トウキョウ方面からナリタヘと向かう一本の道路。
普段はそれなりの交通量がある道だったが、今に限って言えば上りも下りもさほどの車両がなかった。下りに関してはむしろほぼ皆無と言ってしまった方が正しいかもしれない。
理由は単純で、軍部によって通行が規制されているためである。ナリタ連山での軍事行動のために取られた措置であった。
見渡す限り無人となったその道を、二台のトレーラーが走っていた。上り方向ではなく下り方向に。状況を考えれば、先に置かれた検問で足止めを喰らうか、引き返すことを余儀なくされるのは確実だった。
しかし、他の車が無いのを幸いとばかりに、トレーラーは広い道路を法定速度をはるかに越えたスピードで走り続ける。
この車両に乗った面々からしてみれば、交通規制など知ったことではないのだ。ブリタニア軍の都合など全て踏み潰したところで何ら心に感じることは無い。
彼らのリーダーは藤堂鏡志朗という男だった。
日本解放戦線に客将の身分で身を寄せる旧日本軍の中佐である。
同じ旧日本軍に端を発する組織にいるにもかかわらず、なぜ客将などという特別な立場が成立するのかといえば、それは彼の成した功績に原因があった。
第二次太平洋戦争当時、後に『厳島の奇跡』と呼ばれることになる戦いによって、唯一ブリタニア軍に土をつけることに成功したのがこの東堂鏡志朗である。実際には奇跡などというものではなく、綿密な情報収集と卓越した指揮能力があってこそ得られた、当然の勝利であった。ゆえにこそ彼の評価は高いのだ。
藤堂は無人の道路の先を見つめ、表情を険しくする。彼の優れた戦術眼をもってすれば、現在の状況が示す結論は明らかだった。
「朝比奈、千葉、無頼改の準備だ。後ろの卜部、仙波にも伝えろ。ナリタを囲む形での交通規制――事は既に始まっている」
キョウトからの申し出を受けて無頼の改良型ナイトメア『無頼改』を受け取りに行っていた帰りである。新型の兵器があることを喜ぶべきなのか。本部で対応に当たれなかったことを悔やむべきなのか。
一瞬だけ考えて、藤堂は首を振る。
相手はブリタニアの魔女だ。包囲の中に閉じ込められてしまえば、死を先延ばしにする程度の抵抗しかできまい。ならばこれは僥倖と言うべきなのだろう。
「藤堂さん、検問が!」
「速度を緩めるな、強引に突っ切れ」
「了解!」
指示を受けた朝比奈がアクセルを踏み込む。巨大な黒い車体が速度を上げて突っ込むと、道路に立ったブリタニア軍人たちは蜘蛛の子を散らすように道を空けた。
簡易の検問所を破壊して、トレーラーはさらにナリタヘと進む。
「……間に合えば良いが」
助手席で腕を組む藤堂は、一つの情報も見逃すまいと鋭く目を細めた。
◆◇◆◇◆
同じ頃、ナリタ連山は混乱の渦中にあった。
ブリタニア軍と日本解放戦線の戦闘のせいではない。
土砂崩れである。
これは自然的なものではなかった。
山頂付近に伏せていた黒の騎士団の新型機、紅蓮弐式の武装『輻射波動機構』によって山中の水脈を爆発させ、無理やりに山を崩したのだ。もっとも、その事実を正確に把握しているのは実行に移した黒の騎士団のみであったが。
反則ともいえる自然の力に見舞われた両軍の被害は甚大だった。
圧倒的な制圧力で敵の本陣に踏み入らんとするまで戦局を進めていたブリタニア軍も、まったく力が及ばぬと歯噛みしていた日本解放戦線も、土砂に飲まれて多くの人員が信号を絶った。
後方から被害状況を纏めようとしているブリタニア軍のG-1ベース。山の内部で地震の直撃を受けた解放戦線の本部。混乱の度合いはどちらも大差あるまい。
そんな中、比較的平静を保っていられたのは、山の崩れる瞬間を直接、それでいて巻き込まれはしない程度の至近距離から目撃していた純血派の面々だった。
「まずいな、これでは殿下が孤立してしまう」
神妙な顔で呟くジェレミアに、ヴィレッタが通信越しに応えた。
「救援に向かいますか?」
「いや、参謀府の指示を待つ。ここのポイントを確保しているべきなのかも知れん」
落ち着いて見解を示した直後、ジェレミアの眉が跳ねた。
視線の先には山頂から滑るように斜面を下りてくるナイトメアの部隊がある。隊列を組んだ機体は土砂を避けながらコーネリアの親衛隊へと向かっていた。
「あれは……この状況で日本解放戦線が動けるとは思えんが……。となれば――まさか!」
ジェレミアは急ぎG-1ベースへと通信を入れる。
「山頂より出現した新たな敵勢力が殿下のもとへと接近中! 黒の騎士団と思われる!」
『なっ!? 確かな情報ですか!?』
「間違いない、映像を送る」
事態を確認した参謀府の返答は早かった。
『土石流による地形の変化を把握次第、総督に後退のルートを提示します。純血派の部隊は半数で黒の騎士団の足止めを。残り半数は伏兵に備えて殿下の援護に回ってください』
「了解した。――キューエルよ!」
通信を切るなり、ジェレミアはすぐさま喉を振るわせた。対応の早さといい、朗々たる声質といい、若手将校の筆頭とされていた頃を思い起こさせる堂々とした振る舞いである。
「汚名を雪ぐチャンスが与えられたぞ! 貴公はゼロの捕縛に向かえ! 私は残りを率いて殿下の救援に向かう!」
命を受けたキューエルは部下を引き連れてサザーランドを走らせた。山肌に点在する林の一つを目指し、ナイトメアの一隊が砂埃を巻き上げる。
勇壮な後姿を見送りながら、ヴィレッタはジェレミアに機体を寄せた。
「よろしいのですか?」
「私がゼロの方に行かなかったことか?」
「はい」
「この手で奴を倒したくないと言えば嘘になるが、それよりも私は殿下をお護りしたいのだ。そう何度も目の前で皇族殺しを許して堪るものか」
ジェレミアの手の届く――届いたかもしれぬ範囲で皇族が殺害されたのは、過去に二回ある。
マリアンヌ皇妃の暗殺と、ゼロによるクロヴィス皇子の殺害だ。
皇室への篤い忠誠心を備えたジェレミアの想いは、ヴィレッタにはひしひしと感じ取れた。
「それにな、ヴィレッタ。キューエルは血気に逸っている。防戦に使える心理状態ではあるまい」
「そこまで見越しておいででしたか」
「一歩間違えば私がああだったかもしれん。ゆえにこそ、だな。そこでだヴィレッタ、場合によってはキューエルの隊は崩れる可能性がある。いざというときのサポートをお前に頼みたい。行ってくれるか」
「承知致しました」
短く返答すると、有能な女騎士は機体を操って身を翻した。
ヴィレッタ・ヌゥという軍人の優れたところは、その冷静さにある。内に激情を秘めていながら、それを完全に抑え込む理性を絶対に手放さないのだ。
おそらくその力の源泉は、上昇願望という強い渇望――死しては絶対に望みが叶わないという自らへの深い刷り込み――そこから来ているのだろう。戦場の高揚に呑まれることも、恐怖で判断が鈍ることも無い。命を落としてしまっては、たとえ大将首と引き換えだったとしても負けなのだから。
キューエル隊を追って林へと入っていくサザーランドの背中に、ジェレミアは一度信頼の眼差しを送る。そして後方に向き直ると、自らの隊に号令を掛けた。
「我らはこれよりコーネリア殿下の救援に向かう! 皇族の方々をお護りすることこそ騎士の本懐と心得よ! これは最大の名誉である! 皆の者、私に続け!」
金色に塗装されたランスがぎらりと獰猛に陽光を反射する。赤紫の巨躯がマントを靡かせて体を反転させると、風を切る穂先は遠心力に乗って吸い込まれるように黒い胴板を貫いた。慣性のままに天へと持ち上げられた敵の機体は、投げ捨てられると同時に爆散する。
「……脆弱すぎる」
グロースターのコクピット内で不機嫌そうに呟いたのは、ブリタニアの第二皇女、コーネリア・リ・ブリタニアであった。
彼女を苛立たせている直接の原因は敵の弱さではない。
コーネリアはそれなりに歯ごたえのある相手の方が楽しめる気質をしていたが、かといって立場を忘れて没入してしまえるような愚かな将ではなかった。全体から見れば敵が脆いに越したことがないのはしっかりと理解している。
「状況はどうなっている!」
羽虫のようにうるさく纏わりついてくる数騎の無頼をいなしながら、コーネリアはG-1ベースの参謀府に向けて鋭く問うた。
山崩れによる部隊の断裂、少しずつ明らかになってくる被害の凄まじさ、それらが胸の内に暗雲を運んできていた。
加えて、大した力が無いにもかかわらず、しつこく攻撃を加えてくる日本解放戦線の部隊。
コーネリアを倒せば状況が好転すると考えているのか、時間稼ぎか、あるいはただの恨みからか、災害に飲まれなかったナイトメアが執拗に親衛隊にぶつかって来ていた。とは言え、機体性能もパイロットの技量も最高峰に近いコーネリアの親衛隊と、型落ちのような機体を碌に実戦を経験していない者が動かしている日本解放戦線。コーネリアの側に負ける要素はただの一つも無い。
このような局面でなければそれほど気にはならなかっただろう。しかし、今だけはその弱さが鬱陶しくてたまらなかった。どうせ傷の一つも付けられぬのだから始めから出て来るな、と。
『我が軍の被害は甚大です。信号の返りは全体で二十パーセントを切っております。ダールトン将軍の無事は確認されましたが、アレックス将軍からの信号は途絶えたままです』
渋い顔で報告を受け取りながら、ランスで敵の機体を破壊する。見れば専任騎士のギルフォードも同じタイミングで一騎を撃破したところだった。
部下の頼もしさにわずかに頬を緩め、その表情はすぐに一変した。
『たった今入った情報です! 山頂付近から黒の騎士団が現れたとのこと! 総督の親衛隊を目指して駆け下りている模様!』
「奴が――ゼロが現れたというのか!」
『所属不明の機体です。確証はありませんが、かなりの確率で間違いありません。足止めに純血派の半数を向かわせました。残りには総督の救援を命じております。すぐに退路を示しますので、ここは合流してお下がりください』
コーネリアは応えを返さずに、グロースターを横へと飛び退かせた。一瞬前まで立っていた空間をスラッシュハーケンが空しく穿つ。躱すと同時に身を返した赤紫の機体は、お返しとばかりに振り向きざまにハーケンを射出した。
「貴様らの攻撃には流れが無い。美しさが無い」
グロースターはランドスピナーを唸らせ、体から離れていく武器を追うように直進する。進行方向の先にいた無頼は後ろに跳んでハーケンを避けた。地面を抉った鋼鉄の楔を回収しつつ、コーネリアは追いすがって横なぎにランスを振るう。弾かれた無頼がよろけて倒れこんだ場所には、赤紫に塗装された別のグロースターが走りこんでいた。地面に向けて突き出されたランスが正確にコクピットを刺し貫く。
「そして何よりもまず連携がなっていない。まるで烏合の衆だ。――我が騎士ギルフォードよ、やはり卿は頼りになるな」
「もったいないお言葉です」
専任騎士をそばに控えさせていくらか余裕を作りだすと、コーネリアは再び参謀府との回線を開いた。
「先ほど純血派を来させると言ったな。奴らに功を焦る気配は無いのか?」
『ジェレミア卿は大変落ち着いている様子でした。今のところ作戦に支障をきたす恐れは無いかと存じます』
コーネリアは周囲の戦況に目を走らせ、数秒ほど考える素振りを見せた。
ギルフォードを始めとして、親衛隊の面々は日本解放戦線の部隊を圧倒している。完全に沈黙させるのも時間の問題と思われた。
「よし、ならばある程度近くにまで寄せ、いま少し待機させろ。こちらは十分に戦えている。ここで合流するよりもさらに効果的に投入できるタイミングがあるはずだ」
『了解致しました。ではそのように。脱出ルートが確保でき次第、再度ご連絡致します』
G-1ベースとの通信が切れると、ギルフォードが言ってきた。
「姫様、離脱する気がありませんね」
コーネリアの狙いを読んだのだろう。苦笑交じりではあったものの、たしなめる口調ではなかった。
「クロヴィスの仇がすぐそこにいるのだぞ? 大人しく引き下がってなどいられるか。ゼロが突破して来るようなら、純血派も投入して一気に殲滅してくれる。奴を叩けるなら囮にでもなんにでもなってやるさ」
にやりと口の端を上げたコーネリアの笑みは、まさに肉食獣のそれだった。
ヴィレッタは草木の茂る林でサザーランドを走らせていた。
ジェレミアの懸念どおり、キューエル隊は盛んすぎるほどの士気を保って進軍しているようである。進行経路に沿って障害物が取り払われているにもかかわらず、ヴィレッタには追いつくことができないのだ。
無論、そのままの意味にしてしまっては語弊がある。
機体を限界まで酷使すれば合流することは可能だろう。ただ、そこまでする価値がヴィレッタには見つけられなかった。これから戦闘をしようというのにランドスピナーのモーターを焼け付かせるような操縦をする意味などありはしない。
機影は見えないものの、先頭の数騎を限界まで働かせて道を切り開かせ、直後から主力が追っているのではないかというのがヴィレッタの想像だ。
一刻も早く進まねば皇女を抑えられてしまうという事態であれば正しい判断だっただろうが、距離から計算するにそこまで切羽詰った移動をしなければならない状況でもない。
要は焦っているのだ。
自分たちの退路――戦場での退路ではなく、軍内部での立ち位置としての退路が閉ざされているがゆえに。
そこがクラリス皇女を見出したジェレミアと他の純血派将校の決定的な差だった。
正直な話をしてしまえば、ヴィレッタはジェレミア以外の純血派、特にキューエルなどの反ジェレミア勢力の旗頭になり得る人物には、ここで潰れてもらってしまった方が良いのではないかと考えている。
今のこの行動を見るだけでも、明らかに足を引っ張りそうな素質を撒き散らかしているし、人一倍おのれを律することに長けたヴィレッタの目線からは、余計に際立って見えていた。
だからという面もあったのだろう。現場への到着はいくらか遅れてしまっていた。
戦場音を拾い、林に潜んで接近してみれば、既に戦闘は始まっている。
戦況によってはすぐにでも飛び出すつもりでいたヴィレッタだったが、敵勢力の一騎を視認して踏みとどまった。
(何だあのナイトメアは……?)
今までに見たことの無い、紅色をした機体。識別信号を確認すると、交戦しているのはキューエルのようだった。
鋭い踏み込みとともに振るわれたスタントンファの一撃を、敵機は上に跳んで避ける。
スタントンファの強みは両腕に装着されている点だ。射程が短い分小回りが利き、左右の腕から連続した攻撃を放つことができる。
落下に合わせて繰り出されるはずだった第二撃は、上方から体を捻りつつ飛んできた敵機の蹴りによって封殺された。真紅のナイトメアはバランスを崩さずに着地すると、衝撃吸収のために曲げた膝をそのままバネにしてサザーランドに飛び掛かる。一連の挙動が異様に早い。蹴りつけられて上体を流してしまったキューエルが体勢を整え終える前に、攻撃的なフォルムをした銀色の右手がサザーランドの頭部を鷲掴みにしていた。
(あの右手……何かある)
ヴィレッタが睨むように見つめる先で、サザーランドの青紫をした装甲がボコボコといたるところを膨らませ始める。気色の悪い半球が体躯全体を覆ったとき、サザーランドは弾けるように爆発した。
あの新兵器の効果なのか、単なるマシントラブルなのか、オートイジェクトは作動していなかった。キューエルは間違いなく戦死だ。
ヴィレッタの喉がゴクリと鳴る。
最近のキューエルには冷静さに欠く部分があったものの、彼の技量自体は決して低いものではない。無論ジェレミアやコーネリア、ギルフォードなどの飛びぬけた一線級の実力者と比べれば見劣りはするが、それでも隊の指揮を任されるだけの能力は確実にあったのだ。
そのキューエルがいともあっさりとやられてしまった。
こうして眺めている間にも、あの赤いナイトメアは尋常ならざる機動力で戦場を駆け回り、一騎、また一騎と純血派の機体を沈めていっている。
もはや足手まといには消えてもらった方が良いなどといった利己的な打算を働かせていていい場面ではなくなっていた。
ヴィレッタは指揮官を失って狼狽している味方機に通信で声を張る。
「私はジェレミア卿の副官、ヴィレッタ・ヌゥだ! 生き残りたくば私の指揮下に入れ!」
サザーランドを林から出し、アサルトライフルを乱射する。純血派の面々が自分の位置情報をぎりぎり認識できる程度の時間を置き、ヴィレッタはケイオス爆雷を投擲した。
「私たちの役目は足止めだ! 倒す必要はない! 功を焦るな! 距離を取れ! 接近せねばあの右手は使えないはずだ! 距離を取って弾幕を張れ!」
空中で高速回転する爆雷から四方八方に弾丸が放たれる。敵味方の区別無く降り注ぐ全方位攻撃を、ヴィレッタは即座に木に隠れることでやり過ごす。
ケイオス爆雷の危険性を理解していたサザーランドのパイロットたちは、皆退避に成功したようだった。対する黒の騎士団側にはいくつか被弾した機体が見られる。
「よし、奴らはひるんでいるぞ! 時間差でケイオス爆雷を投げ続けろ! 余裕があればどこかに仕掛けてもいい! その間に一旦退いて態勢を立て直す!」
ヴィレッタは後方に敵影の無いことを確かめると、銃弾を撒きながら後退していった。
岩のような山肌が剥き出しになった地点。山中にできた狭い平地では、一つの戦いがだんだんと収束に向かっていた。
コーネリアは、数を減らしてきた日本解放戦線の部隊を相手取りながら、その報告を聞いた。
「足止めの純血派がやられた?」
『今はヴィレッタ卿が指揮を取り、なんとか食い止めております。ですが、新型ナイトメアの情報も上がってきております。突破は時間の問題かと。総督には一刻も早く退避していただきたく――』
「退路の確保はできたのか?」
『先ほど地形の把握が完了致しました。ポイント9を抜けてポイント6を経由し、ポイント2へと移動するルートなら、土砂に閉ざされて通行不能になっている地点はありません。そこからG-1に向かって下されば、問題なく帰還が可能です』
ふむ、と一つ頷き、コーネリアは傍らに立つ騎士に話を振る。
「どうするギルフォード? 純血派を破った黒の騎士団の新型というのも面白い。迎え撃ってやるか? それとも戻るか?」
「私は姫様の騎士なれば、全て御心のままに」
ギルフォードは、本音としてはコーネリアに退いて貰いたいと思っている。
しかし同時に、異母弟の仇を討ちたがっている主君の心情も見通していた。無論敬愛する第二皇女の望みを叶えたい気持ちも強い。そこに余りにも脆弱だった日本解放戦線の戦力状況を加味すると、自分でも気付かぬうちに、黒の騎士団など取るに足らぬという先入観が生まれてしまっていた。
「フ、止めんのだな。よし、ならばここの敵戦力を殲滅し次第、ヴィレッタの救援に向かう。ジェレミア隊には迂回路を――」
「――殿下! 後方より新たな敵影です!」
コーネリアの指示に割り込むように、親衛隊機から通信が入る。
「またかッ! 次から次へと虫のように!」
顔をしかめて吐き捨てた瞬間、報告にあった方角から敵の機体が現れた。斜面を上ってきた勢いをそのままに、飛び上がって平地に着地する。その数は五つ。
「新型……? いや、カスタム機か」
藤堂鏡志朗と彼直属の四人の部下――四聖剣の駆る無頼改であった。
戦場に乱入した五騎のナイトメアはランドスピナーを巧みに操り、蛇行するように高速で移動する。バラバラに動いているかのように見えた各機が、突如タイミングを合わせて一騎のグロースターに殺到した。五方向から次々と振るわれる廻転刃刀の斬撃。チェーンソーのように唸りを上げる刃を、グロースターは一本目を躱し、二本目にランスを合わせ、三本目で片腕を落とされ、四本目で袈裟斬りにコクピットを破壊された。
流水を思わせる華麗な連撃に、ギルフォードは瞠目する。
「あの動き、只者ではない……」
もちろん親衛隊側にも慢心はあった。日本解放戦線など物の数ではないと。さらには初見の攻撃である。
撃破される要因は少なからず存在していた。とは言え、そこを逃さず突けるのは相手の優れた技量あってこそのものだ。
「姫様、お気を付けください。今までの敵とは格が違います」
「わかっている。油断はせぬ。来ると言うのなら逆に討ち取ってくれる」
実際のところ、客観的に分析すれば、新たに現れた敵部隊の実力は親衛隊にも引けをとってはいなかった。機体性能でも搭乗者の腕でも。指揮官機を操る者に至っては、専任騎士のギルフォードに匹敵するレベルかと思わせるほどの能力を窺わせている。
無頼改とグロースターで数を比べれば親衛隊が上回ってはいるものの、この状況になるとただの雑魚でしかなかったはずの無頼の存在が地味に効いてきていた。わずかに気を取られた隙を、無頼改が執拗に狙ってくるのだ。
一方的だった戦況は五騎のナイトメアが加わったことにより膠着状態に陥っていた。
お互いに戦力を削れないまま、拮抗した時間が続いていく。
「姫様、ここは一旦お下がりください。ジェレミア隊と合流して態勢を整えましょう。このまま長引けばゼロの部隊もやってきます」
ギルフォードからの提案に、コーネリアは大きく頷いた。
「よし、ならば逆手に取ってやる。参謀府、ジェレミア隊を五時方向からポイント9へ向かわせろ。ギルフォードよ、ジェレミア隊移動の時間を稼いだ後、ポイント9まで来い。戦力を集中させ、挟撃により一気に叩く!」
マントを翻し、グロースターを敵から遠ざける。戦場から離脱する直前、コーネリアは親衛隊に言った。
「無頼の追跡は阻止するな。奴らだけなら私が撃破する。カスタム機の一騎や二騎受け持ってやってもいいが……やつらは誘いには乗らんだろうな」
大口ではなく、コーネリアには二騎程度なら打ち倒せる自信があった。敵の真の脅威は最大五騎による高い連携技術にある。逆に言えば、少数なら個人のテクニックで付け込める部分が無いわけではないのだ。それはあちら側も理解しているはず。
だからこそ、戦力の分散は無いだろうというのがコーネリアの予想だった。
「まぁいい。――ギルフォード、この場は任せた。死ぬなよ」
主戦場から離れた後方。ナリタ連山の麓には、勇壮にそびえる巨大な陸戦艇があった。ブリタニア軍の本陣が置かれたG-1ベースである。
ブリッジでは参謀府の人間がせわしく動き回っている。戦場各地から寄せられる情報を整理し、地図上に反映、そこから導き出される指示を各部隊に送っているのだ。
土砂による地形変化の把握も終わり、悲惨な部隊状況も大体が明らかになり、作業が落ち着き始めた頃だった。
通信兵が鋭い声を上げる。
「ヴィレッタ卿より連絡! 黒の騎士団が転進したとのこと!」
「方角は?」
「八時方向、目的地はポイント9と思われます!」
「なっ!? 総督が敵を誘い込もうとしている場所ではないか! それではこちらが挟撃を受けてしまう! すぐに総督とギルフォード卿に連絡を!」
最悪の状況変化に、ブリッジは騒然となる。
「駄目です! ギルフォード卿は動けません! 急に敵の足止めが厳しくなったと!」
「ぐっ、もしや黒の騎士団と日本解放戦線は連携を取り合っていたのか……? その上でこちらの狙いを読んで……!」
表情を険しくする参謀たちを追い込むように、間を空けずさらに歓迎できない情報が入ってきた。
「総督は――敵の新型と遭遇したとのことです! 黒の騎士団は新型一騎だけを先行させて、ポイント9に伏せさせていた模様!」
「馬鹿な! そこまで読まれていたというのか!? ありえん」
参謀が悲鳴のように叫んだ。ブリッジに重苦しい呻き声が満ちる。
「純血派を急がせろ。新型とは言え、コーネリア様がやすやすとやられるわけがない。撃破される前にジェレミア隊と合流できれば勝ちだ」
「しかし、黒の騎士団の本隊も転進して向かっています。それにジェレミアにはゼロとの内通の疑いもあります。奴から情報が漏れていたと考えれば、この敵の動きにも納得が……!」
「だがギルフォード卿は動けぬ様子、他に動かせる部隊が無い!」
参謀たちは唾を飛ばしあう勢いで意見を戦わせている。
その様子を、ユーフェミアは硬い表情で眺めていた。
第四皇女は戦場に来るような教育は受けていないのだが、今回は例外だった。
戦いの実際を見てみたいと姉に掛け合ったら、コーネリアは仕方がない子だ、という態度を全面に出して、それでも快くここまで連れてきてくれたのだ。危ないことはするなよ、と苦笑いをしながら。
姉の言葉に従うのはやぶさかではなかったし、これは勉強の一種なのだから、こうして黙って立っているのは悪いことではない――というよりも、この場で周りから求められている副総督の行動はそれなのだろうとはわかっている。けれど、そうとわかっていても、ユーフェミアは何とも言えない焦燥を覚えてしまっていた。
おそらくこれは、姉の危機でなかったとしても避けられない心理だっただろう。
ここ最近特によく味わうことになった感覚だ。
こんなとき決まって心に浮かんでくるのが、クラリスの顔だった。
籠の鳥のように不自由な身分に閉じ込められている優秀な姉と、自由でありながら羽ばたく翼を持たない自分。
そんな情けない状態では申し訳が立たないといろいろなものに挑戦してみたものの、何をしても大した成果が上がらない。
そのたびにユーフェミアは、ホテルジャック事件で再会して以来、結局誰にもその存在を明かせなかった異母姉に、心の中で謝罪するのだ。ごめんなさい、と。
ただ、それは当然のことでもある。努力だけでは届かない限界があるのは誰にとっても当たり前で、ユーフェミアは元々、シュナイゼルやコーネリア、ルルーシュ、クラリスのように、後見貴族の話が出たことも無い。その事実から鑑みれば、華々しい活躍ができる資質を備えていなくても、なんら不思議なことなどないのだ。
そうと知りつつもそこで大人しく諦めてしまえないのが、ユーフェミアの長所でもあり、短所でもあった。自分の出る幕ではないとしても、『何かをしなければ』と考えずにはいられないのだ。
そこから来る熱が、ユーフェミアを動かした。
「あの!」
唐突に声を上げた副総督に、皆の視線が集中する。
「友軍は、出せないのですか?」
「友軍とは……特派ですか?」
特派の機体はたしかに強力だ。敵の新型と同じく一騎で戦況を覆し得る。にもかかわらず話に上がらないのは、コーネリア自身がナンバーズのパイロットを認めていないためである。
「ですが……枢木は」
「総督が特派を使いたがらないのは知っています。ですが、それに縛られて総督自身の命を危うくするのは愚かなことではないでしょうか。何か問題があるようなら、責任は私が取ります。いかがでしょう?」
ユーフェミアは参謀たちの顔を見渡してはっきりと言った。ホテルジャックの経験で、皇族はうろたえた姿など見せてはならないのだとクラリスから学んでいたためだ。
これが実践できるかどうかは能力ではなく心の強さ――胆力の問題であり、ユーフェミアはそういう意味では、間違いなくブリタニア皇帝の血を引いていた。
結果、皇女の決然とした想いは参謀たちに伝わった。
特派が出し辛いのには、かの部隊が帝国宰相シュナイゼルの直属であるという理由もある。その辺りの命令系統のもつれも、副総督クラスの直接の命があるなら飛び越えてしまえるのだ。
参謀たちが頷きあったとき、ブリッジのスクリーンにメガネを掛けた白衣の男の顔が大写しに現れた。特派の主任、ロイド・アスプルンドである。
『ハーイ、ご指名ありがとうございマース!』
ニヤニヤと笑顔を貼り付けながら、敬意の欠片もない口調で礼を述べる。
この男のこういったふざけたところが特派の遠ざけられる一因でもあるのだが、絶対に改善はされないだろう。この場においては矯正しようと考える者もいなかった。
ロイドの顔は頬をつねる女性の手によってすぐに画面から引っ張り出される。後には、既にパイロットスーツに着替えた茶髪の少年の姿があった。
瞳に宿る光を目にして、ユーフェミアはおのれの判断が間違っていなかったことを確信する。彼なら確実に姉の窮地を救ってくれると。
そして、第四皇女は堂々と胸を張り、名誉ブリタニア人の騎士に告げた。
「枢木スザク。ユーフェミア・リ・ブリタニアが命じます。総督を救出しなさい」
「――イエス、ユアハイネス」
ポイント9は、言ってみれば峡谷のような地形である。水食によるものではないのか、あるいは枯れてしまったのか、川は流れていないものの、両脇に切り立った崖がそびえる隘路だ。
そこに二騎のナイトメアが対峙していた。
コーネリアの愛機グロースターと、カレンの駆る純日本産ナイトメア紅蓮弐式。
「コーネリア、投降してくれない? あんたにはもう逃げ道は無いわ」
「フン、愚かなり黒の騎士団! 貴様さえ倒せば活路は開く!」
コーネリアの気合と共にグロースターが走る。腰だめに構えたランスで赤い装甲を刺し穿たんとランドスピナーが唸りを上げた。トップスピードで突進してくる機体を、紅蓮は大きく横に跳んで避ける。瞬間マントが翻った。グロースターは砂埃を巻き上げながら素早く反転すると、赤い敵機が空中にあるうちにスラッシュハーケンを射出する。
避けようがないと思われた鋼鉄の楔は、紅蓮が突き出した右手の平――そこから照射された高周波によってあっけなく止められた。勢いを失くしたハーケンはそのまま掴み取られ、輻射波動を受けて握りつぶされる。
「くっ、噂の新兵器か!」
毒づくコーネリアの見つめる先で、紅蓮弐式は跳躍の勢いを上手く殺して岩壁に着地した。体が地面に落ちるより先に、たわめた脚を伸ばして壁から跳ぶ。
一直線に空中を迫り来る鋼鉄の人体に、コーネリアは槍先を合わせようとした。風切り音を纏わりつかせて突き出される金色の穂先。それが紅色の胸部に接触する直前、紅蓮は空中で体を捻った。
「何だその機動は!?」
鋭い刺突に紙一重の空間を貫かせながら、赤い機体はグロースターの隣に着地する。そこからの反転動作はこれ以上は無いほどに早い。ランスを突き出した姿勢から慌てて体勢を戻そうとしているグロースターの手を、紅蓮弐式は右手で掴む。
すぐさま発動した輻射波動機構によってボコボコと泡立っていく赤紫の腕部。制御不能部位が胴体にまで及ぶ前に、コーネリアは右腕をパージした。ランドスピナーで後退すると同時に、主を失った腕のパーツは紅蓮の手の中で破裂する。
「ふざけるな……スペックが違いすぎるぞ……!」
コーネリアがコクピットで呻いた。
今までの短い戦闘だけで理解できてしまっていた。アレに一対一で攻撃を当てるのは不可能だと。敵の目的が捕縛でなければ、既に完全に機体を破壊されていたかもしれない。
距離を取ったまま動こうとしないグロースターを睨み、カレンは操縦桿を握りなおす。
「どうしたの皇女様。そっちが来ないなら、こっちから行かせてもらうよ!」
紅蓮弐式のランドスピナーが唸りを上げる。対するグロースターは正面からぶつかる姿勢を見せず、さらに後退する。
コーネリアとしては、もはや時間稼ぎしか道は無いとの結論に至っていた。逃げに徹したところで大して持ちはしないだろうが、やらないよりはましという判断である。
紅蓮の放つ格闘戦の攻撃を、片手を失ったバランスの悪い機体で何とか避け続ける。蹴りを防御し、手刀を片手で弾き、赤い塗装の中で不穏に輝く銀色の右手を跳び退って避ける。
無駄の無い動きで連撃をいなせるのはひとえにコーネリアの技量の為せるわざだったが、それゆえの落とし穴が存在していた。
紅蓮の右手の射程圏外ぎりぎりまで離脱したと思った瞬間、ガコンと音を立てて腕部のギミックが作動したのだ。
「――伸びただと!?」
前腕一つ分ほど長さを増した紅蓮の右腕が、一本残ったグロースターの左手を捕らえんと迫る。
「取ったッ!」
銀色の五指が赤紫の腕を握ったとき、カレンはおのれの勝利を確信した。しかし次の刹那、その認識は崩壊する。ファクトスフィアが頭上から飛来する物体の急接近を捉えていた。
カレンは掴んだ獲物を放し、バックステップでその場を離れる。直後、轟音と共に砕かれた地面が岩塊となって飛び散った。もうもうと立ち込める土煙の中には、青紫のナイトメア、サザーランドの姿がある。
「何とか、間に合ったようですね」
「ジェレミアか! 良く来てくれた!」
砂埃が晴れる頃には、崖上からワイヤーを伝って純血派のサザーランドが次々と下りてくる。その中の一騎が予備装備のランスをグロースターに手渡した。コーネリアほどの腕前があれば、片手であろうともまだまだ戦えるのだ。
中破したグロースターを後ろに庇い、部下たちを左右に置いて、ジェレミアは紅蓮弐式に向き直った。
「これで形勢逆転かな? イレブン」
「――いいや、もう一度逆転だ、オレンジ君」
スピーカー越しの不敵な声が響くと同時に、辺りに銃声が満ちた。道の先から無頼の一団がアサルトライフルを連射しながら突っ込んでくる。
「ゼロ!?」
その叫びは誰の物だったか。コーネリアか、ジェレミアか、カレンか。あるいは全員だったかもしれない。
いずれにせよ、皆が一流のパイロット、エース級だけあって、ゼロの乱入で必要以上に気を乱したりはしなかった。
ジェレミアはコーネリアと共に機体を蛇行させて銃弾を避けながら、部下に言う。
「私は殿下と協力してあの赤い機体を引き付ける。残りはゼロを捕らえろ。奴を抑えれば赤い機体も止まる。ゼロを捕獲することこそ、すなわち殿下をお護りすることである! 騎士の本懐を存分に果たせ!」
一方、黒の騎士団側ではゼロがカレンに指示を送っていた。
「なんとしてもコーネリアを捕らえろ。皇女さえ手にしてしまえば、あとは何があろうと交渉で逆転が可能だ。こちらのことは気にしなくていい」
「はい、ゼロ!」
コクピットの中で一人頷くと、カレンは紅蓮弐式を加速させた。純血派と黒の騎士団から離れた位置に立つ二騎に向かって、猛然と前進する。手前にいたサザーランドに飛び掛かり、空中で蹴りを放つ。
ジェレミアは相手が宙に居るにもかかわらず、迎撃体勢を取らずに横方向に避けた。カレンにしてみれば、コーネリアのときと似たやり方で機体性能に任せた初見殺しの手を使うつもりだったのだが、既に情報が渡っていたのかもしれない。
地面に着地した紅蓮弐式に、スタントンファの右の一撃が迫った。すぐさま膝のバネを使って飛び退いたところに、追いすがるサザーランドの追撃が放たれる。左腕が振るう素早い打撃を、紅蓮は右手で掴み取った。輻射波動の侵食が始まると同時に、ジェレミアは左のトンファを放棄する。間を置かずに右のトンファが風を切る唸りを上げた。紅蓮は後ろにステップを踏んで回避する。左のトンファはもはや存在しない。追撃はありえないと思われたその瞬間、サザーランドはスラッシュハーケンを発射した。
一連の挙動にまったく淀みがない。芸術的な機体操作で襲い掛かった連撃の最後の一手を、紅蓮は輻射波動で受け止めた。
「なるほど厄介な武装だな……!」
「――だが、もう一手だッ!」
ジェレミアの忌々しげな呟きに呼応するように、サイドから回り込んだグロースターがぎらりとランスの穂先をきらめかす。常識的に考えて躱せるはずがない、完璧なタイミングだった。
鋭く突き出された槍の先に、しかし真紅の機体の姿は無い。
「何だと!?」
端的に言ってしまえば、紅蓮弐式とは常識で測れるナイトメアではなかったのだ。それこそが第五世代と第七世代の間にまたがる絶対的なまでの差である。
空中へと逃れていた紅蓮弐式は、地上に向けてスラッシュハーケンを射出する。肩口を正確に射抜かれてグロースターの左腕が地に落ちた。
これでもうグロースターは戦えない。
本来の言葉どおりの意味で、皇族を護る騎士の本分を果たす機会がやってきた。だというのに、なんという絶望的な状況か。
ジェレミアが皮肉げに口端を上げたとき――。
岩壁が爆発した。
ルルーシュは、その光景をサザーランドと交戦しながら目撃した。他の黒の騎士団員たちと同じく、道に転がる巨大な岩石に身を隠して、アサルトライフルを撃ちながら。
銃弾の中を飛び出していって敵機を撃破できる者などほんの一握りだ。自分がそこに当てはまる人種でないことをルルーシュは自覚していた。
そのおかげで――客観的に戦場を見られる位置にいたからこそ、はっきりと見て取ることができた。
左右にそびえる崖の一方を貫いて、新しいナイトメアが姿を現していた。特派の最新兵器、ランスロットである。
片手にライフルを携え――信じられない破壊力だが、あれが山をくりぬく弾丸を放ったのだろう――粉塵が収まるのを待つかのように待機している白い機体。
ルルーシュは新たに出現したナイトメアを睨むように見据えた。
「――ゼロ、どうしますか?」
「カレン、コーネリアはどうなった?」
「両腕は落としました、後は護衛を倒せば」
「よし、ならばあの白兜を破壊しろ。奴を排除すれば私たちの勝ちだ!」
相手はシンジュク事変で煮え湯を飲まされたナイトメアである。あのときのでたらめな機動力はよく覚えている。
しかし、カレンが負けることは考えていない。むしろ紅蓮弐式ならあの機体が出てきても勝てると読んだからこそ、今回の作戦に踏み切ったのだ。
ルルーシュが岩影で純血派との交戦を続けていると、紅蓮と白兜は激しく格闘戦を繰り広げながら、切り立った崖を登っていく。つくづく馬鹿馬鹿しい機体とパイロットである。
やがて二騎のナイトメアが崖上に姿を消すと、コーネリアのそばからサザーランドが離れた。
(ジェレミアがこちらに来るか……。紅蓮は白兜一騎に任せて十分と判断されたのか? いや、大将を捕らえれば勝ちという条件はあちらも同じ。コーネリアの性格なら、戦力が増えた分の余剰をすぐに攻撃に回すのは当然か)
ルルーシュは仮面の下で思案を巡らせる。
ジェレミアの実力はエース級だ。そして騎士団側は雑兵ばかり。機体のスペックを考えれば時間は掛かるだろうが、間違いなく銃弾を潜り抜けて的確に攻撃を加えてくる。
ここで問題となるのは、何体までなら破壊されて良いのかという点だった。
黒の騎士団のナイトメア総数は決して多くない。減らされるのは痛手だが、結局ナイトメアはモノであり、再配備することは可能。
ならば何が問題なのかと言えば、『負けた』という印象が生まれるのがまずい。
ゼロの求心力の源は、ルルーシュ本人のカリスマ性に加えて、起こした『奇跡』にある。不可能を可能にする力を見せるからこそ、絶対に勝てないと思われたブリタニアを倒せるのではないかという幻想を人々に見せられるのだ。
そのゼロがここでブリタニアに『負ける』ことは絶対に避けねばならない。
山崩れによってブリタニア軍の八割を撃破しようが、騎士団側の勢力があまりに削られてしまえば、敗北感が生まれて来てしまう。
対する勝利条件は、『コーネリアを捕らえる』がベスト。予期せぬ日本解放戦線――おそらくは藤堂――のアシストもあって、かなりのところまで迫っている。
しかしそこまではできずとも、『ぎりぎりまで追い詰めたが、あと一歩及ばなかった』なら、今まで圧倒的弱者だったイレブン側は戦勝感を味わえるだろう。それが最低のラインだ。
カレンが手こずるようなら、そこが覆らないタイミングを見極めて、手遅れにならない内に退かねばならない。
「カレン、まだか!」
「すみません、ゼロ。こいつ、思った以上に強い……!」
芳しくない返答にルルーシュは顔を歪める。早々に決着の付きそうな戦況ではないらしい。
時間が経てば経つほど敗北が近づいていく中で、一発逆転の大勝利を夢見ていい状況なのかと聞かれれば、答えは否。
まだブリタニアとの戦いは始まったばかりなのだ。ここで小さな勝利を上げておくことは、今後の布石にもなる。
「――カレン、撤退だ。時間が掛かりすぎた」
「申し訳ありません」
「いや、いい。よくやってくれた。――全軍に告ぐ! 黒の騎士団はこれより撤退する! 各自所定のルートを使って撤収に移れ!」
戦線にやってくるエースが弾幕を突破する前に、無頼の集団は後退を開始した。
脱出ルートには概ね森の中が定められている。要所要所にトラップが仕掛けられ、場所によっては対ナイトメアミサイルを装備した兵士が伏せられていた。優秀な工兵歩兵の働きにより、追撃の手は次第に弱まっていく。
当初の計画通り、よほどのことでもなければ脱出は成功するはずだった。
――そう、『はずだった』。
ルルーシュは無頼のコクピットの中で奥歯を噛み締めていた。
周りを木々に囲まれた開けた一角。対峙しているのは一騎のナイトメア。トラップを掻い潜り、ミサイルを回避し、どこまでも追ってきた青紫の機体。
ジェレミアのサザーランドだった。
純血派領袖の機体操作能力はルルーシュの予想を越えていた。
いや、それは致し方ないことだったのかもしれない。エリア11にいる限り、本気になった本物のエースの能力を実際に目にする機会など無いのだから。
それだけならまだ良かった。
最大の問題は、追っ手がジェレミアだったことにある。
他の人間であれば投降するふりをしてギアスを掛ければそれで済んだというのに、この相手にはそれができない。
ルルーシュの絶対遵守のギアスは強力だが、一つ厄介な制限があるのだ。
『一度使った相手には掛けられない』という制限が。
枢木スザク強奪事件の際にギアスを掛けてしまったジェレミアには、もはや超常の力は通じない。
「どうしたゼロ? もう小細工は終わりか? ならば最後にその身で私と戦ってみるか? それとも大人しくくだるか?」
勝ち誇ったジェレミアの声が響く。
(……どうすればいい。考えろルルーシュ。……投降するか? 皇子だと言って。いや、駄目だ。この場は助かるかもしれないが、ジェレミアの記憶を消すことができない以上、いずれナナリーとクラリスにまで事が及んでしまう)
「どうした、来ないのか。では、力づくで引きずり出すしかあるまいな」
サザーランドが一歩を踏み出したとき、森の中から一人の少女が走り出てきた。ライトグリーンの髪を長く伸ばした白い服の娘である。
(C.C.? 何故ここに)
ルルーシュが疑問を発するより先に、C.C.はサザーランドの足に手のひらを付けた。
「こいつにショックイメージを見せる。間接接触だが試す価値はある。成功したらその隙に逃げろ。もし失敗したら、私が死んで盾になってやる。その間に逃げろ」
「何を言っている!?」
「説明している暇は無い」
言い終えるなり、C.C.の額の赤い文様が輝きだす。風が巻き起こり、髪を靡かせ、そして淡い光は数秒ほどで消えた。
サザーランドは片足を前に出したまま停止している。
「……どうなっている?」
「成功したようだ。こいつは今過去のトラウマを見ている。具体的な内容まではわからんが。理解したならさっさと逃げろ。いつまで続くかの確証はない」
「お前はどうするんだ?」
「今は動けない、だから早く――」
さらに重ねて言おうとしたところで、サザーランドがアサルトライフルを持ち上げた。
「なっ!? もう復帰するのか!? 早く逃げろ!」
C.C.の叫びが響いた瞬間、巨大な銃口が火を噴いた。
ジェレミアは過去の記憶を追体験させられていた。
いや、そこまで明確なものではない。過去にあったような気がする体験だ。
思い出したくない苦い記憶。
その中には実体験を自ら脚色してさらに恐ろしいものに変容させてしまった、事実とは異なる記憶というものが混じっている場合がある。
ジェレミアのそれはまさに、何度も夢に見た、しかし現実には一度も見ていない、記憶めいた何かだった。
敬愛するマリアンヌ皇妃が銃弾に倒れる姿。ナナリー皇女が脚を撃たれる光景。
何者かもわからぬ、銃を持った人型の闇がヴィ家の人々を害していく。
もう一つ、拳銃を持った黒衣の男にクロヴィス皇子が殺害される場面。
犯人の頭には黒い仮面が乗っており、それが近頃世間を騒がせている『ゼロ』なのだと、ジェレミアは散漫になった自我で漠然と理解した。
二つの映像が繰り返し繰り返し再生される。他に混じっていた無数の記憶は、二つの強烈な負の印象に塗りつぶされて、どんどんと存在感を希薄にしていく。
いつしか、体験していない二つの記憶はぐちゃぐちゃに混じりあい、一つの映像へと収束していた。
アリエスの離宮で楽しそうに談笑するヴィ家の面々に、なぜかクロヴィス皇子が加わっている。
その微笑ましい風景に、黒衣を纏った仮面の人物が突撃銃を構えて乱入してくるのだ。
驚く間も与えずに、仮面の男――ゼロは銃を乱射して、無数の銃創を刻んでいく。相手が事切れてもやめずに、体がミンチになるまで無限の銃弾を撃ち続ける。
ジェレミアはそれをどこか近くて遠い場所から見ていて、やめろと言っても、殴って止めようとしても、届きそうなのに決して届かない。
――ジェレミアの見ていたショックイメージは、そういうものだった。
覚醒はしない。まだまだ完全な覚醒はしないのだが、現実との境界はそれでも次第に近づいてくる。
そのとき一番最初に認識した――思い出した事実が『ゼロが目の前に居る』ことだった。
ジェレミアは深く混濁した意識で、『ヴィ家とクロヴィス皇子を惨殺したゼロが目の前に居る』と思った。夢の中では殺したくても殺せなかった憎き相手が眼前に立っていると。
だからジェレミアは、アサルトライフルの引き金を引いた。
胸部の装甲を至近距離から撃たれた無頼は、すぐにパイロットにエマージェンシーを伝えた。狙いが曖昧だったためコクピットの破壊にまでは至らなかったものの、まともな操縦は不可能、事によっては爆発する可能性もあった。
目を見開いたC.C.がルルーシュの名を鋭く呼ぶ。琥珀の瞳にオートイジェクトで射出されるコクピットが映った。
空中を走る黒い鉄塊に向けて、サザーランドがスラッシュハーケンを放つ。万全のジェレミアならば絶対に外すはずのない攻撃。しかし不幸中の幸いというべきか、ハーケンの一撃は中心を逸れ、箱を揺らすに留まった。金属部品を飛び散らせながら、パラシュートを開いたコクピットが林の中へと落ちていく。
パイロットの状態がどうなっているのか、サザーランドはそれ以上の行動をしようとしない。
C.C.はナイトメアの足部から手を離すと、即座に走り出した。
絶対に死なせてはならない、契約者の少年の下へと。
パラシュートの落ちた場所に辿りつくなり、C.C.は駆け寄ってコクピットを開けた。
「ルルーシュ! ルルーシュ! 生きているか!? 死ぬな、ルルーシュ!」
「……黙れ……C.C.。誰が聞いてるか……わからない」
ルルーシュの返答はひどく弱々しかった。ゼロの仮面は脱げており、どこかが痛むのか、頬の筋肉がピクピクとひきつるように動いている。
「あぁ……くそ、意識が飛びそうだ」
そう言いながらも、薄っすらと開いた目には徐々に光が戻ってくる。
「……大丈夫か?」
「大丈夫なわけが……ないだろうが。全身痛くて、どこが一番悪いのかも、わからないぞ……」
ルルーシュは緩慢に体を起こし、何度も何度も呻きながら、コクピットから這い出してくる。
C.C.が手を貸そうとすると、触るだけで痛いからやめろと言う。真実なのか、無駄に高いプライドのなせるわざなのか。おそらく後者だろう。
強がりを言えるくらいなら死ぬような怪我ではないのかと、C.C.はそこでやっと安堵の息を吐いた。
ルルーシュは少し休憩を挟んだだけで、よろけながら立ち上がった。
「歩けるのか?」
「本当は動きたくもないんだが、そうも言ってはいられないだろう、この位置じゃあ」
ブリタニア軍が布陣している範囲からはもう抜けている。とは言え、ジェレミアが追ってきていたのだ。仮に彼が動けなかったとしても、その異常が確認されれば誰か別の人員が送られて来るのは想像に難くない。
両足で立ったルルーシュは、おそるおそるといった具合に少しずつ体を動かした。
「……打撲は全身、それに伴ってところどころに擦過傷。内臓系はおそらく無傷。左手は、もしかすると――いや、確実に折れているな。だが腕で良かった」
血色の悪い顔をしかめながら、一歩二歩前に出る。
「大丈夫だ、これなら歩ける。離脱するぞ」
「救援を呼んだ方がいいんじゃないのか?」
「ばらけた場合には各自で安全な場所まで脱出する手筈になっている。通信による逆探知の危険性を考えれば、下手に連絡を取らない方がいい。それに――」
ルルーシュは言葉を切ると、忌々しげに嘆息した。
「万一カレンでも来てこの怪我を見られてみろ。俺は来週から学校に行けなくなるぞ」
ならどうするんだ、黒の騎士団には顔を出さないつもりか、という問いを、C.C.は飲み込んだ。今はその説明を求めるよりも、この場を逃れることだ。
そうして逡巡している間にも、ルルーシュは少しずつ歩みを進めている。
C.C.の視線の先にある少し離れた黒い背中が、ゆっくりと振り返った。
「言い忘れていた。お前のせいで酷い目に遭ったぞ。魔女め」
皮肉っぽい笑顔を浮かべてそんなことを言う。
そして一度息を吸い込むと、不自然なほどの真顔になって、ルルーシュは続けた。
「――だが、お前のおかげで助かった。ありがとう、C.C.」
◆◇◆◇◆
大浴場で広い湯船を満喫した後、C.C.は浴衣に着替えて自室へと向かった。
ナリタ近辺にある旅館の一つ。その最上階。特に高級でもない、二人用の十畳強の和室である。
中に入って扉を閉めると、そろそろ日は落ちて、窓から夜の空気が流れ込んできていた。
「無事だったか?」
タイミングよく上がった声はC.C.に向けられたものではなかった。
包帯の上に私服を来た姿のルルーシュが、座椅子に腰を下ろして誰かと電話で話している。
「そうか、皆は脱出できたのだな。良くやってくれた。やはり君はエースだ。これからも頼んだぞ、カレン」
なぜこんなところでくつろいでいるかについては、元からそのつもりだったからとしか言いようがない。
始めからカムフラージュに二泊する予定だったのである。宿自体は予約済みであり、ルルーシュの怪我についても、土砂被害に巻き込まれたと言えば特に追求はされなかった。病院も相当忙しいらしく、救急車を呼ばれるようなこともなく、あっけないほど簡単に部屋を借りることができた。
「――私は、今は合流せずに身を潜める。また追って連絡を入れる。きみたちも今日は各々で体を休めるといい」
通話を終えると、ルルーシュはC.C.に呆れたような目を向けた。
「暢気なものだな。浴衣まで着て極楽温泉気分か」
「旅は楽しむタイプだ」
「マイペースなだけだろ」
「否定はしない。――で、どうするんだ?」
C.C.は昼間からの疑問を口にした。
怪我をした体で表に出られないと言うのなら、いったいどうやって活動するのか。
「治るまで隠れるのか?」
「まさか。そっちの方が問題だ。少なくとも今日勝ちはしたんだ。浮かれてるなら引き締める必要があるし、もし消沈してるならお前たちは勝ったんだとゼロが宣言してやらなきゃならない。放っておいて上手く回るほど、まだ黒の騎士団は成熟しちゃいない」
「じゃあどうする? 学校を休む気はないのだろう?」
学校の方は聞かずとも答えは大体わかっていた。
ルルーシュは日常を手放すことを恐れている。妹たちに心配を掛けまいと――平穏を崩すまいとしているのだろう。
ついでに言えば、妹が関わる以上、どう説得しようと意見を翻すことがないのも明白である。
ルルーシュは問いに返さないまま、片手でごそごそと旅行鞄をあさる。やがて何かを探し当てると、C.C.に放ってきた。
どうやら小型の機械のようである。
「何だこれは?」
「変声機だ」
「……まさか、お前――」
嫌な予感を覚えたC.C.が最後まで言い切る前に、ルルーシュが言葉をかぶせた。
「ゼロの仮面はフルフェイスだ。内に篭った声にならないように、始めからエフェクトを掛けて外に出す機構が組み込んである。そこにそれを噛ませてやれば、お前も立派なゼロになれる」
「……正気か?」
「使わずに済むならそれに越したことはなかったんだがな。仕方がない。いくらブリタニアの医療が発達してるからって、骨折を治すのに一日二日で済むわけじゃない。仮に今回だけ隠れたままやり過ごしたとしても、どうしたって黒の騎士団に顔を出さなきゃならないときは来る」
軽い口調で言うと、ルルーシュはさらに続けた。
「それに、逆に考えればメリットもある。ここでルルーシュ・ランペルージがゼロではないというはっきりとしたアリバイを作っておけば、後々役に立たないとも限らない。使い方次第のカードになるだろうがな」
説明を聞き終えたC.C.は眉をひそめ、思案顔になった。
「……いいのか? 私で」
「良いか悪いかじゃない。お前しかいないんだ」
たしかにそうかもしれない。ギアスを使って誰かを仕込むという手もあるにはあるが、それでは柔軟性に疑問が残る。
ルルーシュからしてみればほかに選択肢など無いだろう。
ゼロの正体である黒髪の少年は、もう一度自分の荷物を漁ると、一枚のディスクを取り出した。
「予想される会話の受け答えについては、既にマニュアルができている。今回の作戦を踏まえた修正版は朝までには仕上げる。俺に破滅して欲しくなかったら帰るまでに死ぬ気で覚えろ」
いや、死なないんだったか、と漏らして、ルルーシュは小さく唇を釣り上げた。
「あとは堂々としてればバレないさ。お前は態度だけはでかいからな。そこは心配していない」
結局C.C.はその夜寝るまで、諾とも否とも答えを返さなかった。
◆◇◆◇◆
朝のアーベントロート邸には燦々とした光が降り注いでいた。
柔らかな陽光が差し込む食堂で妹と並んで朝食を取っていたクラリスは、珍しく食事中に近づいてくる使用人の姿を認めて、軽く首を傾げた。すぐそばまで歩み寄った使用人は、耳元に口を寄せて囁く。電話が入ったとのことだった。
クラリスはナナリーに断ってから、食器を置いて立ち上がった。部屋を出て廊下に向かう。受話器を取ると、相手はC.C.だった。
「あら、電話を掛けてくるなんて初めてじゃない? こんな朝から何かあった?」
『面倒だから要点から先に行く。ルルーシュが怪我をした。私に替え玉になれと言っている』
「え……?」
虚を突かれた様子のクラリスの口から、小さな母音がこぼれた。
C.C.の声は聞き手の状態などお構い無しに、前日のナリタの出来事をかいつまんで垂れ流していく。警戒しているのかいろいろとぼかしてあったが、クラリスには伝わったようだった。
黒の騎士団が山を崩したこと。コーネリアを追い詰めたこと。ルルーシュがジェレミアに撃たれたこと。彼が隠し切れない怪我をしたこと。
『――そういうわけで、私に要請が来た』
事情説明を聞いているうちに、クラリスの表情は段々と引き締まっていった。
『ルルーシュは私なら問題なくこなせると言ったが、あいつの立場ではそう言うしかない。知っているのは私だけだと思っているのだからな。他に選択肢が無い状態で不安要素など口にするものか。だが――』
C.C.は話にわずかな間を空ける。
クラリスの目が鋭利に細められた。
『私なら、この件に関して完璧に把握している人間に一人心当たりがある。ちなみにあいつの行動理念についても私よりもはるかに詳しく知っているはずだ』
黙り込んだクラリスの視線は、宙を捉えていながら刃物のように鋭い。
恐ろしく真剣な表情だった。もしもC.C.がこの場に居たならば、ルルーシュが深く思考を回転させているときと非常によく似ていると気付いただろう。
『私は自分の取り得る最善の手を使ってルルーシュをサポートしてやりたい。あいつには期待している』
「……つまるところ、貴女は何が言いたいのかしら」
『わかっているのだろう? お前がやってやれ。私よりも適任だ』