―――責任感が強いというのは美徳。でも、だったら一人で勝手に死ねばよかったのに。
無惨な姿のなのはをこのまま野ざらしにしておくのは嫌だと、どうせ誰かがするだろうけれども一刻も早く回収して欲しいと、恐慌を来した幼子を装って警察に通報した僕が内心考えていた事。
ユーノ·スクライアの行動は、実際こんな結末に終わる可能性が最も高かった筈だ。管理局の中では防御寄りとはいえ平均より明らかに上な彼が敗北する相手。例え助けを呼んだ所で、それに勝てる様な魔導師ランクの人間が来てくれる可能性より『この』なのはの様にのこのこ来てユーノ共々殺される人間が来る可能性の方が圧倒的に高いに決まってる。だったら誰も巻き込まず大人しくしておけと。
………まあ、危機に瀕した九歳の子供にそんな理性的かつある意味酷な判断を求める方が間違ってるっていうのは判る。それに僕だって事情は特殊だとしても結果的になのはを止めずに危険な場所へ行かせたのだから同罪。
だとしても。
「…………っ。」
「ひっく………、なのは、ちゃんっ。」
――――必死で涙を堪えるアリサとぐすぐすと泣きじゃくるすずかを見ていると納得出来るものじゃない。
なのはの死亡は一晩で学校側に伝わっていたらしく、早速全校集会で生徒達に伝えられた………が、所詮九歳。いきなり担任に『高町なのはちゃんが亡くなりました』と言われても、人間の死というものを認識し実感出来た者は半分を切った。きちんと悲しむ事が出来たのは、うちのクラスではこの二人とあと数人くらいのものだ。
「…………一、二時間目はみんなで天国のなのはちゃんへのお別れの言葉を書きましょう。」
教室に戻った後、そう言って先生は朝の会を終える。この選択は正しいのかもしれない。
まず、本格的に泣きに入っている子を授業に参加させられる訳がない。それに、文章として形にする事でなのはの死を実感させると共にその折り合いを付けさせる。アリサもすずかも、書いている内に少しずつ落ち着いて来ている。その意味では、気を紛らわすという目的もあるのか。
(…………って何分析しているんだよ。)
それに、何故単純に弔いたいのだという感情が真っ先に出てこない。
―――やっぱり、他人事なのか。物語、なのか。
『天国のなのはちゃんへ
優しくて強い子だったなのは。どんな事にも全力で打ち込んで、全開で挑んで。時々ドジで、でもやると決めたら絶対に挫けない。そんななのはが死んでしまった事は未だに信じられない。
よく一緒に遊んで、喋って………でも、思えば僕は君に友達と言われる様な事が出来たのかな。何かをしてあげられたのかな。分からない、それでもなのはは僕の事を友達と言ってくれるんだろうね。だから友達として、陳腐だけど嘘ではない言葉を送ろう。冥福を祈る。
竹内希』
(…………白々しいッ!)
僕が書いた文章はこんな感じだけど、破り捨てたくなる衝動を堪えるのに必死になる。そんな僕に、声を掛けて来る子がいた。
「なあなあ、竹内。」
「………何?」
クラスの悪ガキとされる男子で、文章を書いた気配も無い。一応警察官の息子だったと記憶しているけど………、
「高町の死体、お前見たんだろ?父さんが言ってた。『だいいちはっけんしゃ』だって。」
「…………。」
服務規定違犯じゃないかな、君の父親。
「でさ、どんなんだった?」
「………、何が、かな。もう一回、言ってくれる?」
「だからさ、高町の死体ってどんなのだったんだ?」
「……っ!」
只でさえ抑えがたい衝動があったところにこの無神経な問いは、流石に限界だった。
襟を深く掴み、手首を捻る。それだけで喉元は締め付けられ悪ガキは苦しそうな顔をする。構わずその体を窓枠に叩き付けた。僕の怒りに反応してレイジングハートが勝手に起動しそうになったのを咄嗟に抑えた事と窓ガラスに叩き付けなかった事は一応理性が残っていたのかもしれない。
「教えてあげようか、君の体で!?」
―――ピンク色の臓物が飛散し。
「希っ!?」
「希くん、落ち着いてっ!!」
アリサとすずかが慌てて僕を止める。この年代では却って女子の方が体格がいい事もある、鍛えている訳でもない以上二人がかりで取り押さえられた。
―――血ではない白い液体が骨から流れだして赤一色の地面に斑模様を描いて。
「くぅ………っ。」
すずかが差し出したハンカチ。それが僕の目元をなぞると、濡れて少し色が変わった。
―――千切れた腕に付いていた指は何本か欠け。
「泣いてる………。」
なんで、僕は泣いてる………?
―――そうしてなのはは、苦痛と絶望に歪んだ顔のまま死んでいた。
『そんな吐く事すら忘れる程の暴虐の中に、僕はなのはを見捨てたのに―――。』
――――。
結局、僕は錯乱(まあ、傍から見ればそうだろう)を理由に早退させられた。故に学校から帰ると、昨夜深夜かつ僕が子供という理由で延期されていた警察の事情聴取を受ける予定だったのも中止になった。カウンセラーを付けるのも打診されたけど、それは断った…………本当の意味で僕が精神的に参る事は多分無いから。
ここまで『心』が痛んだのは初めてだけど。それには驚いたとだけ言っておく。
それで、僕は高町家に向かった―――街中に溢れる警官達に見つからない様にしながら。何しろいたいけな少女が惨殺され、現場は重機を暴走させたかの様に破壊され、挙げ句に空に桜色の光の柱<ディバインバスター>が伸びたという非常識な事態が起こったばかりなのだから無理はない。
着いた高町家は、まるで通夜―――唯の比喩でないのが皮肉だけど。当然、家族を失った一家に笑顔がある訳もない。
それでも僕が空気を読まずに出向いたのは、全てを話す為。学校が終わる時間にアリサとすずかも呼んで、僕は口を開いた。
「じゃあ、なのはが死んだのは………!」
「直接的にはそのジュエルシード、間接的にはユーノ·スクライアが原因ってこと?」
これは恭也さん、アリサの反応。魔法、次元世界、管理局、ロストロギア、ジュエルシード、輸送船襲撃、ユーノ·スクライア……などレイジングハートを使った実演を交えて『なのはを追いかけていって、ユーノがなのはに説明するのを聴いていた』という、嘘の様で嘘でない当事者二人が死んだ以上明白な検証が出来ない言い訳で不自然でない範囲で全て説明した。
転生云々と僕がなのはを放置したのも一因である事は黙っておいた。前者は話してもややこしくなるだけだし、後者は言ってもこのメンバーを考えると『君は悪くない』と慰めてもらう結果しか予測出来ない。責めるつもりなら、行間から察せられる様に話したので何人かは指摘出来るのにしないのだから僕の予測も外れてはないだろう。ここでの慰めは互いが傷付くだけだ。
ここにいるのは、僕を除いて高町家の四人にアリサ、すずか、月村忍、ノエル、ファリン。もう原作完全無視になるけど、そもそもなのはが死んだ時点であり得ないし。
『魔法少女リリカルなのは』のハッピーエンドは、なのはの限りなく正道に近い過激な信念とご都合主義ギリギリの天運によるものだ。僕がなのはの代わりをしようにも全力も全開も全壊も存在しないので破綻するのが目に見えている。
それなら、僕が一番効率がいいと思ったやり方でやらせてもらう。
「それで、この話をしてどうするつもりだい?」
「残るジュエルシード回収の為の協力をお願いします。」
試す様な眼差しで見下ろす士郎さんに単刀直入に言う。
実際、原作のなのはの様に隠すよりも話してしまった方が効率がいい。巻き込むのを危惧したにしても、何も話してなくてふらふらと危険に近づかれる方が余程危ないから。
「それは、君が回収するという事かい?何故?」
「そんな―――っ、」
「なのはの仇討ち……は、理由としては薄いですね。やったジュエルシードはもう封印してしまいましたから。だけど、」
危険だ、と続けるのだろう桃子さんの発言を遮って僕は言う。
「これは多分もう僕しか出来ない。皆リンカーコアはそんなにないから。だよね、レイジングハート?」
『Yes. And even if not, it is Nano only who is my master.』
「…………ありがとう。そういうことで、更に死にたくない、もうアリサやすずかにまで死んで欲しくないという前提を足せば、僕がやるしかないと思いますが。」
ジュエルシードは下手をすれば次元震を起こすし、暴走体を放っておいて被害が回り回って自分達に来るかもしれない。何より問題はフェイト·テスタロッサ。彼女にジュエルシードを集められてプレシア·テスタロッサに渡されると、最悪彼女が『アルハザードへの扉』を開く時に巻き添えを食ってこの世界そのものが崩壊する可能性だってある。
………そういえば、フェイトにジュエルシードをほいほい渡す憑依系主人公はその辺ちゃんと考えてるのかな?どうでもいいけど。
「つまり、死にたくないから、死なせたくないから、戦う。そういう事でいいんだね?」
「はい。」
士郎さんの目をしっかりと見て答える。ヒーローとかみたいに赤の他人の為ではないけれど、嘘の理由ではないから。
「………やれやれ。分かった、子供に頼るなんてしたくないんだけど、その理由を忘れないなら出来る限りの協力をしよう。」
「私も手伝うわ。」
「絶対に無茶しないでね、希くん。」
士郎さんが折れ、月村姉妹も続く。他の人々も、大人組は子供に頼る事が後ろめたいながらも諦めてどう協力出来るかを考え、子供組は僕を心配しながら見ているしか出来ない。
「ありがとうございます。」
優しい人々だ。僕はこの人達を死なせたくないという『自分』に、共感した。