「──華琳?」 薄闇を溶かしたような視界が、徐々に明るくなってきていた。水面に顔を出すようにして、徐々に意識が浮上してくる。 なにかが、近くが動く気配がある。俺の喉に、手がかかっていた。寝ている俺に覆い被さるように、黒い影が迫ってくる。「──え?」 事態を把握できないままで、嫌な予感に突き動かされるまま、俺は横に転がろうとした。それを、上からかかった体重で封じられる。 敵。 董卓ちゃんの手のものか。自分の手抜かりに臍を噛む。しかし──どうやって入ってきた? 李華の作った防衛網は完璧のはずで、アリ一匹をいぶし出すことも可能だとか寝言を言っていたのだが、まったく役に立ってないだろ畜生。 否。 違う。 侵入者、など、最初からいない。 冷や水を浴びせかけられたような、強烈な、違和感があった。「私の寝室に忍び込むなんて、命を捨てたようなものね」 果物を剥くために使っていた短刀を、俺の咽元に突きつけていた。 よく響くような、硬質の声だった。 聞き覚えがある。当たり前だ。いつも聞いている声だった。 それでも認めたくはない。 ──華琳が、そこにいた。 抜き身の刃を思わせる視線に睨まれただけで、氷の棒を突き入れられたように全身が冷えた。 俺が好きだったはずのやわらかさとあたたかみは、まるで、最初からそんなものは存在しなかったかのように、消え失せている。 外見は、見慣れた華琳そのものだったが、彼女の全身から滲むような覇気が、今までの印象すべてを塗りつぶしている。「無謀、あるいは蛮勇というべきかしら。どこの手のものが、この曹孟徳の寝所に忍び込んだの?」「あ──」 声にならない。 何だ。これ。脳髄にじわじわと染みこむ黒い絶望が、状況の認識を拒んでいた。 だから。 俺にできることは、力いっぱい、叫ぶだけだった。「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!! 華琳がおかしくなったああああああああああああああああああっっ!!」「え、ちょ」「むずかしい言葉を使い始めたーっ!! 目つきが悪くなったーッ!! 主君が乱心したーっ!!」「──とりあえず、黙りなさい」「へぶっ!!」 腹の辺りに体重の乗った一撃を撃ち込まれた。 横隔膜が痙攣して、息ができなくなる。ちょ、なんだ。なんなんだよこれ。苦悶の表情を浮かべて、事態を推察しようとするが、華琳が乱心したという以上のことはわからない。 そこで、この情景に割り込んでくるのがひとり。「ふああ。あなたたちうるさいですわよ。イチャつくにも、場をわきまえなさいな」 袁紹だった。 絹で織られたネグリジェを纏って、しぱしぱと目をこすっている。 彼女の代名詞というべき、あのくるくるの髪は、まだセットされていないらしく、今の彼女は、鮮やかなほどのストレートヘアーだった。うざっくるしいほどの髪型は、まったくもって影も形もない。 というか、印象がまったく違っている。 無意味に平伏したくなるほどの超絶美人だった。 ──っていうか、誰だ、これ。「はふぅ、どうしましたの、華琳さん。いつもより目つきが悪いですわよ。そういう目は感心できないですわ。あの小憎たらしい、くるっくる小娘を思い出しますわよ」「麗羽、ここでいったいなにをしているの?」 華琳(?)は、驚いたようだった。 いるべき場所にいない人間がいるということで、目を見開いている。その態度に、袁紹が眉をしかめた。いくつかの瞬きの後で、ひとりだけ事態を把握したらしい。ああ──と壁にしなだれかかる。「わ、わたくしの妹が、おぞましいくるくる小娘に、食い潰されましたわ」 「念のために、言うけどあなたたちが、まとめて私をたばかっている、ということはないわよね」「ええっ、そんな暇なことしませんよ」 香嵐(黒騎兵その1)が、ぶーぶーと口を尖らせていた。 「半年も、意識を失っていた、ね。この私が、ずいぶんと無様を晒したものね」「そういう言い方をすると、謙遜に思えるなー。実際ものすごく無様だったぞ」 俺が指折り数えて、華琳がこの半年にやった(曹操の恥じ入りそうな)悪行の一部を羅列する。ええと、ニンジンが食べたくないという理由で、意味もなく市場に出回ったニンジンに高い税をかけようとして、秋蘭に止められたり、古今東西有名な軍略家(64人)を集めて、まったく新しい戦術を研究させようとしたが、あまりに脈絡無く集めすぎたせいでまったく意見がまとまらなかったり、占いに凝りまくって、トイレの壁を緑色に塗って、兵士達から苦情が殺到したり、袁紹の『冀州一武道会』の真似をして、『陳留一武道会』を開いて、数年分の軍費を荒稼ぎしたり、メイド喫茶のウエイトレスに、黒騎兵を駆りだして、支店を洛陽に出す計画を立ててたり──と良いこと悪いこと、まったく脈絡のないことを──と言葉を重ねたあたりで、曹操がもういいわ、と俺の言葉を打ち切った。 明らかに、不機嫌になっている。 永遠に続くのだと錯覚するような状況は、夢から覚めるように、今日、この日に終わった。前兆も別れの言葉すらもなく、曹孟徳は、華琳のいた位置を我が物顔で占めている。 もうひとりの、曹操孟徳。 いや、こちらが本当の、乱世の奸雄として歴史を覇を刻む、三国志の曹操だった。そこで、彼女の視線に気づく。じっと、こちらを値踏みするような視線を向けてきていた。 ぽつりと、呟く。「ブ男ね」「………………」 ──当然のように、華琳とは似ても似つかない。『そうだな、では北郷。そなたはどうだ。もし、今の華琳さまが、跡形もなく消えてしまって、まったく似てもにつかない性格をした、華琳さまの姿を模した全くの別人が、今まで華琳さまが居た場所に座っていたら──』 いつかの、秋蘭の問い。『──おまえならば、どうする?』 秋蘭が華琳を受け入れられなかった理由が、今になってようやくわかった。 俺も、納得しようとした。したはずだった。けれど、喉からわき上がるような、嫌悪に近いものは、隠しようもなかった。 これは、華琳ではない。動作のひとつひとつが、こちらの癪にさわる。あと、こいつレズの親玉だったか。 目の前の生き物を見た。 喪失感が、全身を毒のように蝕んでいる。本人には、なんの落ち度もない。むしろ、彼女が一番の被害者だという理屈は、なにひとつこちらの感情を鎮める理由にはならなかった。 この曹操の存在そのものが、華琳を穢しているような気さえした。「それで、そこのブ男(俺)は、どうしてこの席にいるのかしら」「いや、だって、仕方ないだろ。事態を把握していないクソチビが、わけのわからないことを言い出さないとも限らないし」「へえ、クソチビというのは誰のこと?」 曹操の存在感が増した。 彼女の覇気に、針のような殺気が混じった。押しかかってくる壁のような圧迫感がある。「わかるように言ったはずだけどな。お前以外に、クソチビなんていないだろ」「愛人としての地位を利用して、将軍に成り上がっただけの男が、この私に随分な口をきくのね。いいわ、そういうの、嫌いじゃあないわよ。はたして、首を刎ねる瞬間にも、同じ台詞を吐けるかしら」「って、ふ、ふたりとも仲良くしてくださいー」「そ、そうです。兄さまも華琳さまもおちついて」 水と流琉が、割ってはいる。 結果的に、それがゴングになった。「四人とも。そこのブ男を捕らえなさい」「季衣、流琉。そういうことだ。返り討ちにしろ。このクソチビを折り曲げて敷物代わりにしてやる」 大混乱になった。 これからのことを話し合うための軍議は、一時間の中断を余儀なくされた。 そして、夜が明けた。軍議は、実に七時間にも及んだ。俺と曹操の対立、軍の再編成から俺の処遇、当面の曹操軍はどう動くべきか。董卓ちゃんに対する態度。袁紹、袁術にどう接するべきか。 七時間にも及んだ軍議の末に、出た結果が、俺を愕然とさせていた。 ──なにひとつ、決まらなかった。 泥沼は泥沼のまま、なにひとつ手を下せなかった。 この結果に一番あわてたのは、当事者である俺と曹操だった。互いに、譲れるところは譲ろうとした。そもそもがだ、俺がここまで食い下がれるとは思ってもみなかった。ここまで長引いた原因には、曹操のプライドの高さもある。華琳が使いこなしていた臣下(俺)を、自分が使えないということは、外に自らの無能を知らしめる結果になる、おそらく、そうやって曹操は考えたのだろうと思う。 それに、これが一番大きいのだろうが、彼女の人格が、いつまたひっくり返るかわからない、ということもある。華琳側の勢力を削ぎすぎると、結果的には自分の首をしめることになりかねない。 整理してみた。 史実では、これから反董卓連合がはじまる。袁紹を盟主にして、大陸の太守や相が数十万の軍勢を集結させる、三国志序盤、最大のイベントだった。 劉備、関羽、張飛、公孫賛、孫堅、曹操、袁紹、袁術、華雄、呂布など、三国志でも一級の登場人物達が敵と味方に分かれて、死闘を演じる。連合側が勝てば、董卓ちゃんは殺されるだろう。 だから、俺がやるべきことは、董卓ちゃんの助命だった。華琳なら、必ずやったはずだからだ。これさえ通るのなら、俺は一兵卒に落とされてもいい。そう提案した俺の意見は、見通しの甘い物だったらしい。「それは、前の華琳さまだったら、通るとは思いますが」「無理すぎ。董卓の首を獲るんじゃなくて、どうやって事態をおさめるのよー。そもそも、そんな理由で兵に死ねと命じられるわけなの? まあ、前の華琳さまなら、やりとげたかもしれないけど、それはあっちの華琳さまがいないと通らない意見だと思うわよー」 曹操に届く前に、水と李華からすら反対意見が出た。 このふたりは、特に華琳と曹操のどちらにもつかず、中立であろうと努力してくれている。俺も、これを覆すことはできない。 途中から互いを罵るだけになって、もう議論どころではなくなった。よって、曹操を迎えた軍議は、なにひとつ決まることもなく終わった。つ、疲れた。あとに残るのは、肩までずっしりと張り付いた疲労感だけだった。 仮眠をとってから、表座敷に行くと、黒騎兵の四人が集まっていた。 これからの対策を協議しているのかもしれない。「あー。しょーぐん。ひとつ、出た結論があるんだけどー」 李華が近づいてきていた。「ん。なんだ」「北郷将軍は、昨日の軍議を覚えていますか。いまの華琳様が、北郷将軍のことに関する評価で、あれは、私にとっての『夏侯嬰』がせいぜいね、と言っていました」 透き通るような夏月の声が、寝起きの頭を揺さぶった。「だれだっけ、それ? 武将か?」 三国志より昔の、マイナーどころは頭に入っていない。 聞き覚えはあるから、そこそこメジャーかもしれない。「はい。夏侯嬰は、高祖(劉邦)の配下ですね。高祖と同じ沛県の出身で、馬車の御者をつとめたことで有名です。将軍の位に上り、汝陰侯になり、のちに文侯という諱を賜っています」 凍るような夏月の言葉は、それ自体に清涼感があった。「なんだか、有名なんだか有名じゃないんだかわからないな。褒めてるのか、それ。まさか、俺が厩舎で馬の世話してたことを揶揄してるわけじゃあないよな」「はい。華琳様からの口から出たことに意味があります。華琳様の褒め言葉としては、子房(張良、知力100)より上です」「……水。なんでそんなことになる?」 曹操の意図が、さっぱりわからない。水の言葉を鵜呑みにすれば、曹操が俺を誰よりも高く評価しているなんて結論がでてくるけど。「えーと、わかった。夏侯嬰って、劉邦軍56万で、項羽の3万の精鋭と戦って、ボロボロに負けた彭城の戦いで、高祖を追っ手から逃がした武将だ。高祖が、馬車を軽くするために自分の息子と娘を馬車から突き落としたのを見て、馬車を止めてから拾い上げて、説教したんだ。『自分の子供を見捨てるやつに、天下がついてくるかぁっ!! 私は斬られてもこれをやめないぞーっ!!』って」 香嵐がはしゃいでいた。自分にわかる範囲で説明されたのが嬉しいらしい。 ああー、項羽と劉邦にあったな、そんなエピソード。「はい。あとは地味に韓信(国士無双の語源。指揮100)を雑兵の中から推挙してたりします。鴻門宴にもつれていかれてますし、高祖を語る上で、欠かせない武将ですよ」 舌っ足らずな声で、水が説明してくれていた。「いや、そういう地味に凄まじいことやってる武将とか、俺は大好きだけど。でも、劉邦を説教って、蕭何がいつもやってただろ。珍しくも何ともない。どうしてそれが、張良より上ってことになるんだ」 うん。 劉邦のこういうへたれなところが、部下に愛された所以だろう。 さすが劉備のご先祖様である。まあ、子供を馬車から突き落とすのは劉備もやってるけど。「話は変わりますが、華琳様のお父様は養子です。宦官は子供を産めませんから、どこからか子供をもらってきます。曹家の場合には、名門である『夏侯』家からだったんですけど」「待て。えーと」 だんだん、水がなにを言いたいのかわかってきた。「はい。結論はでてると思いますが、夏侯嬰は華琳様のご先祖様です」「──まじでか」「まあねー。そこらに転がっているようなブ男を評価するのに、自分のご先祖さまは持ってこないわよねー、普通」 李華がティーカップの取っ手に、人差し指をかけていた。「華琳様の恐ろしいところね。なにひとつ見てないようで、しょーぐんのこと、一番正確に評価していること。前の華琳さまは、ただしょーぐんを誰よりも信じてただけで、正確に『評価』まではしてなかっただろうし」「おい、まさか。そんなことはないだろ」「あのねー。しょーぐん。ひとつだけ、忠告してあげる。徒手空拳で、あの曹孟徳と戦おうとするしょーぐんにね」「忠告?」 聞き返した。「うん。──『曹孟徳を甘く見るな』」「………………」 黙り込む俺に、夏月が続けた。「はい。こちらの華琳様は、気持ち悪いぐらいに優秀です。私たちが考えて考えて、考えて抜いて出した結論の、常に一歩先にいると考えてください。北郷将軍は、今までの華琳さまの印象が悪い意味での壁になっていると思いますが、今の華琳様は、存在からすべてが別物です」「あれはもう、そういう生き物だとおもうしかないです」 それが、夏月と水の、曹孟徳への評価だった。 敬意だけではない。臣下に、きちんと畏怖を刻み込んでいる。一応、桂花やら田豊には及ばないにしても、軍師のなかでも上級クラスであるはずの水が、評価を諦めるあたり、曹孟徳というのは、どれだけ凄いんだよ。「あ、兄ちゃんたち、あつまって、なに話してるの?」 てけてけと歩いてきたのは、季衣だった。 昨日の軍議は途中で退席したために、ひとりだけ血色がいい。当然のように、タレのついた串焼きのようなものを手に持っている。「また食べてるのか」「うん。華琳様にもらったの。でも──」「ん、でも?」「華琳様、ボクの好み、知ってたんだよね。外側だけ炙って、中の汁を閉じこめるの。昨日、今日で、話したこともないのに、流琉が教えたのかな」 素朴な、疑問、といった感じだった。「あ──」 ──俺は、走り出していた。 曹操は、書き物をしていた。 ちらりと目を走らせると、兵法書の編纂らしい。「あら、一刀じゃない。昨日の続きをする気になった?」「いや、それは当分いい。それより曹操。お前、この半年のこと。覚えているのか?」 俺の質問に、「いいえ。覚えているのとは違うわね」 曹操は、やんわりと、否定──するかのようにみえた。「ただ、記憶が頭の片隅にあるだけ。あまり楽しいものでもないわよ。他人の日記を、盗み見ているような印象、といえば伝わるかしら」「どうして、言わなかったんだ? それを、最初に言ってくれたら」「見知らぬ人間を評価するにはね。思ったことすべてを吐き出させるのが一番いいのよ。あなた、私にずいぶんと不満があるようだったもの。おかげで、すっきりしたでしょう?」「それだけ、か?」「まさか。あなたは、最初に言ってくれたら、と言うけれど」 ふっ、と曹操が笑っていた。 こころなしか、泣いているようだと、俺は思った。「それが、どうだっていうの? 覚えていたら、なにか変わったの? 覚えていたのなら、あなたは私を、『あの子』と同じく、扱ってくれるの?」 責めるような口調だった。 はじめて見た、曹孟徳という少女の、感情の発露だった。「曹操──」「──真名を呼んで。このまま私に仕えるのなら、位も今のままでいいわ。側において、慰みものぐらいにはしてあげる」「でも、董卓ちゃんは助けられないんだろう。なぁ、──『曹操』」 沈黙が落ちた。 それは、俺が明確に発した、拒絶の意思だった。むかしのRPGであったような展開だと思った。せかいのはんぶんをあげよう、とでもいえばいいのかもしれない。元ネタは、聖書にて、サタンがイエスを誘惑する際の台詞らしいが。 ──華琳と、一言。 そう呼べば、すべて丸くおさまったはずだった。 真名は、誇りだ。 なにより、尊いものだという。 つまり、今の曹操は、俺に、主君を売れと言ったのだ。 「やっぱりね。あなたが主張を曲げられないのと同じように、私も、私自身を変えられない。わかっていた、ことだけどね」 ふと、思う。 もし、他の出会い方ができていたのなら、俺は躊躇いもなく曹操の麾下に加わっただろう。俺は、曹操に恨みはない。 ただ、彼女は、華琳の敵だった。利害関係からして、金輪際、それが変わることはないだろう。「一刀。これは、通達と思いなさい。近く、遅くても今から三ヶ月以内に、大陸すべてをひっくり返す規模の、大規模な出兵があるわ。すべての兵を、この洛陽へと向けるほどの」 曹操は、俺に背をむけた。「人は、集まるのか。相手は、皇帝そのものかもしれないぞ」「問題ないわ。こちらには、大義名分があるもの」「少帝ちゃんか?」「まさか。あれだけ多くの諸侯達のまえで、大見得を切ったんだもの、少帝を担ぎ上げることはできないでしょう」「まあ、な。その言質がとれたから、董卓ちゃんは少帝ちゃんを解放した、ってのもあるだろうし」「そんな手を使わず、天下の号令の下、正面から、地方軍閥すべての兵を挙げて、正道をもって、諸悪の根源である董卓を撃ち滅ぼせばいいのよ。──皇帝の、勅命をもってね」「偽勅か──」「麗羽は、賛成したわ。異論があるなら、実力で止めてみなさい」「聞いていたろ。さて、どうする?」 俺は、彼女に訊いた。 さきほどから、潜ませておいたメイド姿の少女を視界に入れた。「言うまでもないでしょ。月は、ボクが助けるんだから」「んー」「なによ」「神々しさがないな。やはり、華琳と同じレベルでそれを着こなせるのは、董卓ちゃんぐらいしかいないか」「……もしかして、月にも同じものを着せる気じゃあないわよね」「助けた暁には、そうするつもりだが、なにか文句でもあるか?」「ないわけあるかっ!! だいたい、なんでこの恰好なわけ?」「いや、予備がそれしかなかったんだよ。洛陽の支店を出すときのために、ここらにあったやつを貰ってきたんだし」「ボクはメイドなんてやらないからね」「当然だ」 俺は、彼女に向き直る。 諸葛孔明すら凌駕する、この三国志最高の頭脳を、ただのメイドに押し込めておく余裕は、俺にはない。──というか、そんなことするヤツがいたら、ぜひ一度みてみたい。よほどの馬鹿か、でなければ凄まじいまでの大物なのだろう。 賈文和。 神策鬼謀の代名詞。 董卓軍の軍師にして、一度、地獄をみた少女が、そこにいた。「さて、利害も一致したかな。単純にいこうか。互いのために、そして、お互いの主人に誓って、絶対に裏切らぬことを──」「ボクは、月のために」「俺は、華琳のために」「「──共に、誓って」」 杯もなければ、神を下ろすための儀式台もない。 誓いは、自分の胸の中にだけあればよかった。「いいわ。月のために、あんたに、私の真名を預けるから」「詠(えい)、でいいんだよな。真名」「ええ。それともうひとつ。私は、全力であんたの勢力造りに協力する。だから、なにがあっても、月を助ける努力をして」「──もし、董卓ちゃんを、助けられなかったら?」 董卓ちゃんを、助けられる可能性など、一パーセントもない。 最善を尽くして、すべてがうまくいったとして、それでも、これだけは決めておかなければならなかった。「……どうにもならないのなら、月の首を刎ねて」 泣き顔を見られたくはないのだろう。賈駆──いや、詠が、俺の胸を顔をうずめてきた。途切れ途切れに、嗚咽が聞こえる。「──だから、お願い。月を、見殺しにだけはしないで」 その言葉が、伽藍になった頭の中で、いつまでも反響し続けた。(第一部、完) あとがき。 恐れていたことが起きてしまいました。 無駄に、本当に無駄に曹操さんのキャラが立ってしまったのです。 敵役なので、もうちょっと恨みを買いやすいキャラにしたかったのですが、妙に立派な感じに。 まあ、というわけで、ようやく今回で作品がはじまった感じです。それで、この作品でやりたいことは、一刀VS曹操です。 無印だと一刀の下に曹操がついて、真恋姫だと逆に曹操の下に一刀くんがつく、と。この関係性がおもしろかったので、膨らませてみようかと思ってます。 二部は、当然ながら、反董卓連合編。 ところで、今回から、一刀くんハーレムが作成可能になったのですが、呉からひとりふたり持ってきたいと思ってるんですよね。誰がいいでしょうか?