「ねえねえ。くやしい? 負けてくやしい?」 曹洪が、縄で縛られて身動きのとれない甘寧にむけて、周りをぐるぐると廻りながら、嘲りの言葉を繰り返していた。「……私を、どうする気だ?」「はん。なに言ってやがる。敗北した女戦士の末路なんざ、ひとつしかないだろうが。部下の前でそのとりすました顔が快感に歪むさまを存分に見せつけてやるんだよ。もちろん、いくら懇願しても許してやらないぞ。名の聞こえた錦帆賊の首魁が、快感に負けたうえで、ただの女に堕ちていくさまを、存分に演出してやるよ」 くけけけけけけ、と三流の悪役的な表情を見せて、曹洪が言葉で甘寧を嬲っていた。 弱いものを踏みつぶし、強いものにはおもねり、自分を守ってくれそうな美人のお姉さんには媚を売る、という、なんというかこれ以上ないほどに正しく人間のクズだった。「あははははははは。その夜泣きするいやらしい身体が、どこまで耐えられるか見物だな。孫呉の誇りとやらをオカズにして、せいぜい堪え忍ぶんだなぁっ。憎い男に屈服したうえで、自分から求めるようになる過程を、最初からずっと見ててやるよ。快楽がはじけて脳天を貫いたうえで、後ろの穴で感じさせてやるからなぁっ」「………………………」「………………………」「………………………」 当然、周りの人間は全員引いていた。 なお、曹洪の戦術を纏めると、姑息、という一言で済む。 さっきまで、たった100の兵力で、歴戦の錦帆賊を幻惑し、パニックを発生させ、挟み撃ちにした上で、叩きのめしていた。 率いる軍に粘りがないために、正面決戦には向かないが、奇襲と、追撃戦と、掃討戦と蹂躙戦において、曹洪は、曹操軍においてずば抜けた力を有している。性格はとてもアレだが、将軍を張れるだけの実力はたしかにあった。 愚直を旨とする曹仁の部隊とは真逆に位置する。 なお、こっちは防衛戦と、陣地戦と、撤退戦において真価を発揮する部隊である。どちらも曹操軍には欠かせない役割を担っているんだが、ええと、いいかげんに身内の恥を晒しているだけな気がしてきた。「たいちょー。止めなくていいのアレ?」 沙和が、俺の袖を引いていた。「あー、曹仁将軍と曹洪将軍が、なんで隊長をアニキと慕っているのか、ようわからんかったんやけど、これを見て納得したわ」「真桜。それはつまり、俺はあいつと同類だということか?」「ええと、隊長。謙遜なさらずに。きちんとふたりに対して、頼れる義兄としてまとめているではありませんか」「凪? 微妙にそれ、話噛み合ってないぞ?」「うむ、まったくもって褒め言葉にはなっておらぬの」「(コクコク)」 袁術と少帝ちゃんは、曹仁の身体の影に入っていた。大きな巨体が、日差しを遮ってくれるらしい。「──殺せ。ひとりの武人として、このような扱いは屈辱極まりない。きさまらに、一片でも武人の誇りが残っているのなら、首を刎ねろ」「ああ、まったくだ」 俺は甘寧の前に立った。 ──銀光が宙を裂いた。 俺の手に収まっている青釭の剣は、甘寧を縛りつけている縄だけを、一撃の下に切断していた。俺の技倆だと、そこまで正確にはいかず、服もちょっとは切れたかもしれない。「どういうつもりだ?」 甘寧は怪訝な顔をしていた。 彼女は、自由になった手をどうしていいかわからないようだった。 近い。 彼女の技倆ならば、無手でもそのまま俺の頸椎ぐらいは破壊できるだろう。おそらく、一秒かからない。俺も、孫権を切り札として、こちらに握っていなければこんなことをしようなどとは思わない。「そ、そうだよ。どういうつもりなんだよっ!!」 曹洪が、後ろで焦っていた。 自由になって、最初に自分が害されると思っているらしい。 ここからのこいつの行動は、実に予測したとおりだった。甘寧も、これだけわかりやすければ世話はないのだが。「ボ、ボクはおねえさんのことを、最初からすばらしい好敵手だとしんじてたよ。ほら、たたかいはなにも生まないし、これまでのことは水にながして、手をとりあってがんばっていこうじゃないか。そう、ボクらはこの広大な中華の大地に生まれたかけがえのない仲間なんだからさ」 ──反転。 さっきまでの台詞をすべて忘れたように、目からボロボロと涙を零す。自分が、まだ幼さの残る美少年であることを利用した、すさまじい茶番だった。実際、これで騙されるヤツもいるだろう。「お前、ちょっと下がってろ」 甘寧に向けてこびへつらい始めた曹洪を後ろに下げる。「さて、一度死んだつもりだというのなら、なんでもできるな?」「貴様、私になにをさせたい?」「俺は、北郷一刀という。選ばせてやる。俺に降るか。それとも孫家に殉じるか。ああ、もちろん錦帆賊もぜんぶ一緒に召し抱えさせてもらう」「そうか、貴様があの」「知っているのか」「貴様さえいなければ、黄巾の動乱に乗じて、今の数倍は勢力を拡大できていたと、我が主がぼやいていた。貴様を捜し出して八つ裂きにする、とな」「………………」 どう考えても、逆恨みだろそれ。 うわ、こわい。超こわい。 ちなみに、我が主っていうのは、孫権じゃなく、孫策のことだろう。「どーも、人の行動ってのはどう他のに繋がるかわからないな」 「軍門に降れ。我がアニキは、貴様のような性欲処理専用のメスブタでも、ありがたく飼ってくれるとの申し出だ。今みたいな流民や乞食どもの公衆便所の境遇から、救い出してくれるというんだ。断る理由なんてないだろう」「──凪」「はい」 いいかげん、話が進まない。 さっきから、曹洪のせいで話が中断されてばかりだった。 俺が視線で合図すると、凪が手に持っていた大きな袋に曹洪を詰め込みはじめた。「ああっ、どうして。褒めたつもりだったのにっ!!」とわめきながら、袋詰めされた曹洪を、凪は馬車に放りこんでいた。「ああ、無礼は詫びる。あくまで、無礼だったことだけだ。曹洪の言っていることは、別にまちがってもいないだろう。錦帆賊だったか、この行動のどこに誇りがあるんだ? 渇こうと、決して盗泉の水は飲まないのが、義侠の理屈だろう?」「──たしかに、そうだな。どんな理屈を並べても、略奪された人間にとっては、私は、屍肉を漁る狗雑種(のらいぬ)でしかない」 甘寧が、自虐的に呟いた。 曹洪の言ったことを、そのまま受け入れているということだろう。狗雑種ってのは、サノバビッチとほぼ同じような意味になる。日本語には、これに該当する単語は存在しない。中華でも、最底辺のスラングに値する言葉だった。 ──なんで俺がそんなこと知っているかというと、とある武侠小説に、狗雑種という名前の主人公がいたからである。「このまま朽ちていく気か。孫策は張勲(七乃さん)に完全に頭を抑えられている。このままいつまでも盗賊が続けられるはずもないだろう。今の時点で、尻尾ぐらいは捕まれているからな。近いうちに、軍隊に揉み潰されるぞ」「北郷殿。ご配慮、感謝する。私を高く買ってくれていることはわかっている。命を助けていただいたその余恩に、全身全霊をもって報いるべきであると、思う。そこまで、言われて、武人としてただ光栄であると答えるしかない」 そこまで言って、甘寧は、だが──と続けた。「それでも、私の忠義は、理由など必要としないものだ。私は、生涯、仕える主を変える気はない。珠は砕けても光を失わず、竹は焼けてもその節を曲げず。私は、真っ直ぐに道を歩いてゆきたい。もし、このまま孫呉の悲願が叶わぬとしても、私は身命を賭して、主の傍にいる。あの方が、己の道を歩むのならば、その露払い程度はできるだろう」 甘寧は、孫権の名を一度も出していない。 まさしく、臣下の鑑だった。有能な臣下は千金に勝るというが、彼女はそれを地でいっている。 俺に対する詠のようなものだ。 本当に、孫権にはもったいないぐらいの臣下だった。まあ、俺にもだが。「──もう一度言う。 私を、今、ここで、殺せ。 命を救われた恩も、あのかたへの忠誠に較べれば、塵芥も同然。私を殺さなければ、後に貴様の災いとなる。私は、畜生に身を落としても、必ず、貴様に牙を剥くぞ」「見上げた忠誠だが、気に入らないな。死んでなんになる?」「私が、主君へできる精一杯のことだ。結果は問題ではない」「違うな。全然違う。──本当に、主君を思うなら、どんな手段を使ってでも生き延びろ。 騙せ。 誤魔化せ。 耐えろ。 泥を啜れ。 恭順して機会を待て。 ──そして、肝を舐めてでも、受けた屈辱を、絶対に忘れるな」 口から衝動のままに言葉が突いてくる。 甘寧の瞳が、揺れている。 戸惑ったように、俺を見ていた。「──そして、あの時に、自分を殺さなかったことを、死ぬほど後悔させてやれ」 俺の台詞が、誰と誰のことを言っているのか、その場にいる人間では詠にしかわからなかっただろう。俺は彼女に目配せすると、馬車の中で今までの会話を聞いていた少女を、舞台に上げた。「というわけだ。お前を連れてきたのは、そういうことだが。主君を通さなければ、やっぱり話にならないらしい」「──そうね。すまない一刀。たしかにこれは、私が始末するべき問題のようだわ」「れ、蓮華、さま?」「ひさしぶりね。思春」 孫家のなかで、彼女だけに与えられた美しい紫髪が、首筋を撫でる風に靡いていた。ふたりとも、表情は晴れない。孫権の目に迷いはなく、ひとつの決意をもって、彼女は甘寧の前に立っているようだった。 孫権が、甘寧の前に歩み出ていた。 俺がいいと言うまで、彼女には馬車の奥に隠れていてもらっていた。切り札は最後までとっておく、ということもあるが、俺は俺の力だけで、甘寧を説得しなければならなかった。それに──『見知らぬ人間を評価するにはね。思ったことすべてを吐き出させるのが一番いいのよ。あなた、私にずいぶんと不満があるようだったもの。おかげで、すっきりしたでしょう?』 俺は神様じゃあない。 彼女が胸に抱く不満は、すべて把握しておく必要があった。そういう意味で、俺は曹操に倣うべきところは多くある。「ありがとう。思春。あなたの忠誠は、生涯忘れないわ」「れ、蓮華、さま?」「あなたの犠牲の上でしか成り立たないような誇りを、私は、孫呉の誇りだとは思いたくはない。だから、思春。あなたは彼に降りなさい」「嘘。なぜ、そんなことを言うのです?」「思春、私は、あなたに死ぬことを禁じたはずよ。ましてや、無駄死になど言い訳のしようもない。だから、彼ならば私よりずっとあなたに活躍の場を与えられる。それが、きっと、あなたのために、一番いいことのはずよ」「お断りします。そのご命令だけは」「思春。私は、あなたのためを思って言っているのよ。このままで、どうなるの。ここで彼の誘いを断ったら、役人に引き渡されて首を落とされるだけでしょう?」 まったくだ。 わざわざ檻車まで引いてきて、孫権にプレッシャーをかけている。 俺はなにひとつ強制していない。ただ、甘寧の命を救うためには、孫権はこう言わなければならない。「私の誇りなど、問題ではないはずです。蓮華さまは、これから部下のひとりひとりの犠牲に胸を痛めていくおつもりですか。それは、大国を収める指導者として失格です。私は、私の誓いを違えたりはしません。たとえ九泉(冥土)の底にあっても、私は孫呉の夢と寄り添わせていただきます」 全員が、絶句していた。 もちろん、孫権も、俺も。 彼女は、孫権の、在るかもわからない未来のために、犬死にすると言った。まさか、甘寧が、ここまでガッチガチの石頭だとは。 詠の策だと、これで墜ちるはずだった。 必中の策などというものはないから、よくて五割、みたいな成功率だと本人は言っていたが、今回はなにからなにまですべて上手くいって、完全に詠のてのひらの上でこの謀略は完結するはずだった。 というか、というか、なぁ──これだけやって墜ちないとかありえないだろう。 一分前までは、これで王手がかかったと思っていたのに、正直これでダメだというのなら、もう甘寧を引き抜く方策などひとつもないということになる。 あ、完全に詰んだ。 彼女の中の、孫権への絶対的な忠誠心を崩す方法が、見つからない。「もういい。檻車に乗せろ」 俺は吐き捨てた。 檻車の構造は、それ自体が首枷になっている。中央に仕切りのように一枚の板が通され、開いた穴に首を固定する。座ったままで首を固定され、縄で両手を後ろに縛られる。まさか、使うことになるとは思わなかった。そういうものだとわかっていても、甘寧ほどの武将が受ける待遇ではない。「一刀。なんとかならないの?」「俺に言うな。聞いてただろう。ここで見逃したら、間違いなく俺を殺しに来るぞ。なにせ、本人のお墨付きだ」「………………そうね」 孫権がうつむいた。 ええと、あれか。所詮俺は道化か。 待て、冗談じゃない。ここまでやって引き抜けませんでした、てへっ。で、済むはずがない。 やばい。 ──甘寧を引き抜くことを前提に、孫権を連れ出した以上、引き抜けなかった今になって、いや、引き抜きが成功していたとしても、俺は随分とやばい立場にたっているんじゃないかと思った。 そして、その予感は的中する。 最近、嫌な予感ばっかり当たる気がするんだけど、気のせいかな。「ええと、七乃さん。もしかして、怒ってる?」 寿春の城についた矢先に、俺は七乃さんの前に出頭した。 俺は袁術の小さな身体を前に出して、その背中から彼女を伺っていた。目の奥の燐気は、揺るがない瞳の先にだけ見えるものだと言われている。いつもと同じ仕草で、いつもと同じ状況のはずなのに、どうしてこんなに恐いんだろう。「怒ってませんよー。仕方ない人だなぁー、と思っているだけです。私はやさしいですから、顔面の皮を剥ぐぐらいで許してあげようかと思っているんですよ」「いや、ちょっと七乃さん? それ、世間一般では激怒してるっていうんですけどっ!!」「あははっ。気のせいですって」「いや、絶対違うから。笑顔のまま、焼きごてを近づけないでっ!! ほら、とりあえず袁術をもふもふして落ち着いてっ」「……さっきから、わらわになにをしておるのじゃおぬし」「もふもふしてるに決まってるだろう」 俺は膝の上に載せた袁術をもふもふとしてから、七乃さんの前に差し出した。「あのですね。一刀さん? 私が、そんなので騙されると──ああ、でも、お嬢様はかわいいなぁ」 もふもふもふもふもふ、と袁術を抱きしめながら、話を続ける。「さっきからおぬしら二人とも、わらわの扱いが適当極まりないのじゃが」「えー、そんなことないですよー。ともかく、お嬢様をつれていったことも、孫権さんを連れ出したことも不問にできるといえばできますけど、それで甘寧さんは無事引き抜けたんですか?」「いや、実はかくかくじかじかとこういうわけで、見事に失敗しました。いやぁ、あそこまで絆が強いとどうしようもないね。断金の交って、ああいうのを言うんだろうきっと」 あっはっはっはっはっ、と──俺はつとめて明るく答えた。 ちなみに結果から言うと、その俺の態度は、七乃さんの心証をがしがしと降下させることになった。 彼女は外に立っている見張りの兵士をひとりつかまえて、「あ、そこの人、ちょっと用意してほしいものがあるんですよ。はい、身投げするときに抱えるのに適当な石と、人を縛るのにちょうどいいような縄と、あと、長江のサメをおびき寄せるのにちょうどいい豚の生き血を桶一杯分もらえますか? あ、そうだ。一刀さん。痛みは感じないので、大丈夫ですよ。一刀さんの首から上は孫策さんの引き出物にしますから」「っておい。待ってくれ。そもそも長江にサメとかいるのかよっ!!」「いますよ。食用にもなります。産卵のために長江を遡るサメを見て、登竜門という言葉ができたらしいです」「待て待て待て。落ち着いてくれ、まだあわてるような時間じゃない。つまりあれだろ。結果的に、この状況下から、袁術のためになる手段をとればいいんだろ。結局、まだ間に合う。そのはずだっ!!」「あー、はい。それはそうですね。甘寧さんの処刑は明日なので、それまでにどうにかするならかまいませんよ。私も、無駄に孫策さんの恨みを買うのはごめんですし」「難儀じゃの。七乃、孫権めを連れ出したのが、そんな気に入らぬのか?」「うう、最悪、孫策さんとの全面戦争になりかねないですよ。これから大規模な出兵があるのに、滅亡覚悟で噛みつかれたら、それどころじゃないじゃないですか」 七乃さんの許可はもらえた。 しかし、どんどんハードルが高くなるな。 で、七乃さんの孫権への警戒が異常に高いのは、相変わらずなのか。 んー、もしかして、甘寧が石頭なんじゃなくって、問題は孫権にあったりするのか。本人の異常なまでのカリスマとかが、ぴかぴかと作用しているとか、そんななのか?「というわけで、詠。甘寧を得られて、孫策と七乃さんを両方とも納得させて、八方丸くおさまるような策とかないのか?」 事態は急を要する。 結局、詠に丸投げだった。 もうなんだかわからない。俺が死ぬか、甘寧が死ぬか、どうしてこんな二択を迫られているんだろう。すでにもう、俺の手で解決できるレベルを超えている気がした。 賈文和。 後漢末における最高の謀略家とはいえ、ここまでこんがらがった事態を打開する策なんてあるわけが── 「──ないこともないけど」「そうだよな。ないよな。そんな都合のいい策なんて──あるのかっ!!」「いや、あんたが席を外している間に、もう解決しておいたし。あんたに任せても、進展しないじゃない」「……優秀すぎる軍師をもって、俺は幸せだ」 感動を通りこして、俺は呆れていた。 むう。しかし、どんな魔術を使ったんだろうな、こいつ。「ちなみに、一応聞いておくけど、あんた妻帯はしてないわよね」「してるわけないだろ」「じゃあ、そういうことよ。──孫権を娶りなさい」「………………………は?」「──そういうことになった」 孫権は、さっきから横で茶を飲んでいた。「なに、考えてるんだ?」 俺は、そんな場合ではないと思いつつも、非難のまなざしを詠に向けた。「いや、誤解しないでほしい。私が、詠さんに言い出したことよ。まあ、婚約ということになると思うけど」 答えたのは、孫権だった。「どういう風の吹き回しなんだ?」「思春の心は、もう動かせないから、私が、孫呉を誇りを保ったままで彼女を救うには、もうこうするしかないの。私がここを離れれば、思春もついてこざるを得ない、でしょう? 私があなたの配下になれば、当然、思春も配下として使えるわ」「いや、理屈だとたしかにそうだが」「あなたは、天下に聞こえた英雄よ。なにせ、私たちができなかったことをやったのだから」 黄巾党の壊滅。 たしかに、後生に名を残すほどの手柄、らしい。アイドルを強行スケジュールで働かせてただけなので、実感はまったくないが。「姉さま(孫策)が、前に言っていたわ。孫呉の名を高めるためのひとつの手段。英雄の血を入れることで、庶民に我々の名を喧伝することができる」「孫権、お前はそれでいいのか?」「もう決めてしまったわ。私には、思春のような断金の意思はない。理由は、とても些細なことよ。私は、私の意思で道を拓いていきたいと思ったの。それに、同じ孫呉の大義を掲げていても、姉さまと私の夢は、きっとどこかで食い違う」「そうか」「それに、思春『も』あなたのことが好きよ。見ていて、私にはわかるもの」 ──それが告白なのだと、本人だけが気づいていないようだった。 ああ、だめだ。 甘寧と同じように、彼女の心も、もう変えられそうにない。「もちろんそれは、あなたの許しがあってのこと、だけど」 孫権は、媚びるでも、やましいことをしたというでもなく、真っ直ぐにこちらを見ていた。澄んだ目だった。海の色よりも深さがある。サファイアよりも純度の高い瞳が、光をたたえている。「うん。わかったわ。こちらはそれで文句はないわよ」「即答かよっ。っていうか、詠。お前が答えるのか」「こっちにも選択肢なんてないでしょうが。いくらあんたでも、種馬としての役割ぐらいなら、できるでしょ。はいはい。ぶつぶつ文句言わない」「俺の扱い、なんかひどくないか?」「そう? 正当だと思うけど。あんたの意思とか、そんな一番どうでもいいもの、最初から考慮されるはずないでしょ」「いや、でもな」「──私では、不足か?」 彼女の碧眼に、憂いが灯った。 俺の言葉にいちいち表情を曇らせる彼女は、どこからどう見ても魅力的だった。 やばい。華琳に、どう言い訳しよう。 あとがき。 ドラクエのせいで更新が遅れました。ごめんなさい。 いや、すごくチマチマとやるゲームだこれ。錬金ばっかりやってストーリーがまったく進まない。