まぁそんな感じで色々有ったのだが、遂に原作のハンター試験の季節になった。
たどり着けないで帰ってくるとか駄目かなぁ。嫌なものは嫌だし。
……あ、そうですよね。駄目ですよね。
そんな諦めの悪いことを考えていると、ポケットに入れておいた携帯電話が震えた。
私にメールなんて珍しいと思い見てみると、送り主の名が《義兄様☆》となっていた。
……こんなふざけた名前登録した覚えがないんだけど。
いや、こんな事するのは一人しかいないんだけど、何時の間に私の携帯を弄ったんだ? 一応個人情報の塊なんだけどコレ。
無言で登録名をシャルナークに直した後、届いたメールを開いてみるとそこには以下のような文章が書いてあった。
Date 12/28 10:13
From シャルナーク
Sub 義妹へ
やぁエリス、どうやら今期のハンター試験を受けるみたいだね。アリィから聞いたよ。
どうせ君は何も準備なんかしてないだろうから、優しい優しい義兄様が君にナビゲーターの情報を教えてあげるよ。
あ、報酬はアリィの寝顔の写真でいいからさ!
ナビの方には俺から連絡しておくから目印に黒い服を着ていってよ。いつもの服じゃなくてコートとかがいいかも。
それでナビゲーターの場所は―――、
……何というか、そこはかとなくウザイなぁ。
原作知識のおかげで試験会場と合言葉は分かっているから、別にナビゲーターはいらないんだけど。まぁ場所が変更されてたら試験すら受けられないかもしれないけどさぁ。
でも、こんなメールが来たからには彼の紹介したナビゲーターの所に行かなくてはならない。
ナビを通さないで会場まで行ったなんてバレたら、きっとアイツ拗ねるぞ。そういう所は何だか子供っぽいんだよな。
「あー、……荷造りでもするか」
取りあえずは長旅の仕度をしなくてはならない。おそらく一次試験でマラソンがあるから出来るだけ軽めにしなくてはいけないのが難点だ。
ちょっとだけ鬱な気分になりながら荷物を選んでいると、部屋にノックの音が響きその直後部屋のドアが開かれた。
因みに入室の許可を出した記憶はない。
……え、ノックの意味なくない? せめて返事くらい待とうよ。
「エル姉様、いる?」
「良かった、まだ出かけてないみたいね兄様」
双子がそんな事を言いながら部屋に入ってきた。
この二人が私の部屋にいきなり来るのは毎度の事だが、何だかいつもよりウキウキしている様に見える。
……嫌な予感がするなぁ。こういう時の勘は、残念な事によく当たるんだ。
「あのね、エル姉様。さっきマリアさんから言われたのだけれど、聞いてくれる?」
「僕らも今回の試験に参加する事になったんだ、エル姉様と一緒に」
………はい?
え、ちょ、本当に?
という事は彼らと一緒に試験を受けるという事ですか?
先生、私は引率の保護者役はやりたくないんですが。だって明らかに面倒な事になるっ……。
確かにこの子達はいい子だよ? ちょっと特殊なだけで。
でも一月近く彼らの自由行動を監視しなきゃいけなのはちょっとキツイものがあるっていうか……。正直嫌です。
そんな私の思いも虚しく、楽しげに笑う双子を見ているとそんな弱音も言えなくなってしまった。
楽しそうだもんなぁ。久しぶりの遠出だし。――仕方ないか。
やれやれと肩をすくめて苦笑する。私もなんだかんだ言ってこの子達には甘い。
自分より下の兄弟がいたらこんな感じだったのかもな……。だが、私が姉を名乗るというならば、この子達にとって良き見本にならないといけない。責任重大だ。
……胃薬も持っていこう。
◇ ◇ ◇
双子には戸籍が無い――流星街の出身らしい――ので出来るだけ早く戸籍に代わる物、そう例えばハンターライセンスのような絶対的な存在が必要だ。
だから今回の先生の決断は間違っていない。……と思う。
「つまらないわ、エル姉さま。少しくらい遊んだっていいじゃない」
「そうだよエル姉さま。こんなに沢山人が溢れてるんだから一人くらい減ったっていいと思うんだ」
「……面倒なことになるからやめなさい」
「私達隠すのは上手よ? ねー、兄様」
「ねー」
……そういう問題じゃないんだけどな。やっぱり表に出すのはまだ早かったかもしれない。
試験会場に着く前からこれか……。先が思いやられる。
◇ ◇ ◇
シャルナークのメールで案内された場所に行くと、黒い髪にターバンを巻き、何処か民族的な旅衣装の様な服を纏った男性がそこに立っていた。
……私の記憶が正しければ、もしかするとこの人は、例のあの人かもしれない。どういう事なの。
私たちが近づいてきていることに気が付いたのか、男性は人好きのしそうな笑顔を浮かべこちらに手を振ってくれた。
……やっぱり彼がナビゲーターか。人違いだったらよかったのに。
「おー!! あんた等がシャルの言ってた妹か? いやぁ随分と似てないな」
「…………はぁ」
いや、どう見てもジンさんです本当にありがとうございました。
ちょ、シャルナークさん。なんでこんな大物と知り合いなんですか?
……そもそもアンタと私はまだ兄妹じゃないだろう。外堀を埋めようとするな。
ていうか物語の最終局面にしかでて来なさそうなキャラクターが序盤のナビゲーターなんて仕事をやるなよ! イメージが崩れるだろ。常識的にかんがえて。
……いや、よく考えてみたら元からこんな感じだったかもしれない。
「俺の名前は……、まぁナビゲーターだから『ナビさん』とでも呼んでくれ」
「ナビさん、ですか」
捻りがない。20点。座布団没収だ。
まぁそんな事はどうでもいいんだけど、やっぱり本名は教えてくれないか。俗にいう『好感度が足りない』ってやつかもしれない。いや、教えて貰っても対応に困るけど。
「おじさんがナビゲーター? 僕らと遊んでくれるの?」
そういって獲物を取り出そうとする双子を即座に押しとどめる。本当に油断も隙もない。
双子はえー? という顔をしながら私に抗議してきた。えー、じゃない。
「敵は全て薙ぎ倒しなさいって、先生が言ってたもの」
「……それは先生の何時もの冗談だ。この人は協力者だから変な事をするのは止めなさい。――すいません、ご迷惑をおかけします」
溜息を吐きながら、深々と頭を下げた。こんなことで怒ったりするような器が小さい人間じゃないと思うが、明らかに格上の人間に喧嘩を売るなんて心臓に悪い。
「いーや別に気にしちゃいないさ。子供の言う事だしな」
カラカラと笑いながらジンさ、いやナビさんはそんな事を言った。
双子は不満そうにぶーぶー言っていたが、駄々をこねても無駄と悟ったのか次第に大人しくなった。
道中、マリア先生の話が出たのだが、どうも彼と先生は知り合いらしく先生の話が出ると顔を青ざめさせて「お前ら、あの魔女の弟子か……」などと呟かれた。
先生、あなた天下のジン=フリークスに一体何をしでかしたんですか……、女は秘密を着かさねて美しくなるってよく言うけど、先生の場合謎しか残らないですよ。
まぁ途中そんな感じでちょっと空気が重くなったが、その後はたいした問題もなくザバン市の試験会場の前まで着いた。
「ここが試験会場の入り口だ。定食屋の中に入って『ステーキ定食、弱火でじっくり』って言えば会場の中に入れるからよ、ここからはお前達だけで行ってくれ。……わりぃな、俺にも色々事情があるんだ。まぁお前達なら問題なく合格すると思うけど応援してるぜ」
少し困ったように頭をかきながら、彼はそんな事を言った。
「いえ、そこまで教えて頂ければ結構です。ありがとうございました。……ほら、お前達もお礼を言いなさい」
「「ありがとーございます」」
二人揃って頭を下げる仕草は流石に双子なだけあって息がぴったりだった。
……ホント、こうやっていつも素直でいてくれたらいいのに。
「ははっ、子供はこれくらい元気な方がいいんだよ。じゃ、試験頑張れよ!」
彼はそう言うと、片手を後ろでにヒラヒラ振りながら去っていった。うーん、嵐みたいな人だったなぁ。
「ジン=フリークス、か」
皆が言うほど偉大な人物には見えなかったな。何というか陽気なおっさんという形容詞が似合う人物だった。
私が修行不足で人を見る目がないだけかもしれないけど。
ま、取りあえず何時までも路上に立ってる訳にはいかない。
そう思って二人の手を引き、『めしどころゴハン』に入っていった。
あ、すいません。ステーキ定食を弱火でじっくりでよろしく。
◇ ◇ ◇
とある商店街の一角に一人の男が立っていた。男の名前はジン=フリークス。電脳ネットでも情報が探れないという、知る人ぞ知るマルチなハンターだ。
その彼が何故こんな商店街に立っている理由、それは――ハンター試験のナビゲーターをするためだった。
ジンは手持無沙汰に煙草を弄りながら、何故関わる気もなかったのに今回ナビゲーターとして試験に参加してしまったのかを思い起こしていた。
思えば二年ほど前に気まぐれで試験のナビゲーターをした事がそもそもの原因だ。一週間ほど前にその時案内した受験生からいきなり「自分の妹達を案内してほしい」と連絡が来たのだ。
あの時以外にナビゲーターをした事は無かったので一時は断ろうかと思ったのだが、会長のジーサンから「今年はお前の息子が試験を受けるぞ」なんていう事をリークされたので、何となく引き受けてしまった。
会うつもりはさらさらないが、遠くから姿を見るくらいは許されてもいいんじゃないだろうか。
既定の刻限に近づいたころ、シャルから連絡があった容姿の人物が道の向こうから歩いてきた。
ゴスロリの双子に黒いコートの女、うん間違いないな。
ゴスロリも黒いコートの女も探せば他にも居るが、あんなに悪目立ちしている集団は他にはいない。ていうかあれで無関係とか言うなよな。
……あいつからは兄妹だって聞いていたんだが、全然似てねぇな。
その事を黒髪の女の方(エリスって言ったか?)に言ったら、「彼は兄なんかじゃありません」と無表情で言い切った。思春期には色々あるって言うし、兄に反抗したい年頃なんだろう。俺も昔はそうだったしなぁ。
そんな事を思っていると、殺気交じりに双子が俺に話しかけてきた。
が、速攻でエリスに咎められて不貞腐れていた。よくも悪くも正直な子供なんだなこいつらは。餓鬼の頃はいくらヤンチャしてもいいと俺は思うんだが、……俺の基準で測ったら駄目か。カイトにもそれでよくキレられたし。
こいつ等みたいな危うい均衡を保ってる奴らには理性的な大人ってのを付けておいた方がいい。
その点でいうとエリスが双子と一緒に居るのは理に適っている。……筈なんだが、なんだこの違和感は。
見方によってはストッパーというよりも導火線に見える気がする。エリスは何もおかしな行動をとっていないはずなのに、何故だ。
自分の思考に首をひねりつつも、順調にザバン市に向かった訳なんだがその際の会話の中でこいつ等があの魔女の弟子だという事が判明した。
――通称『深淵の魔女』。
見た目は人当たりのいい婆さんにしか見えないのに、獲物に対しては残虐卑劣、ダブルブッキングしたハンターに対しては容赦なく罠に嵌めるなど、実力は折り紙つきだがそれと同じくらい悪名が轟いている懸賞首ハンターだ。
一度俺も痛い目にあった。それに全然活動はしないが、ハンター教会の門外顧問、通称『猫』の役割を持っている。
俺ら十二支んと対等の発言権を持つ存在だ。
あのパリストンも唯一あのババァだけには強く出れないみたいだしな。……どうりでこの弟子も得体の知れない雰囲気を放っている訳だ。
あの性格が捻じ曲がったババアと10年以上一緒にいたら、こんな風になってもおかしくはない。
それにしても、いくら見てもエリスの事が全然掴めない。これでも観察眼は長けている方なんだがなぁ……。
何ていうか、こう、上手く言えないんだが、……やっぱりよく判らん。
あーもーなんだよ、こういうの解決しないとホントにもやっとするっていうのに意味が解らない。
温和な雰囲気を出したかと思えば、次の瞬間には抜き身の刀身みてぇな気配を出しやがる。
そのくせ口調は丁寧なんだが、表情は一向に《無》から変化しない。
……読めねぇにも程があるだろう。
結局見極めきれないまま試験会場の前に着いたが、万が一ゴンに見つかるといけないので、俺は合言葉だけ伝えてさっさと退散する事にした。
挨拶もそこそこにその場を去ろうとしたんだが、帰り際に聞き逃せない呟きを俺は聞いてしまった。
「ジン=フリークス、か」
――!?
俺は名前を名乗ってなんかいない、それは確かだ。
だが奴は確かに『ジン=フリークス』、そう言った。
―――――――――どういう事だ?
道中何らかの念による攻撃を受けた気配は無い。考えられるのは情報屋という線だが、俺がナビゲーターをする事を決めたのはつい数日前だ。
紹介相手のシャルナークにすら俺の名前は教えていないし、恐らく知らない筈だ。
……侮れねぇな。
俺は自分の口角が上がっていくのが分かった。こんな面白い人材と関わらずにいるのはいささか惜しい。
思い立ったが吉日とばかりに絶対に連絡しないと心に誓っていた『魔女』の家に電話を掛けた。
◇ ◇ ◇
「よう婆さん、まだ生きてんのか?」
「珍しく連絡してきたと思ったら、のっけから失礼な子ねぇ。好き勝手やりすぎて子供にも会えなくなったお馬鹿さんが、何か私に用でもあるの?」
「……あんたさぁ、もう少しでいいから人を労わる気持ちを持つべきだと俺は思うぜ?」
俺的には軽いジャブを放ったら、いきなりラリアットを喰らった気分だ。ていうかなんで俺が親権失ったの知ってるんだよ。そこまで有名な情報じゃないぞ。
「ジン、貴方は老人に対する発言を改めるべきよ。次にあんな事を言ったら地の果てまで追いかけて、――潰すわ」
「……あーはいはい」
……これだから特質系は冗談が通じないから苦手なんだよ。プライドが高すぎて地雷が多いにも程がある。
とりあえずこのままでは不毛な会話しか続かないと考えた俺は、さっそく本題に入ることにした。
「あーそれでなんだけど、今日あんたの弟子と会ったぜ。随分と毛色の変わった奴だな」
「エリスの事かしら? ……素敵でしょ、あの子。自慢の弟子なのよ」
「『魔女』のお墨付きとは穏やかじゃねぇ。確かに一筋縄じゃいかなそうだったけどな。……所で本題なんだが、アイツの連絡先を教えて欲しい。いやぁ、俺としたことがうっかり聞き忘れちまってさ」
「ふぅん。別にいいけれど、何故?」
「あんな面白そうな奴、放っておけないだろ?」
俺は自分が楽しめればそれでいい。それが俺の性ってやつなんだから仕方ないだろ?
――――それに俺はアンタも俺と同類だと思ってるんだがな、婆さん。
「ふふっ。いいわ、連絡先は後でメールしといてあげる。―――貸し、一つよ」
「一体何を要求するつもりなんだかな」
どんな無理難題を言われるか分かったもんじゃない。この婆さんの傍若無人ぶりは付き合いの短い俺でもよく知っている。
「とにかく、エリスはいずれ私の後継者として『魔女』の名を継いでもらう大事な子なんだから変な事に巻き込まないで頂戴ね。……ま、貴方にそんな事を言っても無駄でしょうけど」
「……変な事なんてしねーよ。そうだな、取りあえず俺が作ったゲームでもプレイしてもらうとするか。あれまだクリアした奴がいねーんだよ。すっげえ最高のエンターテイメントだっていうのに。アイツが婆さんの後を継ぐっていうんなら腕試しにもってこいの場所だぜ?」
「あの子が承諾するのなら、どうぞ好きになさいな」
「そりゃどうも。……じゃ、長生きしろよ婆さん」
「言われるまでもないわ。ジン、貴方もお元気で」
電話を切った後、一時間経過した頃に婆さんからメールが届いた。微妙な時間差を使ってくるところが実に性格の悪い事だ。
そのアドレスを確認しつつ、俺はザバン市を後にした。
……あー、グリード・アイランドの在庫って一つくらい余ってたよな?
◇ ◇ ◇
おまけ
そう、あれはとある日の夜の事だった。
「エル姉様、私達なんだか眠れないの」
「だからとっても暇なんだ。……ねぇ、一緒に遊んで?」
いつもの如く、返事の確認もなしに双子が部屋の中に入ってきた。
「いや、もう遅いし……」
「えー、つまんないー」
「じゃあそれなら私達も一緒にここで寝てもいい?」
「……その後ろ手に隠してるヤツを、自分の部屋に置いてくるならいいよ」
こう言えば素直に自分の部屋に帰ると思ったのだが、予想に反して彼等は自分の枕を持って私の部屋に戻ってきた。
……可愛い所があるじゃないか。
まぁ一人用のベットに多少窮屈な思いをしながらも、そのまま川の字になってベッドの中に入ったのだが……。
「ねぇ、エル姉様。僕たち子守唄を聞いてみたいな」
「前にシンク兄様に頼んだのだけれど、無視されたの」
「アリィ姉様に頼もうかと思ったんだけど、今日はもう寝ちゃってるみたい」
「エル姉様、ね、お願い。いいでしょ?」
「えっと……」
……どうしよう、歌う事は別に構わないけれど、私の子守唄はきっとこの子達が求めている物じゃないぞ。絶対。
でも両サイドからキラキラと期待した眼で見られては断るに断れない。
「すごく下手だけど、それでもいい?」
「「うんっ!!」」
そ、そこまで言うなら仕方ないなぁ、それでは早速、
「♪~~~~、♪~~」
―――一曲終わった時には、二人の意識は有りませんでした。
なんか、うなされてるけど私の所為じゃない、……よね?
……あ、すいません私の壊滅的音痴の所為です。責任逃れしようとして本当にごめんなさい。
ちくしょう、どうせ私は音痴ですよ………。不協和音製造機ですよ……。
そして朝、目覚めた彼等に「子守唄はもういい」と青い顔で言われた。
――――泣きそう。
後書き
まさかのジンさん登場。
マリアさんは作中最凶なのでは…、と時々思います。