ある時は影の番長。
またある時は狂気を誘うサウンドテロリスト。
またまたある時は無口なロリっ子。
しかしてその実体は! 異世界転生者、岸谷伊織だったのだ!!!!
……あ、駄目だこれ。恥ずかしいとかそんなんじゃなくて、なんかもう死にたくなるくらいに恥ずかしい。痛すぎる。
こんな風にふざけるのは、何ていうか私のキャラじゃないっていうか……。どちらかと言えば先輩の役回りだと思う。
……でも、少しくらいふざけなきゃやってられない、主に私の精神が。
白いベッドに横たわりながら、つらつらと下らない事を考える。
清廉さが漂う白い部屋と微かに漂う消毒液の香りが、ここが病院だと否応なく思い知らせる。
――事の始まりは一週間前、私が目覚めた次の日まで遡る。
あの時は気疲れ故か知らない間に爆睡していたのだが、ふと横話し声を感じて意識が浮上した。
自分の置かれている現状がいまいちよく分からないので、とりあえず寝たふりをすることにする。
眠りすぎた後の様な軽い頭痛を感じながら、ベッド脇にいる大人たちの会話に聞き耳を立てた。
聞こえてきたのはまだ若い男女の声。だがその声色は両方とも険しく、お世辞にも機嫌がいいとは言えないものだった。
「両親が死んだっていうのに顔色一つ変えなかったわ、この子。まだ死ぬって事がよく分かってないのかしら?」
「……事故のショックで感情を上手く出せないのだろう、と医者が言っていた。親が目の前で死んだんだ、仕方ないだろう」
「まぁ、それもそうかもね。――それで、この子の処遇はどうするつもり? 言っておくけど家には子供が二人もいるから、はっきり言ってこの子の事まで手が回らないわよ」
「俺にだって仕事がある。家に帰る事の方が少ないくらいだ。子供なんて引き取れるはずがないだろうが」
「じゃあどうするっていうの? 全く、兄さんも死ぬなら死ぬで面倒な問題を残していかないでよね、いい迷惑だわ」
「でも―――、―――訳にも―――子供が―――」
「―――だから、―――世間体が―――、―――でしょう?」
「――なら、―――の孤児院に―――」
彼らの話から推測するとどうやらこの幼女、事故で両親を亡くしたらしい。その後医者からもそれとなく情報収集を行った結果、何となくこの子の置かれている状況を理解した。
乗っていた車がマフィアの抗争に巻き込まれたらしく、外傷が一切ないのは奇跡に近いそうだ。
しかもその事故で両親まで亡くしていて、親族らしい彼らが幼女(私)の処遇を押し付けあっている始末。
しかもその内容がまさに昼ドラに出てきそうなくらいテンプレな嫌な内容だった。ここまで来るといっそ潔いかもしれない。分かりやすいくらいに悪役一直線ですね、お疲れ様です。
……てうか当事者の前で引き取り先の話なんてしないでほしい。いくら寝た振りをしてるとはいえ子供の前で話す内容じゃないだろそれ。
それはそうと、まずこの幼女と私の関係について話をしようと思う。
実はこの幼女、正式名『エリス=バラッド』は、私の来世の姿だったのだ。
ちょっと上手く説明できないのだが、どうやら事故と両親の死という強いショックで『エリス』の人格が消え去り、脳がどうにかして体を生かそうとした結果、魂のブラックボックスに残っていた私の人格を無理やり引き出したらしい。
こんな風に一人の子供の人生を乗っ取ってしまった事には多少罪悪感があるけど、今更返品なんてできない。やり方も解らないし。
もう既に『エリス=バラッド』の人格は消え去り、『岸谷伊織』という存在に塗り潰されてしまったのだから。
エリスが経験してきた事や、記憶したものなども私の記憶の中にあるため、これからの日常生活に困る事はないと思う。あくまで、現状ではだけれども。
そもそもエリスの記憶が鮮度が高いせいか、余りにも鮮明なため、『岸谷伊織』が『エリス=バラッド』に取り込まれたかのような、もやもやした感覚がある。
顔だって幼い頃の『岸谷伊織』にそっくりだし、何とも言えない感覚に陥る。特に目とかがそっくりだった。神よ爆発しろ。
まぁ、何にせよ《私》が『岸谷伊織』寄りの人格なのは変わらない。
……いくら考えたところで何も変わらないし、別に私が悪いわけじゃない。……はず。
そう無理やり自分を納得させて、深く考えるのはやめる事にした。ポジティブに行こうポジティブに。
「エリスちゃん、ちょっといい?」
思考をトリップさせていると叔母が話しかけてきた。今日は大事な用事があるらしい。何となく検討は付いているけど。
私は叔母に返事をしようとしたが、事故にあって以来会話という会話をしてこなかったので、うまく声が出なかった。なので、返事のかわりに頷く事にする。
多分あれだ、連休中に部屋に引きこもって誰とも話さないでいると休み明けに声が出せなくなるという現象だ。
あの時のやるせなさは、言葉で言い表せないくらいに大きい。最寄りのコンビニにすら行きたくなくなるくらいの衝撃だ。まぁ今は別にどうでもいいけど。
「そ、そう。 あのね、エリスちゃん。叔母さんたちは色々な事情があって貴女と一緒に暮らす事が出来ないの、ごめんなさいね? 恨まないでね?
――でも大丈夫、ちゃんとした施設を見つけてあげるから安心していいわ。私達と居るよりも大勢の人に囲まれた方がきっと楽しいと思うの。どうエリスちゃん? それでいいかしら?」
叔母は息つく暇もなく、畳み掛けるように言った。
幼い私が何も意見を言えないと思って、高を括っているのだろう。だが、何故かその声に焦りを感じる。彼女の方が余裕があるはずなのに。
それにしても内容が白々しい。大人は子供に笑いながら嘘を吐く生き物だけどここまで顕著なのは初めてみた。
本音と建前は円滑な人間関係においてかなり重要だけど、本音が透けてみえるのはどうかと思う。
「よかった、エリスちゃんも納得してくれるのね。ありがとう」
無言でいる私をみて、何故かそれを肯定だと受けとった叔母は勝手に話を進めようとする。
別にそれは一向に構わない。私だって嫌われている人と一緒に住みたくはない。気苦労が多そうだし、彼女とやっていける気がしないから。
その施設とやらがどんな所かは知らないけど、まぁ大丈夫だろう。見た目は子供だけど中身は大学生なんだし、何とかなるはず。
無表情で話を聞く私を不気味に思ったのか、彼女は一向に私に視線を合わせない。
「病院の検査が終わったら直ぐに入れるように手配しておくわ。それじゃあ元気でね、エリスちゃん」
一方的に別れの言葉を口にすると、叔母は私から逃げるかのように足早に部屋から去って行った。
漠然と、きっともう会う事も無いんだろうなぁと思いながら、軽くため息を吐いた。
正直、彼女の事は身勝手で冷たい人だと思う。
あの行動はどう考えても両親を亡くした姪にとる行動ではない。まぁ中の人は別人なんだけど。
でも、彼らと同じ選択を迫れたら私だって同じ行動をとるかもしれない。他人に自分の生活を壊されるなんてゴメンだし。あの人は私の家族じゃないんだ。だから、これはもうどうしようもない。
それに可愛らしくて明るい子ならともかく、私の様な愛想のない目つきの悪いガキなんて誰だって嫌に決まってる。
話から推測するに『エリス=バラッド』もそんな感じの子供だったらしい。さすが私の来世、性格まで似ているとは恐ろしい。さぞかし生きにくかった事だろう。同情する。
それにしても、施設か。さっきはああ言ったけど私は団体行動というものが基本的に苦手だ。コミュ障だし。
人の第一印象なんて殆ど外見で決まるのに、私はそこからアウトだからなぁ。愛想笑いすらまともにできないし。
エリスの記憶の中に目が合っただけで保育所の子供が大泣きしたというものがあった。因みに私にも同じ思い出があったりする。何だか恐ろしいものの片鱗をみた気分だ。
会話さえまともに出来れば悪印象の撤回が出来るんだけど、私は思っている事を上手く言葉に出来ない。そもそも会話まで展開を持って行くまでの方が難易度高いかもしれない。マジ無理ゲー。
小学校の頃までは改善しようと努力してたんだけど、中学に入ってからは開き直って必要最低限のことしか話さなくなった。うわ、私の挫折早すぎ……?
今思えばあれが私の中二病の症状だったのかもしれない。片言少女……、僕っ子より痛々しいかもな……。
それにしたってエリスが今3歳だから少なくとも後10年は施設暮らしが確定している。それなのに大勢の中のコミュニティに馴染めないというのは正直致命的だ。
ど、どうしよう。これ以上黒歴史が増えるのは嫌なんだけど、いやマジで。
落ち着け………… 心を平静にして考えるんだ…こんな時どうするか……。
2… 3 5… 7… 落ち着くんだ…『素数』を数えて落ち着くんだ…。
『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……。
私に勇気を与えてくれる…。
………。
……………。
……と思ったが別にそんな事もなかった。
いや、なんでこれで落ち着くとおもったのか。頭おかしいんじゃねーの?
そもそも、私は数学は嫌いだったからなぁ。いっそのことじゅげむでも唱えた方がよかったかもしれない。前半しか言えないけど。
……いやいやいや、また思考がトリップしていた。
そうじゃなくて何とか対策を練らなくては。
取りあえず3つ程案を考えたから検討してみよう、うん。
【1】両親を亡くして親戚に見捨てられた悲劇のヒロインぶってみる
【2】無口無表情だけど本当は他人に優しい良い子なんだと地味にアピール
【3】諦めて孤独で暮らす
【1】はキャラじゃないので却下。ていうか私が一番嫌いなタイプだ。ていうか私に演技なんて出来るとでも思っているのか? ――それは思い上がりだ。そもそもそんな事が出来るのなら私はこんなに悩んでない。
そもそも【3】なんて対策案ですらないよ? 先生が時折下す死刑宣告、「はーい、仲のいい人と二人組を作ってー」の破壊力を忘れたのか? あれは、辛い。思わず窓から飛び降りたくなるくらいには。
……じゃあやっぱり【2】しかないよなぁ。
きっと私に害意がない事が分かればイジメられたりはしないだろう、多分。
そこまで考えて、私は思考を逃避させた。辛いことを見つめ続けているといつか潰れてしまう、こういうのは適度なガス抜きが必要なのだ。あくまで自論だが。
ぼぅっと視界を泳がせた時、ベッドの脇に新聞が置いてあることに気が付いた。
私の為に用意されていたなんてことはありえないので、きっと叔父か叔母の忘れ物だろう。
いい歳して自分の荷物の管理すら出来ないのかとすこし呆れたが、暇が潰せるのでありがたく貰っておくことにする。
私はペラペラと新聞を捲りながら書かれている事柄に目を通す。
……見た事ない字なのにすらすら読める。不思議な気分だ。
この字って50音と対応してるんだな。やっぱり此処はパラレルワールドか何かなんだろうか。
――でもエリスの記憶を無視したとしても、この文字の事をどこかで見た事あるような気がするのだ。はて、どこだったやら。
それはともかくとして、肝心の内容は……
1985年6月16日 ヴィオラート新聞社
6月8日に起きた大規模な抗争は、市民に多くの深い傷跡を残した。死傷者は当局の情報によると1000人を越え、今までにない数の被害が出たことになる。
今までマフィアに対し、消極的な姿勢をとっていた警察もこの件を重く見て、大掛かりな粛清活動をすると宣言した。
これはまだ未確認の情報だが、ハンター協会に協力を要請しているらしい。
この情報が確かならば、我々市民が銃弾の恐怖に怯えて震える日がなくなるのかもしれない。しかしながら―――
あぁ、これがエリスの巻き込まれた事故か。
無傷で生き残れただけでも運がよかったのだろうな、きっと。
それにしてもハンター協会って何のことだろう? 猟師?
警察が猟師に頼るのはおかしいだろうし、変なの。
それにしても、何かが頭の奥で引っ掛かってる気がしてならない。
キリキリと頭が痛む。思い出さなくてはいけない事がある気がするのだが、なかなか出てこない。
―――見覚えのある文字、
―――エリスの記憶の中の世界地図、
―――ハンター協会、
………?
ハンター協会?
え、うそ、ハンター協会ってまさか主人公が父親を探すためにハンターになるっていう、某有名少年漫画の中の組織の事? あの休載が多い?
……そういえばこの文字漫画で見た事あるかも。どうりで変な感じがするわけだ。
つーか、HUNTER×HUNTERって言えばモブキャラの死亡率が半端ない世界じゃないか。空気にプロテインが入ってるって評判の。
キメラアント編を本誌で読んだときは、流石冨樫先生やる事が違う!! って先輩が笑ってた。そのジャンプは私が買ったはずなのに、何故かいつも先輩が先に読むのは何故だろうか。毎回ネタバレされるし。いやいや、それは今はどうでもいいか。
――つまり私はあの人外魔境な世界にいるわけ?
……む、無理。死ぬ。マジで死んでしまう。
主人公の周辺人物はおろか、普通のモブですら死亡フラグが乱立する世界とか、嫌すぎる。
どう好意的にとらえても、私みたいな平凡な子供が原作軸に関わろうとしたら直ぐにバッドエンドになるに決まってる。
は、早めに気付けてよかった、もしかしたら知らないうちに巻き込まれてたら死ぬところだった。
そう思うとなんだか頭痛が増してきた。自分で思っているよりもこの衝撃が強かったのかもしれない。
……いや、でもどうせめったな事で原作キャラと関わることなんて無いんだろうけど。ご都合主義な小説じゃあるまいし。自分から関わらなければ問題ない、はず。
あぁそれにしても頭が痛い。
多分、エリスの脳が伊織の記憶のせいでオーバーヒートしかけてるんだと思う。いくら子供の脳が柔軟とはいえ十何年の記憶は無理がある。
そこまで考えると、突如視界が暗転した。なんか、すごく、ねむい―――
◇ ◇ ◇
とある病室から小走りで出て来た妙齢の女性は、その病室から遠く離れたロビーにあるベンチに、ふらふらとした足取りで腰掛けた。
青い顔をして座りこむその姿はさながら幽鬼の様で、生来の容姿の美しさは陰りを帯びていた。
彼女はどこか怯えた様に自分の背後をみて、そこに誰もいない事を確認するとやっとほっとしたかのように息をついた。
逃げるように病室から飛び出してきた彼女は、体の震えを抑えることが出来なかった。
ガタガタと震えながら、キュッと体を抱きしめる。
姪のあの目を思い出すと、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
――ああ、何てこと。
女はふらふらと近くにあったベンチに座り込み、両手で顔を覆った。
でも大人である自分が、たかが子供一人の眼力で逃げ出すなんて情けないにも程がある。
―――あんなモノは子供なんかじゃない、鬼か魍魎の類だ。
そんな考えが浮かんでくるが、必死で頭から追い出す。
私はあの子が生まれた頃から知っているし、血だって兄夫婦と繋がっていることをちゃんと知っている。
でも、前々から無愛想な子だとは思っていたけど、あれ程までとは思いもしなかった。
――はっきり言って、正直気味が悪かった。
一番上の兄は親を目の前で亡くしショックを受けているだけだと言ってたけれど、そんな厄介な子供は引き取りたくなかったし、何より面倒だ。
兄だって色々奇麗事をいって誤魔化そうとしていたけれど、エリスを引き取る気が無いのは明らかだった。
結局どちらも折れなくて、エリスは施設に連れて行くという結論に達した。無理もないだろう。
施設だって多少お金を積めば快く引き受けてくれるはずだ。
世間体の問題もあったけれど、あの子を引き取るくらいならずっとましだと思える。
薄気味悪いとはいえ相手は3歳の子供、簡単に言いくるめられると私は考えた。
そう思ってあの子に声をかけた時、初めてまともにあの子の目を覗き込んだ。
―――おぞましい。
ただ純粋にそう思った。
なぜ3歳の子供にあんな目ができる?
まるでこの世の罪という罪を詰め込んだような淀んだ眼。そして何より私に対する視線、――まるで屠殺場の家畜を見るかの様な目だった。
私はただただエリスが怖くて、言いたい事だけを伝えて病室から逃げだしてしまった。
その時の私は情けない事に、3歳の子供に対して逃げ出した事への屈辱よりも、無事にあの子から離れる事が出来たという安堵感の方が勝っていたのだ。
情けないと思うが、心の奥から湧き上がる本能的な恐怖には勝てなかった。
あの子が人であろうと化物であろうと関係ない、私は『エリス=バラット』という存在が恐ろしくてたまらないのだ。
――もう二度と会うことの無いように、できるだけ遠くの施設を探そう。
私はそう決意し、すぐに国境間際の孤児院を探し出し、その日のうちに入院の手配を終わらせ、孤児院の送迎や荷物の準備は兄に丸投げした。
電話で一方的にその旨を伝えたため、ひどく憤慨されたが、あの子に会うことに比べたらずっとましだった。
―――あと1週間もすればエリスと縁が切れる。
そう考えると、やっと心が落ち着いた気がした。
そんな臆病な女性の選択が、物語を大きく揺るがす最初の一石となるとは、まだ誰も知らない。