あの後、山を超えて樹海へと到着し……人目につかず休めそうな場所を探し出せた頃には空が赤々と燃え上がっていた。
西へと沈み行く太陽を見ながら、僕は溜息を一つ吐き出す。
「……今日も何とか無事に生き延びた、か……」
ゲーム中時間は、現実と同じように24時間。日が暮れ始めると、ダンジョン外であればモンスターの多くが出現を停止……眠りに就く。
僕たちが休むのも、大概はこの時間帯だ。といっても、人が多い街で休む訳にはいかない。
モンスターが出現しないがPKは可能な街よりも、夜間は人が殆どいないモンスター出現エリアのほうが、僕たちにとっては限りなく安全だ。
そんなことは自明の理。それでも、贅沢したくなるのは人間の持つ性という奴なんだろう。
「うう……一度くらいは、街の宿のベッドで寝たい……」
データ化されている荷物から、全クラス共通スキルのひとつ・雑貨作成で作った自家製ハンモックを取り出して……木にかけながらそんなことをぼやく。
動かす肉体は仮想の存在だけれど、物事を考えるために動かす脳は本物――睡眠をとらなければ、注意力が散漫になるなどの支障が出るのは、至極当然のこと。
だからこそ睡眠時間の確保も重要になってくる訳なのだが――実際に満足な睡眠時間を取れるかどうか、という点についてはかなり難しい。
何せ今の僕たちは、いわば“デッドオアアライブ”どころか“デッドオンリー”のお尋ね者で、命を狙われている。そんな状況で深い眠りに就くのは危険すぎる。
必然的に、僕たちの睡眠欲を満たすのは……誰にも見つからない場所に隠れての、短時間の仮眠となる。
ただし、ノアの持つ隠密能力に優れたスキルツリー“Dumah”には、眠っている間は完全にスニーキング状態になれるスキルがあるという。
また、ラケシスの持つ“Meririm”の飛行能力や、メルキセデクの持つスキルツリー“Rahab”にある水中呼吸・活動能力なども、少し頭を使えば、安全な場所での睡眠を確保することが容易だ。
凄い不公平感を感じなくもないが、全てのスキルツリーに何かしらの便利スキルが多々あることを考えれば、お互い様と言えなくもない。
「こっちだって、千里眼は全員の役に立つから別枠としても……夜目が利いたり、洞窟や建物の壁の向こう側が見れたりするからなあ……」
ハンモックの上に横になりながら、まずはアイテムウィンドウとメールボックスウィンドウを開く。
キールに発注するアイテムをまとめるためだ。
「防具の耐久度はまだ大丈夫、と……」
このゲームは防具の消耗が武器と比べてかなり激しい。しかも、くらった攻撃の種類によっては防具の即時破壊が低確率とはいえ起こり得る。
弓手系や盗賊系がよく使うレザー系の防具なんかは、殴打による攻撃には比較的強いけど、斬撃による攻撃に弱く、剣などの武器を受けた際に防具が切り裂かれることがあるのだ。
「武器のほうも……まだ買い換える必要はないか」
また、僕の場合は武器も店売りの物を使用している。
レオンハルトたちが手に入れた、強力な弓も倉庫の中にあることはあるのだが……装備条件となるSTRを満たしていないため装備ができないのだ。
さっさと条件を満たせ、と仲間たちからはせっつかれているが……まだSTRを上げるためのステータスポイントを費やす余裕はない。
少なくとも……クリティカル率を上げ、被クリティカル率を下げるLUKをカンストさせるまでは、高レベルの弓はお預けだ。
「とりあえず、すぐに必要になりそうなのはMP回復系かな……」
キール宛にメッセージを書き、送信した後……データベースウィンドウを開く。
データベースとコミュニケーションツールを使っての情報の収集は僕たち全員にとっての日課だ。
まずは、生存している“魔王”のリスト。現在のところ、“魔王”は全員生存しているため全員の名前が記載されている。
レベルなどは記載されていないが、プレイヤー用掲示板の専用スレッドとリンクしている。僕らに遭遇した普通のプレイヤーたちが、“攻略”に使っているのだ。
“Balberith”レオンハルト。
――人の心を読み取る力を持ち、戦力・戦術共に優れた“恐怖の魔王”。
【重戦士タイプの騎士。最初期からいた古参プレイヤーだが、廃人ではなかった。もともとトップ1000にいただけあって、かなり強い。同等のレベルのキャラクターによるパーティを全滅させたという情報もあり。現状放置を推奨】
“Dumah”ノア。
――隠密能力に長け、音もなく戦場を駆け抜け殺戮を行なう“沈黙の魔王”。
【暗殺者。レオンハルトに次ぐ高レベルプレイヤー。黙々とモンスターを狩り続けているが、向かってくるプレイヤーは容赦なく殺害してくる。レオンハルト同様放置を推奨】
“LucifugeRofocale”ファーテル。
――本人の能力は低いが、部下を指揮することに長けた“言霊の魔王”。
【司祭。個人戦闘能力は殆どないため楽なように思えるが、自身に支援魔法をかけての戦闘能力は充分に危険。元々が大手ギルドのマスターなので人望があり、ギルドメンバーが匿っている可能性もある?】
“Meririm”ラケシス。
――飛行能力を持ち、敏捷性に長ける“飛天の魔王”。
【踊り子。飛行スキルを持っているのを確認。上空に逃げられると手の出しようがないため、彼女を狙うパーティを組むなら、弓手職、攻撃系魔法職は必須】
“Rahab”メルキセデク。
――ありとあらゆる知識を得、魔力を操る術に優れた“叡智の魔王”。
【賢者。水属性系の術師。詠唱のディレイが殆ど存在せず、MP消費も軽減、もしくは高速で回復しているのか、ボスモンスターよりも大魔法をガンガン撃ってくる。彼を狩る時は、水属性耐性のアイテム必須】
“Mephistopheles”キール。
――あらゆる道具を使いこなし、あらゆる敵に対応できうる“道化の魔王”。
【商人。姿をくらましているため、何しているかさっぱり不明。街やその近辺で潜伏し、物資の調達を行なっている可能性は高いが確定情報ではない】
“Sariel”ユーリ。
――ありとあらゆるものを見通す眼を持つが、その恐るべき真の力は封じられているという“邪眼の魔王”。
【弓使い→狩人。ゲーム開始直後の目撃情報などから推測すると、おそらくは一番の初心者。レベルは上がっているようだが、データ的な成長にプレイヤースキルが追いついていない模様。プレイヤーと接触した際は殆ど応戦せず、逃走を選ぶ。回避能力、逃げ足はかなり速い】
この掲示板を見るたび、腹立たしくなる。腹を立てるくらいなら見るな、とか言われそうな気もするが……生死に関わる情報をチェックしないわけにもいかない。
これを使っている人たちは、まるでこっちをネームドモンスターか何かのように扱っている。少なくとも、僕の目にはそう見えている。
――僕たちは人間なのに。彼らと対等なはずの、プレイヤーなのに。
いくら唇を強く噛んだところで、どうにもならないことはわかっている。僕らだって“魔王”でさえなかったら、積極的か消極的かは兎も角として、“魔王”を狩る側に回っていたはずだ。
他の攻略がなかなか成果を挙げれないでいることも、魔王を狙うプレイヤーを増やすことに拍車をかけていた。
おそらく二番目に簡単と思われるユニークアイテムの収集ですら、大手ギルドの一つが大規模な捜索チームを組んでダンジョンに投入して、ようやく1個目を見つけたとのこと。このペースを維持できたとしてもこのゲームから脱出するのに、半年以上かかってしまう。
「早くて6ヶ月かな……他のギルドも僕たちの殺害よりもユニークアイテム捜索のほうに力を入れてくれれば、こっちも助かるし向こうも効率上がるんだろうけれど……」
攻略掲示板を閉じて、生存者数のウィンドウを開く。こちらもまだ殆ど減っていない。
そして――死亡者リストと詳細。
死んだ人間の数は全プレイヤーの極々一部――百にも満たない数だが、出ている。
一応、アスタロト本人に挑んで敗北した際も死亡するという話だけれど、そもそもそこまで辿りついたという話は今のところ一つの例もない。故に現在の死亡者の死因は全て、“魔王”との戦闘だ。
彼らの名前の他にはレベルや、死因……というかむしろ、殺害した“魔王”の名前が掲載されている。
僕は直接、手を下したことはないけれど……それでもこのリストを見るたびに胸に痛みを感じる。
彼らも必死なのは理解できる。最初に“魔王”によりHPが0にされた人間が出たときに、アスタロトの「“魔王”との戦いにおける敗者は死ぬ」という言葉に嘘偽りがないことがわかったのに。それでも“魔王”に挑む人たち。
――一刻でも早く解放されて、元の世界に帰りたい。
彼らの根底にあるものは、僕たちも持っている。それだけに、遣る瀬無さを感じる。
――でも、僕はそれでも。
「それでも、死にたくない」
赤の他人のために命を捧げられるほど、僕たちは綺麗じゃない。
――それを、他のプレイヤーたちは……悪魔と呼ぶのだろうか?
レオンハルトなんかは好きにすればいい、と開き直っているみたいだけど。
「そう簡単に割り切れるものじゃないよな……って、あれ……?」
死者の名簿を閉じようとしたその時に、“異変”は起きた。
突如死亡者リストのスクロールバーが短くなっていく。
「え……!?」
それはつまり、ほぼ同時に……それだけの死者が出たということ。
「何があった……!?」
いきなりの、不意打ちと言ってもいい非常事態に混乱する僕を他所に、死者は増え続け……それがようやく止まったその時には、死者のカウントは――1000人も増えていた。