対局を進める前に言っておく!
私は、今妹たちの能力をほんのちょっぴりだが体験した。
い・・・いえ・・体験したというよりはまったく理解を超えていたのだけれど・・・
あ・・・ありのまま、今、起こったことを話すわ!
『私は自分の配牌を持ってきたと思っていたが、一枚足りなかった』
な・・・何を言ってるのか、わからないと思うけれど、私も何をされたのかわからなかった・・
頭がどうにかなりそうだった・・・
イカサマだとかオカルトだとか、そんなチャチなものじゃ、断じてない
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ・・・
というセリフを紅薔薇様が思い浮かべていたかどうかは知らないが、似たようなことを考えていた。
ここまで考えにくいことばかり起こるのだもの。きっと私の少牌もどうしようもないことだったのよね?
第一打でドラを切ってしまったこともそう。だって一枚しかない北なんてもはや条件反射で打っちゃうわよね?
だからしょうがないことなの。私は悪くないの。
この対局は負けてしまうかもしれないけど、勝負に負けても気持ちで負けるなって誰か偉い人が以下略
自分の妹から押し寄せるプレッシャーを前に、正気を保てなくなった祥子さまのテンパり具合は傍目からみてもわかりやすかった。
手牌でテンパらずに脳内でテンパってどうするんですか。
そりゃ自分の少牌にイカサマだとかオカルトなんて割り込む隙はない。
ていうかもっと他に見るところがあるんじゃないですか祥子さま。
そんな紅薔薇様をこれ以上ないくらいに冷ややかにスルーする蕾コンビ。
二人の頭の中は、当然前局の第一嶺上牌のことでいっぱいであった。
『初めて見せた神眼の隙・・・原因はわからないけど、これは意図してのものではない。
何度も弱点をさらすような相手ではないし、勝負をかけるのはここしかないわね』
『くっ・・・ようやく掴みかけた流れだったのに、ここにきて自分の限界を露呈してしまうなんて。
仮に透視できなかったとしても、それをカモフラージュする方法なんていくらでもあったはずなのに。
これだから精神面でまだまだヒヨッコだなんて師匠に言われるのよね・・・。』
相変わらず、熱を持って痛む目を必死に堪え、由乃は完全にポーカーフェイスを決め込んでいた。
苦しいからといって目を押さえてしまえば、自分からサレンダーするようなものだ。
眼球の毛細血管が破れ、血走ってしまうのを意思で抑えることはできなかったが、それでもまだ神眼は健在である、と少しでも祐巳にプレッシャーをかけたかった。
二人の間に火花が迸る。その左右では互いの姉がそれぞれの妄想に耽っていた。
南2局二本場、親番は島津由乃。
サイを振り、それぞれが2トンずつ牌を持って行く。
順々と揃っていくそれぞれの手牌。三回目の自分の番になって、ようやく彼女はあることに気づいた。
『・・・萬子が3、8、5、7,9、4で2面子・・・索子が1,2と9,9,9・・・筒子がなくて、西がアンコになる・・・?』
「あ・・・っ」
ドクンと一際大きく心臓が跳ねる。弾けるようにして、自分の配牌であるはずの4枚の牌を由乃は『二枚だけ山に戻した』
気づかれただろうか。イカサマには当たらないが、もし彼女が気づいたなら、もう由乃にはソレを防ぐ手段は残されていない。
一言だけ『2枚しか持っていっていないわよ』と言うだけで。
ただ、とっさの判断としては上出来の部類だろう。
冷や汗と震えを無理矢理抑えこみ、持ってきた二枚の牌をゆっくりと立てた。
『そ、んな・・・いくら今まで大人しくしていたからって、ここにきて・・・』
幸いなことに、祐巳は何も言わず、由乃が置いていった二枚と、それに続く二枚を合わせて持っていった。
顔に出さないように、山から二枚牌を持ってくる。
手牌は12枚・・・始まる前から、あがりを放棄してしまった。
しかし、後悔はない。この親番を捨てても、阻止しなければならなかった―――『役満』だけは。
1トンずつずれて、祐巳の対面である祥子さまが最後に持ってきた牌は3索だった。
決死の地和封じ、そのためのワザ少牌。
褒められた手ではないが、ローリスクで他人に対しアヤをつけることができる技である。
一仕事を終え、休みがほしいと言わんばかりに目がチカチカと点滅を繰り返す。
またしばらくは神眼も使えないだろう。
ただ、それに見合った働きはしてくれた。改めてこの眼に感謝し、一瞬だけポーカーフェイスを崩し息を吐く由乃。
・・・そんな彼女の苦労をあざ笑うように、祐巳からたおやかな声があがった。
「リーチ」
痛む目が自然と見開かれる。
この対局ではや三回目の両立直・・・その目に映るのは、第一打で横に曲げられた捨て牌。
確かに1トンのずれが生じたのは3周目の配牌であり、10枚は地和を構成していたわけだから、決して悪い配牌ではない。
それでも3枚はズラしたはずだ。
最後の3索を皮切りに、要所が抜けた配牌を・・・3枚入れ替えた手で、ダブリーに仕上げるなんて。
見えない山、足りない手牌。役こそダブリーしかないが、ドラによってはどうなるかわからない。
眼の痛みに加えて頭痛までしてきた由乃だったが、上家の祥子様が切った牌を見て仕方なしに声をあげる。
仮に自分が上がることも、有効な邪魔もできないのであれば、と一発だけでも消そうとしたのだが・・・
「チー」
と、そのtの部分だけ発音したところで。再び彼女の右に座る祐巳が静かに警告した。
「あら、由乃さん。牌が足りなくてよ?」
すでに由乃は鳴く際にさらす牌を二枚つかんでいた。その手を、声だけでわしづかむようなタイミングだった。
いつから気づいていたのだろう。
配牌が取られ終わったとき?山の残りの牌の数を見てからだろうか。それとも、知っていて見て見ぬふりを・・・
まさか。わかっていたのに、邪魔をしない道理などない。
彼女がこの地和の配牌に気付いていなかったはずがないのだ・・・じゃあ、どうして。
硬直する右手を、震えながらも山に移し彼女は牌を取り、そして切った。
少牌をしたものは、鳴けず、あがれず、邪魔をしないように徹する。まるで置物のように。それが暗黙のルールだ。
それをすべて見越した上で、祐巳は声をかけたのだろう。
憎らしいくらいに、動作のひとつひとつが理に適っている。
目をあきらめたように伏せるが、それでも音を遮断することはできない。
「カン・・・そして、ツモ」
流れるように、まるで見る前からそうすることが決まっていたかのように、牌をさらし、嶺上牌とともに手牌を倒す。
カンドラと裏ドラをめくる。
「ダブリー、リンシャン、ツモ、ドラ5。4000-8000は4200-8200」
地和を阻止できても、二の矢が突き刺さった。
追い打ち。そして決定打とも言うべき倍満のあがり、その上親っかぶり。
眼はろくに働かない、親番も残っていない。
数えればいくらでも出てくる敗北要素が、由乃の肩にのしかかった。
残すところ南3、4の二局のみ。
諦めるか・・・?今まで、自分の前にひれ伏した打ち手のごとく。
そう祐巳が視線を由乃に向けたとき、ゾクリと背筋を電流が駆け抜けた。
由乃は、眼を薄く開き、静かに笑っていた。
○ ○ ○
後書き
お久しぶりです(汗)
ちょっと・・・だいぶ、短いですけどリハビリがてら投稿してみました。
行間詰めてみたりと多少変えてみたんですけどどうかな・・・。