『というかメル、お前だけ目撃情報が妙に少ないと思ったら……水中を移動しているのかよ……』
『ほら。持っているスキルはフル活用しないと勿体無いじゃないですか』
そんなキールとメルキセデクの会話を流し聞きながら、僕は千里眼で例の遺跡の内部を見ていく。
『……“アスタロトの迷宮”と違って、ちゃんと中とか確認できるね。モンスターもいるよ。できる限りマッピングするから、少し待ってて』
『わかりました』
僕はマッピングツールウィンドウを開き、入り口から奥地までマップを作っていく。発見したトラップやモンスターについても、書けるだけ書き込んでいく。
こうして作ったマップデータはメッセージで送信できる。ダンジョンに入る前にマップを作れるというのは僕たちだけの、大きなアドバンテージと言えるだろう。
ダンジョンの構造そのものは簡単だが、あちこちにトラップやギミックが設置されている。
『……多分、現時点では未実装のアイテムか何かで移動する仕組みになっていたんだろうな』
ノアが冷静に分析する。確かに、マップデータとして存在する以上……後々にクエストか何かを達成することによって行けるようになる、予定だったのだろう。行くための手段が未実装のまま、このような形で発見されるとは、製作側も全くの想定外だったろうけれど……。
『水中の神殿……ロマンチックな感じがするわねぇ』
神殿、という単語を聞いて、ふと思い出したことがあった。
『そういえば。例の、発見されたユニークアイテム……ウリエルの手甲も、神殿系のダンジョンから発見されていたはず……ちょっと待ってて』
一度マッピングの手を止めて、掲示板ウィンドウを開き、“ウリエルの手甲”を単語検索して確認。
ログを確認してから、該当する情報の書き込まれたスレッドのアドレスを全員に送信する。
『……あった。これだ』
『ちょっと待てよ。ということは……!』
『このダンジョンに、ユニークアイテムがある可能性があるってこと!?』
沸き立つキールとラケシスを抑えるかのように、ノアがぽつりと呟く。
『確定した訳ではないが、共通点があるのは確実だな』
『ユーリ。それらしきアイテムがあるかどうかも、見てくれないか?』
レオンハルトに言われて、千里眼の視点を切り替えて、全てのマップをつぶさにチェックしていく。
程なくして、それらしきものが見つかった。
『……なんか、神殿の中心部の祭壇に、指輪が捧げられているんだけれど』
僕の言いたいことは、みんなも察してくれたらしい。
『……ビンゴ、だな』
『……避けては通れませんね。このダンジョンは』
――おそらく、十中八九。この指輪こそが宝具の一つ。僕たちも含めた全てのプレイヤーを救うための、鍵の欠片だ。
何としてでも、手に入れなければならない。逆に言えば、これを手に入れ損なうことがあったとしたら……それこそ、僕たちにとってさらに不味い方向に事態は転がっていってしまう。
『ダンジョンの構造はどうなってます?』
『マッピングはまだ完成していないけれど。
どうやら、東から入って……次のフロアに進むためのスイッチを守るモンスターを倒していく、って感じのギミックが仕掛けられている』
『モンスターの内訳はわかります?』
ぱっと見た感じ、見ただけで詳細がわかるモンスターは全くいない。
僕はダンジョンには殆ど潜らずに森の中とかで生活しているから、ダンジョンに出てくるモンスターについては殆ど知らない。実際に見れば分析眼で簡単な情報は収集できるけれど、今回のように千里眼経由で調べる時はそうも行かないし。
『ちょっと種類とかまではわからないから……特徴だけメモしてマップと一緒に送るね』
『お願いします』
『あと……いくつか通り道にトラップ仕掛けてあるんだけど。大丈夫?』
トラップは致命的なものではないものの、魔術師系だと回避するのは難しいかもしれない。
『平気です。見つけたトラップを明記してもらえれば、トラップそのものの解除は可能ですから』
『セージスキルの構造解析か』
『ええ。あれで壊せますんで』
構造解析は、トラップやオブジェクトの構造を解析して分解できるようにする、セージ特有のスキルだ。モンスターを始めとした動くものには使えないが、それでもダンジョン探索での使いどころは多い。
セージにはトラップを見つけるためのスキルはないはずだが、それについてはこっちでフォーローすればいい。千里眼経由で、ハンターの危険感知スキルは使用できるから余程のことがない限りは見つけられないトラップはないはずだ。
『しっかし、いくらなんでも……セージ一人で突貫かよ。大丈夫か?』
このダンジョンを攻略する上での最大の問題は、メルキセデク一人でこの迷宮を攻略しなければならないということ。
他の人間では代わることができない。そして……考えたくないことだが、彼が失敗したら最後、このダンジョンを攻略する手段はなくなってしまう。
『仕方ないでしょう。他には誰も入れないような場所にあるんですから……』
僕たちも含めた殆どのプレイヤーは、現時点の実装された部分では、水中に長時間潜ることはできない。
呼吸ができない水中にいるという状況が続くとHPが減り始める。もちろん僕らの場合、これでHPが0になったら溺死……つまりは死亡だ。
そのため基本的に、僕たちは水に潜ることを避けているが、例外が“Rahab”のスキルとして水中適応能力を持つメルキセデクだ。彼はラケシスの飛行移動と同じように、水中にて全くのペナルティを受けないという能力を持っている。
このダンジョンは、光源から推測する深さから計算するに……かなり深いところにある。僕たちにはおそらく、たどり着くことすらままならない。
『逆に言えば、他のプレイヤーからの攻撃を受ける心配はないんですが』
まあ、そこだけは不幸中の幸い、とでも言うべきか。
『でもMPとか大丈夫なのかよ』
水中に潜り続ければ、飛行移動と同様にMPが減少し続けるはずだ。
『水中適応の消費は、MPの回復速度と同じペースですからね。ずっと潜って生活することすら、理論上では可能です』
『うはあ、何でもありだな“Rahab”スキル』
『そうでもありませんよ。仮に一度、ダメージを受ければHPが危険域になりますし。
それにMPの方だって……水中で攻撃魔法を連射するとなると……かなりキツい、ですね』
飛行移動同様、水中活動も……本来活動できない場所でMPが切れるというのは、命に関わる。
一瞬でもMPがゼロになれば、間違いなく溺死してしまう。
MP消費が激しい魔術師であるメルキセデクにとっては、まさに死と隣り合わせの探索となるだろう。
『HPとMPの回復については……こちらでも極力サポートするけれど。回復アイテムも用意できるだけ用意した方がいいね』
支援担当のファーテルの声もいつになく真剣だ。
『……ちょっと外見変化アイテムを一つ使わせてもらうぜ。ひとっ走り行ってきて、買えるだけの回復アイテム揃えてくる』
キールもいつものふざけた調子はどこかに消えて、真面目な声になっている。彼にもはっきりわかっているのだ。このダンジョンを攻略することの重要性が。
『私たちには、できることはないわね。応援くらいしか……』
どこか気を落としたラケシスの声に、メルキセデクはくすっと笑う。
『……気持ちだけでもいいんですよ。こういうのは』
確かに、それだけでも少しは気が紛れたりするものだ。
さておき、作戦会議はなおも続く。
『こっちの支援はどうする?』
『自動回復速度上昇系、移動・回避速度上昇系あたりは欲しいですね。他は余裕があったらで構いません』
まあ、魔術師としては順当なところか。普通だったら他に詠唱速度向上とかもかけるべきだけど……スキルで詠唱速度が飛躍的に向上しているメルキセデクのそれを更に上げてしまったら、MPが詠唱速度に追いつかないという本末転倒な事態になってしまうだろう。
『わかった。突入する時は言ってくれ』
そして、僕にも役割が割り振られることとなる。
『あと、ユーリさんには……突入した後も、周囲のモンスターの行動のチェックをお願いしようと思うのですが……』
『わかった。この辺にはアクティブモンスターも少ないから、移動する必要もないしいつでもいいよ』
ダンジョンのモンスターは全てアクティブモンスターで、それなりに賢いAIが搭載されていることが多い。
だから、物陰から不意を撃ってくるというのも充分に考えられる。ノアや僕、ラケシスなら不意打ちでも反射的に避けられるだろうし、レオンハルトなら耐えれるかもしれないけれど、メルキセデクはそうも行かないだろう。
とりあえず、キールがアイテム購入から戻ってくるのを待つしかない。
『……やっぱり、緊張しますね』
ぽつり、とメルキセデクが呟く。
そういう気持ちを吐き出せるだけ、彼は立派だと思う。これが僕だったら、きっと……吐き出す余裕すらなかっただろう。
プレイヤー全員の生命が、自分一人の肩にかかる。しかも失敗すれば後がない……。そのプレッシャーたるや、想像するだけで眩暈がしてくる。
『プレッシャーは感じるだろうが、それに押しつぶされるなよ』
『わかっています……』
まるでその場にいるかのように、メルキセデクが深呼吸する音が聞こえてくる。
『どうしても緊張するなら、手に人って三回書いて飲み込む、とかもやっておいたら? 少しはリラックスできるはずよ』
『そうですね、あと何かありましたっけ……』
迷信じみたおまじないから、科学的に実証されているものまで……緊張をほぐすのに、やれることはやれるだけ、やっておいて損はないだろう。
他の皆に混じって僕も、思いついたリラックス方を片っ端から口に出してみる。
『……大分、落ち着きました。ありがとうございます』
メルキセデクの緊張が解れて落ち着いたところに、調度いいタイミングで……キールが、戻ってきた。
『ただいまー』
秘匿チャットは常時繋がっているから、戻ってきた、という表現は間違っているけれど……閑話休題。
『アイテム仕入れ完了、回復アイテムは入るだけ倉庫に入れといたぜ』
『ありがとうございます』
パンデモニウムというゲームの倉庫システムは、戦闘状態でなければいつでもアイテムを呼び出せるようになっている。この、街にわざわざ取りに行かなくてもどうにかなる仕様は、僕らにとってプラスに働いていた。もっとも、キールがいて初めて、プラスに転化しているわけだけど。
さておき、これで大体の準備は整った。
ファーテルが支援魔法をかけ、メルキセデクの身体がエフェクトの効果に包まれる。僕も千里眼ウィンドウを複数開き、死角を潰していく。
『……行きます』
メルキセデクの声と共に……僕たちの緊張が最大まで高まる。
彼がダンジョンの中へと入ったその瞬間。全てのプレイヤーの命をかけた、しかし僕たち以外のプレイヤーが知ることはないであろう戦いが……静かに、幕を開けた。