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No.7464の一覧
[0] オクルス・デイ[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:42)
[1] 二話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:28)
[2] 三話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:30)
[3] 四話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:36)
[4] 五話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:39)
[5] 六話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:42)
[6] 七話[蟇蛙を高める時間](2009/03/16 23:50)
[7] 八話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:34)
[8] 九話[蟇蛙を高める時間](2009/10/30 21:55)
[9] 十話[蟇蛙を高める時間](2010/02/01 23:46)
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[7464] オクルス・デイ
Name: 蟇蛙を高める時間◆a7789959 ID:24cb0056 次を表示する
Date: 2010/02/01 23:42
 暗く湿った下水道の中を、美神除霊事務所のメンバーたちが歩いていく。
 美神はしっかりと周囲を探りつつ。キヌは周囲の霊気を気にしながら。横島はただびくびくと。
「そこねっ!」「うわーっ! 出たーっ!」
 横島は曲がり角から唐突に姿を現した悪霊――胴部で千切れたように、上半身のみの姿で背骨を引きずり、手にはどこで手に入れたのか木製のバットを持っている――に驚くが、そもそもこの悪霊を除霊すべくここへやってきた美神は、延々と長いこと下水道の中を探し回らせられたことの方が厄介だったという様子で、あっさりと神通棍で悪霊の攻撃を受け流し、破魔札をその顔に叩きつける。
「ギィァァァァァァッ!」
 閃光が迸り、悪霊は悲鳴と共に消え去った。
「やーれやれ。ようやく片づいたわ。さっさと帰り――」
「美神さん、まだ!」
 横島の声に慌てて美神は後ろを振り向くが一瞬遅く、どこに潜んでいたのか先の悪霊の下半身が放った前蹴りを側頭部に受けてしまう。
「この……舐めんじゃないわよ」
 ぐらぐらする頭を押さえながら、美神は怒りを神通棍に上乗せして――



ドラゴンへの道――のわき道



「――というわけで、除霊はしたけど、ここんとこ調子悪いんですよねー」
「そうか、実は私も最近苦戦することが多くてね」
 「師弟揃ってスランプですか?」と、神父――美神令子の師、ゴーストスイーパー・唐巣和弘――に横島が訊く。
 彼らは唐巣神父の教会で、お互いが最近受けた仕事について語り合っているところ。GS同士がこうして情報交換を行うのは有意義であることと、口ではいろいろ言いつつも美神が人のいい唐巣神父の生活を心配していることから、こうしてたまに教会を訪ねているのである。
「いや、そうではないよ。私たちの受ける依頼の方が難しくなってきているんだ」
「どうしてそんなことに?」
 ピート――ピエトロ・ド・ブラドー。美神除霊事務所への少し前の依頼人でもある、唐巣の弟子のバンパイア・ハーフ――が疑問を呈する。
「あれじゃね。殺虫剤使いまくってると害虫に効かなくなってくるみたいな。
 つーか、お前なんでここにいるんだ?」
「僕は先生の弟子ですから」
「ううん、それは違うわね。殺虫剤が効かなくなるのは抵抗性を持ったタイプが選抜されて増えていくからだけど、強い悪霊が繁殖行為で増えてくなんてことはありえないし」
「へー、そうなのか」
「ええ、仲間の吸血鬼のためにも早く一人前にならないといけないんですよ」
「ようするに除霊が盛んになって対応する人材も増えたことで、これまでは私や美神君にも種々雑多な依頼が来ていたのが――」
「最近では私たちみたいなプロでもレベルの高い人間のところに来る依頼は、強力な悪霊が相手のものや、扱いの難しい高度なものばかりになったってことね」
 難しい依頼が持ち込まれることも増えたとはいえ、実際には裕福でない人たちが多くこの教会を頼ってくるので、唐巣は美神ほどにそれを感じているわけではないが。
「来日費用は仲間のカンパ? 大変やなー」
「でも、なんとかしないといけないわ」
「そうだね。ピート君は人と人外の存在を繋ぐという意味でも、非常に重要な役割を担える存在だから――」
「違うでしょ、先生! あんたも、今は私たちの除霊についての話をしてるんだから、邪魔するんじゃないの!」
 話を脱線させたと横島を美神が怒鳴りつける。何で俺だけ、とピートを横目に見やる横島の抗議は聞き入れられない。
 「それに、話聞く限りどうしようもないんじゃないっすか?」と、一応美神たちの会話も聞いていた横島が言ってみる。
 「時代の流れというものですかね」とピートも続く。
「そういえば、ピートさんもGSになるんですか?」
「え? いえ、僕は出来ればICPOの超常現象課――一般にはオカルトGメンって呼ばれています――に入って、貧富の差に関係なく困っている人たちのために働きたいんです」
「いいえ。相手が強い悪霊ばかりになったのなら、私たちがそれ以上に強くなればいいのよ」
「偉いんですねえ」
「ピート君のような存在がそういった行動を通して世間に理解されていけば、それがブラドー島の住民たちや人に仇なすわけではない人外の存在との共存にもつながっていくだろう。道は険しいと思うが、ピート君の目指すものは――」
「お願いだから、おキヌちゃんも黙ってて。先生も一々そっちの相手しないでいいですから」
 お茶を入れてきたキヌがピートと話を始めたせいで、またもや別の方向に唐巣の話が逸れていき――実際にはこちらの話の方が唐巣には重要なのかも知れない――自分の話が一向に先へ進まないと美神がぼやく。
「すいません、美神さん。でも強くなるといっても、具体的にどうするつもりなんですか? いくら美神さんでも一朝一夕で一気にレベルアップするというのは、さすがに難しいと思うのですが」
 バンパイアとしての力だけでなく、神や精霊の力を借りた戦い方をも神父からじっくりと学んでいる最中のピートは、簡単に「こちらが強くなればいい」と言い切る美神の言葉に懐疑的である。
「そのことなんですけど……先生。私、妙神山へ行こうと思うんです」


 草木も生えない峻厳な岩山。よく見ればその山肌をぐるぐると細い細い道が取り巻いている。その人一人分ほどの幅の道を美神たち三人は登っていくところ。
「ほんとに日本なんすか、ここ」
「世界でも有数の霊格の高い山よ。神と人間の接点の一つとも言われてるわ。唐巣先生の話じゃ、これでもそういう類の場所の中では行きやすい方らしいわよ――ちょっと、荷物落とさないでよね!」
 話しながら歩いていたせいか足を滑らせかけた横島を美神が睨む。
「わかってたけど、俺の命の心配はしてくれないのね」
 ころころ、ひゅーと遥か下へ落ちていく小石を見ながら横島がうなだれる。
「大丈夫ですよ。死んでも生きられます」
 ぷかぷかとスーツケースを両手で持って飛んでいるキヌは元気に横島をそう励ます。
「おキヌちゃんに言われると洒落にならんのだが」
「えへへ。
 でも、どーしても行かなきゃいけないんですか、美神さん? 唐巣神父のお話だと、とっても危険な修行場なんですよね」
 キヌや横島は美神を気遣う――横島はどちらかと言えば自分の身の安全の方を気にしているようだが――けれど、美神は「私は美神令子よ。地球が吹き飛んでも私だけは生き残るから大丈夫」と、まったく意に介さない。
 そうして朝早くからきつい山道を歩くこと数時間、一行はついに話に聞いた修行場へとたどり着く。美神はこの先で待ち受けているものに意欲的であるが、横島はすでにへとへとになっていた。
 修行場の門は巨大な中華風のもので、その両開きの扉それぞれに鬼の顔が設置されている。門の両脇に佇む首のない像は、この鬼の身体なのかもしれない。
 その門の佇まいに感銘を受けることもなく、美神は「ハッタリね」と、ノックのつもりかその鬼の顔を拳でどんどんと力強く叩き出す。
 すると、唐突にその鬼の顔たちが「何をするかーっ」と叫び声を上げた。霊山の修行場だけに、彼らもただの飾りではなかったようである。
 美神たちがその鬼たちに話を聞いてみると、彼らはこの門を守っている鬼門という存在らしい。彼らは修行者たちの選別もしているとのこと。この鬼門たちに勝てないようでは、修行場での本格的な修行にはとても耐えられないということなのである。
 もっとも、「我らがいる限り、お主らのような未熟者には決してこの門は開きはせん」と向かって右の鬼門が大きく見得を切った直後に、内側から彼らが「小竜姫様」と呼ぶ女性によってあっさりと門は開かれてしまったが。
 その小竜姫は暇を持て余しているらしく、修行者たちがやって来ることを歓迎しているようであったが、鬼門たちは規則通りに美神たちを試すべきだと主張して譲らない。真面目な性格なのか、仕方なく小竜姫も「しょうがないですね」と、鬼門たちと美神に戦うように命じた。
 そしてその規則だという鬼門との試合を、美神は門についた彼らの顔に札を貼って目隠しをするという戦法であっさりとクリアする。目を塞がれて何も見えなくなった鬼門たちの胴体は、体のバランスを失って簡単に美神によって地面に転がされたのである。
 小竜姫には変則的ですねと言われたが、これが美神の特徴の一つである勝つためには手段を選ばないが故の強さである。
 とはいえ、調子付いた美神は、実はこの修行場の管理人であった小竜姫までもを馬鹿にする発言をして、「あなたは霊能者のくせに目や頭に頼り過ぎです」と窘められもしてしまった。
 言われてみれば、「私はこれでも竜神のはしくれなんですよ」と霊圧だけで美神たちを吹き飛ばしてにっこりと微笑む小竜姫の頭には、確かに竜を思わせる二本の角が生えている。
「竜神というと、あのコ神様なんすか?」
「そのようね。人間とは桁違い、今は立ってるだけですごい霊圧だわ」
「それじゃ、怒らせたりしない方がいいですね」
 中の修行場へと彼らを案内する小竜姫の背後で、こそこそと美神たちはそんなことを話し合う。
 しかし横島は神様にちょっかいを出すほど馬鹿ではないと口でいいながら、「それではまずこちらで着替えを……」と言いかけた小竜姫の帯に即座に手をかけ「お着替え手伝います! まずはこれっすね。行きますよっ!」と、煩悩のままにそれを解かんとする。
 もちろん小竜姫もそのまま横島に脱がされるはずがない。
「私に無礼を働くと、仏罰が下りますよっ」
「うわっ!」
 横島は小竜姫が抜き放った刀の平の一撃を、ぎりぎり間一髪のところで避けたが、代わりに美神にひどく殴られ、キヌには懇々と説教をされた。
(へー。手加減があったといっても、今のを避けるんだ)
 そんな騒動の後、美神たちは男と女に分かれた銭湯を模したような部屋に案内され、そこで俗界の服を着替えるようにと言われる。
 ここでまた横島が、自分はただの付き添いだから番台に座るだけでいいなどと言い出して、美神に今度は神通棍で殴られた。
 そんな弱い悪霊なら一撃で葬るほどの攻撃を受けて血まみれになっても、横島の覗きにかける執念は決して消えない――ある意味では、とんでもない根性の持ち主である。
 それを見て取ったか、これ以上小竜姫に悪印象を与えても困るので、美神の命により男と女の脱衣所を分ける仕切りの上でキヌが横島を見張ることになった。
「うー、おキヌちゃーん。ちょっとぐらい見せてくれたって罰は当たらんだろうに」
「横島さん、さっきので懲りてないんですか。それに、間違いなく小竜姫様の仏罰がくだりますよ」
 キヌはぷいっとそっぽを向いた。別に横島の着替え風景を見るのが恥ずかしいというわけではないようであるが。
「ちぇっ。おキヌちゃんも最近厳し――ん?」
 横島は唐突にがばっと仕切りに身を寄せ、目を皿のように見開く。
(あら、何を――ふーん、あんなものに気づくとはねー。この子かなりの……)
「横島ーっ!」
 隣からの邪な想念を感じ取ったか、美神が仕切り壁に思い切り霊波を叩きつける。
「ぎゃーっ! め、目がーーーっ!」
 横島は右目を押さえてのた打ち回る。建築段階からすでに建材の板に開いていた小さな小さな虫食い穴を通して、横島の目に美神の霊波が直撃したのである。
「ここ自体もそんな感じだけど、あんたには緊張感ってもんがないのか!」
「そんなこと言ったて、見たいもんは見たいんやー。これはあふれんばかりの好奇心を満たしたいというごく普通の少年の欲求で――」
「どこが、普通だ!」
 着替えを終えた美神がまだ目を押さえて蹲っている横島の元へ来て、その背中を蹴り回す。
「まったく……。ここまで無礼な修行者も初めてですね」
 小竜姫もその様子に呆れ気味に言葉を零す。美神にこの修行場に緊張感がないと言われたことへの不満もそこには入っていたので、横島だけの責任でもないけれど。
 そんな美神たちの目の前の空間に、「でも、面白い子なのねー」と、ポシュっという軽い音と共に突如として一人の女性が現れる。
 「おおっ、コスプレ美少女!」と横島が思わず口にしたように、彼女は鱗を模した露出の高いボディスーツを着ており、そのあちこちに印象的な瞳があしらわれていた。
「あら、ヒャクメ。……また遊びに来たんですか? あなた仕事は――」
「もー、小竜姫はお堅いんだから。あ、私はヒャクメ。神族の調査官なのねー」
 ぽかんとそのやりとりを見ていた美神たちに、ヒャクメがにこやかに手を振る。
「それじゃ、ヒャクメ様もここの神様なんですかー?」
「いえ、彼女は妙神山に属しているわけではありません。というわけで、ヒャクメ。私はこれからこの人たちに修行をつけなくてはいけないので、あなたは――」
「その子は違うんでしょ」
 ヒャクメがすっと横島を指差す。
「え? まあ、俺は単なる荷物持ちっすけど……」
「だったら、私の修行を受けてみない?」
 ヒャクメが悪戯っぽく笑って横島を誘う。
「ヒャクメ様? あの、こいつ単なる素人で霊力も碌にないんですけど」
 何かの間違いだろうという感じの美神に対し、横島も否定は出来ないので「どーせ、俺なんか」といじけてみせている。
「さっき小竜姫にも頭や目に頼り過ぎって言われてたけど、霊力のみでしか相手を評価しないようじゃ駄目よ、美神さん。この子はあなたのいうとおり碌に霊力もないのに、あなたの――第一線のゴーストスイーパーの――仕事場に一緒に出続けてる。普通ならとっくに死んでてもおかしくないはずなのねー」
 色香に迷って続けているバイトだけに、はっきりと軽い口調で死を話題にされて横島が少し青褪めた。
「ちゃんと横島君のフォローぐらい――」
「してるのも確かだけど、横島君にも才能があるのよ。目の良さ――というか、狭い意味での霊感の鋭さね。周囲の把握力といってもいいかしら? それをいかしてこれまで致命傷は回避してきてるのよ。反射神経もあるし、性格的に逃げるのがかなり上手いみたいだしねー」
「きゃー。横島さん、神様に褒められてますよー」
「あんまり褒められてるって気はせんのだが……」
 キヌと横島のそんなやり取りを余所に、ヒャクメと小竜姫は話をまとめ始める。
「でも、どうして急にそんな気になったんですか、ヒャクメ?」
「折角来たんだし、たまには小竜姫みたいに人間の弟子でも取ってみよっかなーと思って」
「私はあくまでここで修行をつけるだけで、弟子を取っているわけでは――」
「じゃあ、私が小竜姫より先輩なのねー」
「なんで、そうなるんですか!」
「あはは、堅いこと言わない言わない。奥の異界空間借りるわよー」
「そこは老師の管轄――って、もうあなたの責任でやってくださいよ。私は知りませんからね!」
 どうやら、小竜姫が投げ出す形で話は決まったようである。
「というわけで、横島君さえやる気なら、このヒャクメ様があなたの心眼を鍛えてあげるのねー。
 どうする?」
 横島は最初「俺は修行っつーのは……」と渋っていたが、「心眼を磨けば、いろんなものが覗き放題よ? ――ほら。もちろん、あなたが今心に思い描いたようなものもね」という耳打ちに、「よろしくお願いします、ヒャクメ様」とあっさり態度を変えてヒャクメの前に平身するのであった。
 美神とキヌが向かうのとは別の場所に連れ立って歩み去っていくヒャクメと横島を唖然と見送りながら、「まさか、横島君が神様に気に入られるとわね」と美神が呟く。
「気が合ったんじゃないかと思います。あのコ――ヒャクメも自分のことを好奇心の塊だと自称していて、神界では覗き屋と呼ばれたりもしていますから」
「……ちょっと、待ってよ。話が急でついてけなかったけど、ようするに横島君は覗き魔として鍛えられて戻ってくるってこと?」
「まあ、ヒャクメも神族のはしくれですからそんなことは……ともかく、無事に帰ったとしても、横島さんには妙神山で修行してきたとはあまり言い触らさせないでくださいね。
 さ、あなたの修行を始めますよ」
 笑顔でそういう小竜姫に、美神は「いろいろ待たんかーーーっ!」と叫ぶことしか出来なかった。


 一軒の小さな家以外は見渡す限り何もない、ただただ広大な白い空間。人間が一人で放り込まれたら、さして時をおかずに発狂するようなその場所に横島たちはいた。
「な、なんなんすか、ここは」
 シュールな悪夢のような光景に横島は圧倒される。
「ここは長期修行者用の特別空間。ここで何ヶ月、何年と過ごしても、外に出たら半日も経ってないのよ」
 「もちろん中にいた人間はその分歳を取るけどね」とヒャクメが笑う。
「俺って、そんな時間のかかる本格的な修行受けるんすか?」
「さっきサインしたでしょ」
 慌てて横島はヒャクメがひらひらと示す書類に目を通す。
「――よ、読めない。詐欺だー!」
「人聞きが悪いのねー。確かに人間には意味が通じないかもしれないけど、私がちゃんと説明したじゃない」
 実はぴったりと横について説明してくれるヒャクメのことが気になって、内容に関してはほとんど右から左だったとは、さすがに言えない横島。それを全部分かった上でからかっているのだから、ヒャクメもいい性格である。
「とにかく、この空間は魂自体にもほんの少しだけど負荷がかけられるし、修行にはもってこいなのねー」
「魂に負荷っすか?」
「そう。魂に負荷をかけることで鍛えて、外に出てから霊的な力を引き出しやすくなるようにするの。高地トレーニングみたいなものかしらね。
 そうそう、ここには肉体は全くそのままで魂だけに強力な負荷をかけて、一気に強力なパワーアップを目指す修行もあるわよ。そっちは老師直々のもので失敗したら死んじゃうけどね」
「ヒャクメ様に優しい修行をお願いします」
 改めて唐巣や美神から危険な修行場だと聞かされていたことを思い出し、横島がヒャクメに懇願する。
「安心していいのねー。私は武闘派じゃないから」
 そう言って、まずはとヒャクメが用意したのは、ありきたりな検眼表であった。


「うぁ……おはようございます」
 あくびを噛み殺して横島がヒャクメに挨拶をする。
「ようやく、起きたのねー。もうすぐ出来るから、ちょっと待つのねー」
 この修行用の異空間に入ってから数日後の朝。
 今日はヒャクメが料理当番である。
 心眼をある程度ものにするためには、最低でも数ヶ月の修行を必要とする。その間はこの異空間で生活していかなければいけない――特に心眼の修行をしていない時でもわずかな魂への負荷はかかり続けるので、これ自体も修行の一部である――ので、二人は最初の日にいろいろな雑事の当番を決めた。料理の腕は一人暮らしでもレトルトやコンビニに頼ることの多かった横島よりヒャクメの方が上であるが、かといって鉄人級の腕というわけでもなかったので、特に文句もなくお互いの料理を食べている。
 横島は最初はその手料理に涙を流さんばかりに喜び、「美少女と同棲生活だー」と日常生活の全てに感動していたが、しばらく寝食を共にするうちに、むしろヒャクメのことを悪友的なお姉さんと感じるようになっていた。もちろん煩悩を感じなくなったわけでは全くなく、隙あらばと覗きや夜這いのチャンスを窺ってはいたけれど、これは惜しいところまではいっても成功はしていない。
 何せ相手も覗きのプロフェッショナルなのだから。
 そういった行為も修行になるので、ヒャクメがきちんと理解した上でコントロールしているというのが実情。そして手の内に在ることは分かっていても、横島もそれなりにそんな日々を楽しんでいるのである。
 そして心眼の修行はといえば、
「……えーっと、右?」
 1km以上あるのではないかというほど離れたところから、ヒャクメの指す視力検査表を必死に読み取るという基本的なものを当初から行っている。
 視力検査につきものの片目を隠す器具は使わないけれど、それでもヒャクメが差す小さい記号を視力だけに頼って読み取ることは不可能。ヒャクメが目覚めさせようとしている心眼の力を使うことが必要なのである。
「横島さん、肉体的にはともかく、霊能の世界では目は重要じゃないんです。目に頼ろうとしないで下さい。なんなら瞑ってしまってもかまいませんよ」
「でも、ヒャクメ様は体中に眼があるじゃないっすか。ずるいっすよ」
「私たち――神族や魔族の見た目は卵と鶏みたいなものなのよ。例えば私は全てを見通す能力を持ったヒャクメだからこそ、こういう外見になってるのねー」
 説明はよくわからなかったけれど、ともかく横島は集中を続ける。しかし、そう簡単に感覚を拡大させることはできない。
「ほら、さっき私の心眼の感覚を共有させて上げた時のことを思い出すのねー」
「そういわれたって、俺は霊能力者でもないし急にそんなこと……」
「しょうがないわね。
 んーっと、確かここに百分の一に縮小コピーされた小竜姫のセミヌード写真が――そう、そうです。その感覚を忘れないように」
 つぼにはまった時の横島の霊能力の発露に感心しながら、「でも、このままじゃ実戦では全く使えないものになりそうねー」とヒャクメはクスクス笑う。
 ちょっとした興味と暇つぶしで始めたものだけに、ヒャクメはあまり横島の成長の方向性については気にしていない。こうして横島に修行をつけるのは楽しいし、それで十分なのである。
 生真面目な小竜姫とこういう性格のヒャクメは、一見水と油のようでお互いに補完し合えるいい友達なのだろう。
「ほら、今なら完全に目隠しでもいけそうですよ。上手くいったらもっとすごい写真も見せてあげますからね」
「はい、ヒャクメ様。不肖横島、精一杯頑張るであります」
 横島は横島で、ヒャクメのぶら下げるニンジンがとてもおいしいので、相当に修行に身が入っていた。こちらも、今この一瞬さえ素晴らしければそれでいいという性格である。
 そして異界空間での十ヶ月近く――外では話の通り一日も経っていなかった――の修行を終える頃には、横島も心眼と呼ばれる能力を、ある程度は自然にも能動的にも行使できるようになっていた。
 恐らくは世界で初めて、特に凄腕の覗き魔としての能力を鍛えられた神様の弟子の誕生である。


「ともかく、無事に帰ってこれたようで何よりだ」
 妙神山での修行から戻った次の日。美神たちは、紹介状を書いてもらった唐巣の元へと報告に訪れていた。
「でも、すごいですね。美神さんはさすがですが、横島さんまで神様の弟子として指名されるなんて」
 ピートは素直に横島を賞賛する。
「いや、俺はそんな大したもんじゃねえって。でも、ヒャクメ様はすげえいい人だったぞ。うん、神様がみんなあんな人なら、俺も帰依してもいいくらいだぜ」
 修行の最後にヒャクメからもらった小竜姫の本当に際どい写真――ヌードではない。さすがに親友ということで、甘いなりに譲れないラインもあったらしい――は横島の宝物となっている。
 ちなみに、横島は知らないが、数日後にポスターサイズの額装されたヒャクメの写真も横島の家に届くことになっている。
「横島君はいい出会いをしたようだね」
 やに下がった横島の顔に少し引きながらも、人格者の唐巣が彼らしいコメントをする。横島が一見して成長したように見えるのは、実際に横島が肉体的に成長したせいなのか、霊能力を行使できるようになったからなのかは、さすがの唐巣にもいまいち判断がつかなかったけれど。
「美神さんの方の修行はどうだったんです? こうして傍から見ていても以前より霊力が上がっているのがわかるくらいですから、無事に修行を終えたのだとは思いますけど」
 優しく見つめる唐巣やピートに対して、美神は少し複雑な表情である。
「……霊的な防御力や攻撃力を大幅にアップさせて貰えたわ。時間もそうかからなかったし、結果的には一番いい形になったのかしらね」
「結果的に、かい?」
「そ、結果的に。三つの敵と戦って勝つごとにパワーを貰えるって試練に挑戦したんだけど、二戦目の相手がズルしたのよ」
「開始前にいきなり襲ってきたんですよね。あれは卑怯でした」
 キヌはその時のことを思い出したのか、ぷんぷんと怒っている。
「美神さんは意地張って小竜姫様の助けを拒むし……」
 心配かけたわねと美神が、今度は少し涙ぐむキヌの頭を撫でてやる。
「でも、勝ったんだね」
「なんとか。でもぼろぼろにされてたし、向こうが元々の原因だったおかげで三戦目はなしってことになったんです。実は三戦目の相手は小竜姫様だったらしいから、命拾いしたかしら」
「なっ、そんな危ない修行をする気だったのかい!」
 小竜姫の実力を知る唐巣がその修行内容に驚愕する。
「先生みたいにちまちま真面目にっていうのは、私の性に合わないしね。ま、運を引き寄せるのもゴーストスイーパーの実力ってとこかしら」
 「これからまたバリバリ稼ぐわよー」と美神が気炎を上げる。
「横島さんはどうするんです。単なる荷物持ちのアルバイトから、GS見習いに昇格ですか?」
 ピートの問いを横島は「俺の柄じゃねーって」とあっさり否定する。
「でも、霊能力を開花させてもらったんでしょう?」
「ヒャクメ様に帰りに説明してもらったんだけど、横島君を例えるなら普段は劣化版見鬼くんで、集中して心眼を行使出来れば見鬼くん以上の能力を引き出せるそうよ。ヒャクメ様が『普段でさえ、霊的な存在への敏感度では道具に劣っていても、感知したものに対する判断力を持つという点はGSにとって大きなアドバンテージよ。ただ横島君の場合はそういう知識面が全くないから、宝の持ち腐れに近いけどねー』って笑ってたわ」
「そして横島君には向学心がなく、美神君にも後進を育成しようという気はない、と」
 唐巣がやれやれといった様子で嘆く。横島が本気でGSを目指しているというのなら、美神に対して注意もしようが、やる気のない人間を無理矢理その道へ引き込むことはできない。本音を言えば横島が半端にオカルトに関わるのは止めて欲しいのだが、危険を理解した上で尚バイトを続けるといっている以上、助言以上の行動に出ることも出来ない唐巣であった。


 霊能者としての向上心こそないとはいえ、横島は覗きの技術を磨くために心眼の修行を続けている。現状では壁や服など障害物を越えて尚はっきりと女体を堪能することは出来ないのである。霊的に見えるということと、横島が真に物理的に見たいものの間にはまだまだずれがあるのだ。今横島が当面の目標にしているのは、壁などの物理的な障害ではなく位置的に見えないものを見えるようになること。
 心眼という能力を意識的に使おうとすれば、それにはけっこうな霊力を使う。しかし、それにより煩悩を刺激するような光景を捉えることが出来れば、それが霊力の回復へとつながることも、横島はヒャクメによる修行の中で教えられているのである。
 もっとも、横島の未熟な心眼による覗きは、美神などの霊能力者には簡単に感知できるようで、満を持して美神のバスルーム――直接覗き込むことの出来る位置にはないが、外に面した窓はある――への覗きに挑戦した時は、即座に気づかれて神通棍でしばき倒された。
 その時の美神はバスタオル一枚という格好だったので横島はそれなりに嬉しかったのだが、この覗き未遂行為のせいで、上がりかけた時給――前日の仕事の時に、偶然呼び出された下等な悪魔がマネキンに取り憑いて現場にまだ潜んでいるのを見つけた功績による――が据え置きになったことを知れば……それでも横島に悔いはなかったかもしれない。


 そんな死と隣り合わせなはずの生活を煩悩まみれで楽しんでいるとはいえ、横島はまだ学生の身。さすがに覗きに磨きをかけることとGS助手のバイトのみにかまけているわけにもいかず、学校に行くこともある。
「横島?」
「横島クンだわ!」
「あいつ、まだ学校辞めてなかったのか」
 そんな声がかけられるほどの頻度であり、教師たちの温情――もしくは、さっさとここから追い出したいという本音――による補習で出席日数をなんとかしてもらわねばならないほどではあっても。
 「下着泥が発覚して刑務所にいた」だの、「変な宗教に引っかかってインドで行方不明になっていた」だのとおかしな噂が目の前で展開され始めたので、GS助手をやっていてそちらが忙しかったのだと説明したら、一瞬横島の株が未来のGS――すごく儲かる仕事としてクラスメイトたちにも認識されている――として上がりかけたが、「絶対挫折するよね」「危険すぎる賭けだわ」と、すぐに底値に戻った。
 それを聞いた横島は、馬鹿にした女子連中を絶対に覗いてやると心に誓うのであった。もちろんGSになって見返してやろうなどとは露ほども思わないのが横島である。
「――ん? なんだ?」
 横島が教室に向かっていると、廊下の角からきゃーきゃーという騒がしい女学生たちの声が聞こえてきた。そして、こちらへ向かってくるその集団の中心には――
「ピートじゃねえか。お前こんなとこで何やってんだ? 白昼堂々、高校に乗り込んでナンパか?」
 横島は女生徒に囲まれた美形バンパイア・ハーフに、嫉妬交じりの声で自分を基準にした言葉をかける。さすがに他所の高校はないけれど、女子大でナンパを敢行した経験はあるのである。
「あ、横島さん」
 一方のピートは横島の僻み交じりの言葉をまったく気にせず、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「実は僕、この学校に入学したんです。同じクラスらしいので、これからよろしくお願いします」
「……はあ?」
「横島さんも霊能関係者で知り合いだとお話したら、その方が他の生徒の方も僕も安心できるだろうということになったんです」
 突然の話についていけずに詳しい話を訊いてみれば、なんでもピートの夢であるオカルトGメンに入るには高校卒業資格が必要とされているとのこと。そしてブラドー島でもそれなりに教育は受けていたので、ピートは高校から通うことを選択したのである。
「んで、俺の高校かよ。吸血鬼でもオッケーなんてのは、適当なうちの校風らしい気もするが」
「正直、知り合いがいてくれた方が僕も心強いですしね。最初に先生とお願いに来た時は不安でしたけど、先生方も僕の理想を話したら共感してくれたんです」
 こういう真面目で向学心と夢のある生徒こそ理想の生徒だと誉めそやされたほどである。
「そういえば、ピート君の受け入れをきっかけに、この際そういったモデル校にって話もあるみたいよ」
 バンパイア・ハーフだと知っても気にせず、美形の外人という点で早速出来た取り巻きの女生徒が教えてくれる。
「あ、俺も聞いた。別のオカルト関係の転入生が来ることも、もう決まったらしいぞ」
「なんだそりゃ。ピートのことだって決まったのは最近だろうに……。もしかして、そいつも俺のクラスだったりすんのか? 美少女なら大歓迎なんだが、ピートみたいなモテ男だったら日本の陰湿なイジメってヤツを見せてやるかんな」
「ハ、ハハ……とりあえず僕のことは受け入れられているらしいのを喜ぶべきなんでしょうかね」
 そんなことを話しながらピートと横島は自分たちの教室へと入る。
「――うむ。これは予想外だった。しかも俺の席かよ。置きっ放しだった荷物はいずこへ?」
 教科書、ノート、その他教室に置いておけるものは全部置きっぱなしだった横島がため息をつく。
「なるほど、僕がきっかけでオカルト関係の受け入れを始めたということなら、こういうこともあるわけですね」
 二人は横島の席に向かって歩いていく。そこにあるのは横島の記憶にあるのとは明らかに違う、やけに古ぼけた木の机。
「そのうち人間の方が少なくなったりすんじゃねえか、この学校。妖怪学園とでも改名するか?」
「横島君なら、そんな中にいても違和感ないしね」
「やかましわ! ……ったく。まあ、よろしく頼むわ。
 使っていいんだよな?」
 横島がカバンをかけながら机に訊く。
「横島さんの席にあるってことはそうなんじゃないですか。一応GS関係者が使った方がいいという学校側の判断でしょう」
 ピートが机の正面に回って自己紹介をする。
「よろしくお願いします。僕はバンパイア・ハーフのピエトロ・ド・ブラドーです。ピートと呼んでください」
「何がピートと呼んでください、だよ。机相手にも気取んのかい、お前は。
 そもそも、こいつ喋れんのか? おーい、転校生ー。聞いてるかー、机妖怪ー」
 横島が机をとんとんと叩く。
「机妖怪って……。気を悪くされるかもしれないですし、机の九十九神さんと呼ばれた方がいいんじゃないでしょうか」
 「どっちも似たようなもんじゃねえのか?」と、オカルト関係の知識のない横島は首を傾げる。
 その時、すーっと机からセーラー服姿の少女の上半身が現れた。
「おお、セーラー美少女!」
「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ――」
 そのまま少女は机の上で泣き崩れてしまう。
 突然の出来事に驚いていた周囲の学生たちも、その様子を見て慌てて駆け寄ってくる。
「ちょっと、横島君! なに女の子泣かしてんのよ!」
「いぃっ! 俺が?」
「他に誰がいんのよ!」「そうだ、絶対なにかセクハラしたに決まってる」「あいつはほんとに見境がないな」「クラスメートとして恥ずかしいわ!」
 横島の人望のなさからくる罵倒の嵐――知られていないとはいえ横島の最近の行動からすると、似合いの気もする――により、横島は身に覚えのない罪で机の前に土下座をしてひたすら謝り続けることになった。
 ピートや周囲の学生たちが机から現れた少女を宥めて落ち着かせ、「自分は愛子という名前の机が変化した妖怪で、こうしてこっそりと学校に入り込んでは生徒を自分の中の異空間に取り込み、自分だけの学校を作り上げようとしていた。だけど、どうせ受け入れられるはずがないと端から諦めていた妖怪の自分を、ピートや横島はそれを知りながら平然と受け入れようとしてくれた。だから今までの自分がとても恥ずかしく情けなくなり、罪悪感で一杯になってしまったためにこうして謝罪すべく出てきた」という大まかな話を聞きだしたことで、ようやくそれは終わる。
 しかし、まだ涙を浮かべている愛子に謝られた横島は、土下座の体勢のまま「いや、いつものことだし気にすんな。ところで、もう少し出て来れねえのか? あと少しでスカートの中まで覗けそうなんだが」と、馬鹿をいって慰めているつもりなのか、単に欲望に忠実な本音なのかよくわからないことを口にしたので、結局クラス全員から袋叩きにされた。
 その後、愛子は体内に取り込んでいた生徒たちを元の場所・時代に返し、教師たちの思わぬ歓迎――ピートへの対応といい、この学校の教師たちはしっかりと向学心を持っているものにはとことん甘いらしい。普段相手をしている生徒たちにも原因があるのかもしれない――と、ピートに呼ばれてやって来た唐巣神父の保証により、晴れてそのまま横島やピートのクラスメートになるのであった。
「みんな、ほんとにありがとう。これからよろしくね」
「もちろんさ。愛子みたいな美少女なら大歓迎だ」
 妖怪であることを気にするものなどいない風変わりなクラス。この横島たちのクラスに現れた愛子は、とても幸運に恵まれていたようである。


 ちなみに、噂になっていたオカルト関係の転入生はといえば、この前日に海外から日本に来る予定だったのであるが、飛行機への搭乗時に「ワッシは女子が怖いんじゃーっ!」とフライト・アテンダントの女性に対して叫び出し、そのまま現地の空港で拘束されたため、来日自体が大幅に遅れているのであった。







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