季節は夏。頭の煮えやすい季節である。
前回、不測の事態により予定より早く復活してしまった暗黒皇帝メディウス。
しかし、間違った過程は間違った結果を導き出す。
本来、老人としての人身を持つはずだったメディウスは、早すぎる復活と過剰なエーギル。そして、幼女と縁の深い俺の力を受けた影響で、幼女の人身を持つマムクートとして蘇ってしまったのだ。
さらに、人の魂とは肉体に引きずられやすいもの。幼女の肉体を持ってしまったメディウスは、幼い精神でもって、生まれたての雛のような感じで自分を復活させた俺に懐いてきたのである。
なんてことはなかった。
見上げれば、そこには抜けるような青い空と白い雲。特に意味もなく思いついた妄想とは何の関係もなく、海に行きたいという幼女たちの願いに答えて、やってきた夏の海。
ついでに、浜辺に打ち上げられた鯨のように、だらしなく寝そべった俺の頭の上には、青い髪をポニーテイルにした一人の幼女。
ああ、日で焼けた砂が気持ちいい。
メディウスは本当はどうしたって? 無事復活したよ。ちゃんと老人だったよ。
でも、即帝国再興、即暗黒戦争とはいかなかったみたいだね。
何しろ、ドルーアの主戦力であるマムクートが大量にマケドニアに流出してるからね。軍事力が圧倒的に不足しております。
ぶっちゃけ、マケドニアだけで潰せる程度の軍事力とかしかないのよ。
つっても、マケドニアとしては、ドルーアと戦争なんかしたら国民に迎えた多くのマムクートから反発が出るし、そもそもドルーアと戦争をしないためのマムクート受け入れ政策なんだから、やらないけどね。
そんなわけで、メディウスは、帝国再興のために大忙しです。大忙しのはずなんだけどなあ……。
「どうしましたレッド殿? いい天気ですぞ」
話しかけてきた声の主の方に顔を向けると、そこには海パン一枚の老人、メディウスが、やたら友好的なイイ笑顔をこちらに向けてきていた。
いや、なんでファンタジーな世界に海パンがあるのかとか、老人のクセにビルドアップしたいい体してんじゃねえとか、ポージング決めんな筋肉ピクピク動かすなきめぇとか、突っ込みたいことは色々あるけど、なんで帝国復興に忙しいのに皇帝が海水浴に来てるんだよ爺さん。
頭の上の幼女は、なんか嬉しそうに爺さんに手を振ってるけど
「ハッハッハッ、皇帝といえど人の子。たまには羽を伸ばしたくなることもあるのですよ」
竜だアンタは。
それと、不可侵条約結んでるからって、同盟国でもない他所の国の王族の慰安旅行についてくるってバカなの? 死ぬの?
というか、このジジイ、こんな明るい性格だったか? 極端から極端に走る、融通の利かない根暗親父だと思ってたんだけど。
「うむ。ワシも人間など滅んでしまえと常々思っていたのですが、それは元々は人間を信じていたことの裏返し。信じていたからこそ裏切りが許せなかったというやつで、心の奥底には人を信じたいという熱い想いがあったのですよ」
熱い主張はいいから顔近づけんな! 暑苦しい。
「そして、マムクートですらない真性の竜であるレッド殿とマケドニアの王族の間にある友好的な関係に、ワシは気づいたのです。これこそが、本当にワシが求めていたものだと」
そりゃよかったな。なら、さっさと国に帰って人間との融和政策でも図ってればいいじゃん。
「そうしたいのは山々ですが、信用に値する人間が少ないという考えは変わりませんので。だから、まず信用に値する人間との親睦を深めようと考えてここについて来たわけです」
そうかい。迷惑だから帰れ!
「はっはっはっ、ご冗談を。大体、ワシと親睦を深めることは、そちらにとっても損はないことですぞ。マムクートの移民を受け入れているマケドニアとしては」
ニヤリと笑うメディウスの顔は、やはり皇帝を名乗るに相応しい政治家の顔で……。しかし、マケドニア王宮に住み着いているだけのニートの俺には意味がなかったりするのだ。
さて、なんと言って追い返してやろうかと思っていると、なんかボールが転がってきました。
布を丸めて縫いこんで作ったビーチボール代わりの球体です。
「れっどーっ、じーじっ、とってー!」
呼びかけてきたのはチキです。出会いが敵対的じゃなかったからか、この幼女はメディウスにも普通に懐いています。一国の皇帝相手にジジイ呼ばわりとか大丈夫か? と思ったりしましたが、考えてみればチキは血筋的にはマムクートの王を名乗っても良い存在。対してメディウスは、かつて神竜王ナーガの下にいた者。特に問題はないようです。むしろ一介の飼い火竜の俺の方が問題があるかもね。
「よーし、ワシとハイドラも入れてくだされー!」
俺の頭の上に乗ってた幼女を抱き上げると、ビーチバレーだかドッチボールだか分からないボール遊びをしている幼女たちの中に、ボールを持って走っていく自重しないジジイ、メディウス。
なんか、幼女たちの中に自然に紛れて遊んでて、メディウスを見て嫌な顔をするもう一人の自重しないジジイ、バヌトゥがいたりするけど、見なかったことにしよう。
ハイドラって誰だって?
メディウスの娘さんらしいよ?
なんでも、早くに亡くしてたんだけど、早すぎる幼子の死が悲しくて、屍を常に身近に置きたいってことで、メディウス本人の遺体のあった城の玉座の傍に安置してたんだと。
それで、俺がメディウスを生き返らせるのに集めた生気が、そっちの屍にも流れ込んで、ついでに蘇ったんだとさ。
メディウスが、やたらと友好的な理由の一つがこれだったりする。まあ、死んだ家族が生き返ったら嬉しいよね普通。
ちなみに、蘇った時は地竜の姿だったよ。てか、マムクートになった地竜はメディウス一人きりだったからね。
で、そのままだと知恵を失い獣のようになるところを、俺がハイドラから竜の力を抜いて竜石にしてマムクートにしてあげました。
なんで、他人はマムクートにしてやれるのに、自分は竜のままなんだろうね? 俺。
それに、自分に死者を蘇らせる力があろうとは思わなかった。真なる竜族はチートすぐる。
つっても、竜限定っぽいんだけどね。試しに餅を喉に詰まらせて死んだ王様生き返らせようとしたら、ゾンビになったしね。
いや、あの時はビビッた。つい即座に火葬してしまったよ。証拠隠滅とか言うな。
ちなみに、球遊びをしているのは、ミネルバ、パオラ、レナ、チキ、バヌトゥの五人。
さっきまで、ハイドラを頭に乗せてた俺にミネルバが不機嫌そうな目を向けてくるけど、すぐに目を逸らした。俺が謝り倒すまで無視を決め込むつもりのようですよ。
文句なら、ハイドラに言って欲しいんだけどね。俺が仮眠を取ってたら知らない間に登ってたんだし。
ミシェイルは、俺が寝る前は一緒に遊んでたけど、政務の疲れを取りに来て、疲れていては本末転倒だと言ってリタイアしたそうです。今は、木陰で休んでいて、カチュアがついてる。
なんか幼馴染みフラグを感じるな。そういえば、俺にも昔は幼馴染みの女の子とかいたよなぁ。中学に入る頃には、汚物を見るような眼をされるようになって疎遠になったけど。
マリアは、エストと一緒にブルーに乗って沖の方に行って帰ってきてない。
なんか出港する時に、エストが助けを求めるような顔してたけど、俺にマリアは止められません。
カーマインは、五人の傍で、でっかい魚を食ってる。
うん。ホントでっかいよ。パンダみたいに白黒の模様のある魚だよ。なんか、哺乳類っぽいけど、気にしなーい。それ以前にどうやって捕まえてきたんだよ。火竜が、そんな水棲動物をとか考えたくないし。
そんな事を考えてたら、マリアとエストを乗せて、沖に行っていたブルーが人を咥えて帰ってきました。気絶してます。海で拾ったそうです。海のどこで拾ったかは聞かないことにします。なんか、海に浮かぶ木で出来た箱に落ちてたのを拾ったとか言われたくないしね。マリアは、船とか見たことあっただろうか?
とりあえず観察する俺です。よく日焼けしたマッチョメンです。斧とか持ったら似合いそうなおっさんです。
お? 目を覚ました? コッチ見た。
「うおっ! なんだお前ら! 俺なんか食っても上手くないぞ!」
急に失礼なことを言い出すおっさんだ。俺もブルーも人なんか喰いませんよ。カーマインは人喰うけど。
「いいから離せ!」
俺に言われてもねー。
ブルーに眼を向けてみたら、キューンとか鳴きながら上目遣いでこっちを見てきます。離したくないようです。てか、子犬とか小動物なら可愛いんだろうけど、こええよ怪獣にそんな仕草されても。
なんて、思ったのは俺だけじゃないようで、エストとおっさんの顔が、ひきつってます。
「レッドっ! ブルーをイジメちゃだめでしょ!」
マリアは、違う意見のようです。怒った顔でコッチ睨んでます。俺が悪いのか? あと被害者のおっさんにも、その優しさを分けてあげるべきだとお兄さんは思うぞ。
「お願いします。離してください。喰わないでください。改心します。もう足を洗いますから」
おっさん涙目です。というか、足を洗うって何さ?
尋ねてみたら、いったん口ごもったあと言いにくそうに自分は海賊だと白状しました。
海賊といっても、別に海賊王を目指していたわけではないようです。獲物を探して、この辺りの海を巡回していたらブルーに遭遇して、そのまま連れ去られてきたらしいです。なんとなく名前を聞いてみたらダロスでした。ガルダの海賊です。
なんで、こんなとこに出没してんだよ! あんたら、タリスとか、そっちの方を縄張りにしてる海賊だろうが!
「海賊も縄張り争いが厳しくてね……」
なんか、遠い目をするおっさん。いや、海賊の事情なんてどうでもいいんだけどね。
「この辺りの海を縄張りにしている海賊はいないと聞いて、はるばるやってきたんですよ」
ほほう。この近海には海賊がいないとな?
「へえ。なんでも、この辺りには海の魔物が住んでいて、近くを通った船は沈められるとか言われてまして。そんな話を信じていたわけでもないんですが、実際この辺りに来た船が帰ってこなかった例が幾つもあるってんで、海賊も近づかなかったんですが」
ふんふん。
「二年ほど前から、その魔物が出なくなったらしくて、この辺りを通る船が増えだしてるんでさ。しかし、まさか海の魔物が本当にいて、しかも遭遇してしまうなんて……」
嘆くように、コッチを見てくるおっさん。って、俺かよ!
俺は、海になんか滅多に来ないし、船を襲ったことなんかないぞ。
って、ん? なんか、急におっさんの青かった顔色が、土気色になってきたぞ?
「竜が喋った!?」
今頃っ!?
「レッドは、真の竜族だから話せるんだよ」
何故か、得意げに胸を張るマリア。ところで、それマケドニアやドルーアじゃ有名な話だけど、他所の国には秘密なんだけどね。アカネイア聖王国に知られたら変に因縁つけられそうだからって。
そんなわけで、おっさんを生かして帰すわけにはいかなくなりました。
「なんでだ!?」
運が悪かったんだね。まあ、通り魔にでも刺されたと思って諦めてください。
「無茶言うな!」
むう。ワガママなおっさんめ。どうせダロスなんて、敵のターンに話しかけてきて味方のターンになる前に死んだり、海のどっかに置き忘れて敵の増援に倒されたり、デビルアクス装備してうっかり即死したりして、生存率の薄いユニットじゃんよー。
てか、将来アリティア軍に入りそうなおっさんなんか生かしておこうなんて思わないよ俺。
「言ってる意味は分かりませんが、つまりレッド様が、この海賊を始末するんですか?」
え? なんで?
驚いて発言者を見たら、そこには人を殺すなんて無理そうなエストがコッチを見ていた。視線を転じると、やっぱり、なんの話しをしているのか分からないらしいマリア。更に視線を移すと、球遊びに夢中でコッチに気づかない七人と、寝入ったミシェイルに、その髪を撫でる歳不相応に包容力を感じさせる目をしたカチュア。
はっ!! 俺か! 俺しか、いないのか!?
俺に、人の命を奪う覚悟なんかありませんよ。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだって言うしね。一般的日本人には、殺したり殺されたりの覚悟なんて持ち合わせはありませんよ。
ニートを一般的日本人とか言ったら、勤労精神に富んだ労働者の人に殴られそうだけどね。
ということで、こうしよう。
「何が、というわけなんですか?」
そこは、流せよエスト。
俺は人殺しになりたくねえんだよ!
人の死肉の味を覚えて竜の獣性が目覚めて、ウメーウメーとか言いながら蛍石を喰う邪気眼持ちになったら大変だろう!
あっ、なんか可哀想な子を見る眼を向けながら、マリアに何か吹き込んでやがる。恐怖に満ちた眼で見られるのも嫌だけど、その次くらいに嫌だわその眼。
もういいや。ダロスに考えてたことを言おう。単に、海賊やめてマリアに仕えろ。ってだけの話だけど。
「マリアって、この嬢ちゃんですかい? そういえば、アンタらは何者なんですか?」
今更、そんなことを尋ねてくるダロス。そういえば、名乗ってなかったか。と思ったら、エストが説明役をかってでてくれた。でも、ブルーに咥えるのよ止めるようには言わないのね。
「わたしは、マケドニア王宮に仕える者でエスト。そしてマリア様は、マケドニアの第二王女様です」
その言葉に、ビックリした様子で、ブルーの頭の上にいるマリアを見上げるダロス。まあ、いきなり王女とか普通驚くか。
「俺が王女様に仕えるんですかい? 俺は、一介の海賊ですよ?」
鳩が豆鉄砲で撃たれたような顔になるダロス。うん、そりゃ驚く。
でも、俺にも選択肢はなかったりするんだよね。人殺すのなんて俺には無理だし、かと言って逃がすわけにもいかない。ミシェイルやメディウスに、コイツ殺してくれって引き渡すのも人としてどうよ? って思うしね。人間辞めて何年も経ってるけど。
信用に値するかって言えば、海賊、盗賊、女に説得されて裏切る用心棒、敵国の王女、マムクートの混合、アリティア軍に属して裏切らなかった人材だしね。単に、そういうシステムのないゲームだっただけという気もするけど。
それに、マリアのお付きで元海賊って、結構拾い物だとも思うんだよね。水竜のブルーについていける兵士とかいないし。海賊は水の上を歩けるユニットだし。個人的に、死んでも惜しくないし。
「なんで目を逸らすんですかい?」
気にすんな。
あれ? そういえば、どうやって水の上を歩くんだろう? 忍者みたいに水蜘蛛を履くのか? ちょっと、聞いてみます。
「なんですか? 水蜘蛛って。水の上歩くとかできるわけないでしょう」
えー? 俺にだって出来るのに?
「バ、竜と一緒にしないでくだせえ」
今、バケモノって言おうとしたね。畜生、ちょっと自分が人間だと思ってバカにしやがって、きっと人間とマムクートはこうして反目していったんだな。
「間違ってはいないだろうが、レッドは大げさにすぎるんじゃないか?」
うぬ? この声はミシェイル。寝てたんじゃないのか?
「人が寝てるそばで、大騒ぎしておいて、それを言うのか?」
ちょっぴり不機嫌そうです。まあ、安眠妨害なんかされたら俺でも怒るけど。
まあいいや。この頭悪そうな海賊マッチョメンをマリアのお付きにさせようと思うんだけど、どうかな?
「マリアは、どう思ってるんだ?」
「ん? いいよー」
「なら、構わん」
おお、ハイスピード採用。俺が言うのもなんだが、警戒心なさ過ぎじゃないか?
「自分から売り込みに来たのなら、俺も警戒したさ。だけど、ブルーが拾って来たのなら何かの企みということはないだろう」
アバウトなんじゃないかと思うのは俺だけかい?
「喋る真竜だの、新種の水竜だの、ありえない大きさの火竜だのを王宮に住まわせることに比べれば小さなことだ」
まあ、そうかもだけどさぁ。相手は海賊だよ。犯罪者だよ。人間のクセに人間のルールを破ってる社会不適合者だよ。
「なんか酷い言われようなんですが」
「お二人の会話は、聞き流したほうが健康にいいですよ」
む、エストがダロスに、歳に見合わない悟ったことを言ってる。
「というか、俺はお姫様に仕えることに同意した覚えがないんですが、その辺りは無視ですかい?」
ごもっともだ。ところで、海賊って捕まったら普通どうなるんだっけ?
「大抵は縛り首だな。足を洗ったからと言って、これまでの罪状が消えるわけでもないしな」
「誠心誠意、お仕えさせていただきやす」
騎士のような膝をつくポーズをとるダロス。変わり身はえーな。ブルーの口に咥えられたままなんでマヌケに見えるけど。
「んー? これで、このおじさんと遊んでいいの?」
「ああ。好きなだけ遊んでいいぞ」
わーい、と歓声を上げたマリアに命じられて、また海に漕ぎ出すブルー。急加速で海に飛び込まれて悲鳴を上げるエスト。
ブルーの口にぶら下げられたままのダロスは生還できるんだろうか?
「さあな。俺は、もう一眠りさせてもらう」
言って、ゴロンと寝転ぶミシェイル。本人、自覚してるのか実に自然にカチュアの膝枕の上に頭を乗せやがった。
うおっ、殴りてえ。
とか思ってたら、ポコンと頭に何かがぶつかってきた。
なんだ?
「レッド殿も参加しませんかーっ!」
この暑苦しい声は、メディウスか。ということは、頭に当たったのはボールか。
というか、竜の俺にどうやってビーチバレーをやれと? ミネルバの機嫌も直ってないみたいだし。
やりました。なんかアシカかオットセイの気分が味わえた夏でした。
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読者の皆さんの予想の斜め上を行こうと思ってみました。
ちゃんとできてるかな?
ハイドラ
メディウスの娘。当然地竜。
チキが生まれるより前に死んでいたので、生年月日だけを見れば年上だが、死んでた期間を引くと年下になる。
なんか、メディウスを幼女にしてほしいみたいな感想が多かったが、今更タイトルにTS表記するのもねえ。と思ったことから誕生したキャラ。