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No.80の一覧
[0] Helter Skelter[しムす](2004/09/26 00:07)
[1] Re:Helter Skelter[しムす](2004/09/27 23:44)
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[80] Helter Skelter
Name: しムす 次を表示する
Date: 2004/09/26 00:07
Helter Skelter



僕は冴えないギタリストだ。



大学に入って友人のケンスケとトウジの3人でハードロックのバンドを組んだ。

「ワルキューレ」という名前をつけた。全員、素人だったけれど、2年の時にはオリジナル曲も増え、それなりに自信もついてきた。けれど、その時には、プロになろうなどと考えても居なかったんだ。



3年目の秋に転機が訪れた。



「おい、シンジ! 大学祭のオーディション、通ったみたいだぞ!」


大学祭のステージは、1部と2部に別れていて、2部は招待のプロのバンド、1部は実行委員会のオーディションに通ったアマチュアバンドの演奏というのが通例になっていた。


「おお、どれ、見せてみんかい。ホンマや!」


「すげえ!見ろよ、トリは『ミラージュ』だよ!」


ミラージュは、アマチュアバンドながら、美しい女性ボーカリストであるアスカの個性的な歌声で、このあたりのアマチュアバンド界では絶大な人気を誇るグループだった。


「うう、ミラージュと同じステージに立てるんだ!やっててよかったよ、本当に!」



開催1週間前に各バンドの代表者が出て、打ち合わせを行った。

ミラージュからはギタリストが出てきていた。アスカに会えるかと期待していたのでがっかりしたが、今まで憧れの存在だったバンドのメンバー達と一緒に打ち合わせに出ているということが、なんだか不思議な気分だった。



「え~、最後に、各バンドから出ていただいて、ジャムセッションを行いたいんですが、いかがですか? そうですね、BEATLESのナンバーからってことで。」



各パートの都合上、ワルキューレからは僕が出ることになった。

上手い人ばかりだったので、リハーサルでは本当に緊張した。


「まあ、ノリだからね、こんなものは。」


他のバンドのメンバーは励ましてくれたけれど、本当に肩身の狭い思いだった。

楽器のリハが一通り終わったところへ、ヴォーカルの連中がやってきた。

その中に、アスカも居た。綺麗だった。



実際のステージでは、不思議と楽しんで演奏ができた。



いよいよジャムセッションだ。舞台の袖で、僕は息を大きく吸い込んだ。

そこに、一旦舞台袖に引っ込んだアスカがやってきて、


「あんた、足を引っ張るんじゃないわよ!」


キツい一言をくれて、再び明るい舞台に出て行った。歓声が沸き起こる。彼女の背中がまぶしかった。


「ほら、君も行くんだよ」


誰かが僕の背中を押した。



演目はHelter Skelterだった。



カウントが入った。

打ち合わせでは、モトリー・クルーのアレンジをベースに、ハードにいこうということになっていた。

スタートは僕のギターから。

ダウンピッキングで、リフを刻む。

まだ明るさを残した秋の空に、僕のギターの甲高い音が吸い込まれていく。

ドッ・ドッ・ドッと、ベースとドラムが入ってくる。

「When I get to the bottom ・・」


アスカが歌いだした。


「・・ and I see you again!」


一息に、アスカが歌い切った。

長髪の、無精ひげのギタリストのアーミングが響き渡り、そのままリードを取った。

ヴォーカルが別の人に代わった。そして堰を切ったように、色々な音が溢れ出した。

楽しい!セッションが、こんなに面白いなんて。



サビでは、皆でHelter Skelter!と合唱を繰り返した。

アスカが僕の肩に手を回して、マイクを口に押し付けた。

ベースとのユニゾンを弾きながら、Helter Skelter!と叫んだ。



魔法にかかったような時間だった。




打ち上げに招かれた僕たちは、隅の方で固まって飲んでいた。


「おいおい、あれ、『バッカニア』のミサトさんだろ!綺麗だなあ」


「あ、『ホットスパー』の梶さんって、あんな軽い人なんだ。」


そんなところへアスカの方から僕たちに声をかけてきた。




「ねえ、あんたたち、私をバンドに入れてくれない?」


「ええええ!?」








アスカは強引にワルキューレへ加入した。僕たちは、ベーシストであるケンスケがヴォーカルを担当していたけれど、ハードロックをやるには声域も狭く、限界を感じていた。だから僕らには願っても無い話だった。

それでも、アマチュアシーンの女王と呼ばれていたアスカが僕たちのような無名バンドに加入することになるなんて、と皆驚いた。

しかし、この展開に一番驚いたのは僕たちの方だった。

彼女は、やりたい音楽に一番近いのが僕たちのバンドだったから、と言ったけれど本当のところはよくわからなかった。

アスカを失ったミラージュは結局解散したらしい。



アスカは自由奔放に歌った。ワルキューレはアスカのワンマンバンドになった。

彼女は僕らよりはるかにキャリアが長いから、彼女の言うことはいちいち的確だった。


「あんた、ばかぁ?なんで同じところでもたつくのよ!」


「そこ、走りすぎっていってるでしょ!」


そうは言っても、僕らにできることは限られていたから、音楽性はほとんど変わらなかった。



練習で散々しごかれたけれど、

ステージに上がると、世界が一変した。

カウントが入る。

僕のリフが空間を支配する。

ベース、ドラムスが加わり、音の壁を作り出す。

そこへアスカが飛び込んでくる。

大歓声。

そして鳴り止まないアンコール。



アスカのヴォーカルは、一躍ワルキューレを一線級のバンドに押し上げた。

ライブハウスでの出演も簡単に決まるようになり、今までのように友人を動員してギグの席を埋める必要もなくなった。

アスカの加入で、曲作りの幅が大いに広がったし、ミラージュの曲も僕たちのレパートリーに加わった。

ミラージュ時代のアスカの切ないバラードを、僕らがちょっとハードにアレンジした曲が特にお気に入りだった。

そしてステージの中心で、スポットライトを独占して歌うアスカに、僕は恋をした。



「どうして僕らのバンドだったの?ほかにも上手い人達、一杯いたのに。」


ある時、ケンスケがアスカに尋ねた。

「あんたたちが下手糞だったからよ。」


アスカは答えた。

「結局、アスカは言うとおりに演奏してくれる奴隷が欲しかっただけと違うか?」


「なんですって?」


「い、痛い! す、すまん、勘弁や!」








問題は僕たちの自覚だけだった。



4年目の春に、ケンスケとトウジがバンドを抜けた。

もう僕たちのバンドは趣味でできる範囲を越えていた。

ケンスケもトウジも、大学に戻り、スーツを着て就職活動を始めた。


「楽しかったけど、正直、もう、怖いんだ。これは僕らの実力じゃない。」


「すまん。わしに、コレだけで食っていけるだけの才能があるとは、とても思えへんのや。」



僕自身にとっても決断の時だった。

音楽を取るか、人並みの生活を取るか。

僕の技術では、確かにプロとしては通用しないかもしれない。

しかし、アスカの側に居つづけたかった。


二人だけになってしまった練習場で、曲を作りながら、アスカは言った。


「私はあきらめないわ。欲しいものは、全部、手に入れてやるんだから。」



僕は大学を辞めた。







メンバーが抜けたことを聞きつけて、何人かのドラマー、ベーシストがやってきた。



結局、僕らより年長の、長いキャリアを持つドラマーのマコトとベーシストのシゲルが加入することになった。

この二人は、元々ある人気バンドのメンバーで、元のバンドが解散して以降、色々なバンドを出たり入ったりしてきた。業界でも実力派で通った人たちだった。


今まで以上にしっかりしたリズム隊を手に入れて、ワルキューレはまたステップアップした。
遠くの地方にも演奏に呼ばれることが多くなった。



こうなってくると、いかにも僕のギターが見劣りして聞こえてくるようになった。



そんなある日、アスカが僕のところにやってきて言った。


「もう1人、ギタリストが必要だわ。もう目星はつけてあるから。」


大抵のことでは驚かなくなっていたけれど、この時はまたぶっ飛んだ。

シーンでも飛びっきりの有名人、「レスポールの魔術師」渚カヲルが加入することになったのだ。

甘いマスクとは裏腹に、カヲルは扱いにくい変人という噂で、色々なバンドを転々としていたが、そのテクニックにかけては折り紙付きだった。



カヲルのギターは凄まじかった。天才とは彼のためにあるような言葉だった。

ほんの少しのセッションで、実力の違いがはっきり判った。



アスカもその音色にほれ込んだようだ。

いつもの練習場で、まるで恋人同士のように、肩を寄せ合って曲を作るようになった。

口さがない連中の、アスカが色仕掛けで、カヲルたぶらかしたのだ、という噂話が、やけに真実味を帯びて見えた。

僕は、カヲルに嫉妬していた。

いつもカヲルは、本当に何気なく、僕には到底真似の出来ないフレーズを次々に繰り出してくる。

その度に打ちのめされた。


僕たちの「ワルキューレ」は、地元のライブハウスを満員にした。

音楽誌の取材も受けるようになった。

「アンダーグラウンドシーンのスーパーバンド」として紹介されるようになった。

僕は寂しかったけれど、それでも歯を食いしばって演奏しつづけた。アスカの側に居るために。



カヲルが珍しく、Dokkenのカヴァーをやると言い出した。

アスカは元の曲の1オクターブ上を歌う。意外に、ハマる。


「Straight through the top!」


アスカのシャウトにあわせて、コーラス。


「Tooth and Nail!」


・・その言葉どおり、僕は必死だったんだ。



良い曲もできた。ジャムっている時には、物凄く複雑な構成の曲なのに、完成してみると不思議と弾きやすい曲になっている。

考えにくいが、カヲルが僕の実力に合わせているんだろう。そうとしか考えられない。



「どうして僕らのバンドに来たの?ほかにも上手いバンド、一杯あったろ。」


ある時、カヲルに尋ねたことがある。


「君が下手糞だったからだよ。」


カヲルは笑って答えた。


「結局、カヲル君は自分の邪魔をしないサイドギターが欲しかっただけなのか。」


「違うよ。」


僕の投げやりな言葉に、珍しくカヲルが反応した。


「そういう意味じゃない。君にできないことで、僕には出来ることもある。だけど、僕にできないことが、君にはできるんだ。」







メジャーデビューの話がいくつか舞い込むようになった。

マコトとシゲルは、その長いキャリアで得た人脈を総動員して業界を駆け回った。

夢にまで見たデビューを飾るために。

二人は年齢的にもラストチャンスだと思っていた風だったけれど、普段はそんなことに無頓着そうなカヲルの目の色まで変わっている。


「そりゃそうさ。僕だって、ずっとプロデビューを夢見てきたのさ。」


大きな歯車が回りだした。もう僕にはなにもできることはない。














そして、アスカが去った。












大手からソロデビューの話が来ていたらしい。



アスカは、なぜか僕にだけ、電話でその話をした。


「一つを手に入れるためには、一つを手放さなきゃならないの。でも私は全部欲しいのよ・・」


こんなアスカの声を聞くのは初めてだった。いつもの自信過剰なアスカとは別人だった。

手放さなきゃならない一つっていうのは、バンドのこと?それともカヲルのこと?

確かめたかったけれど、それはできなかった。怖かったのかもしれない。


「折角のチャンスなんだから・・僕らのことは、気にしなくてもいいよ。アスカの好きにやればいいんだよ・・」


「そう・・そうね。」


電話が切れた。

何もかも、終わった。僕は電話を握り締めたまま、しばらく立ち尽くしていた。








スタジオに集合したメンバーの前で、僕は切り出した。


「アスカはソロでデビューするんだって。」



「・・また駄目なのか? もうデビューは目の前だったのに。」


「いや、諦めないぞ。ここまで来たんだ。」


「あいつだ、『スカイレーダー』のヴォーカリストのレイ、あいつを連れてこよう。


あいつのところ、バンドの中がギクシャクしてて、辞めたがっていたはずだ。」


「ああ、あいつか。でも、ウチに来るかな。あいつ、アスカに随分対抗意識燃やしてたし。『ワイルドキャット』のリツコはどうだ?」




3人の話に割り込んで、ぼそり、僕は既に決めていたことを言った。


「ついでに新しく、上手いギターも探して下さい。僕も、辞めます。皆の足を引っ張りたくはない。皆でワルキューレを再興して下さい。」




その場が、シン、と静まり返った。

メンバーの返事は意外なものだった。



マコトが沈黙を破った。


「シンジ君、君が辞めるというなら、ワルキューレは解散だ。このバンドは、君のものだ。」



カヲルが言う。


「今更僕たちを見捨てる気なのかい?」




僕はうろたえた。


「だって、僕はギターの才能はないし、曲作りだって中途半端だ。何の貢献もしてこなかったじゃないか。」




シゲルが言った。


「気付いてなかったのかい?

考えてみなよ。カヲルが今まで一番長くいたバンドで6ヶ月だぜ。それがこのバンドにはもう2年だよ。
僕たちは、確かに君よりキャリアも長いし、楽器には誰にも負けない自信があるよ。でも、それだけじゃ駄目だったんだ。」


「俺たちはいつも、デビュー目前で全てをぶち壊してきた。我が強かったんだな。バンドにはなれなかったんだ。」


「結局、僕たちをバンドにしてたのは、君の下手糞なギターだったのさ。」













それから随分と月日が流れた。














つけっぱなしにしていたFMから、アスカの甘いポップソングが流れてきた。

いつものように機材を満載したバンで、次の会場に向かう道中。

マコトが運転、ヴォーカルのレイは助手席で眠っていた。

後ろのベンチシートに、夕べ飲みすぎたらしいシゲルがのびているため、僕とカヲルは荷台に積まれたアンプやら機材の狭い隙間に体を割り込ませて、ギターをいじっていた。


アスカは、デビューしてしばらく、なかなか芽は出なかったのだけれど、ドラマの主題歌に使われた曲がヒットして、マニアでなくとも名前は知っている、という程度の歌手にはなった。


ワルキューレは結局、新しいヴォーカリストのレイを迎え、紆余曲折の末、小さなレーベルからデビューを果たし、CDを2枚発売した。

そこそこには売れたけれど、結局契約は切れた。

それでも、メンバーの意気は落ちず、またやり直せばいいや、とポンコツの機材車でライブハウス回りを続けている。



カヲルが珍しく、自分からアスカのことを話しはじめた。


「たぶん、君は誤解しているんだろうと思うけど・・」


「僕とアスカで曲を作っていたというのは、違ったんだよ。・・あれはね、アスカが、僕の曲にケチをつけに来ていたんだ。」


「?」


「あんまり複雑な構成にするな、とか、君の持ち味を生かした曲にしろ、とか、ね。注文がうるさかったよ。」


「・・・」


「君が僕に嫉妬していたのは知っていたけど、僕も、君に嫉妬していたってことなのさ。」





秋。



大学祭のシーズン。

僕の母校のステージ、プロのバンドが招かれる2部ではあったけど、前から数えたほうが早い順番で、僕たちワルキューレが演奏する。

プログラムを見ると、トリはなんと、アスカだった。








* * * * * * * * *






控え室代わりにあてがわれた教室に、ノックの音がした。


「あんたたち、元気だった?」


ひょっこり入ってきたアスカは相変わらず綺麗だった。

「ああ。」


「君も元気そうだな。」



アスカが僕の顔を見た。


「・・君は・・欲しいものは全部、手に入れた?」


アスカは笑い出した。


「よく覚えていたわね、そんな昔のこと。」



僕の鼻先を細い人差指で弾いた。


「まだまだ何も。そう、1つも、手に入れてないわよ。」


痛さに顔をしかめた僕の顔を見て、また、アスカが笑った。



「ねえ、私のステージの最後に、乱入してこない? Beatlesの、Helter Skelterなんて、どう?」



窓の外に拡がる秋の空。澄んだ空気を伝わって、開演を告げるSEが流れてきた・・・



おしまい



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