額を冷や汗が流れ落ちる。雲一つ無い青空だけどそれを見上げても心は晴れない。上空に見える黒い影、それは烏とか鳩とかそんな可愛げのあるモノじゃないから。
…………さて問題。頭と翼は鷲、胴体はライオン、これなーんだ?
「ぐ、グリフォンって本当にいたんだね……。」
「ライオンってネコ科だし、『空を飛びたい』って願った馬鹿猫が居たんじゃないんですか…………、っ!」
すずかが見たら喜ぶかな、とか。あり得ないけど。
それより問題はこの神話の怪物もどきをどうするか。一応美由紀さんが人が来ないか注意してくれているらしいから巻き添えとか野次馬に騒がれるのとかは気にしなくていいけど、『らしい』という言葉遣いから判る様に今の僕にそれに気を払う余裕は無い。
手の届かない上空から急降下。僕は横に飛び込む様に移動してその爪を避ける。失敗したと見るや再び舞い上がるグリフォンの傍で受け身も取れずにごろごろ転がる僕がいる。見た目は無様だけどバリアジャケットのおかげで傷·打ち身どころか土埃一つ付いてない。
でも、美由紀さんじゃなく僕だけを狙うのは何か納得行かない。いや、魔力の大きな方から片付けようとしているんだろうけどさ。
「ああもう、ディバインシューターっ!!」
むしゃくしゃしたのをぶつける様に撃った魔力弾は、やはりスペックは『高町なのは』と同じなのか飛行する相手の進路予測もそこへの狙いも完璧だったのだけど、躱されてしまった。
ここでなのはなら飛行する相手に自分も、と飛び上がろうとするだろうけど、あまり意味が無さそうな気がする。むしろ飛べると相手が認識する事で今までのヒット&アウェイから接近戦に切り替えられたら、『高町なのは』のスペックだからこそ殴り合いに勝てる自信が無い。
(救いは相手が単調に急降下しては逃げてを繰り返してる事なんだからね。)
人間は上からの攻撃に対処出来る様には造られていない、と聞いた事はあるけど今の所問題は無い。相手に飛び回って視界から外れるという知恵は無いから。
とはいえ、このままだと教科書通りのジリ貧。こちらの攻撃は当たらず向こうの攻撃を躱すのはギリギリ。
「さあ………どうしようか……。」
―――手は、無い訳ではない。例えばプロテクションで思い切り弾いて怯んだ所を撃ち抜くとか。
だけど、怖かった。いや、バンバン魔法撃ちまくって今更なんだとか言われそうだけど、勘違いしないで欲しい。全てを物語として認識している僕に本当の恐怖なんて有り得ない。そういう意味の怖いじゃなくて、危惧という意味で怖いんだ。
魔力弾も砲撃も、相手が離れているから、もし使おうとして思った効果が出なくても別の行動に移る時間がある。だけど、僕が考えているのは全て相手が近寄った時に魔法でカウンターを入れるというやり方。
もしプロテクションが出来なかったら?
もし出来ても破られてしまったら?
そう考えると、どうしてもあと一歩で躊躇ってしまう。
――――それを打ち破ったのは、予期せぬ声だった。
『Trust me, master.』
「え………?」
『And...believe yourself, master!!』
………こいつ、本当にAIなのか?
そんな事を考えるくらい的確に僕の考えを見通した様なレイジングハートの声だった。
触れて一週間も経っていない魔法だから、突然手に入った力に酔ってる厨二(原作のなのはもそんな感じがする)でない限りゲームオーバーを怖れて使うのに慎重になるのは当然。でもそれは自身の魔法の力を、そしてレイジングハートも信用していないと明言している様なもの。
いや、実際信用してないんだけど。今までの生活の中に魔法なんて存在しなかったのだから。どうやら『高町なのは』と同じ事が出来ると分かってはいても自分の限界を断言も出来ない力を信用するのははっきり言って馬鹿のやる事だ。
(だけど、さ………。こう言われてまだ躊躇ってるのは流石にヘタレだよねぇー。)
自棄とも言う。ぶっちゃけ不安しか無い。それでも僕は、レイジングハートに応える様に魔力を注ぎ込んだ。
イメージ通りの結果をもたらす為に魔力が構成を組み立てられていく。式はレイジングハートが勝手にやってくれる、僕はそれをなんとなくで操作するだけ。『だけ』とは言うけど、それをそう言えるのはなのはスペック万歳なのかな。ユーノが死んで比較対象がいないから判らない。ついでに、今やってる事がコトなので視覚的には何も起こってない様にしか見えないから成功しているのかどうかも判らない。
無防備に立ち尽くした様に見える僕に美由紀さんが慌てて声を掛けて来る。理性がすぐ別の行動を取れと言ってるのを無視する。どんとしんく、ふぃーる。
そして――――、
「…………ふぅ。成功。」
またまた直線的に突っ込んできたグリフォンは、まんまと設置したバインドに引っ掛かって無様にバタバタしていた。終わってみれば随分呆気ない。
………呆気ない分、今までの気苦労の大きさだけ黒い感情が湧き上がってきた。
手が無意識の内にレイジングハートをグリフォンの胴体に当てている。なんかバタバタが激しくなってきた。何故か美由紀さんの顔が青い。
まあいいや。
「散々手こずらせてくれて。……………じゃあね、ディバインバスター。」
多分必要無いだろうゼロ距離からの桜色砲撃が、グリフォンくんを焼き鳥にしていった。
――――。
「…………って事があったんだけど。」
「ちょ、大丈夫なの!?」
「うん。まあ手に負えないと思ったら速攻逃げるから。」
「無理しないでね?」
「その辺はプロが付いてるから問題は無いよ。」
グリフォン戦の事を学校でアリサとすずかに話してみた。
そもそも、何であの場に美由紀さんがいたかと言えば、ジュエルシード探索の際に御神流の三人の内一人が同行してくれる事になっていたから。僕が負けても子供一人抱えて逃げるくらいは出来る人達だし、体力配分を考えてくれるから気が付けば疲れて動けないなんて事も無い。
テンプレ展開ならここは彼らに戦い方を教わる所かも知れないけど、生憎何時ジュエルシードが発動するか判らない時に非常に疲弊しそうな練習をする程危機感が抜けてたりはしない。戦うに当たっての心構えをレクチャーしてもらうのに止まってる。
まあ、そういう訳で保護者同伴で今は取り敢えず原作でジュエルシードが発動した場所を重点的に捜索してみているけど、やはり確率の違いなのかそれとも何かにくっつくなりして移動しているのかは知らないけどなかなか見つからない。そんな中でやっと見つけたと思ったらアレだったっていうのは、流石ロストロギアという事なのかそうでないのか。
「でも、本当に大丈夫?たまには休んだりしてる?」
「まだ三個目だよ?休むほど動いてる訳じゃないし。」
「…………はあ。希、週末のお茶会参加しなさい。」
「?」
「強制参加!そうでもしないとアンタ休日延々とジュエルシード探し続ける気でしょう?」
「………。」
えっと、これは、心配してくれてるのかな?
「いいわよね、すずか!?」
「くすくす……うん、いいよ。だけど、アリサちゃんも心配ならそう言えばいいのに。」
「なっ、べ、べつに心配してる訳じゃなくて………そう、」
「うん、分かってる、心配してくれてるんだね。ありがとう。」
「そう、心配してるのよ!って、違う!?」
これぞツンデレ?いいえ、これは唯のノリツッコミです。
…………まあ、なのはの事を表に出さない様にしてこれぐらいの会話が出来るくらいには立ち直ったんだろうか。だとしたら、強い子達だ。
(しかし、お茶会………まさかね。)
ここに来ていきなり原作通り、なんて事は無いだろう――――――――なんて思っていた僕は甘かったのだろうか。
原作通りになる保証が無いのと同じ様に、原作通りにならない保証もまた、無い。
「すずか様ぁ~、アリサ様希様、ねこさんがねこさんが大変なんです……っ!?」
「落ち着いて、どうしたのファリン?」
ジュエルシードをまた一つ確保して、週末になったので訪れた月村邸。九歳の女の子に宥められるメイドさんというレアなものが見られたけど、僕はと言えば溜め息の一つでも吐きたい気分だった。
「ね、ねえ希……あれって………。」
「……ご想像通りだと思うよ。」
アリサの指さす先、個人所有の森という凄い事は凄いけど実際どれくらい凄いのか判らない敷地の中で、木々を追い越す様に巨大化したネコが唸っていた。
「『大きくなりたい』という願いが正しく叶った姿、か。悪魔の契約だろうが神の奇跡だろうが結果論として願いに正しいも正しくないも無いと思うんだけどね。」
そう一人ごちて、僕はひきつった顔のアリサ達に残っている様に言うと、レイジングハートを起動してそちらに向かった。
向かおうとした。
「に゛ゃゃあぁぁぁぁぁぁっっ!!?」
「「「―――っ!?」」」
なぶるかの様に猫の巨大な体躯に着弾していく鮮黄の光弾。
――――フェイト·テスタロッサ!!
森に不気味な静けさが戻る。今封印作業中なんだろう。
「な、何!?希くんっ、」
「話は後。離れた所で待機してて!」
僕はその場に止まり、警戒を続ける事にした。今から行っても待ち伏せを喰らう可能性が高い。
果たして暫く経って魔力反応は収まり、
『Blitz action.』
『Frier fin.』
森から飛び出した金と黒の影―――影、としか認識出来ない程度の速さだった―――が僕の胴を狙って魔力の刃を振るう。飛び上がって回避した僕は、周りに付き従う様に起動させておいたディバインスフィアに指示を下した。
「ディバインシューター、シュートッ!」
「ッ、プロテクション!」
フェイトを薄く輝く膜が覆うか覆わないかの内に、昼間から派手な花火でも射ったかの様なピンク色の光が襲い掛かっては爆発し視界を埋め尽くす。その中から、しかしバリアジャケットの端が切れてる位でダメージの無さそうな少女が立っていた。
「あなたの持っているジュエルシードを、渡して。」
「そういうの、通り魔強盗って言うと思うんだけど?」
見上げる形と見下ろす形で。それが、僕らの出会いだった。