「突然、同時に1000人も……それも、こんな時間に……?」
何が起きたのかさっぱりわからないが、呆けている場合ではないのは確かだ――と思考を切り替え、改めて……死亡した人たちのデータを見る。
死因は“粛清”――これまでにはなかったはずの死因データだ。
彼らのレベルを見ると……誰も彼もが低レベルだった。1レベルのまま止まっている者もいたが……ぱっと見たところ、一番多かったのが転職直後と思しきレベルだ。
僕も“魔王”に選ばれるなんてことがなければ、このレベル帯に属していたと思う。そう考えると、他人事ではなかった。もしかしたら僕も、これで死んでいたかもしれないのだ。
「本当……何だよ、これ」
仮想現実とは思えぬほどに冷たい汗が、背中を伝う。
――彼らの死因となった“粛清”とは何なのか。
僕の、おそらくは全てのプレイヤーの疑問に答えるかのように。
『妾は思考停止は好かぬ』
一ヶ月前、僕たちに一方的で絶望的な宣告を告げた魔女――アスタロトの声が空から降り注いだ。
『思考と努力を停止し――ただ解決を待とうとする愚かな者たちには死んでもらう』
彼女の言葉を信じるのであれば、この大量の死者は彼女自らが手を下したことになる。
どのような手段でかは、わからない。僕たちの場合は……彼らがどんな風に死んでいったのか、確認する術すらないだろう。
『これより……定期的に、1ヶ月に一度。弱きものは1000人ずつ殺して……いやそれではちと面白くないな。
よし。月が経過するにつれ、殺害数を1000ずつ増やしていこう。次の月は2000人を殺す。その次は3000人だ』
――弱き者。つまりレベルが低い人間のこと、だろう。
『生き延びたいのであれば、精々努力せよ……妾を退屈させるな』
くすくすという笑い声と共に、相変わらず一方的な彼女の声がフェードアウトし、消え去るのと同時に。秘匿チャットが騒がしくなる。
『つまり……行動を起こさず、事態が解決するのを黙って見ている……データ的には低レベルのままのプレイヤーを殺していく、ということ……?』
ラケシスのその台詞に、最初に激昂したのはキールだった。
『くそったれが! ただ大人しくしているだけの連中を殺していく、だと……?』
『冗談じゃない……!』
メルキセデクも、悲鳴にも似た声をあげる。僕は、声すら出せなかった。
『俺たち以外のプレイヤーによる、命をかけた……椅子取りゲーム、か』
これはつまり、レベルがそれほど高くない一般プレイヤーの多くが選んだであろう“手持ちの資金を少しずつ崩しながら日々の糧を得て、解放を待つ”という選択肢は、これで断たれたわけだ。
――そして、殺されるプレイヤーは時間が経過するごとにどんどん増えていく。
『……悪趣味』
ラケシスがぽつりと呟く。
これまでだって充分に悪趣味なんだけれど……最悪な事態には慣れたつもりの僕たちでさえ、こんな感想が浮かぶのだ。
他のプレイヤー、特に不安になりながらも毎日を静かに過ごそうとしていた人たちにとっては、どれだけ衝撃を与えたことか。
『一ヶ月あたりの死者は、経過した月の数×1000。単純計算で、7万8000人が死ぬ。次の年には30万人が死ぬ。仮にその次の年、というものがあれば、ほぼ全滅だな』
ノアは淡々と計算し、その結果を告げてくる。
『この粛清というシステムは、積極的にゲームに参加しないプレイヤーへの見せしめであり、タイムリミットでもあるということだろう』
そして相変わらず、感情の見えない声で……今の状況を分析して、述べていく。
『プレイヤー全員が俺たち殺害に動きかねない展開だな。
戦闘能力が低い製造系とか商業系の連中も必死になってレベルを上げて、他のプレイヤーに高品質の武器防具を流通させようとすると予想できる。
状況は悪化する一方――さてどうしたものか』
淡々と。ただ淡々と。目の前にある事実を突きつける彼に――キールがキレた。
『ノア……お前なぁ……! なんでそんなに冷静なんだよ……!?』
『冷静に状況を判断しなければ、死ぬ。俺たちも、他のプレイヤーも。だから俺たちは極力冷静にならなければならない』
『ちょっと! この状況で冷静になれって冗談じゃないわよ!』
『人が死んでいるんですよ! 1000人も! 来月には2000人が死にます! その次は3000人も! ……なんとも思わないんですか!?』
ラケシスとメルキセデクも、僕たちの怒りを馬鹿にしたかのようなノアの言葉に、怒りをぶつける。
僕も今の台詞にはかなりカチンと来たので、何か言おうとしたが……。
『――ノアの、落ち着いて考えようという意見には同意だよ』
その前にファーテルが、喧嘩腰になっている者たちを制した。
『頭に血が上っている状況では、いい考えも浮かばない。それは事実だ』
レオンハルトがファーテルに同調する。
『それに、ノアだって……相当頭に来ている。そうだよね?』
ファーテルの指摘を受けたノアが、チッ、と小さく舌打ちするのが聞こえた。
冷たく振舞っている彼もまた、僕たち同様に苛立っているのは……間違いないようだ。
そのことに、僅かに安堵する。その反応こそが、彼もまた、人間としての感情を持っている証拠だったから。
『今日のところは皆早めに休んで、クールダウンしたほうがいい。明日になったらこれからのことを考えよう』
ファーテルのその言葉で、今日のところはお開きとなった。
全員がキレているような状況でこれ以上話し合っていても、いい結果は得られない。それは誰もが感じていることだったから。
僕も早速、開いているウィンドウを閉じて眠りにつこうとしたが……あることを思い出す。
「そういえば……みんな、どうしているのかな……」
このゲームを始めた際にやったチュートリアルクエストで一緒にパーティを組んだ仲間たちのことだ。
あのチュートリアルは、これまでのプレイ時間総数と比較すると……ずっと短時間だったけど、楽しい時間だった。その時間こそがこの世界で得られた、たった一つの幸せな思い出、と言ってもいいだろう。
僕は“魔王”に選ばれた時、慌ててその場から逃げてしまったけれど。彼らは今どうしているだろうか? 果たして無事でいるだろうか?
「大丈夫……だよね」
そうは思いながらも、自分の目で無事を確認するべく、彼らの名前を死亡者リストの検索にかける。
しかし、名前を入力した回数だけ――僕は絶望を味わうことになる。
『アーフェルシア。レベル11。死因、粛清』
「あ……」
彼らは何もせず待つという選択肢を選んだ。ただそれだけ。
それだけを理由に、殺された。
『シーヴァソン。レベル11。死因、粛清』
「ああ……」
僕が彼らと共にいれば、どうだったんだろう?
彼らの運命は変わっていたのだろうか? それともただ単に、僕の死が早まっただけなんだろうか?
……そんなことはわからない。
『ディヴィバクト。レベル13。死因、粛清』
「……ああああ……」
過去にifはない。過ぎ去ってしまった時間は、巻き戻せない。変えることができない。
現実と連動するこのゲームには、リセットボタンはない。
選択肢を一つ、選んでしまった――その時点で、それ以外の、選ばなかった未来は失われる。
『ルティアル。レベル12。死因、粛清』
「うわあああああああああああっ!!!!」
街から離れた、樹海の奥でも……誰かがいるかもしれない。
僕の声を聞きつけた奴が、僕を殺しに来るかもしれない。
わかっている。そんなことはわかっている。
それでも僕は、叫ばずにはいられなかった。