「貴方達は今日から特殊な修行をしてもらうわ」
とある日の朝の事。皆で朝食を食べている時に、昼食のメニューを決めるかのような気軽さで先生はそんな事をいいだした。
その唐突な一言に、皆の食べる手が止まる。嫌な沈黙が食卓を包む。先生は相変わらずの笑顔だった。
……えっと、何の前ふりもなく修行とか言われても対応に困るんですが。つか、特殊って何。説明をお願いいたします、切実に。
そんな想いを伝えようとアイコンタクトを試みたが、先生は私の眼をしっかり見て何故か笑って頷いた。
――あ、これ絶対伝わらなかったな、と瞬間的に思ったが、特はもうすでに遅かった。
「まぁ……!! エリスが乗り気みたいで嬉しいわ。だって貴方が一番反対しそうだったから」
うきうきした様子で先生は言った。乗り気ってなんだ、乗り気って。修行とか私のキャラにあってないのですが。
でも今更違うなんて言い出し難い。昔からなんだか先生に対しては強く出れないんだよなぁ、恩もあるし……。それにシンクが反抗してボコボコにされるのを昔から見てきたせいかもしれない。
だが今までの経験から推測すると、今言っておかないと後悔する気がする。
「修行って、一体何を考えているんですか?」
「まずは精神統一から始めてもらうわ。同時進行で格闘術を教えるから覚悟しておきなさいね」
いやいやいやいや、修行の内容じゃなくて修行の意図を知りたいんですけど。
私の聞き方が悪かったのは認めるけど、そのとらえ方だと本当に私がやる気みたいに聞こえるじゃないか!!
「ちょっと待ってよ。修行とかいきなり言われてもよく分かんないんだけど。ちゃんと一から説明してくれない?」
シンクの言葉に、アリアも困惑気に頷いた。
「アリアも、説明して欲しい、です」
どうやら皆考える事は同じらしい。二人が私の言いたかった事を言ってくれて助かった。
あれ、でもそう考えるとやっぱり私一人空気が読めてない発言をしたように取られたんじゃないか? ……だったらやだなぁ。
それにしても私の伝達力の低さは、もう致命的なレベルだと思う。
何というか、いつも細かいニュアンスに誤りがある気がする。ここに居ると皆がだいたいは読み取ってくれるけど、外に出たらそうもいかないだろう。お外怖い。
私の内心の葛藤はともかくとして、先生は彼らの言葉に少し考え込む様なそぶりを見せた後、心底理解できなといった表情をして言った。
「だって貴方達、強くなりたいでしょう?」
先生のその言葉は、私にとって衝撃だった。
確かに護身出来るくらいには強さは必要だと思うけど、特にそんな切羽詰ったものを私は感じていない。良くも悪くも私は平穏を愛しているのだ。
そう思い、他の二人の様子を伺うとどちらも思い詰めた様に押し黙っている。
シンクはともかくアリアはそこまで強さに固執するタイプじゃないと思ってたのに。一体二人にどんな心境の変化があったのだろうか。私には見当もつかない。
そんな私たちの様子を見て、先生は全部分かっているわとでも言いたげに頷いて見せた。
「そう、じゃあ食器を洗い終わったら中庭に来る事。もちろん動きやすい服装で来るのよ? 破けるかもしれないしね」
一方的に告げると、先生は自分の部屋に戻っていった。異を唱えたかったが完全に機
会を逃してしまった……。絶対特質系だよあの人。
普段は優しい人なのだが、いきなり突拍子もない事をしだすことがある。今回がいい例だ。
夜中に叩き起こされて雪山に日の出を見に行くといきなり言われた時はついにボケが始まったのではないかと邪推してしまった。いや、確かに朝日は綺麗だったけど。
「エリスは……、」
「ん?」
シンクが何かを口ごもる様に言った。
聞き取れなかったので聞き返したが、シンクはきゅっと口を結んだまま開くそぶりを見せない。何だろうか……。
そんな事を思っていると、アリアに袖口を引っ張られた。
なに? と声をかけるとアリアは微笑みながら言った。
「アリア、頑張るから」
エリスも一緒だもん、と言う彼女に正直私は辛い修行とかしたくない、と思ってるとは言えなかった。
内心どうやって逃げようか考えていたけど、やっぱりアリアとシンクが一緒なら頑張ってみてもいいかな、とその時は思ってしまった。
◆ ◆ ◆
原作主人公達も簡単に念をマスターしてたし、修行なんて楽勝だぜ!!
……そんな風に思っていた時期が、私にもありました。
まず、精神統一(恐らく精孔をあける為)だが、これが曲者だった。
午前中に基礎トレーニングや格闘技の訓練をした後に行うので、その後に瞑想なんかするものだから、眠くてしょうがない。意識が落ちたら落ちたで先生に傘で張り倒される。
それではいけないと先生も考えたのか、一週間を過ぎる頃には瞑想ではなく、蝋燭の火を見続けるというものに変わった。
……いや、瞑想をトレーニングの前にやれば全て解決したんじゃないのか?
そんなツッコミが喉から出かかったが、ノリノリな先生に意見なんて出来なかった。
一応私は教えを乞う身なので、大きなことなんて言えるわけもない。決して先生の傘の打撃が怖いわけじゃありませんとも。ええ、そうですとも。
それから3週間もしない内に、アリアの精孔が開いた。
たしか原作で才能があると言われたズシが3ヶ月かかっていたから、これは驚異的な速さかもしれない。
何万人に一人の才能を軽く凌駕する美少女か……、さすがアリア。
滅多な事では表情が変わらない先生も今回の事は珍しく驚いていた。
そして、シンクに云ったっては6週間で練までマスターした。
……彼らのポテンシャルが高すぎてついていけない。どうしよう。
だって凡人なら訓練しても何年も掛かるんじゃないかな。
中には一生念にたどり着けない人だっているだろうし、半年たって私の精孔が開く気配が見えないのはかえって正常なんじゃないかな?
焦ってないと言われたら嘘になるけどまだ最終手段をとるような段階では……。え、先生。何だか嫌な気配がするんですけど。
傘を振りかぶるのは止めてくださいそれは本来そんな使い方をする道具じゃなくぁwせdrftgyふじこlp
……まぁ結論から言えば、私は纏を習得した。
その後一週間寝込んだけどね。体中が筋肉痛で痛いです。
高熱が出るは吐き気が止まらないし、今回は本当に死ぬかと思ったよ。
でも、二人に慰められた事が一番辛かったかもしれない。
才能の差は分り切っていた。でも、同情されるのだけは耐えきれない。
その日からだろうか、二人に置いていかれたくないと強く思ったのは。
私に才能が乏しいのは初めから分かっていた。でも、此処にいる以上は私は二人と対等でありたい。――なら、努力するしかないじゃないか。
上達が遅いのならば、寝る時間を削って訓練に励もう。イメージが上手くできないないのならば、何度だってできるまで同じことを繰り返そう。
――一人に戻るのだけは、もう嫌だった。
◇ ◇ ◇
そんな感じで、纏の習得にはばらつきが出たけど他の四大行の習得は順調に進んだ。
中でも絶だけならプロハンター顔負けだと先生のお墨付きをもらえた。適材適所という奴かもしれない。
そして応用技も含め(ビスケが行っていたもの全て)、一通りの修行が完了した時にはすでに4年の年月が経過していた。
遅いと言う事なかれ、この世界の常識に当てはめて考えるとこれでも十分に早い習得速度だ。ただ周りの人たちがチート過ぎて私の存在が霞んで見えるだけ……なはず。
そう言えば主人公組みは一年未満で習得してたよね……。主人公補正って信じらんないよ……。
でもその代りに彼らは波乱万丈な人生を送ることを義務づけられているのだろう。そう考えると才能があるのも考え物なのかな。
◇ ◇ ◇
閑話休題
山奥にある孤児院の一室で、遠くから聞こえてくる子供達の声を聞きながら、老婆は紅茶を飲みながら今までの月日を回想していた。
若いころから続けてきたハンター稼業を引退してから暫く一人で暮らしてきたけれど、5年もしたら流石に人恋しくなった。『魔女』とよばれ恐れられた私にもヤキがまわったという事だろう。
手始めに動物でも飼ってみようか、猫なんか可愛いかもしれないわ。
でも『猫』は私のコードだし、少々狙いすぎかもしれない。他の連中にからかわれるのも癪だし、どうしたものか。
そんな事を考え始めた頃に、――森の中で一人の少女を拾ったのだ。
彼女は見つけた時、痛々しいほどの傷を負い、大量の獣の死体に囲まれながら倒れていた。
状況から見て狩猟を生業とするハンターに襲われたのだろう。恐らく、周りの獣は彼女を守るために戦ったのだろう。
……しかも、その場に流れる大量の血液はここに倒れ伏す獣達だけでは到底足りない。そのナニカがハンターたちの狙いだったという事か。
それはともかくとして、私の庭で悪さをするなんて命知らずもいい所だろう。必ず見つけ出して粛清しなくては。
彼女に治療を施し、獣の様な唸り声で威嚇されつつも、私は彼女と意思疎通する事を諦めなかった。
なんとか聞き出した結果、どうやら彼女は赤子の頃からこの森に棲む魔獣達に育てられたらしく、この森の主を自分の親だと思っているらしい。
だがその森の主は彼女を襲ったハンターに殺されてしまったようだ。
魔獣の女王、ライガクイーン。
なるほど、それほどの大物ならば――たとえ毛皮になっても、高く売れるだろう。
愚かなハンター達の行為に気分が悪くなったが、彼女の心の傷の方が深刻だった。
人に怯え、威嚇し、獣にか懐かない。大抵夜はうなされているし、目を離すといつも母を想って泣いている。そのすぐ側に狼たちが寄り添うが、彼女の涙は止まらない。
その後、外傷が癒えた彼女を家で引き取ることにしたのだが、問題が発生した。
彼女には戸籍が無かったのだ。登録前に森に捨てられたらしい。
無論新しく申請する事は可能なのだが、そもそも彼女には名前というものが存在していなかった。
なので、境遇や容姿が、私が『前』に好きだったゲームのキャラクターに似ているので、その名をもじり、『アリア』と名づけた。
今はもう懐かしくて内容さえ忘れかけてるけど、そんな事だけはまだ覚えている。業が深いのも困りものかもしれない。
だが、本人がとても嬉しそうに名前を呟いていたので、気にしない事にした。
アリアとの手探りの様な共同生活が半年も過ぎた頃、街で幼い少年を拾った。
普段の私はストリートチルドレンに同情するような善良な人間ではないのだが、この時ばかりは彼を家まで連れて帰った。
この私がたとえ買い物中とはいえ、簡単に背後をとられるなんて本当に久しぶりだったからだ。どうせ部屋はまだ空いているんだし、才能がある子を育ててみるのも悪くはないかもしれない。
その時はそんな安易な事を考えていた。
ん? もちろん本人の同意は取らなかったけど? 問題あるの?
その後、様々な話し合いを経て、彼がこの家に住むことが決定した。
彼がスラムに居た理由が理由な上、本名は名乗りたくないようだったため、偽名として『シンク』と名乗ってもらう事にした。
理由はここでは割愛しおく。衣食住を保証するのだから、お婆さんの感傷に付き合ってもらうくらいは許されるはず。
彼は当然の様に他者を拒絶していたが、私に対して迷惑の掛かる事をしないならば問題ない。アリアとも、まぁその内仲良くなれるだろう。
何だかんだで手を上げる事は無いし、あの子もきっと本当は優しい子だと思うから。
そんな事情で山奥の家に二人も子供が増えたため、街の人達に不審がられるようになった。
それはそうだろう。この歳になって少しは落ち着いたとはいえ、私の悪名はそれはもう名高いものだったからだ。
子供をさらって若返りの薬でも作ろうとしているんじゃないか、くらいに思われても仕方がない。腹だたしい事この上ない。
このまま悪質な噂話を放置しても良かったのだが、仕方がないので建前上この家を国に孤児院として登録する事にした。こういう時にハンターライセンスは融通がきいて便利だと思う。色々な無茶が通るし。
ただ孤児院として登録してしまった故に、国の斡旋で後一人子供を引き取らなくてはならなくなった。突っぱねてしまっても別に良かったのだが、流石の私も国家機関まで敵に回すつもりは無い。そこまでもう若くは無いのだ。
正直な所面倒だったが、審議の結果、最近親を事故で亡くした3歳くらいの子供を預かる事になった。
引き取ることになった子供の名は『エリス=バラッド』――良い名前だと思う。
不和の女神の名前に、物語の唄という意味。聞いた話しによるとマフィアに両親を殺されたらしい、不謹慎だが悲劇のヒロインにはうってつけの名前だ。
そしてエリスは叔父に連れられて家にやってきた。私はその時の事を今でもよく覚えている。
両親を亡くしてすぐと聞いていたし、さぞや憔悴している事だろう。そう思っていた。
だが彼女は私の心配とはうって変わってとても落ち着いていた。
嘆き、恨み、不安、そんな色は彼女の何処にも見られない。両親を亡くした子供がだ。信じられない。
ただ彼女はこちらを見定めるかのように、じっとその黒い目を向けてくる。
そして、目があった瞬間、私は戦慄した。
――彼女は、違う。他の有象無象とは、決定的な何かが。
立ち振る舞いは、普通。言動も淡々としており、口数は少ないが一般の域を出ない。身体能力だって年相応だ。――それでも彼女は異端だった。
上手くは言えないけれど、常人とは違う『何か』を感じる。
人生長い事生きてきたが、こんなにも『読めない』人間は見たことが無い。
人を恐れる少女。
全てを憎む少年。
そして、異端の気配を纏う少女。
――『役者』が揃った。そんな気がした。
彼らがもう少し大きくなったら修行をつけてあげよう。きっと面白い事になる。
そう考えると年甲斐も無くワクワクした。
――あぁ、私が考えていたよりもずっと楽しい老後が過せそうだ。
◇ ◇ ◇
それから暫く、平和な時間が流れていった。
最低限の体が出来上がるまでは過酷な鍛錬は毒にしか過ぎない。そのせいで才能をつぶしていった子たちを私は沢山知っている。
そして、ふと思う。
―――彼女が来てからシンクとアリアは変わった。
彼らが年相応にじゃれ合っているのを見ると、自然と頬が緩む。
いい傾向だが、それでも人間嫌いの彼らが心を開いたのは本当に意外だった。彼等は『人』というものを憎んでいる、それも強烈に。
過去が過去だから仕方が無いと言ってしまうとそれまでなのだが、いくら平穏を享受していたとしても憎悪という物は忘れる事が出来ないのだろう。私も同じ境遇になったら同じ想いを抱く。それほど酷いものだったから。
そんな難易度の高い事を、あのエリスがやってのけたというのだから、驚かない筈が無い。
彼女はあれから特に変わった行動も見せず、平穏に日々を過ごしている。
唯一大きな感情の揺らぎがあったのは、たしかシンクと殴り合いの喧嘩をした時だったろうか。彼女の大声を聞いたのはそれが最初で最後だ。
まぁそれはともかくとして、彼らを引き取ってからはや6年。もう十分に体づくりは出来ていると思ったので、これから念の修行を開始しようと思う。アリアのお友達には本当にお世話になった。
いきなり修行をすると言ったら彼らはどんな顔をしてくれるだろうか。
怒る? 嫌がる? それとも喜ぶ?
でも、どんなに平穏の中で生きようと、彼らの中にほの暗い闇が揺らめいているのを私は知っている。
――断る理由は、きっとないだろう。
後書き
一年で念を習得だなんてどう考えてもチート、在りえないくらいにチート。
この主人公は一応凡人設定(勘違い系だが)なので、仕方ない。
でも正直4年でも早いと思う、でも都合上仕方が無いと言い切る。
でもマリア先生はどう考えても転生者。