事実は何も変わらないわけなんで、どうでもいい話なんだが。
今更、新能力を披露してみても、ミネルバには「ふーん」の一言で流されたし。
しかし、このオッサン何者?
「じいちゃん!」
おや? 知ってるのか雷、少年?
「俺のじいちゃんだ!」
ほほう。少年の爺さんとな?
読めたぞ。森に出かけた孫のことが心配になって探しに来たら、大事な孫の傍に、でっかい怪獣がいたんでとりあえず攻撃してきたんだな。
なんか、孫とおんなじような思考パターンだね。
つっても、大人の思考が子供と完全に一致するってこともないだろうし、今度はオッサンを助けに村人の集団が突っ込んできたら嫌だから、ちょっと頭の中を覗かせて貰うことにする俺でした。
「はっ、私は今まで何を?」
目を覚ますなり、叫ぶおっさん。
ここはベタに「ここはどこ? 私は誰?」と言って欲しかったところなんだが。うん、どうでもいいね。
というかこのオッサン、金鱗の竜王、じゃなくて近隣の村に住む騎士で、原作外伝にも出てきたマイセンだったのね。あのキャラ、もっと年寄りだと思ってたわ。
「レッド様に、かかっていって返り討ちにあったんですよ」
女の子、セリカに言われて、「レッド様?」と疑問符と共に呟いたマイセンは、誰か自分の知らない人間がいるのかと周囲を見回そうとして……、俺と目が合った。
「ちぃーす」
友好的に声をかけてみる俺。即座に、剣を抜こうとするマイセン。
いや、読めてたよ。その展開。
「剣が……」
腰に挿してあったはずの剣がないことに驚くマイセンに俺が目配せしてやると、警戒しながらも視線を転じ、そこに自分の剣で土をほじくって穴を掘っている幼女を発見する。
「あの娘は、いったい何を?」
いや、俺に聞かれても困る。穴を掘ってるのは見れば分かることだけど、どういう意図があるのかなんて分かるはずもない。
と、黙って見守っていると、ぽいっと剣を捨てるチキ。
「飽きた」
そうかい。そりゃ良かった。でも、人の物を無断で借りた挙句、その辺にポイ捨てするのはどうかと思うぞ。
思うだけで口には出さないでいたら、アルムとセリカがチキに説教を始めた。
うん。よく出来た子供たちだ。
「それで、貴公は何者だ?」
一瞬、呆けた顔になったマイセンだけど、すぐに真顔になって、そんなことを聞いてきた。
うーん。「モンスターが喋っただと……?」って驚くと思ったんだけど、意外と冷静な人だ。
でまあ、隠す必要もないんで、他所の大陸から遊びに来た竜だと正直に話したら、なんか怪しまれた。
まあ、喋るモンスターが現れて、その目的が暇つぶしとか言われたら普通怪しむよね。
「では、貴公のいう遊びとは?」
人間に危害を加えることを遊びというのなら容赦はしないと宣言してくるマイセンに、俺は大きく首を振る。
子供の頃は、虫を捕まえて足を千切るような残酷な遊びをしていた事もあるが、幸い大きな動物にやりたくなる前に飽きた俺である。人間を傷つけようなどと欲求はこれっぽっちもない。
とはいえ、まだこれといった目的を考えてませんとか言ったら、余計に警戒されそうだね。
「こっちの魔法を教えてもらえたら楽しいかなって、思ってね」
思いつきで言った言葉に、マイセンはあっけに取られた顔をする。
うん。この選択は正しかったようだね。
「魔法ですか?」
うん、魔法。
普通に考えれば、竜という最強の生物に人の使う魔法の技など必要ないと思うだろう。
ましてや真なる竜の能力を使う俺には、なんの役にも立たないであろうことは考えるまでもない。
だけど、一発芸には調度いいではないかと思う。
アカネイア大陸の魔法は、魔道書や杖を持ち、その魔力を消費して使うものなので、そういう装備品を持てない俺には縁がなかったりするのだが、バレンシアの自分の体力を消耗して使う魔法なら、俺にだって使えるかもしれない。
そうなったら、さぞかしマケドニア王宮のみんなは驚くだろうし、隠し芸にはぴったりである。
そんなことを言ってみたら、マイセンは難しい顔になった。
まあね。何を企んでようが、何も企んでなかろうが、魔法を教えるとなったら魔法を使える人のいる人里に俺を案内しなくちゃならなくなるし、だからといって俺を放置して勝手に人里に入られるのはもっとまずかろう。
まあ、好きなだけ悩んでください。実際、暇が潰せれば魔法なんてどうでもいいんですが、そのことは言う気はありませんので。
因果応報という言葉がある。
自分が過去にやった悪行が、回りまわって不利益になって帰ってきてしまうというような意味だが、それを俺は今実感していた。
もうね。マイセンが本当に魔法を使える人を連れてきてくれたんだけどね。その人たちが俺とチキのいるところにやってくるまでに数日かかったのよ。
自分が言い出したことだから、日帰りしたいとか言い出しにくくって、数日間チキと一緒に無断外泊することになっちゃったのよ。
魔法を覚えること自体は、そんなに時間がかからなかったんだけど、手遅れだよね。
マケドニアに帰ってきたら、説教の嵐だったよ。ミシェイルとミネルバとバヌトゥがローテーション組んで絶え間なく叱ってくるのよ。その間、ずっと正座よ。
泣いてもいいよね。
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レッドは、バレンシア大陸の魔法をいくつか覚えた。