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No.7713の一覧
[0] 東方エロゲ地霊殿(オリ主->東方地霊殿)[へたれっぽいG](2011/03/24 01:09)
[1] プロローグ――乙<まるでファルスだ[へたれっぽいG](2011/02/14 14:09)
[2] 第一話――乙<何をちんたらやっている[へたれっぽいG](2011/02/14 14:10)
[3] 第二話――穴<脆すぎますね、この文は[へたれっぽいG](2011/02/14 14:10)
[4] 第三話――古<所詮中二病だ、刺激的にいこうぜ[へたれっぽいG](2011/02/14 14:10)
[5] 第四話――≧<言葉は不要か…[へたれっぽいG](2011/02/14 14:11)
[6] 第五話――少佐<言葉を飾ることに、意味はない[へたれっぽいG](2011/02/14 14:11)
[7] 第六話――婆<いい度胸だ…投稿が終わったら覚悟しておけ[へたれっぽいG](2011/02/14 14:11)
[8] 第七話――聖人<今この瞬間は……小さな存在こそが全てだ![へたれっぽいG](2011/02/14 14:12)
[9] 第八話――聖人<私と萌えてみろ!![へたれっぽいG](2011/02/14 14:12)
[10] 第九話――聖人<もしかしたら君も……私と同じ……[へたれっぽいG](2011/02/14 14:12)
[11] 第十話――古<選んで書くのが、そんなに上等かね[へたれっぽいG](2011/02/14 14:12)
[12] 第十一話――穴<プランD、所謂駄文です[へたれっぽいG](2011/02/14 14:13)
[13] 第十二話――婆<初体験といこうじゃないか[へたれっぽいG](2011/02/14 14:13)
[14] 第十三話――婆<なんだこれは、NGシーンというわけではないのだぞ……[へたれっぽいG](2011/02/14 14:14)
[15] 第十四話――胸無<弾幕、薄くなかったですか?[へたれっぽいG](2011/02/22 00:21)
[16] 第十五話――貴族<身体に聞くこともある[へたれっぽいG](2011/02/17 02:39)
[17] 第十六話――甲虫<まだまだいけるぜ、メルツェェェェル!![へたれっぽいG](2011/02/19 21:20)
[18] 第十七話――少佐<スランプだと? まだいけるだろへたれ作者![へたれっぽいG](2011/02/26 23:59)
[19] 17.5――唐沢<ピーピーピーボボボボ[へたれっぽいG](2011/02/27 00:16)
[20] 第十八話――≧<これで…イイッ[へたれっぽいG](2011/02/14 14:39)
[21] 第十九話――粗製<それが小説だって! じゃあ俺はいったい何だ!? [へたれっぽいG](2011/03/15 18:59)
[22] 第二十話――的<遊びは終わりか? Mr.イレギュラー? [へたれっぽいG](2011/03/16 20:53)
[23] 第二十一話――ピザ<ノーカウント、ノーカウントだ! [へたれっぽいG](2011/03/22 02:09)
[24] 第二十二話――COM<システム、キドウ  [へたれっぽいG](2011/03/23 01:22)
[25] 第二十三話――壊<どおおりゃあああああ [へたれっぽいG](2011/03/24 01:17)
[26] 第二十四話――輝美<諸君、派手にいこう [へたれっぽいG](2011/02/14 14:45)
[27] 第二十五話――社長<この雷電を削り切るとは……化け物めが…… [へたれっぽいG](2011/03/26 15:08)
[28] 第二十六話――COM<レイヴン、助けてくれ、化け物だ!  [へたれっぽいG](2011/03/26 15:35)
[29] 第二十七話――興<全ては私のシナリオ通り…… [へたれっぽいG](2011/03/27 23:55)
[30] 第二十八話――興<遅かったじゃないか……  [へたれっぽいG](2011/03/31 03:03)
[31] 第二十九話――興<いかん、そいつに手を出すな!  [へたれっぽいG](2011/02/14 14:47)
[32] 第三十話――姐<この静寂……遅かったというのか  [へたれっぽいG](2011/03/15 18:31)
[33] 第三十一話――鎧土竜<落ちませんよ、私の鎧土竜はっ(修正)[へたれっぽいG](2011/03/15 17:57)
[34] 第三十二話――社長<燃え尽きるがいい……[へたれっぽいG](2011/09/05 01:38)
[35] 第三十三話――興<一体、どれだけのレイヴンが、このSSを受け取ってくれただろうか [へたれっぽいG](2014/07/23 01:41)
[36] 第三十四話――隊長<何をしに現れた、ここはただのレイヴンが来ていい場所ではない[へたれっぽいG](2014/09/05 01:43)
[37] 第三十五話--DG<天丼って話だが、最新型が負けるはずねぇだろ!いくぞぉぉぉぉ![へたれっぽいG](2015/06/22 01:55)
[38] 第三十六話――COM<メインシステム、戦闘モード起動します[へたれっぽいG](2015/09/23 23:06)
[39] 第三十七話――主任<あ、そうなんだ。で?それが何か問題?[へたれっぽいG](2016/06/25 19:44)
[40] I-0[へたれっぽいG](2012/11/08 01:59)
[41] 作者<騙して悪いが……本編じゃないんだ[へたれっぽいG](2011/09/13 02:11)
[43] 作者<キャラショウカイ……デデデストローイ、ナインボー [へたれっぽいG](2011/09/13 01:45)
[44] 短編集――作者<ワタシハナニカ……サレタヨウダ…… [へたれっぽいG](2011/02/14 14:49)
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[7713] 第三十二話――社長<燃え尽きるがいい……
Name: へたれっぽいG◆b6f92a13 ID:a2573ce4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/09/05 01:38
「縁っ!」
「縁ちゃんっ!!」

 彼方から声が聞こえて、みとりはゆっくりとそちらに顔を向けた。そこにはみとりを気遣ってくれていた恩人の鬼、しつこく友達だと言ってきた土蜘蛛と釣瓶落とし、そして自分が組み敷いている人間の同居人と、自分が傷つけてしまった彼のもっとも大切な地獄烏が走ってきていた。
 水を差された思いで顔をしかめ、大きく息を吐き出して起き上がろうとした。砂浜に触れた瞬間にじんじんと手が痛み、両腕と言わず身体全体がぷるぷると震えたが、それでも上半身だけは何とか持ち上げた。そのまま縁を見下ろすと、すっかり目を閉じ、呼吸は浅く顔色も悪いが、表情は憑き物でも落ちたように安らかだ。もう大丈夫だ、とでも安心している、何かを信じきった寝顔だ。
 呆れる思いをしながら嘆息を堪えると、違うものへと変換された。約束を果たさなければいけない。自然とその形へと変わった感情はみとりに周囲を探らせ、どこかへ吹き飛んだリュックを見つけようとした。目的のものは底の浅い場所から突き立つソルディオスの破片に引っかかり、少々距離があった。
 確認している間に、こいしと空が縁を抱き起こすが、そこで空は離れ、こいしだけで陸へと引っ張り上げようとした。理由は、みとりが一番よく知っている。だから、動かなければいけない。

「霊烏路、空……だっけ?」
「え、な、何?」
「そう、警戒、しないで……あなたの中の“波”を、消すだけ、だから……ちょっと、待ってて、ほしっ……」

 空を引きとめながら、痙攣を起こす両足で起き上がろうとした。しかし半ばまで立ち上がったところで、急に力が抜け倒れこんでしまった。もう一度、と膝に力を入れるが、思うように起き上がらない。それでも、と自身の体に念じていると、おもむろに手が肩に伸びてきてひょいと体が持ち上げられた。
 一体誰が、とその手の先に視線を延ばす。その間にみとりは肩を担がれ、視線のすぐ傍に特徴的な赤い角が真っ先に目に入った。

「星熊、さん……」
「まったく、あんたも無茶するねぇ」

 星熊勇儀はからからと笑う。それに呆気をとられて、みとりは言うべきことを見失い、そっぽを向いた。この恩人に何をしたのかは、その顔に残る火傷のあとが有無を言わさず告訴してくる。鬼という尊い幻想を唾棄すべき“ケガレ”で汚したのは自分だと。それに応えるべきものを、みとりは見つけられない。何か言わなければいけない、と思うのだが、頭が真白になって何もいえない。
 そんな心を見透かしたように柔らかく微笑む勇儀は、一度視線を外し、支えがなければ動けないみとりの歩調に合わせながら、言葉を紡ぐ。

「けど、元気になってくれて何よりだよ」
「っ……何も、言わないの?」
「何を言う必要があるんだい?」

 耐え切れなくなったみとりに被せるように、勇儀は言葉を重ねてくる。みとりは弾いたように勇儀を見、その目を覗き込んだ。そこにはみとりが考えていたような、怒りや苛立ちと呼べるようなものはない。ただ単純な、労いの思いがあるだけだ。
 再び言葉に詰まって、みとりは歩みさえ止めてしまった。それに勇儀は仕方ない、といった調子で一度嘆息した。

「たしかにあんたがやったことには咎はある。けどそれを今ここでいうのは野暮だろ? それに……」

 勇儀はそこで一度言葉を切ると、おもむろに空いている方の手を伸ばした。その先にはリュック同様ソルディオスの破片に引っかかっていた、焼け焦げた帽子があり、それを難なく拾い上げるとみとりの頭に被せて、ぽんぽんと頭を軽く頭を叩いた。

「癇癪起こして、しまいにはケンカで泣いちまった妹分を許してやるのは、私の役目さっ」

 頭の上に、焼けた布/皿越しにある勇儀の手の感触が、じんわりと伝わってくる。言葉が出ない。無性に、目頭が熱くなった。それを見られるのが恥ずかしくて、俯いた。子ども扱いは、何も出来ない無力な存在/かつての自分と同じように言われているようで嫌なはずなのに、ほんの少し前の自分なら暗い怒りを爆発させているのに、今は胸の奥底が温かくなるようだ。
 それがまた恥ずかしく、しかし嬉しいとも思う自分がいることに驚いた。

「それと、私だけじゃないぞ?」
「えっ……?」
「みとりー、これでいいのー?」

 勇儀の言葉に三度驚くと、前方、みとりのリュックが引っかかっていた方から声がかけられ、顔を上げた。そこにはヤマメが手を振り、キスメがみとりのリュックを両手で持ち上げていた。二人は水面スレスレを浮かびながらこちらに寄ってくると、異様な細さをしたリュックを差し出してきた。
 
「はい、これ!」
「ど、どうぞっ!」

 ヤマメはにかりと、キスメはぎこちなく笑みを向けてくる。そこには勇儀と同じように、罰を与えるといった責めの色はなく、むしろ勇儀よりも親密さを込めたものがあった。どうして、という疑念があった。ここにいること、笑いかけてくれること、少なくともそうしてくれることを望むような態度はしていなかったはずだ。むしろ嫌われて当然ともいえるものだったはずだ。みっともなく泣いているところを見られているはずだ。
 それなのに、どうして。
 その思いを込めた言葉が出掛かって、しかしそれをヤマメに口を人差し指の腹で抑えられてしまった。

「言ったでしょ、友達だって。だからほっとけないのよね、そういうの」

 そういって茶目っ気を含んだウインクをするヤマメに、潤んだ目になりながらもうんうんと頷くキスメ。
 また、胸の奥にある何かが、ぽかぽかと温まって、体を縛り付けているものが軽くなり、同時にしっかりと結び付けられたような感覚を覚えた。中邦縁は言っていた、“絆”だけはなくならないと。今、認識したものがそれならば、みとりは知らぬ間にそれを結んでいたことになる。
 姉妹に、友達。誰かと誰か、ものとものを結ぶ関係。気づいてしまえば、こんなにもありふれたものであることに、みとりは笑いたくなった。けれども、顔は先の殴り合いのせいで痛んで、うまく動かない。それが少々有難かった。
 すぐに心変わりをしたような自分に若干の不甲斐なさと、気恥ずかしさを覚えたからだ。
 だからこそ出来るのは、せめてもの感謝の一言だった。

「……ありがと」
「え、今なんて?」
「何でもないよ、それより三人とも、湖から一旦出て……霊烏路は、こっちに来て」

 空いた手でヤマメとキスメからリュックを受け取り、おぼつかない手つきながらもそこから目的のものを取り出す。目の前にいる二人はその珍妙な腕のオブジェとしか言えないものに首を傾げ、勇儀は顔色を変えた。これに内包されたものを鬼の嗅覚が感じ取ったのだろう、と推測を立てながら、その“腕”を無造作に掴む。

「……支えがなくなるけど、大丈夫かい?」
「大丈夫……それに、これはわたしのケジメだから……そういうのは、自分自身でケリをつけるものでしょ、“勇儀さん”」
「っ、みとり……」

 勇儀は言葉に詰まり、黙ってみとりから離れた。すぐに倒れそうになって、ヤマメが動こうとする。しかしたたらを踏みながらも、みとりは倒れなかった。皿/帽子が戻ってきたおかげというものあるが、それ以上に自分にもまだ居場所があることに気づけたことが、不可視の力となってみとりを奮い立たせてくれた。
 
「みとり、その、大丈夫? 約束だか何だか知らないけど、無理しちゃったら……」
「そ、そうですよ……血も出てますし、その、皮膚も……」
「簡単な用だから、大丈夫よ……だから、心配しないで、“ヤマメ”“キスメ”」

 勇儀と同じように驚かせるつもりで、二人の名前を呼んでみた。すると二人は、予想以上の反応、目をぱちくりと開き、ぽかんと口を空けてしまった。それが可笑しくて、ひりひりと痛いにも関わらず笑みが出来た。

「今、私たちの名前……ちゃんと呼んでくれたの?」

 しかし改めてヤマメに言われた途端、急に顔が、腫れとは別の理由で赤くなって、そっぽを向きたくなった。それでも、自分自身に時間がないことを理由にその衝動を抑え、紛らわせるために声を荒げた。

「ああもう、それはいいでしょう! 危ないから早く出て!」
「は、はははい!」
「うん、わかったよ!」
「~~、そんなしたり顔するなぁ!」

 二人と勇儀を大声で追い返しながら、ほとんどなくなってしまったキーホルダーの毛からいつもの棒を作り出そうとしたが、それは鉛筆程度のものしかならなかった。考えた通り、捨て身の方法しかないと悟る。
 そのことを覚悟した時、ふわふわと浮いて空が近寄ってきた。すぐに水の中に入るよう鉛筆サイズの棒で指示すると、違和感を覚えた。湖の中に溶け込むように入り、翼を畳む姿をじっと見るも、違和感の正体は見えない。空が顔を上げ、みとりに目を合わせた。
 それでようやく気づいた。体は震えているものの、その目には先ほどまでは確かにあった、今まで散々な仕打ちをしてきたみとりに対する、警戒の色がないのだ。

「……貴女も、わたしを信じるっていうの?」

 そんな疑問が言葉になった。空は、すぐに応えた。

「うん。だって……縁が信じたんだもん」
「何それ、あのアホな人間の言うことなら、信じられるっていうの?」
「信じるなんて、縁は言ってないよ。あなたが約束を守ってくれるって任せたから、あんな風に寝てるんだよ。だから、私は信じることにしたの」

 空が振り返り、その視線がこいしが膝に頭を置いた縁へと向いた。その顔には憑き物でも落ちたように、気が緩みきった子どもの寝顔があり、こいしはこちらに対して警戒しながらも、どうにもばつが悪そうにしていた。それを見ている空の表情には、気恥ずかしさに様々な感情を組み合わせたような微笑が浮かんでいた。
 それにもまた、みとりはデジャビュを覚えた。ここ二週間の中で見続けた夢/白昼夢の中で見かけた気もする笑み。しかし空がこちらに向き直って口を開くと、その既視感は一旦胸の奥に引っ込んでいった。

「それにね……さっきのあなたの顔、縁に似てたから」
「……はい? 似てたって、そこのアホの、どんなのと?」
「えっと、ね……そ、その、私が、一番好きな、顔、かな……」

 えへへ、と笑い出した空に、引っ込んだ既視感は消滅し、急に脱力感を覚えると共に、このまま放置してやろうかこのノロケ鴉、といういつも身を焦がしていたものとは違う黒い感情が湧き上がった。そしてその感情に不意打ちをされたように気づくと、不思議でならなかった。
 そのようなものが出てきたのが生まれて初めてで、その感情があまりにも気軽で、どこか間抜けで、すんなりと受け入れられてしまったからだ。ヤマメたち三人に抱いたものと同じ、今の自分にはどうにも扱いに困る、決まり悪い代物だ。
 猛烈に頭を掻き毟りたくなって、その余裕もない体に苛立ちともつかないむずむずしたものを覚えた。だからこそ思考を元に戻し、さっさと済ませようと、口を開いた。

「目を閉じて……何も考えないで……」

 こちらの雰囲気が変わったことを察した空が目を瞑ったのを確認すると、水の上まで浮遊し、“腕”の手の平を空の額に軽く押し当て、同時に鉛筆サイズの棒を空いた手で構えた。か細い思考の糸を織って空の脳内を廻る波に対しての波動係数計算を行い、制御棒越しにその流れ、数、エネルギーを感じ取る。二つのイメージは予想以上の不協和音を奏で、ソルディオスの余波で焼け焦げる魂に鞭打つ作業となるが、それでも歯を食いしばり、かつ粛々と演算し続ける。
 二つの、あまりに幾何学的な演算の狭間に取り殺されそうになった瞬間、答えを出した。それを一拍も置かずに腕へとフィードバックし、起動させる。刹那、湖面に空を中心に幾重もの波紋が広がり、風切り音が周囲を覆った。同時に“腕”を持った手に特徴的な高周波が伝わり、一息に胴体まで駆け上ってくる。それに合わせて、棒を自分の腕に思いっきり突き刺し、風穴を開けた。途端、反対側にも穴が開き、二つになった穴から噴水のように血が吹き出した。
 満身創痍を当に越えた体で、追い討ちとばかりにごっそりと血がなくなって目の前が真っ暗になろうとする中、みとりは目蓋を上げる空を見ながら、奇妙な安堵感に包まれ、思いのままに吐き出した。

「よかっ……た……」

 それだけを何とか言い残して、みとりもまた限界からの誘いに誘われ、夢の中へと旅立った。



 第三十二話『僕たちの風が吹く』
 


 ぱちり、と縁は目を覚ました。目を何かで塞がれていて爽快とは言いがたいが、寝覚めはとても良く、意識もはっきりしていた。おかげでどうして寝ていたのかも自覚しており、目を塞いでいたもの、包帯を動く左手で取って、周辺状況の確認をするまでにはスムーズにいった。
 地獄はもう知っているので対象から除外し、とりあえず天国ではない。すっかり生活感が染み込んでしまった地霊殿の自室だ。机の上は少し整理されていたが、乱雑な包帯の余りと何かが入っていると思わしき小袋、水の入った桶とそこにかけられた濡れ布巾が放置されていた。
 そして何よりの生の実感は、他の部屋から持ってきた椅子をに座り、縁の足に腕枕をしき、静かな寝息を立てる霊烏路空の存在だ。
 恐らくはずっと看病してくれていたのだろう空を起こさないように、鈍痛に軋む上半身を起き上がらせて、自身を見下ろしてみた。予想通り、手ひどくやられた痕がいたるところにある。上半身は裸になって脇腹を中心に薬品の染み込んでるガーゼが貼り付けられ、左腕はいかにも薬草を煎じて染めたという色合いの包帯でぐるりと巻かれているが、動かすのに支障なし、下半身も左足に痛みがある。目に見えない部分にも、まだまだ誰かが治療してくれた跡があるだろう。
 それらは、みとりと戦ったという認識を確かな現実のものであると証明してくれた。
 今度はどれぐらい寝ていたのだろうか、と頭を抱えたくなって右腕を額にやろうとすると、その動きが鈍いことに気づいた。咄嗟にそちらを見ると、見事なまでに亀裂が入り、一部からは中の部品が丸見えになっていた。

「……さすがに、限界だったのか……そりゃ、そうだよな」

 思えば、ここに来てからまともな点検一つできなかった。その中で妖怪との遭遇、幾度もの弾幕ごっこやぶつかり合い、ロッククライミング、果ては虚空をぶん殴るという奇妙なことにまで付き合わせたのだ。無傷、いや無理が出ないという方がありえない。それが今回、目に見える形となって現れたのが堪えた。元の世界でも義手は壊したことはあるが、その度に開発者である父が直すか、はたまた代わりを作り、入れ替えて使っていたのだ。そのため、たった一種の義手に、ここまで濃密な期間ずっと一緒だったということは、おそらくはないはずだ。
 愛着と呼ぶものが生まれるのは当然であり、またここにいるはずの、あの存在のことも気にかかった。

「大丈夫かよ、お前……家、壊れちまってんだぞ?」
「うに……にゅぅ……?」

 独白が洩れたその時、空が身じろぎをしながら、掛け布団と自身の腕枕に埋まる頭を寝起きらしい緩慢な動作で上げた。もう一度、うにゅう、と鳴いてぽけっとした寝起き顔の目蓋をこすると、縁をじっと見つめる。その目が徐々にはっきりとするのに合わせて、涙が目じりに溜まっていった。

「えに、し……?」

 ぽつりと洩れた自身の名に、応っ、とできるだけ軽い調子で返すと、折りたたまれていた翼の先端がぐっと上に伸び、見た目は以前のままだが生気を帯びた羽根が視界一杯に広がった。
 あっ何か知らんけどデジャビュだ、と頭に浮かんだものに従い身構えようとした直後、軽い衝撃が胸部にきた。空の震える右拳が、包帯越しの胸板を叩いていた。えっ、と思わず困惑をそのまました声を上げたが、すぐに第二撃の左手が叩き、その僅かな衝撃で完治していない傷が痛み、「いてぇっ」と喚く以外に反撃も何もできなかった。
 空はそれに気づかない、いや意図的に無視して、無言のまま連打を叩き込んでくる。そのことごとくが力の篭っていないものだ。僅かに頭が俯き、影になって見えない眼から、ぽたぽたと涙が零れて、シーツを濡らしている。そのシミが広がるにつれて、空の手の勢いがなくなって、ついには胸に拳をつけたまま止まってしまった。

「………ばかぁ」

 そして、ようやく吐き出された言葉に、縁はようやくデジャビュの正体に思い当たった。十一との始めてのケンカの後に勇儀の家で目覚めたときと同じなのだ。たった二、三ヶ月前の出来事であり、それほどの時間が経ったのかと感慨に耽るにはまだ短いともいえる、だがまりに濃密な月日だった。元の世界では早々ない経験だろう。
 その中で知ったこと、変わったことはたくさんある。その中で今もっとも関係あるのは、目の前でぽろぽろと泣いてしまっている、地獄鴉という妖怪である、少女との繋がり/関係だ。その思惟に対して、そういう関係だったらこんな時どうすればいいだ、と足りない頭で考えるが、何も有効なものが浮かばなかった。だがそんな思索よりも、たった今目の前で泣いてる少女を泣き止ますにはどうすればいいか、という思考が出て、それは自然な調子で左手が空の髪に伸ばし、あやす調子でぽんぽんと叩いた。

「開口一番にそれかよ。普通、生きててよかったとか、起きてくれたんだね、とかじゃないか?」
「……心配だったんだもんっ」
「おいおい、信じてくれなかったのかよ?」
「そんなの当然だよ! けど心配だったのは別だよ!」

 ごんっ、と今まで以上の力で両拳の槌が叩き込まれた。いてっ、と呟きながら、緩む口端を抑えられなかった。いったいどれほど眠っていたのかはまだ定かでないが、空がこうして自分から積極的に触れてきてくれることが、あの約束を河城みとりが果たし、病気を治してくれたことの何よりの証拠だからだ。
 しかし一方で、空にこうして不安になるほど心配をさせてしまったのが心苦しかった。頭に置いたままの手で、空の髪を撫で始める。最後に会った時よりもずっと艶やかになった黒髪は縁の手に絡まりように解け、空の目から零れる涙も、それに合わせて止まっていった。
 何とか落ち着いたか、と手を止めた矢先に、再び胸を叩かれた。今度は強めで、鈍い音と共に空気が口から漏れた。

「…………もっと」
「あ~あー、わかった、わかったよ。だからまぁ、その……もう泣かないでくれって」
「泣いて、ないよ……ばかぁ」

 再び撫で始めると、空は何度も縁のことをバカと、嗚咽交じりの声で罵りながら、胸板に置いたままの手をずるりと落とした。やがて空は髪を解かされる感触をより深く確かめるように目を閉じた。その仕草に妙な気恥ずかしさとまだ未熟な愛しさのようなものを覚えていると、こんこんとノックの音が響いた。
 気づけば、二本の“線”が向こうと繋がっている。全て見知ったものだ。

「中邦さん、入りますよ」

 響いてきた声は、この館の主のものだ。随分気を使われてたんだろうな、と思いながら手を止め、本来は必要ないだろう返答を返す。

「あー、ちょっと待ってくれ……手ぇ疲れたし、もういいだろ」
「……うん、けど」

 空に確認を取ると、頭の上に置いたままの手を包むように取り、そのまま膝の上に置かれた。それだけで、先の気恥ずかしさがより強くなって、顔に表れそうになる。

「お話終わるまで、手繋いでて、いい?」

 ぐっと来た。突然の宣言に頭の中が興奮の赤に染まって、それが耐え切れずに顔に表れて、熱を帯びたのが自覚できてしまった。
 思い返せば、起きてからの自分も大分頭がショートしていたように思えたが、ここまでストレートではなかったはずだ。あの病気って実はこういうのも抑制してたんじゃねぇか、と心中で叫ぶが、「だめ?」と小首を傾げて聞いてくる空に、あまりに言うことがありすぎて何も声に出来ず、そっぽを向きながら頷くしかなかった。
 それに空が顔を綻ばせて、きゅっと手を握って応えた。その瞬間、ドアが勢いよく開かれた。勢いをそのまま強烈な音となって部屋中に響き、内包されていた凄みに二人は慌てて手を離してしまった。そのことに気づき、空があっ、と残念そうな吐息を漏らした直後。

「そこまでよっ!」

 部屋を空けた張本人、火焔猫燐がどこかで聞いたことがあるかもしれない静止の叫びを上げながら突入し、ベッドにいる縁めがけて突撃、膝蹴りを側頭部に叩き込んだ。

「ぶべっ?!」
「え、えにしぃぃっ?!」

 縁は一切の抵抗もできずそれを喰らって再びベッドへと倒れこみ、慣性を無視して膝蹴りを叩き込んだ瞬間の態勢をままに静止する燐はふんと鼻を鳴らすと、突然の事態に口を半開きにしたままの親友に目を向けた。

「何二人っきりの世界になってるの、腐れ死にたいのっ!?」
「お、お燐、怪我人に向かって今のは……」
「あれ見てからいいなさい」

 ぴっと燐が指差した先に空が視線を向けると、ドアの向こう側で廊下に寄りかかるさとりがいた。その顔は非常に言語化しにくく、少なくともこの場にいる三人には不可能なことだった。だがわずかに聞こえるか細い呟きだけが、地霊殿の主、覚妖怪に何が起こったのかを理解させる手がかりとなっていた。

「……甘いのは、まずいわ……」

 ともすれば何か白いものを口から吐き出しそうであった。空はそれに対して、どうしてあんな風になっているのだろうと小首をかしげ、燐はこの鈍感が、と親友の態度に心中悪態を吐きながらも、さとりの心情に共感していた。だからこそ原因の一部を、色々な私情込みで蹴り飛ばしたわけであるが。

「……っ、てめー人の殺す気かっ!?」

 こめかみの辺りを擦りながら起き上がった縁は、開口一番に燐へと突っかかったが、お前が悪い、とそれこそ親の仇でも見るような視線で睨む燐に常にはないプレッシャーを感じ、勢いを殺されてしまった。縁としても、安否を心配させたことなどには負い目があるが、そこまで深い理由は分からず頭を悩ませた。
 
「……はぁ、心配してたのがバカみたい」
「うっせーな、だったら少しは優しくしやがれ」
「それとこれとは話は別よ、おくうもね」
「どこがだよ!」「え、私も?!」
「残念ですが……今回ばかり、私もお燐の味方をします」

 騒がしくなりそうだった怪我人の部屋の中に、ようやく正気を取り戻したさとりが入り、何事もなかったように朗々とした声を発した。言い繕おうとした人間と妖怪の男女は、しかしさとりの、燐にも負けぬ眼光に黙らされ、こそこそと自分たちの非がどこにあったかを確認し合った。
 多少は自覚があったのにどうして人に言われると察しが悪いのか、とさとりは溜息を吐きたいのを堪えて、話を進めることにした。

「……怪我の具合はどうですか、中邦さん?」
「ん? ああ、思ったよりは平気だぜ。それより……」
「今日はあれから丸二日です。中邦さんの治り具合は旧都のお医者様に診てもらいましたが、かなり良いそうです。ソルディオスの影響も少ないといっておりました。それとおくうのことですが、この二日間一度もあの発作は起きていません」
「オーケイ。分かりやすい説明で助かる」

 さとりの読心能力は説明の時にとても助かるな、と頷きながら同意する縁に対し、こちらも慣れた調子で、しかしどこか嬉しそうに頬を緩めるさとりは、しかしすぐに口元を引き締めた。

「ですが……河城みとりはまだ起きてません」
「そっ、か……もしかして、あのソルディオスってやつの原因か?」

 事前情報と実際に戦ってみた感想から、もっとも原因があるのはそれしかなかった。あの緑の光は文字通り魂を焼かれかねない。それが人間と妖怪でどれほどの効果の差が出るかは知らないが、繰り手であっても半妖という存在であるみとりにどのような影響を及ぼすかは定かでなかった。
 ちゃんと元気に起きてくれればいいんだけど、と何気なく呟き空も首肯すると、さとりと燐が驚いたように目を瞬かせた。何か変なこと言ったか、と隣の空に尋ねるが、ううんわかんないと首を横に振った。すると燐はがくりと脱力して崩れ落ち、さとりは堪え切れなかったと言いたげに溜息を零した。

「その、中邦さん。それにおくうも……貴方たちは、あれだけのことをした相手のことを、もう恨んでいないというのですか?」

 さとりの疑問は、とても当たり前のことだった。妖怪だって嫌な事をされたら大小や忘れっぽさがあるとはいえ、相手を恨んだりもするし、仕返しをしたいとも思う。その感情を糧にする妖怪や、そこから生まれた妖怪もいることがその証明だ。この旧地獄でいえば、パルスィがその親戚筋に当るだろう。おまけにみとりが地霊殿や旧都の妖怪、その中でも特に二人にしたことは、それこそ弾幕ごっこという決闘で勝敗が定められたとはいえ、早々消えるものではないはずだ。
 空はともかく、縁とて改めて言われれば、さとりの言わんとしていることを察する程度は聡くはなっている。だからこそ、その言い方に気に食わず、顔をしかめた。そして空もまた、ただの表面上の言葉に対してすぐに真剣に悩み、一見弱気な、しかし芯には明確な意思を持って応えた。

「何言ってんだよ。あいつをこれ以上恨むって言うのは、ただ泣き虫を寄ってたかって苛めるようなもんじゃねぇか。んなの嫌だぞ俺は」
「え、えーと、その、さとり様、それにお燐も……私は、その、変だって思われちゃうかもしれないですけど、あの子のことはもう、恨むとかそういうことが、できなくなっちゃって……」

 態度と心情の細かな部分に差異はあれど、しかし縁と空の言わんとしていることは殆ど同じであり、再びさとりは言葉に詰まり、燐は困りつくした末に呆れ果てたといった表情で、何とか立ち上がった。そしてまた二人で顔を合わせて、ちらりと横目で縁と空を見ると、さとりはどこか嬉しそうに微笑み、燐は悔しさと嬉しさがごちゃ混ぜになった複雑な顔を作った。

「ふふ、そうですね……そういう心を持っている人もいることを理解できないとは、私は覚妖怪失格ですね。それにしても……」
「あんたたちが好き合った理由が何となく理解できちゃったよ、あたい……こんなにもあたいとおくうの意識の間に差があるとは思わなかったわ」
「んなっ、ど、どどどうしてそうなるんだよ!?」
「す、好きあうって……うにゅぅ~……」

 唐突なお似合い宣言に、あまりそういう扱いに慣れていない縁は顔を真っ赤にして喚き、恐らくは意識し合って初めての経験となる言われ方に空は体内で核融合でもしているのではないかと思われるぐらいに顔を紅潮させ頭から湯気を出し始めた。それを見て、こいつらギャグで言っているのか、という表情になってしまうさとりと燐。
 場を仕切りなおすのと、話題を逸らすために、縁はわざとらしい咳をし、この場にいない一人の妖怪のことを聞くことにした。

「そういえばこいしはどうしてるんだ? もしかしてまたどっか遊びにいってるとか……」

 言葉を口にする直前にさとりが、言葉にした後に燐が今までのどこかからかう調子だった表情を引っ込め、先程の縁と空の答えを聞いた時と同じぐらいに、どこか困惑した、説明をし辛いといって口を開くことができないという空気を漂わせた。何か不味いことでもあったのか、と右腕の調子を再度確かめながら、気を引き締める。空もそのことに何の答えを持ってないと言いたげに、縁と同じく返答を待った。
 
「……あの子は今、河城みとりの下に行って、看病をしています」
「え、それほんとか?」

 返ってきた答えは、予想の埒外のものだった。驚きによって一瞬思考が途切れそうになるが、構わずに燐がさとりの言葉を引き継ぎ、口を開いた。

「そーよ。一応変態三匹が一緒についてるし、あの半妖の個人的知り合いだっていう勇儀様やヤマメたちと交代でやってるみたいだから、今のとこ何の問題もないみたい」
「そうか、あいつが……」

 それだけを吐き出してから、どうしてこいしがそのような行動をとったのかを考えた。
 こいし自身はみとりとは特別仲良くはない、それどころか一度弾幕ごっこを仕掛けて返り討ちにあったというのは、決戦前夜に既に聞いている。その時に何が二人の間にあったのか仔細を知らないのが、思考をするための重要な素材であるのにまるで足りていない。
 まさか負けたから言いなりになってるとか、嫌らしい復讐をしてるとかってわけじゃないよな。根も葉もない不安が泡のように浮かんで弾ける直前、空がおずおずと声を出して、それを吹き飛ばした。

「あの……こいし様は、大丈夫だと思いますよ」
「『前に似ているからと自分で言ってたし、それに……』もう、おくう。せめて言いたいことはちゃんとしなさい」
「ご、ごめんなさい。だけどほんとに、こいし様は、その、私や縁に酷い事をしたのは怒ってるかもしれないけど、あの子自体にはもう恨みなんてないと思うんです」
「『何故なら、みとりのことを心配しているのは、本心だろうから』……おくう、本当に何の根拠もないの?」
「はい。だってこいし様のこと、大好きですから」

 縁の隣りで、空が笑みを浮かべる。それは事情を知らないものでも、相手を信じきっている類のものだとわかる笑みだ。縁も含め、三人が驚く中、一人さとりが重いため息を吐き出し、眉間にシワを作った。

「……おくう、それはちょっと答えとしてはあんまりなものよ」
「うにゅっ!?」

 ですが、とさとりは自然と険しくなっていた頬を緩めて、空の傍まで歩み寄ると、すっと頭を撫でた。

「そうやってこいしのことを信じてくれるのはとても嬉しいわ」
「う、うにゅぅ……」

 そうされるのが照れくさいのか、縁と二人きりでいた時とはまた別の照れくささで顔を赤らめる空。その様子を見ていた燐が、しょうがないなぁ、と親友に対する呆れと嬉しさを微笑に滲ませ、縁も釣られて頬を緩ませた。
 しかしそれも二、三拍の間だけに済ませ、下半身を動かしてみる。筋肉を過剰酷使した影響か痺れるようなものと、何度も打ち付け貫かれたおかげで針を刺されたような熱を帯びた鋭い痛みが、交互に交じり合って脚を行使を拒否したが、許容範囲だと誤魔化し、ベッドの外に足裏をつけた。
 そのまま立ち上がれないかと左手に力を込めた矢先、すっかり和んでいた三人がこちらに気づいた。

「縁、何やってるのっ?」
「何って……みとりの見舞いにいくに決まってんだろ」
「見舞いって……」
「中邦、あんたどこまでバカなの、おくうよりバカなの? あんたは怪我でまだまともに動けないし、そもそも普通そこまでする必要あるの?」
「『こいしが行っているから、自分も行かないと不義理になる』、そういう気持ちもあるのはわかりますけど、今は安静に……」

 さとりがそこまでいって、第三の目ごとぎょっと目を見開き、口を半開きにした。縁はそれに対して、にかりと笑って、ふらふらと立ち上がって、さとりが読んだ心をそのまま声に出した。

「友達がまだ意識不明だっていうなら、見舞いにいくのは当然だろ?」





 また、あの野原にいる。夢の中で見た景色、禁止した記憶の中に繋がりの触媒として埋め込まれていた原風景。みとりはそう己のいる場所を認識すると、黄金を揺さぶる微風を身体一杯で味わった。体に染み付いていた腐臭というものが風に吹き飛ばされ、肩の重さがなくなるような心地だった。
 目を閉じて、息を大きく吸い、吐く。それが多重奏になっていると気づくと、みとりはその自分以外の音の主を探るべく視線を巡らせ、隣に立つ小さな存在を認めた。野原の稲穂と同じ程度の背丈に、黄昏に染まってオレンジ色に映える赤い髪。胸元には今のみとりにはない、奇妙で綺麗な錠前をアクセサリとして飾り、強めの風が凪ぐたびに小さめの帽子が飛ばされないように抑えている。
 みとりがしばらくその童女を見下ろしていると、急にこちらを見上げてきて、思わず愕き仰け反った。だがみとりのそ失礼ともいえる反応を気にした様子も無く、少女はにかりと笑顔を浮かべた。開いた唇からは八重歯が覗き、生えきったばかりの歯が並んでいた。

「お姉ちゃんも、ここが好きなの?」

 問われた内容に、みとりは言葉を詰まらせた。その原因を疑問として身内に反芻させる間もなく、少女が風の中で謡うように、言葉を続けた。

「わたしは、ここが大好き! 麦がきれいで風が気持ちいいし、追いかけっこやかくれんぼには丁度いいし、何よりみんなの秘密の場所っていうのが好き! 雨の時とか服がすぐぐちょぐちょになってお母さんに怒られるけど……あ、友達と遊んでると、時々妖精とかも混じってるときもあるんだよっ!」

 少女の声、単語の一つ一つが、体を通して、心の中にしみこんでくる。その度に、どこからか音が聞こえ始める。それは先ほどからずっと耳の中で囁かれる風の歌声であったり、追いかけっこをする子どもたちの声であったり、そこに一緒に混じって遊ぶ妖精や妖怪の歓声だった。
 それらを聞くたびに、みとりは思う。知っている、ずっと忘れていた/禁止していたけど、これをわたしは知っている。覚えている。

「ただね、ちょっと里から遠いのがね。だからみんな、日が暮れると帰っちゃうの」
「……あなたは、大丈夫なの?」

 ようやく紡いだ言葉は、少し震えているものだと自覚できた。少女はそこに気づかず、ただ言葉の意味だけを考え、うーんと唸った。

「そーでもないけど、わたし、半妖だし、他の子と違って妖怪とかには襲われにくいの」
「そう。けど、嫌なことも、あるんじゃないのかな?」
「むー、お姉ちゃんって、嫌な人?」
「そ、そういうわけじゃあ……」

 自己嫌悪に陥りたくなった質問に、純粋で、人を困らせることに長けた子どもの知恵の詰まった疑問が返ってきて、みとりはまともに答えることができずに、少女から目を逸らした。
 少女は、そんなみとりを見て、変なお姉ちゃん、と呟くと、また大きく背を伸ばし、両手を広げた。視線を戻したみとりは、まるで野原と少女が一体になって、溶けてしまう様に見えた。

「嫌なこともあるよ。けどね、それよりずっと楽しいことや嬉しいことが、いっぱいあるから!」
「えっ……」

 自分よりずっと幼い半妖の答えに、みとりは言葉を失って、頭の中が真白になった。気づいた時には、少女がぽかんと口を半開きにしてこちらを見ていることに気づき、余程自分は可笑しな顔になっているのだと考え付くと、沈んでいく太陽の方へと視線を移した。
 目から頬にかけて、一筋に熱を帯びていた。確かめなくても、何であるか分かってしまった。だからこそ、拭いたくは無かった。

「……お姉ちゃん、泣いてるの?」

 少女が、ただひたすらに当然な、だけど子どもにしか聞けないことを聞いてくる。みとりもまた、それに素直に頷き、答えた。

「そう、かもね」
「嫌なこと、あったの?」
「うん」
「じゃあ、すごく、辛かったの?」
「とっても」
「…………じゃあ、楽しいこととか、嬉しかったこと、あった?」

 みとりは、太陽から今度は天井に広がる空(そら)を見上げた。そこは昼と夜、青と赤と黒、星と雲の境界線だ。およそ言葉にはし難い配色で世界が塗りたくられ、太陽の沈む速さに合わせて色を変えていく。昼/人間の世界から、夜/妖怪の世界への移り変わりを体言している。
 まさしく、半妖のみとりには似合いの場所だった。どちらであって、どちらでもない、半端者。だけど、たしかに息をして、存在している。
 河城みとりという半妖がいたという事実だけは、他人が、自分が、いくら否定しても、変えることはできない。
 だからこそ、答えはわかる。本当ならば、ずっと昔から備えていたものを、今また発見できた。
 
「……うん、あったよ。昔も、今も……きっと、これからも」
「そっか、よかったね」
「うん……うん」

 いつの間にか、ぽろぽろと泣いていた。雫は地面に落ちることなく、風に浚われてきらきらと風の通り道をデコレーションしていた。少女は、幼い日のみとりは、今のみとりを見上げながら無邪気に笑った。
 その時、遠くから声が聞こえた。

「おーい、みとりー」
「もう帰ってきなさーい! 早く帰ってこないと、晩御飯抜きよー」
「あ、お父さんとお母さんだっ」

 みとりがその声に振り返ると共に、少女が太陽の反対側へと稲穂の海を掻き分け走っていった。その先には、みとりと同じような帽子を被る意思の強そうな男性と、若く柔らかな印象を覚える女性が立っていた。
 ああ、と息が零れ落ちる。二人がどんな人物か、みとりは知っている。憎しみと怨嗟というペンキによって思い出の中の顔を塗りたくり、その存在を明確に思い出すことを禁じていた相手。それが夢の中とはいえ、みとりの前に姿を見せ、とても幸せそうに笑ってくれていた。
 その二人に泣き顔を見られたくなくて、急いで顔を拭った。だけど溢れる涙は止まらずに、袖にシミを作るだけだ。

「みとり」

 男女の前へとたどり着いた童女が、こちらに振り向く。すっかり夕日とは別の理由で赤くなったみとりに、“みとり”が手を振った。

「それじゃあ、またねー! がんばってねー!」
「っ……うん!」

 二人の男女/みとりの両親もまた、少女のエールに合わせて手を振ってくれている。こんなに嬉しいことはなかった。涙は止まらなかったが、何とか笑顔を作って、それに応えた。
 三人の親子はみとりの様子に満足したのか、笑顔を浮かべたまま踵を返し、家路へと帰っていく。幼いころのみとりは両親に楽しかった出来事を語り、親はそれを受け止め、少女を褒めたり、叱ったりする。
 あまりにも、自然で、ありふれていた、みとりのかつていた場所。みとりがもう一度欲しかったもの。
 それが遠ざかるのを、みとりはもう引き止めない。頑張れ、と言われてしまったのだ。ならばそれに応えるのが、例え人や妖怪という種族の違いがあっても常道というものだろう。
 だがせめて今は、この夢の終わりまで、あの幸せな日々の背中を見送っていたかった。河城みとりが、幸せというものを心に刻むために。





 夢から堕ちる/覚める。みとりは目を開くと、そこが見覚えのある天井であるのを確認した。薄呆けた視界と思考は、最初はどこであるかという明確な答えを導き出せなかったが、二秒三秒と経つごとに動き始め、発明品の設置のために幾度か入ったことのある星熊勇儀の家にある客間だというのを理解させた。

「あ、起きたんだ」

 唐突にかけられた声に、そちらの方を向く。水桶と濡れ布巾を横に置き、座敷の上にちょこんと座った覚妖怪の片割れ、古明地こいしがそこにいた。ついで視線をずらすと、隣りに角の生えた羊のような妖怪に、襖の前には同じような動物型の妖怪が二匹立っている。この三匹の共通点は頭に何かしらの逆三角形で色遣いの鮮やかな布を被っていることと、例外なくみとりに対して警戒心を抱いていることだ。
 どっちに対してのお目付け役かしら、とこいしを見上げながら心中でごちると、体を起き上がらせた。体に掛けられていた掛け布団がその勢いで捲られ、誰かしらのものと思わしき、茶と黒が入り混じった半袖の寝間着に守られた上半身が露になった。服から覗く両腕には包帯が巻きつけられているが、試しに動かしてみると、予想よりも火傷の痛みはなかった。

「……あなたの体、ボロボロだったって」

 言われて、こいしに振り向く。想定外のことを言われたからだ。精々が無茶のし過ぎで風邪のような状態になって、しばらく寝ているだけと思っていたが、まさかボロボロとは思いもしなかった。

「それ、どういうこと?」
「えっと、未知の毒……ううん、“ケガレ”に長い間触れすぎて、内側の組織がダメになってきていたんだって。もしあのまま“ソルディオス”を使い続けていたら命の危険があったってさ」
「そう……」 

 両腕を見下ろし、包帯でも隠し切れない緑色の火傷跡を確認する。思えば、不思議なものだった。『未来の遺跡』の最深部でソルディオスの雛形になった超構造体を見つけた時、背中から汗が出るのを止められなかった。だがそれこそが、みとりが求めていたもの、能力ですら不完全な他者の完全拒否/侵入禁止を可能にする力であるという予感を持ち、研究用に持ち帰ってからは、その時の悪寒が嘘のように消えたのだ。
 そのことをまず最初に奇妙に思うことが正常であるのだろうが、生憎とその時のみとりは一研究者/河童として、超構造体の解析に躍起になって、注意が疎かになっていた。いや、もしかしたら、呑まれていたのかもしれない。
 超構造体を、いや、あの遺跡を作り出したものたちが残した“狂気”というものに。

「じゃ、もしかしたらわたし、もうあんまり生きられないのかもしれないわね」
「ううん、全然」

 こいしの丸暗記したような宣告から出した予想は、真っ先に否定された。科学者としてのプライドも傷つけられた気がして、自然と顔が険しくなり、きつい口調で問いただした。

「どういうこと、それ」
「うーん、わたしも詳しくはわかんないけど、“ケガレ”の殆どが他のものと混ざってて、毒素みたいなのが消えちゃったんだって」
「……つまり、抗体ができたってこと? もしくは、“ケガレ”そのものが、他のケガレと一つになったってこと?」
「そう、なるのかなぁ?」

 小首を傾げて、隣りに座る妖怪に視線で同意を送るこいしと、いやいや僕にもわかりませんよ、と首を横に振るへんてこな動物妖怪。とにもかくにも、これで体が考えていたよりずっと軽いことには理由がついた。だからこそ、本来最初にすべき質問を、ようやくすることができる。

「それで、貴女はどうしてわたしのとこにいたの?」
「え、看病してたんだよ?」
「それはわかるから……」

 一応視線でお供の妖怪に尋ねるが、そちらも明らかに回答に困って押し黙るだけだ。ならば仕方ないと、散々酷いことをしてしまった相手へと、引け目を感じながらも直接聞くしかなかった。嫌々なのは、自分がこの覚妖怪に対してした行為を改めて掘り起こすのと同意義の行いだからだ。

「……わたしは、理由を聞いてるの。だってわたしは、貴女に対してとても酷いことをしたはずよ?」
「そうだね、わたしは今でもそのことは怒ってるよ。前のわたしだったら、とっくの昔にあなたのことを殺っちゃってるはずだもん」

 無意識を操るものらしい歯に衣着せぬ言い方に、三匹の妖怪が腹が痛むようにお腹を抑え出し、みとりは怪訝に眉にひそめた。人間の大人ならいざ知らず、妖怪というものが負の感情を隠し切った上で、その対象となる相手に朗らかに接するなど、そう易々とできるはずがないのだ。
 そこまでみとりが自身の経験からくる理論武装を身内で固めていると、だけどね、とこいしが言葉を続けた。
 
「あなたと縁ちゃんがちゃんと弾幕ごっこで決着を着けたから文句なんていえないし……何より、わたしがあなたを傷つけたら、きっと嫌な気持ちになっちゃうから」
「嫌な気持ち? どうしてよ?」
「だって、あなたと縁ちゃんって、すっごく似てるんだよ! あなたに酷い事したら、縁ちゃんにひどいことしてるみたいだもん。あ、けど縁ちゃん本人をイジめるのは好きだからね」
 
 お気楽な調子で、たった一人の男性に向ける親愛の言葉を続けるこいしの声は、途中から耳に入ってこなくなっていた。中邦縁と自分が似ていると、まったくの他人から言われたのは初めてだからだ。そのことに無性に腹が立って、先ず脳内で自分と縁の類似点を次々と挙げていく。髪型、性格、戦闘中に見つけた癖、口調、エトセトラ。途中から判断材料があまりに少ないことに気づいて止めるまで、まったく似てないという結論が出た。

「どこが似てるのよ、あんな純情ド阿呆人間と」
「うーん……えっと、むむむ……わっかんないや」

 待ち合わせの約束を間違えたような調子のいい声音で返ってきた言葉に、思わず大きく肩を落とした。だがしかし、冷静にクールになれ、と怒り心頭になって喚きだしそうになるのを抑えながら、何とか上半身を持ち直し、再度尋ねた。

「ちょっと……貴女から言ってきたんでしょ? 理由ぐらい言葉にしなさいよ」
「だって、何となくそう思ったんだもん。けどね、これって不思議なんだけど、とっても納得できるんだ」
「無意識娘の何となくで決められちゃ、埒が明かないわよ……」
「あれ、けどあなたは確か、縁ちゃんにも言われて、認めてたよね?」
「あんなの……あの場の勢いよ、勢い。ノーカウントでいいわ」

 不思議なぐらいむきになって、似ている云々を否定していると、襖の向こう側からどたどたと騒がしい音が響き、それが部屋の前までくると、勢いよく開かれた。出入り口を固めていた二匹がぎょっとして、現れた人物、この家の持ち主の存在を認めた。

「お、みとり。ようやく起きたみたいだねっ」
「勇儀さん……」
「おっと、私だけじゃ……」
「みとりー!」「みとりさーん!」

 勇儀が全てを言い切る前に、その背後から飛び出した二つの影がみとりに飛び掛ってぎゅっと抱きしめた。唐突なことで数秒間されるがままとなったが、抱きしめられているという事実に気づくと、これもまた気恥ずかしくなって、顔に若干熱を持ちながらも、それらを引き剥がした。
 剥がされた二人、ヤマメとキスメは何をするんだ、とあからさまなぶーたれた顔を作り、勇儀はその後ろでにやにやと笑い、こいしはおーと、口を半開きにしていた。お供の三匹は「これがお姉さん系とツンデレの絡みか」「なるほど、ドミナントだ」などという意味深な会話をしていたが、みとりには殆ど聞こえていなかった。

「いきなり抱きついてくるの禁止よ、禁止!」
「みとりは固いな~もう」
「当然の反応してるだけっ! ……はぁっ」

 猫のように笑うヤマメに何を言っても無駄だと早々に悟り、軽い脱力が起きた。いつもは一歩引いたポジションにいるキスメもヤマメと同じものを浮かべているから、尚のこと性質が悪い。自分にとって非常に居心地が悪いこの流れを何とかするべく、顔を引き締め、聞きたかったことを聞くことにした。

「状況、教えてもらえない? あの後どうなったか、何で勇儀さんの家にいるのか、この服は誰のか、それと……どうしてこの覚妖怪の片割れがわたしの看病をしていたのか」
「も~、だからいったでしょ、。わたしはぁ……」
「無意識故致し方ないは理由に入れる気はないわ」

 言いすがってくるこいしを一刀の下に伏し、こういう状況のまともにもっとも適任ともいえる勇儀に答えを促す。固なぁと頭をぽりぽりと掻いて、指名された鬼は仕方なしと妹の我侭を許容する姉のような態度で口を開いた。
 だがそれも、殆どがみとりの考えた通りのものだった。
 あの弾幕ごっこの後にみとりが空を治療してすぐに気絶したこと。ソルディオスなどはそのままにし、急いで二人を旧都に運び医者に診せたこと。縁は地霊殿に部屋があるのでよかったが、みとりの家は能力の影響で入ることは出来ず、勇儀の家に上げたこと。服は勇儀のものは合わないので、ヤマメのものを着せたこと。そのまま丸二日間眠り続けたので、勇儀とヤマメとキスメ、そしてこいしが交代で看病していたこと。こいしが看病するというのは最初ヤマメとキスメに疑われたが、勇儀が「嘘はいってない」といって認められたこと。
 
「ま、大体こんなものだね。他に聞きたいことは?」
「……そうね、少なくとも勇儀さんも、この覚妖怪の……」
「こいし」

 言葉を遮られ、覚妖怪の方へと視線を向ける。すると、ふくれっ面が目の前にでんと表れ、思わず身を引いてしまった。

「ずっとその呼ばれ方だよね? わたしにはこいしって名前があるから、そっちで呼んでよ」
「だったら、古明地の妹でも……」
「ややこしいからダメ」
「……わかったわよ、“こいし”」

 たかが呼び方、と判断して名前で呼ぶと、こいしは微笑を浮かべ、ヤマメたちは微笑ましそうに笑った。何となくそれがムカつき、眼光を鋭くして周囲を睨むが、それでも態度を崩せなかった。

「……とにかく、勇儀さんも、こいしがここにいる理由はわからないのね」
「まぁね。けどそんなちっさいことはいいんだよ。要はこいつにお前のことを看ていたいって気があるかどうかだからね」

 にかりと快活に笑う勇儀は、いかにも鬼といった風情があった。これだからこの人は苦手だ、と恩人に対しての評価を再確認して、もう一つの気になることを告げることにした。

「ねぇ、それじゃあ、わたしと戦ったあいつは……」
「おーい、勇儀ー、いるかー?」

 そうしようとした矢先に、その人間、中邦縁の声が、屋外から響いてきた。



 二人きりにして欲しい。示し合わせたように告げた縁とみとりの願いは聞き届けられ、みとりが寝ていた部屋には今、二日前に死闘を演じた二人だけとなっていた。みとりは相変わらず上半身だけを起き上がらせ、こちらで手に入れた外出用の着物を羽織る縁はその横に胡坐を掻いて座っていた。

「怪我、大丈夫か?」
「それはこっちの台詞よ。人間の方が普通治りは遅いものよ」
「ああ、それは医者にも驚かれたよ」
「あらそう、それはこっちも同じよ」

 ある程度静かになったところで切られた口火は、互いにそっけないものだった。視線も合わせようともせず、一見すれば余程の仲の悪いものに見える。だが口元に作られた僅かな笑みの形もまた、二人の共通点だった。

「……貴方に壊されたソルディオスは、一から作り直しよ」
「いや、あれはあのままの方がいいんじゃねぇか? 他の妖怪にもすっげー迷惑みたいだしさ」
「その程度で私の科学の進歩を止める気は一切ないわ。というより、壊したんだから、直す手伝いぐらいはしてもらうわよ」
「おい、何やらせる気だよ」
「簡単なことよ。迷宮の奥にある遺跡にいって、最深部にあるソルディオスのオリジナルの一部を持ってきて欲しいのよ」
「迷宮の奥の遺跡って……あそこか! けど、俺がお燐と一緒にいった時、自爆したような……」
「あそこは自爆したり壊されたりしても、数日経てば全て元通りになるわ。わたしの仮説としては、強固すぎる幻想としてこちらに移ってきてしまったか、妖精と同じ自然現象と化したか、はたまた時間の呪いにでもかけられてるかね」

 うへぇ、と縁は呻いた。不思議なことは幻想郷の常とはいえ、まさか自分の世界の側に近いSF的な施設すらも、その不可思議現象の一部に巻き込まれてるとは想定外だったからだ。みとりのいう理屈は縁には少々難しいが、事実としての現象だけでも充分幻想郷的といえた。
 その困った顔に満足したのか、みとりがサディスティックな面を覗かせながらほくそ笑む。だがそれも徐々に消えていき、やがて視線が下に向くと、胸元に手をやった。そこにはかつて、あの錠前が下がっていた。

「昔の夢を見たわ」

 不意に、ぽつりと呟かれた言葉に、縁はそっか、と相槌を打った。
 みとりはそれで許可を得たというように、その夢の内容を、かつての自分に起きたことを、部屋の外にいるだろうものたちにも聞こえるように、朗々と、一つ一つ語り始めた。
 自身もかつては地上に住んでいたこと。駆けっこが得意だったこと。河童の父と人間の母がいたこと。腹違いの妹がいること。人里に移り住んでから人妖どちらからも迫害されるようになったこと。祖母とは関係が険悪だったこと。全てが終わったあの日、その祖母が初めて名前を呼んで抱きしめてくれたこと。人に裏切られ、妖怪にも裏切られ、しばらくは地上で一人で暮らし、堕ちる様にこの旧地獄へと来たこと。それからも住処を紹介してくれた勇儀と仕事で会う以外は、殆ど他者との接触をしてこなかったこと。
 ずっと、ひとりきりだったこと。
 それだけのことを語り終えると、黙って聞いていた縁もまた、“己が覚えている限りの”自身のことを話し出していた。
 小学生になる前に事故に合い義手になったこと。九歳のころに神様と名乗る二人と自分と変わらぬ現人神候補の女の子、そして初めて妖怪と出会ったこと。中学生になって苛められ、周りに暴力を振るい、誰も心に入れなかったこと。その後に、庚慶介と井筒愛と出会えたこと。二人の死に立ち会ったこと。
 そしてそれを日常の中で“不自然なくらい”大事な部分を色々と忘れ、高校生として普通に生きていたこと。つい先日、八雲紫と名乗る女性に、この幻想郷、旧地獄に落とされたこと。

「あとはまあ、多分知ってると思うから省くな」
「はぁ……ものの見事に恵まれてるわね」
「うっせ、これでも苦労してるんだよ」

 どこかの橋姫のお株を奪うように、妬ましいと言いたげな視線を向けるみとりに、返答に困ると頭を片手で支える縁。それで充分だったのか、みとりはふっと頬を緩ませた。

「冗談よ」
「嘘つけっ。目、笑ってないぞ」
「つまらないネタばらしは禁止よ」

 それに、とみとりは天井を仰ぎ見て、ゆっくりと目を瞑り、重い溜息を吐き出した。

「本人と他人からも言われて、自分でも似てるって認めちゃったら、少しは憂さ晴らしもしたくもなるわ」

 似ている。縁が最初に言ったのは、あの戦いの時。だがそれに心のどこかで気づいたのは、もしかしたら初めて会った時からかもしれない。見えない壁に遮られて、けれども何かの拍子にすっと開いてしまう扉。単純な切欠で、色々な物事に首を突っ込んでしまう。終わった後で分析して、今こうして互いの過去の語り合ってからは、余計にその思いが強くなる。
 相似、とまではいかなくても、点対称ぐらいには近いだろう。我ながらなんて例え方だ、心中でロマンの欠片もない比喩に縁が辟易していると、みとりがこちらをじっと見ていた。今までなく真剣で、だがつき物が落ちたように、安らいだものだ。

「ありがとう、中邦縁」

 そう言って微笑んだ赤髪の少女は、ただ可憐で、美しかった。
 見惚れた、とはまさしくこのことで、正気に戻った瞬間、縁は顔を真っ赤にすると共に頭を両手で抱え、「俺には空がいる、空がいるのに」といかにも分かりやすい狼狽ぶりを見せ、みとりはそれを見て、してやったり、と悪戯に成功した子供のように笑った。
 だがその視線が縁の右手に集中すると、むっと顔を顰めて、無造作に手を伸ばした。捕らえたのは、縁の破損した義手だ。

「これ、大分壊れてるわね……バラすついでに直させてもらうわ」
「え、これ直せるのか……って、バラす前提じゃねーかおいっ!」
「強奪するってわけじゃないから、大丈夫よ、問題ないわ」
「ツッコミ待ちしてるこいしと似たような顔してる奴のことなんか信用できっかーっ!」

 いいじゃない見せてよ、だが断る、などという応酬を繰り返しながら、玩具を取り合う子供のようにぐぐぐっ、という無駄に緊迫した均衡が生まれる引っ張り合いをし出す二人。その時背後で襖が開き、話は終わったの、と言う空を先頭に部屋から出ていた面々が中に入ろうとしていた。
 だがその瞬間、縁が勢い余ってみとりを引き寄せてしまい、そのまま後ろに倒れこんでしまった。考えてみれば、縁の体力は想像以上に回復した上で、みとりは医者から原因不明で異質の“ケガレ”がなくなったとはいえ、体の内側がぼろぼろだと言われていたのだ。人間と半妖の差はあれ、体力がものを言う引っ張り合いに置いて、歩き回る程度の余裕がある縁に軍配が上がるのは当然だった。
 その結果、皆が部屋に入ってきた後には、みとりが縁を押し倒すような格好になっていたのは、自然な成り行きといえた。
 顔を赤らめるもの、何をやっているのかと嘆息するもの、むっと顔を顰めるもの、面白くなってきたとにやけるもの、この現場を即座に旧都に広めようと飛び出すもの、翼を大きく広げて顔を真っ赤にするもの、などと様々な反応があるが、縁はそれを見る余裕はなく、あまりに近すぎる、きょとんとしたみとりの顔しか、態勢的見ることができなかった。
 一方でみとりは、最初どういう状況かわかっていなかったが、次第に顔を赤らめ、次に部屋に入ってきた面々を見て、その先頭にいる妖怪が発し始めた負の波動を感じ取ると、意趣返しができると思いつき、紅潮した顔のまま、縁の耳元でささやいた。

「貴方、たしかあの地獄鴉が好きだったのよね」
「え、まぁそうだけど……」
「それ、わたしが半妖だって知って言ってるんでしょ?」
「それは関係あるか! 俺はあいつだから……」
「あ、そっ。じゃ……これは前金代わりよ」

 脈絡のないみとりの言葉に文句を言おうとした瞬間、顎を持ち上げられ、そのままみとりの顔が近づいたと思うと、唇に何かが押し当てられた。柔らかく、湿り気のある、いい香りのするもの。何味だろ、と思う前にそれは唇から離され、再びみとりの顔が視界一杯を埋め尽くした。その指先が、半妖河童の唇に触れ、未熟なチャシャ猫の笑みを作り出した。

「一応、わたしも初めてだったけど……前金として、上等よね?」
「え、あ……い、今の、もも、もしかして……っ!」

 何をされたかの正体を問いただそうとした瞬間、襟首を強引に引っ張られ、ぐえっとひき潰されるカエルの鳴き声が喉から鳴った。だがそれで苦しむ間もなく、縁は更なる恐怖を目の当たりのすることになった。
 それは阿修羅すら凌駕する存在だ。鳥が威嚇するように黒い翼を大きく広げ、何かに耐えるように顔を真っ赤にしながら体を震わせ、しかし漲るプレッシャーは今まで味わったことのない、しかしソルディオスのフルパワーを前にした時のような身の危険を感じさせた。それを発する少女は、霊烏路空だ。

「ね、ねぇ、縁ぃ……今のは、何だったの、かなぁ……?」

 にこり、と不器用に笑おうとする空。縁を持ち上げる手には力が限界まで入っているか血管が浮かび上がり、そのオーラは親友の燐とキスメを涙目にし、他のもの、主人であるさとりと鬼の勇儀すら一歩引かせるものであった。だらだらと汗が流れ始め、命の危機すら覚え始めた縁は、何とかこの場を打開しようと、会話をとることにした。

「う、空……今のは、俺の意思に関係なく、じ、事故みたいなものであって……」

 言った瞬間、空の目から笑みが消え、凄みが増した。

「ふーん、へー……けど縁、笑顔に見惚れてたよね? どれぐらい本気だった? キスの感触は?」
「えーと、なんつーか、色々と忘れちまうくらい良くて、すっげーいい匂いと感触が……はっ!?」

 つい、口を滑らせた。それで終わりだ。
 霊烏路空の体から溢れるオーラが熱気を伴う妖気へと転換され、凄まじいまでの熱が首下を掴む手から伝わってくる。以前にも何度か空に吹き飛ばされることはあったが、今回は言い訳不可能な上に、最大級のパワーが待ち受けている。
 慶介、愛さん、今そっちに逝きますと、心の中で何故かいい笑顔を浮かべるかつての親友二人に挨拶を送ると、空の空いている手には、二つの光球が八の字の輪を描くスペルカードの光が灯った。
 ああ、死んだな、と縁は思った。

「縁の……浮気ものバカァァァーーーー!!!!」

 初めて明確に形となった嫉妬に突き動かされる、空の放った灼熱の炎は、勇儀の家の天井を突き破り、心を通わせた半妖の少女についつい見惚れてしまった青春少年を、地底の天井近くまで吹き飛ばした。
 それを終始見ていたみとりは、ひたすら愉快だと、泣き笑いをしていた。それに釣られて、残った妖怪たちもまた、楽しいな、と笑った。
 



 おまけ:

「うーがー……死ぬかと思った」

 空に吹き飛ばされた縁は、何とか夜までに地霊殿まで歩いて戻ってきていた。折角もらった服はすっかり焼け焦げて、見るも無残な状態になっていた。屋敷の中に入ると、動物妖怪や怨霊たちが相変わらず自由に動き回り、縁を見るや否や、生暖かな目線を向けてきた。一匹一匹を無性に殴りたくなったのを我慢して、部屋の前に戻ると、ドアの前に人影あった。

「空……」
「あ、縁……」

 ずっと待っていたのだろう空の手には、起きた時に机の上にあった小袋が握られていた。一体なんだ、と先程吹き飛ばされたお返しに色々とイジめるような言葉で要件を聞こうとした瞬間、ぐぅと腹の虫が盛大になった。思えば丸二日間何も食べてない上に、起きてからもすぐにみとりの下に向かったのだから、食べる間がなかったのだ。

「お、お腹空いてるの?」
「まー、そりゃぁな……」
「そ、それじゃあ……」

 気まずくなって言葉を続けられない縁に対し、空は先程の失態を思い出してか顔を赤くしながらも、そろそろと小袋のリボンを解いた。少し距離が離れていても、空けた瞬間に漂い始めた香ばしい匂いに、縁の腹がまた鳴った。

「えーと、そ、それは?」
「うにゅ……クッキー」

 それはクッキーと呼ぶにはあまりにも不器用な代物だった。傍によって小袋の中を覗くと、形がまったく不揃いであり、色合いも殆どが焦げちゃ色だった。だが匂いだけはしっかりとしていて、空きっ腹の食欲を誘ってくる。ここでがっつきたい気持ちに駆られたが、どうしても確認したいことがあった。

「これ、お前が作ったのか?」
「うん……ほんとはね、縁が河城みとりと初めて会った日に渡そうとしたんだけど……弾幕ごっこ中に、全部砕けちゃったし、あの後すぐに、私も変になっちゃったから、作れなくて……だから昨日、大急ぎで作ったの。けど、前教えてくれたフレッチャーがいなかったから、前より悪くなっちゃったけど……だからっ」

 そういって空は、袋から一つ、長方形のクッキーを取り出すと、縁の前に持っていかず、しばらく見下ろすと、何かを決意したような顔になって、ぱくりとクッキーの端を咥えた。そのまま縁の顔の前まで、自身の顔ごと近づけ、口でクッキーを差し出した。

「んにゅっ」
「えーと……これ、このまま食えと?」
「んにゅ!」

 こくこくと頷く空に、どうツッコめばいいのか本気でわからなくなった縁。不味いからとわかっているから、仕方なく口移しにするとは、どういう発想をしているのだ。心中で幾度も現実の奇妙な理不尽に対して第三の手によるラッシュを繰り出して、心を落ち着かせる。
 だが、顔を赤くしてクッキーを咥える空を見直すと、再び頭を抱えて明後日の方向を向いた。殆ど経験のない縁に、これはあまりにもレベルが高すぎるのだ。本来ならば脱兎の如く逃げ出したいところだが、そうなれば空がこのままの態勢で追いかけてくることは必至で、地霊殿中、ひいては旧都中にこの嬉し恥ずかしポーズを晒す事になる。
 それは断固として、一人の男として止めるべきである。そんな奇妙な理論武装を心の鎧として為し、空へと向き直って、両手を肩に置いた。
 びくり、と震える空。前に抱きしめて通り、考えてるより華奢な体だという感想を、冷静なごく一部の思考が洩らすと、ついにクッキーの端を縁も噛んだ。空は、咥えたまま離さない。縁も、ついに自棄になって口を動かし、クッキーを食べていく。味を確かめる余裕は一切なかった。
 半分まで、食べ終わる。あと二、三回食べ進めれば、空の唇に触れてしまうだろう。鼓動が高鳴り、膝が震えるようだった。
 その時、空の口が動き、ただでさえ近い顔が更に近づいた。鼻の両端がこつりと当り、互いの息がかかるようだ。固唾を飲み込む間もなく、空がもう一口食べて、もう後一回という距離になった。
 視界一杯の空の顔に、縁の理性を支えていた何かが、今にも千切れそうになっていた。それでも、それでも、と耐えて、自分から最後の一口を進めて、空の唇へと達した。

「ん……」

 しばらく、そのままの態勢だった。何も考えられず、ただずっと、空の体を唇越しに感じ取っていた。
 ようやく口をどちらからともなく離すと、空の顔がこれ以上ないくらい赤くなって、俯いた。縁もまた自室の方を向いて空と顔を合わせないようにした。互いにしばし何も言えない状態が続くが、何とか打開策をと沸騰する頭の中で思考していた縁は、唐突に浮かんだことを、後先考えずに口にした。

「な、なぁ!」
「な、何!?」

 互いに無駄に大きな声を出していた。

「さ、さっきの、みとりのとこでさ……あれってやっぱ……嫉妬、してくれてたん、だよな?」

 質問をした直後、ようやくこちらを見てくれた空の頭から、火山噴火のような煙が爆発した。うにゅううぅ、といつもの鳴き声を弱弱しくしながら座り込み、頭を抱えだした。
 縁もまた、何を言っているんだ俺は、と更に悪化した状況に自己嫌悪を覚え、空と同じようになってしまった。
 今度こそ二人は完全に沈黙し、キッチンで「甘死……甘死してしまう……これが私の最後というの……」といって突然悶え出したさとりの奇態の症状から、縁と空が原因だと察した燐が駆けつけ、いつも蹴っている方にジャーマンスープレックスを繰り出すまで、廊下に座り込むことになった。




 あとがき

 Q.こんな更新速度で大丈夫か?
 A.一番いい更新速度を頼む。

 みとり篇、ようやく終わりました。いや長かった……多くは語りません、もう何度もあとがきで言っちゃってますので。けどこの終わりももう少しスマートにかつ、きっちり締められれば……あと、久々だったからキャラのみんなブレすぎてワロス……実力不足ですね、わかりますorz
 今までのシリアスの反動で、糖分多めのラブコメになりました。糖分が足りないよカスが死に腐れ、脆弱な終わりだ水没しろ、と思う読者の方々、お許しください!
 あ、物語自体は折り返し地点です。お暇な時にぜひお付き合いください。





「ふふ、若いわねぇ……」

「……」

「どう、男親として、息子が恋人と仲睦まじくしているところを見るのは」

「……奇妙な気分ですよ」

「そういうものなのかしらね? さて、今のが二日前の映像よ。そろそろこうやって覗き見するのも飽きてきたわねぇ……ああ、藍にお酒でも用意させとけばよかったわ。すっかり当てられてしまいましたもの」

「……それで、今日の分は」

「ふふ、今見せますわ………………え?」

「っ! ………これ、は」

「さすがに、私もこれは……まさか、あそこにいるのは、守矢の……」

「……紫さん、準備してください……――を、行います」

「まぁ、そうね……状況がこう、急に動くとなりますと……霊夢にでも、知らせましょうかね」

「そちらは貴女の判断に。幻想郷の問題ですからね」

「……それにしても、本当にいいの? もしかしたら、あの少年……帰ってこられなくなりますよ?」

「そうならないよう、加減はします。そのために、原子力発電所にハッキングしたんですから」

「貴方の能力をフルで使う代償ね……恐ろしいけど、本当、人間には過ぎたものね」

「……成ってしまったものに、文句はいいませんよ」

「まあいいわ、それじゃあ始めましょう……貴方の能力に因んで、私が命名いたしますわ」

 始めましょう、無限螺旋の儀を。


 東方地霊縁起
 第二部、共生編、完。


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