何故………。
地力で劣る事なんか分かり切ってた。真っ当な訓練を受けてきたフェイトと毎回ぶっつけ本番な僕じゃ全てにおいて話にならない。だからこその策謀。だからこその作戦。その筈、だったのに。何なんだろう、この差は。
只でさえ薄い相手のバリアジャケットはボロボロ、特に右手は見るのも憚られる程に直接焼け爛れている。対する僕は、所々が裂けて血が滲んでいるけどその程度。でも、今しっかりと滞空しているのはフェイトで、悲惨な右のその拳で殴り飛ばされているのが僕。
何故。どうして。立て直さなきゃいけないと分かっているのに、そんな疑問ばかりが頭の中でぐるぐるしていた―――。
<Interlude:side Fate>
「この、役立たずがっ!!」
「くぁう……っ!?」
ひゅん、と空を裂いた鞭が何の防備もしていない躯を打つ。打たれた場所が、熱を持ってココロを圧迫する。
地球に降り立って一週間、集められたジュエルシードはたったの一個。猫に寄生していた分を確保しただけ、他にも発動を何度か察知したけど……すぐに向かう暇なんかなくて現場に着いたらもう回収された後だった。
ケーサツの相手だけで一杯一杯だった。青い制服を着た人達ならまだしも背広を着た人達は数が多すぎてどの人がそれかなんて判らないから、なるべく大人の人と会わない様に動くしかなくて、それでも何処からか現れて逮捕しにやって来る。家に帰れないからホテルに泊まった時なんて、寝て朝起きたらドアの前にお兄さん達が居た。お金はあっても迂闊に施設を使えない。そんな中逃げ続けていたらいつの間にか『公務執行妨害』とかいう罪状まで増えて、この三日は路地裏でゴミに埋もれながら眠るしかなかった。
寒くもないのに、夜は体が震えっ放しだった。何度も警察の人達をぼこぼこにすると息巻くアルフを抑えながらも、怖かった。淋しかった。
犯罪者になるって事の本当の意味を、知った。一度手を差し伸べてくれたお婆さんが、わたしたちが犯罪者だって知った時虫けらを見る様な目に変わった事が忘れられない。母さんの為なら、何でもやるという気持ちに驚く程あっさりと罅が入る。悪い事をするって事は、その社会全てを敵に回すという事なんだ。
そんな中ジュエルシードの発動を察知しても、最終日なんか体を動かす気力すらなかった。それに、同じ様にジュエルシードを集めてるナノに遇う事が怖かった。わたしは犯罪者。あっちが多分正しい。そんな事と鼻で笑ってあの子を叩き伏せる事は………出来そうにない。
それよりもとにかく、居場所が欲しかった。だから一週間毎で報告しに帰って来いと言われていた事だけに希望を持って時の庭園に帰って―――、
―――待っていたのは何時も以上の罵声と虐待。
何でたったの一個なの。ごめんなさい。そこまで無能だと思わなかったわ。ごめんなさい。見てるだけでも本当に気分が悪くなる。ごめんなさい、ごめんなさい。
何時もなら優しかった母さんがいつか戻ってくるって、今はちょっと調子が悪いんだって、そう思える筈なのに。よく判らない思いがお腹の下に澱む。ふと、昔の母さんの思い出が頭を過った。
―――ア……シ…、ご本を読んであげる。
―――……リ………、ご飯の時間よ。
―――行ってきます。いい子にしててね、………シア。
何時もなら心が暖かくなって支えにもなってくれるそれが、異様に神経にざらつく。全て思い出せる楽しかった記憶が、何故か砂が掛かった様にぼやける。
違う。違う。気持ち悪い。なに、この気持ち悪さ。
『分かってるんでしょ?』
(違うっ!!)
気持ち悪い。
何が違うのかも判らないまま、只気持ち悪さだけが増していく………鞭で叩かれる痛みさえ、感じられない程に。
「フェイト、どうし………………っ、プレシアあぁぁぁっっ!!」
「あら、駄犬。ここはペット禁止よ。」
「ふざけるなっ!!オマエ、自分の娘じゃないのかい!?何でそんな風に………っ、」
「あ、る……ふ…?」
何か母さんに叫んでるアルフがいた。関係ない。今はこの気持ち悪さを何とかして欲しい。なんかしんどいけど、手も動かして這っていく。ぎゅっ、て抱きしめてもらえたら、この気持ち悪さも無くなるかも知れない。
ずるずる這う。もうちょっと。もうちょっとがんばれば、アルフに抱きしめてもらえる。
「――――ああそうだ、いい事を思いついたわ。こんな鞭なんかじゃ足りないから、フェイトはジュエルシード集めを怠けたのね。だったら………。」
「―――なっ!?」
どかん。
わたしのうえをぴかぴかしたむらさきがとんでいって、あるふにあたった。
あるふ、まっかっか。あるふ、たおれる。
「……………………………………………………………………………………………………………………………え?」
あるふが、うごかない。
アルフが、死んで、る?
「………アルフ?」
冗談。嘘。見間違い。夢。そんな何かを期待して、後ろの母さんを見上げる。
ざまあみろと、笑ってた。
―――もう、仕方のない子ね、ア…シア。
―――ほら、こっちにおいでアリシ…。
びしり。びし、びき。
記憶が欠け罅割れる。違和感が爆発する。でも、違う。違う!母さんはそんな嫌らしい笑顔はしない。誰かを殺して笑ってたりしない。そうだ、目の前の母さんは、『わたしの母さん』じゃ―――――、
『認めちゃえばいいのに。』
(違うっ!この、母さんは、にせものなんだ!)
『虚しい言い訳だね。自分で自覚してる辺りが特に。』
何時の間にか、母さんの後ろに女の子が立っていた。わたしにそっくりな女の子。その、全てを見透した様な目で笑う。嘲笑う。
『知ってるくせに。あなたの目の前にいる女が正真正銘あなたの母親。』
やさしい母さんこそが、にせもの。
『それともこう言った方がいい?「プレシアじゃなくて、あなたがニセモノなんだ」って。』
―――ああ、愛しい『アリシア』。
ぶちん
決定的な何かが、壊れる音がした。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。」
に せ も の
――――。
「っあ……!?」
頭を何かで思い切り殴られた様な衝撃で目を覚ました。落ちそうになる体と浮かび上がる意識。条件反射で周囲の状況を確認する。
海鳴近くの山林地帯上空。温泉、とかいうのが近くにあったと思う。なぜいきなりこんな所に、―――いきなり?違う、途切れ途切れに記憶があった。
あの後、叫び出して止まらないわたしを母さんは鬱陶しがって地球に転送した。
慰めてくれるアルフもいなくなって、唯廃ビルの隅っこでぼうっとしてた。
ジュエルシードの発動を感知して、なんとなく体が動いて、気付いたらそこまで飛んでいた。
そして、封印作業中のナノと遭遇、交戦。
(っ、ナノ―――!?)
「……やれやれ。随分と元気そうだね。一週間ぶりかな、フェイト?」
弾かれた様に顔を上げると、やっぱり白いバリアジャケットのあの男の子がいた。
「しかし、いきなり攻撃してくるなんて正気?封印作業が終わってたからいい様なものだけど――、」
「フォトンランサー。」
「っ!?チッ、訊くまでもなく正気じゃない、か。追い詰め過ぎた?ディバインシューター!!」
何か言っているみたいだけど、聞き取れない。耳を澄ます前に、わたしの身体は勝手に魔法を紡いでいたから。
ピンクと金の魔力光がぶつかり合う。いくらか打ち勝ったピンクのそれが抜けて来るけど、既にそこにわたしはいない。高速移動魔法でナノのすぐ右に現れバルディッシュを振りかぶる。がき、と嫌な金属音を立ててナノのデバイスとぶつかった。
「封印してるとはいえジュエルシードの近くで……っ、こんな都合の悪い事ばっかり原作通りってのもどうなんだろうね!」
相変わらず何を言ってるのかも聞こうとしないまま―――ナノも多分それを承知して半分くらい一人言なんだろうけど―――身体が魔力を更に込める。バルディッシュを斧から鎌に変型、迫り合っている先から垂直に伸びる魔力刃がナノを貫こうとした、けどそれに反応したナノが飛行魔法を切って下がる事で空振る。
そのまま前と同じ様に林の中に降りようとするのを阻止する様に下に回り込む。
「く………っ。」
足に生えた翼の様な飛行魔法で、距離を取ろうとするナノ。でも甘い。速攻で追い付いて鎌を振るう。ナノは前に杖を突き出すけど、鎌の捌き方どころか接近戦自体心得が無いらしいナノは受け損ねる。脇腹から、血が跳ねた。
――――何でだろう。アルフが死んで悲しい筈なのに。自分が偽物で何もする気が起きない筈なのに。人を傷付けるのが、あんなに怖かった筈なのに。
――――――ナノの目を見てると、そんな身体を無理矢理動かされる様な感じが湧いて来るのは。
「はあっ……はぁ、く……っ!」
それしかやりようが無いのか、必死になって離れようとする相手にぴたりと張り付き休む暇も無くバルディッシュを振るう。白いバリアジャケットは時間を追う毎に綻びが増え、赤く染まる。
………そして、時間を追う毎に増える傷は小さくなっていく。
「やっと、見えた。―――――そこっ!!」
今度は高く響く金属音を立てバルディッシュが弾かれた。順応が途轍もなく速い?それまでのパターンが崩されたわたしは一瞬停止し、その隙にやっと離れたナノに光球の弾幕を喰らう。
プロテクションでやり過ごしながらも幾らか被弾するわたしにナノは、次の手を―――、
「一か八か、だ。レイジングハートッ!!」
『All right. "Full armour protection" get ready.』
「…………っ?」
追い打ちのチャンスだったのに、ナノが選んだのは防御魔法。しかも通常のプロテクションの上から装甲の様な防壁が取り巻き、中のナノの姿が磨りガラスの様にぼやける、多分わたしが全力で撃っても抜けない様な強固なバリア。
「自業自得。どうせ暴走させるのならこっちでタイミング取った方がいいからね!」
「っ!?まさか――、」
猛烈に嫌な予感がしてナノが封印してそのまま宙に置き去りにされていたジュエルシードの方を見る。さっきの弾幕の一部が逸れて―――逸らされて、当たろうとしていた。
ジュエルシードは高密度魔力結晶。内包する膨大なエネルギーは不安定で一度解放されれば甚大な被害を巻き起こす。そんなものに、ナノの高威力の魔力弾が命中すれば。
「きゃああああああぁぁぁぁ―――っ!!!」
わたしの体は、あっけなく解き放たれた青の閃光に飲み込まれた。
<interlude out>