エレベーターに乗りながら思う。
――ああ、私は本当にハンターハンターの原作軸にいるのだな。
私は、これからハンター試験の本試験を受ける。
その事に少しだけドキドキしてしまうのは、ただの緊張の為だろうか?
それともこの世界の主人公達と出会う事への期待の為であろうか。楽しみって程ではないけどやっぱり昔から好きだった漫画に関わるっていうのはなんだか不思議な気分だ。
まぁそれ以上に死亡フラグを立てないように気を付けなきゃいけない事が、何よりも気が重いんだけどさ……。気にし過ぎなのかな。
ミルキの例もあるし、恐らくではあるが私以外の転生者がもしかしたら、今期のハンター試験に参加しているかもしれない。
その人達とはできれば話をしてみたいけど、私から話しかけるのは何ていうか勇気がいる。私は基本的に受身な人間なのだ。
それに私は比較的幸せにこの世界で生きてきたけど、彼らはそうじゃないかもしれない。前にも言った通り、私なんかより、もっと辛くて苦しい過去を経験してきているのかもしれないのだ。
そんな人たちに「私も転生者なんだ! 仲良くしてね!」と言ったところで「ふざけんな馬鹿」と返されるのが関の山だろう。
……ていうかこの微妙な浮遊感気持ち悪い。焼肉の匂いがもの凄く胃にくるんですけど。
双子が私の分のステーキを切り分けてくれたが、とてもじゃないが食べる気になれない。
……双子はすっごく楽しそうだな。ピクニックじゃないっつーのに。
いいよなぁ、私もできる事ならそんな風に楽しみたいよ。胃の心配なんてしたくない。
ちょっとだけグロッキーな気分になりながらエレベーターが最下層に着くのを待つ。
……あ、着いたみたい。
エレベーターの表示にB-100と表示され、電子音と同時に扉が開く。それと同時に、すでに会場に着いていたであろう受験生の何百もの視線が私達に集まる。
品定めのような視線に少しひるんだが、私も負けじと辺りを見返した。
彼らと私の視線が交わったかのように思った刹那、―――バッと一瞬の内に目をそらされる。
よく分からない微妙な空気がその場に流れた。辺りを見渡すも一向に彼の視線が私と交わる事は無い。
……まるで打ち合わせをしていたかのように、息の合った行動だ。なにこれ。事前に私に対するネガキャンでもしてたの?
「……何なのさ」
「ふふっ、エル姉さま可哀そう」
「駄目よ、兄様。本当の事言っちゃ」
双子から何のフォローもされず、止めをさされた。
さらにクスクス笑われてHPが限りなくゼロに近づいたが、特技のポーカーフェイスで何とか乗り切った。
いや、別に見ず知らずの人に嫌われるのは慣れてるけどさ……。毎度のことながら意味が分からないよ。本格的にお祓いをしてもらうべきかもしれない。
陰鬱な気分になりながらも、マメみたいな人からナンバープレートを貰うと(私[220]、ヘンゼル[221]、グレーテル[222])双子を連れて壁際まで歩き、私は鬱モード全開で壁に寄りかかった。
「エル姉様、遊んできてもいい?」
「駄目」
だってお前たちの遊びって、どう考えてもR-18Gでしょ? 流石に試験冒頭からそんな事付き合ってられない。
普段なら宥めつつも辺りをまわるくらいは付き合っても良かったけど、今はちょっと面倒だ。
不満そうな顔をする双子の文句を受け流しつつ、目を閉じる。
……あーあ、なんか疲れた。
◇ ◇ ◇
双子の声をBGMにしながらこれからの事を考える。
まぁ私もハンター試験を甘くみていた。この際だから、あわよくば友達の一人くらい出来ないかなと思っていたことも認めよう。
でもこれじゃあ無理だな。女の子の友達とか切実に欲しかったのに。転生者っぽい人物は一人もいないし。期待外れだ。
そんな事を考えていると、突然声を掛けられた。
「エリス、久しぶり」
目 の前には、人好きのする笑みを浮かべた青年――ミルキが立っていた。何故か服装はスーツ。いや、別にスーツが悪いと言うわけではなく、ただ単に動き難そうだなぁと思った。
「久しぶり。ミルキも試験を受けに?」
正直言って今回の試験に彼が来ると思っていなかった。彼も私と同じで波乱を好まない性格だと思っていたんだけど、どうしたのだろうか?
そういった内容の事を彼に聞くと、こんな答えが返ってきた。
「うん。本当は関わらないようにしようかと思ったんだけど、エリスが今年試験を受けるって聞いたからさ。なんか心配で」
そう言って照れくさそうに笑うと、私の隣に座り込んだ。
……今までやさぐれていた分、こういったちょっとした優しさがすごく心に響く。
「……ありがと」
うん、そうだよね。わざわざ友達作りなんてしなくても、ミルキが居るならそれでいいや。友達万歳。
そう思うと、憂鬱だった気持ちが少しだけ楽になった気がした。
「青春ね、兄様」
「甘々だね、姉様」
双子がなんか意味深に笑っていたけど、邪推は止めてほしい。私はともかくミルキが迷惑だろうが。
「そんなんじゃないよ」
二人をたしなめるように言う。
だが、何もかもをそういった色恋事に結び付けないでほしい。
全く勘違いしないでほしい、私と彼は普通に純粋な友人同士なのだ。そりゃ、将来的には親友と呼べるようになれたらいいなとは思ってるけど、それを口に出して言えるほど私の心は強くない。
『そこまではちょっと……』とか言われたら多分私は泣く。
そもそも自慢じゃないが私は生まれてこのかた(前世も含む)恋人なんか居た事がない。そしてこれからも私を好きになるような、そんな奇特な人物は現れないんだろうな、となんとなく思う。
あえて言うならば、先輩とはそんな関係に近かったろうが、相手はあの先輩だ。良くて兄妹が関の山だろう。いや、むしろ私の方が世話してたんだけどさ。
あ、因みにミルキの番号は[302]だった。……えーと、という事はつまりお兄さんと来たんだね?
どうもさっきから奇妙な視線を感じると思った。……い、いきなり攻撃されたりしないよね? 大丈夫だよね?
内心冷や汗を流しながら、視線の先にいる針男の事はなかった事にした。リアルで見るとあのビジュアルは怖すぎる。マジで痛そう。
「あ、もう400人を越えたみたい。それにしてもやる事がないと暇だね」
ミルキはエレベーターがある方に視線を向けながらそう言った。
確かにただ試験官を待っているだけのこの状況は退屈だ。双子はもう既にやる気なさげに周りを見ている。……仕方ないなぁ。
「……そうだね。――ねぇ、ヘンゼル、グレーテル。試験が始まるまでその辺を見てきてもいいよ。ただし、問題行動は起こさない事。何かあったら、ね? 分かってるよね?」
私の言葉を素直に聞いてくれるか判らないが、少しくらいの妥協は仕方ないだろう。彼らにだって息抜きは必要だ。まぁ息抜きと言うよりはガス抜きだけど。
その言葉を聞いた双子は、最後の台詞に少しだけ肩を震わせたが、その様子もすぐに変わり目を輝かせて人ごみの中に手を繋いで駆けて行った。……あ、どうしよう。もう既に不安になってきた。
「大丈夫なの?」
「……いや、どうだろう。面倒な事にならなきゃいいけど」
二人のポテンシャルは私を遥かに凌ぐ。それに加えて戦闘狂の節があるから、ヒソカみたいなのと関わられると私の手には負えない。そんなのいくら命があっても足りないし。できる事ならそれは遠慮したい所だ。
「いや、そうじゃなくて。……まぁいいか」
彼はそのあと何かを小さく呟いて、双子が去った方向を優しげに見つめていた。どうしたんだ。
―――あ、すっかり忘れてたけど、私の所にはトンパは来なかったな。ここでもハブられるとは……。解せぬ。
◇ ◇ ◇
――うーん、エリスと一緒なのは嬉しいけどヒソカと兄さんの殺気鬱陶しいなぁ。
ミルキはそんな事をぼんやり考えながら、隣にいるエリスを盗み見た。気だるげな様子が可愛らしかった。
ミルキがあまり乗り気ではなかったハンター試験に参加する事を決めたのは、エリスが今回の試験に出ると聞いたからだ。
まぁ必然的に兄と一緒になることになるが、それくらいは我慢しよう。あ、そういえばキルアも一緒か。別行動だけど。
今期の試験に彼女は参加する事になっていて、一年ほど前から彼女の家に住み着いた双子の子供も一緒に試験を受ける事になっているそうだ。エリスとずっと一緒とか、マジで羨ましい。
エリスだけならばなんの問題もないだろうが、一緒に受けるのがあの双子だということに不安がある。
―――彼等は俺たちの業界では割と有名な方で、通称はそのままの『双子(ツインズ)』
それなりに優秀な殺し屋だったと思う。まぁゾルディックとは比べちゃいけないだろうけど。
ただ彼等は『暗殺者』と言うよりは『見せしめ専門の殺し屋』といった方が正しいのかもしれない。
彼らの手口は実にシンプルで解りやすい。
―――正面から乗り込んでいって護衛、対象者、関係の無い一般人、それらを全て虐殺する。誰が誰だか分からない程にグチャグチャに内臓をぶちまけ、満足したら帰って行く。被害者とっては、まるで災害の様な奴だろう。
隠ぺい工作? なにそれおいしいの? と言った感じだ。
まさに過剰殺戮(オーバーキル)としか言いようがない。
しかもそれを楽しんでいるのだから本当に救えない。
なまじ実力があるから今まで死なずに生きてこられたのだろうけど、殺人中毒者なんて厄介な人種はこの業界では到底長生きできないというのに。
――いずれ雇い主からも疎まれて始末される。それがこの世界のルールだ。
一年前に失踪したと聞いていたんだけど、彼女にあいつ等の事を聞かされた時は流石に肝が冷えた。
その点から考えると、彼女達に拾われたというのは、双子にとって実に幸運だったのだろう。
――――あの場所は良くも悪くも『優しさ』に溢れている。
あの家の連中は、揃いも揃って警戒心が強いくせにお人よしだ。エリスもその例に漏れない。
特に彼女は自分が懐に入れた者に対して、疑うという行為をしなくなる。
これは何年も友人として付き合ってきた俺が言うのだから確かだ。……友人として、ね。
『信じる信じないは、結局最後は自分で決めるしか無いんだよ。それで信じて裏切られたって、そんなの相手を信じてしまった自分の咎でしょう? 私は、責任逃れはしたくない』
前にそう言っていた事がある。高潔と言ってしまえばそれまでだが、その考えは危うい。
正直な話、この一年いつ彼女が彼等に寝首をかかれるかと心配だったのだが、彼女と二人のやり取りを見る分には問題ないといってもいいだろう。
……油断は禁物だけどね。
今回の試験は別にナビゲーターなしでも試験会場に来る事が出来たのだが、兄がいる手前そんな方法はとれなかった
今思えば、事前に調べたとでも言っておけば誤魔化せたかもしれない。
でも本当は兄が俺に『針』を刺して顔を変える予定だったからスーツなんて普段は着ない服装をしてきたんだけど、最後の最後で拒否した。
いや、俺が顔を変える方法なんて、他にはメイクとサングラスくらいしかないんだけど。それか覆面。針は無理。
だって地味に痛そうだし、そんな顔でエリスに会いたくない。
貸し一つで、このままの顔で試験を受けさせてもらえたけど、後でどんな請求をされるのだろうか……。今から不安だ。
試験会場に着いてから、彼女はすぐに見つかった。
エリスは受験生がたくさんいる地下道の中でも簡単に見つける事が出来た。何よりも彼女達の周りに人がいなかった事が大きい。
そういったところは高校時代と変わらない。彼女は何時だって孤高の存在だったから。
俺はそれがとても羨ましく、眩しい。 ―――弱い俺には到底出来ないことだったから。
彼女は声をかけてきた俺を見て少し驚いたようだった。こういった表情は珍しいので心のメモリーに刻んでおく。できれば写真とりたかったなぁ。
◇ ◇ ◇
試験開始の時間までまだまだ時間がある。
俺はそうでもないけど、もしかしたらエリスは暇なのかもしれない。俺より先に此処に着いていたわけだし。
双子なんかはもう《暇です》っていうオーラを隠そうともしていない。そういうところは本当に普通の子供にしか見えない。悪名高い殺し屋だったという事実が嘘のようだ。
ま、俺の言うべき台詞じゃないけど。
……それにしてもさっきからずっと、兄さんとヒソカの視線が鬱陶しい。
エリスはともかく、双子なんかはその視線に影響されて居心地が悪そうだ。まぁ仕方ないと思う。自分が捕食する側だと認識している人間は、いざ捕獲される側に回ると酷く狼狽えるものだから。
エリスはそんな彼らの様子を見かねたのか、条件付きで行動を許可した。
やれやれと言った風にため息を吐きつつも、彼女は絶対にヒソカの方に視線を向けない。どうやら相手にするつもりは一切ないらしい。
「大丈夫なの?」
ヒソカの粘着質な視線は俺でも気分が良くない。恐らくではあるが彼女はここに来てからずっとこの視線にさらされていたのかと思うと、かえって感心する。
「……いや、どうだろう。面倒な事にならなきゃいいけど」
……俺が言いたかったのは双子の事じゃなかったんだけどなぁ。
彼女の視線は相変わらず双子が去って行った方向を向いている。……きっと口ではそう言っているが、やはり心配なのだろう。
彼女が優しい事はよく知っている。双子の事を大切に思っている事だってちゃんと判っている。
――けどもう少し自分の事を大切にしてもいいのではないだろうか? だってヒソカだよ? ハンター界TOP3には入る変態だよ? 気にした方がいいんじゃないかなぁ?
「いや、そうじゃなくて。……まぁいいか」
敵わないなぁ、と小さく呟くと俺は双子が去っていった方向を見つめた。
いいなぁ彼らはエリスに心配して貰えて。いいなぁ。羨ましいなぁ。
―――でも、エリスが双子の事を守るというのならば、せめて彼女の事は俺が守ろう。
だってそうじゃなきゃ、彼女は何処か遠くへ行ってしまうような気がする。――それだけは絶対に嫌だ。
――強くなりたい。せめて胸をはって彼女の隣にいる事が出来るくらいに。