「………ッ!」
防御魔法が物凄い勢いで削れていく。ロストロギア『ジュエルシード』の暴走により解放されたエネルギーを至近距離で受ければこうなる、か。人里離れた山中なのが不幸中の幸いか否か、結界すら張ってないんだ………温泉旅館の宿泊客や従業員はほぼ間違いなく巻き込まれたかも知れない。毎年、なのは達と行っていた温泉旅行で顔を合わせていた人達が。
ギリッ。
(考えるな………っ。)
僕は引き金を引いただけで、どうせフェイトのせいで暴走は確定していた。そうする程にフェイトを追い詰めたのは誰?いや違う、そもそもフェイトがいなければここまでの苦労を、
――――オ前ハ配役<キャスト>ノ分際デ物語<セカイ>ニケチヲ付ケル気カ?
(考えるなッッッ!!)
今一番に確認すべきはフェイトとジュエルシードの状態。そう、最終的に複合装甲防御魔法の装甲部分を半分程破壊した青白い光が収まった後に見え始めた、ボロボロになりながらも宙に浮いてこちらを睨んでいるフェイトとその悲惨な右手に握られている封印されたジュエルシードを――――、
「え……?」
「――――初めに君の事が不気味だと思ったのは、わたしにとって痛い事実ばかりを押し付けて攻撃してくるからだと考えてた。」
何度目を疑っても始まらない。そこにいるのは、確かにバルディッシュは破損して待機形態なものの、それでも五体満足でいるフェイト。前回やさっきまでとは明らかに違う激しい光をその視線に込めて。その光に気圧され、僕は居すくんだ。
「違うんだ。君の目がどうしようもなく苛付くんだ。何故?―――どうしようもないものがこの世界にあるんだって気付かされてやっと分かった。君のその目にあるのは、悲しみと、『諦め』なんだって!」
「……っ!?」
「わたしは違う!違いたい、違わなきゃいけない!!君に何があったのかは知らない。でもわたしは君を超える、だってこうなってもまだ母さんが好きだから。」
「、やめろっ!!」
不吉な予感。フェイトの言葉に胸の中が痛い程に跳ねる。これ以上言わせちゃいけないと咄嗟に叫んだ言葉は無意味。
「偽物だけど―――――――それでも、わたしは!『道化の鋳型人形<キャスト>:アリシア·テスタロッサ』なんかじゃないんだから!!」
「――――。」
目の前が、真っ白になった。
フェイトが動く。こちらに向かってくる。それが早いか遅いかを感じる事すら出来ずに、気付けばフェイトは僕の直ぐ前で右の拳を振り被っていた。そのまま振り下ろされる。レイジングハートの自動防御は、さっきの防御魔法に内容魔力まで使っていた事が仇になって発動しない。頬を衝撃が襲う。バリアジャケットの薄い部分のフィールドを突き抜けた殴打は、僕の体を一度で後ろに引っ張った。いや、落ちる。墜ちている。空が遠くなっていく。
動け。この一撃で余力を使い果たしたのか滞空しているフェイトは姿勢を崩した。僕のダメージなんてこのパンチ一発だけ、骨にイった様子も無い。今ならフェイトを倒せる。それでジュエルシードも取り返して、全て終わる。その為の作戦。その為の策謀だった。
その、筈なのに。僕の体はぴくりとも動こうとはしなかった。
―――全てを物語と認識し、何かに共感する事でしか動けない僕は。
くすくす。くすくす。なのはの嘲る様な笑い声が聞こえた気がして。
―――そもそも、『動きたいと願っている僕は存在する』のか?
自分は誰かのキャストにはなりたくない。今になって考えればある意味僕と似た境遇のフェイトは、でも僕の存在理由から否定する答えを叩き付けた。
―――共感『しか』出来ない。そこに自分自身が一片でも存在していると言う気か?
揺らぐ、揺らぐ。
―――ナア、ドウナンダ『キャスト:高町なのは』サン?
「『僕』は……っ!?」
答えを出せないまま、僕の体は森の中に吸い込まれ、地面に叩き付けられた衝撃で意識を閉ざされた。
墜ちた。
<Interlude:side Suzuka>
希くんが、帰らなかった。
昨日の夕方、希くんはジュエルシードの発動を察知して山の方へ飛んで行った。本当に空を飛んだから、誰も付いていけなくて初めて一人で行かせたらしいけど、無茶しないって言ってたしアリサちゃんに怪我させた女の子も最近出ないようにしてあるって事だから大丈夫、そう信じてた。
そんな時、世界が揺れた。
『地』震なんて生温いものじゃない。重力が掻き乱され、風が歪み、空間が至る所で弾ける、そんな揺れ。次元震―――希くんが何度も強調する様に言ってた単語がその時わたし達の家にいた全員の頭に浮かんだ。
希くんが言い残した言葉に拠ると、今回発動したジュエルシードはたった一つ。それがこれだけのものを生むんだから、それが二十一個もあれば確かに世界が滅ぶと言われても納得出来るもの。
―――そこまで考えて、最悪の可能性に思い当たった。
希くんが止めに向かってから起こった、希くんが止めに向かったジュエルシードが起こしたと思われる次元震。それが何を意味するのか。
封印に失敗、完全に暴走。または封印しに行く途中で次元震が起こる。どちらにしても希くんは至近距離であれを受ける事になる。
「希くん、どうか無事でいて……!」
ノエルやファリンが屋敷の崩れたり落ちたりした調度品の片付けに走り回る中で、する事が無いわたしは祈るしか出来なかった。
――――。
翌朝。テレビに映っている街の様子は酷かった。古い家は倒れ、火が回り、店の中は棚が全て倒れて荒れ放題。アスファルトはいくらか崩れ、下水が噴き出している所もあった。見慣れた街並みが、壊れている。誰かが、壊した。何百人も死んだらしい。怪我人なんて、もっと。知ってる人が、どれだけ巻き込まれたんだろう。これが、ジュエルシード。これを、自分の為に使おうとして引き起こした人。こんなものと、戦い続けた希くん……!
「早く、お姉ちゃん!希くんを探しに行こう!!」
「だから待ってってば、すずか。恭也達と合流してから……。」
「うぅ~っ。」
もう六回目のやり取りを終えて拳をぎゅっと握る。テレビではもうこの『地震』の名前とか政府の対応とか地震波について奇妙とかそういうどうでもいい話に変わってた。
希くんにはお姉ちゃんが念のため発信器を付けてる。だけど絶縁機能の付いたバリアジャケットを装着すれば反応が途切れるし、海鳴市外に出ちゃったら曖昧にしか探せない。今はその両方の状況。
「逆に考えて。発信器の反応が無いって事は、希くんはバリアジャケットを着てるって事でしょ。理論について聞く限りだと生きてるって事だと思う。」
「でも、動けなくなってるかも知れないんだよ!?希くん無事だったら絶対連絡くれるもん。」
「あーもー………って、あ、恭也来た。」
「―――――忍っ!支度は出来てるよな、希君探しに行くぞ!!」
「ブルータスお前もか。」
…………。
「希くーん!!」
「希君っ、いたら返事するんだ!」
郊外の山の中。黒っぽい土とわたしの腰まである草、何より場所によっては十五メートル先が見えない様な木々の密集。希くんの発信器の反応が途絶えた辺りを捜す。
山歩き、それも『地震』直後の崩れる危険がある山なので(わたしは無理に付いて来たけど)アリサちゃんと桃子さんは来てない。本当は士郎さん達も翠屋が大変な事になってる筈だけど、希くんの為に一緒に捜してくれてる。公機関は震災の対処に手一杯で山の中の遭難者に人を出せないから数が増えるのは助かる。
「希くん………っ。」
それでも焦る。なのはちゃんが死んで全然経ってない、希くんまで死ぬなんて嘘。絶対に嘘じゃなきゃいけない。頬を木の枝が切るけど気にしないで藪を突っ切る。髪が泥だらけになるけど気にしないで突き出した太い蔓をくぐる。今着てるジャージなんてボロボロで二度と使えない様。でも、
「っ、見つけた………っ。」
窪地になって濁った水が溜まっている所に座り込む様にして、希くんはいた。
「すずか……?」
「希くん、良かった!早く帰ろ、ね。」
「汚れるよ。」
「いいから。今更だし―――、っ!?」
力が出ないのか、どこか怪我してるのか、へたり込んでる希くんを引っ張り上げようとして目が合う。息が、止まった。希くんの目にいつもの悲しくて寂しくて、でもその分だけ深く静かな光が無い。暖かくて優しい、わたしの大好きな光が無い。
「…………………ねえ、すずか。君、吸血鬼?」
「――ッッッ!!!?」
そして、ふと思い着いた様に出た問いが、わたしを完全に凍らせた。
<Interlude out>