部屋を飛び出した俺はあてもなく歩いている。 真夏の太陽の日差しはキツイが、暗惨たる気分の俺には関係ない。
インデックスから魔道書とやらの説明を聞いて、何故か逃げるように部屋から出ていった俺。 客観的に見れば、まるでその魔道書とやらが理解できなくて、それが怖くて逃げたみたいじゃんか。
「ハハッ何やってんだろうな…… 俺は」
あまりに情けない自分に自嘲して笑うが、この気分が晴れる事はない。 むしろ、頭のなかは鈍よりと暗くも、情けない自分を嘲笑する感覚だけは冴えわたっている。
とりあえずはまあ、自分がバカで間抜けで情けないって事はわかったけど、さすがに今すぐ部屋に戻るのは恥ずかし過ぎる。 それに、俺に秘密を打ち明けたとは言うものの、俺が居ないほうが2人でゆっくり話せるだろうしな。
ご飯の支度はせっかく小萌先生が買い物に行ってるから、久しぶりに小萌先生に料理をお願いしよう。 小萌先生の手料理を上条に食わせるのはあれだけど、それ以上に小萌先生の手料理が食べたいからいいか。
そんな事を考えつつ歩いていれば、俺の足は学生寮へと向かっていた。ニュースでは能力者による火事と言っていたが、上条曰く魔術師の使った魔術による発火らしい。 まあ上条の説明は聞いたけど、実際にどんな感じなのかは見てみないとわからない。 暇つぶしがてら現場を見て、それから部屋に戻るか。
学生寮のエレベーターに乗り上条の部屋に向かうと、廊下が上条の部屋に近づくに従って黒くなっている。 そして辿り着いた上条の部屋の扉は焼け爛れ、ドアノブが熱量に負けて溶けてしまっている。
「これは想像以上だな……」
その溶けたドアノブを触ると――
「……ん? 開くぞ」
どうにも鍵が熱に負けて使い物にならなくなってしまっているらしい。 ご愁傷様だ上条、お前の話を聞くかぎり鍵の閉め忘れはないだろうからな。
そして、ふとある事を思い出してしまった。 確かに扉は焼け爛れているが、その扉に穴はあいていない。 しかし、これ程の熱量だと………… 部屋の中で自然発火して火事になったんじゃ? あいつの不幸の場合ありえなくない…… そうなってたら、愛するゲーム達が!
俺は急いで扉についたドアノブとして余り役に立たない物を掴んで勢いよく開く。 勢いの余り蝶番が歪んだ気がするが、それは魔術師の仕業だろう。 靴を脱ぎ捨て部屋に入りこむ。
「ふぅ…… 助かった」
室内は無傷だった。 よかった、本当によかった。 これで室内も火事になって、俺のコレクションが全滅してた日には…… 発症してから帰ってこれなかったかもしれない。 って、そうだよ………… その魔術師云々の後に部屋に上条が入ったって事は、中が燃えてない証拠じゃんかよ。
焦ってたとは言え、疲れたよパトラッシュ………… はぁ、ゲームギアでも持って帰るか。 さすがに上条はわからないとしても、怪我人であるインデックスが部屋に居る間は、そこまで小萌先生も室内で煙を飲まないだろうからな。
あれから既に3日間経った。 その間は極力上条とインデックスを外に出さず、俺と小萌先生で2人を世話してきた。それが功を奏したのか、追跡者である魔術師は音沙汰なしで、インデックスも笑顔で我が家に住んでいる。 ちなみに、小萌先生の布団には小萌先生とインデックスが。
俺の布団には俺だけで、上条は台所に寝てもらっている。 まあ、俺の中では上条の寝場所の第1候補は廊下だったのだが、あいつの熱弁である説教にほだされて台所を寝場所に与えてやった。 男は狼だから、小萌先生の居る家で眠って欲しくないんだがな!
そんな2人も、いや3人も今は部屋に居ない。 小萌先生は仕事で学校に行っていて未だに帰ってこず、上条とインデックスの2人は、だいぶ前に俺が汗臭いと指摘して銭湯へ行くように部屋を追い出した。
2人とも今頃湯に浸かって暖まってるだろう。 英国人であるインデックスなんか、でかい風呂ではしゃいでるんじゃないか? 俺もとりあえず、小萌先生が帰って来て更に上条達が帰って来たら銭湯に行こうと思う。 だからこそ、今は自分のすべき事である晩御飯の下準備をしつつ、風呂に行きたいなぁとみんなの帰宅を待っている。
ちなみに晩御飯は特製カレーライスです! いや、他の料理だって手作りだから特製だけど、カレーには特製ってつけたくなる魔法があるよね? それと、カレーにじゃがいもを入れない奴は屋上に来な…… 久々にキレちまったよ。 これに関しては、既に青髪と上条は制裁済みで、青髪に至ってはカレーにじゃがいもどころか、カレーコロッケすら否定しやがったから、翌日に弁当とは別に山ほど作って持って行き、青髪を教室で沈めて口にたらふく詰め込んで屋上に捨てといた。
そして、生き返って戻って来た青髪の第1声は「美味いやん!」だったから、その事件は今では2人の深い政治的な溝にならずに済んでいる。
「ただいま帰りましたです」
「お帰りなさい小萌先生。 えっと、上条には会いませんでした?」
「会ってないですよ?」
ゆっくりお湯に浸かって疲れをとれとは言ったけど、さすがに長くないか? 時計を見れば、既にここを出て1時間以上経過している。 まさか!
「小萌先生! 俺は上条を見て来ますんで、カレーをお願いします」
「気をつけ帰ってくるですよー」
俺は急いで家を出ると、上条に教えた銭湯へ行く道を走り抜ける。 もしも何かあったなら、この道のどこかが学生寮みたいになってるはずだ!
裏道を走るが変化はない。 表の通りを走るが変化はない。 繁華街を走るが…… 車も人も何だか居ない様な気がする。 何故かいつもより静かな気がして周りを見回すが、よく見たらみんな普通に歩いているから変化は……!
「上条!」
繁華街の通りには、ここの部分だけ鎌鼬を伴った嵐が通ったかのような惨状であり、上条は歩道のガードレールに背を預けて座っていた。 その体は死なないようには考慮しつつも、逆にそれが拷問でも受けたようにしか見えないほどに、腕から脚から顔まで全身を薄く切り刻まれている。
「おい、上条! 上条!」
上条の意識はないようで、口元に耳をあてると小さくだが呼吸を確認できた。 俺は電話ボックスに走り少し何処にかけるか考えて、それから我が家の主である小萌先生の元に連絡した。
たぶん今の上条には警備員(アンチスキル)も救急車も酷な選択だろう…… 事が警備員にバレれば、上条の思いを無視する形で警備員が出張るだろうし、救急車なんか呼んで上条が運ばれればアジトを俺の家にした意味がない!
『はーい、月詠です』
「あっ、小萌先生!」
『あれ、冥哉ちゃんですか?』
「上条がやられて怪我を! 車を回して下さい!」
『場所はどこですか!?』
「住所は――」
俺は急いで小萌先生に住所と最寄りの建物を伝える。 周りを見るがインデックスは居ない。 ただ、気になるのはここに落ちてるのが上条に貸した俺の桶だけだって事で、見える範囲にはインデックスに貸した小萌先生の桶が落ちてない事だ。 まさか、魔術師って奴はわざわざ桶まで盗んだのか? 上条が時間稼ぎをしたとして、インデックスは後生大事に桶を抱えて逃げるのか?
少し待っていると、小萌先生が小さな車を回してくれた。 その車の助手席に上条を放り込み、小萌先生には家に戻るように伝える。
「冥哉ちゃんはどうするんです?」
「俺はこの辺にインデックスの持って行った桶が落ちてないんで、一応銭湯の方まで見てきます」
「だったら車で」
「いえ、浅いとは言っても上条の怪我が酷いんで、車で連れてって下さい! あと、早めに行かないと風紀委員(ジャッジメント)か警備員による交通規制がかかるかと」
俺の言葉に説得され、小萌先生は上条を乗せて家に帰って行った。 とにかく俺は、銭湯までの道をひた走る! 畜生…… せめてもっと明るい時間帯に上条達を行かせてれば! そうしたら、見廻りは警備員だけじゃなく風紀委員もいるから上条が助かった可能性もあるのに。
「クソッタレ!」
周りの人が奇異の視線を送ってくるが、そんなのは構わない。 ここで俺達…… いや、上条がインデックスを失ったら詰みなんだ。 どこへなりとも雲隠れなり高跳びされれば、それを俺達に追うすべなんかないんだ! そうなれば、俺は上条に顔向けができねぇ!
いつもの銭湯に辿り着いく。 ここまで道路に焼け跡とかの異常はなかった。 まだ可能性は…… 可能性はある!
「あーっ、めいやー!」
銭湯の前に、今俺が最も探し求めている人物が出てきた。
「あのね、とうまったらお風呂からずーっと出てこないんだよ。 何だか体が冷えちゃいそうかも」
「よかった……」
俺は何も知らずに上条相手に怒るインデックスをみて、知らず知らずの内に溜め息を吐いていた。
「どうしたのかな?」
「冷静に聞いてくれインデックス………… ここに来る途中で、上条は魔術師に襲われたらしくて気を失ってるんだ」
「……えっ?」
「今は小萌先生に車で運んで貰ったけど、インデックスの方はなんとも無かったか?」
「う、うん。 とうまは…… とうまは平気なの?」
「俺は医者じゃないから内傷まではわからないけど、外傷はみるかぎり全身にあるけど軽傷だ」
「よかった」
上条だけが襲われた事はインデックスには衝撃だったらしいが、軽傷だとわかってほっとしている。
「は、早く帰ろめいや!」
「そうだな」
帰り道で襲われたらひとたまりもない…… 上条の右手が今は無い以上は、周りに注意して帰らないと! 俺はまだ道に不慣れなインデックスの手を引き、上条の待っている家へと走って行った。
2009// 初投稿
2011/3/17 各種修正